狭衣物語 / 第8場面
女二の宮(巻第二之上)
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あらすじ・人物・読み方
巻第二之上に入る。帝は女二の宮の後見と縁組みを狭衣に望み、狭衣は宮中に忍んで女二の宮の琴を聞き、歌を交わす。
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物思いの花ばかり咲きまさって、汀隠れの冬草は、どれともなく、あるともない中にも、尾花が元の思草は、なお縁と思われるのを、むやみに霜に埋もれ果ててしまったのは、たいそう心細く思い侘びて、尋ねるべき草の原まで霜枯れて、誰に問おうか道芝の露よ。あっても、仰々しく真実らしい様子に思うべき程ではなかったけれど、飽きない別れは何にも勝るので、木草につけても忘れがたくばかり思われる。あの下った式部大輔は、肥前守の弟だそうだ。三郎は蔵人にもまだなっておらず、雑色である。兄が蔵人になって、暇がなくなり、その後は、御身に添う影として、忍びの御歩きには離れないので、飛鳥井にもただ一人だけ、御供に参っていた。兄にもこのようにこそ戻って、忍びなさる事なので、何を言い聞かせようか。また彼も、あちこちの人こそ思いを掛けるけれど、筑紫へ漏れて行こうとする、などとも言わなかったのだろう。君がこのようにばかり嘆きなさる様子を見て、賢い道季は、人知れずこの人を尋ねた。物詣でをして、神仏にも、この人の行方を聞き付けさせてください、と申して歩いた。大弐が道から参らせた文に、「某の妻が俄かに亡くなっておりますので、その事どもによって、肥前に留まっております。物の始めにこのように忌まわしい事を、嘆き思いなさる」など申したのを、堀川が「誰ともなくて、俄かにたいそう忍んで連れて行くと聞いたのだ。哀れな事だな」と大殿もおっしゃるのに、中納言殿が一人例の詠みなさっている所に、道季が参って、道で不思議な事を承りました。道成の妻は海に身を投げておりますそうだ。乳母である者が泣く泣く言い続けて申した事どもを承ると、ただこの行方なくなりなさった人とこそ思われます。今思い合わせてみると、太秦で見た人を尋ね出したと語っておりましたのは、もしかするとそのような事でしょうか。このようにおいでになる通う所とは、夢にも知らなかったようです。本当にそれならば」など申すのを、狭衣が「本当にそうもあるだろうか。知りながらも、そのような者はあのようであるものだ」と言って、物憂げに言葉少なな御様子を、痛ましく、本当にしも無いだろうものゆえ、急いで聞かせたのだろう、と痛ましかった。御心の中では、本当にそうもあるなら、かえって行方なく思っていたときよりも、心憂くもあるべきことよ、一夜二夜でもなく程が経ったのを、そうはいっても、少しも知らず聞かない様子はあるまいが、太秦で見初めなどして、乳母と内々に語らい置いて取ったのだろう。さすがに戯れて、そのような業もなしうる者だ、あの祈りの師に取り返されたと思ったのは、かえって良かったものを、妬ましく目覚ましくも返す返す、あるべきことよ、どうにかこの事を早く聞き定めよう、と今少しはっきりしなさも目覚ましさも増して、思い嘆かれるほど、この道季の前でも、この事をあれこれと絶えておっしゃらなかった。年が改まって、中納言、大納言で大将を兼ねなさった。このように官位が重なる年の数が添いなさるままに、何事も格別な光を添えなさるので、世の人もあまりに良くお見申しあつかうので、ま
参って母宮大殿などは、五月の夜の事などを、お忘れになる夜もなく、胸を潰しなさっていた。内裏では女二宮が盛りにお栄えなさるのをお見申しなさって、かえってお見申す人がいないのも口惜しくお見えになる。母宮の御方ざまであっても、露ほど頼もしい人もいらっしゃらず、故御息所の御腹からにこそいらっしゃれば、源氏の宮の御あたりをこそお待ち申しなさっていたのに、中宮がお参りになって後は、このようにあたりが苦しく時めき華やぎなさるのに、あるともなく思われて、心細げな有様を、後ろ盾らしく癖々しい御心ではないけれど、あまり打ち解け睦びなさるのも強そうに思われて、狩場の小野におなり行きなさるのを、殿の御心はたいそう広く有り難くいらっしゃって、そうすべき折々などは、細やかにおあつかい申しなさっていた。帝はなおあの宮の御後見に、大将をおっしゃって契っておられたので、内々にも、もしかするとそのように爪を貸すかとお思いになるけれど音沙汰がないのは、物憂い事か、とお思いになると、その後は御様子もないけれど、殿に御対面のついでに、帝が「あの笛の禄は少ないようだと見るけれど、世もたいそうはかなくばかり思われるのに、頼もしい人がいない有様の心苦しいのを、また誰にかはと思われるので、ただ知らない顔で預けようと思いなったのだ」とおっしゃるのを、内々の御様子が物憂げなのをご覧になると、どうなるべき事かと、心苦しく思われるけれど、このようにおっしゃるのは面目に嬉しくて、畏まりなさって、堀川が「物憂くなどは、どうして思うようでございましょう。喜び畏まっております。これに過ぎる面目がございます様子はございません。ただ早く仰せ言に従うべきです」と奏しなさった。帝が「それなら卯月あたりに」などとおっしゃるのを、返す返す喜び畏まり申しなさりながら、あの御心の甲斐甲斐しくないのを、どうお思いになるだろうと、心苦しいまで思われなさった。退出なさって、大将に、堀川が「このように上の仰せになったのを、前々からも承りかねる様子とは見えながらも、どうしてそのように奏そうとするとは思っていたけれど、そうすべき様子に申したのを、どうしよう。少し心に入らない事であっても、並の人にもあればこそ聞き入れても過ぎるだろうが、どうしてもこのように召し寄せられる面目の程も疎かではなく、程もようやく近くなったのだ。お聞かせになる所など憚ってこそ、今から申しなさるだろう。私の御心がどうこうあるのを、制し言うべきでもない。まずどうにも、思い置いてきた年来の本意である、このように思いおっしゃる御心も畏れ多い。僻心など聞かせ参らせなさるのは、たいそう傍ら痛いだろう。早く、良い日を選んで、御文などこそなさるだろう。心に入らない事だと言って、聞き過ぎて獣のようにすべきではない」などおっしゃりながらも、少しもどうお思いになる事を、帝の御事であっても、半端に心が病んで、我が御心にも思われて、嘆かれなさった御様子が、例の人の親しげなく哀れに見えなさるので、それより勝って思われなさる事をも、辞退なさるはずもあるまい。狭衣が「何事に物憂くお思いになるのか。ただこのように心に任せて慣れなさって、苦しい事どもかなどお思いになるので、今しばらくはそうでなくてもとお思いなのだ。さてあの大宮が、あるまじき事に掛け離れておっしゃると聞いておりますのは、たいそう難しいと思われます」など申しなさると、堀川が「それは高いも卑しいも、女はそのように心も口も立てたようだけれど、上への御心にこそあるだろう。大宮も、中宮の御方様を、便のない事におっしゃっているのだろう。そうあるまじき事と思われるべきでもない。今初めて、
そこもとの御代から帝の御女を得て奉り始めたではないか。有り難くめでたい身の幸いと思うべきではない。身が口惜しくなってしまったばかりこそ、目覚ましいものに人がおっしゃるだろう。何事につけても、かえって安らかな御行く末にこそあるだろう。上は賢く思い置いていたのだろう。差し並べたのに傍ら痛いだろうのは、たいそう表に出にくいはずなのに、この宮は、そうであってもどうしてかと見えるからこそ、おっしゃらせたのだ」と言って、たいそうめでたく美しいと思っている様子の、哀れげなのをご覧になるにつけても、思う様子でお見申ししたいけれど、私も人もさまざまに定まり居て、今はと思い離れて世にあろうかと、返す返す思うに来た様子に長らえる程に、忍び過ごせそうにないと思えば、身を捨てる様子にたいそう安く、あれほど心苦しいだろう御有様をお見申し始めて、どれほどたいそうな程かと思われるだろう、母宮がそれみよと思い嘆きなさる心の内を思い続けられるのに、なおどのようにしてこの事をお思い止まる方法があればよいのにと、人知れず嘆かれなさる。
内裏にお仕えする中納言の内侍は、大弐の乳母の同胞だそうだ。皇太后にも睦まじい縁で、幼い頃からお仕えしているので、宮達の御様子などもお見申し、物語のついでにも時々聞かせていたのを、大将も耳に留めなさっていたけれど、このような御様子とご覧になって後は、かえって煩わしくなって、同じ百敷の内ながら、弘徽殿には特に参りなどなさらないのを、大弐の乳母が下って後は、同じ心にこそなどと、常に聞かせるので、局のあたりに立ち寄りなどなさる折もあった。内侍が「聞かせ申すべき事」などと度々申すので、局に立ち寄りなさって、案内しなさると、「宮の御琴の緒がひどく緩んでいたのを、盤渉調に調べて、わざとらしくなく忍びやかに、絶え絶えに聞こえた御爪音が、並のものには似ず懐かしく趣深いのは、宮達のなさるのだろうと、過ぎがたくて、南の戸口の方に寄ってお聞きになると、妻戸が細めに開いて、火の光がほのかに見える。寄ってそっと開けるけれど、咎める人はいない。火桶に火など起こし置いて、夜居の僧が表に出た跡と見える。そっと入って、火を扇ぎ消して、障子口まで寄入りなさるけれど、宮も上にお昇りになって、夜も更けたからか、人の音もせず静かとして、琴の音ばかりが時々聞こえる。もし見えないだろうかと、なおもいないで、障子から通って、あちらは宮達の御方だろう、帳の前に二所お臥しになっている。ほのかな火の影に、どれがどれともすぐにはお分かりにならない。奥の方で琴をまさぐりながら、傍らにお臥しになっている御髪の様子が、並ではなくお見えになる。二の宮でいらっしゃるだろうと、目が留まりなさる。お近くに人二三人ばかりお仕えして物を言うのを、お聞きになると、我が御上のことだった。ある女が「それにしても珍しい世の事どもだな。音に清い天稚御子とかいうのを、見たいものだ」ある女が「美しく良かった形だな。この世の人とも思えなかった」などと言うと、またある人が、「けれど大将の、笛をお持ちになって悩んで、どうしようと思い躊躇いなさっていた火影の香りや愛敬に、似たものはなかった。中務の宮の姫君にお話し聞かせたところ、そのままに絵にお描きになった、御子の御形は、絵にも美しく清らかなので、似ていた。大将の御有様は、筆が及ぶはずもなくと言って、果ては破りなさってしまった」など語ると、この三の宮かとお見えになる、少し起き上がって、三の宮が「その絵はどうして見せないのか。心憂かった」となど怨みなさる様子が、幼げで美しそうにお見えになる。ある女が「絵は、ご覧に入れようとしたけれど、散らすまいと言ってお隠しになったので、口惜しくて。あの姫君こそ、大将の御連れにもしそうなほどだ。心ばえもようやく似通っておいでだ」など、口々に物語などするけれど、今一所、御物もおっしゃらず、琴を手まさぐりにして、人々が物を言い笑うのをご覧になっている。口つき、目もとなどから始めて、ほのかな火の影だからか、本当にこれこそ類なき御形なのだろうと、余所で聞き申していたときよりも、格別に心が留まって、すぐにも立ち出られない程に、出ていた夜の僧が参って、妻戸を荒々しく掛けた音がするので、たいそう割りなくて、出られないことになるのかと、なおお見立ちになると、この宮の物語していた人が、この「蓬が門」とあった歌を語り出して、ある女姫君の御乳母子の小宰相というのが、そのように聞かせていた」など語るにつけても、誰だろうと思っていたのを、それみよ、などとお聞きになるのも趣深い。少し大人しかった人が、「例の乱れた気分が悪くなってしまったか
な。今宵は決してお休みにならないだろうと思っていた。あやしい事だな。毎夜にさえなっているのか、大宮がいらっしゃらない程にさえお仕えしないで。さあ早く、御傍にお仕えさせてください」など、言い置いて下る様子は、御乳母だろう。物を言っていた人も、「ひどく更けております。御帳にお入りください」と聞かせ申し上げるけれど、歌のように皆お臥しになった。琴をお弾きになる方は、そのまま枕で顔を引き伏せなさっている容体などが、心苦しそうに可愛らしい御様子なので、お見申し置いて出ようとするのは口惜しく思われるようになったのも、あれほど、御簾の外さえ煩わしい御あたりと思っていたのには、違った御心の憎さだ。このように間近な程でお見申した、とだけは、あの御耳に聞かせ知らせないのも、あまり埋もれ痛い心地がして、そっと入って、奥の御座に少し引き入れ申しなさると、思いもあえず、女二が「これは誰か」と言われなさるのに、狭衣が死に返るほどに命が絶えそうな、かえって何を頼みにし始めたのかとおっしゃる気配が、並でないのを、たいそうな御心の迷いの中にも、お聞きになり知りなさるだろうか、ますます恥ずかしくたいそうなのに、物もお覚えにならず、ただ引き被ってお泣きになる気配も、いますます近くまさって、あちらをお省きになる年来の心の程よりは、これほどで立ち退こうとも思われないので、あの夜半の白い衣も、そうはいってもお思い返しになるだろうかと、たいそう頼もしいのに、苔も心の乱れがまさりながら、狭衣が「大宮の御様子も強ましく承るので、御文などをさえ聞かせ申せないので、人づてでなく聞かせ知らせようとして、心穏やかにお思いください。御様子を取らなければ、そうはいっても怠け心のぼんやりなさは、決してお仕えしますまい。まあご覧ください」など聞かせなさる。本当に疎ましい様子でもないけれど、これほども知らない人に間近くお見えになるのは、呆れて恥ずかしく思われなさって、ただ単衣の御衣にまとわれなさるけれど、ひどく綻びて弱々しく趣深い御身である。肌つきなど、本当にこれこそあるべき程だ、限りない御有様も道理だと、美しく思われなさるにつけても、まずあの室の八島の煙が立ち始めた日の御腕は、様子が格別に思い出されなさって、これほどもどうしたのだろう、もし様子を見る人もあれば、ますます逃れ所なく、召し寄せた時、どういう心地がして、命を待つ間の程は、なおそのような事がなくてこそあるだろう、またこのように心苦しい御有様に、人知れない物思いを添え申すのも、たいそう心苦しくあるまじき事と、返す返す思い取りながら、たいそうこれほどでは、後々の行く末の辿りも、さすがに心強く思い辿ることもできず、乱れた様子で、消え入ってしまいそうに思い惑っている御有様の心苦しさも、どうなったのだろう。これこそ逃れがたい契りの程なのだろうと思うのも、さまざまに疎かにすべき志とは思えないのに胸が騒いで、思うままにお見申せない事が懐かしく、そうはいっても今も、一方にだけ上の御様子に従うべき暦もせずなど、ますます乱れまさった心の中、なお我ながらもどかしく悔しいのに、この御様子までたいそう見しいのを、あれこれ慰め申して、自分も涙を流し添えなさりながら、狭衣が「思い隈のないように上がお聞かせになることにより、御許しがない程は、並々でなくお見申し、御文などだけでも有り難くあるべきだ。中納言の助けでこそ、思い余る折々聞かせ申すべきだ。なお我が君、はっきりしない御文などだけでも有り難くあるべき様子にもてなさせなさるなよ。そうはいっても今何日も隔たりはしまいなど、思い慰めて」と、たいそうな事どもを聞かせなさるけれど、中納言にさえ言い知らせる程の、恥ずかしいさ
心憂さをお思い入れるのに、ますます今亡くなってしまった身があればよいのにと思われなさって、安らかな事とは、身も浮いてしまいそうなほどに流れた御涙が、たいそう心苦しく割りないのに、左近の陣で時を申すのも、明けないのだと聞こえるので、ますます頬走る恥ずかしさも並々でなく、片方の心ばかり乱れて、どうなるべき身の有様かと、返す返す物嘆かわしい、ますますやる方なくて、起き上がりもなさらない。そうはいっても葛城の神が、一方に現れそうな心地もしないのか。岩橋を寄る辺だけでも渡りたい、絶え間を置こうか葛木の神よ。と、万事に慰め聞かせなさる程に、昨夜の戸が鳴るのは、僧が出るのだろうかと聞こえるので、そっと立ち出るのも後ろめたく心苦しいのに、なぜこのように思いやりなくあやしい身なのだろう、楨の戸が思いかけず安かったのも、昨夜は嬉しかったのに、物思いを添えて立ち出るのは恨めしいまで思われなさって、押し閉てていらっしゃる。悔しくも開けてしまったことよ楨の戸を、躊躇いにこそあるべきだったのに。
底本:有朋堂文庫『狭衣物語』武笠三校(有朋堂書店、大正15年[1926])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
大正15年(1926)武笠三校『狭衣物語』(有朋堂文庫)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、各頁上部の内容細目(梗概)・柱・振り仮名は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。