狭衣物語 / 第20場面
姫君との贈答(巻第四之中)
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あらすじ・人物・読み方
巻第四之中に入る。狭衣は姫君の手跡に心を引かれ、文と歌の贈答を重ねる。母君・妹君との歌もある。
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亀山の麓に、慈心寺などと言うあたりに、故宮の厳めしい寺を建てなさって、ともすれば籠もりつつ、不断の念仏など行いなさるのを、この秋は御心地苦しくて、渡ることができず、九月だに紛れなく念仏もして、やがて消えも果てなん、と思って渡っていた給うなりけり。葛這いかかる松がけの様子も、久しく見なさるはずもない程に、たいそう寂しい様子だった。たいそう枯れ果てなん頃を、どのような様子で眺め暮らしなさるのだろうと、見るずなりなん世の事のみ心にかかりなさって、後ろめたい思いがまさる様子に、どうしてかくしも思わない、そうはいっても、むげに痛々しくおなりなさるべき御有様にはあらぬものを、私が身の行く末を惑わす道の妨げは、たいそういみじかるべきを、とかつは思い慰めつつ、四十九日はじめなさって、日々に尊くあわれなることどもをお聞きになる様子に、どうして年頃も、ただ疾くそのようにおなりになって、罪を少しも失わないだろう、と悔しいので、苦しいことも切に念じつと行いなさるけれど、露よりも先にやと見える様子がちになりまさりなさる。大将は、日ごとに、たいそう懇ろにお訪ねになるのを、ありがたく嬉しい御心と、喜び聞かせなさるのに、自分からも忍んで渡りなさった。宰相も、明るい様子に京に出でなさった。二十日ならば、月さえ遅く出る頃に、事を問うべき垣根も思いつかないけれど、この処あの処を住みつつ見巡りなさるのに、たいそう大きな堂どももたくさんあって、三昧つとめ行う尊げにて、僧坊ども、たくさん続きなどはさせて、この処あの処竹の林ばかり、小暗くしなしつつ、長い世の住家と思ったのも目にとまって、あわれに羨ましくお思いの。山よりわずかに落ちくる水を、各々竹の筧どもを蜘蛛手に任せやりつつ待ち受ける様子も、こほりの概かためたらむ頃は、どのように心細げなる様子限りなし。おいでになる所と見えるのは、寺よりは少し退いてぞありける。帯にせる細谷川の音さやかに流れて、同じ岩のたど住まいも、心ある様子しるく、時をりふしの花、紅葉の木どもも、数を尽くしたると見えて、見どころ多くぞしなされたりける。されど浅茅が原も殊に尋ねる人もなかりけると見えて、心のままに、色を尽くして乱れ合いたる前栽どもに、露の白玉のみ処得て、虫の音も、外よりは耳の止まること無かりけり。軒を争う八重葎も、本当に人こそ見えね、秋の景色は疾く知られぬべかりけり。稲葉の風も、耳近くは聞きならいなさらなかったのに、否応なく鳥さえ音なうも、さまざまに様変わりした心地して、物心細げなり。けれどもこの処には人ある景色もせで、九體の阿弥陀がいらっしゃる御堂に、やがていらっしゃるなりけり。堂の飾りなど、極楽もこのようかと思い遣られて、たいそうきらびやかに尊かりけるを、など今まで見なかっただろうと口惜し。坊どもに、小法師ばらの物誦じなどする声ばかりは他に聞こえて、例ならず鶉鳴く人のあたりとも思えず、静かに心細げなり。懺法阿弥陀經などの声ばかりぞ聞こゆる。人の心を寄せる所に寄って、道季が、このようになんと聞かせすれば、驚きなさって、やがて、臥したままである母屋の御簾の前にしとねを打ち敷いて入れて申し上げなさった。月はないけれど星の光ばかり明るいのに、軒近かくて、いたくたどたどしい程にもあらねば、大方御容
お姿がうち震いなさる様子など、ああめでたいと見えなさるのに、風に従って、くゆり入った匂いさえ、本当にここはすべての人にまさっていた。あらゆる思いやり聞こえる様子よりも、今少しめでたく恥ずかしげな御有様を、そうかもなどと思い寄ったのに、負け気なくたいそう慎ましく思われるものながら、また、通うだろう人をこそ、年に一夜の渡りでも、待ちつけて見るべきだった、見た世に、どうしてはかばかしい御有様にもてなし聞こえずに終わったのだろう、と苦しい御心地にも、ますます胸騒ぎがまさって、切に頭をもたげて見やりなさる。狭衣が「日頃どうしてかと思いながらも障ることがあって、今までにしてしまったのも、心の内よりは疎かな様子かと、今宵も月も待たず急いで、浅ましくたどたどしく思われなさった道の空を」などとおっしゃる声の様子も、限りない物に思い聞こえる。宰相の御有様などには、似るべくもなかったかな。人づてに聞こえなさるのもたいそうかたじけない心地がなさるので、切にためらいなさって、少し転び寄って、母が「度々お訪ねになることは、今日までながらお待ちになるのも嬉しい」とおっしゃる御返事は、たいそう弱げな様子も、見たお顔に代わらず、若々しく美しい様子を、たいそうこのようにあられなかった程を、お聞きにならずにいるも悔しいのに、ついに空しく聞きなしてしまうのは惜しいはずの人だという様子なので、うちつけにあわれも浅くないだろうと思われる。狭衣が「経にける年のしるべには、これをはじめに思いなさるべくもお待ちにならなかったけれど、ありくして、このように頼もしい御返事をしも承るこそ、過ぎない方の口惜しさも恨めしい様子も、自分からのあやまち顔に思いなさる」と言って、打ち泣きなさる様子など、伏しまろび泣きなどはする人よりも、浅からぬ心の程が見えるのを、かばかりまでの心の程と知らましかばなど、後ろめたい悲しい人の御事は、まず忍びがたく思われなさって、母があるはあるとも思いなさらずに過ごしなさった悔しさを、さまざま思いなさる中にも、露ばかり見える方のない人の後ろめたさに、行きもやられなさらないのを、通う里も尋ねさせなさった程ばかりに、思い聞こえなさる。去るは、同じ煙にたとえ欲しい様子にぞ、思い聞こがれなさる様子ならば、どう」とも続けやらず、泣いた様子にやと聞こえる様子は、むげに頼もしいなさけなさを、聞く人も悲しいのに、ましてあの御心の中を思いやりなさる様子、さまざまにたいそう忍びがたい。狭衣が「ことわりの御事と言いながら、あまり然思い入りなさるのを、見申し上げたまえれば、御心地もたいそう苦しく思われるものを、なお思い慰めるべくこそ、人にも教え聞かせなさるはず」など、音無くすすり泣く様子に聞こえなしなさるけれど、狭衣が「私もまた、益田の池の浮き根縄が一筋であったなら、どんなに苦しかったでしょう」と言い消ち?なさる様子は、なお聞き知らぬ人に聞かせたくない、さまざまことなる御心の中をば、どうしてかお知りになるだろう。母が絶えそうな心地ばかりする浮き根縄では、益田の池も甲斐がなかったことよ、絶え絶えにていと心細げなるは、なかなか見置きがたけれど、長居せむも、ことにや、苦しくや思われなさるだろうとお思いのならば、狭衣が「今よりは、たどたどしからぬ心地しなさるべくか、常に」など聞こえ置きなさって出でなさるのに、やがてこの続きたる渡殿に、人
の気配をするのを、立ち止まってお聞きになると、「どちら。御殿油参れ」などとぞ言う様子だ。火影に見し児の声にて、「客人は出でたまひぬ。今は渡らせたまへ、姫君の御前こそ」と言う様子に、この立ちなさる妻戸を引き開けて入りぬるに、たいそう嬉しくて、やをら入りて見たまへば、仏の御前の御燈の光ばかりほのかにて、はかばかしくもの見えぬに、今ぞ小やかなる童は、火をともして持って来た。このことにしつらうも無くて、几帳ばかりある、引き寄せて臥したるは姫君ならむ、少し退きて、人二人ばかりぞ居たると見ゆるほどに、この戸の開きたるより、俄かに風荒々しく吹きたるに、火の消えぬれば、「紙燭もて参りたまへ」など言う。この渡殿は、人々のうち休むところにてあるに、知らぬ人の、近うものしなさるが、つつましさに、暫し寄り伏しなさるなるべし。人出で給ひぬと聞き給へば、渡り給ひなむとて、やをら起きあがりて、児君を供にて、障子より、こなた様にゐざり出でたまふに、引きとどめ聞えたまへれば、思寄らずうち見かへりたまへるに、星の光に烏帽子のふと見えたるに、心惑したまひて、やがてうつ伏しなさって、音もしたまわないのを、この具したまえる児君は、「疾く疾く」と言い佇んで、差し寄って見るに、男が居たので、これもたいそう驚きたる様子にて、立ち返って入ってしまったので、障子も引き立てて、今少し近う引き寄せ申し上げなさるのに、月頃ものを思いして有るか無きかなる心地には、息も絶え果てぬべき様に見えなさるのを、狭衣が「仏に怖じたてまつる方は、人よりもまさってお待ちならば、並々なる心は世もつかみなさらないだろう。心安く思いなさい。ただかばかりの疎ましさは、上の御心も、ことの外にはお待ちにならず、どう受け止めなさるか分からない、聞こえなさる程に、児君の告げけるにや、大人しい人の気配にて、この障子を引き開けて、「これは誰がものしなさるぞ。仏の御前とは知りなさらないか。たいそう不便な事かな」と言って、探り寄れば、内笑いなさって、狭衣が「仏のみちびきなさる、障子口のたどみに、仮初めにぞ寄り臥したまえりける。この殿にておわしけりと思ふに、胸は落ち居ぬれど、劣り悪しく御心地もどうに、ますます思い惑われる。とにかく聞かせすべき様もなければ、侍女が「一所の御事を見申し上げて、全く泣かせなさる程に、同じ様子にのみ沈ませ給ひて、さらに何事も聞き分けさせなさるべくもおいでにならない様子のものを」などと歎く様子でなさって、この御乳母やその者の方にとぞ聞こえる。狭衣が「ただこればかりにてお待ちになるのは、御心地もどうであろう。帰らむには痛く更けなければ、月待ち程このようにお待ちになるだろう。余り並々でお待ちになる」と聞こえるのであれば、障子よりこなたに、女君を入れて申し上げた。当得みづの心地して、汗もこちたく流れなさる、気配つきなどの美しさは、世に類なきものに思いしめ聞こえたまえる御有様に、劣りなさらない程で、思い合わせなさるのに、たいそう残り惜しい様子だ。年頃などで、心のどかにのみ思い過ごしてきたのだろう、強ちに思い入れましかば、などことの外にしも人の思いなさるはずだ。過ぎにし方も悔やしさに、今宵の中に、この仏の御前をゐて出でなさらないだろうけれど、片時の程だけに、覚束なく思い乱れなさる御有様も、どうにもこの御心を見定めてこそは、
などあらゆることは思い留めて、ただ来し方行く末の心の中など、懐かしく聞こえ知らせなさるのに、御心地は喉も止まって、取り敢えず零れ出る涙も、堰き止めなさるけれど、時の間も立ち離れたまわず、見申し上げたまふにぞ、あながちなる様子にて、湯なども見入れなさるならば、どうにもものしなさるだろう、通う事をも、どう浅ましく聞こえなさるだろう。あり明けの月も出でにけり。格子の隙間などより、所々漏り入りたるが、たいそう心づくしなるに、思い佇んで、格子のもとのかきがねを放ちて、押し遣りたまへれば、残り無く差し入りたるを、女君がたいそう侘しくて引き被ぎなさるのを、とかく引き現わしつつ見申し上げ、玉の様な姫君の様子なるかばねを中にも、彼の御有様に、少しも覚えたる玉の光だけに通えば、袖につつみても見まほしく思い願いつるに、こういうお声も聞こえない程に、彼の御有様に通う形代を、神の造り出す給へるにや、と思い寄るにも、ただあながちなる心の中を現わすと見申し上げて、通う形代を、出でなさるのにや、と思い寄るにも、あぢきなく涙ぞ零れるよ。狭衣が「嘆き侘びて寝もせぬ夜の空に似ているなあ、心づくしの有明の月は」と聞こえなさるけれど、答え聞こえなさらないぞ。たいそう口惜しかった。どうしてか。そのくらいまで見申し上げ初めて、宿世など言うような物の事柄になりなさる程はどうすべきか、なお世にありながらも明日の淵瀬も後ろめたいと思われる様子に、あらましごとを、内返し内返し聞こえたまふ程に、本当に明け行く様子なれば、御伴の人々立ち騒ぎつつ音を出すなれど、狭衣が「今より後の思いつかぬ様は、なかなか終わりなのか、どうすべきか。そのくらいは、本意なく心憂かるべけれ。去らば、霧の迷いたどたどしき程に、脆くもとこそ思い侍れ。どうにも」と聞こえなさると、本当にそうかと、浅ましく脆いものにとこそ思い侍れ。姫君が「あなおぼつかなのわざや。かはほりの宮にや」など、うち笑いなさる様子も、たいそう聞きたくめでたい様を、「いつしかかやう「…で見申し上げたいものだ。この御心地が少しでもよくなってくださればよいが」など、近くにうち臥している御乳母たちは言い合っている。一扇を少し鳴らしてお呼びになると、参ったところ、狭衣「夜の間の御心地はいかがですか。夜通し念じて明かした甲斐があれば、さすがに今夜はお楽におなりでしょう」とおっしゃると、侍女「御心地はいつもと同じでございます。このおいでになる場所の見苦しさを、苦しがって明かしなさいました」と申し上げると、狭衣「人々が悪く言いなしたからでしょう。物狂わしく思いやりのない様子に、お聞かせになるのが恥ずかしい」とおっしゃって、狭衣「夜の間も後ろめたく思われた御様子の心苦しさに、宰相の御代わりとして、この御簾の前で明かしておりましたところ、嶺の嵐も激しくて、乱れる心地も悩ましかったので、そちらにも参れず、急ぎだけ出てしまった、とお伝えください。今からは入道も真面目に勤めるでしょうから、無量劫を経ても、きっと願いは叶うでしょう、と頼もしいことを、私の心寄せも、なお助け果ててください」など、親しく語らいなさる御様子を、外で見申し上げないのは口惜しいことだった。上は昨夜もお聞きになっていたが、何かしらひどく(次頁へ続く)
しろめたいあわれな御有様を、少しも気近くて見たまいては、そうともあわれとは御心とどめなさらない様子は、心より外に哀れ深い様子にてやなど、思い疑うべきと思いながら、この月頃、明け暮れ音のみ泣き沈んで、たいそう痩せそこなえば、打ち解けなさるのを、程なき軒の月影もどうありつらむ、少しも斜めならむことは、たいそう恥ずかしい様子なる御有様にこそと、思い明かしつるに、通う御消息も、近寄りしなさるはずもないにや、と胸打ち騒いで嬉しく思われる様子。母が「呼ばい、たいそう更けお待ちになるのを、荒々しい風の様子につけても、道の程後ろめたいう、思いやり聞えさせしに、泊らせなさってしまったのも知らず、例よりも惑い入りなさったのに、今よりは、去らば草の枕も心良くしお待ちにならないだろうこそは」と、お聞かせになるのを、狭衣が「解けて寝もせぬ転がり寝の草枕、一夜ばかりも露けいものを、外にもあらぬならはしも」と、少し程笑みたる声にて、わざと御返事ともなく仰せうのを、一人聞くは飽かずや思えけれど、真似び聞こえければ、母君が「草枕に一夜ばかり転がり寝をして、露のような文句をかけようというのですかとぞ聞こえなさる。籬の霧のたいそうひまなく立ち渡って、月影も中々曇らはしくなりぬれば、たいそう立ち出でがたく思われるのに、道季が御靴もて参って、道季が「霧は晴れなさるならば、京の中見苦しくこそなり、然らひぬべかりけれ。御車率て参るれとや仰せ遣わすべさき」と心もとなげに思い申し上げれば、狭衣が「くはや、いたうな憎みそ」と言って立ち出でなさる様子に、とはやすらひなさるけれど、露のたいそう愛おしい中を、指貫差しばかり引き上げて歩み出でなさるを、人々は覗いて見申し上げつつ愛で惑う、道理にぞありける。殿においでになって、面影山は、真面目に恋しく思い出でられなさるならば、本当にしうむつまじい様子になりて、このままの心地ならば、思い離れる様子に通いなう棄てがたくもあに付く人が出て来れば、通う心地は止むだろうと、常々おっしゃるのを、あるまじきこととばかり聞いていたけれど、本当にそうでもありうることだったと、思い知らされるよ。やがてお休みにもならず、翌朝もひどく早く、御心地の覚束なさなどをお聞かせになって、狭衣「さても今朝は、例ならぬ心地にまどいまして、面影は身を離れず、うち解けて寝ない夜の夢は見るというのに嘆かわしいことよ。」などそのようにお聞かせになる。御使いが帰って参って、「ただ今亡くなりなさいましたと、罵り騒いでおりましたので、御返事も聞かせられず参りました」と申すのをお聞きになる御心は、ひどく力なく、あさましいとも世の常である。本当に頼みにしては程も経たないのに、「露のかごとを」と嘲りなさったのも、ただ今のことではないか、など哀れにはかない世の様子も、ますます思い知らされて、またひどくもろい涙がかごとのように漏れ出た。ひどくたちまちに、思い急ぐ一方でもなく、この頃は、何度も行き帰るべき道と思っていたのを、忌の程などはふと通わないでいようか、と思われるのも、本当にますます心もとなく割り切れない。花の便りの火影よりは(次頁へ続く)
(前頁から続く)…初め、昨夜の様子の哀れなことなども、思い出される様子に、さらに余所の事とも思われず哀れで、中将の君のもとに、細やかに弔い聞かせなさる事は疎かでない。御返事は、宰相が今は甲斐ない事はそれとして、遅れまじい様子でいる人を見て扱って。続いてひどい目を見なさるだろう事の、心憂い事とあるのを見ると、通う中の悲しさは、どれも疎かにすべきではない中にも、「同じ煙にも」と仰った様子は、並の中とは見えなかったのを、本当にどう思われるだろうと思いやられる様子も、全く覚束なかったならば、たいそうさほどにも思われなかっただろうを、ほのかだった手触りの様子の、隈のなかった月影も、さほど心に留まったのは、物思いの花の枝を差し添えるべき宿世か。これさえ甲斐なく聞きなして、どういう心地がするだろうと、この頃は他事なく思い歎いていた。狭衣が越えもしない関のこちらで迷ったのが、逢坂山の限りなのでしょうかと思い続けるのもたいそう忌まわしく、どうして、そうはいっても神仏が世にいらっしゃれば、そのような目は見せなさるまいはずだろうと念じられて、例の細やかな方に思し頼む御祈りの師たちに語らい、祈りなどをさせなさった。後の御事など、宰相が一人で扱いなさるのに、忍んだけれど、山辺の送りの人々が多く差し上げなさった。その程の御扱い、思い至らない事なく、細かに弔い聞かせなさるのを、宰相は、本当に有り難く思い知られた。日数が過ぎるままにも、有明の月影は、面影に恋しくて、忍び歩きも特にしなさらず、さすがに怪しく思われるので、狭衣が片敷に重ねぬ衣を裏返し思えば何を恋うる心ぞ、など聞こえなさるけれど、宰相が「さらに日を待つ様子で」などとだけ聞こえるので、思い侘びて、忌の程も待ちなさらず、忍んで渡りなさった。宰相の君が対面なさっても、尽きない哀れな様子で、通う中とは言いながらも、尋常ではなかった志の程を語りつつ、宰相が「露ばかりは隠し甲斐ある様子さえ見えず、遅れなさった事」と言い続けて、たいそう忍びがたい。狭衣が「今際の留めに参って、哀れだった御様子は様子さえお聞きになったので、その思われるだろうにも、特に劣るまじい心地がして、厭わしく思ったことも、今はどうにか生きながらえてなど思うべきなのに、あらまし事も見申し上げずに終わったこそ、たいそう本意でない。亡き御影にも、甲斐なき者には見申し上げない、と思うのを、たいそう頼もしげなく聞くばかりで、なお世に若々しいまで思い惑っておられる有様が、さらに生きながらえるべくもなさそうなので、儚くそのような身も、変わらない様子で、さて何になさるだろうなど、思いなさるようになって」と言って、ひどく思い嘆いているのを見ると、たいそう後ろめたい忌まわしいけれど、参って自ら仰るべきでもなさそうなので、甲斐なくて、立ち煩ってお帰りになった。三条あたりに、たいそう広く面白い所を、この御料として、大いなる心特に作り磨かせなさるのを、いや何になさろうと、御心にも入れなさらなかったのを、有明の月を住まわせなさるだろうに、甲斐ありそうに見なして後、ご自身の御心を添えて、並々でない様子に急がせなさる
た。皇后宮などがお聞かせになる事の気の毒さが、苦しく思われるけれど、そうはいっても今はお譲り聞かせする事はあるはずがないので、四十九日などが過ぎたら、私が聞かせなさる事を、思い急ぐのに、女院が、御物怪がちで、ひどく重く患いなさるので、行幸などあって、大方の世の人でさえ、心の暇のない頃なので、まして大将殿は明るみにも立ち出でなさらないままに、山里の覚束なさを、どうしたものかと、静心なく思いやりなさって、狭衣が「憂いことだった私の中山の契りかな。越えずにいたら、どうして逢い見初めることができたでしょう、あまり覚束ないのも心憂い。昔の御事を思い出せば、このようにもてなされなさるべきか」など、恨み聞かせなさるのを、宰相も、「本当にひどくあまり物思い知るまじい御程でもない。これほど有り難い御心を、強ちに疎々しく持てなし申すことも、気の毒だ」など聞こえなさるけれど、万事取り賄いつつ、聞かせ知らせなさった御有様だけが、面影に思えなさって、一節も引き続くべき心地もなさらないので、ますます引き被って泣き伏していらっしゃるのを、誰も聞き煩った。このように言うのも、名残が留まる心地がする日数の程は、日々に現れてお出になる経仏などを、形見に見申し上げ、慰めなさるのを、その程も過ぎてしまったので、御仕度なども、例のように明らかに持て成されるにつけても、今一層である。悲しさの数が添う心地がして、ますます危ういまでになりまさりなさるのを、宰相は、誰に寄せてかと、悲しくひどく、思い惚れなさった。切に恋しく思われた夕暮れに、もしも慰むかと、美しく心特に作り置き申し上げて、常に迎えなさりつつ行いなさった十体の仏たちを見申し上げなさるのにも、「薬師にはただ御事だけを申す」と、常に言い知らせなさったのを思い出されるのに、甘露法薬の薬も、今は何になすべき身でもないのを、ただいらっしゃった方へお送りなさってほしい、それほどの事は、難しくもあるまい、光明不絶とかおっしゃる誓いこそ、叶い難い。たのだった、など人知れず思い続ける。姫君が夢覚める暁方を待つ間に七七日にもやや過ぎてしまったなど思い続けられる日数も浅ましくて、袖を顔に押し当てて泣きなさる。たいそう黒い御衣に、たいそう持て囃された御頭つき髪の通いなども、絵に描き取って人に見せたいほどだった。大将殿は、三条に移し申し上げなさる日などを定めて、今はただお迎え聞かせようと思われるのに、女院がついに亡くなられてしまったので、ますます絶え籠もりなさったのも、ひどく口惜しく侘しく思われる事は限りない。このように思う日数が過ぎつつ、違うようにばかりあるのは、ついにどうなるべきなのか、と思われるのも静心なく、後ろめたくないままに、文だけは、一日に二度三度も、しきりに聞かせなさるけれど、御返事は露ほどもなかった。宰相にも、本意なく過ぎる日数を、心もとなく思いなさって、狭衣が「この御忌が過ぎて、お迎え聞かせよう」などと仰ったので、本当に何にかは、今は任せ聞かせてこそ見ようなどと思われれば、宰相が「まず今日明日、例の所に渡って、様子に従ってこそ、そのようにも」などと聞こえなさった。姫君は、古里に立ち帰りなさる事も物憂く、なお今しばらく
名残の所にだけでも起き伏ししたいと思われるけれど、宰相も、この春の方から、按察使大納言の御あたりに通いなさる、珍しい様子の心地に、悩ましげになさるのを、このように絶え籠もって過ごしなさる覚束なさも、いつかと思われれば、今さえこのように静心なく今宵なさるのも、どちらも心苦しいだろうから、大納言殿の君をも、同じ所にて、日なども、ありながらであるのに、一人立ち帰りなさった心地の悲しさも、世の常だろうか。明け暮れ差し向かい聞こえなさった面影だけは、身に添ったようなのだけれど、起き伏しにつけて、物だけ恐ろしく、心細い心地だけしなさって、さらに生きながらえるはずもなく思ったのを、宰相もたいそう道理に心苦しいけれど、姫君がまだ渡りなさらないので、夜などは泊まりなさる事がかかった。日頃降る雪が、年の残りが少なくなるままに、ますます降り重なりつつ、消え去るべくもなく染み渡るのを見出しなさっても、姫君が、理にかなって年の暮れとは見えながら、積もっても消えない雪もあることよ、などというように、儚い言の葉だけを、昔の形見に思い慰めていた。日が暮れるままに、風の音も荒くて、横様に吹き入る霰の音も、物恐ろしくなったので、御格子を急いで参って、女房たちが差し集まって、物心細く思うのに、姫君は、沈んで、ただ一人の御蔭でこそ、雨風の音も防ぎなさった、言い知らず心細く思ったのも道理で、宰相の君を誰も恨めしく思い聞こえる。大将は、このように渡りなさったとお聞きになるけれど、日次が悪くて、明るみにもなさることができず、心もとなく思われるのに、院の御忌も果てて、宜しい日だったので、風の迷いに渡りなさった。とかく立ち休らいなさるけれど、山里の御棲家にも道理が変わる事なく、人目も稀で咎める人もいない。雪だけが主顔に降り積もった庭の面を、遥々と心細げに眺め渡しなさるのに、若い人の思いが離れる方なく、眺め尽くしなさるだろう心の中はどうだろうと、たいそう哀れに推し量られた。御堂のお預かり立った僧が、御明かりの消えた灯を点くといって、わずかに出てきたのを呼び寄せて、狭衣が「宰相はいらっしゃらないか」とお尋ねになると、僧が「昨日お出ましになったままいらっしゃいます。大納言殿の姫君の様子など、儚い言の葉だけを、昔の形見に思い慰めていらっしゃった。日が暮れる、弁の君という人に対面しようという人がいると、ものせよ」と仰るので、僧が「姫君の御乳母の夫にこそいらっしゃる」と言って、立ったままに、僧が出た妻戸に寄って引きなさると、掛けていなかったのか、開いた。入って御覧になると、ここにも念誦堂がたいそう尊くしておかれて、行い勤めなさった人の跡と見える。それからやがて火の光が見える方へ真っ直ぐにいらっしゃるけれど、殊更になよかにしてある御衣の音なので、心慌ただしい風の紛れで、聞きつける人もいない。母屋の中の戸から通って、帳の側の屏風から覗きなさると、こちら枕でよく見える。火を点々と眺めつつ添い臥しなさっているのを、ふと見つけたのに、ただそれかとまで、思い出させなさる。御手洗川の面影さえ立ち添って、心騒ぎするのに、北表の方から
来て、弁が「あの西の渡殿に、やむを得ない人がいらして、夫にお会いしようと仰る」と、この小さい者がただ今言うのは、誰だろう。そうあるべき人とは思えない。もし大将殿がいらっしゃるのかと思うけれど、昨日の御文にも、そのように仰らなかったものを。どうにか尋ねよう」と言って立つと、またある人が、「もしそうかもしれない。この御殿の油明かりより気配を寄せて、臥しなさったようだ。弁が「人々、近くにお仕えなさい」などと言い置いて、こちら様に来るままに、弁が「人も久しくいらっしゃらないこの御方に、覚えのない匂いがする、ああ面倒だ。紙燭を差そうか。たいそう暗い」と言って、立ち帰ったので、若い人々がひどく怖がり騒ぐのを、大人しい人々は、「ますます、それほど物恐ろしげに思し召したのに、どうしてこのように物狂わしくいらっしゃるのだろう。鬼は臭うこそあるのだろう。仏の御香もあるだろう」と言うと、また「隠れ蓑の中納言がいらっしゃるのか」など、口々に戯れに言いなすけれど、君は本当に物恐ろしくて、顔ながら引き被って臥していらっしゃった。乳母が、紙燭を差して来ると、帳の中にそっと入りなさったけれど、知る人もいない。夫が西表に行って、「どちら」などと尋ねるけれど、答える人もいないので、帰って来て、弁が「怪しい事だな。いた僧も去ってしまった。また人も全くいない。どういう事だろう。妻戸はたいそう広く開いて、雪だけが降り入っている、月はないけれど、外はたいそう明るくて、面白い夜の様子だな、風が起こるとも音も隙があるべきものを、どういう懸想人が尋ね来て、音もなく立ち帰ったのだろう。口惜しい事だな」と言って、皆が笑うのに、帳の片扉をそっと退けて、狭衣が「たいそう久しくお待ち聞かせしたのに、音もなさらず紙燭が見えたので、こちらへ参るべきかと思って。実は、身も皆凍え果てて、今宵は帰りなさるはずもないのを、早く入らせなさい」と言って、たいそう馴れ馴れしい様子で女君を引き入れなさると、人々は浅ましく呆れた心地がして、物をさえ言えず、またどうこう聞こえても甲斐あるべきでないので、ただ自分からの心の賢しらか、「宰相殿がどうお思いになるかと、気の毒な事だな。このように心慌ただしくしていらっしゃらなくても、今は別の様子にと聞かせなさらずにいらっしゃる様子のものを」など、独り言を言ってと、狭衣が「宰相がお許しなさるだろうには、どうして内外に仕えるだろう。ただ心安く思いなさい」と、素っ気なく仰ると、また聞かせようもなくて、「浅ましく打ち解けなさったものを」など、歎き歎き退いて臥してしまった。以前の転がり寝の、心尽くしだったのを、今宵は心安く、解き散らして打ち臥しなさるのに、女君はますます怖がりまさりなさって、心苦しげな御様子に、思い煩った。けれども今宵は、苔の筵も思われず、ひどく疾く明けた心地がして、鳥の音の辛さも、今朝こそ思い知られた。弁の乳母が参って、「明けましたとはお知らせなさらないのか。たいそう恥ずかしい程になったと、嘆く声がします」と聞かせなさると、狭衣が「まだそれほど深くはないだろうものを、葛城の神の、賢しらに」とは仰るけれど、辛うじて起きなさって、指貫の腰を引き結びなさるのも、隔てが多く、心細く思われなさるのも、ひどくこう様子の悪い心の程はいつの間に習ったのだろうと、自分ながらもどかしいまで思われる。狭衣が、解き侘びた私の下紐を結ぶ間も、やがて絶えてしまう心地がする
あまりな心の入れ方も、どうだろうと忌まわしいので、言い消しなさるけれど、弁の乳母は、めでたいと、聞いた。月頃の御物思いにますます激しい御心惑いさえ類なくて、泣き明かしなさった涙の淵も、本当に身を流さない業だろうか。ひどく心苦しく見置き難いのを、暮れるのを待つ間の覚束なさも道理がないほどで、またそうはいっても、いつか現れ出て人にもて扱われるのも、慣れない心地には、なおどうにも慎ましく思われるのを、ただ宰相にも知らせずに渡してしまおう。明け暮れ差し向かって言い慰め紛らわせるならば、自ずから心のほかに、忘れ草が生える様子もあるだろう、と思われて、狭衣が「その車をここに寄せさせよ。心地がひどく悩ましいので、出ないのだ」と仰ると、御格子を一間ほど開けて、御車を寄せさせる。二十余日の月なので、月もまだたいそう明るいのに、雪の光さえ隈なくて、昼の様子なのに、男君が、枕上の几帳を押し除けて見出しなさると、どれを梅と分けるべくもなく、降りかかった枝差しども、あのあった行きずりの梢にたいそうよく似たのも、思いの外に目に留まった火影を、思い出されて、ひどく哀れなので、女君に琴をの音を聞いた様子などを、語り聞かせなさって、狭衣が「思わずに面白かった火影は、それかと、思い寄せるまで有り難くものしなさった様子だ。程々思い移りそうだったのを、思い始めた事が変わらない癖なので、賢く思い忍んで止んだのだった。あの梢どもは、その夜の心地がして哀れなのを、なお御覧なさい」と、切に起こし聞かせなさって、狭衣が「行きずりの花を折かと見るからに、過ぎた春こそいとど恋しい」と仰って、さまざまに恥ずかしくもあった事かなとお聞きになると、姫君は余所ながら散っただろう花に比べ撫でなど行き止まる枝となっただろうなど、心の中に口惜しく思われる。御車を上げたので、たいそう軽らかに抱き申し上げて、お乗せ申し上げなさるのを、弁などが、「たいそう急にここにいらっしゃるべきだ。しばらくはこのようにでもいらっしゃるだろうものを。宰相殿もどう怪しく思われるだろう」と聞かせなさると、狭衣が「ならば、まずただ一人だけ、早くお乗りなさい」と急がせるしなさると、ますます心慌ただしい心地がして、留まる人々に万事を言い置いて、引き繕って参った。殿にいらして、まずご自分が降りなさって、御几帳などを、取り出してなどして、例のようにお降ろし申し上げなさった。弁も降りたので、道季に、狭衣が「この人が慣れず思うだろう。局などがあればこう仕度せよ」などと仰ると、道季が「何かと人をお招きなさらないでください。今たいそうよく慣れさせなさるだろう」と仰って、本当にたいそう思う様子な局をし出してするなど、扱い歩く。君は心安く思う様子に思われて、日が高くなるまで御殿に籠もっていたのに、殿の御方から、「ただ今渡らせなさい」と聞かせなさったので、辛うじて起き出なさった。大貳の乳母が参って、大貳が「昨夜もどちらにいらっしゃるのかとお尋ねになるのに、知りませんと申し上げたのが、無理もなかった。今は任せなさったこそ、その無理もなかった。なお歩かせなさるだろう所を、お知らせください」と申すと、笑いなさって、狭衣が「入ると入った人が惑うような山道なので、お知らせなさることは難しくこそあるだろう。同じことなら、随身して歩き、
なさる」などと言い戯れなさる御気配が、聞きたいほど見事なので、弁の乳母も、一人笑わされて、几帳の綻びから覗くと、紅の御衣どもの、綿が少し膨らかなのに、薄色の堅紋であるなど、重なった色合いが、並々でなく清らかに見えるのに、昨夜の雪に所々返り萎んだのさえ、殊更にこうしてこそ著めと、艶めかしく見事だ。烏帽子の額も少し上がり、鬢台がしどけなくて、まだひどく眠たげな目元、色の合いなど、雪にたいそう持て囃されなさって、辺りまで零れる心地がする御匂いの愛敬などを、大貳の乳母が、内の御賄いをして、慎ましげでなく、差し向かい申し上げて、微笑みつつ見申し上げる様子の見事さこそは、本当に思う事なく生きる甲斐のある人と見えるよ。御手水だけをお召しになって、狭衣が「まず、お召しに回ろう」と言って、装束して勇ましくして出なさるのを、大貳が、「塗りました。まずなお」と聞かせなさると、狭衣が「今さえあまりねじけがましく慣らしなさるぞ。心もとなければ、まず代わってよ」と仰ると、ある様子も、本当に気高く見事だ。狭衣が「あの聞かせた辺りの古里に、一人立ち帰って、心細げなので、今日やがて迎えたのだ。お尋ねなさらない限りは、上などにも何か申されるよ。宮の辺りにもひどく折の悪い頃なので、良い事とも仰らないだろう。三条に渡るまでは、ただ忍びやかにと思っている。老人一人を具したのを、慣れるべき様子にものせよ」と、仰るのを聞く程は、ただ微笑んで、大貳が「殿上も何しに掻き聞かせなさるだろう。どうあっても、御心をお留めなさるだろう人を、どうしてか、とこそ仰る。まして、ああ辱い、どう思い召し喜びなさるだろうものを。ああ嬉しい、思う事こそなくなってしまいました」と聞こえると、狭衣が「心留まるなど、直ちに定めるべきではないけれど、心細げな様子の人なので、何かは、心安からず物難しい世の中の慰めにもと思っている」と、語らい置いて渡りなさった間に、大貳が近く参り寄って、御几帳の片扉を引き上げて見ると、御衾の下に埋もれて、人がいらっしゃるとも見えないのに、御髪だけが、こちらだけに漂い流れて、たいそう所狭げだ。出て、よもや何事も斜めにいらっしゃる人をこのようにまで持て成しなさるはずはないと思っていたけれど、内々見るのはなお驚かれるので、寄って引き延べて、裾を遣ったのに、本当に、遅れた筋なしとはこれを言うのだろうかと見えて、取る手も滑る艶、筋の美しさなどが、斎院の御髪にたいそうよく似ていらっしゃった。長さがまだ少し劣ってかと見えるのは、御年の程に従っていらっしゃるのだろうかと見るのに、このように驚き聞こえる気配を聞いて、弁の乳母も寄ったので、大貳殿の御様子、まだ見申し上げ知らない様子に、見えさせなさるのが珍しさに、驚かれて、近く参るのに、道理にこそと、この御髪だけにまず思いなさるようになった。世と共に世の中を漂わせなさって、明け暮れ、殿上の御前から始め参らせ、私の心肝を惑わせて、ただ少しの絆に、思い留まりそうな人を、見聞き出したいと、中国までも尋ねたいほどに思い騒ぐ様子の、御祈りの印だろうかと、返す返す胸が安まる心地がして。まして上の御前などお聞かせになると、どれほど思い喜びなさるだろうなどこそ仰せになる
た」など、君の御心が浮かれ惑って、露ほども心をお留めなさる人もなく騒がれなさる、年来の御物語を、細やかに語り出て喜ぶのに、本当にこれほどまで思い留める事はなかっただろうに、明日の淵瀬は知らず、今日だけでも、どのような御宿世だろうか、人もこのように見知りなさるほどの御様子にも、嬉しさも並々でないけれど、弁がたいそうそれほどだろう御心の中、名残のない様子は有り難くこそあるべきだろう。年来もこのような御様子とは、承りながら、岸のまま尋ね取るだろう多くの列では本意なし、とだけ、思い包んでいた程に、浅ましく打ち捨て聞かせなさってしまった後、どれほどの程さえも経ず、憧れ出なさってしまったのは、どういう事かと、惚れ惚れする心地がして。皇后宮からも、聞こえなさる様子もあったのを、このように分からない御事にしなさって、ついにどういう事があって、自分からの浅ましい持て成し聞かせたのだろうかと思われると、安い空でもないのに、ますますこの御物語どもに、下慣れた心地がする」と言う様子も、たいそう目安い人柄だ。大貳、ああ曲が曲がしい。おぼろげに思い定めた御心ではあるまい。よし、見申し上げなさい。春宮に参らせなさったのに劣った御様子に、よもや持て成し申し上げなさるまい」など、心を遣って言い散らしつつ、御髪を置きもせず愛でていた。本当に宰相は、昨日は渡りなさらないままだったのを、覚束なさに、文を差し上げなさる程に、大将殿から御文があるのをまず御覧になると、狭衣が俄かな様子と思いなさったけれど、急には日次も宜しくなくあったので、昨夜、このいる所にお渡し聞かせたのだった。弁などが、騒がれ聞こえるだろうと、ひどく怖がっていたけれど、心安く踏み分けなさった跡とも見えなかった庭の様子、見置き難く思いなさったからだ。勘当なさるはずもなければ、夕方お立ち寄りなさい。自分から聞こえよう。などというように仰った。そうだろうと思っていた事だけれど、たいそう急に軽々しい様子で、渡りなさったので、口惜しく思えるけれど、出てしまえば、長く任せ申し上げて迎えし、内裏などにお聞かせになる事も便がなさそうなので、殊更に忍んだ様子に持て成そうとしなさるのだろう、と思われれば、返事にも、宰相が月頃患う事があった人の、この五六日は、ひどく苦しがっているので、御覧あつかって、故郷もひどく荒らしていたのに、お立ち寄りになったのを、驚き思いなさる。それにしても、どうして御前にはお召しにならないのか。などと聞こえた。弁の乳母の許にも、宰相が「俄かに渡りなさった。浅ましく」などと仰せになって、藤衣だけれど、並々でなく清らかなのを差し上げなさった。姫君にも、弁が「このように文があります」などと聞かせなさると、ひどく泣き沈みなさっているのを、付け替えさせ申し上げるなどする。私は今朝取り繕っていたけれど、三つ葉四つ葉に輝くような殿作りの、仕度の様子から始めて、仕える人々の成り立ちなどが、並大抵の人が差し出るべくもなく見事なので、私はただ、水鳥が汀に立ち出た心地がして、たいそう割りがない。大殿がいらっしゃる方よりは別に、五間四面である。寝殿、対、廊、渡殿など、皆この御
方の女房、曹司、侍、蔵人所などにさせなさっているのだろう、庭の真砂の白銀かと見えたのに、木草の佇まいまでも、並々でなく見える枝差しに、吹き寄る風の音も、面白くひどくて、この世とは思えない松の木立の様子を、御門の外から見入れて、も、この中明け暮れ仕える人の、何事を思うだろう、どのような様子の人か、通う様子だろう、などと思いやられたのを、身の上になって見出したのは、身を代えた心地だけがする。高いも下れるも、天下に少し人並みに数え知られる際の法師・俗人は、明け暮れ立ち違いつつ、どのような業をして、少しでも御覧に入れられようかと、心を尽くして、朝夕の営みに回り仕え申し上げても、どれほどの目出度い事で、やむを得ない事もなく、ただ一言も、物など言い触れなさるのを、畏く嬉しい事で、やむを得ない事もなく、ただ一言も、物など言い触れなさるのを、畏く嬉しい事で、日を暮らし夜を明かしなさるにつけても、また今少しこの御方に、参り仕えなさるのが道理だろうか。あそなさる方様も、明け暮れ向かい見申し上げたいものに思われなさって、大切にされ、いつかれなさる様子、美しく見事なのは言うまでもなく、ここら見る人の中にも、この御顔立ち、気配様子に、夢ほどでも、比べるべきが、この世になかったよ、と明け暮れ過ぎる日々に添えつつ見申し上げる度ごとに、私の君の御宿世は人には優りなさったのだ、とだけ思い知られるのに、見申し上げた後は、夜の程さえ立ち隠れなさるのもなく、稀に一品宮だけに通い参りなさるのも、明かしも果てないのに、昼間の程も暮らし難げな御様子を見るのに、月草に聞き申し上げた御心の、後ろめたさだけれど、思ったより過ぎた心地だけするのに、人々の、過ぎ去った方の物語などを聞くのに、なおひどく危うくもまた頼もしくもあった。殿上は、御様子の少し世の常なのを、ただ御祈りどもの叶うのだろうと、嬉しくだけ思われるので、宮に夜もろくに泊まりなさらない事も、内々には歎きなさりつつ、申されなかったのに、若宮が、「大将の御方には、斎院に似申し上げた人がいる。宮の姫君だろうかだろう。だから、私を、懐にも寄っては寝させない」と、恨めしげに思って仰るのを、怪しい怪しいとお聞きになって、大貳が参ったのに、上が、「本当か。そんな事か」と、お尋ねになると、初めからの事どもを聞かせて、大貳が「お尋ねなさらない限りは、何か申すのは良くない事と、責めなさるだろう、と仰るので、聞かせられなかった。宮には、ますます物憂げに思い召して、宜しくない歩きなども、今はなさらず、この上なく世慣れた御様子に見えなさるので、嬉しく見申し上げているところだ。御姿などこそ、怪しいまで似申し上げさせなさっている」などと語って、たいそう良い御合いに見えさせなさると、お聞きになる御様子も、本当にたいそう嬉しげな、数に入らない人の際限だ。母などが、そのように仰るとも、自分一人には、今まで仰らなかった。数に入らない人の際でさえ、少しでも哀れと思っただろうのは、疎かにも思うはずもないのに、まして心苦しい御事にこそあるのだろう。俄かに渡りなさって、どう慎ましくだけ思われるだろう」と、聞かせ扱いなさる程に、殿が渡りなさって、「何事」と仰ると、母が「しかじかの事があ
たのを、今まで知らなかったのが怪しさ。あの御心一つに、思い扱いなさるだろうのも、本意ない事か」と仰ると、ひどく聞き驚きなさって、堀川が「すべて、大貳の心が口惜しいのだ。自分こそ、内裏にお聞かせになる事などによって、そのように慎みなさるだろう、そうはいっても、それに従って、そこにさえ知らない顔を作ってあるべきか。その伴にいるだろう人も宰相も、どう怪しく思いの外な様子に思うだろう」と言って、ひどく不機嫌になって、そうあるべき人々を召しつつ、御仕度、物の具、調度なども、引き換え改めるべき様子に仰せになるなどして、思い置いて、大切にし聞かせなさる様子、限りないものに思い聞かせなさる、斎院の御志に劣りなさるべくもなかった。留まった人々も、またそうでないのも、心特別なのも、数知らず参り集い、宰相も思う様子に、出入り見申し上げなさるのに、宮がいらして、限りない内裏参りに、思い立ちなさったとしても、こうはしまいか、と思われる様子にも、後ろめたくひどいものに見置き申し上げて、聞き果てなさった人の、御心の中を思い出されるのは、ひどく口惜しく思えたえた。大殿は、このように大切にしなさっても、一品宮に参りなさる事の難しさを、たいそう辱く、あるまじき事に思われるので、そうあるべき折々に、御様子を取りなさりつつ、なお人目がこの上ないはずもない様子に持て成し聞かせなさるべく、教え聞かせなさる。人を自分の御心にも、心に任せては、あり得ない身ぞと、皆思われる事だけれど、打ち聞くのには、出よ、どうあっても、身の苦しいはずの宿世ぞと、思われるのに、物も申しなさらず、畏まって真面目立ちなさるのを、またそのように思われるだろうかと、見申し上げなさるのには、味気ないなあ、このようにまで現の人にて見るべきだった人かは、これよりあるまじき心を使っても、露ほど心に物寂しく思うだろう事を、言うべきではない、などと思われれば、ただ少し物思いが慰められた御様子であるのを、目出度く嬉しいと誰も思って、掛けてさえ聞こえなさらなかった。けれども、もとより通い参りなさった夜数は、このようにした後でも、変わる事なく持て成しなさるのを、ただ常の事として、今はただ気品よくて、見知らない様子にも持て成しなさるならば、長々と、心苦しく辱い方には思い聞かせなさるべきなのを、浅ましく緩ぶ夜もなく、疎く恥ずかしく辛いものにだけ思われて、儚い言の葉の答えも、稀には思いの外に取り成して、言少なに答えなさりつつ、恥ずかしげにろうたげな御眼尻に、心良からず見送りなさると、月日に添えて、頬走りだけがまさるので、このような事も、どうこうと打ち語らい、言い慰め申し上げなさるべきもないので、ただ形見に押し込めて、谷の埋れ木で過ごしなさった。女宮も、年来は、浅ましく見たい心と思われながら、流石に、その事と取り立てて怠けに見え聞こえる事もないので、ただ心の癖にこそ、身こそ辛い、と思い知って、人の辛さは咎めるはずもなく思われたのを、たいそうこのように、まだ知らず見事な御仲の例に言い立てられる片方さえ、出て来てしまったので、ますます言う方なく思われて、やがてこの御果ての程に、尼になって見えなくなりたい、と人知れず思われるけれど、それにつけても、人をも身をも恨みなさって身を捨てた例に、今行く末までも言いな
されるだろう様子の、人笑われに心憂いだろうのを、またそうはいっても、ついには絶え果てるだろう有様、変わらない様子で見果たすのも、今少し差し出がましく、私の心の内も慰む所がないだろう、などと思いなって、薄墨染めを、やがて立ち替えるはずもなく儲けさせなさって、渡りなさる折も、全て隠れつつ、さらに見え申し上げなさらないのだった。過ぎ去った方は、このような夜なくも、さして心留まる方がなかったからこそ、姫君を懐に臥させ申し上げなさる。また若い人々と、儚い物語などなさりつつ、紛らわし明かしなさったが、今は万事に思い慎まれるけれど、見たい欲しさには誘われなさって、それほども繕い遣りなさらないのを、ますます浅ましいとだけ、御心に余る折は、二三日なども起き上がりなさらず、泣き沈みなさった。このようにして年も改まったので、大将殿の御方には、女君の御姿などこそ、改まる印もないけれど、とても華やかではないけれど、殿の御方にもとより仕えた人々は、衣の色ども、春の錦を裁ち重ねた。さまざま祝い過ごしつつ、果ての十五日には、若い人々が、ここかしこに群れていつつ、面白げな粥杖を引き隠しつつ、互いに窺い、また打たれまいと用意した、住まいの思惑どもも、それぞれ面白く見えるのを、大将殿は御覧になって、狭衣が「私を集まって打て。そうすれば誰も子を儲けるだろう。本当に印のある事ならば、厭うとも念じてあるだろう」などと仰ると、皆打ち笑ったのに、「ますます今は、そのような溢れ者が出来そうもない世にこそ」と囁くのもあった。若宮が、小さい粥杖を、たいそう美しい御懐から引き出して、打ち申し上げなさると、微笑みなさって、狭衣が「ああ嬉しい。宮があまり辱く思われなさるのに、私の子を儲けそうだった」と、甲斐甲斐しく喜び申しなさるのも面白い。やがて申し取りなさって、引き隠して、女君がいらっしゃる几帳の上から、そっと覗きなさるのを、面白いと誰も見申し上げつつ、忍んで笑うと、狭衣が「ああ構うな、ああ構うな」と手書きなさる。弁の乳母は、嬉しいながら、流石に危なげに思えて、顔を赤めたのが面白かった。新しい年の忌々しさ重ねて、上にも、同じ色の無紋の織物などが重なったのも、たいそう堅く栄えないだろうのを、飽くまで華やかにたおやかにと、匂い多く着こなしなさって、手慣らしして添い臥しなさる御後ろでは、吹き寄るだろう風の心も後ろめたく、心苦しいだろうと思われるので、この杖も差し寄せ、狭衣が「これ御覧なさい。今まで子も持たずと嘆きなさって、私の腰を打てといって、若宮に取らせなさったので、侘しく痛い目を見た。本当ならば御為に恐ろしいだろう事を、難しい業だな」と仰ると、御顔をひどく赤くして、ますますうつ伏しなさるのが、世に知らず美しげなのも、なお浅ましいまで、思う人に似ていらっしゃったなどと御覧になると、ますます浅からず、志もまさるものから、これほどを慰めにて止めよと、神仏がお決めになったのだろうと、片方の胸は、なお内騒ぐので、女君がお持ちの筆を取って、狭衣が「尋ね見る印の杉も紛れつつ、なお神山に身は迷うだろう」などと、人が見るべくもなく書き汚しなさる。女君の、真字や仮名や、さまざま打ち解け
て書きなさる墨付き、文字様などの、本当に優れて面白げなのを、繰り返し見なさるのにも、思った事は叶わないのではないかし、この神山の惑いは、真面目にはあるべき事だろうかと思いなす。御硯に、梅重ねの紙の、並々でない、重ねて押し巻かれたのがあるのを、取って御覧になると、皇后の宮の文だった。皇后が日頃は、行方なく覚束ない事を思い続けていたのに、一日近い程に宰相がものしたので、心安くなっているけれど、川沿いの柳は、なおどうだろうかと、皇后が「同じことなら、木高い枝に木づたわず、静枝の梅に来て居る鶯」とあるのを、微笑みつつ御覧になって、狭衣が「この下枝は、他人の言うように、たいそう辛い事も仰せになったものだな。御返事は、どう聞こえなさった」と聞こえなさるけれど、計らい言うべくもなく、真面目に、狭衣が「春宮がどう安からず思われるだろう。浅ましい事だなだろうか。誤ってもお譲り申し上げることこそ本意でございましょう。庭を尋ね見つけた日なども、自分のものに思っていたものを。またこの上なく取り分けなさったのも、人知れず口惜しい宿世の程とは、思い知られるだろう。そうはあっても、今は、何かそのように思われる。それでも甲斐のなくはない様子もあるだろう」など、細やかに打ち語らい聞こえなさる御合い、見る甲斐があって見事な例にしそうだ。このように、斜めでなく見る甲斐のある人を、朝夕に見馴染みなさるのには、過ぎ去った方の物嘆かしさも忘れなさりそうだけれど、若宮の夜の御懐争いの若々しさを慰めなさる度ごとに、まず掻き曇り物哀れな心の中は、露ほど、以前と変わる事がなかった。どうこうにつけつつ、浅ましく思わない心の程を、見え申し上げて止んだものだな、一品宮に参り始めた頃は、心の中の焦れ惑った程を、夢の中にも通う魂があれば、自ずから知りなさるだろうと頼まれたのを、ますます、「見たのにも似ている」とあった御手慣れは、気の毒で悲しかったものから、また並べて、世付かない心の癖どもをお思い休まれるかと、思う方も慰められたのを、この頃は、姨捨山の月に参る事が絶えなかった。一品の宮にお生まれになる姫君が、お育ちになるままに、本当に並々の人の縁とは言わない私の心にも、聞こえ遣る方もなくて、久しくさえ聞かせなさらないのも、またどうお思いになるのだろうと、人頼みでなく歎かしくて、御方に一人眺め臥しなさる夕暮れの空の様子、取り集めてたいそう忍び難いのに、思い余って、例の心ときめきに、少しほのめかしなさった。狭衣が「眺めるだろう夕べの空に棚引かず、思いのほかに煙の立つ頃」と聞こえなさった。けれども、例の中納言の介が、思い書きだけで、甲斐のないのも常の事で、目慣れなさりそうだけれど、これはそうあるべき中の契りかは、どうしてか、私の心の辛さだと、言い遣るべき方もなく、無理な心苦しさなどは、ただ昨日今日の事のように、掻き暗されなさる程は、通う独り居をしなさりつつ、身を焦がした
べくもなく、大将殿にも内覚え申し上げなさって、並々に人の思い聞こえそうにもいらっしゃらない有様だけれど、宮は心付きのない縁と思われるので、心一つに任せて、哀れに思い扱うべき事とも思われず、これほどまでほのめかしなさるのも、ただこの縁と心得なさるので、世を背いた後まで、名残も留めたいのを、ただ現して渡しなさってしまいたいと、思われる。知りなさらず、何心ない様子の美しさを、流石に哀れにも、人知れず思われた。このような内々の御様子を、御乳母たちなどは見知っていたけれど、殿にも露ほど聞かせなさるべき御様子でもなく、恥ずかしげな御様子なので、ただ哀れに心苦しい御事とを、それぞれ言い合わせつつ過ごした。大将殿も、少しは心得始めてしまった御様子なので、本当にどうしようと思われる折々はありながら、今更にどうしてかは、外様へも持て成して聞かせなさるだろう、大方の様子などは、どうこう聞こえ現しなさらないけれど、斜めでなく持て成し思い聞かせなさるので、頼りとして、口惜しく飽きない事がありそうな御行く末ではないけれど、隔てのない御仲に、同じ心に大切にされなさる様子
底本:有朋堂文庫『狭衣物語』武笠三校(有朋堂書店、大正15年[1926])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
大正15年(1926)武笠三校『狭衣物語』(有朋堂文庫)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、各頁上部の内容細目(梗概)・柱・振り仮名は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。