ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

狭衣物語 / 第1場面

少年の春

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少年の春をもとにした創作画
あらすじ・人物・読み方

狭衣の君は源氏の宮の御方に出入りし、姫宮への思慕を募らせる。山吹や菖蒲の贈答が重ねられる(巻第一之上)。

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狭衣物語・第1場面0 / 66
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若い春は惜しんでも、とどまってはくれないものなので、弥生の二十日過ぎにもなってしまった。御前の木立が、なんとなく一面に青みわたって木陰の暗い中に、中島の藤は松にばかりと思うまいと咲きかかって、郭公を待つ趣があり、池の汀の八重山吹は井手あたりにも劣らず見渡されて、夕映えの風情を独り眺めていても見飽きないので、感じのよい侍童に一枝折らせて、源氏の宮の御方へ持って参上すると、御前には中納言や中将といった人々ばかりが伺候していて、宮は手習いや絵などを描きなぐさみ、添い臥していらっしゃるところへ、狭衣が「この花の夕映えは常よりも格別に趣深く見えます。春宮が、盛りのころには必ず見せよとおっしゃるのに」と言って置くと、宮は少し起き上がってこちらを見やった目もとや頬の美しさは、花の香りや藤のたわみにも、格別にこの上なくまさってお見えになるのを、いつものように胸がふさがる思いがつのって、じっと見つめられていらっしゃると、遅れて咲く花こそ本当の花だ、と特別にお取り分けになって、山吹を手でまさぐっていらっしゃるお手つきが、ますますもてはやされて、世にも知られないほど美しいのを、人目も気にせずわが身に引き添えたいとお思いになるのは、たいそうなことである。狭衣が「口なしに咲き始めたであろう宿縁こそ口惜しい。心中はどれほど苦しいことだろう」とおっしゃると、中納言の君が「それなら言葉はたくさんございますのに」と言う。狭衣は、どうしよう、物を言わぬ色の花であるから心の内を知る人はいないと詠み続けられるが、なるほど人も知らないのであった。狭衣が「立つ苧環の」と詠んで嘆かれて、母屋の柱に寄りかかっていらっしゃるお姿はやはり比べようもなくお見えになり、つまらぬことからこれほど立派なお身を、室の八島の煙ででもなければと恋い慕われるご様子は、たいそう心苦しいことである。ところでこの煙の絶え間なさを知らせ申し上げることもできず、どんな便りでなどとお思い悩みになるところ、二葉のころから露ほども隔てることなくお育ちになって、親たちをはじめ、よその人々も、帝も春宮も兄妹のようにとお考えになっていたのに、自分は自分と通う心が芽生え始めて、思い悩んでほのめかしても甲斐がないながら、哀れに思い交わしなさるのに、思いがけない心があったのかと疎んじられはしないかと、大殿や宮なども類のないご厚意とは言いながら、このご事はそれならそれでよいとも世間に任せはなさらず、世の人が聞いて思うことも気がかりで、けしからぬことにもなりかねないと、あれこれ世の非難の種になりそうなことなので、あるまじきことと深くお考えになるにつけても、あいにく心は砕けがちで、ついにどう身を終わらせるのかと心細い折が多い。今始まったことではないが、やはり世の中にそうでなくてもよかったはずのことは、あまりに万事すぐれていらっしゃる女の御あたりには、本当の兄でない男は、どんなに立派でも、親しくお育てになるべきではなかったのである。この頃堀川の大臣と聞こえて関白をなさるのは、一条院や今の帝などの同じ后腹の第二の御子である。母后も同じ血筋で帝の御筋であり、どちらにつけても、押しなべて同じ大臣と聞こえるのもたいそう畏れ多いお身のほどだが、何の罪でただの人におなりになったのか、故院の御遺言のとおりに代わって、帝はただこのお心に世をお任せ申し上げなさって、たいそう望ましく立派で

立派なご様子である。二条堀川のあたりに四町を取り込んで、三つに隔てて造り磨かれた玉の台に、北の方三人をお住まわせ申し上げている。堀川二町には、すぐご縁の離れない、故先帝の御妹で前の斎宮がいらっしゃる。洞院にはただ今の大きな大臣と聞こえる御女、一条院の后の宮の御弟、春宮の御伯母で、世の覚えも重々しくご様子も華やかで頼もしい方である。坊門には式部卿の宮と聞こえた御女がいて、中でも心細いご様子のはずだが、女君が世に知られぬほど立派な一人をお生み申し上げたのを、内裏に参らせ申し上げて、この頃中宮と聞こえる。今上の一の宮までお生まれになったご勢いは、かえってすぐれて立派で、行く末頼もしいご様子である。通う御中でも、斎宮は親のようにお預かり申し上げたので、やむごとなく畏れ多い方も、お顔立ちや心ばえが並々でなくお思い申し上げる御方に、こうすぐれてこの世のものとも見えない男君さえただ一人だけお生みになったのを、どうして世の常にお思い申し上げられようか。千人の中にさえこれほどの方は、親のお気持ちでも、どうしてすぐれているとお思い大切になさらないことがあろうかと見える。この頃お年は二十歳に今二つほど足りないであろうか、二位の中将と聞こえる。並の人でさえ、これほどなら納言にもおなりになるはずである。しかし、このご様子があまりにこの世のものともお見えにならないので、万事をお恐れになっているのであろう。これをさえ母宮は、幼子のようになついていらっしゃるのが心苦しさに、内裏の上などが切におさせになったのである。第十六の我が釈迦牟尼仏として、この世の光のためにと、実際に現れなさったと、畏れ多く危ういものにお思い申し上げて、雨風の荒い時も月日の光の明るい時もお当たりになるのを、痛々しく忌むべきものにお思い申し上げ続け、覆うほどの袖の暇もないほどに、あまりに仰々しいご志を、大人びなさるにつれて、窮屈におぼえる折々もあるはずである。夜など自然と紛れなさる夜がなくては、一所にいながらお休みにもならず、心配なことを数え明かさせなさるが、お向かい申し上げれば、思うようにもお諫め申し上げられず、ただ微笑みながらお見申し上げるご様子は、言いようもなく哀れである。見苦しくあるまじきことをしでかしなさるとも、このお心に少しでも苦しくお思いになるはずがないことは、誰が制止申し上げるべきでもない。夢ばかりも哀れをかけ申し上げる人をば、言いようのない賤しい女だとも、玉の台にお育てになることもないお心をお持ちでありながら、御身のほどよりはたいそうお静まりになって、この世は仮のものとだけお思いになっていたが、どうしたことか、あり得べからざるものとお思いになって、ありきたりな人はお目もお耳もお留めになるはずもなく、少しも物寂しいお心を慰めるはずもない、少し口惜しく他愛ないものに、お思いになる人々もあるはずである。珍しく書きがたいものに、籠ばかりの行く末の一言葉をも、身に染みて惜しく言い難く心を尽くし、まして近づくほどの御縁は皆無なのを、千夜を一夜になさりたいほどに、鳥の音につらい暁の別れに消え返り、入りきらない磯の中ほど美しいのに、心を尽くす人々や高い所も遅れた方々もさまざまに、自分から争って言うはずもない。それにつけても、たいそう恨めしい所なくすさまじいことだけがまさりなさるはずかと思われるが、たいそう並外れたあたりには、なだらかに情けをお見せになって、折に付けた花紅葉、霜雪、雨風

の荒々しい紛れに、もし哀れがまさるはずのない夕暮れや、暁の鴫の羽掻きにつけなど、お思いかけず、おとずれたまう折々もあるが、長く続く心ない淵の滝がまさりつつ、心を尽くしなさるはずのないほどである。それこそあまりの立場でいらっしゃるのに、ただ引き過ぎなさる途中の便りにも、少し故あって来た山賤の垣ほの撫子には、自然と目が留まらないはずもないほどに、野を懐かしむ旅寝をしてなさる様子を、梵網経にや、一目で女人だとのたまうだろうと思って、出て来れば、車の簾を下ろしていても、側の広く明けた所は、得てしてご覧にならないはずかと思われる。定かにはどうしてお住まいにならないはずがあろう。男と言うものは、怪しいほどに、身のほども知らず、人の心を尽くす業などないものらしい。光り輝くご様子を除くものなどあって、この世には、今も昔も類なく、まこと立派な御才などは、唐土にも類がないと、この世には、今も昔も、古の名高い人々の跡は千年経っても、たいそう軽々しく歌を詠むさまも、古の名高い人々の跡は…も、雲井を響かせ、この世の外まで澄み昇り、天地をも動かしなさるはずなのに、わけあって両親もお騒ぎになり、何事も強いてお好ませ申し上げなさらないので、私も特に心を留めて、人にお聞かせにならないことなどあるため、万事に無心で興ざめな人柄かと推し量られなさるが、はかないお言葉やお様子などを、ちょっと見申し上げるだけで自分の憂いも忘れ、物思いは乱れる心地がして、微笑まれ愛敬づいていらっしゃるご様子こそ比べようがなかった。すべて何事も言い続ければ長々しくなる。万事珍しく例のないご様子と、世の人の話題に申し上げると、大殿などは、あまりに畏れ多く、天稚御子が天降りなさったのだろうか、今日にも天の羽衣をお迎え申し上げるのだろうかと、妙に落ち着かないお心の内である。源氏の宮と聞こえる方は、故先帝の御末の世に、中納言の御息所のお腹に、類なく美しい女宮がお生まれになったのを、今更の絆と心苦しくお思いお育てになったほどに、宮が三つほどにおなりになったころ、院も御息所も相次いでお隠れになったので、たいそう心苦しくて、斎宮がすぐ迎え取り申し上げなさって、中将と同じ気持ちでお思い申し上げなさる。殿も本当の御女よりもやむごとなき方のそばにいらして、お思い交わし申し上げている。十四、五ほどお年を召させなさったご様子は、見申し上げる人は、どんな武士であっても、和らぐ心は必ず付き従うはずのものである。中将のお心の中は道理である。しばらくは、それでも並々でない人があるのだろうと、頼もしくお思いになるが、されしを、かのよしかたが隠蓑を得なさったけれども、自分から凧のように賤しいものも訪ね寄りなさる様子に、板田の橋は朽ちていても、たいそう気づかい深いほどにこそあれ、立ち聞きする機会も今見ないなど、深くお心に入られた様子に、おほつかないことは少ないけれども、このお姿のご様子に慣れそうもないほどばかりなのが在り難いことなので、と思われる様子に、いとど人知れぬ心の中にお思い慕われる様子を、音無の滝とやがておなりになるはずと見えるのを、さすがにこうお忍びの様子をしなさるほどに、晴れ晴れしくもならず結びぼころびなさるお様子を、お訪ねになる様子に、人のご癖にこそと、忍び涙を拭いなさるはずがないと、太政大臣の御方には、どんなにもこう

お名が高くて、春宮がたいそう気がかりにお思い申し上げなさるのに、それこそはついの事であろうと思われた。内裏の上も昔の御遺言をお忘れにならず、哀れにお聞きになるはずはさせなさりながら、おほつかなくてお過ごしになるのも口惜しいのを、そのように内裏にお住まいもさせなさって、大臣にもお聞きになって、今少し盛りにおなり整いなさってこそなど、おほろけでなくお思いでありつつあるご様子なるはずである。かくいふ程に卯月も過ぎて、五月四日にもなりにけり。夕方中将の君が、内裏より退出してなさる道すがら御覧になると、菖蒲引き抜く賤しい男が、暇なく行き交い、持て余す様子でも、ひどく深い十市の里の小泥ならんと見える、足元も留まらないほど忙しい様子なるも、どう苦しくないだろうと目に留まりなさって、浮き沈みのない流れや菖蒲草が寄る恋心だと人も知らないのに、たいそう言われて、玉の台の軒端にかけて御覧になると、顔なども見えないまでうち群れて行きやらぬのを、おどろおどろしい御随身の声々に留められて、身のならない様子も知らず身を屈めているのをご覧になって、狭衣が「それほど苦しそうなものを、そう言うな」と制止させなさると、随身が「習わしとしてお仕えすれば、それほどの者が、どうして苦しいと思いましょう」と申し上げるのを、恋路を自分の身になぞらえていらっしゃるので、心配なことを言うものよ、とお聞きになる。大きな家も小さい家も、軒ごとに葦が騒ぐのを、車から少し覗きながらお通りになるのに、言いようもなく小さく怪しい家々にも、ただ一筋ずつ置き渡しているのを、何の人の真似だろうと哀れにご覧になりながら、扇を笛に吹いていらっしゃる夕映えのお姿が、本当に光るような様子なのを、半蔀に集まって見申し上げ、珍しがる人々がいた。御車などは今は大人しくおなりになったけれども、御供の御随身などはたいそう若々しく興趣深く並々でなく見えるのを、「ああ、あれが身にさえなれたらなあ。何事をお思いだろう」と、若い人々が見とれて惑いながら、お過ぎになるのもまだ飽き足りないので、軒の菖蒲を一筋引き下ろして、急いで書いて、端の者の興趣深い様子で追いかけて差し上げる。遅れて走る随身に取らせて帰るのを、「どこからだと申そう。すぐ御車に参りました」と言って取り上げる。御覧になると、女と知らない間の菖蒲は、それと見えなくても蓬が門を過ぎないはずもない様子で、と書き付けた。どんな好色者であろうとも微笑んで、問わせなさると言うのか、心狭い御随身が、そのあたりに硯も留めて差し上げた様子で、畳紙に片仮名で狭衣が見分けもつかず過ぎるに、軒の菖蒲の暇もなければ「今わざと参らせよう」と言わせなさって、「童の入るはずの所を確かに見よ」とおっしゃれば、随身は半分は高く上げ渡して人々が多く見え待っているのだろうと申せば、何人であろう、見知っているのだろうか、わざとお心にも入らず、あるまじきことをぞ、どんな折にもお心に留めなさるはずかと思われる。次の日は所々に御文をお書きになる。色々の紙の、色は隔てなど言えないほど、数多く取り散らして、墨を濃く艶やかに押し磨りながらお書きになる。お手はたいそう見事で、少しものの心を知る人の代筆とも見えるのに、お歌どもは、すべての人の口つきにただ興趣深いとも見えないのは、悪く人の真似をなさったためか。左大将の御女、宣耀殿と聞こえて、春宮にたいそう時

めいていらっしゃる様子を、どんな風の便りにか、ほのかに見聞き申し上げた。けれども、どうお思いになる様子でもなく、御消息などさえ、ほのかでなければ通うことも難しくあった。あまりに待ち遠しいのも恋しく思い出されなさって、一条院の姫宮のご様子もほのかであったからか、並々でない心地がしたのを、どうしてお姿などをよく見申し上げようかなど、心に懸けなさって、少将の命婦のもとへ例のように細やかに書き送る中に、思い続けて、岩垣沼の菖蒲草が水に籠もったまま朽ち果ててしまえというのか。などいうような歌が数多くあったけれども、同じ筋のものなので留めておく。このように折に付けた言葉などはお散らしになっても、心の中は、いつまでかとのみ、この世は仮初めに物寂しくお思いになるはずである。丁子に黒むまで注いだ御単衣に、紅の御袴をお召しになって、面杖をついて、池の菖蒲の心地よさそうに茂ったのを眺め遣りなさって、狭衣が「音羽の山には」など口ずさびなさる御声は、やはり比べようがない。あった御返事のどれも興趣深い中に、宣耀殿のはお手つきもお心も格別に興趣深くて、ただ浮いたまま沈む水屑となって果てて、今日は菖蒲の根にも泣かれないことだ。とあるご様子など、向かい合って聞いたような心地がして、愛らしく哀れが浅くないので、少し涙ぐまれなさった。その夕方、若々しくないはずの隙もややあって内裏あたりへお出ましになるのに、ますますお召しがあれば参上しようと、まず殿の御前に参上なさると、今日はまだ見申し上げていなかったからか、珍しく香りが添うような心地がして、微笑んで、つくづくと眺めさせなさる。狭衣が「内裏からお召しがあるので参上いたしますが、中宮の御方へ御消息は」と申し上げると、堀川大臣が「例ならぬ様子とお聞き申し上げているので参上しようとしているのを、風邪か、今夜も悩ましく暮らしてお待ちになるのを、明くる朝のほどにためらって参上しよう。暑い間はしばらく出させなさっても休ませなさるのがよかろうと思うのを、例の御暇がありがたいだろう」などと申し上げなさるので、お返事をして立たせなさった。狭衣が「未だしきに暑さが所狭い年だなあ。何のためにいつも召すのだろう」と呟きなさるのを、母宮がお聞きお聞きになって、「苦しくお思いなら、どうして参上なさるものか。団扇などをさせておいでなさい」と心苦しそうに見やり申し上げなさる。相間の紅の単衣、同じ御直衣のたいそう濃い色に、唐撫子の浮線綾の指貫をお召しになった様子や腰つき、指貫の裾までたおやかで、上品に優美にお召しになっている。ものの色合いなど、世間の同じものとも見えないのを、母などがこうあまりに畏れ多くお思いになるのだろうと、涙をひと目に浮かべて切に見送らせなさるのを、御前にある人々は道理だと哀れに見申し上げる。内裏では、わざわざ節会などもない世の退屈に仰せになる様子では、雨雲まで立ち渡って物憂い慰めに、春宮がお渡りになって御物語などがあるのだった。御前の広庵に太政大臣の権中納言、左兵衛督、左大将の御子の宰相中将などといった若い上達部が多くお仕えになるのに、源中将が参上なさらないのは、たいそう鬱陶しい五月雨の空の光のない心地がさせなさって、お召しになったのだった。帝が今宵の宴では、お仕えする限りの人々が、一つの才を手の限りを惜しむまで、一つ一つ試みようと仰せになるのを、春宮も「興あること」と仰せになって、さまざまの御琴どもを差し上げ渡す。権中納言に

は琵琶、兵衛督に箏の琴、宰相中将に和琴、中務宮少将に笙の笛、源中将に横笛をお与えになる。今のたいそうな楽器の上手どもであるはずだ。帝が「各々今宵、この音どもに手を尽くして聞かせよ」と仰せになるのを、誰もが「一つに掻き混ぜてこそ、怪しさも紛らわせてお仕えできよう。たいそう無理なことだ」と、お仕えしにくく侘びなさる。中でも中将は、狭衣が「万のことを今宵から始めるべきである」と仰せになれば、狭衣が「教えてくれる人さえお仕えすれば、たどたどしくもお仕えできるはずなのに。各々が手をお尽くしになる中に、たどたどしく始めお仕えするのは、本当に類のない世の例になるだろう」と言って、格別に手もお触れにならないので、帝が「これほどの心ばえとは思わなかった」と仰せになるほど、格別であった。年頃お考えになっていたことにも劣らないとお思いになる。このほどのことをさえ言うままにならなかったのだから、まして万事は推し量れない。よしよし言うまいと本気でおっしゃっていた。格別であったことよ。言いようのないほどに言うままにならなかったので、まいて万事推し量られず、よしよし言うまいと留めておいたことだけを言えば、たいそう侘しくて恐れ入って取り寄せなさって、狭衣が「物に混ぜながら、自分の形のように真似をいたしましょう。一人ではたいそう無理なことです」と悩む様子が興趣深いのに、恨み果てさせせなさるはずもなくお認めになった。人々も、皆心を留めるべき夜の御遊びと、心づくしなさって、つつしみなさる様子に、とみに手もお触れにならないので、権中納言が「中将の四、五の才ばかりにただお仕えにならない物の音を、紛れなくお弾きになるはずの所作も、たいそう面映いことよ。万の人の代わりに、事を代えるたびごとに仕えよう」と申し上げると、権中納言がお奏しになると、帝が「一つをただにそればかり心を計らうのに、まして人の代わりはするはずもないだろう」と言ってお責めになると、各々心を尽くしひどくして、弾き出された物の音ども、たいそう面白い。中将の御笛になると、帝がそうしてどうなのだとお責めになると、たいそう侘びて、こうだと知らなければ参上するはずもないのに、と度々慎ましいお様子でお責めになると、たいそう侘びて、逃れるべき方なくて、笛も初々しいのに取りなして、ことに人のお聞きにならない調子を一つばかり吹き鳴らしなさるのを、上は、音にはお聞きになっていたが、たいそうこう恨めしい様子をなさって、引き仰せなさるのを、今まで耳馴らさなかった人々の恨めしさをなさって、聞く限りの人々も、更にこの世の物の音ともお聞きにならず、涙も留め難いけれども、皆たいそうなるほどにお認め仰せになるけれども、狭衣が「ただこればかりを、大臣の戯れに教えていただいて、これより外はすべて存じません」と申し上げると、帝が「たいそう見苦しい、笛の音に似るはずもない。すべてこう苦しいとお思いなら、もう言うまい」と仰せになる様子に、心憎くも言うことだ。大臣の御辺には何事も残りなくお聞きになるまいと、思う方さえいっそうであるはずだ。月も早く沈んで、御前の灯籠の火どもが昼のような火影の中で、お姿はいっそう光りまさって、柱に寄りかかって、真面目に詠いながらお吹き出しになる笛の音が、雲井を響かせなさるのに、帝をはじめ申し上げて、九重の内の賤しい男まで、聞き驚いて涙を落とさない者はいない。五月雨の空の物憂い様子なのに、物が見入るほどまでに、よく哀れに誰も御覧になるのに、大臣も参上なさったら、どれほど忌々しいまでにお思いだろうと、自分の心地にも驚かせなさる。御袖も絞るほどに何度もして、宵を過ぎる様子に、雲の果てまで響き昇る心地がするのに、稲妻がたびたびして、雲の様子も例でないものを、雷が鳴るはずかと見るほどに、空がたいそう曇って、

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底本:有朋堂文庫『狭衣物語』武笠三校(有朋堂書店、大正15年[1926])。本文画像:所蔵機関の公開資料。

大正15年(1926)武笠三校『狭衣物語』(有朋堂文庫)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、各頁上部の内容細目(梗概)・柱・振り仮名は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。