ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

狭衣物語 / 第7場面

女君の消息

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女君の消息をもとにした創作画
あらすじ・人物・読み方

太秦の女君が海に身を投げたという話が伝わり、形見の扇が狭衣のもとに届く。年月が過ぎ、狭衣は位を進める。

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狭衣物語・第7場面0 / 55
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丁寧にもてなして、たいそう品なくそのようでなくても、御心に飽き足りない事なく、安らかに過ごさせてください。公達でないからといって、自分を悪い者と人にも思われていなければ、まだ女に憎まれることにも慣れていない。御前より優れて尊い人たちが、我も我もとおっしゃっていたけれど、太秦でお見かけし始めたときから、思い染みた心は直りがたくて、このように面目ない目を見るのでございます。おとどこそ、やはりこれを申し直してください」などと言い争いながら、被った衣を、しきりに引き除けて顔を見ると、ほのかだったときよりも間近で優っていて、たいそう痛々しくも趣深いので、思うように嬉しくて、どうにか早く思いを慰めて、飽きることなく大切にして見たいと思った。おとどは、つれなくなった名残もなく、そのあたりの者どもが、もてなした心地を嬉しく思う様子なのに、「女君の御様子が、たいそう飽き足りずつれないのを、どうお見せ申そうか。あれほど我も我もと婿に欲しがった人を捨てて、このような御様子は幸いとこそ思われる。物の妨げがお仕え申すようだ。粗い先というものを放たない人は、このように良かるべき事は、悪く思われる」と、人々が言い合って嘆くのを聞いて、式部が「おとどさえ差し出でくださいな。ここまで心憂い御心だろうとは思いませんでしたが、本意でないようにはどうしてお思いになるでしょう。そうはいってもたいそう不思議なこと」と言って、もの憂げな様子である。皮籠のようなものを開けさせて、人々が得させていた扇、薫物などのようなものを取り出して、式部が「このようではございませんが、ある人々におっしゃってください。このような人がいらっしゃるとも知らせなかったのに、どうして聞いたのでしょう、忍んで人を連れて行くそうだと言って、それがし、かれがし」などと言って、取り散らす中に、女の装束で心が格別なのがあるのを、式部が「これは、私が中納言殿から、誰とも知らないけれど、連れて行く人に必ず着せよ、と言って賜ったものです。御志のままにお着せ申してください。御涙にひどくしおれているようです」などと言うのを、乳母が「本当に並々でない色合いですこと」などと愛でていた。式部が「またこの御扇をお持ちだったのを、新しいのよりはと言って申し受けた、目も恥ずかしい人にもあるだろうに、ひどく馴れていると惜しみなさった。けれど形見に見よと言って賜ったのだ。はかなくお持ちになっている、このような物どもまでも、並の人にはお似せにならないことよ」と言うのを聞くにつけても、これはそうなら、この太秦で聞いたものにこそあれ、他人にさえあらので、ああ心憂い有様だと思うと、悲しくて泣き入っているところに、この御扇を差し寄せて、式部が「これをご覧くださいな。どうにかして一文字でも見たい見たいと、高いのも短いのも心を尽くして騒ぐ御手ですよ。これをご覧になれば、私の憎さも慰みなさるでしょう」と言うのは、本当に私が見た同じものだろうかと気になるのに、人目も知らず起き上がって見たい心地がするけれど、顔などがはっきり見えそうにないので、なお泣き臥しているのを、式部が「我が君をこそこのように恋い悲しませよ。その青びれ男によって、命が絶えそうにもお見えになることこそ、かえって心外である。何事をあれほどお思いになるのか。私の顔は格別によいぞ。ご覧なさい」と争って、衣をしきりに引き開けようとするのに、姫が「神仏よ、このような目をお見せにならず、早く失わせてください」と泣き焦がれる様子が、あまりに痛々しいので、むずがって立ち去る間に、この扇を取って見ると、ただ一夜お持ちだったものだった。移り香の懐かしさは、交換しなさった香りも変わらず、真名仮名など書き交ぜなさっているのを見ると、「渡る舟人かぢをたえ」などと、返す返す書かれているのは、その折は私と知ってお書きになったのではあるまいけれど、今私が見付けたのは、

今年もこそあれと、どうして悲しいと思わずにいられようか、顔に当てて泣かれる様子は、絵も皆落ちてしまいそうだ。舵を絶ち命も絶えると知らせたい、涙の海に沈む舟人に。添えてあった扇の風を道しるべにして、返る波に身をたとえようかなどと思い続けられるのも、物思いが分かるのだろうかと我ながら心憂い。今朝また御文があっただろうか、どう言って返しただろう、またどう待ち聞いてお思いだっただろう、飛鳥川とあった折、このような物とは思いもかけなかったことよ。姫は海までは思いや入った飛鳥川、昼間を待てと頼んだものを、分からない夢とあったのはどういうことかと、聞き合わせもせずに見る侘しさよ、ただならぬ事を、どうして知らせ申すまいと、なぜ思ったのだろう、そうはいっても今少し哀れとお思い出しになるだろうと思うけれど、また翻って、思うに叶わず命が長らえれば、行く末に聞き合わせなさることもあって、それでこそあれと聞かれ申すのも、今少し心憂いだろうか、などと言って、差し離れたそのあたりにさえなくて、このように親しく万事聞き合わせるべき縁でもあったのだろうか、遠い所まで行き着いて、この有様を見扱われる前に、どうにかして死ぬ方法があればよいのに、と思うと、このように五六日にもなるのに、水さえも取り寄せない。乳母が来て万事を言うけれど、たいそう憂いていた心を知らずに、年来親と同じ心に頼み過ぎていたことまで心憂く思われるので、頭をもたげて見合わせるのもつらく悲しくて、聞き入れもせず、ただ引き被って臥していた。男もしばらくは、どうしてか、心ならぬ事なので、無愛想だと思われるだろう、それほどでもあるまい、と思うほどに、このようにひどく痛ましくて、命が絶えそうな様子なので、ここまで思うべき事かと、たいそう不思議で心外にさえ思われて、つれない心も付きまさって、あれこれ引き動かして恨むと、思い侘びて、昼押し量りなさるように、たいそうこのように思うべき身の程・有様ではないので、無愛想などではない。気分が例ならずなのだけが元からあったのが、ますますまさって、昨日今日は長らえるべき心もしない。今はどうなろうとも御心にこそあるだろう。たいそうこのように思われる程をお過ごしください。人が近いのもたいそう苦しく思われるのは、どうなるべきなのか」と泣く気配など、本当にたいそう頼り少なげに消え入ってしまいそうな様子なので、ただならぬ人は、気分など常に悪くするというではないか。そのようでこうなのか。ますますこのように物など食べなければ、このような事も悪くなるだろうとか。たいそう恐ろしい事だなと、さすがに痛ましくて、ひどくもつれなく立たない。下る僧どもに祈らせなど、万事もてあつかいながら、這い寄っては、あれこれと言い恨むのを聞くたびごとに、どうしよう、こう憂いを知らない命の長さで、ついにどうなるのだろうと思うと、すべき方法がないので、この海に落ちてしまおうかと思うようになった。京では、一晩中はっきりせず思い明かしなさって、翌日いつしか御文をお遣わしになったのに、門を閉ざして人の音もしないので、不思議で、なお叩くと、たいそうな下司が出て来たのに尋ねると、下司が「知りません。昨夕この殿には泊まっていました。筑紫の豊後という人が、この去った月に、この殿をお買いになって、今日明日にお移りになるでしょう。それにしても、おいでになる所はご存じでしょう。私はただの人です。今宵いよと言われたので、参って来たのです」と言うと、供が「隠すようだな。今そう悔やむのか」などと威しておいて、隣の人々に尋ねても、た

確かに言う人もいないので、参ってこのようだと申すと、たいそう呆れて、やるせないのも世の常である。どうしても、乳母がした事にこそあるだろう、自分の心には、何事のつらさに、忽ち行き隠れようとも思うだろうか、たいそうでも、我が心とそのようではないと見えた心ざまを、今までこのように置いていた結果だ、ただあの法師が取り返したのだろう、どれほど妬ましいと思うだろうと、知らないのではなかったけれど、騒ぎ立てるのもさすがにどうだろうと思われて、このようにしたのも、あまりな我が心の鈍さだ、「明日は淵瀬に」とあったのも、このような様子を見て言ったのだろうか、などと思い続けられると、たいそう口惜しい。何事も類が少なく立派だったのではなく、ただ懐かしく哀れと思い続けていたので、忽ち見ないとまでは思わなかったのに、私がこのように行方なくしてしまったよ、と思われると、胸が塞がって、じっと詠み暮らしなさる。本当に尊い身分ではあるまいが、あちらの方下草の露の事も慰められそうだったのを、本当に恐ろしげな者が馴れ寄る有様は、どれほど思い惑うだろうと、妬ましくも気にもなり、さま様をお思いになると、恋しく思い出されなさって、一晩中まどろみなさらない。狭衣は敷妙の枕も浮いて流れてしまった君のいない床の秋の寝覚めに、何事よりもあの夢のはっきりしなさを、どういう事かと聞き明らめずに見るのは、たいそう侘しく、はっきりしなさなども世の常である。どちらにしても、隠すべき人ではあるまいが、本当にそのような事もあれば、馴れ顔にもてなすのは心苦しく畏れ多い、まして年月を経て鏡の影も変わらない様子で、言い知らない者の中に生い出ていたらよ、さあ、このようであるからこそ良くない振舞はすべきでないものだ、少し人数である者が、このように跡がはかない様子があるか、何のために、強いて思い数えるべき、そのような事もあるまい、と強いて浅い方ざまに思いなすけれど、万事よりもこのはっきりしない方の事は胸が塞がって、東の方へなど聞き、もしそうもあるなら、伏屋に生い出るだろうか、などなお心に掛けて、我が御宿世の程を口惜しく思われる。その原と人も聞くのに、よい木がどうして伏屋に生い始めたのだろう。常よりも、気分が良くなさそうな御様子に目が慣れている中にも、この秋は虫の音が繁い浅茅が原に劣らず、泣き暮らしなさっても、昼は自然と紛れなさる。心の端とか言い古した夕暮れの空が霧り渡って、ありかを定めた雲の漂う住まいを、羨ましく眺めやりなさっている。西の山際は、本当に思う事のない人でさえ、物哀しくなるはずなのに、雁までも雲井遙かに鳴き渡りながら、涙の露も、盛りを過ぎた萩の上に、玉と置き渡しながら、鳴き弱った虫の声々まで、常よりも哀れなのに、御前近くの透垣に連なる呉竹を、吹き靡かせた木枯らしの音まで、身にしみて心細く聞こえるので、簾を少し巻き上げなさっていると、木々の梢も色づき渡って、ざっと吹き入れた。堰く袖に漏れて涙が染めたのだろうか、梢の色が増す秋の夕暮れよ。夕暮れの露を吹き結ぶ木枯らしよ、身にしみる秋の恋の端であることよ。などと、さまざまに恋い侘びなさって、涙を押し拭いなさる手つきの美しさは、ただこれほどを幸いとして、この世の思い出にしそうだと見えた。雨まで少し降って、ますます霧

深く見える空の景色は、本当に物を見知る人に見せたいほどである。狭衣が「またこれ涼風暮雨の天」と口ずさみなさることなどを、あの常磐の森で秋を待とうと言った人に見せたら、ましてどれほどか、早い瀬に沈み果てようというのも、理であることよ。あの舟では、日数が積もるままに、気分も本当にあるのかないのかになって行くのを、このように死ねば、空しい骸をあれこれ見扱われるのも、たいそう口惜しく妬ましくて、なおどうにか海に入ろうと思って、そうすべき隙を見るのに、さすがに人目が繁くて日数ばかりになって行くのに、この大輔を万事に恨みながら、衣の関を恨み侘びるけれど、同じ様子を穏やかに言うので、さすがに情け立つ心で、たいそう弱げな様子を心苦しく思いながら、近くにも寄れなかった。このような程に、大弐の舟に、尊い人が、並の女房には似ないのが混じっているのに、心を掛けて語らい歩いていた。宵を過ぎるまで見えない程を嬉しいと思う程に、このような事を乳母がたいそう安からず腹立たしいのにも、君がこのように臥し入りなさっているからだ、例の様子でいらっしゃれば、このような事はなかっただろう、と思うにつけても、ますます心憂くつらく思われなさるので、乳母が「自分の身をとざああいう様子にもおさせになるよ。このような人が、物をひどく思うのは忌むことです。平らに命があれば、忘れがたく思われる人にも逢い見させなさるでしょう。たいそう心幼く言い甲斐のない人の御心は、どういう人かある」など、たいそうな事を言い聞かせるけれど、この大輔が見えない折に出て来たのを、私の思う事はなるべきようだと、思うより外の事もないので、さあ哀れなのに任せては見ず、強いて身をもてなして、このように憂い目を見せるのだ、身を投げた跡に、乳母はどういう有様で長らえようとするのだろうと、さすがに哀れにはかなく思われなさるので、ますます声だけ泣いて、答えもなさらないので、むずがって立ち去る間に、頭をもち上げてじっと沖の方を見やると、空は漂う浮雲もなくて、月が清らかに澄み渡っているのに、海の面は来た方も行く末も見えず、遙々と見渡されるのに、寄せ返す波ばかり見えて、舟が遙かに漕がれて行くのが、心細い声で、「蟲明の瀬戸へ今宵」と歌うのもたいそう哀れに聞こえる。流れて逢う瀬があるかと身を投げて、蟲明の瀬戸で待ち試みよう。と言って、袖を顔に押し当てて、すぐにも動けない程に、人が見付けるのではないかと静まる心もないので、泣く泣く単袴ばかりを着て、髪を掻き起こしなどするのに、あった御扇が、枕頭にあったのが手に触れたのも、心が騒がせられて、まず取って見ると、涙に曇ってはかばかしくも見えず、墨ばかりが艶やかとして、今お書きになった様子なのに、差し向かった面影までふと思い出されるのに、この世でまたお見申すことはあるまい、本当に今このようになったともご存じなくて、どこでどのようにしていらっしゃるだろう。お休みになっただろうか、そうはいっても寝覚めにはお思い出しになるだろうか、などより外は、またとない心の迷いである。硯をしきりに取り出して、この御扇に物を書こうとするのに、目も霧り塞がって、手も震えて頬にも書けない。早い瀬の底の藻屑となったと聞いたら、扇の風よ吹いて伝えておくれ。書き終えることもできず、人の気配がするので、早く落ちてしまおうとして海を覗く、たいそう恐ろしいことだそうだ。

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底本:有朋堂文庫『狭衣物語』武笠三校(有朋堂書店、大正15年[1926])。本文画像:所蔵機関の公開資料。

大正15年(1926)武笠三校『狭衣物語』(有朋堂文庫)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、各頁上部の内容細目(梗概)・柱・振り仮名は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。