狭衣物語 / 第4場面
源氏の宮への思慕(巻第一之下)
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あらすじ・人物・読み方
巻第一之下に入る。狭衣は源氏の宮の冷たさに苦しみつつ碁の席に侍り、東院に迎えられる娘の話を聞く。
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源氏の宮は、古い跡をお尋ねになって以来、はっきりと目も合わせなさらず、格別な御様子を、案の定と辛く心憂く、「今はまた同じ難波である」と、一途な心も出て来て、そうあるべき隙をご覧になるけれど、人目は変わる事もなく、浅ましく憂かった御心持ちが疎ましく思われて、またどうしてそういう耳にさえ聞くまいと、ご用意なさると、岩間の水が粒々と聞こえそうな人間の間ほどでさえ、まったく得難かった。昼頃参ると、大宮もこちらにおいでになって、一緒に碁をお打ちになっているのだった。狭衣が「早く参って、見証を仕り申し上げるべきでした」と言って、近くにお座りになると、小さい御几帳なども押しやられて、いつもより晴れ晴れしているので、宮はたいそうみっともないとお思いになるけれど、母宮がご覧になるので、例のようには背けなさらず、御顔はたいそう赤くなって、碁も打ち止めて、碁盤に少し傾きかかって、御扇をわざとらしくなく紛らわしていらっしゃる御傍ら目、御額の付きよう、御髪の掛かり具合など、今始め(前の頁から続く)…ことではないけれど、拝見するたびに、やはり類はないと見える、御様子の美しさは、千夜を一夜に見守り聞いても、飽きることはあるまいとおぼえるのに、飛鳥井の宿りは、戯れにでもあさましくおぼえになって、ますます涙がおこぼれになりそうなので、紛らわせるために、狭衣が「さて誰が先を」とお尋ねになるけれども、見つけ申し上げなさって、いつものようにまずあれこれ仰せにならないので、大宮もそれ以上はお尋ねにならず、大宮が「昨夜、内裏から度々お尋ねさせになったのは、どこにもいらっしゃらなかったそうですよ。なお、あの侍従の内侍のもとに、消息をなさらないのは、僻々しいことだと仰せでしたよ。何事も御心に任せようと思うのに、さあどうなるべきことか」とお嘆きになるのも、人の親らしくなく若く可愛らしい御様子である。その御返事はどうともお答えにならず、狭衣が「殿の例ならぬ御様子であったのは、この勘当のためでございました。東院の西の対の御設えは、何事ですか」とお尋ねすると、大宮が「故后宮にあった母君の娘は、かこつべき縁があったのか、母が亡くなった後、大層哀れにとお聞きになったのを、あの上が、迎え取って徒然の慰めにしようと仰せだったそうです。そのような料でしょうか。
男子がたいそう不思議なのもあるけれど、宮の少将に似ているといって、あの宮の子になさるのだという。その者にもそうあるべき様子があったのだろう」などおっしゃると、狭衣が「それも殿の御子であればよいな。私には似ていないのだろうか、兄弟を多く持つ人こそ羨ましい。忍ぶべき人でさえ心苦しそうな御様子なので、大宮は「例の由々しい事に口慣れなさることこそ心憂い」と言って、たいそう忌々しくお思いになったのを、これほどの事でさえ、こうお思いになったよ。行く末はこうあってはならない心の内をご覧に入れたら、ましてどうだろう、など思い続けられるのに、涙も零れそうだ。小さい几帳に宮が紛れ入りなさったので、興醒めして、端の方で人々と物語しなさると、御前の木立が木暗く暑苦しげな中に、蝉が生憎に鳴き出したのを見出だしなさって、声を立てて鳴かないばかりだ、物思う身は空蝉に劣るだろうか。狭衣が、など口ずさみに言い紛らわして、狭衣が「蝉は黄葉に鳴いて漢宮は秋である」と、忍びやかに口ずさみ
底本:有朋堂文庫『狭衣物語』武笠三校(有朋堂書店、大正15年[1926])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
大正15年(1926)武笠三校『狭衣物語』(有朋堂文庫)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、各頁上部の内容細目(梗概)・柱・振り仮名は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。