狭衣物語 / 第10場面
姫宮の出産
この場面の挿絵を見る

あらすじ・人物・読み方
病の姫宮のもとを左大将が訪う。姫宮は若宮を出産し、その夕べに大宮が亡くなる。
原文の一節を選ぶと、発音の読みと現代語を確認できます。読むだけでは音は出ません。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示設定
音声設定
原文の一節を押すと、読みと現代語訳が出ます。「次の一節」でも読み進められます。
原文・発音の読み・現代語
現代語で読む
と悩ましく暮れて行くのを、羊の歩みのような心地がして、さすがに物心細く思われるのを、木の下を掬う風の音が、ますます身に沁みるようであるのに、頭も持ち上げて、お見出しになると、色々に散り紛れて、梢が現れていた。冬の一吹き払う四方の木枯らしに心があれば浮き名を隠す隙もあらせよと、大層弱げにお泣き入りになるのを、大宮は少しお寝入りになっても、心が解けてまどろむともなく、お聞きになると、私もますます消え入る心地がして、ああどういう人が、これほど物を思わせ申し上げて、知らない顔で過ごすのだろう、昔の世に何の契りで、このような御事をも知らないのか、身は徒になるのも、どういう武夫であっても、少し哀れとだけでも問い聞けば、そうはいっても忍びかねず様子が漏れ出ない様子はあるまいと、浅ましく辛く思われる折しも、前の声が大層仰々しくて参上なさる人がいる。このような御心地の程といって、しかるべき大夫や宮司などより外には、特に参上してお見舞いする人もなく心細いのに、お仕えする人も立ち騒いで、御随身の声(次頁へ続く)の使いも、帝の辺りが物々しいのを、人々は近寄って、「誰だろう、珍しくもあるな」など、言って見ると、東の対に続いた渡殿から、歩み出なさるのを見れば、左大将殿でいらっしゃった。宮にお仕えして、「中納言の内侍はお仕えですか」とお尋ねになるのを、大宮がお聞きになって、大層心細くかすかな御里居の程にも、大殿の御心の哀れに真面目なのを、並でなくお思い知りになるので、近くの御簾の前に歯を差し出して、こちらへと聞かせ申し上げなさった。参上してお座りになる御様子、お振る舞いになる用意などから始めて、例のああ素晴らしいとばかりお見えになるのに、うち匂っている御香りも、不思議なほど人には似ずお見えになる。さまざまの紅葉襲の上に、紅の撓んだのが色も艶も並でなく、溢れるほどであるのに、龍胆の織物の御指貫の、枝差し花の香りが、たった今折って見るように織り浮かされているのは、目も輝くほど見えるのは、一方では目立たなくしなさる人柄なのだろう。立田姫が人を分けたような様子ではないと見える。おもてなしの様子は、飽くまで気高く恥ずかしげになまめかしくて、御顔は細かに美しげに愛らしく、愛敬付きなさる香りは、まことに(次頁へ続く)はなくと、辺りまで香り満ちていらっしゃるなど、所を変えて見申し上げるのは、また光が特に素晴らしくお見えになるのに、これほど思う事の多い宮の内の人が、名残なくうち笑われる。中納言の佐をお召しになって、御心地どもの様子などを細かくお聞きになると、狭衣が「大臣は、常に参上するべきようにおっしゃいますけれど、どういうことか、心地が例になく思いなさられていて、志の程よりも怠っておりましたのを、内裏で承りましたところ、頼もしげない様子であると、大層お思い嘆かせなさるのに、驚きながらでございます。大宮の御心地は道理である御事でいらっしゃいますので、慰め所もございますが、姫宮の御心地こそ、聞かせ申しやる方がございません。上も大層お嘆き聞かせなさるようです」などおっしゃるけれど、すけが「私にだけはどうして」と、参上して大宮に申し上げると、大層苦しくて物もおっしゃられないけれど、このように参上なさるのも並でなくお思いになって、母宮が「まず先にとは急がれますけれど、どういうことか、このようにばかり露に争う様子で、今まで長らえておりますのにも、有り難い御心ばえを、知らない顔で過ぎてしまいそうなのを、思い残しておりましたのには、もはやどうしてかは必ずお尋ねさせなさい、と聞かせ申し上げたかったのですが、(次頁へ続く)
嬉しくお立ち寄りなさる」なども、はかばかしく続けやらせなさらないのを、承る心地もますます堪え難いのに、お伝え聞きになるのは袖にも余りなさるに違いない。互いに苦しい御心地どもに、まことにどう思われるだろう、それほど心苦しくあえかな御有様に、心地が日頃お患いになって、打ち臥しなさっている有様など思いやられるのに、そのままこの御簾のうちにも這い入りそうに、見たく哀れにお覚えになっても、心にもなく、狭衣が「小野のししの原」と、口ずさんで、涙ぐみなさる様子が、言い知れず懐かしく哀れなのを、まことに大空も思う心を見知るのか、急に曇って時雨れるのに、木枯らしが荒々しく吹き迷うにつけても、さまざまの紅葉が散り交いつつ、大層お濡れになっても、乱れた扇の隠れないのを差し隠して、狭衣(歌へ)人知れず抑える袖も絞るまで、時雨とともに降る涙だなあ。聞き分ける様子もなく独り言ちになるのを、中納言の佐の耳癖に、さりの心からいつも時雨の漏る山に濡れるのは人の誘いとこそ見えるというのを、出雲の乳母が少し近くにいて聞くのに、耳が留まった。語り合いたい事ども、数(次頁へ続く)知らないけれど、人近い様子なので、言葉少なく、泣く泣くお立ちになったのを、飽かずにばかり思い聞かれるのに、名残の香りは、やはり揺り満ちた心地がするのを、若い人々は切に聞くのを、差し歩みなさる腰つき、指貫の裾など、たおやかになまめかしいのに、風に吹き赤められなさる頬つきは、紅葉の錦にもやや立ち勝った香りで、冠の纓が風に従って吹き掛けられなさるなど、あまり人の心を乱す端緒となりなさるのも、忌まわしいかとお見えになった。日が暮れるままに、大宮も大層苦しそうになさって思われたので、これが限りだろう、最後にこの事を持って隠さずに止んでしまうこと、限りある命の程も口惜しく、消え返りつつ、あるか無きかの御有様で、夜中にもなった。姫宮は、一時の程も先立って聞こえずかと、泣き焦がれなさる様子は、まことに限りないようだと見えるけれど、見申し上げる人々の心地は、忌まわしく辛い。内裏より御使いが参り違い、大殿からもお立ち帰りになり、哀れに聞かせ申し上げる。騒がしい紛れに、姫宮がまず消え入りなさるかと見えるのに、御乳母たちが泣き惑って抱え(次頁へ続く)申し上げていたのに、乳児がうち啼きなさるのは、今少し心惑いして、疎い人々は寄らず、ただ大宮がなさらせなさるとお知らせした。後の御事など、これら立て重ねた大願の印か、大層早く成り果てたので、心地を少し静めて、あるにもない様子でお臥しになる大宮を、子持ちのように万事にお臥しさせ申し上げて、姫宮をば、苦しそうになさるといって、大層奥深くおいでにさせて、御乳母達ばかりぞ参り寄った。児の御有様は更にも言わず、世に珍しい様子の男でいらっしゃった。内裏の御使いなどが帰り参上して、このように奏上すると、お平かにお成りになったのを、嬉しくお聞きになって、御佩刀など、例の作法どももあった。後は知らず、ただ今はまず、月頃思い崩れていた胸どもが開けて嬉しく辛いのに、大宮も、この上なく力出て来た心地がしなさっても、珍しい人をまず見申し上げさせなさると、ただ大将の御同じ顔で、まことに美しい御様子なのを、これは何処の人だったのだろう、ああ浅ましいとお思いになるのに、涙がほろほろとこぼれ掛かりなさるのも、これほど憂わしく忌まわしく、月頃思わせなさった人とも思われなさらず、今今しく切に笑い掛からせなさるのにも、このような人の有様を見(次頁へ続く)
ず知らない顔で過ごすのだろう人よと、辛く心憂く思われなさった。母宮(歌へ)雲井まで生い上るだろう種を蒔いた人も訪ねない嶺の若松よ。とおっしゃる様子も、大層哀れげである。出雲の乳母が、あのありし日の御口ずさみを語り聞かせて、出雲が「この御顔の違う所がないのに、ますますこそ思い合わせなさいます」と申し上げると、中納言の佐の仕業か、ならば、他人よりも目安かりそうなものを、つれない様子であるなら、頼むべき程ではないのでこそあろう、上の御様子なども、特に請け引かないのかなど聞いていたのは、このように心はあるけれど、この御事をも知っていただろうを、このような心構えなどを、どう聞くのだろう、と思し召すのに、心が大層恥ずかしく思いながら、行く末に宮達でいらっしゃるのも、表にこの外にはならないのだったと思い続けなさるのに、月頃は嬉しいと思っていた御辺りとも思えず、違わない顔つきに、辛く心憂くお思いになった。中納言の佐が、不思議不思議と月頃目に留まる事が、耳に立つ事が多かったけれど、自分の心の癖かと思い消していたのを、この嶺の若松の御独り言をほの聞きしたのに、ますますそうであればよ(次頁へ続く)と思い合わせて、哀れである御宿世を、どういう事にお思い定めになって、このように忍び過ごさせなさるのだろう、これほど美しい人の御有様を、公のものにし申し上げなさるだろうよ。大殿が、言い知れない賤の男の元にも、この御子と名乗るのは、どれほど嬉しいだろうと、明け暮れ絶えずするものを、ましてどうお思い喜びなさるだろう、大殿もこのようにとお知りになりそうなら、そうはいっても忍びかねなさらないだろうものを、口惜しい事だなあ、と繰り返し嘆かれた。御湯から上ってお臥しになる御顔が、ただあの御子の程とお覚えになるのを見るのにも、大弐の乳母にこれをお見せになったら、どう言い知らず悲しがり可愛がり申し上げるだろう、と見るのに、私でさえ大層愛らしくお覚えになって、どうにか早く見せ申し上げようと思い余って、出雲の乳母にぞ、御湯から上ってお臥しになる御顔が、ただあの御子の程とお覚えになるのを見るのにも、大弐の乳母にこれをお見せになったら、どう言い知らず悲しがり可愛がり申し上げるだろう、と見るのに、私でさえ大層愛らしくお覚えになって、どうにか早く見せ申し上げようと思い余って、出雲の乳母にぞ、母宮が「空目かしら。ただその御顔とこそお見えなさいます」と言うのを、それや知らない様子はあるまいと辛いので、出雲が「さしもお見えなさいません。良い人同士は良くない者にでも似るものなれば、まして同じ御ゆかりであればこそ。けれどこれは、今より様子特に、王気がお付きなさる御様子にぞ」と答えるのも面白かった。
底本:有朋堂文庫『狭衣物語』武笠三校(有朋堂書店、大正15年[1926])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
大正15年(1926)武笠三校『狭衣物語』(有朋堂文庫)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、各頁上部の内容細目(梗概)・柱・振り仮名は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。