狭衣物語 / 第11場面
姫宮の出家(巻第二之下)
この場面の挿絵を見る

あらすじ・人物・読み方
巻第二之下に入る。姫宮は横川の僧都を師として出家し、狭衣は秘事を隠されていた悲しみに沈む。
原文の一節を選ぶと、発音の読みと現代語を確認できます。読むだけでは音は出ません。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示設定
音声設定
原文の一節を押すと、読みと現代語訳が出ます。「次の一節」でも読み進められます。
原文・発音の読み・現代語
現代語で読む
七日も過ぎないので、姫宮は、心より外に生き留まったのを口惜しく恥ずかしいとお思いになっても、まことに限りある業か、ようようさわやかになって、今はこのようにこそはと、流れての名の後ろめたさをばかりお思いになるのに、大宮の、この御産屋の程は、この上なくよろしい様子にお成りなさいましたところ、日頃万事に思い屈していた人々も、うち休んで心緩びした夕暮れの程に、ただはかなく消え入りなさったのを、まことに見申し上げようとお思い念じていたのにこそは、と悲しく辛いのに、姫宮は更にお遅れ申し上げるまいと思い惑われるのは、まことに心に叶わない事であった。内裏にも聞かせなさって、人より先に参上なさって、多くの宮達がいらっしゃるので、睦まじく重んじる方には思い聞かせなさるのを、どれほどの程の御年齢でもないのにこのようにお別れになったのを、どうしてよろしくもお思いなさらないだろう、姫宮さえお留まりなさる様子もいらっしゃらないのを、大層心苦しくて、帝が「一人の御事をばかりはお思いだろうか(次頁へ続く)き。今いくばくもお仕えすべきでないのを、今一度見ようともお思いにならないのか。幼い人々が留まってお仕えするのも、やはり諸共にこそ御覧じお扱いなさるだろう」と返す返す恨み聞かせなさって、慰め申し上げても、しかるべき人々などを申し上げさせなさっても、私の故に最後にこのようにお成りになるのに、一時でも長らえて、独り惑いなさる道の行き方もご存じないだろうのは、大層悲しいに違いないのをお思い焦がれるけれど、まことに憂きに堪えた御身か、煙の雲とお成りになるのにも、最後にお立ち遅れになって、七日七日の果ての方にも、ようようお成りになった。御弔いに大将が参上なさるのに、中納言の佐が対面して、あの「嶺の若松」とあった独り言を語り出したのに、御顔が大層赤くなって、浅ましく辛いとお思いになった。狭衣が「どうして今まで心憂くお告げにならなかったのだろう、自ずから何事につけても様子はお見せになるだろうものを。このようだと聞かせなさったら、大層このように余所の物にはし申し上げなかっただろうに」と哀れに口惜しくお思いになったので、それや、大層怪しからず心憂き御心から、誰の御ためにも痛ましくございますなあ。まことに物思いに死するものとは、この御有様でぞ見ておりました。姫宮も(次頁へ続く)更にお留まりなさる様子もいらっしゃらないようだ。真面目に心憂い心にぞいらっしゃいます」と言ってうち泣くと、狭衣が「他人の言う様子にもおっしゃるな」と言って、狭衣が「まことに身の程を知らない心の程の、大げさなことこそ罪にございましょう。それも、事の外に人もおっしゃらないと聞かせなさったら、身を無くもするとも、人をばいたずらにしなさるべき事かしら。思い隈なき様子の心の入れの心付きのなさは、自分でさえ思い知られたので、まして内裏などがお聞きになる所の無礼げなので、御許しがなければ程はと思っておりましたぞ。その程も、時々聞かれるのに従いなさったら、見知る事もあったでしょう。余所の人のように情けなくぞいらっしゃる」と、ただ恨みに恨みなさっても、すけが「おのれら辛くてとはまことにこそございました。過ぎにし方をかように恨みさせなさったら」と言って、うち笑わないので、大層ものの哀れとお思いになった様子で、特に物もおっしゃらず、涙ぐみなさるので、やはり大層疎かな御心ではないのだろうと心苦しくて、すけが「大宮さえこのようにお成りになったので、ますます何事にかは、内裏にはお思いなさらないでしょう。御心地だけ少しよろしくお成りになれば、同じ心に若宮をも見申し上げさせなさるでしょう」と聞(次頁へ続く)
えさせなさった。慰めても、狭衣が「いや、それにつけても口惜しく、なまじそこにこそあるべきだ」と言って、大層お思い入りになった。はかなく月日も過ぎて、御四十九日なども終わったので、内裏からは、「早くお参りなさい」とばかり、後ろめたがり聞かせなさっても、同じ様子に打ち臥し聞かせなさって参上なさるようなら、何事も心より外である様子で心憂く恥ずかしい有様も、持って隠され申し上げるだろうを、何事に思い慰めてか、憂きを知らない様子で、恥に死に切れない身を長らえよう、などお思い沈むと、起き上がりさえなさらないのに、大将の御事も、年が改まるままにとお急がせになって、乳母達の元に用意すべき事どもなど仰せられたのを、嬉しい事に誰も思いそぞろ聞かせなさるのにも、頼りない事までお思い焦がれて絶え果てなさった、蟹の刈るという心付きのなさは、世に知らず辛く心憂いと、人知れずお思い知るのに、心より外であるだろう藻塩の煙は、浅ましかった幻の案内がなければ、また夢にさえどうして見よう、とお思いのを、どうしてそうすべき事のない前に命が絶えなければ、身を無い様子にして、それほど思い(次頁へ続く)つつ消えなさった御身の苦しさなどを、知らない顔ではどうして過ごそう。身の上より外に、この世にお思い結ぼおれる事はなかったものを、どうしてつくづくと過ごす日数ごとに思い続けなさっても、さすがに我が御心一つでは、すべもなく、人におっしゃらせようも、ただ今は良い事と言うべきではないので、ただ猛き事とは、御湯などをさえ見入れなさらず、それほどお思い入りになった身を、今まで送らかしなさるのが心憂い事と、哀れともお思い出て、今日明日お迎えさせなさるへとのみお思い焦がれるからか、まことに日に添えて頼もしげない様子にぞお成りになった。内裏からは、帝が「今一度見ようとは思われないか」と、一方では恨み慰め聞かせなさる事が、日に何度という事なく、御使いが立ち替わりつつ参上しても、何の甲斐もなくて、限りとお思いになる夕方、内裏より参上した少将の内侍をお召し寄せになって、賢しき様子かと、恥ずかしく思われても、聞きに紛らわして、玄上が「日頃はよろしいかと待っていたのに、今日などは留まるべき心地もしないのを、仏の御印かと試し見たくございます。どうなりともしばし見ようとお思いなれば、今宵の程にもと奏上して、案内を言いましょう」とおっしゃると、泣く泣く参上して、この(次頁へ続く)くなあと奏上すると、しばらく物もおっしゃれない。帝が「限りに見なし聞かせなさっても、それほど惜しげな御髪を、どうして甲斐なくし申し上げよう」と言って、あるまじき事にお思いになって、帝が「変わらない様子で見ようとこそ思いなさい。大層心憂い事」とばかり聞かせなさるので、まことにそうお思いなさるのだろう、ならばどうすれば、など口惜しくお思い入るのに、またの日などは、まことに消え果てさせなさる様子のままでも、女が少し哀れと思う人がいれば、このようであるなら、そうはいっても見ましょうか」と稀々に息の下におっしゃるのを、乳母達などは、「きろろとし申し上げても、時の間の御命を助け申し上げて見申し上げよう」と、臥し転び泣き焦がれて、たびたびこのようであると内裏へ奏上していたので、まことに限りある御命の程を、切にやつし難くお思いになって、あの本意を違えようも、後の世のためどうと、お思いになって、この宮の御叔父の横川の僧都に仰せ事があれば、お承りになって、その作法どもをして、鉦を打ち鳴らしなさるのを、聞く人々が泣き合った様子は、大宮がお亡くなりになった時よりも、なまじ心慌ただしく辛かった。乳母達が、「なし申し上げても、お平かにだけいらっしゃれば」と賢しく言い連れても、(次頁へ続く)
御髪を掻き出して剃ぐのを見るのは、ただの人でさえ目も眩み惑うのに、まして明け暮れ撫で作り申し上げた甲斐があって、これほどの類はないとお見えになるのを、このようにしなし申し上げるのは、なまじ虚しい様子に見申し上げたのにも勝って、心も収められかねず臥し転ぶ様子であるのを、何の労わりもない僧都の御心地にも、道理に悲しく思われて、涙を押し拭いつつ、すぐにも剃ぎやりなさらなかった。内裏にも、このようであると聞かせなさると、一重に虚しくお聞きにならせるのにも劣らず、飽かず口惜しく思われた。けれど、まことに忌む事の印か、このようにして後はようよう消え入りなさる事など、よろしくお成りになっても、我が御心地にも、今はどうしてしばし長らえて行きもすればなあと、この上なくお思い強くなりつつ、御湯などばかり強いてお召しなどすると、あるか無きかの御様子のままでも、お過ぎになった。大将がこのような事をお聞きになると、口惜しく悲しいとも世の常である。事の外に心付きなくなどお覚えになるだけでも、人の御程、事の有様などを聞き及ぼそうに、どうして疎かにお思(次頁へ続く)ぼされよう。ましてそうまで疎かに、いやと思い聞かせおっしゃるのでもなく、強ちである心のすさびに、多くの人を徒にし聞かせたのは、人にこそおっしゃらないが、一方ではなく、どうして世の常にお思いだろう。人知れず思う事が叶いそうなど、世の様子を見果てる程は、忍び忍びにも見申し上げようなど、あまり心のどかにお思いになっていた程に、まことに人はどう疎かにつらいものとお思いだったのだろう、夜目にも知れく、それほど可笑しげであった御有様や、髪の手触りなども今も思い出されて、惜しく悲しいのに、今一度変わらない御有様を、どうして強いてでも見申し上げなかったのだろうと、口惜しいのに、臥し転び泣き焦がれなさっても甲斐ない。過ぎにし方を大層これほどお覚えなさったら、誰のためにも目安かっただろうと思うのには、さしも忍び所のない人でさえ、哀れであるべき業であるのを、ましてつくづくと思い聞かせなさるのに、何事を飽かず思って、このようにしなし申し上げて、それほど美しかった人を、余所の物になしつるぞ、と思い続けなさるのに、苦しく悲しいとはこれを言うのか、と思い続けられるのに、袖の氷が解けず明かしなさる夜がなくは、今初めてお別れ申し上げたであろう床の心地がして、寂(次頁へ続く)
底本:有朋堂文庫『狭衣物語』武笠三校(有朋堂書店、大正15年[1926])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
大正15年(1926)武笠三校『狭衣物語』(有朋堂文庫)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、各頁上部の内容細目(梗概)・柱・振り仮名は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。