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狭衣物語 / 第9場面

姫宮の懐妊

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姫宮の懐妊をもとにした創作画
あらすじ・人物・読み方

狭衣と姫宮の密通が、落とした懐紙から大宮・母宮に知れる。姫宮の懐妊が次第に明らかになる。

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狭衣物語・第9場面0 / 76
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とまで思われなさった。そのまま母宮の御上よりお下りになって、やがてこの御そばにうち臥しなさって、御格子などが参上などして、お起きになったところ、姫宮の御跡の方に、懐紙のような物が落ちているのを、不審に何だろうと取って御覧になると、白い色紙などとはいえ、並に見える様子ではないのが、少ししぼんでしみ深く、移り香なども、世の常の人とは思えないのを、誰がここに落とすはずがあろうと思し召すにつけ、御胸がふさがって、心騒ぎも世の常ではない。姫君がお休みになっている様子なのを見申しなさると、夜通し泣き明かしなさった御衣の様子が、大層ほどけていて、引き被りなさった御髪もひどく濡れているのを、やはりそうか、人が入り来ていたのだった、ああ心憂いことだ、誰であったのだろう、これほどの御身の程に通う例があろうか、左大将の並々でない有様を、上の行く末の御後見にとおっしゃるだけでも、いやいや宮達が何となくお過ごしになるのがよいのに、軽々しい御有様に思い寄せられなさるような事は、あるまじき事と思っていたのに、これはどういう事なのだろう、そうはいっても、案内する人(次頁へ続く)であったのだろう、など浅ましく辛いけれど、人に尋ね案内しなさるはずもないので、ただ御心ひとつに思い砕きなさる様子は、ただ一時の程だけでも辛いことだ。物に少し隙もないほどに、まっすぐに気高く重々しい御心で、御自分の御宿世をたいそう口惜しく思い続けなさっているのに、人目も包みかねず涙がこぼれて、堰きかねていらっしゃる様子を、宮がお休みになっているようではあるがお聞きになると、やがて消え入るように思し召される。大将は中宮の御方で、夜を明かしなさって、早朝に御前へ参上なさると、御硯をお開けになってお手紙をお書きになるはずである。狭衣が「よろしい紙はございますか。筆をおろし賜わりましょう」と申しなさると、御厨子をお開けになって、唐の浅緑で世の常でないものを硯に添えて賜わせようとして、中宮上(次頁へ続く)の、今からそれほど後ろめたくなるような御心だと、おっしゃる様子「ああ、めるを」と、うち笑いなさる香りも、これほどの事の難しさだなと見申しなさる。ほほ笑んで、狭衣が「大方今から硯にも向き合いお仕えするまいか。わりない仰せ言だなあ。ゆたのたゆたに」と口ずさみながら、見申しなさる眼差しの恥ずかしげな様子は、まこと並々でない御戯れも道理だ(次頁へ続く)だなと見えなさった。御帳の側に引き隠してお書きになるのも、心苦しくあった御様子が、面影に立って、垣根に生えるものにも劣らないけれど、もし見る人があろうかと、強がりようもなくて、お書きにもなれないけれど、そうはいっても、これさえはっきりしなくて苦しいだろうから、人任せでなく嘆き嘆き、万事あらぬ様に書きなして。狭衣(次頁の歌へ)うたた寝を、長く夢と思えたなら、覚めて逢わせてくれる人もあろうか。となどいう様子で引き隠して、そのまま弘徽殿においでになった。中納言のすけの局にお立ち寄りになって、お訪ねになると、さりが「今朝の御供にお仕えして、風が起こりましてございましたのか、乱れ心地が例になくて、起き上がりもできませんで」と、まことにうち解けた寝くたれた姿で出て来た。狭衣が「昨夜もお尋ね申しさせたけれども、本意なくて帰ってしまいました。遠い人の代わりには、お頼み申し上げたけれども、その後しも長くお見放しなさる」とおっしゃると、さりが「ひいと日上の御前でおっしゃる事がございましたのを、お告げ申し上げようと、御消息を聞かせ申し上げておりました。あの御事はたいそう近くなっておりますのに、どうしてこのようにお思い立ちかもお見せになさ(次頁へ続く)

いらっしゃらない。万事思いのままにお仕えするべき事と」と聞こえると、狭衣が「いやいや、世の中にあってはならない夢を見たので、物事のみ心細くて、そのような事も思い絶えておりますのに、並々でないような事は、人の御ために可哀そうな事を思うのです。不思議にもしながらも、長生きしてお仕えし果てよとこそ思し召されるでしょう。霞む空の名残ばかりでは心苦しいかと、人知れず心のうちでは思うけれど、あれこれ申す事もないのを、殿などはどう心得させなさっているのか、物憂がるのが並であるからと、責めるのはわりない」と涙ぐみなさるのを、まことにどうして、このようにばかり思いおっしゃるのだろうと心苦しくて、私も涙が落ちた。さりが「いやいや、辛い事といっても、ただ御自分の御心にこそございましょう。ならば殿にもそのように聞かせなさいませ。大宮は、浮ついた御心があるといって、大層後ろめたく聞かせなさっています」と聞こえると、狭衣が「あやしいあだ名だこと。木の丸殿をお聞き違いなさっているのだろうか。この御事もどうだろうか。世の人の心ならば、行く末までの人の御上をも辿らずに、一時の間にも見申し上げるのを嬉しくこそ思うだろう。法師などにさえ通う心は難しいのか。若無比丘と仏が切に戒めなさったよ。まことにそうとこそ思(次頁へ続く)い合わせなさる」と笑いなさる御顔が、近くではますます若く美しげで、不思議な自分の顔にも移りやすかろうと思われる御香りは、まことにどういう過ちをさえなさるはずなのに、このようにお包みになって、行く末の短かろう事までおっしゃるのも、まことに世の人が聞くような具合に、変化の物かと思し召される。さりが「たいそうあまりな聖の言葉をおっしゃいなさるな、それほど聞かせ申し上げない事どももございます。宮の御有様はしも、ほのかに見申しさせなさっては、そうも心清くはいられないでしょう、とこそ思いなさいます」と笑うと、狭衣が「切に斯く言い脅しなさるので、心変わりこそ致しそうです。外道の娘にも、仏は謀られなさらなかったものを」と、あった手紙を、懐より取り出してお渡しになる。狭衣が「あな畏れ多い、宮などが御覧になるのに、取り出しなさるな。仰々しい様子に言いなすような筆跡も、見落とさせなさるのはたいそう恥ずかしいに違いない。あの御目ひとつには、鴆という鳥の跡も向けに御覧にならないのは、あまりにはっきりしないに違いないので」とおっしゃるのを、さりが「それは却って、差し上げても甲斐ある事はございませんでしょう。大宮の御前などに取り出してお仕えするのも、便ないようにはまさか、とこそ思いなさいます。上の御前など(次頁へ続く)も、不思議に今まで音沙汰がないのは、物憂いからか、などとおっしゃるので、少し散らしてお仕えするのもどうか」と聞こえると、狭衣が「ああ辛い。我が君、我が君、そのような事をなさるな。ただ一所で御覧くださいまして、すぐに破ってください」と止めるように詫びなさるのも、あまりに不思議に思うのに、狭衣が「まことに常々おっしゃる有様を、少し近くで見せてください。それでや、まことにこの世に留まる心も出て来たのだと、今宵なども、便が悪くなければ」など、例になく心を入れておっしゃるのを、辛うじて穏やかな御心かと嬉しいけれど、さりが「いやああ嘆かわしい。早いうちに目慣らし申し上げるようなことは味気なくございましょう。並々でない様子では、そのような御垣間見などなさるべき御有様でしょうか」と、事の外に言うのもおかしいけれど、この人にもはっきりした様子を直ちにお見せして、このように強ちである関守を破るのも、煩わしく思し召されるので、細かにも語らないものながら、美しくあった御様子ありさまは、面影に思えないでもないので、狭衣が「ああわりない事だ。なおそうなるべき隙があれば」などおっしゃっても、嘆かしいものながら、狭衣(歌へ)逢坂の関をなお行き返り惑えというのか、関の戸ざしも固くはないのに。

と口ずさんでお立ちになったのを、不思議と合点がいかず、御返事も聞かせられずじまいになった。この御文を引き隠して御前へ参上すると、宮はお起きになっていた。二の宮は、御帳のうちでまだお休みになっていて、御帳の帷子を少し結い開けて、大宮が床に押し掛かっていらっしゃるのを、御帳のほころびから見参らすると、男の畳紙を打ち返し打ち返し御覧になって、御袖を顔に押し当てて、大層お泣きになる。ああ大変だ、どういう事かと思い続けるのに、なぜこの御文を、今朝しも急いでお思い立ちになったのだろうと思うのに、あった関の戸ざしを今思い合わせるのに、心ひとつにたいそうはっきりせず、この御文は大層見たいけれど、どうして開けようとするのか、まことにこれを大方に取り出しては大層便が悪かった、もしそのような事もあれば、私がしたのだと、誰も思し召すだろう、など思うのに、大層煩わしくなって、取りも出さず、なお隠し持って、大宮も万事を紛らわせなさって、大宮は昨夜まではそのような様子も、なさらなかったのに、上にもお上りになったのを、急にどういう御心地か」と、なお嘆きなさって、まず自分の方へお渡りになった。大宮が「いつもいつも何事で(次頁へ続く)か夜ごと苦しいだろう。よろしければお上りください」などおっしゃって、今やっと御方へお渡りになった。中納言の佐が近く参上して、「どう思し召されるのですか」など聞かせ申すけれど何もおっしゃらず、ただ御枕の下は、蛍も釣れるほどに流れ出てお臥しになっている。ただその通りかと心得果てかねるのに、表に知る人がなくては、どうしてそのような事があろうか。またそうであるなら、この御文を賜うべき事だろうか、どうなった事かと、私も胸がふさがって、覚束なく浅ましいので、しばらく物も言えず、つくづくと見申し上げると、大宮の御心のうちこそ気の毒だ。この御方人におっしゃるのは、必ずお疑いになるだろう、と味気なく苦しいけれど、どうせこうでも、今はますます逃れがたい御仲では、最後には聞かせなさるだろう、と思うのが頼もしくあった。この御文を、どのようにも引き籠めてやめるはずはないので、さりが「今朝大将殿が参らせよといって、これを心遣いにでもなさっているので、どうしてもお断りしきれませんでした。また大宮なども、事の外にはまさか見なすなどとはおっしゃいますまい、と思いましたので」と言い置くのを、宮はあるか無きかの御心地にも、これまで散らして、大宮が御覧になるような事を、と思し召すのに、ますます死(次頁へ続く)に果てる心地がさせなさるので、引き隠してよと言いたいけれど、残りなく言い知らせたのも恥ずかしくて、そうもおっしゃらず、ますます堰きやる方もないような御様子なのは、道理だ、よい人と申す中にも、心深い御有様に、著しい印まで落とし置きなさって、大宮が、どうなった事かと思い慌てなさる御様子は、どれほど思し召されるだろうと、心苦しい事限りない。この御文を大宮に御覧いただいたらばしも、誰なのだろうと行方なく思い焦がれる事はないだろうに、同じなら淡々しくない様子でこそは、など思し召す事は口惜しかろう、と思うけれど、あな畏れ多いあな畏れ多いとおっしゃらせた御様子も、やはりお思いになる様子のある事に違いないのだろう、など一方にしも寄る心ではないので、自分の過ちのように大層嘆かしくて、つくづくと見申し上げる。大将は、お出になって起き臥し思い続けるのに、掛けても思い寄らず、託け事ばかりを聞くだけでも、むずかしく煩わしくあった御辺りに、どのように尋ね寄った夢の浮橋かと、現実の事とさえ思われなさらず、心ながら、このように逃れがたかったとて、一方的にそうならと世に(次頁へ続く)

従って定めるようなことは、やはり大層口惜しいに違いない。そうはいっても又、荻の上の露ばかりでは、どうしてか、など思い続けなさるのに、人任せでなく涙もこぼれて心苦しいのに、ますます物思いのしさは、信太の杜の千枝は物でもなくなりなさってしまった。一日一日嘆き暮らしなさるのにも、御自分の心は返す返すもどかしく、心づきないものながら、大層辛くあった御様子を、どうして人も見申し上げたのだろうと、覚束なさも見たさもやる方ないけれど、中納言のすけの許へ、お手紙をお書きになる。狭衣(手紙へ)今朝の物はどう始末なさいました。今日はまことに一つの心に掛けて暮らしておりますと、どうしてその光も片端は、など頼もしいのを、どうでしょうか。印をお見せくださらなければ甲斐なくこそございましょう。とおっしゃるのを、つれない御心構えと思いも、憎くはなくてうち笑いなさる。御返事には、すけが「今朝のは、差し上げておりましたけれど、いやはや心得ない事どもに思い乱れております。後ろめたい御心の程こそ、懈怠のない御行いの印も、甲斐ないかと見えます。さ(次頁へ続く)ていても、恋の道を知らないと言った人は、逢坂までも尋ね入ったのだろうか。とあるのを、独り笑いされなさるものながら、狭衣が「大層罪を得そうな事の様子だな」と、独り言ち返して、狭衣が「将来来ざざの転法輪の縁」と、うち誦じなさる御声が大層面白い。どういう事があったのだろうかと思うのも煩わしくて、なお何も言いやりなさらないものながら、日が暮れるままに心は空で、雲の果てに物思いのしさも、真面目に道理はないけれど、どうしたらよいか、一方に思い初めた事は、月日に添えて大層有り難いほどになり行くようだけれど、そうはいってもどうしようと、思い成るべき心地もせず、この御事は万事に穏やかであるべき事と、月頃思わなかったのではないけれど、今はますます、これほどで止んでしまったなら、忝い方も心苦しさも、並の様子に思い過ごして、止んでしまう心地もしないけれど、そうはいっても今ゆくりなく定まりいなさるような事が、口惜しく思し召されるのは、返す返す自分の心づきないはずの心の荒み、大層物懲りし果てなさるに違いない。

それにしてもあの安積の沼の水が絶えようとする事を、忍びかねた哀れは、更に忘れなさらず、思い寄せる事もない人の御有様などにつけても、少し下った身分の者などを、自分から見尽くしなさる度ごとに、まず思い出されぬ折はない。道季が思い寄った事の後は、底の藻屑まで尋ねたい御心は絶えないに違いない。狭衣(歌へ)思いやる心がますます迷うのだ、海山とさえ知らない別れに。思い出すのは、却ってこの上なく目覚ましくあった道芝の露の名残であるらしい。逢坂山のさねかずらは、人知れず御心ばかりには思い絶えず、ありし様にひたすら、どういう様にして逃れる術があればと思うこともなさらず、どうしようと嘆かれなさるのに、中納言のすけが、あの落とし置きなさった懐紙の事を聞かせ申し出たのに、胸が潰れなさって、心後れて気の毒であった事だなあ、それほど様子を取りなさっては、逃れ難い事か、などなお煩わしくて、思うままにも責めなさらず、ただありし様子で、わりない隙などに見る夢の辿りに惑いなさる折々、ほのかな度ごとには、ますます心苦しく思い侘びなさった様子など、ただ世の常の人(次頁へ続く)でさえ疎かに思うべき心地もなさらない。まして何事において、少しも並には思い聞かれるだろうか、と思いながら、御文なども、自然と落ち散るような事が慎ましくて、並々でなくては参上させなさらない。声をさえ高く泣かない嘆きを、夜もまどろむ事なく、この頃は思い明かしなさって、狭衣(歌へ)人知らば消ちもしてしまうべき思いさえ、跡の枕とも責めるこの頃だなあ。と人任せでない嘆きを添えなさった。女宮も、ありし後は、起き上がって母宮にも明らかにお目に合わせ申しなさらず、物事をのみ思い崩れ伏し沈みなさっているのを、大宮も道理に辛く思いながら、思わず口惜しくあった御宿世も心憂く、など思われなさって、大層にも慰めなさらず、見入れない様子で過ごさせなさるのを、お仕えする人々なども不思議と見申し上げるのに、上の御前こそ、どうしてこのようにばかりかと、不思議がらせなさった。童の御急ぎも大層近くなったのを、お急ぎにならない事」など、大宮をも大層物々しく聞かせ申すのも、御胸騒ぎがまさって、ああ大変だ、それほど恥ずかし(次頁へ続く)いな人に、心を置かれなさる様子か、と思し召すのに、どういう様にして、この事を免れる術があればよいのに、誰とだけでも知りたい、このようでも、どうしようといって、世の常の生の上達部や殿上人などを、思い許すべきではないだろうに、いやいやこれほどの人が、このように行方なく浅ましい宿世がある様子があろうか、ああ心憂い、と思し召すのに、涙がほろほろとこぼれなさるのを、このように例のない御有様を、お思い嘆きなさっていると、上は御覧になって、このように月頃になるまで、見入れ申しなさらなかった事、などお思い騒ぎになった。この事の後は、自然と様子が見える事もあろうかと、目を付けさせなさっても、託け事ほども、その印と見える反故の端さえ落ち散らないのは、やはりどうなった事かと、はっきりせず見たく思うのに、三月頃よりは、まことに苦しげになさって、日に添えて、頼もしげない様子にお成りなっても、万事も忘れて、どうなるべき御有様かとお思い嘆きになるのに、帝もまして辛い御思いでいらっしゃれば、ただこの御方にのみいらっしゃって暮らして、お思い嘆かせなさる事限りないとお聞きになっても、ますますあの人知れない御心のうちは言いようがないけれど、いずれの隙に、御消息をさえ聞かせなさるだろうか。や(次頁へ続く)

やうやう暑い頃にさえなるままに、消え入ってしまいそうな御有様を、誰も皆お嘆かせになる事限りない。常よりも暑い昼頃、御帳の帷子を少し結い開けて、床の上で、日の御座ほどを敷いて紅の薄物の単、涼しい御袴ばかりを差し上げて、腕を枕にして寝入っていらっしゃるのに、御髪が久しく梳りなどもさせなさらないけれど、露ほど乱れる筋なく、つやつやとして打ちやられているのに、こぼれ掛からせなさる色合いやつらつきなどが、このように久しい御悩みに、露ほども衰えず、ますますなまめかしくお見えになる。大宮もつくづくと見申し上げなさるのに、腕の怠さもお知らせなさらないのにこそと、心苦しく悲しくて、涙ばかりほろほろとおこぼしになる。うち身じろぎなさって、大層苦しいと思われなさったのを、近く寄ってうち煽がせなさると、単の御衣の胸が少し開いたところから、御乳が例になく黒く見えるのに、心騒ぎしながら目をお止めになるけれど、隠れない御単衣で、大層はっきりしていた。どういう事なのだろうと、やはりはっきりしなかったのを、これはどういう事かと、目もくれ惑って物事も思われなさらず、まことに憂い(次頁へ続く)御有様だなあ、どういう様にし申し上げるべきかと、お思い砕きになる事限りない。月頃は、乳母たちにも、このような事があるのはどういう事かなどおっしゃらず、御心ひとつにお思い嘆きなさったのを、このような事があったのを、今は私一人では、隠しおおせるようなことでもなかった、またこの人々の中に知っている者もあろう、そうはいっても、このようにおいでになるまでその様子を知る人がない様子はあるまい、などお思いになって、出雲、大和などという御乳母達を、忍びのやり方でお召し寄せになって、急にもおっしゃり出せず、むせ返らせなさるのを、どういう事かと皆思い騒ぐ。辛うじて、母宮が「このような事がおありだったのを、誰も知らない様子はあるまい。どうして今まで知らせなかったか。どうなった事かなどだけでも知りたい」とおっしゃらせもしないのを、うち聞く心地はどうであっただろう。いる限りあきれ惑って、物も申せず、頭を集め合って泣くより外の事はない。乳母等が「月頃も、不思議に心得ない御有様を、御物の怪かなどと見申し上げ泣くより外に、またどうにもどうにも見申し知る事もございません。例になさる事も、常々それほどおいでにもなりませんので、不思議と見驚くべきにもございませんでしたので。そうはいっても、事の有様は知る人がおりましょう。

昔物語にも、心幼いお仕えの人につけてこそ、このような事もあった。打って変わって、誰も見申し上げない折もございませんのに、やはりいつの隙に、そのような事がおありなさりなさる御諦目でしょうか」と言うと、母宮が「いやいや、何を、誰も表に知らない様子はあるまい。どうせこうでも同じ憂さとは言いながら、その人とだけでも知らないよ。これほどの御身の程に、このような事の類はあるまい。お仕えする人々の程でさえ、大層このように淡々しく、飛び交う虫や鳥のように、行きずりの宿世がある人があろうか、ただそれほどの夢でさえなくて、これはどうすべき忘れ形見か」と押し当てさせなさる袖の雫は、道理にも、辛いとも世の常ではなかった。乳母等が「今はどうにか、上がお見つけになる前に差し出し申し上げましょう。神事などもするらしいのに、ますます恐ろしくございます」と聞こえると、母宮が「それにしても最後にはどうなるのだろう」と、世の例にお成りになるべき御有様を見申し果てないうちに、自分の身がどうして世に亡くなってしまいたいと、一時の程に思い砕かせなさる様子は、まことに誰も皆このような事はあるまいと見えなさった。

このように言いささめく程に、「筵道へ参れ」など言うのは、お渡りになるべしとお聞きになるのに、今少し心地も惑うのに、お渡りになって見聞かせ申し上げると、大層このように辛い事までは、お思い寄りにもならないのか、大層心苦しげで、暑さを持て扱いなさる様子なのも、大層後ろめたいけれど、少し厚い御単衣などに引き替えて、また、母宮が「大層浅ましい御事もあったのを、お思い寄りにもならないのか。心して上に御覧いただき申しなさい」と聞かせ申し上げると、宮はまたどういう事かと、そのまま消え果てる心地がして、激しい事とは引き被ってお泣きになるのに、上はお渡りになって、「今の程はどうですか。暑さまで妙になる年だなあ。ますますどう苦しく思し召されるだろう」とお寄りになると、このように辛いような御様子なのに、母宮も大層お泣きになる様子なので、ますます驚かせなさって、「今朝の程に、苦しげさこそ増さらせなさった。どうしてこのようにともおっしゃらなかったのだろう。祈りなども、思い寄らない事なくするけれども、印もなくて、このように増る様子にばかりお成りになるのは、どういうべき御事か」と大層お思い嘆きになって、帝(次頁へ続く)しそうに落ちなさりそうな事」と、掻き出してお打ちやりになるのに、乱れる筋がなくて、袿の裾ばかりかと見える裾の美しさなど、まことに類がないとはこれを言うべきかとお見えになる。帝が「長さなどは、これこそ並の事である。筋の美しさ、つやつやしさなどは、類があるまい」と、大層素晴らしく愛おしいと見申し上げなさるのを御覧になるのにも、大宮は心騒ぎばかりなさって、ああ、これほどお思いになる御心にも、いつこのような事を聞かせなさり、お思い疎みになるのだろうと、ただよろしい人の上でさえ、これほどの憂い事があろうか、と思われるのに、涙も包みかねずおこぼしになっても、例の袖を押し当てて物をおっしゃらないのを、ただこの御心地の事とだけお心得になると、帝が「そうはいっても、どういう事でいらっしゃるのか。数々の祈りの印が、おありにならないことがあろうか」と、御自分もお泣きになった。母宮が「このようにばかり、日に添えて頼もしげなくお成りになるのを、心安い所で、御祈りなどもしたいと思っております。これほどまでなさっているのを、もどかしいなど思う人もおりましょう」と聞かせ申し上げると、帝が「いやいや、このようにでさえ夜の間の覚束なさを、まして見申し上げない(次頁へ続く)いのが大層言いようもなく侘しく、頼もしい人さえなく、心細くなりそうな事」などおっしゃるけれど、母宮が「まことに、そうはいっても、このように頼もしげなくなり行く御有様を、そのままでいられましょうか」と聞かせ申し上げると、しかるべき宮司などをお召しになって、御祈りの事などを細かに定めさせて、お出になるべき事にもなった。返す返すも覚束ないはずの事を、思し召しおっしゃりになって、殿にも聞かせ申し上げると、さりげない折々に、はかない事の折々に、まずお見舞い申し上げなさるけれど、大層心苦しい御事と驚きなさって、さまざまの御祈りをお始めになって、万事にお世話し申し上げなさった。このように大層重くお成りになってお出になったのを、大将殿がお聞きになると、人知れずお思い嘆きになる事は並々ではない。内侍のすけにも、常に逢いなさりながら、しかるべき隙があれば少し近くで見申し上げようと、並の様子ではなく責め渡りなさるけれど、すけが「今はあるにもないような様子にお成りになっても、夜昼大宮がお添いになりますには、どうして。ならば覚束ない事まで思い留めるのに、そのようにほのめかさせてください」と聞かせ申すのを、さすがに明らかにも言いなさずお思い嘆きになる様子は並でないのを、大層不思議と思った。

明日はあるとも思えそうもない世に、今一度見申し上げないでか、と思し召すのは大層忍び難いのに、涙は堰きもあえずこぼれながら、言葉に出して辛いや悲しいとも泣き焦がれなさらないながら、大層心深くお思い乱れた様子など、並ではない御心にこそはと見るのも、心得ないので、さりが「この御心地も、物思いにこのようにまでお成りになったのにこそございましょう。ただ人知れない御事でさえ、それほど心深い御心ばえに、並にお思いになるはずもないのを、まして大宮がお思い嘆くような御心を御覧になるのに、どうして並にお思い召されましょうか。いやいや、大層怪しからぬ御心遣いだと思っておりますと、大層心憂くございます。ただ御文などを散らしていらっしゃいませんかと思いなさるのを」と言うと、狭衣が「私までそのようにおっしゃるのが心憂い。誰の上をも知らないように、ひたすら憎みなさるな。大層わりない」と、ありのままには知らせるまいと思し召すはずである。狭衣が「我が君、やはりこの文を散らすような事はお好みなさるなよ。何事をお知らせ申すべきか。不思議であった印をお疑いになるのでこそあろう。その方が気の毒だ。やはり並の垣間見は、強ちに便が悪いはずとも思わずに、近い程に参り寄っていたのに落ちたのだろうよ。

誰だろうと、はっきりなく思し召されるよりも、このようにと聞かせなさると、今少し心づきないとこそ思し召しましょう。行く末の頼みは味気ない事か。そうでなくても、岩にも松は生えるというものを」と、やはり私とは知られ申すまいと思し召したので、どう不思議に心得ない御心かと思われた。宮は、久しく御覧にならなかった故郷に、お立ち出になったのに、ますます荒れまさって、物古びた山の景色も物恐ろしげで、池の水も水草が生えて昔の影も留まらないのに、蛙の声ばかり頼もしい案内で、言問い参る人もないままに、起き臥しつくづくとお思い嘆きになる事限りない。月日が過ぎるままには、どういう様にして憂い名を持って隠して、明け暮れお仕えする人々にも、この様子を見せ知らせない術があればよいのに、と思し召すのに、御自分の御心地も大層悩ましくなって、橘などをさえ見入れさせなさらず、ただ同じ様子で臥し沈ませなさるのを、姫宮も見申し上げなさると、憂い身一つのために、このようにまでお成りになったと思し召すのに、どうして世の常の心地をおさせになるだろうか、今日明日と先々に立って聞こえて、恥ずかしく辛(次頁へ続く)かろう御有様を見申し上げない術があればよいのに、と思し召せば、ますますお沈み入りになって、まことに大層頼もしげない御有様どもなので、お仕えする人々も、一所の御事をだけでも思い嘆くのに、またこのようにまでいらっしゃる事と、嘆かしいものながら、出雲の乳母など心賢い人で、姫宮の御ために、聞きにくい事が世に漏れ出るよりは」と言い合わせて、「大宮が、今はとお思い絶えになって、お咎めなさらなかったのを、お出になって、著しい御有様と見なし参らせた」など内裏にも奏上したので、まことに思いかけずもあった御事だな、とだけお聞きになった。並の人の事も、留まって程をお経させになったので、何事にお思い咎めにもなろう。老子は人の大事な事と聞かせなさるけれど、そうまことに苦しそうになさる、とお聞きになった。世の中の人も、不思議に、ありながら却って珍しい御事だなと聞き驚いた。今年は四十五六にお成りになっても、どうしてそれほどお与えにならないことがあろうか。まして御容姿などは三十ほどで、大層清らかでいらっしゃった。我先にと、いずれも同じ様子で、頼もしげない御有様なので、明け暮れ見申し上げる人々(次頁へ続く)に何事かは思うだろう。内裏などに、このようにと聞かせなさっておいたのを、同じなら、まことにどうにか著しくない様子にもてなして、この御浮き名を隠す術があればよいのに、と大宮はお思い念じなさるまことにか、ただ同じ様子で夏秋も過ぎつつ、冬の初めにもなったので、確かな事は知らないけれど、あった懐紙の程をお思い出しになって、乳母達にもそのように言い知らせなさったので、物問い何やかやと、心知る同士は安い空なく、胸心を潰しつつ、疎い人々をば、いずれの御前にも近しくは参上させず、ただこの事をお助けくださいと仏神を念じ申し上げる。姫宮は、大方の御心地などは、却ってこの程となっては、大層苦しくもお覚えにならないけれど、御身が、ありしにもない所狭くなり行くままに、恥ずかしく辛いだろう程の有様を、最後にどうにもてなそうと思し召すのに、大層辛いのに、人々が、安からず兎や角やと言い構える有様どもの、浅ましさなどをまで、世の言草に言い伝え、上へ聞かせ申そう、など人知れず思し召されるのに、ただこのようにしながら今のままに消え入ってしまったなら、とお思い入りのまことにか、常よりも(次頁へ続く)

次の場面:病の姫宮のもとを左大将が訪う

次の場面:第10場面 姫宮の出産
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底本:有朋堂文庫『狭衣物語』武笠三校(有朋堂書店、大正15年[1926])。本文画像:所蔵機関の公開資料。

大正15年(1926)武笠三校『狭衣物語』(有朋堂文庫)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、各頁上部の内容細目(梗概)・柱・振り仮名は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。