おもひつゝ
いはがき沼の
あやめぐさ水籠りなが
ら朽ちはてねとや
思い続けて、岩垣沼の菖蒲草が水に籠もったまま朽ち果ててしまえというのか。
発音の読み:おもひつつ / いはがきぬまの / あやめぐさ / みごもりながら / くちはてねとや
おもひつゝ
いはがき沼の
あやめぐさ水籠りなが
ら朽ちはてねとや
思い続けて、岩垣沼の菖蒲草が水に籠もったまま朽ち果ててしまえというのか。
発音の読み:おもひつつ / いはがきぬまの / あやめぐさ / みごもりながら / くちはてねとや
直うきに
のみ沈む水
屑となり果てて今日
はあやめのねだになかれず
ただ浮いたまま沈む水屑となって果てて、今日は菖蒲の根にも泣かれないことだ。
発音の読み:ただうきに / のみしづむみく / づとなりは / ててけふはあや / めのねだになかれず
いなづまの
光に行かむ
天の原はるかに渡せ
雲のかけはし
稲妻の光の中を行くという天の原は、遥かに渡る雲の懸け橋よ。
発音の読み:いなづまの / ひかりにゆかむ / あまのはら / はるかにわたせ / くものかけはし
身のしろ
も我ぬぎ著
せむ返しつと思ひな侘
びそ天の羽衣
身の代わりの衣も、私が脱いで着せよう。返すと言って、思い悩むな。天の羽衣に代えてまさることがあろうか。
発音の読み:みのしろも / われぬぎきせむ / かへしつと / おもひなわびそ / あまのはごろも
紫の身
のしろ衣それ
ならば少女のそでにま
さりこそせめ
紫の身の代わりの衣、それであるならば、乙女の袖にまさりこそしよう。
発音の読み:むらさきの / みのしろごろも / それならば / おとめのそでに / まさりこそせめ
夜もすが
ら歎きあかし
て郭公鳴く音をだ
にも聞く人もなし
狭衣は夜通し嘆き明かして、郭公の鳴く音さえ聞く人もいない、とお聞きになる。
発音の読み:よもすがら / なげきあかして / ほととぎす / なくねおだにも / きくひともなし
狹よしさ
らば昔の跡
をたづね見よわれのみま
よふ戀の道かは
「よし、さらば昔の跡を尋ねて見よ。私だけが迷う恋の道だろうか」
発音の読み:さよしさら / ばむかしのあと / おたづねみ / よわれのみまよ / ふこひのみちかは
かくばかり
思ひこがれて
年經やと室の八島
のけぶりにも問へ
これほど思い焦がれて年月を経たのかと、室の八島の煙にでも問え。
発音の読み:かくばかり / おもひこがれて / としふやと / むろのやしまの / けぶりにもとへ
ほかかざま
に藻鹽のけ
ぶりなびかめや浦風荒
く波はよるとも
ほかの風向きに藻塩の煙がなびくだろうか、浦風が荒く波が寄せても。
発音の読み:ほかかざま / にもしほのけぶ / りなびかめ / やうらかぜあら / くははよるとも
我が心
かねてや空に
みちぬらむ行方知ら
ぬ宿のかやり火
私の心は兼ねて空に満ちているのだろうか、行方を知らない宿の蚊遣火よ。
発音の読み:わがこころ / かねてやそらに / みちぬらむ / ゆくへしらぬや / どのかやりび
とまれとも
えこそ言はれ
ね飛鳥井に宿りは
つべき蔭しなければ
留まれと言われても、言いようがありません。飛鳥井に宿り果てるべき蔭がないのですから。
発音の読み:とまれとも / えこそいはれね / あすかいに / やどりはつべき / かげしなければ
飛鳥井
にかけ見ま
ほしき宿りしてみまくさ
がくれ人やとがめむ
飛鳥井に姿を映して見たい宿りをして、水草に隠れて、人が咎めるだろうか。
発音の読み:あすかいに / かけみまほしき / やどりして / みまくさがくれ / ひとやとがめむ
聲立て
て鳴かぬばか
りぞもの思ふ身はうつ
せみにをとりやはする
声を立てて鳴かないばかりだ、物思う身は空蝉に劣るだろうか。
発音の読み:こえたてて / かかぬばかりぞ / ものおもふ / みはうつせみに / おとりやはする
飛花が
つみかつ見る
だにもあるものをあさかの
沼に水や絶えなむ
花かつみを摘みながら見ることさえできるのに、浅香の沼の水が絶えてしまうだろうか(いや絶えはしない)。
発音の読み:はながつみ / かつみるだにも / あるものお / あさかのぬまに / みづやたえなむ
年經と
もおもふこゝろ
しふかければあさかの沼
に水は絶えせじ
狭衣は「年月が経っても思う心が深ければ、浅香の沼に水は絶えることはないでしょう。
発音の読み:としへとも / おもふこころし / ふかければ / あさかのぬまに / みづはたえせじ
吉野川
なにかは渡
る妹脊山たゞのめな
らぬなみのながれて
吉野川をどうして渡ろうか、妹背山よ、ただ事でない波が流れて(いるのだから)。
発音の読み:よしのがは / なにかはわたる / いもせやま / ただのめならぬ / なみのながれて
恨むるに
淺さぞまさる
吉野川ふかき心は
汲みて知らなむ
狭衣は「恨むにつけ浅さがまさる吉野川、深い心は汲んで知ってほしい。
発音の読み:うらむるに / あささぞまさる / よしのがは / ふかきこころは / くみてしらなむ
あひ見て
は袖ぬれまさ
るさよ衣一夜ばかり
もへだてずもがな
狭衣は(歌う)逢って見ては袖が濡れることが増す小夜衣よ、一夜ばかりも隔てないでほしいものだ。
発音の読み:あひみては / そでぬれまさる / さよごろも / ひとよばかりも / へだてずもがな
隔つれば
袖ほしわぶる
さよ衣つひには身さへ
朽ちゃはてなむ
姫は(返す)隔てるならば袖を干すのに困る小夜衣よ、ついには身までも朽ち果ててしまうだろう。
発音の読み:へだつれば / そでほしわぶる / さよごろも / つひにはみさへ / くちやはてなむ
行くへな
く身こそなり
なめこの世をば跡なき
水を尋ねても見よ
行く当てもなく身はなってしまうだろう、この世をば、跡のない水を尋ねても見よ。
発音の読み:ゆくへなく / みこそなりなめ / このよおば / あとなきみづお / たづねてもみよ
飛鳥川
あす渡らむ
とおもふにも今日のひ
るまはなほぞ戀しき
飛鳥川を明日渡ろうと思うにつけても、今日の昼間はやはり恋しい。
発音の読み:あすかがは / あすわたらむと / おもふにも / けふのひるまは / なほぞこひしき
わたらなむ
水まさりなば
飛鳥川あすは淵瀬
となりもこそすれ
渡ろうとする水が増すならば飛鳥川は、明日は淵や瀬にもなってしまうかもしれない。
発音の読み:わたらなむ / みづまさりなば / あすかがは / あすはふちせと / なりもこそすれ
かはらじと
いひし椎柴
待ち見ばや常磐の
もりに秋や見ゆると
変わらないと言った椎柴を待ち見たいものだ、常磐の森に秋が見えるだろうかと。
発音の読み:かはらじと / いひししひしば / まちみばや / ときはのもりに / あきやみゆると
天の戸
をやすらひにこ
そ出でしかとゆふつけど
りよ問はば答へよ
姫は(歌う)天の戸を休らうために出てきたのだと、夕付け鳥よ、問われたら答えよ。
発音の読み:あまのとお / やすらひにこそ / いでしかと / ゆふつけどりよ / とはばこたへよ
かぢを絶
え命も絶ゆ
と知らせばやなみだの海
にしづむ舟人
舵を絶ち命も絶えると知らせたい、涙の海に沈む舟人に。
発音の読み:かぢおたえ / いのちもたゆと / しらせばや / なみだのうみに / しづむふなびと
その原と
人もこそ聞
けばよき木のなどか伏
屋に生ひ始めけむ
その原と人も聞くのに、よい木がどうして伏屋に生い始めたのだろう。
発音の読み:そのはらと / ひともこそきけ / ばよききの / などかふせやに / おひはじめけむ
せく袖に
もりて涙やそ
めつらむこずゑ色ます秋
の夕ぐれ
堰く袖に漏れて涙が染めたのだろうか、梢の色が増す秋の夕暮れよ。
発音の読み:せくそでに / もりてなみだや / そめつらむ / こずえいろます / あきのゆふぐれ
夕暮の
露吹き結
ぶこがらしや身にしむ秋
の戀のつまなる
夕暮れの露を吹き結ぶ木枯らしよ、身にしみる秋の恋の端であることよ。
発音の読み:ゆふぐれの / つゆふきむすぶ / こがらしや / みにしむあきの / こひのつまなる
流れて逢
ふ瀨ありや
と身をなげてむしあけの
瀬戸に待ち試みむ
流れて逢う瀬があるかと身を投げて、蟲明の瀬戸で待ち試みよう。
発音の読み:ながれてあ / ふせありやとみ / おなげてむ / しあけのせとに / まちこころみむ
はやき瀨
の底のもくづ
となりききと扇の風よ
吹きも傳へよ
早い瀬の底の藻屑となったと聞いたら、扇の風よ吹いて伝えておくれ。
発音の読み:はやきせの / そこのもくづと / なりききと / あふぎのかぜよ / ふきもつたへよ
たづぬべき
草の原さへ
霜がれてたれに問はま
し道しばの露
尋ねるべき草の原まで霜枯れて、誰に問おうか道芝の露よ。
発音の読み:たづぬべき / くさのはらさへ / しもがれて / たれにとへまし / みちしばのつゆ
岩橋を
よるべだにもわ
たらばや絕えまやおかむ
かつら木の神
岩橋を寄る辺だけでも渡りたい、絶え間を置こうか葛木の神よ。
発音の読み:いははしお / よるべだにもわ / たらばやた / えまやおかむか / つらきのかみ
悔しくも
あけてけるかな
楨の戸をやすらひにこ
そあるべかりけれ
悔しくも開けてしまったことよ楨の戸を、躊躇いにこそあるべきだったのに。
発音の読み:くやしくも / あけてけるかな / まきのとお / やすらひにこそ / あるべかりけれ
うたゝねを
中々夢と
思はゞやさめてあはする
人もありや
うたた寝を、長く夢と思えたなら、覚めて逢わせてくれる人もあろうか。
発音の読み:うたたねお / なかなかゆめと / おもはばや / さめてあはする / ひともありや
あふ坂を
なほ行き返
りまどへとや關の戸ざ
しもかたからなくに
逢坂の関をなお行き返り惑えというのか、関の戸ざしも固くはないのに。
発音の読み:あふさかお / なほゆきかへり / まどへとや / せきのとざしも / かたからなくに
戀の道
知らずといひ
し人やさはあふさかまで
も尋ね入りけむ
恋の道を知らないと言った人は、逢坂までも尋ね入ったのだろうか。
発音の読み:こひのみち / しらずといひし / ひとやさは / あふさかまでも / たづねいりけむ
おもひやる
心ぞいとゞ迷
ひぬる海山とだに知
らぬわかれに
思いやる心がますます迷うのだ、海山とさえ知らない別れに。
発音の読み:おもひやる / こころぞいとど / まよひぬる / うみやまとだに / しらぬわかれに
人知ら
ばけちもしつべ
き思ひさへあと枕とも
せむる頃かな
人知らば消ちもしてしまうべき思いさえ、跡の枕とも責めるこの頃だなあ。
発音の読み:ひとしらば / けちもしつべき / おもひさへ / あとまくらとも / せむるころかな
人知れ
ずおさふる袖
もしぼるまで時雨とと
もにふる涙かな
人知れず抑える袖も絞るまで、時雨とともに降る涙だなあ。
発音の読み:ひとしれず / おさふるそでも / しぼるまで / しぐれとともに / ふるなみだかな
雲井ま
で生ひのぼら
なむたねまきし人もたづ
ねぬ嶺の若松
雲井まで生い上るだろう種を蒔いた人も訪ねない嶺の若松よ。
発音の読み:くもいまで / おひのぼらなむ / たねまきし / ひともたづねぬ / みねのわかまつ
我ばかり
思ひしもせじ
冬の夜につがはぬ鴛
鴦のうき寢なりとも
私ばかり思いもしまい、冬の夜に番わない鴛の浮き寝であるとも。
発音の読み:わればかり / おもひしもせじ / ふゆのよに / つがはぬおしの / うきねなりとも
かたしきに
いく夜なくゝ
を明すらむ寢ざめの床
の枕うくまで
片敷きに幾夜泣く泣く明かすだろう、寝覚めの床の枕が浮くまで。
発音の読み:かたしきに / いくよなくなみ / あかすらむ / ねざめのとこの / まくらうくまで
知らざり
しあしのまよひ
の鶴のねを雲の上に
や聞きわたるべき
知らなかった葦の迷いの鶴の声を、雲の上に聞き渡るだろうか。
発音の読み:しらざりし / あしのまよひの / たづのねお / くものうへにや / ききわたるべき
燃えわた
るわが身ぞ富
士の山よたゞゆきつ
もれども烟立ちつゝ
燃え渡る我が身ぞ富士の山よ、ただ雪が積もっても煙が立ちつつ。
発音の読み:もえわたる / わがみぞふじの / やまよただ / ゆきつもれども / けぶりたちつつ
春たのめつゝ
いく世へぬらむ
竹の葉にふる白雪の
消えかへりつゝ
春を頼めつつ幾世経るのだろう、竹の葉に降る白雪の消え返りつつ。
発音の読み:はるたのめつつ / いくよへぬらむ / たけのはに / ふるしらゆきの / きえかへりつつ
末の世も
なにたのむらむ
竹の葉にかゝれる雪の
消えもはてぬで
末の世も何を頼もう、竹の葉に掛かれる雪の消えも果てないで。
発音の読み:すえのよも / なにたのむらむ / たけのはに / かかれるゆきの / きえもはてぬで
そよさらに
賴むにもあらぬ
小笹さへ末葉の雪の
消えも果てぬよ
ああ、それでも頼むにもない小笹まで、末葉の雪の消えも果てないよ。
発音の読み:そよさらに / たのむにもあらぬ / こさささへ / すえはのゆきの / きえもはてぬよ
からどまり
底のみくづと
ながれしを瀨々の岩
波たづねてしがな
唐泊の底の御屑と流れたのを、瀬々の岩波を訪ねたいものだ。
発音の読み:からどまり / そこのみくづと / ながれしお / せぜのいはなみ / たづねてしがな
あさりする
蠅ともがなや
わたつ海の底の玉藻
もかづき見るべく
漁りする蠅ともがなや、わたつ海の底の玉藻も潜き見るべく。
発音の読み:あさりする / はへともがなや / わたつうみ / のそこのたまも / もかづきみるべく
涙川
ながるゝあとは
それながらしがらみとむる
おもかげぞ無き
涙川が流れる跡はそのままに、柵で留める面影ぞない。
発音の読み:なみだがわ / ながるるあとは / それながら / しがらみとむる / おもかげぞなき
忍ぶるを
音に立てよ
とや今宵さは秋のし
らべの聲のかぎりに
忍ぶ思いを音に立てよというのか、今宵は秋の調べの声の限りに。
発音の読み:しのぶるお / ねにたてよとや / こよひさは / あきのしらべの / こえのかぎりに
神代よ
りしめ引きそ
めしさかき葉を我より
ほかにたれか折るべき
神代からしめ引き初めた榊の葉を、私よりほかに誰が折ることができようか。
発音の読み:かみよより / しめひきそめし / さかきばお / われよりほかに / たれかおるべき
神山の
椎柴がくれ
忍べばぞゆふをもかゝる
賀茂のみづがき
神山の椎柴に隠れて忍ぶので、夕をも掛ける賀茂の瑞垣よ。
発音の読み:かみやまの / しひしばがくれ / しのべばぞ / ゆふおもかかる / かものみづがき
狭我が
戀の一かた
ならず悲しきは逢ふを
かぎりのたのみだになし
私の恋が一方ならず悲しいのは、逢うのを限りの頼みさえもないことだ。
発音の読み:わがこひの / ひとかたならず / かなしきは / あふおかぎりの / たのみだになし
よし野川
あさ瀬しら
波たどりわびわたらぬ中
となりしものを
吉野川の浅瀬の白波を、辿り侘びて渡れない仲となったものを。
発音の読み:よしのがは / あさぜしらなみ / たどりわび / わたらぬなかと / なりしものお
わきかへり
氷のしたにむ
せびつゝさもわびさするよ
し野川かな
湧き返り氷の下にむせびながら、それほど侘びさせる吉野川だなあ。
発音の読み:わきかへり / こほりのしたに / むせびつつ / さもわびさする / よしのがはかな
うき船の
たよりに行かむ
わたつ海のそこと敎へよ
跡のしらなみ
浮き船の頼りに行こう。渡津海の底と教えてよ、跡の白波よ。
発音の読み:うきふねの / たよりにゆかむ / わたつうみ / のそことおしへよ / あとのしらなみ
谷ふかみ
たつをだまきは
われなれやおもふ心の朽
ちてやみぬる
谷深く立つ苧環は我なのだろうか。思う心が朽ちて止んでしまう。
発音の読み:たにふかみ / たつおだまきは / われなれや / おもふこころの / くちてやみぬる
戀しさも
つらさも同じ
ほだしにて泣くゝゝもな
ほ歸る山かな
恋しさも辛さも同じ絆で、泣く泣くもなお帰る山だなあ。
発音の読み:こひしさも / つらさもおなじ / ほだしにて / なくなくもなほ / かへるやまかな
行き歸
りこゝろまどは
す妹背山おもひはな
るゝ道を知らばや
行き帰り心を惑わす妹背山よ、思い離れる道を知りたい。
発音の読み:ゆきかへり / こころまどはす / いもせやま / おもひはなるる / みちおしらばや
思ひ侘
びつゝにこの世
は捨てつとも逢はぬ
歎は身をも離れじ
思い侘びながらこの世は捨てても、逢わない嘆きは身をも離れないだろう。
発音の読み:おもひわび / つつにこのよは / すてつとも / あはぬなげきは / みおもはなれじ
ありなしの
魂の行方
に惑はさで夢にも告
げよありしまほろし
ありなしの魂の行方に惑わさず、夢にも告げよ、ありし幻よ。
発音の読み:ありなしの / たまのゆくへに / まどはさで / ゆめにもつげよ / ありしまぼろし
うき節は
さもこそあらめ
ねに立つるこの笛竹
は悲しからずや
憂き節はそれもあろう、音に立てるこの笛竹は悲しくないだろうか。
発音の読み:うきふしは / さもこそあらめ / ねにたつる / このふえたけは / かなしからずや
塵つもり
古き枕をか
たみにて見るもかなしき
床のうへかな
塵積もり古い枕を形見として見るも悲しい床の上だなあ。
発音の読み:ちりつもり / ふるきまくらお / かたみにて / みるもかなしき / とこのうへかな
憂き事
も堪へぬ命
もありし世にまだ長ら
ふる身をいかにせむ
憂き事も堪えない命もあった世に、まだ長らえる身をどうしよう。
発音の読み:うきことも / たへぬいのちも / ありしよに / まだながらふる / みおいかにせむ
吉野川
かへす〳〵も
渡れとや渡るより又
渡れとや瀬に
吉野川よ、繰り返し繰り返し渡れというのか。渡るよりまた渡れというのか、瀬において。
発音の読み:よしのがは / かへすがへすも / わたれとや / わたるよりまた / わたれとやせに
なき人の
けぶりはそれと
見えねどもなべて雲井
の睦まじきかな
亡き人の煙はそれと見えないけれども、一様に雲井が睦まじいことよ。
発音の読み:なきひとの / けぶりはそれと / みえねども / なべてくもいの / むつまじきかな
秋の色
はさもこそあら
め賴めしを待たぬ命
のつらくもあるかな
秋の色はそのようにこそあろう、頼みにしたものを、待たない命のつらいこともあることよ。(初句・結句に字余りがある)
発音の読み:あきのいろ / はさもこそあら / めたのめし / おまたぬいのち / のつらくもあるかな
浦通ふ
みるめは常に
變らじを螢の刈るてふ
なのりせずとも
浦を通う海松は常に変わらないだろうを、蛍の刈るという名乗りをしなくても。(第4句に字余りがある。詠み手は宰相の君=中将)
発音の読み:うらかよふ / みるめはつねに / かはらじお / ほたるのかるてふ / なのりせずとも
思ひやる
わがたましひや
通ふらむ身は餘所
ながら著たる濡衣
思いやる私の魂は通うだろうか、身は余所ながら着せられた濡衣(を思う)
発音の読み:おもひやる / わがたましひや / かよふらむ / みはよそながら / きせるぬれぎぬ
柏木の
葉守の神
になどてわが雨もらさじ
とちぎらざりけむ
柏木の葉守の神にどうして私の雨を漏らすまいと契らなかったのだろう
発音の読み:かしはぎの / はもりのかみに / などてわが / あめもらさじと / ちぎらざりけむ
戀ひわび
て涙にぬるゝ
古里の草葉にまじ
るやまと撫でしこ
恋い侘びて涙に濡れる古里の草葉に混じる大和撫子(を思う)
発音の読み:こひわびて / なみだにぬるる / ふるさとの / くさばにまじる / やまとなでしこ
折れかへ
りおきふしわぶ
るした萩の末越す風
を人のとへかし
折れ返り起き臥し侘びる下萩の末を越す風を人に問わせたい
発音の読み:おれかへり / おきふしわぶる / したはぎの / すえこすかぜお / ひとのとへかし
夢かとよ
見しにも似たる
つらさかな憂きは例も
あらじと思ふに
夢かと見たのにも似た辛さだな、憂いことは例もないだろうと思うのに
発音の読み:ゆめかとよ / みしにもにたる / つらさかな / うきはためしも / あらじとおもふに
下萩の
露きえ侘し
夜な〳〵もとふべきもの
と待たれやはせし
下萩の露が消え侘びる夜毎も訪れるべきものと待たれはしなかった
発音の読み:したはぎの / つゆきえわびし / よなよなも / とふべきものと / またれやはせし
憂き身
には秋も知
らるゝ荻原やすゑ越
すかぜの音ならねども
憂い身には秋も知られる荻原よ、末を越す風の音ではないけれども
発音の読み:うきみには / あきもしらるる / おぎはらや / すえこすかぜの / おとならねども
聞かせば
や常世はな
れし雁がねの思の外
に戀ひてなく音を
聞かせたいな、常世を離れた雁がねの思いの外に恋いて鳴く音を
発音の読み:きかせばや / とこよはなれし / がんがねの / おもひのほかに / こひてなくねお
思ひきや
葎のかどを行
き過ぎて草の枕に
たび寢せむとは
思いもよらなかった、葎の門を行き過ぎて草の枕に旅寝しようとは
発音の読み:おもひきや / むぐらのかどお / ゆきすぎて / くさのまくらに / たびねせむとは
故里は
淺茅が原
となりはてて蟲のね繁
き秋にやあらまし
故郷は浅茅が原となり果てて虫の音繁い秋であるのだろうか
発音の読み:ふるさとは / あさぢがはらと / なりはてて / むしのねしげき / あきにやあらまし
まだ知ら
ぬ曉露にお
きわびて八重たつ霧
にまよひぬるかな
まだ知らない曉の露に起き侘びて八重に立つ霧に迷ったなあ
発音の読み:まだしらぬ / あかつきつゆに / おきわびて / やへたつきりに / まよひぬるかな
武藏野
の霜枯に
見しわれもかう秋しも
おとろ匂なりけり
武蔵野の霜枯れに見た私も、こうして秋の霜のように衰えた匂いであることだ。
発音の読み:むさしのの / しもがれにみし / われもかう / あきしもおとろ / にほひなりけり
忍ぶ草
見るに心は
なぐさまで忘れがたみに
漏る涙かな
忍ぶ草を見るにつけ心は慰みもせず、忘れ形見に漏れて流れる涙であることよ。
発音の読み:しのぶぐさ / みるにこころは / なぐさまで / わすれがたみに / もるるなみだかな
思ふより
また思ふべき
人やあると心に心と
はば知りなむ
思うよりまた思うべき人がいるかと、心に心が問えば知るだろう。
発音の読み:おもふより / またおもふべき / ひとやある / とこころにここ / ろとはばしりなむ
思ふより
又は心のあ
らばこそとひもとはずも知
りて惑はめ
思うよりまた心があるならばこそ、問わずとも知って惑うだろう。
発音の読み:おもふより / またはこころの / あらばこそ / とひもとはずも / しりてまどはめ
おなじくば
著せよなあま
の濡衣よそふるうらに
にくからおやと
同じことなら着せておくれ、天の濡れ衣を。よそふる浦に、憎からん親よと。
発音の読み:おなじくば / きせよなあまの / ぬれごろも / よそふるうらに / にくからおやと
かつ見れ
どあるはあるに
もあらぬ身を人の人
とや思ひなすらむ
見てはいるけれど、あるのかないのか分からないこの身を、人は人と思ってくれるだろうか。
発音の読み:かつみれど / あるはあるにも / あらぬみお / ひとのひととや / おもひなすらむ
亡靈暗
きより暗き
にまよふ死出のやまと
ふにぞかよる光をも見る
亡霊は、暗いところから暗いところへ迷う死出の山を、問うにつけ通う光をも見る(「亡靈」を除く歌本体は31音)。
発音の読み:ぼうりやう / くらきよりくら / きにまよふ / しでのやまとふ / にぞかよるひかりおもみる
おくれじと
契りしちの死
出の山みつせ川に
や待ちわたるらむ
遅れまいと契ったその人の、死出の山の三瀬川にや待ち渡っているだろう(30音、1字足らず)。
発音の読み:おくれじと / ちぎりしちのし / でのやまみ / つせがわにやま / ちわたるらむ
賴めこし
いづら常磐
の森やこれ人だのめな
る名にこそありけれ
頼みにしていた、常磐の森よ、これは人の頼みになる名にこそあったのだ(32音、字余り)。
発音の読み:たのめこし / いづらときはの / もりやこれ / ひとだのめなる / なにこそありけれ
言の葉
をなほやたのま
むはし鷹のとかへる山
はもみぢしぬとも
言の葉をなお頼もう、はし鷹の解き帰る山は紅葉しなくとも。
発音の読み:ことのはお / なほやたのまむ / はしたかの / とかへるやまは / もみぢしぬとも
なほたのむ
常磐の森
のまきばしら忘れなはて
そ朽ちはしぬとも
なお頼む常磐の森の真木柱、忘れ果てるな、朽ち果てるとも。
発音の読み:なほたのむ / ときはのもりの / まきばしら / わすれなはてそ / くちはしぬとも
寄り居
けむあともかな
しきまきばしら涙浮木
になりぞしぬべき
寄り居た跡も悲しい真木柱、涙の浮木になってしまうだろう。
発音の読み:よりいけむ / あともかなしき / まきばしら / なみだうきぎに / なりぞしぬべき
みそぎする
八百萬代
の神も聞け我こそ
したに思ひそめしか
禊をする八百万代の神も聞け、私こそ内心思い初めたのだ
発音の読み:みそぎする / やほよろづよの / かみもきけ / われこそしたに / おもひそめしか
榊葉に
かよる心をい
かにせむおぼよばぬ枝に
おもひ絕ゆれど
榊葉に通う心をどうしよう、及ばない枝に思いは絶えるけれど
発音の読み:さかきばに / かよるこころお / いかにせむ / およばぬえだに / おもひたゆれど
我身に
ぞあふひは餘
所になりける神のしる
しに人はかざせど
我が身にぞ葵は余所になりにける、神の印に人は挿頭すけれど(読みは30音で1音不足、要再照合)
発音の読み:わがみにぞ / あふひはよそに / なりけるか / みのしるしにひ / とはかざせど
思ふ事
なるともなしに
ほとよぎす賀茂の瑞
垣たづね來にけり
思う事が成るともなしに、ほととぎすが賀茂の瑞垣を訪ねて来た
発音の読み:おもふこと / なるともなしに / ほととぎす / かものみづがき / たづねきにけり
語らはば
神も聞きて
むほとよぎす思はむかぎ
り聲な惜みそ
語らえば神もお聞きになるだろう、ほととぎすよ、思う限り声を惜しむな
発音の読み:かたらはば / かみもききてむ / ほととぎす / おもはむかぎり / こえなおしみそ
見るたび
に心惑はす
かざしかな名をだに今
はかけじとぞおもふ
見るたびに心を惑わす挿頭かな、名をだけ今は掛けまいと思う(読みは32音で字余り、要再照合)
発音の読み:みるたびに / こころまどはす / かざしかな / なおだにいまは / かけじとぞおもふ
飽かざり
し跡や通ふ
といそのかみふる野の道
を尋ねてぞ見る
飽きなかった跡や通うかと、いそのかみ古野の道を尋ねてぞ見る
発音の読み:あかざりし / あとやかよふと / いそのかみ / ふるののみちお / たづねてぞみる
いそのかみ
ふるのの道を
尋ねても見しにもあら
ぬ跡ぞ悲しき
いそのかみ古野の道を尋ねても、見たのにもない跡ぞ悲しい
発音の読み:いそのかみ / ふるののみちお / たづねても / みしにもあらぬ / あとぞかなしき
あくがるよ
わがたましひも
返りなむ思ふあたりに
むすびとどめば
憧れるよ、私の魂も帰ろう、思う辺りに結び留めれば
発音の読み:あくがるよ / わがたましひも / かへりなむ / おもふあたりに / むすびとどめば
わがかたに
なびけよ秋の
はなすすき心をよする風
はなくとも
我が方に靡けよ秋の花すすき、心を寄せる風はなくとも
発音の読み:わがかたに / なびけよあきの / はなすすき / こころおよする / かぜはなくとも
心にはし
めゆひおきし萩
のえをしがらみふする鹿
やなくらむ
心には占め結い置いた萩の枝を、しがらみ伏する鹿や鳴くらむ
発音の読み:こころには / しめゆひおきし / はぎのえお / しがらみふする / しかやなくらむ
招くとも
靡くなよゆめ
しのすき秋風吹かぬ
野邊も見えぬに
招くとも靡くなよゆめしのすき、秋風吹かぬ野辺も見えないのに(読みは30音で1音不足、要再照合)
発音の読み:まねくとも / なびくなよゆめ / しのすきあ / きかぜふかぬの / べもみえぬに
おしなべて
しめ結ひ渡
す秋の野に小萩の
露もかけじとぞ思ふ
おしなべて占め結い渡す秋の野に、小萩の露も掛けまいと思う(読みは32音で字余り、要再照合)
発音の読み:おしなべて / しめゆひわたす / あきののに / こはぎのつゆも / かけじとぞおもふ
一方に
思ひみだるよ
しのすすき風のたよりに
ほのめかしきや
一方に思い乱るよしのすすき、風の便りにほのめかしいことよ(区切り・音数は要再照合)
発音の読み:ひとかたに / おもひみだるよ / しのすすき / かぜのたよりに / ほのめかしきや
吹きまよ
ふ風のけしき
も知らぬかな萩のした
なる蔭の小草は
吹き迷う風の様子も知らないな、萩の下なる蔭の小草は
発音の読み:ふきまよふ / かぜのけしきも / しらぬかな / はぎのしたなる / かげのこぐさは
大井川
せきはさこそ
と年經ぬれ忘れずな
がら變りける世に
大井川の堰はさこそと年経ぬれ、忘れずながら変わりける世に
発音の読み:おほいがは / せきはさこそと / としへぬれ / わすれずながら / かはりけるよに
藻刈舟
なほにごり江
に漕ぎかへりうらみま
ほしき里のあまかな
藻刈舟、なお濁り江に漕ぎ帰り、恨みまほしき里の海人かな
発音の読み:もかりぶね / なほにごりえに / こぎかへり / うらみまほしき / さとのあまかな
八千返
りくひまの水
もかひなきによし見よ
おなじ影や見ゆる
八千返り朽ひ間の水も甲斐なきに、よし見よ同じ影や見える(読みは30音で1音不足、要再照合)
発音の読み:やちかへり / くひまのみづも / かひなきに / よしみよおなじ / かげやみゆる
後の世
の逢ふせを待
たむわたり川わかるよ
ほどは限なりとも
後の世の逢う瀬を待とう、渡り川、分かるる程は限りなりとも(齋院の歌)
発音の読み:のちのよの / あふせおまたむ / わたりがは / わかるるほどは / かぎりなりとも
待て暫
し山の端分
くる月だにうき世に
暫しとどめざらなむ
待て暫し、山の端分くる月だに、憂き世に暫し留めざらなむ(読みは30音で1音不足、要再照合)
発音の読み:まてしばし / やまのはわかる / つきだにう / きよにしばしと / どめざらなむ
おぼろけに
消つとも消
ゆる思かは煙のしたに
くゆり侘びつゝ
並々ではなく、消そうとしても消える思いだろうか、煙の下にくすぶり侘びながら(狭衣の歌)。
発音の読み:おぼろけに / けつともけゆる / おもひかは / けぶりのしたに / くゆりわびつつ
言はすと
も我心にも
かよらずや程しばらくに
思はましかば
言わなくても私の心にも通わないだろうか、しばらくの程に思いそうだったならば(斎院の歌)。
発音の読み:いはすとも / わがこころにも / かよらずや / ほどしばらくに / おもはましかば
行きかへ
りたどひた道
にまどひつゝ身は中空
になりねとやさば
行き帰り辿った道に迷いながら身は中空になってしまえというならば(狭衣の歌として分離。要親確認)。
発音の読み:ゆきかへり / たどひたみちに / まどひつつ / みはなかぞらに / なりねとやさば
なみだのみ
淀まぬ川と
ながれつゝわかるゝ道ぞ
行きもやられぬ
涙だけが淀まない川となって流れながら、別れる道は行きもやられない(狭衣の歌)。
発音の読み:なみだのみ / よどまぬかはと / ながれつつ / わかるるみちぞ / ゆきもやられぬ
いそげども
行きもやられ
ぬうき島をいかでかあま
のこぎ離れけむ
急いでも行きもやられない憂き島を、どうして海人の漕ぎ離れたのだろう(狭衣の歌)。
発音の読み:いそげども / ゆきもやられぬ / うきしまお / いかでかあまの / こぎはなれけむ
いかばかり
思ひこがれし
あまならでこのうき島を
誰かはなれむ
どれほど思い焦がれた海人でなければ、この憂き島を誰が離れられようか(入道の宮の文中の歌)。
発音の読み:いかばかり / おもひこがれし / あまならで / このうきしまお / たれかはなれむ
このごろは
苔のさむしろ
片敷きて岩ねのまく
ら臥しよからまし
この頃は苔の寒い筵を片敷きして岩根の枕に臥すのがよいだろう(狭衣の歌)。
発音の読み:このごろは / こけのさむしろ / かたしきて / いはねのまくら / ふしよからまし
手になれ
し扇はそれと
見えながら涙にくもる
色ぞことなる
手に馴れた扇はそれと見えながら、涙に曇る色こそ異なる(狭衣の歌)。
発音の読み:てになれし / あふぎはそれと / みえながら / なみだにくもる / いろぞことなる
ひとへづつ
にほひおこせよ
八重櫻こち吹く風
のたより過ぐさず
一重ずつ匂いを起こしておくれ八重桜、こちらへ吹く風の便りを過ごさずに(斎院の歌)。
発音の読み:ひとへづつ / にほひおこせよ / やへざくら / こちふくかぜの / たよりすぐさず
時知ら
ぬさか木のえ
だにをりかへてよそにも花
を思ひやるかな
時を知らない榊の枝に折り返して、余所にも花を思いやることだな(斎院の歌)。
発音の読み:ときしらぬ / さかきのえだに / おりかへて / よそにもはなお / おもひやるかな
さか木葉
になほをりか
へよさくら花又そのか
みの我身と思はむ
榊の葉になお折り返しておくれ桜花、またその昔の我が身と思おう(女御の返歌)。
発音の読み:さかきばに / なほおりかへよ / さくらばな / またそのかみの / わがみとおもはむ
みかきもる
野邊のかす
みぢひまなくて折らで過
ぎ行くはな櫻かな
見守る野辺の霞路、暇もなくて折らずに過ぎ行く花桜だな(狭衣の歌)。
発音の読み:みかきもる / のべのかすみぢ / ひまなくて / おらですぎゆく / はなざくらかな
花ざくら
野邊の霞
のひまなくに折らでは人
の過ぐるものかは
花桜、野辺の霞の暇もなくに、折らずには人が過ごすものであろうか(少将の返歌)。
発音の読み:はなざくら / のべのかすみの / ひまなくに / おらではひとの / すぐるものかは
折り見ればや
朽木の櫻
ゆきかずらにあかぬにほひは
さかりなりやと
折り見ればなあ朽木の桜、行き交う蔦に飽きない匂いは盛りであることよと(狭衣の歌。底本の読みは6・7・6・7・7で字余り・字足らずを含む)
発音の読み:おりみればや / くちきのさくら / ゆきかずらに / あかぬにほひは / さかりなりやと
ちりまがふ
花に心をそ
へしよりひとかたならずも
の思ふかな
散り紛う花に心を添えた時から、人並みならず物を思うことだな(狭衣の歌)。
発音の読み:ちりまがふ / はなにこころお / そへしより / ひとかたならず / ものおもふかな
散る花
にさのみ心を
とゞめては春より後は
いかどたのまむ
散る花にそのように心を留めては、春より後はどう頼もうか(狭衣の返歌。底本は「いかど」とある)
発音の読み:ちるはなに / さのみこころお / とどめては / はるよりのちは / いかでたのまむ
いつまでと
知らぬながめに
はたづみうたかたあはで我ぞ
消ぬべき
いつまでと知らない眺めに、はたづみ・うたかた、合わずに私は消えてしまうべきだな(狭衣の歌。総31音だが句の切れは変則)。
発音の読み:いつまでと / しらぬながめに / はたづみうたかた / あはでわれぞ / きえぬべき
くちをしや
をだえのはしは
ふみみねど雲井にかよふ
あとぞひまなき
口惜しいことよ、緒絶えの橋は文を見なくても、雲居に通う跡は暇がない(春宮の歌か)。
発音の読み:くちおしや / おだえのはしは / ふみみねど / くもいにかよふ / あとぞひまなき
水あさみ
かくれもはてぬ
にほ鳥のしたにかよひし
そこも見しかば
水浅く隠れも果てないにほ鳥の下に通った底も見たので(権大納言の歌)。
発音の読み:みづあさみ / かくれもはてぬ / にほどりの / したにかよひし / そこもみしかば
取りあつ
め又もなき名
をたてむとやうしろのを
かにかかりせしや
取り集め、またもない名を立てようとや、後ろの岡に掛かりせしや
発音の読み:とりあつめ / またもなきなお / たてむとや / うしろのおかに / かかりせしや
くらべみよ
あさまの山の
煙にも誰かおもひのこ
がれまさると
浅間山の煙と比べてみよ。誰の思いが焦がれてまさるだろうか。
発音の読み:くらべみよ / あさまのやまの / けぶりにも / たれかおもひの / こがれまさると
おさましや
あさまの山の
けぶりにはたちならふべき
思ひとも見ず
おさましや、浅間の山の煙には立ち並ぶべき思いとも見えません
発音の読み:おさましや / あさまのやまの / けぶりには / たちならふべき / おもひともみず
われのみぞ
憂きをも知
らず過しける思ふ人
だにそむきける世に
私だけが憂きことも知らずに過ごしてきた。思う人さえ背を向ける世の中に
発音の読み:われのみぞ / うきおもしらず / すごしける / おもふひとだに / そむきけるよに
うきものと
今ぞ知りぬ
る限あれば思ひながら
もそむきぬる世を
憂きものと今こそ知りました。限りがある身と思いながらも背いてしまう世の中を
発音の読み:うきものと / いまぞしりぬる / かぎりあれ / ばおもひながら / もそむきぬるよお
われもまた
ますだの池の
うきぬなははひとすぢにや
は苦しかりける
私もまた、益田の池の浮き根縄が一筋であったなら、どんなに苦しかったでしょう
発音の読み:われもまた / ますだのいけの / うきぬなは / はひとすぢにや / はくるしかりける
たえぬべき
心地のみす
るうきぬなははますだの池
もかひなかりけり
絶えそうな心地ばかりする浮き根縄では、益田の池も甲斐がなかったことよ
発音の読み:たえぬべき / ここちのみする / うきぬなは / はますだのいけ / もかひなかりけり
なけきわび
寝ぬ夜の空
に似たるかな心づく
しのありあけの月
嘆き侘びて寝もせぬ夜の空に似ているなあ、心づくしの有明の月は
発音の読み:なけきわび / ねぬよのそらに / にたるかな / こころづくしの / ありあけのつき
とけて寝
ぬまろがまろ寝
の草枕一夜ばか
りもつゆけきものを
解けて寝もせぬ転がり寝の草枕、一夜ばかりも露けいものを
発音の読み:とけてねぬ / まろがまろねの / くさまくら / ひとよばかりも / つゆけきものお
草枕ひ
と夜ばかりの
まろねにて露のかごとを
かけむとや思ふ
草枕に一夜ばかり転がり寝をして、露のような文句をかけようというのですか
発音の読み:くさまくら / ひとよばかりの / まろねにて / つゆのかごとお / かけむとやおもふ
おもかげは
身をぞ離れ
ぬうちとけて寢ぬ夜の
夢は見るとなげけれど
面影は身を離れず、うち解けて寝ない夜の夢は見るというのに嘆かわしいことよ。
発音の読み:おもかげは / みおぞはなれぬ / うちとけて / ねぬよのゆめは / みるとなげけれど
越えもせ
ぬせきのこなた
にまどひしや逢坂山
のかぎりなるらむ
越えもしない関のこちらで迷ったのが、逢坂山の限りなのでしょうか
発音の読み:こえもせぬ / せきのこなたに / まどひしや / あふさかやまの / かぎりなるらむ
憂かりけ
るわが中山
のちぎりかな越えずば何
にあひ見初めけむ
憂いことだった私の中山の契りかな。越えずにいたら、どうして逢い見初めることができたでしょう
発音の読み:うかりける / わがなかやまの / ちぎりかな / こえずばなにに / あひみそめけん
ことわりの
年のくれとは
見えながらつもるに消
えぬ雪もありけり
理にかなって年の暮れとは見えながら、積もっても消えない雪もあることよ
発音の読み:ことわりの / としのくれとは / みえながら / つもるにきえぬ / ゆきもありけり
解きわび
しわが下ひも
をむすぶ間はやがてたえ
ぬる心地こそすれ
解き侘びた私の下紐を結ぶ間も、やがて絶えてしまう心地がする
発音の読み:ときわびし / わがしたひもお / むすぶまは / やがてたえぬる / ここちこそすれ
ゆきずりの
花のをりかと
見るからにすぎにし春
ぞいたど戀しき
行きずりの花を折かと見るからに、過ぎた春こそいとど恋しい
発音の読み:ゆきずりの / はなのおりかと / みるからに / すぎにしはるぞ / いとどこひしき
たづね見
るしるしの杉
もまがひつゝなほ神山
に身やまどひなむ
尋ね見る印の杉も紛れつつ、なお神山に身は迷うだろう
発音の読み:たづねみる / しるしのすぎも / まがひつつ / なほかみやまに / みやまどひなむ
おなじくば
木だかき枝
に木づたはでしづえの梅
に來居るうぐひす
同じことなら、木高い枝に木づたわず、静枝の梅に来て居る鶯
発音の読み:おなじくば / こだかきえだに / こづたはで / しづえのうめに / きいるうぐひす
ながむらむ
ゆふべの空に
たなびかでおもひのほかに
烟たつ頃
眺めるだろう夕べの空に棚引かず、思いのほかに煙の立つ頃
発音の読み:ながむらむ / ゆふべのそらに / たなびかで / おもひのほかに / けぶりたつころ
狭おほか
たは身をやな
げまし見るからになぐさ
の濱も袖ぬらしけり
大方は身を投げようかと思うほど、見るからに慰めの浜も袖を濡らしたことだ。
発音の読み:おほかたは / みおやなげまし / みるからに / なぐさのはまも / そでぬらしけり
めぐりあはむ
かぎりだになき
別かな空行く月の
はてを知らねば
巡り会う限りさえない別れであることよ、空行く月の果てを知らないので
発音の読み:めぐりあはむ / かぎりだになき / わかれかな / そらゆくつきの / はておしらねば
月だにも
よその村雲
へだてずば夜なゝ袖に
やどしても見む
月だけでもよその村雲が隔てなければ、夜ごとに袖に宿しても見よう
発音の読み:つきだにも / よそのむらくも / へだてずば / よなよなそでに / やどしてもみむ
七車つ
むともつきじ思
ふにもあまるわがこひ草
は
七車摘んでも尽きない、思うにも余る私の恋草は
発音の読み:ななくるま / つむともつきじ / おもふにも / あまるわがこひ / ぐさは
戀ひて泣
く涙にくも
る月かげはやどる袖も
やぬるゝがほなる
恋いて泣く涙に曇る月影は、宿る袖も濡れる顔である
発音の読み:こひてなく / なみだにくもる / つきかげは / やどるそでもや / ぬるるがほなる
あはれそふ
秋の月かけ
そでならで大方にのみ
ながめやはする
あわれを添える秋の月影は、袖でなく大方にだけ眺めるだろうか
発音の読み:あはれそふ / あきのつきかけ / そでならで / おほかたにのみ / ながめやはする
あふぎてふ
名をさへ今は
をしみつゝかはらば風の
つらくやあらまし
葵という名をさえ今は惜しみながら、変われば風が辛いだろうかとある
発音の読み:あふぎてふ / なおさへいまは / おしみつつ / かはらばかぜの / つらくやあらまし
ひきつれて
今日はかざ
しとあふひさへおもひもか
けぬ注連の外かな
引き連れて今日は挿頭と、葵まで思いもかけない注連の外であることよ
発音の読み:ひきつれて / けふはかざしと / あふひさへ / おもひもかけぬ / しめのほかかな
悲しさも
あはれも君に
つきはててこはまた思ふ
ものと知らぬを
悲しさもあわれも君に尽き果てて、これはまた思うものと知らないのを
発音の読み:かなしさも / あはれもきみに / つきはてて / こはまたおもふ / ものとしらぬお
ことわりも
知らぬ涙や
いかならむ我より外の
人をおもはば
道理も知らない涙がどうなるのだろう、私よりほかの人を思えば
発音の読み:ことわりも / しらぬなみだや / いかならむ / われよりほかの / ひとおおもはば
思ふ事
成るともなし
にいくかへりうらみわたり
ぬ賀茂の川波
思う事が成るともなしに、何度も恨み渡った賀茂の川波であることよ
発音の読み:おもふこと / なるともなしに / いくかへり / うらみわたりぬ / かものかはなみ
八島も
る神も聞き
けむあひも見ぬこひまさ
りてふ禊やはせし
八島を守る神も聞いただろう、会いもしない恋がまさるという禊をしなかっただろうか
発音の読み:やしまもる / かみもききけむ / あひもみぬ / こひまさりてふ / みそぎやはせし
神がきの
杉のこずゑに
あらねどもみぢの色もし
るく見えけり
神垣の杉の梢ではないけれど、紅葉の色もはっきり見えた
発音の読み:かみがきの / すぎのこずえに / あらねども / もみぢのいろも / しるくみえけり
あれと見る
身は船岡に
こがれつゝ思ふこゝろの
こはゆけるかは
あれと見る身は船岡に焦がれながら、思う心の底は行けるだろうか
発音の読み:あれとみる / みはふなおかに / こがれつつ / おもふこころの / こはゆけるかは
立ちかへ
りしたはさわけ
どいにしへの野中の水
は水草ゐにけり
立ち返ってしたわさ分けても、昔の野中の水は水草が生えてしまった
発音の読み:たちかへり / したはさわけど / いにしへの / のなかのみづは / みづくさいにけり
今さらに
えぞ戀ひざら
むくみも見ぬ野中の
水のゆくへ知らねば
今さらにもう恋いないだろう、汲みもしない野中の水の行く末を知らないので
発音の読み:いまさらに / えぞこひざらむ / くみもみぬ / のなかのみづの / ゆくへしらねば
わすれずば
端山しけ山
わけは來で水のした
にや思ひいるらむ
忘れないならば、端山の茂った山を分けては来ないで、水の下で思い入っているのだろうか
発音の読み:わすれずば / はやましげやま / わけはこで / みづのしたにや / おもひいるらむ
行末を
たのむともなき
いのちにてまだ岩根な
る松にわかるゝ
行く末を頼りにともない命で、まだ岩根である松に別れる
発音の読み:ゆくすえお / たのむともなき / いのちにて / まだいはねなる / まつにわかるる
かすめよな
おもひ消えな
む烟にも立ちおくれて
はくゆるならまし
霞めよな、思い消えるだろう煙にも、立ち遅れては燻るだろう
発音の読み:かすめよな / おもひきえなむ / けぶりにも / たちおくれては / くゆるならまし
おちたぎつ
涙の水脈
ははやけれど過ぎにしか
たにかへりやはする
落ち滝つ涙の水脈は速いけれど、過ぎた方に帰るだろうか
発音の読み:おちたぎつ / なみだのみおば / はやけれど / すぎにしかたに / かへりやはする
過ぎにけ
るかたを見る
だに悲しきに繪にかき
とめて別れぬるかな
過ぎた方を見るだけでも悲しいのに、絵に描き留めて別れてしまったことよ
発音の読み:すぎにける / かたおみるだに / かなしきに / えにかきとめて / わかれぬるかな
消えはて
てかばねは灰
になりぬとも戀のけぶり
はたちも離れじ
消え果てて、屍は灰になってしまっても、恋の煙は立ちも離れないだろう
発音の読み:きえはてて / かばねははいに / なりぬとも / こひのけぶりは / たちもはなれじ
たちかへり
折らで過ぎ
うき女郎花なほやす
らむ霧のまぎれに
立ち返って折らないで過ぎる憂い女郎花よ、やはり休むだろう霧の紛れに
発音の読み:たちかへり / おらですぎうき / おみなへし / なほやすらはむ / きりのまぎれに