土佐日記 / 第4場面
室津の滞留
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あらすじ・人物・読み方
雨と風浪に室津に留まる日々。月の歌や安部仲麿の故事をめぐる詠歌が続く。
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十二日、雨は降らなかった。文時と維茂は、〔乗る〕舟が遅れていたが、ならしつから室津に来た。
十三日、明け方に、少し雨が降る。しばらくして、〔雨は〕止んだ。町の女が、湯浴みなどをしようと、辺りの具合のよい所へ下りて行く。〔その女が〕海を見やると、雲がみな波のように見える。海人がいてほしい。どれが海かを〔海人に〕言ってもらって知りたいものだ。と〔いう〕歌を詠んだ。
さて、〔船に乗ってから〕十日あまりになったので、月が趣深い。船に乗り始めた日から、船では、紅の濃い〔衣〕や、よい衣を着ない。それは、海の神を恐れて〔のこと〕だと言って、云々〔と続く〕。
十四日、明け方から雨が降るので、同じ所に留まった。船君は、せちみ(節忌=物忌み)をする。精進物がないので、午の時より後に、梶取が昨日釣った鯛に、銭がないので、米を取り替えて、〔船君は〕おちられなかった。
このようなことが、多くあった。梶取が、また鯛を持って来た。米酒が、しばしば届く。梶取の様子は悪くない。
十五日、今日は、小豆粥を煮ない。残念なことに、なお日があしければ、〔日が〕ゐざる(膝行する)うちに、今日で二十日あまりが経ってしまった。むなしく日を送っていると、人々は、海を眺め続けている。
女童が言った〔歌〕、立てば立ち、寝ればまた居る、吹く風と浪とは、思うに友同士なのだろうか。〔それは〕言っても甲斐のない者〔=子ども〕の言ったものとしては、とてもふさわしい。
十六日、風や浪が止まないので、なお同じ所に留まった。ただ、海に波がなくて、いつか、みさきという所へ渡ろうということばかりを思う。風も浪も、ともに止みそうにもなく、ある人が、この波立つのを見て、詠んだ歌。霜さえも置かない方だそうだが、浪の中には雪が降っている〔ように見える〕。さて、船に乗った日から今日までで、二十日余りの五日、〔合わせて〕二十五日になった。
十七日、曇っていた雲がなくなって、明け方の月夜がとても面白いので、〔私たちは〕船を出して、過ぎて行く。この間に、雲の上も海の底も、まったく同じようであった。なるほど、昔の男が「棹が突き通す波の上の月、船を襲う海の中の空」と言ったのももっともだ。〔それは〕聞きかじりで聞いたことである。
また、ある人が詠んだ〔歌がある〕。水底にある月の上から漕いで行く船の、棹に当たるのは〔月の〕桂であるのだろう。
これを聞いて、ある人がまた詠んだ〔歌がある〕。ふと見ると、波の底である〔ように見える〕広々とした空を漕ぎ渡る私こそは侘びしいことだ。
こう言っている間に、夜がしだいに明けて行くと、梶取たちが、黒い雲がにわかに出て来た〔と言った〕。風も吹きそうである。御船を返そうと言って、〔船は〕引き返した。この間に、雨が降った。とても侘びしい。
十八日、〔私たちは〕まだ同じところにいる。海が荒いので、船を出さない。この泊まりは、遠くから見ても、近くから見ても、とても面白い。そうではあるけれども、〔船酔いで〕苦しいので、何事も覚えていない。
男たちは、心を慰めようとするのだろうか、唐歌などを詠むようである。船も出さず、することもないので、ある人が詠んだ〔歌がある〕。磯振りの波が寄せる磯では、年月をいつとも区別できないほど、雪ばかりが降る。
この歌は、普段〔歌を〕詠まない人の言葉である。
また、別の人が詠んだ〔歌がある〕。風によって立つ浪の磯では、鶯も春も知ることのない花ばかりが咲く。これらの歌を、少しよいと聞いて、船の長である翁が、月〔を詠んだ。以下は範囲外に続く〕。〔月〕ごろの苦しい心を慰めようとして、〔船の長である翁が〕詠んだ〔歌である〕。立つ浪を、雪か花かと、吹く風に寄せながら、〔波が〕人を惑わせるようであることだ。
これらの歌を、人々が何か何かと言うのを、ある人が、また聞いて、ふけって、詠んだ〔歌がある〕。その歌は、詠んだ文字が、三十文字余り、七文字〔で、合わせて三十七文字〕である。人々は皆、〔その歌をよく〕得ることができず、笑う様子である。
歌の主は、たいそう機嫌が悪く、笑いもせず、〔人々が〕真似をしてみても、真似ることができない。〔書いて〕あっても、読み終えることは難しいに違いない。今日でさえ、〔それを〕言うことは難しい。まして、後には、どうなることだろうか。
十九日、天候が悪いので、船を出さない。
二十日、昨日のような〔天候〕なので、船を出さない。人々は皆、憂えて嘆く。苦しく、心もとないので、ただ、経って行く日の数を、今日はいくつか、二十日、三十日と数えれば、指も、損なわれてしまいそうであり、とても侘びしい。
夜は、眠ることもできない。二十日の夜の月が出た。山の端というものもなく、海の中から〔月が〕出て来る。
このような〔月の〕様子を見てか、昔、安部仲麿と言った人は、唐土へ渡って、帰って来た時に、船に乗ろうとする所で、その国の人々が、馬の餞をし、別れを惜しんで、そこの〔人々が〕唐歌などを詠んだ。
〔別れを〕飽きずにいたのだろうか、二十日の夜の月が出るまで、〔人々は〕そこにいた。その月は、海から出たのであった。
これを見て、仲麿は、我が国では、このような歌などを、神の時代から、神もお詠みになり、今は、上・中・下の身分の人も、このように、別れを惜しみ、喜びもあり、悲しみもある時には、詠もうとして、詠んだ歌、広く青い海原を、遠く見渡すと、〔この月は〕春日の三笠の山に出た月であるのだろうか。と〔いう歌を、仲麿は〕詠んだのであった。
あの国の人は、〔歌を〕聞いても理解できそうにないように思われたけれども、〔仲麿が〕歌の心を、漢字で様子を書き出して、こちらの言葉を伝えた人に言って知らせたところ、〔歌の心が〕やはり伝わったのだろう、とても思いのほかに感心した。唐土と、この国とは、言葉は異なるものではあるけれど、月の光は、同じはずであるので、人の心も、同じことなのではないだろうか、
底本:『国文講義土佐日記』池辺義象著・朝野書店・大正4年[1915]・国立国会図書館蔵 320-189。本文画像:所蔵機関の公開資料。
『国文講義土佐日記』(池辺義象著・朝野書店・大正4年[1915]、国立国会図書館蔵 320-189)の大字本文を原画像と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補っています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。