ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

狭衣物語 / 第15場面

一品の宮(巻第三之中)

この場面の挿絵を見る
一品の宮(巻第三之中)をもとにした創作画
あらすじ・人物・読み方

巻第三之中に入る。帝は女院の姫宮(一品の宮)を藤壺に迎え、狭衣は少将の命婦を介して宮へ文を送る。

原文の一節を選ぶと、発音の読みと現代語を確認できます。読むだけでは音は出ません。どの読み方から始めても読了を記録できます。

表示設定

音声設定

原文の一節を押すと、読みと現代語訳が出ます。「次の一節」でも読み進められます。

狭衣物語・第15場面0 / 94
原文の一節を選ぶか、「次の一節」で読み始めます。

原文・発音の読み・現代語

現代語で読む

月日が過ぎても、故院に、浅ましく覚束なく別れ申し上げた事を、飽きずに思し召されるので、帝が「その御代わりには、女院の姫宮などを目を離さず見申そう」とおっしゃらせて、藤壺に御設えをさせなさって、常においでにならせなさった。姫宮をも一品におなし申しなさる。大将は、このように御内裏住まいにも、あの忍ぶ草は具しておいでだろうかと興味深いので、人知れず、然るべき折々は、その辺りを仄かに寄りなさり続けて、様子を御覧になった。早くも、少将の命婦といって親しく仕えているのを、語らいなさって、御文を時々奉らせなさる。御様子も仄かに聞きなさったのを、賀茂の川波に立ち別れなさった程に、わざわざ聞こえなさる事は絶えてしまったのだ。今は同じ百敷におなりになって、覚束なくない程に、言い問い寄りなさり続けて、なおその御心が絶えない様子に仄めかしなさった。里においでになる折も、若宮のおいでになる一条の宮は、ただ這い渡る程なので、つれづれに思われる折々は、御文も聞こえなさるのであろう(前頁から続く)御自身も、然るべき宵々はお渡りになり続けて、命婦と語らいなさる折もあった。その序でに、狭衣が「そのような人ですか」などと、ただ大方な様子でお尋ねになると、誰と確かには言わないけれど、世に知らないほど美しいという由を語り聞かせるのに、大層興味深く哀れで、この御辺りの立ち聞きや垣間見も心に入っていた。もし見付ける人もあれば、宮の御ため、味気ない事が出来るだろうかと、煩わしい方もないでもない。常磐の尼君の娘の小宰相といって仕えているのを、思う事も語らいたいけれど、さすがに何となく言い寄るのも、そのような懸想など、押しなべては習いなさらない心地に、人が怪しいと思うだろうと慎ましくて、言い寄りなさらなかった。忍んだ所から夜深くお帰りの序でに、そのまま一条の宮へおいでになると、この宮の御門が大層早く開いて、どなたの殿上人の車か、夜通し立ち明かしていたと見えるのは、どのような人の局から出る人だろうか、と見入れなさる。院は昨夜内裏にお入りになったのを、宮も参りなさっただろうか、そうなら忍ぶ草も人少なのでは、と思われると、大層過ぎ難くて、例のそっとお入りになった。常に立ち聞きなさる戸口にお入りになると、局に急いで下りた女房が、(前頁から続く)…押しも閉てずにいたのだろうか、大層広く開いたのを、人が起きたと御覧になると煩わしいけれど、宮などおいででない程で、人少なならば、抱き抱えて出てしまうだろうか、と思ってお入りになった。御前の方を見入れなさると、御殿油が消えかけにまたたいて、奥は暗くて物も見えない。あちこちに人々が大勢寝ていると見えるけれど、幼い人はどれとも見えず、臥しているだろう所も分からないので、手繰り寄る方もなくて、ただつくづくと見入れられるのにも、弘徽殿の南の戸口は、まず思い出されなさる。思うままなのは、自分のためも人の御ためにも、味気なく気の毒で悔しくもある仕業だよ、と幾ほどの年の積もりでなくても、思い知られなさる事が多いので、煩わしく、そっとお出になると、あった車の人だろうか、烏帽子直衣の人が、ふと差し合ったのに、出る所の便がないので、袖で顔を隠して、馬道の口に隠れなさったけれど、闇はあやしい御香から始めて、並の人に紛れるべき御様子ではないので、このようであったのだと見果てて、見ない顔で過ぎたのも、太政大臣の御子の権大納言であった。早くから思う心があって、御乳母子の中納言の君というのに、志あり顔に見せ

(前頁から続く)…通い続けていたのに、今となっては仄めかし出して責め渡るのを、大層珍しく浅ましい心地がして、今はめったに対面する事も物憂く思うのに、昨夜院も内裏にお入りになって、宮はお留まりになって、母の内侍の乳母も風邪に煩って、参上しないようになっていたので、内侍が「代わりには御側にいて参りなさい」と言ったのを、権大納言が「このように人少なな程で、近くの辺りに知るべをせよ」と、良い折と伺って、生憎に取り籠めて責め明かしたので、御側にも参れなくなっていたのだった。世の中を思うままに誇らしげにもてなして、物言いなども少し憚りない人柄なのを、見て知られたのだろうか、そうなら、味気なく気の毒なべき仕業だな、と大将は苦しく思っていた。その後、中納言の君に、大納言が会って、しかじか確かに見た事と、あの曉の様子を語って、権大納言が「いや、そうなら、さほど殊の外にもおっしゃるのだった。そうであるとも、親王達をも何とも思い申さない人にこそああであるようだ。ああ煩わしい。見るだろう。内裏や院などお聞かせになると、さらに世々も真面目に御覧にはなるまい。どう口清く言い争って逃れようとしようか(前頁から続く)…であろうものを、御後見たちが、姿や様子に謀られなさって、通う仕業はしなさるのにこそああであるようだ」などとおっしゃるのに、大層浅ましくなった。中納言が「早くからこそ、そのような御様子が見えたけれど、あるべき事でもないと言って、聞こえ放たせなさったので、そう嘆きなさった事を、まして内裏の御意向に従って、今日明日にも世を背くであろうとこそ思いなさった。大層忌々しい事だな。かけてそのような事をおっしゃるな。本当らしく言いなす人こそあれ」などと際やかに言うのを、権大納言が「そうなら、私はお知りにならないのである。今自身お聞きになるだろう。世にある事はしばらくこそ隠れはあれ。少し鈍々しい事を見たならばこそあろう、口清くもおっしゃるものだな」などと言う様子が、戯事の様子ではないので、本当に人も、ないだろう事をこのようにのみおっしゃるだろうか、ただ一夜まではこのようには言わなかったのを、どうなった事だろう、と怪しく思って、母の内侍の乳母に、このようにこそおっしゃったと、忍んで言うと、内侍が「少将の命婦が、いつぞや、どのようであるのか、この頃立ち返りおっしゃる事どももこそあれ、と言ったけれど、ああ苦しい、嵯峨院の宮達を代わりに預けさせなさっても、お聞き入れにならないのに、まして盛りを過ぎさせなさった。あ(前頁から続く)…な恥ずかしい、並でない人が見えなさるべきか、いや、と言って止みにするのを、少将の命婦の局に、時々立ち寄りなさると聞いたのを、人が言いなすだろう。すべて高いも短いも、侍う人々について、このような事も出来るのだ。また真似をさえしなさるぞ」と、むずかられて嘆いたのに、大将の思いやりなさったももしく、大納言は、大層際やかに、出でおいでなさったのを見ていたので、殊に憚りもなく、心痛い方まで添えて言うのを、聞き継ぐ人は大勢になり続けて、内裏辺りにも聞こえ、院の辺りにもようよう言い出したので、近く仕える人々は、「浅ましい事だな。そのような物真似をするな」と、互いに言い諫めたけれど、本当でない事も、ただ片端が出て来れば、本当らしくのみ言いなす人が多い世の性で、「その夜の曉に、そうしてお出なさった事、御車はそこそこにこそ立てていた。夜深くその間の御格子、妻戸が開いていたのは、そうであったのだ」など、折々の立ち聞き、垣間見の程を仄かに見ていた人々も、その折は何とも目もお留めにならなかったのを、そのような事が出来てからは、忍びつつめいめい言い出しなどしてささめくもあるだろう。まして並の世には、年経た様子を、付き付きしく言いなす

(前頁から続く)…のを、女院もお聞きになって、内侍の乳母を召して、女院が「このように、大層浅ましい事を、世の中に言うのは、どのような事か。全くない事を、人が言う事でもないのに」とおっしゃると、大層浅ましくなって、この権大納言がおっしゃった事を語り聞かせるのに、いや、それだからこそ、少将の命婦の仕業か、と思い寄せなさるのに、大層心憂く胸が塞がって思い嘆くのに、その後とても、著しい御様子もないのは、どれほど怠けた心の程かなどまで、さまざま安くない御心の内である。少将の命婦は、そのような事を聞くのに、過ちはないけれど、はかない御文の伝も、さすがに年経たので、大層苦しくて、めったに御前辺りにも差し出ないのに、内裏にもお聞かせになって、生煩わしいのに、帝が「その人を知らないようではない」など、おっしゃられると、大層浅ましく思い嘆いて籠っていた。宮も大層若い御程にもおいででないので、そのような事をお聞きになると、どう疎かに思い嘆かせなさらないであろう。糺の神も引きかけて、はっきりと明らかにさせなさるべきでないので、院にもはっきり見合わせ申しなさらず、思い乱れたのをも、ただ一向に思わないで、心憂くのみ見申しなさる(前頁から続く)…のみぞ割りないことよ。大将は、このようだとお聞きになると、そうだよ、すべて良くない私の心が、何事にも後悔するのだ、と大層気の毒に思われて、少将の命婦のもとへ、細やかに書きなさって、「御前辺りには、ますますどうみっともなく仕えようかと、慎ましく思いなさるけれど、この度ばかりは会おうと」とあるのを、自分のもとにあるのも取り具して、内侍の乳母に忍んで見せて泣く泣く誓い聞かせると、女院の御前にも持って参って、少将の言う事を啓するけれど、どうだとしても、このように軽々しく良くない御名が流れたのを思い乱れて、物もおっしゃらない。文はさすがに見たいと思われるのだろう、取って御覧になると、思いやる私の魂は通うだろうか、身は余所ながら着せられた濡衣(を思う)とある、書き様や手などはまったく、本当に親王たちなどの御辺りでなければ、散らすのは口惜しくあるべきようだ、と御覧になるにも、どのような心でこのように濡衣にしもしたのだろうとまで、なお涙ばかりこぼれさせなさる程大層気の毒で、聞こえさせ遣る方もない。

大殿にも細々と聞こえさせる人があったので、年頃もこの御事を深く思って、大層僻々しいまで、思い離れた事もあるのだった、と思われるのに、ますますらうたう美しいと思い聞こえさせなさって、大将に、狭衣が「このように世の中には残りなく聞こえるまで、知らせなさらなかった事」と、打ち笑んでおっしゃる御顔の様子、大層嬉しいと思われたのを御覧になると、宮の御ため気の毒で、自分のためには、本当らしくも取りなされるので、大層煩わしく便のないべき事なので、ひどく真面目になって、狭衣が「少将の命婦という人は、早くから知っておりましたのを、内裏辺りで、時々立ち寄り仕えるのを、言いなす人が仕えるのでしょうか。かけてあるまじき事を、内裏などにもお聞かせになると、便なく傍ら痛い事にこそ」と言って、大層真面目に苦しいと思われると、堀川が「何ですか、それほど便のないべき事ですか。帝の御娘は、今も昔も得申し上げる事は世の常の事です。私らより劣った人さえ、当代の帝の御聟になった例が大層多い。まして、さらに決して便のない事とも思いなさらないでしょう。このようにのみ頼りなく過ごしなさるのは、大層心苦しいのに、本当にそのようにもなさるならば、内裏にも院にも奏上しましょう。あるまじき事と(前頁から続く)思いなさるとも、私が申す事をさらに否ませなさるまい」とおっしゃるのを、狭衣が「故院も、すべてそのように思い聞こえさせなさらなかったので、女院も今更に良い事とも思いなさらないでしょう。大層おとなしい程にもおなりになったので、何事か、そのように強い心などお使いになるでしょう。すべてあるまじき事にございます。今自ら宿世などというものである人もありましょう。このようでも世にいられません」など、大層侘しいままに、際やかに聞こえさせなさって止んだのを、このようでも、「ひどく忍んで、御文さえ並でなければ難しいので、ただ人知れぬ様子で止もうと思われたのであろうと、女院はひどく思い嘆かせなさる」と細々と申す人があったので、それだからこそ、この御事をさえ、ただこのように紛らわして嘆くであろうと思いなさるのは、大層浅ましい御心の程であるらしい、と気の毒がり嘆きなさる事が限りない。堀川が「私が進み申さなければ、彼からどうして、そのようであったそうは、ともおっしゃらせよう。ない事でも、これほど人に名を立て申し上げて、音もなく止むのは、ますます不便な事です。承け引きなさらないまでも、私はこの事を女院に申しましょう。それほど心に任せて見るべき事ではない」など、本当らしくむずかりなさって、参りなさって、然るべき人を介して、大層忍んで、「ただお預かり聞こえよう」と度々啓しなさると、それだからこそ、自らは人目を切に慎みなさって、大臣を介してこのように申させなさるのだった、と心が得果てさせなさったけれど、「どうしよう、そうなら」などは、どうしておっしゃらせよう。もとよりこのような筋には思い聞こえなかったのを、今はますます盛りも過ぎさせなさったので、自らの御本意深い様子に、今日明日にもと思い定めているのを、そのような御名の隠れがなくなったのを、ひどく思い嘆かれる。そうだとしてもまた確かでない事によって、私までうち任せ聞こえるのも、なお慎ましく心苦しい。またこのように人が強く言う程を過ぎても、それほどこそは嘆きなさったのだったなど、世の例に言い流されなさるだろう様子などを、さまざまに、釣りする尼にも劣らず、しおれて過ごしなさった。内裏にも大臣が、序を作り出して、仄めかし奏しなさると、人の物言いは本当であったと思われて、遠山鳥では取る所がないのを、本当にそれでもどうしてか、と思いなさるのに、それほど若く立派な様子を、おとなしい程の衰えも恥ずかしいだろうか、限りない御事と言うとも、心

(前頁から続く)…心が行かず思われて、内々に守られなさるだろうことこそ、大層気の毒でありそうで、嵯峨の入道の宮がまたとなく立派に聞こえたのをさえ、斉院には劣りなさってあろうものを、この御様子に劣らないであろうのを、私の妻と見定めてこそ、と言って今までこのようにあるとこそは、ああ傍ら痛い、と思いなされながら、そうはどうしておっしゃろう。また先々の事をお聞かせになると、彼の心に少しも物憂いだろう事を、さらに進み言わないようなものを、大臣がこのように方々に懇に言うのは、彼の自らの様子に従うのでこそあろう、と推し量られなさるのが頼もしく思いなされた。女院にもこのようだと聞こえ合せなさって、逃れられない御宿世もあったのだろう、誰も大層慎ましく思われながら、人がこのように懇に言う折に、思い弱った様子にもてなそうと思いなされた。大殿は限りなく嬉しいと、年頃の本意は叶ったとお思い喜んだのを、大将の思い嘆く様子こそひどかった。嵯峨の院が、昔から殿の御志に劣らず、哀れに畏れ多いであったのをさえ、この方様には、見知らぬ様子で止んだものを。本当にその折は、思う心一つによるのでこそ、今はそうだとしても、心より外に世に長らえるだろう限り、そのような独り住み(前頁から続く)…でもあり果てない様もあるだろうけれど、しかし、このように心より外に、投げの哀れもそのような人のある折か、その心も違うだろう、来る世の天人となっても、さらに欠けるではやまないだろう御様子に、少しも良くないであろう人を、夢にも見設けないので、それほどはかない世に、自ら嘆く嘆くも、過ぎ去りたい、あるまじかった事と、片方の御契を見果てた後は、このように心より外に、世に長らえるのでは、そうしてこそあろう、けれど今は、方々世にいらっしゃるなと、仏などのお示しなさるのであるらしいと見えたので、一向に思い立つ事一つより外の心がないものを、辛いものと思い果てて背き棄てなさった御心にも、どのような心で、このように世づかない独り住みで過ぎたぞ、ただに聞かれ申し上げようと、すべて何事も露ほど心に飽きない所があって、この人々に少しも劣り聞こえたらば、見ず聞くまい、このように嘆く嘆くも、はかない世のもとの雫の程は、自ら過ぎ去ろう、とのみ思い取りなさったのに、このように芹摘んだ世の人にも問いたい御心の内は、言いようがなかった。心にかかって、見たく哀れに思われた忍ぶ草も、露ほど知りたいからず恨めしくおなりになって、その(前頁から続く)…渡り聞きが絶え、強ちだった夜毎の立ち聞きも、例の癖なので悔しく割りない。六月十日、宵の大層暑い昼つ方、一条の宮で、若宮を具し申し上げて、端つ方に涼みなさると、俄に掻き曇って、村雨の驚くほどなのに、柏木の下風が涼しく吹き入れたので、御簾を少し上げて見出しなさったのに、楢柏は本当にひどく盛り煩うのも目に留まって、柏木の葉守の神にどうして私の雨を漏らすまいと契らなかったのだろう雨風につけても悔しい事が多い慰めに、若宮を見申す度ごとに、そのようにおいでなさったらと思われない折はなかったのに、ますますこの頃は、御心にかけない暇なく、哀れに悔しい御心の内である、大層暑そうであった前栽どもが、雨に心地よさそうに思える中に、大和撫子の萎れた様子の中にも可愛らしいのを、一枝折らせなさって、嵯峨の院に参らせなさる。恋い侘びて涙に濡れる古里の草葉に混じる大和撫子(を思う)とあるのを御覧にさせられるけれど、例の甲斐があるだろうか。

一品の宮の御事は八月十日の程と定まった。それほどの御程に思い急がせなさるので、世の中を譲って、大層目出度くありたい御事に、世の人まで思っていた。そのような御事によって今まで怪しかった御独り住みだなど、疎いも親しいも思い合わせて、付き付きしく言い做した。自らの御心には、大層ひどくのみ思い嘆かれて、一条の宮にのみ籠り居なさって、若宮と起き臥し語らい聞こえなさって、叶わなかった世の中を、恨めしく思われるままに、ただ今しばらく変わらぬ様子でおいでなさったら、そのような事を人も思い寄せたろうか、など思われるのに、自分の過ちとも思われず、辛さの数も多く、ましてそのような事をお聞きになって、どのような様に思われただろう、ただ今も差し向かい聞こえさせて、言い悩まし続けて見申す仕業があればなと、憧れが増して割りないので、言い合わせてさえ慰めようかと、中納言の介を探させなさると、斉宮に仕えていた。車を遣わして、狭衣が「必ず聞こえさせるべき事がある」とおっしゃっていたので、若宮も久しく見申さないのにと思って参っていた。お待ちになると言って、端つ方に寄り臥しなさっていた。狭衣が「やあやあどうしたと、思い侘びて聞こえたのだ」とおっしゃって、若宮(前頁から続く)…を抱き申し上げて、明け暮れの御様子、物言いの美しさなどを、泣きみ笑いみ語りなさる。狭衣が「このような人がおいででなかったなら、何事によって今まで仕えたろう。長らえても、本当に心より外に、物むずかしい事もありそうなので、今こそ本当に世にいないと思い果てたのを、ただこの御様子にこそ思い煩った」と言って泣きなさる様子は大層心苦しかった。介が「過ぎ嬉しくこそございます。本当にまたそのような事がございますばかりなので、過ぎた方は、怪しく心苦しい事もございましたにこそ」と聞こえるのを、狭衣が「他人よりは、それでも同じ心かとこそ聞こえたのに、心憂くもおっしゃるな。いや、今は聞こえまい、藻に棲む虫なので」と言って、思い乱れなさった様子、今少し気の毒そうに増しなさると見るも、例の御癖だよと、生憎であった「それにしてもそのような事どもをお聞かせになるだろうな。いつ嵯峨へ参りなさった」とおっしゃると、介が「先つ頃参っておりました。何事もなく、すべてお聞き痩せさせなさるだろうけれど、さらに著しい(前頁から続く)…事もあればこそあろう。良い人と申す中にも、浅ましくおいでだ。けれどはかない御手習いにこそ、御心の内をも見申し上げ明らかにしておりましたので、今はただ仏に向かい申し上げさせなさってのみ暮らさせなさるので、世の中のよしなし物語も、御前にて申す人もいません」など語るのも、本当にあの見申し上げ始めた夜の事どもなど思い出されなさって、琴の音より外の差し答えがなかったのだ。あるべき限り美しく立派だった御様子や様子などただ今の心地がして、言い甲斐なく悲しく思われる。大層このようにのみ物が思われるので、狭衣が「よし御覧なさい。ついにはこのようでもいられませんのを、ただ今一度自ら聞こえたい事があるのを、その明け暮れ向かい居させなさるだろう仏の御前に知るべをしなさい。それをさえこの世の思い出にいたしましょう」と語らいなさると、介が「本当にあるまじき事と、切に払うべき御中の契とは見申さないけれど、昔物語の姫君のように、媒の人の言うに従って渋々にあるまじき出でさせなさるべきでもありません。その仏の御前にも、不意にはどうしてかと、恐ろしくございます。中々見申し参らせなさると、御心こそ乱れ増しさせなさるでしょう。有り難く見放たせ聞こえたと思いました過ぎに

(前頁から続く)…した方にありますので、今は何が、返事も甲斐なくあるまいものから」と見るままの事を聞こえると、狭衣が「ああ心憂い御物言いだな。方々に、むやみに言い甲斐ない心の程とこそ思います。それも本当に道理だな。本当にそのように思い憚られる御様子だけれど、大層そこまで収めやらない心の程と御覧になるだろうことこそ恥ずかしい。疎かに見放ち聞こえるべきとも思わなかったけれど、大層このように生きている私の身と言い顔であった宿世で、あった事も、自らの罪に、私まで常に成しなさるのは心憂い」と言って、大層辛いと思われると、介が「いやいや、この外に、たどたどしげに聞こえました関の戸ざしも、知るべがなくて、辿らない人もありましたので、大層後ろめたい。真面目に、過ぎた方大層これほどの御心でいらしたら、どのように目安くありましょう」と言うと、ひどく真面目になって、狭衣が「このように常に言い向かい成しなさるな。時々は私さえ哀れとおっしゃい。昔も、心には罪があったとも思えなかった。ただ物を思うべきであった契のみこそ、自らの過ちであった」など、夜通し打つもまどろまず、嘆き明かしなさって、そのまま嵯峨の院へお贈りになると言って、御文をお書きになると、まだ大層暗いので、御簾を少し捲き(前頁から続く)…開けなさるのに、御前近くの透垣の連なる萩の葉の露が、ひどく乱れて折れ返ったのを吹き越す木枯らしに、はらはらと乱れ落ちる露の白玉、本当に袖には堪らないと思われて、しばらく眺め入って、押し拭い続けて、書くこともお遣りになれない。細やかな端つ方に、狭衣「この心はお聞かせになる事もありましょうものを、どうしてか、折れ返り起き臥し侘びる下萩の末を越す風を人に問わせたいなどのように、狭衣が「この御返事、露もお見せにならなければ、苦しいと思われなくとも、また対面はしますまい。ただこればかりを御志と見るべきだ」などおっしゃるのを、介が「大層侘しい仕業だな。そうならこれが限りでありましょう」と、侘び侘び車に乗った。嵯峨には大層早く参ったけれど、後夜の起きの御行のままに御堂においでならば、甲斐ないまでも御覧にさせられないのに、昼つ方になって、斉宮から奉らせなさった御返事を聞こえさせなさると言って、御硯を召し寄せた序でに、取り出して広げて置いていた。今更にそのような物の常に、見えるのを、人があればどうだろうと、ひどく思いなされるけれど、さわやかに物もおっしゃらせられないのでただ御顔の色が気の毒そうで、御覧になる様子もないけれど、夜通しおっしゃった事ども、思われた様子など、所々を少しずつ聞こえさせて、若宮の御愛らしさに、万事を思い慰めなさる様子、哀れも浅くなく聞こえさせて、介が「御返事を見なければ世にもいない、など申しておりましたのを、前々も聞こえさせ出して、このようにも伝え仄めかし申すのも、あるまじき様子に、傍ら痛く、返す返すも思いなさり知りながら、院の御前にも、さすがにこの御事をば、行く末まで差し放ってはあるまじき様子に思いなさりおっしゃるらしいので、若宮の御方様に事寄せては、どうして殊の外かと思いなさっておりまして。今はどのような様にも、それによるべき御事でないので、心安い」など申すと、ますます御顔の色が移ろい勝って、寄り臥させなさったので、「この御返事を、なお」と聞こえさせるのも傍ら痛くて立った。宮がつくづくと思い続ける事が多い中にも、この「末越す風」の様子は、過ぎたその頃もこのようにこそはと、少し御目が留まらないでもないので、筆の序での戯れに、この御文の傍らに、女二夢かと見たのにも似た辛さだな、憂いことは例もないだろうと思うのに

「起き臥し侘びる」とある所に、女二下萩の露が消え侘びる夜毎も訪れるべきものと待たれはしなかった女二憂い身には秋も知られる荻原よ、末を越す風の音ではないけれどもなど、同じ上に書き汚しなさって。細やかに破って、介が参ったのに、「捨てよ」と言って賜わせたのを、隠れに持って行って見ると、物をお書かせになったのだったと見るのに、後ろめたい様子ではあるとも、気の毒におっしゃるのに、これを面隠しにしようと思って、介がそのような物を思いかけない所で見付けておりましたのを、奉るも並々ならぬ御志でございます。そうなら今は思い慰めなさい。など聞こえさせた。一条の宮には、殿から、「今日は良い日である。一品の宮に御文を奉りなさい」とおっしゃるけれど、今朝のままに眺め入りなさって、介のもとからどう言おうかとお待ちになると、やっと、このように破れ反故を得なさって、切に継ぎ続けて見続けなさった心地、本当に今少し御心の内が乱れ増して、引き被いて泣き臥しなさった。この後ますますどのようにして逃れる(前頁から続く)…する仕業があればなと、多くの願いをさえ、人知れず立てさせなさるけれど、印もなくてその程と聞く日も近くなったけれど、そうだとしても、この事によって山林に入ったと、言い流されるだろう世の音聞きも大層物狂おしく、人の御ためにも、むやみに気の毒でありそうなので、ひたすら思うままにもおなりになれず、本当にうつし心もないように思われた。その夜になって、大殿や母宮など、立ち居大いに営んで、出し奉らせなさる様子は思いやるべきだ。常の御香も人に似なさらないのを、昼から様々の香どもを取り出して、これはかれはと伏籠を数多くして焚き染められる、驚くほどまで煙が満ちたのを、「どれ、これをか、彼をか奉るべきか」と言って、数多く取り出して、「時になった」とあると、魂も本当に憧れ出てしまったのだろうか、心も惚れ惑って、すぐにも起き上がりなさらないので、殿がお渡りになって、堀川が「どう思われるのですか。大層ひどい仕業だな」と、経営なさる様子の割りないのに、本当に大層浅ましい仕業だな、どうしてこのようにも思うまい、と万事に思い念じて、装束など形のようにして御前にお参りになったのを、大層嬉しいと思われて、万事に整え立てて出し奉らせなさるけれど、狭衣が「心地(前頁から続く)…も本当に悩ましいな。旅所でこのように苦しければどうしよう」と言って、まみなどもひどく泣きなさっていると見えるのを、母宮は大層心苦しく、このようにまで思われた事を、私まで何のために強ちに聞こえたのだろう、と胸が塞がって思われるけれど、今宵になっては、本当にすべき方もないので、嘆く嘆くお出になった後に、火をつくづくと眺めて、人遣いならず後ろめたく思いやられた。御前で仕えていた人々も、女房が「気の毒だった御様子だな。男の御身も、心に任せなさらないものだった。このようにのみ思われたら、女宮の御ためこそ心苦しい。何の物語ですか。そのような事のあるよ」と言うと、女房が「そればかりが多い。葦火を焚く家の親の心こそ憎い。少将も余りだけれど、男親に従ったのだよ」など言うのを、母宮がお聞きになって、物語でさえ、それほど心付きない事を、今はそれほどにおなりになった御様子を、大層このように切に思い嘆かするのも、人はどう思うだろう、など思われた。待ち聞こえなさった宮の御様子は、世の常であろうか。三十歳にも余らせなさったので、おとなしく、飽きない所なく、年経て整わせなさって、恥ずかしそうに気高く心憎い御様子など、ただ仄かに見聞き

(前頁から続く)…き申し上げ、思い焦がしに違わない。どのようにして明かし暮らそうかと、独り寝の明かし難かったのばかり恋しくて、「憂きは例も」とあった御手習いが、心にかかり寄って思い出されなさって、枕の濡れたのが忌々しいな。世は大層有り難くこそあった、思う事一つによって、何事を飽きないと思い聞こえて、辛いものに思い果てられ申し上げて、お過ぎになっただろう、その報いは必ず我が身にあろうと思い続けて、ただ今宵の内にも変わってしまった心地がなさる。悩ましいのに事付けて、大層夜深くお出になる。一条の宮においでになった。まだ夜深くて起きた人もいないので、格子を一間御手ずから開けなさって、そのまま眺め臥しなさっているのに、雁が数多く列を成して鳴き渡るのを、狭衣が「誰が玉章を」と言い独りごちて、狭衣が「青苔の紙の色紙」と、誦じなさった御声など、本当に帝の御妹と言うとも、世の常であるならば飽きずに思われそうなのも道理な御様子である。聞かせたいな、常世を離れた雁がねの思いの外に恋いて鳴く音をなどと独りごち なさるのを、聞く人さえないのが大層甲斐ない。硯を引き寄せて御文をお書きになるのを、今(前頁から続く)…朝のかと見たけれど、嵯峨の院へであるらしい。入道の宮は、御持仏堂の妻戸を押し開けさせなさって、峰の朝霧の晴れ間がないのを眺めやらせなさってお行いなさると、院も後夜の御念仏の序でに、必ずお渡りになるので、阿弥陀の大咒をお読ませなさるのが大層尊く聞こえる。御前の花どもが露に乱れ合ったなど、 人も早く起きて整えなどするのに、中門の方に人の様子がするのを見ると、何の尉などであろうか、太刀を佩いた人が、あちこち差し覗き続けて、人を案内すると見えるので、御簾など下して問うと、使いが「大将殿の御使い、内侍の介の御局に案内いたします」と言うのを、院もお聞きになって、嵯峨が「思いかけず面白い程の使いだな。昨夜は一品の宮に参ると聞いたのをまず急がれたであろうも面白い」と言って、そのまま召し入れるのを、介が今こそ聞き付けて、細かな事もあるかと侘しいので、惑い出て、局の方から尋ねると、「早く御前に召したので参らせた」と言うのを、胸が潰れて聞き座っていたのに、院が御手ずから引き開けさせなさって、嵯峨が「見る度毎に、そのように立派になりゆく手だな。不思議とこの世の人とは思えない(前頁から続く)…のみ、何事も年経て行くことこそ、余りに忌々しい」と、愛でさせなさって、お読ませなさるのを聞くと、思いもよらなかった、葎の門を行き過ぎて草の枕に旅寝しようとはとばかりあったのは、このようにも取り出せよと、思われたのかと聞くのも、なお心ある人の御仕業はそのようだよと、胸が落ち着いた。今朝は他事に思い紛らわしていたであろうものをどれほど早く急ぎ起きて書いたのだろうと見える心が、ただであるよりは面白いと思われて、嵯峨が「はかない事につけても人に情を見せ、哀れをかけられようと、なった人であったな。このように急ぎ物していたであろうものを」ともてはやさせなさって、嵯峨が「この御返事は、珍しくもない内侍が言ったのよりは、今少し心を動かすほど、御手ずからおっしゃらせなさい。何事も折柄にございます」と言って、御硯などをまかながい聞こえさせなさるけれど、今朝も思い知り顔に見せるのも恥ずかしく思いやられる。院はそうも思い辿らず、心強いように思いなさったので、女二が「このように面白い程の事は、見苦しいか」と言ってお聞かせにならないので、聞こえ煩わせなさって、御自らお書かせになる。

嵯峨故郷は浅茅が原となり果てて虫の音繁い秋であるのだろうか今こそ嬉しい。と、あるのを御覧になって、本当に在りしながらの御身にはなさせたいと思い、思い焦がれなさる程に、秋の日もはかなく暮れてしまった。殿から、「今日の御使いは、どうして今までは奉りなさらないのか」と、聞こえさせなさるのも聞きにくいので、お渡りになった。御使いは、内裏へも殿上人の数で仕える左衛門の権佐というのを奉りなさった。まだ知らない曉の露に起き侘びて八重に立つ霧に迷ったなあなどのように事なしびであろうか。院は、立派な書様などを御覧になるにも、思いかけない事だなと、なお御胸が潰れるべきだ。母女院が「この御返事は、これほど聞こえさせなさるのに、きっと過ぎたであろうのは片端であるべきなので、殊更ほど」と聞こえなさると、中々幼くない御程に、万事大層慎ましげに、気の毒な御様子だけれど、筆や紙など並べてな(前頁から続く)…らないのを、御几帳の内に差し入れなさって、母が「なおなお」と聞こえさせなさると、思い侘びて、ただ引き結んで置かせなさったのを、包んで出させなさった。御使いには、例の事なので、世の常でない女の装束に、細長などにこそあろう、柵に掛かるさを鹿の心地がして、御前に参ったのも大層面白くて、思う様子な御心どもである。御返事がどうであろうかと、これまで見劣りしようと侘しくありそうなので、すぐにも開けなさらないのを、大層心もとなく、母宮が思われると、広げなさると、物も書かれていなかった。古代の懸想文の返事は、伊勢がそのような事をした、本当に中々であるよりは大層良いなと、これで思い勝ち聞こえさせなさった。けれど、「ああ覚束ない」と言って、打ち置きなさったのを、宮は、「忌みもこそすれ、殊にない仕業もなさったな」と言って、物しげに思われた。三日の夜の事は、例の事なので思いやるべきだ。それほどの御中に思い急がれることの、何事も斜めであろうか。いや。四日の朝には、心がのどかに物しなさるのを、男の御様子こそ大層まばゆかった。ただ簾の外で見申すさえ恥ずかしく、どのような人が、彼に見え申すだろうと(前頁から続く)…思えたのを、辺りが苦しいまで光り輝くように見えなさるので、仕える人々は大層割りなく、顔の置く方もない心地がするのに、まして宮は、この上ない御衰えの程をお知りになると、ただ御衣に纏われて臥し暮らさせなさるのを、ひどくも現し聞こえなさらず、夜毎の御手辺りには違わないかと、恥ずかしそうな尻目に、時々見申し上げなさり続けて、前々からは、けれどどうしよう、忍ぶ草を近くで見るのを取る所として、思いがけない世をも過ごすばかりと思い、その慰めもまた御覧にならない程なのであろうか、叶わなかった世の中を辛く心憂く思われなさる。それほど飽きない所なく、可愛らしく美しかった御色様をさえ、なお室の八島には立ち並びなさらないだろうと、切に貶め思いやり聞こえなさった御目の慣れに、道理だよと、まず打ち思い出されさせなさるのも、大層侘しくて、「垣穂に生える」とぞ言われなさるべきだ。大層それほどの宿世こそ難しかろう、なぜこの嵯峨野の花は、余所の物に成し果て聞こえたのだろう。何事か斜めに出ようかと思った事があった、と思い出されなさるのにも、そうは言えど近しい程の哀れは、この上なく忍ぶ所が多いからか、涙もこぼれたのを、見咎め

(前頁から続く)…られる人もかと苦しいのに、心安く泣き暮らした来し方が大層恋しく、いつまで大層このようにのみ思い過ごそうとするのかと、さすがに行く末遠い心地がなさった。返す返すも、大層侘しく思われた年頃の本意を遂げるべき斜めであると、今朝の間に多くの事を思い続けて、傍らに臥しなさるのも、大層すさまじげである。日頃が過ぎるままには、人目も包み合い難く、あり経べき今宵も持ちなさらないので、殿の御仕度も、なおそのまま置かせなさって、仕える人々も同じ様子で、夜も常に泊まりなどなさるのを、殿は、「大層あってはならない事だ。たとえ心に合わなくとも、無下に幼なく、心のままであるべき心を使うべき程にもいらっしゃらない」などと、難からせなさると、狭衣が「いや、そうは思った事だよ。いつまでこう苛まれようとするのか。悔しいと思われる折もあるだろう」と、せめて難しい折々は打ち難くなさって、大層近い一条の宮に隠れるて慰めなさった。稀々のどかでいらっしゃる折も、殊の外に若く立派な御様子を恥ずかしく思い包みなさって、女宮は更に昼はお渡りにならず、恥じて聞こえなさるのを、「なお」とも(前頁から続く)…聞こえなさらず、ただ畏まり従い聞こえた様子で、つれづれな折々は、面白い人々が数多く仕えるのを召し出して、琴や琵琶を弾き合わせてお遊びになる。そうしてやがて夜など明かしなさるのを、傍ら痛く割りないと思う人もあるだろう。女宮も、限りなく上品な御心とは言え、前世より結ぶの神がし置かれた御契りなのであろうか、軽々しい御名をお流しなさった初めより、見ま憂く辛い人と、思い結ぼれる程に、ますます仲の疎くのみなり勝らせなさるけれど、見知り顔にも恨み聞こえなさらない。心遣いも余りに苦しい折は、今今日今日とだけ、山の彼方の家居もお出立ちになるけれど、明け暮れ他事ない御祈りの験であろうか、心は空ながらも長らえなさるままに、ただ、狭衣が「寄れば靡く蘆の根」とだけ言い草になりなさったのを、母宮は御目にかけて、大層忌々しく後ろめたく思われるので、殿の一つの心に、強ちに聞こえなさらなかった。在りし天稚御子に遅れなさったであろう悔しさも、この頃ぞ思い出でなさる。在りし様子で試みようとも思われなさった。普賢の御光も忘れ難いのを、どうにか早くあの誦経を人知れず思われた。

次の場面:狭衣は出家への思いと現世への執着の間で揺れ、ゆかりの人々との歌の交わりが続く

次の場面:第16場面 狭衣の苦悩
任意の復習へ

底本:有朋堂文庫『狭衣物語』武笠三校(有朋堂書店、大正15年[1926])。本文画像:所蔵機関の公開資料。

大正15年(1926)武笠三校『狭衣物語』(有朋堂文庫)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、各頁上部の内容細目(梗概)・柱・振り仮名は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。