狭衣物語 / 第3場面
威儀師の騒ぎ
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あらすじ・人物・読み方
仁和寺の威儀師が太秦の女君を盗もうとして騒ぎになる。狭衣は盗まれた女を飛鳥井の邸まで送り、蚊遣火の歌を交わして契る。
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恨みさせなさると、狭衣が「乱れ心地が例ならずばかりございまして、暑い間はますます宮仕えを怠っております」と申し上げると、春宮が「何の心地で常に悪いのであろうか。思いなさる事があるのだろう。私の心には隔てずに言え」と、近く親しく寄りかからせなさると、狭衣が「気分の悪いこれほどでは、何事を思いましょうか。これをご覧ください。こう痩せておりますのは、死ぬべきもののようです」と、差し出しなさる腕などの白く美しげな様子は、女もこうはいくまいとお見えになる。源氏の宮はこうでいらっしゃるだろうかと、つまらなく引き比べられて、切に引き寄せさせなさるのを、狭衣が「ああ面倒な。暑うございますのに」と引きこじらわせなさる御間柄が、たいそう面白い。春宮が「こう痩せ損なうほど思いなさる事こそ心というものだ。仲澄の侍従が真似をなさった斜めであるな。人もそう語った。大臣もこうであれば素知らぬ斜めだと、今こそ思い合わされる」と真面目におっしゃるのを、人が問うほどになったかと、ますます苦しいけれど、素知らぬ様子で、そうでもない好き好きしささえ好みませんのに、どうして得難い恋の山に迷いましょうか」と、なお言葉少ない様子が目立つだろうか。春宮が「ああ嫌だ、訳があるに違いない」とおっしゃるのも、狭衣は「御心の習いでしょう」とて笑いなさる。自分の心はしどろもどろになってしまった、袖よりほかに涙が漏れるまで、と思い続けられる。春宮が「心の習いは実にそうかもしれない。本当でない妹を持たないので」など、言い戯れさせなさって、宣耀殿へお渡りになったので、今宵は甲斐もないだろう斜めだと、興醒めして退きなさった。黄昏時の頃に、二条大宮の辺りで出会った女車が、牛の引っ掛けなどをして、遠い所へ帰ると見えるのに、物見が少し開いているところから、円頭がふと見えるのは、この御車を見ているのだろう。早く遣り過ぎてしまったのを、不思議に、僻目かと思うほどに、供の童の持っている物が目立つのか、この御供の人が見つけて、がやがやと追い留めるのに、逃げられず引き止められてしまった。御随身がひどく咎め寄って、随身が「下簾をお掛けなのは、貴い僧でいらっしゃるのだろう。そうであっても、しばらく押し留めずに、生憎すれ違うのは誰だ誰だ」と荒々しく問うと、「仁和寺の何某阿闍梨の御車で、母上が物に籠ってお出ましなのです」と震えて言う童がいるので、随身が「ではその尼君を見よう」と簾を引き上げると、法師が走り下りて顔を隠して逃げるのを、随身が「この尼君はなぜ逃げるのか」と、追って走り罵るのを、御車を留めて、狭衣が「そんなことをするな」とお制しになると、牛飼童を捕えて、随身が「何者だ、何者だ」と問うと、堀河の人は「仁和寺に何某威儀師と申す人だ。年来思いを寄せなさる人が、太秦に日頃籠っていらっしゃるのがお出ましになるのを、盗みなさるのだ。法師のくせに、こう強引な業をなさるので、仏がお憎みになって、こういう目をお見せになるのだよ。押し留めて静かに遣らせもなさらず、年来の思いが叶ってお急ぎになるほどに、女車とご覧になるだろう、ただ早く行け、とお責めになれば、師に従えという法文を、僧の辺りで年を経て仕えた証に聞き習って、走らせておりました。今からは決してこの師には従い仕えまい」と、驚き悲しと思った様子が面白くなって許してしまった。君に、随身が「これこれと申しました。車には本当に女がいらっしゃるようです。人も皆逃げてしまいました。こう打ち捨てては、気の毒でしょう」と申すと、狭衣が「なぜこんな業をしたのか。常に制する事を聞かずに、行き暮れる所はどこに
あるのだろう。どうしてそのまま捨てようか。その童に問うて送れ」とおっしゃると、随身が「童の参った方も存じません。今、そうは言っても、車取りに、先ほどの法師が参って来るでしょう。この辺りに隠れておりましょう。御松明も参らず暗くなりました」と言って、随身が「御車を仕えよ」と言うけれど、盗まれたのはどのような人なのだろう、心ならぬ事であれば、どれほど侘びしいだろう。暗い道の空にさえ彷徨うよ。こう捨てては、先ほどの法師が本意のままに連れて行くだろう。そうでなくても、今宵こうしていたら、どんな心地がするだろう。などお思いになると、たいそう袈裟を打ち被って走った足元をお思い出しになるのも面白く、道の間で手でも触れただろうかと、心惹かれず由々しいのに、飛鳥井に宿を取らせようとしても、語らいにくくお思いになるけれど、なおどのような人のこういう目を見るのは見たいと興味があれば、引き返し、あの車に乗り移ってご覧になると、たいそう頼りない様子ながら、衣を引き被って泣き伏した人がいた。狭衣が「ああ気の毒に。どのような人が、こういう道の空に漂いなさるのか。どんな事があっても、一人打ち捨てて、心憂く逃げてしまった人は、つらくはお思いにならないのか。吉野の山へとは思わなかったのに。見捨てて去ってしまえば、今宵、もう少し恐ろしいこともあるだろう。また、ここにいた頭の恰好も、私が去ったと見分けることもできよう。本当に御心ならずにこのようなことをなさるのなら、いらっしゃる場所を教えてください。送り聞きもいたしましょう。なお本意もあり、あの人と渡ろうとお思いなら、退きましょう」とおっしゃる声の様子が、聞き慣れず上品で見事なのは、それほどであろうかと見えるのを、誰であろうかと、おぼえもなく恥ずかしくもある。けれども、このようにおっしゃるのに聞こえなければ、そのまま捨てておしまいになるだろう、そうなれば縁故ある者が来て連れて行くことだろう、と思うと悲しいので、ほのぼのとおぼえるままに申し上げようと思うけれども、ただ震えて、すぐにはものも言い出せず、ただ泣くばかりに泣きまさる様子などが、よそに思っていたよりは上品で可愛らしいので、苦しくおなりになって、狭衣が「それでは帰らなければならないようです。御心ならぬことと聞きましたので、そうかと痛ましさに、何を泣いていらっしゃるのですか。このあたりにいらっしゃるのでしょう。決して見捨て申しはしません」と、様子を見ようとおっしゃると、いらっしゃったのだなと、大層侘しいことに、言い出す場所の様子の恥ずかしさ、またははかばかしくもおぼえないのに、泣き声は(次頁へ続く)ましてたいそうどうしようもないけれど、「黒堀川とはどこでしょうか、大納言と聞こえる人の向かいに、竹の多い所と覚えますが、それでどう」と言う気配がたいそう愛らしく、見勝りしそうな人かと、この上なく心が留まって、行き所を問い聞いて送ろうとお思いになっていたけれど、心安い里の辺りとお聞きになるのも、様子が変わって泣く泣く興味深いので、見置きたいとお思いになるのだろうか。けれど、お下りにならず、そのまま押し当てにおいでになった。堀川の表に、半蔀が長々とあって、入る門が蒸し暑く、暑い所であった。戸を忍びやかに叩くと、人が出て来て問うようであった。狭衣が「それでどう言うべきか」とお問いになるけれど、泣くよりほかの事はなく、物も言わないので、押し当てに「太秦からお出ましになった」と、言わせなさると、「今までお出ましにならないので、心許なくさせていらっしゃる」と言って開けたので、蚊遣火さ私の心は兼ねて空に満ちているのだろうか、行方を知らない宿の蚊遣火よ。へ煙ってどうしようもない。狭衣が、とおっしゃる気配が、だんだん物覚えがはっきりしていくままに、見事で恥ずかしげなのには、覚えなくあ
さましい有様をご覧になるのも、誰であろう、どうしても、先ほどの者には見せまいと思っていたままに、こういう伏屋の下まで教えて申し上げたのも、どうお思いになるだろうと、今こそ浅ましく恥ずかしい端緒となるだろう。押し開けて「ここに」と言うと、車を差し寄せたところ、五十ばかりの御許が、しなびていない様子で、火をたいそう明るく灯して、老女などがたいそう遅くおいでになった。御車が遅かったのか。太輔の君が参りなさったか」と言って、寄って来る火影の姿の見知らぬ不思議なのも、疎ましくお感じになって、狭衣が「覚えのない人が来たと言って打つかもしれません。早くお下りなさい」と言って、お下ろしになるけれど、火まで明るくて、傍らが痛くどうしようもないのに、すぐには動かれないのを、引き起こしなさると、衣などたいそう鮮やかでない薄色の柔らかなのに、髪はつやつやとして下がって、たいそうどうしようもなく恥ずかしいと思った様子など、並の様子ではなく、ただたいそう美しい人であることよ。不思議で思いのほかの業だな、誰だろう、見ずに止んでいたら、どれほど口惜しいだろう、と思いながら、そうあるべきなのか、こういう唐突な心などはなかったものを、いや、疎ましかった頭の付きように馴れてしまったのだろうか、と思えば、やはり心惹かれないけれど、狭衣が「このような道行く人を、おろそかには思い捨てなさるまい。もとの人に思い落としなさるよ」とおっしゃると、大層恥ずかしくて下りようとするので、引き止めて、狭衣が「どうして返事だけでもなさらないのですか。道の案内を嬉しいと思し召したなら、留まれとはおっしゃったでしょうに。ああつらい」と恨みなさると、女が、留まれと言われても、言いようがありません。飛鳥井に宿り果てるべき蔭がないのですから。という様子で、やはりその水影を見ないでは止めそうにないと思われた。飛鳥井に姿を映して見たい宿りをして、水草に隠れて、人が咎めるだろうか。狭衣が「車を待つ間、人に見せずに置いてください」とお下りになったのを、「ああ苦しい。都合の悪いものを」と苦しそうに思っていたけれど、本当に御車が遅れていたので、お待ちになると、やがてその端のほうに引き留めなさったところに、月が華やかに差し出ていた。女は大層いたたまれないと思ったのか、ひどく消え入った様子は恥ずかしさでもなく、ただ大層なつかしく可愛らしい様子のもてなしなど、不思議なほど可愛らしい。家の人々が、どういうことかと不思議がって立ち騒(次頁へ続く)(前の頁から続く)…が来た。御車を据えて参ったのかとお聞きになるけれど、これほどでは立ち出るお気持ちもなさらないので、もとの祈りの師が入り込むかと、ともかく恐ろしく、とかくお話しになる。女は、誰とも知らないのをどうしようもないと思っていた。君は思いがけなく結ばれた契りのほども、浅からず哀れにお思いになること限りない。もの汚く疑わしかった祈りの師の心清さも、見あらはしては、我が宿世があってそのような心もついたのであろうか、とまで浅からずお思いになる。かねてひどく心を尽くし、宵から曙の露の湿り気も知らない顔で、紛れ歩きなさる夜々が多く積もった。この女は師の中納言と言った人の娘であった。親たちが皆亡くなったので、乳母や、主計頭などという者の妻として、なまじ徳があり、大切に思われて年月を過ごしていたが、男が亡くなった後は、どうにもならない有様で過ごしていたので、この仁和寺の祈りの師に語らって、これに君のことをも知り扱わせたので、大それた心がある者で、人知れず思う心がついて、このような業をしたのであった。車などもまた借りる人がなくて、太秦に往来の便を喜(次頁へ続く)
(前の頁から続く)…喜んで、盗み持って行ったのである。もとの牛飼いが、そこに来て話したので、乳母が「大層あさましいことですね。誰という人が、そのような業をなさったのでしょう。若君はどうなっておしまいになったのでしょう。生きて見なさい」などと言い騒いでいるうちに、こうしておいでになったのである。その後、威儀師は音沙汰もないので、道理にも痛ましくて、人を遣ったけれども、返事さえもしないので、思い嘆くこと限りない。乳母が「この人がこのまま止んでしまえば、御前のお世話も、どうしてできましょう。由々しき業ですね。早く、源氏の宮の内裏参りだといって、やんごとなき人々が参り集まりなさるのに、参上なさいなさい。私はどこへもくよくよと去りましょう。このおいでの人は誰なのですか。怪しくひどくお忍びになるのは、御前にはお知らせになりましたか」と言うと、鰐が「知りません。万事ただ心の外にあさましい有様ですので」と言って、お泣きになるのを、さすがに哀れと見て私も泣いた。また或る人々が、「一日も、御門をむごいに叩かせなさったのに、開ける人もなかったので、おいでになって、末を厭い参らせるのですか。別当殿の御子とは知らないのですか。ひどく悔やみ申し上げれば、看督長などと言って来て、この門を開けさせるだろう、などと言ったので、少将殿こそいらっしゃるのだ」と言うと、乳母が「稀(次頁へ続く)稀な女どもも、この頃は怖がって参って来ず、ひどくどうしようもないことよ。高貴でやむごとなく東の方へ人が誘うのに参ろうか、と思っておりますのを、誰に見譲ってかと思うのも絆に見事だとしても、この君にはどうしよう。年老いておりますので、行く末の事も思いません、と言っておいでです」と言うと、泣いて、姫が「誰を頼んでか。どこなりともいらっしゃる所へこそは」とおっしゃるのも、哀れで心苦しいので、本当に知る人もなく不都合に思い侘びて、陸奥国の奥の将軍という者の妻になって行こうか、と思うのだった。君は見慣れなさるままに、哀れさが増しつつ、等閑事ではなく契り語らいなさるに違いない。それにしてもこれに劣るべき人もご覧にならず、自分の心も、優れてこの事の見事さなど、わざわざ御心が留まるべき理由もないけれど、ただそぞろに見なければいられないほど気の毒で、心に掛からない隙もなく、自分ながら物狂おしいほどに覚えるのを、これが本当に宿世というものだろうか、このように覚えると、宿世が口惜しくもあるだろうかと、日が添うごとに去り難く、浅からずあの人を、迎え取って徒然の慰めにしようとおっしゃるのだという。そういう料だろうか。御供の人々は、「まだこのようなことはなかったのに、どれほどの吉祥天女なのだろう。そうはいっても大層物堅い様子なのに」と、それぞれ言い合うだろう。このように言ううちに、この乳母が、出立が大層すがすがしい様子で、乳母が「お見置き申し上げるべきでもない。そうかといってまた、このような人までいらっしゃるようでは、どうしてお連れ申し上げられよう。どのようにお過ごしになるのだろう」と、言い続けてひそみ泣くのを、姫が「少しの間だけでも、いらっしゃらない世にあるべき気持ちもしないのに、失ってしまえば、どこへも」などと言いも終わらず、心苦しそうな様子なので、乳母が「それでは、お出立ちになるべきなのでしょう。御志ありそうな人をお見捨て申し上げなさって、あさましい有様に引き連れられなさるのも、大層あってはならないことと思いますけれど、このようにおっしゃるので、ただ出立に出立つのを見るにつけ、それでは今から幾日などと、人知れず数えられるのに、大層心細いけれど、誰ともお知らせにならない様子も、さすがに頼みにすべきでもないのに、このようになどとほのめかし申し上げるのも、御心のうちを知(次頁へ続く)
らなければ強がって、ただ何となく思い乱れた様子なのを、なお覚束ない有様が頼み難く、辛いのではないかと、心苦しいけれど、また自分の行く末をも海人の子とさえ名乗らないので、心比べで、ただ哀れにお感じになるままに、言い慰めつつこの世だけではない契りを交わしなさった。こうしているうちに、夏も過ぎ秋にもなった。
底本:有朋堂文庫『狭衣物語』武笠三校(有朋堂書店、大正15年[1926])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
大正15年(1926)武笠三校『狭衣物語』(有朋堂文庫)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、各頁上部の内容細目(梗概)・柱・振り仮名は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。