ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

狭衣物語 / 第2場面

天人の降臨

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天人の降臨をもとにした創作画
あらすじ・人物・読み方

天稚御子が雲に乗って降り、狭衣を天上へ誘う。帝や大臣らが騒ぎ、木幡の僧都の祈りが行われる。

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狭衣物語・第2場面0 / 67
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星の光が月に劣らず輝き渡りつつ、この御笛の音と同じ声に、さまざまの物の音どもが空に聞こえて、楽の音がたいそう面白い。帝や春宮をはじめ申し上げて、どんな事かと浅くお騒ぎになる様子に、中将の君も心細くおなりになって、たいそう音の限り吹き澄ましなさった。狭衣が稲妻の光の中を行くという天の原は、遥かに渡る雲の懸け橋よ。と音の限りお吹きになるのは、本当に月の都の人もどうして驚かないだろうとお思いになるのに、楽の声々がたいそう近くなって、紫の雲がたなびき渡ると見えるのに、角髪を結って言いようも知らず美しい様子の童が、装束を麗しくした薫しいものが、ふと降りて来る様子に、たいそう夜更けに何事かと見える薄い衣を、中将の君にうち懸けて袖を引きなさると、私も言いようもなく物の心細くて、立ち止まるはずの心地もしない。こう立派な御様子の引き離れがたくて、笛を吹きながらお誘いになるのに、はれないはずの様子なのに、帝のお心が騒がせなさって、世の人々の言い草に、この世のものではなく、天人が天降ったのだろうとばかり言い思ったのは、実にこそそのとおりであった、大臣の考えようの事をただ任せさせず、月日の光にも当てずと、危うく忌々しいものにお思いになっこの人を、このように目の前でみすみす雲の果てに迷わせてしまっては、我が身もこの世で過ごしていくお気持ちにはなれないので、涙もお止めになれず、大層痛ましい御様子でお引き止めになるのを、悲しく拝見するにつけても、まして大臣や母宮などがお聞きになるだろうことを思い出すと、厭わしく思われるこの世ではあるけれど、振り捨てがたいためか、度重なるお迎えのありがたさに、一途にお立ちになろうとするけれど、帝が袖を引いて惜しみ悲しみなさるのを、親たちがたまに見るだけでも飽き足らず心配に思っていたのに、行方もなく聞きなさって、むなしい空を形見と眺めるだろう悲しさに、この度のお供には参上しない旨を、言いようもなく悲しんで、笛を持ちながら少し涙ぐんでいらっしゃるお顔は、天の稚御子が涙を流していらっしゃるのにも、香りや愛嬌が格段にまさって、見事なお声でお誦しになるので、このように何事につけてもこの世に勝っているために誘い連れて行ったけれど、道理にも見事で悲しい文の心遣いによって、引き止めたことの口惜しさを歌に作り交わして、雲の輿を寄せてお乗りになってしまった名残の、香りだけが残って、空の様子も変わってしまったのを、あさましなどと世の常の言葉で言えようか、いや言えない。(次頁へ続く)つらいことだと、見る限りは夢のような心地がした。中将の君は、御子の御様子の面影に恋しく、たいそう悲しいものへの哀れとお思いになる様子で、空をじっと眺め入った様子が、たいそうこの世に心を留めずなりなさそうだと、危うく心配にお思いになっていたが、何事かに心を少しでも留めなさる様子で、この世に心を留めずなりなさそうだと、危うく心配にお思いになる様子で、皇太后宮の女二の宮の御様子や心ばえが、道理も過ぎておいでになる様子を、たいそう悲しくお思いになる様子でお仕えなさった。一の宮はこの頃斎院においでになる様子を、たいそう悲しくお思いになる様子でお仕えなさった様子などお思いになると、たいそう悲しい様子で、中将の笛の音に、天人さえ聞き過ぎなさる様子で、下りおいでになってお誘いになる様子は、あるまじきことに添えて、こうたいそう心細くお思いになる様子で、二の宮のこの頃の盛りに整った御様子を見申し上げれば、この世では憧れやむことがあるまいとお思いになった。大殿には、中将の君は今宵はお出ましになるはずのない様子かと、お尋ね申し上げるほどに、蔵人所の方に

人々が声高にものを言うのを、何事だろうとお聞きになると、伊予守何がしの朝臣が参って、内裏でこれこれのことがございますと申し上げるのをお聞きになるお気持ちは、どれほどであったろうか、まるで現実のこととは思われないので、堀河の君が「いらっしゃった跡だけでも、もう一度見たい」とおっしゃるよりほかに、ものもおぼえていらっしゃらないのをご覧になると、母宮はただ御衣を引き被って伏していらっしゃる。世の中はどうなってしまったのかと見えるほど、邸の内は騒いでいた。道の間ずっと思い続けるのも大層不吉で、御車の中から流れ出る御涙は、千曲川を渡っていらっしゃったのかと見えた。道のりが常よりも遠く感じられるのか、陣のあたりで人に引かれてお入りになると、九重の内は物騒な様子もない。火焚き屋の火どもが常より明るくて、ここかしこの狭間や塀の面々などで言う声々は、ただこのことであるに違いないとお聞きになると、さて本当に空へ昇ってしまわれたのか、どう言えばよいのか、と思われるにつけお気持ちもますます乱れて、倒れてしまいそうである。殿が参上なさると人々が立ち騒ぐのを、中将は、このことのためにあのようにしてしまわれたのだろうと思うのも痛ましくて、殿上の入口に姿をお現しになったのを、「いらっしゃった」と見つけなさったのは、かえって大層痛ましいことである。どうなってしまうのか(次頁へ続く)。(前の頁から続く)…のことか、自分を捨ててどこへいらっしゃろうとするのかとも、言いようもなく呆然となさるのを、本当にとどまらずに昇天してしまわれたなら、限りある御命もどうなったであろうかと、痛ましく拝見する。堀河の君が(昇天した御方の言葉を伝えて)「何をためらって御前に参上なさると、在ったことどもをお話しになるに、すっかり現実とは思われない。何事も言い知らせ教えることもございません。朝廷にお仕えし、私自身の身のためにも、男としての向きに無才でございますのは大層口惜しいことでございますので、その方面だけは手本のようにお見せしようと、言い知らせ申したのでございましょう。ましてこの琴や笛の方面は、戯れにでも真似をなさるだろうとは、思いもしませんでした。どうしてこのように世の例になるほどの音まで、吹き伝えなさったのかと、珍しく思われますよ。まったくまた類例もございませんので、ただ心に驚くこともなく、生きてございます限り、拝見できることだけが、この世の喜びでございます。あまりに勝った身の才能などは、少しも嬉しくございません。ついにどれほどの乱れた心を、迷わせなさることになるのでしょうか、と翻っては、大層つらく思われますよと、今宵はすっかり正気もございません。むなしい跡を御覧につけられたなら、明日まで生き長らえて、朝廷にもお仕えし、私の数々の(次頁へ続く)(前の頁から続く)…の絆なども御覧にならなかったなら、変わらない様子をお見せになったこと」と喜び申し上げなさりながら、大層危うく心配だと見送りなさる様子が、道理にも今宵にもまして御覧になると、人々も皆お泣きになった。中将の君は、このように大層仰々しい御遊びの名残も気後れがして、過ごさせなさった気持ちでお控えになっているのを、帝がお召し寄せになって御杯を賜うというので、帝が身の代わりの衣も、私が脱いで着せよう。返すと言って、思い悩むな。天の羽衣に代えてまさることがあろうか。とおっしゃる様子に、そうなのかと納得することもあれど、いやいや武蔵野の夜の衣であったなら、本当に代えてまさるように思われたでしょうにと、思いのほかに感じられながらも、ひどく畏まって、紫の身の代わりの衣、それであるならば、乙女の袖にまさりこそしよう。と言われたのも、どうして聞き分けなさろうか。いずれも、向かいの岡とは離れない御事どもなので、常よりももの哀れな様子で、静まりなさった用意や姿など、並の女は、帝の御女であっても並べにくいのに、二の宮が怪しくいらっしゃるはずはない、と思し召す。鳴く一声に夜が明ける気持ちがすると、人々は退出なさる。殿も中将の君も一つの御車でお出になった。

母宮がお待ち受けになる様子は思いやられる。母が「どうお困りになったのだろうか」と言って、御自ら支度をして勧めなさるけれども、本当に苦しく悩ましくお思いになって、狭衣が「今宵はどうにもそのようにお仕えします」と言い、「休ませていただきましょう」と言って、自らの御方へお渡りになるのを、今宵はいっそう、片時お立ち離れになるのも心配でたまらないとお思いになっている様子で、母が「今宵はこちらにおいでなさい」と、切にお申し上げになると、御座などを敷かせてお休みになるような様子だけれども、珍しいことどものみ思い続けられて、まどろまれなさらない。何となく心も本当に浮き立って、あった御子の御姿も面影に恋しく、口惜しくお思いになる。本当に殿のおっしゃるように、木幡の僧都をお召し寄せになって、この御そばにお仕えさせなさって、殿もお休みにならない。今宵の事どもをお語りになりながら、大層物忌々しくお思いになって、明日から始めるべき御祈りどもの事などを仰せになる。ふさわしい家司や職事どもをお召し集めになって、始め行わせなさるべき御祈りの様子を、大層仰々しくお思い置きになって、仰せになる様子をお聞きになっても、どうしてこうまでお思いになるのだろう、通いなさる御心どもを知ら(次頁へ続く)ない顔に、つまらなく、あるまじき事のために身はどうしようもないとお思いになるのに、人や皆、枕も浮きそうもない。あるまじき事と返す返す思い返しても、明け暮れ差し向かってお聞きになったからか、湧き返る心の内は、更にお思い止むはずの心地もしない。上のたいそうな御志とお思い申し上げて、お与えになった御身の代わりは、たいそう畏れ多く面目ないけれども、甲斐甲斐しく着たいともお思いにならない。紫の代わりであったらとお思いになって、狭衣が色々に重ねてはお召しになって人知れず思い始めた夜半の狭衣と繰り返し言われなさる。お休みにならず明けないと言い置いた人さえ羨ましいのに、ようやく明けてしまう心地がすれば、東の渡殿の妻戸を押し開けなさると、雨が少し降った名残で、菖蒲の雫が所狭いけれども、空は雨雲が晴れ渡ってほのぼのと明け行く山際は、春の曙でなくても美しいのに、花橘に宿っていたのだろうか、郭公がほのかに鳴き渡るのも、音に現れたのだとお聞きになる。狭衣は夜通し嘆き明かして、郭公の鳴く音さえ聞く人もいない、とお聞きになる。など独り言を言って漂いなさる様子に、「身の色は金の山の端のように厳かで甚だ微妙である」とゆったりと高く上げてお読みになる様子が、たいそう心細く尊いのを、母宮や大臣などがお聞きになって、なお様々に余る様子がお出でになって、母などがこう夜深くお起きになる。五月の空には恐ろしいものがあるのだと仰せになる様子に、鼻声におなりになる。殿もお起きになって、「堀川はなおこの頃ばかり、内裏にも参上なさるな。今日から七日ほどと、始めさせる祈りどものほどは、同じ心に仏をもお念じになっておいでなさい」とお申し上げになると、戯れの口ずさみも、仰々しく物憂くさえお思いになるので、「どちらへ参り出よう」と、申し上げてお相手にお渡りになる。その頃の言い草には、ただこの事を天下に言いののしった。朝廷にも日記の御唐櫃をお開けさせになって、天稚御子と作り替えなさった文どもを、お書き置かせになった。その夜お仕えしなかった道の博士どもは、高い者も卑しい者も、この御文を見て涙を流しながら感嘆し惑うのを、この頃の事にした。暑さのたまらないほどは、水を恋う鳥にも劣らず、心ひとつに焦がれなさるのを知る人もいない。昼つ

源氏の宮の御方へ参ると、白い羅の単衣をお召しになって、たいそう赤い紙の文をご覧になっている。御肌の色は単衣よりも白く透けてお見えになり、額の髪がゆらゆらと零れかかり、裾は後ろへひと続きに引かれて、ゆったりと張った裾の反りぐあいなど、この先何年この美しさが続くのかと思われるほどで、狭い所ながらたおやかで優美にお見えになる。隠しようのない単衣越しに、髪の隙間から見える御腰つきや腕などの美しさは、誰にも似ておられず、思いが募りすぎた自分の目のせいかと見守られていると、いつものように胸がどきどきと騒ぐが、よく堪え返して、素知らぬふうにもてなしていらっしゃる。「ひどく暑い折に、どのようなお文をご覧なのですか」と申し上げると、「源斎院から絵などを賜ったのです」と言って、隈のない日差しの中、花やかに匂い満ちた御顔つきがまばゆく思われて、少し赤らんで、この御文に心を紛らわしていらっしゃるご様子や気配、眉など、言い尽くせないほど見事にお見えになるので、涙さえ落ちそうに感じられる紛らわしに、この絵どもをご覧になると、在五中将の日記をたいそう立派に書いたものであった、と見ると、妙に自分の心とひとつになったような気持ちがして、目に留まる所々が多いので、堪えきれずに、狭衣が「これはどうご覧になりますか」と言って差し寄せなさるままに、「よし、さらば昔の跡を尋ねて見よ。私だけが迷う恋の道だろうか」とも言い終わらないうちに、涙がほろほろと溢れるのさえ、不思議にお思いになるのに、御手をまで捉えて、袖の引き留めようのない様子なので、宮はたいそう驚き恐ろしくおなりになって、そのまま捉えられた御腕に俯し臥してしまわれる様子が、言い知れぬものに捕らえられたようだとお思いになるのも、ますます心が騒いで、長年思い詰めた心の内を、片端だけでも言い出せそうもなく、涙にだけ溺れていらっしゃる。狭衣が「幼くございました頃から、志を特にお寄せ申し上げて、長年積もりに積もった心の内は、あまりお知らせ申し上げずに終わってしまうのも、誰も後世のためまで後ろめたくございましょうから、漏らし申し上げてしまったことこそ浅ましいことです。またこんなあってはならない見苦しい物思いをする人の類が、昔もございましたでしょうかと見えるのに、あまりに疎ましくこれほど思い焦がれて年月を経たのかと、室の八島の煙にでも問え。片端だけでも漏らし始めたので、年を経て思い焦がれて過ごしてこられた心の内をお聞かせ申し上げると、恐ろしい夢を見る心地がして、震えていらっしゃるのを、狭衣が「まるでご覧じ知らない人のように、これほどまでを恐ろしいとお思いになったこと」と泣く泣く恨み申し上げるうちに、人が近くへ参る気配がしたので、少し退いて、狭衣が「今からはどれほど憎まれなさることでしょうね。急なお心変わりは、かえって人目に怪しくございましょう。お思い疎んじなさいますな。岩を切り通してでも通いましょうとも、噂にもなるはずのないことと心得ておりますから、決して見苦しい心の程はご覧に入れません。あまりに思い侘びてしまいましたら、通わない里へ行き隠れましょう。そういう折には、さぞかしと思い出させてください、といったことなど、お聞かせ申し上げる事柄も思いやられる。しかしとても近く仕えてはいない人は、いつも間近い御仲であることに、目も立たないのだろう。「絵を見ましょう」と人々が近くへ参ると、宮は御気分が例ならずと紛らわして、小さい御几帳を引き直してお臥せりになったので、君も、顔の気色が目立つだろうかとお思いになると、お立ちになったところ、宮は

今こそ万事お思い続ける。こういう心をお持ちの人を露知らず、誰よりも懐かしく思って、明け暮れ差し向かって過ごしてきたことよ、と疎ましく恐ろしく思うにつけても、然るべき人々の御あたりではなく育ってきたことを、哀れにお思い知られて、そのまま臥せって暮らしていらっしゃるのを、御乳母たちなどが例ならぬ御様子はどうしたことかと怪しがるにも、誰もこうした御心を知らないのだ。このように常にあったら恥ずかしくもあるだろうな、とお思いになると、生きていて憂き世とは今日こそお思い知られたのだった。中将の君も、言い出してからは、ますます堪え難い心の乱れが勝って、つくづくと物思いに臥せっていらっしゃるところへ、殿の御方から「参りなさい」とあるので、何となく気分が悩ましいのに物憂いけれど、そう聞きなさったらまた驚き騒ぎなさるのも聞きにくいので、装束も着崩したふうに参上なさった。鬢のあたりもひどく打ち解けて、無造作な御くつろぎ姿の美しさが際立っていらっしゃるのを、例の微笑まれて見申し上げなさる。その夜、中宮のお出ましになるのに参上なさい。上へも、一日余り取り籠めていたと仰せられた」とおっしゃって、「源氏の宮の御事を、春宮がこう心もとなくさせなさるのにひどく侘びさせ申し上げる、と恨みさせなさるのに、涼しくなってそうかと思い立つのを、右の大殿がただ一人可愛がられる娘が、十歳にでもなればと心もとながりながら、幸いにもこの八月に参らせようと様子を取られるのを、制することもできず、競い合いなさるのも不都合だけれど、冬の頃、それでなければ年が改まって、など思うのはどうあるべきだろう。春宮もお急がせになり、内裏にもきっとそうあれという御様子があるけれど、何のことがあろう、人がいつかと急がれるのを留めるのも気の毒だろう」など申し合わせなさるのを、結局の事だ、きっとそうだろう、と思いながらも、胸は塞がり勝って、様子も変わるだろうと思っても、素知らぬふうにもてなして、狭衣が「人の事を引き延ばさせなさるのは気の毒ではございましょう。この御事は、いつも心のどかにあるでしょう。権中納言の身に添う影で騒ぐのであれば、煩わしさにこう急がれるのだと聞いております」と申し上げると、堀河の人は「こちらでもそう思うのです。右の大殿が秘しているという娘は、この御方には並びようもありません。孫王たち、鼻高々にきらきらした様子でしょうかと推し量られますよ。母の乳母よ外のあたりにも寄せず、際限もなく可愛がっているのだ。自分で悔いる宮腹の娘のようだろうか」と笑いなさると、あの思いがけなかった宵の火影は、玉の疵ほどには見えなかったけれど、鼻高だけはよく言い当てなさったと思うと、少し微笑まれた様子をはっきりご覧になって、堀河の人は「若かった時、垣間見を常にしていたので、さまざまの人を多く見たものだ。人というのは得難いものだよ。思うような人に会うことは難しい業だ。故院は、ほかの事はひどくお思いになりながら、この方は生憎制して責めて、容易くは通わせなさらなかったけれど、賢く盗み紛れ出て、至らない隈はなかった。こうさまざま逃れられない人々が多くいらっしゃるのに圧し消されて、哀れと思ったあたりもあったけれど、甲斐なく止んでしまった」など、昔の事どもをお思い出しになった。堀河の人は「若いうちから高貴な方に定まるのは、重々しく良い事だ。一人でいるのは、自然とそうでもない心も彷徨って、軽々しく悪い事だ」などおっしゃって、「あの御様子のあった笛のお礼は、たいそう恐れ多い事だ。その後、内々にも案内を申し上げないのは不都合な事だ。良い日を選んで侍従の内侍の許などに、ほのめかしなさい」など、

おっしゃると、ああ面倒なことだ、生き果てられそうにも思えない世に、そのように定まって、どれほど侘びしいだろうかも、聞くだけでさえ扱いにくい夜の衣であった。狭衣が「御様子は恐れ多かったとは言いながら、それほどの御事を承って、申し上げ出ようか。かえって無礼でしょう」と、興醒めな御様子なので、心に入らない事のようだとお思いになるのも、主上がお思いになる事が気の毒で、堀河の人は「急には言われないでしょう。そう仰せになるのを知らない顔をするのは、僻々しい業でしょう」と、例ならず物々しい御様子なので、煩わしくてお立ちになった。ほかの風向きに藻塩の煙がなびくだろうか、浦風が荒く波が寄せても。狭衣は、などと口ずさみなさって、母宮の御前へ参ると、母が「暑さのせいか、この頃はひどく痩せてお見えです」と、心苦しそうにお思いになる様子が、飽くまで愛らしくお見えになるのを、殿がそれほど隈なく見集めなさったのに、親と申し上げながらも、優れた御覧は道理だと見申し上げなさる。狭衣が「夏痩せは劣った者の事だとか。一方涼しい風に従うのも悪かるべき事でしょうか。どうしてこんなことを言い始めたのだろう。渡し守にでも問おうか」と笑いなさる、その匂いのさと零れる心地がしなさるのを、珍しい人のように若い人々が見申し上げる。中務という人が「道の果てになると嘆いた人のあったことこそ、理に憎くない」と独り言を言うのを、尻目に見送りなさって、狭衣が「どういうことか。残り惜しい独り言だな」とおっしゃるのを、「ああ侘しい。聞こえたのか」と侘びる様子も憎くなく見渡しなさる。狭衣が「殿の女二の宮に御文を差し上げよとおっしゃることこそ、ただそれだけの等閑なことに、大宮がお聞きになって、目覚ましいあってはならない事と、難しりなさったものを、そのようにほのめかし出して、恥をかかされ申し上げることこそ、何でもないよりは心苦しいでしょう。ただそれほどの御様子で、その夜の面目は限りなかったのですよ。かえって余計な事を言い出して、主上もふざけているとお思われでしょう。数にも入らない者は、好き好きしい事を好むまで、そうあるべき影の小草の、露よりほかに知る人もない者などを尋ね出して、縁ともなればいい。そうでなければまた、何世もあるはずのない世に、絆がなければいい」と涙ぐみなさるのを、母宮がご覧になって、御顔の色も変わって、母が冗談にも、由々しい事をおっしゃるな。ひどい事であっても、自分の御心にこそあれ。物憂くお感じになるのを、無理にも何でしょうか。まして母宮がそうおっしゃるには、あるまじき事でしょう。一日三位が物語をした序に、笛の音が見事なのを愛でて、二の宮の事をほのめかしたのは、どう思うだろう、この頃盛りに美しくいらっしゃるのを、行く末の頼もしい人に譲ろう、など主上が仰せになった、と語ったのは、恐れ多く、聞き過ごしてよいものかとあったのだ」とおっしゃる。こうただにおっしゃれば、ただそれだけの等閑事でさえ、大宮がお聞きになって、目覚ましいあるまじき事と、難しいかがしようと、嘆かれてお立ちになった。暮れたので内裏へ参る序に、狭衣が「本当にあの蓬の本は、どれか」とお問わせになると、見置いた随身が、「こちらにございます。そこと申し上げていたので、別の日にご覧になったところ、降ろし込めて人もいない不思議さに、側の人に問いましたところ、筑紫へ下った長門守という人の家に仕えている、妻の兄弟たちが、宮仕人として大勢ございますということです。中務の宮の姫君の乳母でもございます」と申すと、そういう者たちが集まった折の仕業か、少将の乳母とか言って、大納言の五節に出ていた戯れ者か、などとお思い巡らされるよ。

中宮がお出ましになったので、皇子までお連れ申し上げて、たいそう公々しく、きらきらした御様子である。内裏の御使いが日毎に参るなどして、殿も、こういう間はこちらの勝ちでいらっしゃる。宮の御様子や容貌など、望ましく気高く、恥ずかしげでいらっしゃる。太政大臣の御方は、中の兄で、本来はそちらにいらっしゃるけれど、こうした扱い草もお持ちでないせいか、御自分の御様子ひとつを華やかに、今風にもてなして、自分こそはと誇らしげに押し立った御心構えでいらっしゃる。人よりはどうにかと、持ち出した御物好みなどして、たいそう清らかに、憎くない御心構えであるらしい。こうさまざまにもてなし可愛がりなさる御様子どもを、明け暮れ羨ましくお思いになる。中将の君は、先日の室の八島の後は、宮がこの上なく伏し目におなりになるのも、ひどく辛く心憂く、どうしようとのみ嘆きが勝るのを、自分の心にも慰め侘びなさって、自然とやや紛れるかと、忍び歩きにも心をお入れになるけれど、ほかならぬ御手のあたりに似るものがないせいか、嫉み捨て山にのみお思いになるよ。春宮へ参ると、春宮が「入りぬる磯であるのが心憂い事」と

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底本:有朋堂文庫『狭衣物語』武笠三校(有朋堂書店、大正15年[1926])。本文画像:所蔵機関の公開資料。

大正15年(1926)武笠三校『狭衣物語』(有朋堂文庫)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、各頁上部の内容細目(梗概)・柱・振り仮名は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。