狭衣物語の原文
少年の春は惜めども留まらぬものなりければ、彌生の二十日餘にもなりぬ。御前の木立、なにとなく青く渡りて木暗きなかに、中島の藤は松にとのみ思はず咲きかゝりて、山郭公待ち顔なるに、池の汀の八重山吹は、井手のわたりに異ならず見渡さるゝ、夕映のをかしさを、獨り見給ふも飽かねば、侍童のをかしげなるして、一枝折らせ給ひて、源氏の宮の御方に持て参り給へれば、御前には中納言中將などやうの人々計侍ひて、宮は御手習し繪などかきすさびて添ひ臥させ給へるに、狭衣「この花の夕映こそ常よりもをかしう見え侍れ。春宮の、盛には必ず見せよと宣はするものを」とて、うち置き給ふを、宮少しく起き上りて見おこせ給へる御まみ、つらつきなどの美しさ、花の匂藤のしなひにも、こよなくまさりて見え給ふを、例の胸塞りまさりて、熟とまほられ給ふに、遲「花こそ花の」と取分き給ひて、山吹を手まさぐりし給へる御手つきの、いとど持囃されて、世に知らず美しけなるを、人目も知らず我身に引き添へまほしく思さるゝぞいみじきや。狭「くちなしにしも咲きそめけむ契こそくちをしけれ。心の中いかに苦しかるらむ」と宣へば、中納言の君、「さるは言の葉は多く侍るものを」といふ。狭いかにせむ言はぬ色なる花なれば心のうちを知る人ぞなきと思ひつゞけられ給へど、けに人も知らざりけり。狭「たつ苧環の」と、うち歎かれて、母屋の柱に寄りる給へる御貌ぞ、なほたぐひなく見え給ふに、よしなしごとにより然ばかりめでたき御身を、室の八島の烟ならではと思しこがるゝ様ぞ、いと心苦しきや。さるはこの烟のたよずまひ、知らせ奉らむ事も及ばなく、いかならむ便にてなど思し煩ふに、唯二葉より露ばかりへだつる事なく生ひ立ち給ひて、親達を始め奉り、よその人々、帝春宮も一ついもせと思しめしおきたるに、我は我とかよる心のつき初めて、思ひ佗びほのめかしてもかひなきものから、哀に思ひかはし給へるに、思はずなる心のありけると思し疎まれこそせめと、大殿、宮なども類なき御志といひながら、この御事はさらばさてもあれとも世に任せ給はじ、世の人の聞き思はむ事も、ゆかしけなく、けしからずもあるべきかなと、とざまかうざまに世のもどきになりぬべき事なれば、あるまじき事に深く思し取るにしもぞ、あやにくに心は砕け勝りつゝ、つひに如何なる様にか身をなし果てむと心細き折がちなり。今始めたる事にはあらねど、なほ世の中にさらでもありぬべかりける事は、餘りよろづすぐれ給へらむ女の御あたりには、實の御兄ながらざらむ男は、いみじうとも、睦じうこそ生したて給ふまじきわざなりけれ。この頃堀川の大臣と聞えて關白し給ふは、一條院當帝などの一つ后腹の二の御子ぞかし。母后もうぢつゞき帝の御筋にて、いづ方につけても、おしなべて同じ大臣と聞えさするもいと忝き御身の程なれど、何の罪にか凡人になり給ひにければ、故院の御遺言のまよに、うち代り、帝ただこの御心に世を任せ聞えさせ給ひて、いとあらまほしうめで
たき御有様どもなり。二條堀川の邊に四町つきこめて、三つに隔てて造りみがきたまへる玉の臺に、北の方三人をぞ住ませ奉り給へる。堀川二町には、やがて御ゆかり離れず、故先帝の御妹前の齋宮おはします。洞院には只今のおほき大臣と聞えさする御女、一條院の后の宮の御おとゝ、春宮の御伯母よ、世の覺うち〳〵の御有様も華やかに頼もしげなり。坊門には式部卿の宮と聞えし御女ぞ、中に心細けなる御有様なるべけれど、女君の世に知らずめでたき一人生み奉り給へりけるを、内裏に參らせ奉らせ給ひて、このごろ中宮と聞えさす。今上一宮さへ出でおはしましける御いきほひ、中々すぐれてめでたく、行末賴もしくき御有様なり。かよる御中にも、齋宮は親ざまにあづかり聞えさせ給ひにしかば、やむごとなくかたじけなき方も、御顏かたち心樣、なべてならず思ひ聞えさせ給へる御方にしも、かくすぐれてこの世のものとも見え給はぬ男君さへ唯一人もなし給ふを、いかでかは世の常には思ひ聞えさせ給はむ。千人の中にだにいと斯からむは、親の御心地にも、いかでかはすぐれて思しかしづかざらむと見えたり。この頃御年二十に今二つばかりや足り給はざらむ、二位中將とぞ聞ゆめる。なべての人だに、かばかりにては、納言にもなり給ふべきぞかし。されと、この御有様の、あまりこの世のものとも見え給はぬに、よろづを思し怖ぢたるなるべし。これをだに母宮は、兒のやうならひ給はむが心苦しさに、内裏の上などの、切になさせ給へるなりけり。第十六我釋迦牟尼佛と、この世の光の爲と、けに顯はれ給へると、かたじけなく危きものに思ひ聞えさせ給ひて、雨風の荒きにも月日の光のさやかなるにもあたり給ふをば、痛はしくゆゝしきものに思ひ聞え給ひつゝ、おほふばかりの袖の暇なけに、あまりこちたき御志どもを、おとなび給ふまよに、有り苦しくおほす折々もあるべし。夜などおのづから紛れ給ふ夜なく〳は、一所ながらうちも臥させ給はず、うしろめたき事を數き明かさせ給へど、向ひ聞えさせ給ひぬれば、思ふまよにもえ諫め聞えさせ給はで、唯うち笑みつゝ見奉り給へる御氣色ども、いひ知らず哀れなり。見苦しくあるまじき事をし出で給ふとも、この御心に少しにても苦しく思しめしぬべからむ事は、たがへ制し聞え給ふべきにもあらず。夢ばかりも哀をかけ給はむ人をば、いひ知らぬ賤の女なりとも、玉の臺に育まむ事を思しおきつれど、如何なるにか、御身の程よりはいいたく靜まりて、この世はかりそめにあぢきなきものと思して、ありてふ人は知らまほしけにも思したらず、おほろけならざらむ事に、御目をも耳をもとどめ給ふべうもあらねば、少し物すさまじう心やましき御氣色なるを、口惜しく心もとなきものに、思ひ聞ゆる人々もあるべし。まれ〳〵一行も書きながしたまふ水莖のながれをば、珍しう措きがたき物に、かごことばかりの行くての一言葉をも、身にしみてをかしくいみじと心を盡し、まいて近き程の御けはひなどをば、千夜を一夜になさまほしう、鳥の音つらき曉の別に消え返り、入りぬる磯のなかなかなるに、心をつくす人々、高きもおくれたるも樣々に、おのづから爭でかはなからむ。それにつけても、いとぞ恨み所なくすさまじさのみまさり給ふべかゝめれど、いとなべてならぬあたりには、なだらかに情を見せ給ひて、をりにつけたる花紅葉、霜雪、雨風
の荒きまぎれ、もしは哀まさりぬべき夕暮、曉の鴫の羽掻につけなど、思ひかけず、おとづれたまふ折々もあるは、なか〳〵なるいな淵のたぎまさりつゝ、心を盡し給ふなめりかし。さこそまめだち給へど、唯引き過ぎ給ふ路のたよりにも、少し故づきたる山賤の垣ほの撫子には、おのづから目とまらぬにしもあらぬほどに、野をなつかしみ旅寢し給ふわたりもあるにや、いかなる折にか、梵網經にや一見於女人とのたまへると思し出づれば、車の簾うち下しつれど、側のひろう明きたるは、えたて給はぬなゝめりかし。さだかにはいかでかはおはせざらむ。男といふものは、あやしきだに、身の程も知らず、人に心をつくるわざなゝめりかし。光りかゞやき給ふ御かたちをばさるものにて、御心ばへ、まことしき御才などは、唐土にや類あらむ、この世には、今も昔も類なくぞものし給ひける。手などかき給ふさまも、古の名高かりける人々の跡は千歲ふれどもかはらぬに、見合せ給ふに、人々、なほ時にしたがふ業にや、今めかしうたをやかに、なまめかしう美しきさまは、書きまし給へりとぞさたせられ給ふめる。また琴笛の音につけても、雲井をひゞかし、この世のほかまで澄み昇り、天地をも動し給ひつべきを、ゆゑしう親達も思しさわぎて、何事をも強に好みさせ奉り給はねば、我もことに心をとどめて、人に耳ならさせ給はずなどあれば、よろづに無心にものすさまじき人様にやとぞ推測られ給へど、はかなき御言の葉、氣色など、うち見奉るより我身の憂も忘れ、物思はるよこちして、うち笑まれ愛敬づき給へる御様ぞたぐひなかりける。すべて何事も言ひつゞくればなか〳〵なり。よろづ珍しく例なき御有様と、世の人のことぐさに聞えさすめれば、大殿などは、あまりゆゝしく、天稚御子の天降り給へるにや、今日や天の羽衣むかへ聞え給はむと、怪しう靜心なき御心のうちどもなり。源氏の宮と聞ゆるは、故先帝の御末の世に、中納言の御息所の御腹に、類なく美しき女宮生れ給へりしを、今更の絆と心苦しう思し育みし程に、宮の三つばかりになり給ひし程に、院も御息所もううちつゞき隠れさせ給ひにしかば、いと心苦しくて、齋宮やがて迎へ取り聞えさせ給ひて、中將と同じ心に思ひ聞えさせ給ふ。殿もまことの御女よりもやむごとなき方添ひて、思ひかしづき聞えさせ給へり。十に四つ五つあまらせ給へる御かたち有様、見奉らむ人は、いかなる武士なりとも、和ぐ心はかならずつきぬべきを、中將の御心の中は理ぞかし。暫しは、さりともなずらへなる人ありなむと、頼もしく思されしを、かのよしかたが隠蓑を得給はねども、おのづからたかきも賤しきも尋ね寄りつゝ、板田の橋は朽つれど、いとけぢかき程にこそあらね、立ち聞きかいま見など、かしこく御心に入りたるまよに、おほつかなきは少けれど、この御かたち有様になずらふばかりのはあり難きわざにこそ、と思さるゝまよに、いとど人知れぬ心の中に思ひこがるゝを、音無の瀧とやつひになり給はむと見ゆるを、さすがにかう忍び紛はし給ふ程に、はれ〳〵しからず結ほほれ給へる御氣色を、おとなび給ふまよに、人の御癖にこそと、忍涙拭をえ知り給はぬなるべし。太政大臣の御方には、如何にも如
へる御名高くて、春宮のいとゆかしう思ひ聞えさせ給へるに、さこそはつひの事ならめと思したり。内裏の上も昔の御遺言思し忘れず、哀に聞えかはさせ給ひながら、おほつかなくて過させ給ふもくち惜しきを、さやうにて内裏住もせさせ給へかしと大臣にも聞え驚かさせ給ひけり。されどいとどしき御有様を、なほ今少し盛にねび整ひ給ひてこそなど、おほろけならず思しおきつゝる御有様なるべし。かくいいふ程に卯月も過ぎて、五月四日にもなりにけり。夕つ方中將の君、内裏より退で給ふ道すがら見給へば、菖蒲引きぬる賤の男が、ひまなく行きちがひ、もてあつかふ様ども、けにいかばかり深かりける十市の里の小泥ならむと見ゆる、足もとどものいみじけなるも知らず顏に、いと多く持ちたるも、いかに苦しからむと目とまり給ひて、浮き沈みねのみながるゝあやめ草かよるこひぢと人も知らぬにとぞいはれ給ふ。玉の臺の軒端にかけて見給へば、をかしうのみこそ思さるゝを、御車のさきに、顏なども見えぬまでうち群れて行きやらぬを、おどろ〳〵しき御隨身の聲々にとどめられて、身のならむ樣も知らず屈まりゐるを見給ひて、狭「さばかり苦しけなるものを、かく言ふ」と制せさせ給へば、隨身「習にて候へば、さばかりの者は、なじかは苦しと思ひ候はむ」と申すを、戀路をば我御身にならひ給へれば、心憂くもいふ哉、と聞き給ふ。大きなるも小きも、つまごとに葦き騷ぐを、車より少しのぞきつゝ見過ぎ給ふに、言ひ知らず小くあやしき家どもにも、唯ーすぢづつ置き渡すを、何の人眞似すらむと哀に見給ひつゝ、扇を笛に吹き給へる夕映の御貌、實に光る樣なるを、半蔀に集りて見奉り、めづる人々ありけり。御車など今はおとなしくなり給へれど、御供の御隨身などは、いと若うをかしけになべてならず見ゆるを、一あはれ、あれが身にてだに在らばや。なに事を思ふらむ」と、若き人々めで惑ひつゝ、過ぎ給ふもなほ飽かねば、軒の菖蒲を一すぢ引きおとして、急ぎ書きて、はしたもののをかしけなるして追ひて奉る。後れて走る隨身に取らせて歸るを、「いづこよりとか申さむ。やがて御車に參り給へり」とてとらへつ。御覽ずれば、女知らぬまのあやめはそれと見えずとも蓬が門を過ぎずもあらなむとぞ書きたる。いかなる好色者ならむと微笑みて、問はせ給へと、言はむやは。心狭き御隨身、そのわたりに硯もとめて奉りたるして、疊紙に片假名にて狭見も分かで過ぎにけるかなおしなべて軒の菖蒲のひましなければ狭「今わざと參らせむ」と言はせ給ひて、「童の入らむ所たしかに見よ」と宣へば、隨身半郡高くあげ渡して人々あまた見え侍りつゝと申せば、何人ならむ、見知りたりつるにや、わざと御心にも入らず、あるまじき事をぞ、いかなる折にも御心に止め給ふべかゝめる。又の日は所々に御文書かき給ふ、色々の紙の、色はだへなどえならぬ、數多取り散して、墨こまやかに押し磨りつゝ書き給ふ。御手は、けになどてか、少しものの心知らむ人の徒にかへさむと見ゆるに、御歌どもぞ、なべての人の口つきにただにをかしとも見えぬは、惡しう人のまねびたゝめるにや。左大將の御女、宣耀殿と聞えて、春宮にいみじう時
めき給ふを、いかなる風のたよりにか、ほのかに見聞えさせ給ひけり。されど、いかでか思ふ樣にしもあらむ、御消息などだに、おほろけならでは通ふ事難くぞありける。餘り待遠なるも戀しく思ひいでられ給ひて、一條院の姫宮の御けはひも、ほのかなりしかばにや、なべてならぬ心地せしを、いかで御かたちなどよう見奉らむなど、心に懸り給ひて、少將の命婦のもとに例のこまやかにて、中に、おもひつゝ
いはがき沼の
あやめぐさ水籠りなが
ら朽ちはてねとやなどやうにて數多あゝめれど、同じ筋なればとどめつ。かやうに折につけたる言の葉などは散し給へど、心の中は、何時までかとのみ、この世はかりそめにものすさまじく思さるべさ。丁子に黒むまでそゝぎたる御ひとへに、紅の御袴著給ひて、面杖つきて、池の菖蒲の心地よげに茂りたるを眺め遣り給ひて、狭「音羽の山には」など口ずさび給へる御聲は、なほ類なし。有りつる御返いづれもをかしき中に、宣耀殿のは御手も心ことにをかしけにて、直うきに
のみ沈む水
屑となり果てて今日
はあやめのねだになかれずとある氣色など、むかひ聞えたる心地して、らうたけにあはれ浅からねば、少し涙ぐまれ給ひぬ。その夕さりは、若さりぬべき隙もやと内裏わたりに出で立ち給ふに、いとど召さへあれば、參り給ふとて、まづ殿の御前に參り給へれば、今日はまだ見奉り給はざりつればにや、めづらしきにほひ添ひ給へる心地して、うち笑みて、つく〳〵とまほられさせ給ふ。狭「内裏より召し候へば參り侍るを、中宮の御方に御消息や」と申し給へば、堀「例ならぬ樣に聞き奉りつゝれば參らむとしつゝるを、風にや、こよにも惱ましうて暮し侍りぬるを、つとめての程にためらひて參らむ。暑き程は暫し出でさせ給ひても休ませ給へかしと思ふを、例の御暇や有りがたからむ」などぞ聞えさせ給へば、御いらへして立たせ給ひぬ。狭「未しきに暑さ所せき年かな。何しに常に召すらむ」と呟き給ふを、母宮聞き給ひて、「苦しく覺え給はば、何かは參り給ふ。團扇などせさせてものし給へかし」と心苦しげに見やり聞え給ふ。さうかんの紅のひとへ、同じ御直衣のいと濃きに、唐撫子の浮線綾の指貫著給へるやうだい腰つき、指貫の裾までたを〳〵と、あてになまめかしう著ない給へり。ものの色合など、なべての同じものとも見えぬを、母など斯う餘りゆゆしう思ひなり給ふらむとて、涙を一目浮けて切に見送らせ給へるを、御前なる人々ことわりなりと哀に見奉る。内裏には、わざと節會なども無き世の徒然におほさるゝよには、雨雲さへ立ちわたりてものむづかしき慰に、春宮渡らせ給ひて御物語などあるなりけり。御前の廣庵に太政大臣の權中納言、左兵衛督、左大將の御子の宰相中將などやうの若上達部あまた侍ひ給ふに、源中將の參り給はぬは、いとどしき五月雨の空の光なき心地せさせ給ひて、召すなりけり。帝今宵の宴には、さぶらふ限の人、一の才を手の限惜まで、ひとつ〳〵試みむと宣はするを、春宮も、「興ある事」と宣はせて、さま〳〵の御琴ども奉り渡す。權中納言に
は琵琶、兵衛督に箏の琴、宰相中將和琴、中務宮少將笙の笛、源中將に横笛賜はす。唯今のいみじき物の上手どもなるべし。帝、「おの〳〵今宵、この音ども手をつくして聞かせよ」と宣はするを、誰も、「一つにかきまぜてこそ、怪しさも紛らはして仕うまつらめ。いとわりなきわざかな」と、仕うまつりにくゝわび給ふ。中にも中將は、狭「萬の事を、今宵より始むべきなり」と宣はすれば、狭「敎ふる人だに侍らば、たどる〳〵も仕うまつるべきにこそ。各手をつくし給はむ中に、たど〳〵しう始め侍らむは、けに類なき世の例にやなり侍らむ」とて、ことの外に手も觸れ給はねば、帝、「いと斯ばかりの心ばへとは思はずこそ」斯ばかりの外にこそありけれ。年頃おとどの思ひたるにも劣らずこそ思へ。斯ばかりの外にこそありけれ。りの事をだに言ふ儘ならざりければ、まいて萬推量られぬ。よし〳〵言はじ」ととまめだち給ひける。殊の外にこそありけれ。たせ給ふに、いと侘しくて畏りて取り寄せ給ひて、狭「物にまぜつゝ、自ら形のやうにまねび候ひなむ。獨はいとわりなきわざかな」と惱める氣色のをかしさにぞ、恨み果てさせ給ふべくもあらず御覽じける。人々も、中々心ことなるべき夜の御遊と、心づくろひしつゝ、とみに手も觸れ給はで、權中「中將の四五の才ばかりにだに候はぬ物の音を、紛なく彈きあらはし侍らむ面恥かしさよ。萬の人のかはりに、事をかへつゝ仕うまつらむ」と申せば、權中納言奏し給へば、帝「一つをだにさばかり心にはからむに、まいて人の代はすべくもあらざゝめり」とて責めさせ給へば、各心づくろひいたくして、ひき出でたる物の音ども、いと面白し。中將の御笛になりて、帝さて如何に。仕うまつるまじきか」とて責めさせ給へば、いと侘しう、斯うと知らましかば參らざらましものをを、と度々まめやかなる御氣色にて責めさせ給へば、いと侘しう、遁るべき方なくて、笛も初々しきに取りなして、ことに人の聞き知らぬ調子一つばかり吹き鳴らし給へるを、上は、音には聞きつれど、いと斯くまで思ひ召さどりつるを、今まで耳ならさどりける恨めしさをさへ、引きかへし仰せられて、めで驚かせ給ふ樣いとこちたし。聞く限の人々も、更にこの世の物の音とも聞えぬに、涙もとどめ難けれど、中々なる程にて歇みぬるを、帝「いとあるまじき事」と責め宣はすれど、狭「唯斯ばかりなむ、大臣の戯に敎へ侍りて、これより外にはすべて覺えさぶらはず」と奏し給ふを、帝「いとうたて、笛の音に似るべくもあらざゝめり。すべてかく苦しと覺はれば、更に言はじ」と仰せらるゝ樣に、心にくゝしくもいふかな。大臣の御邊には何事も殘りなく聞かれ奉らじと、思ふ方さへいとどしきなるべし。月も疾う入りて御前の燈籠の火ども晝のやうなる火影に、かたちはいとど光りまさりて、柱に寄り居て、まめやかにわぶ〳〵吹き出で給へる笛の音、雲井を響かし給へるに、帝を始め奉りて、九重の内の賤の男まで、聞き驚き涙を落さぬはなし。五月雨の空のものむづかしげなるに、ものや見入れ奉らむとまで、よしきあはれに誰も御覽ずるに、大臣も參り給はば、いかばかり忌々しきまで思さむと、我が心地にも驚かせ給ふ。御袖も絞る度して、宵過ぐるまよに、雲のはたてまで響きのぼる心地するに、電度々して、雲のたよずまひ例ならぬを、雷の鳴るべきにやと見る程に、空いたく靉れて、
星の光月に異らず輝き渡りつゝ、この御笛の音の同じ聲に、さま〳〵のものの音ども空に聞えて、樂の音いとおもしろし。帝、春宮を始め奉りて、如何なる事ぞとあさみ騷がせ給ふに、中將の君もの心細くなり給ひて、いとど音の限吹き澄し給へり。狭いなづまの
光に行かむ
天の原はるかに渡せ
雲のかけはしと音の限吹き給へるは、實に月の都の人もいかでかは驚かざらむと覺ゆるに、樂の聲々いとど近うなりて、紫の雲たなびき渡ると見ゆるに、角髮結ひていひ知らずをかしげなる童の、裝束うるはしくしたる薰しきもの、ふと降り來るまよに、いとゆふか何ぞと見ゆる薄き衣を、中將の君にうち懸けて袖を引き給ふに、われもいみじくもの心細くて、立ちとまるべき心地もせず。かくめでたき御有様の引きはなれ難くて、笛を吹き〳〵誘ひ給へるに、はれぬべき氣色なるに、帝の御心騷がせ給ひて、世の人のことぐさに、この世のものにはあらず、天人の天降れるならむ、とのみ言ひ思ひたるは、實にこそありけれ、大臣のかやうの事をたまさかにもせさせず、月日の光にもあてじと、危く忌々しきものに思ひたるものを、この人を、かく目に見す〳〵雲のはたてに迷はしては、我が御身も、この世に過ぐさせ給ふべき御心地せさせ給はねば、涙もえとゞめさせ給はず、いといみじき御氣色にて引きとゞめさせ給ふを、悲しく見奉り給ふにも、まいて大臣母宮など聞き給はむ事を思し出づるに、厭はしく思さるゝこの世なれど、ふり捨て難きにや、かよる御迎のかたじけなさに、ひとへに思ひ立てど、帝の袖をひかへて惜み悲みたまふ、親達のかつ見るをだに、飽かずうしろめたう思したるを、行方なく聞きなし給ひて、むなしき空を形見と眺め給はむ樣の悲しさに、この度の御供に參るまじき由を、言ひ知らず悲しし給ひて、笛を持ちながら少し涙ぐみ給へる御顏は、天稚御子涙を流し給へるにも、匂ひ愛敬こよなくまさりて、めでたき御聲して誦じ給へるに、かう何事にもこの世に勝れたるにより誘ひつれど、理にめでたう悲しき文の心ばへによりて、とゞめつる口惜しさを作りかはして、雲の輿寄せて乗り給ひぬる名殘の、匂ばかりとまりて、空の氣色も變りぬるを、あさましなども世の常の事をこそ言へ、めづらかになりと、見る限は夢の心地し給ひけり。中將の君は、御子の御ありさまの面影に戀しく、いみじくもの哀と思ひたる樣にて、空をつく〳〵と眺め入りたる氣色、いとどこの世に心とどめずやなりなむと、危くうしろめたく思しめされて、何事に心を少しもまぎらはさむとおぼしめさる。皇太后宮の女二の宮の御かたち心ばせ、ことわりも過ぎておはしまますを、いみじうかなしきものにし奉らせ給ひけり。一の宮は此頃齋院にておはします後もこの宮をば、たぐひなく思ひかしづき聞えさせ給ひて、世の常の御有樣など思しかくべくも無きを、中將の笛の音に、天人だに聞き過ぐし給はで、下りおはして誘ひ給へるに、たどにてやませ給はむも、あるまじき事なるに添へて、斯ういと心細けに思ひあくがれぬべき氣色なるに、二の宮の此頃盛にとゝのひ給へる御有樣見奉らば、この世はえあくがれじと思しめしなりぬ。大殿には、中將の君は今宵は出で給ふまじきにやと、尋ねさせ給ふ程に、藏人所の方に
人々聲高くもの言ふを、何事ならむと聞かせ給ふに、伊豫守何がしの朝臣參りて、内裏に斯々の事なむ候ふなると申すを聞き給ふ御心地ども、如何ばかりかはありけむ、更に現の事とも思されねば、堀「居給へりつらむ跡をだに、今一度見む」と宣ふ事より外に、物も覺え給はぬを見給ふに、母宮は唯御衣引き被きてぞ臥し給へる。世は如何になりぬるぞと見ゆるまで、殿の内騷ぎたり。道の程思し續くるもいみじうゆゝしきに、御車の内より流れ出づる御涙、千曲の川渡り給ひけるにやと見えたり。道の程例よりも遠う思すにや、陣の程人に引かれ入り給ふに、九重の内は物騷がしけもなし。火たき屋の火ども常よりは明くて、こゝかしこのはざま、塀の面々などにいふ聲々、唯この事なるべしと聞き給ふに、さてまことに空に昇り給ひぬるにや、如何にいふぞ、と思すに心地もいとゞ惑ひて、倒れ給ひぬべし。殿參らせ給ふと人々立騷ぐを、中將、この事に因りてなし給ひつらむと思すもいとほしうて、殿上の口にさし出で給へるを、おはしましけりと、打見つけ給へるぞ中々いみじきや。如何なりつる事ぞ、己を捨てて何處へおはせむとし給へるぞとも、え言ひやらずおぼほれ給ふを、實に留らずなりなましかば、限ある御命もいかゞなり給はまし、と哀に見奉り給ふ。堀「何ためらひて御前に參り給へば、ありつる事ども語らせ給ふに、すべて現とも思されず。事も言ひ知らせ教ふる事も侍らず。公に仕うまつり、私の身のため、男のむけに無才に侍るはいと口惜しきことに侍れば、その方ばかりはかたの樣に見あかせ、とや言ひ知らせ侍りけむ。まいてこの琴笛の方は、戲にてもまねび侍ふらむとこそ、思ひ給へ侍らざりつれ。如何にして斯う世の例になりぬべき音をさへ、吹き傳へ侍りけるにかと、珍らかに思う給へらるゝかな。如何にもまた類も候はねば、たゞ心に驚く事なくて、生きて侍らむ限、見給へららむのみこそ、この世のよろこびには侍れ。いと餘りなる身の才などは、更に嬉しくも侍らず。遂に如何なるみだりごゝちを、まどはさせ侍るべきにか、とかへりては、いとつらく思う給へらるゝよと、今宵はすべてうつし心も侍らず。空しき跡を見給へつけたらましかば、明日まで長らへて、朝廷にも仕うまつり、私のあまたの絆どもも見給へざらましを、變らぬ樣を見せさせ給へる事」と喜び申し給ひつゝ、いと危くうしろめたしと見やり給へる氣色の、理にいとゞ今宵よりは見え給へば、人々も皆泣き給ひぬ。中將の君は、斯ういとこちたき御遊の名殘ものむづかしう、過させ給へしたる心地して候ひ給ふを、上召し寄せて御杯賜はするとて、帝身のしろ
も我ぬぎ著
せむ返しつと思ひな侘
びそ天の羽衣と仰せらるゝ氣色、然にやと心得る事あれど、いでや武藏野の夜の衣ならましかば、實に代へまさりにもや覺えましと、思ひぐまなき心地すれど、いたう畏まりて、紫の身
のしろ衣それ
ならば少女のそでにま
さりこそせめといはれぬるも、何とかは聞きわかせ給はむ。いづれも、向の岡は離れぬ御事どもなれば、常よりももの哀なるけしきにて、靜まり給へる用意かたちなど、おほろけの女は、帝の御女なりとも並べにくきを、二の宮は怪しうはおはせじ、と思しめす。鳴く一聲に明くる心地すれば、人々まかで給ふ。殿も中將の君ひとつ御車にて出で給ひぬ。
母宮待受け給へる氣色思ひやるべし。母「いかに困じ給ひぬらむ」とて、御手づからまかなひ據ゑて、そゝのかし給へど、誠に苦しく惱ましく思されて、狭「今宵はいかにもいかにも、ふようにさぶらふ」とて、狭「やすみ候はむ」とて、我御方へ渡り給ふを、いとゞ今宵よりは、片時立離れ給はむもうしろめたうわりなしと思したる氣色にて、母「今宵は此方にものし給へ」と、切に聞え給へば、御座など敷かせて寝給ひぬるやうなれど、めづらかなりつゝる事どものみ思ひつゞけられて、まどろまれ給はず。何となく心も眞に浮びて、ありつる御子の御かたちも面影に戀しう、口惜しう覺え給ふ。けに殿の宣へる樣に、木幡の僧都召し寄せて、この御傍に侍はせ給ひて、殿もいも寝給はず。今宵の事ども語り給ひつゝ、いと物忌々しく思して、明日より始むべき御祈どもの事など宣はす。さるべき家司職事ども召し集めて、始め行はせ給ふべき御祈のさま、いとこちたけに思し置きて、宣はするさま聞き給ひても、など斯うしも思すらむ、かよる御心どもを知らず顏に、あぢきなく、さるまじき事により身はいかゞしなさむ、と覺ゆるに、人やみな、らず枕も浮きぬべし。あるまじき事と返す〳〵思ひ返せど、明暮差向ひ聞えたればにや、わき返る心のうちは、更に思ひやむべき心地もせず。上のいみじき御志と思しめして、賜せつる御身のしろは、いと忝く面だたしけれど、かひ〳〵しくきかまほしくも思されず、紫のならましかばと覺えて、狭色々に重ねては著じ人知れずおもひそめてし夜半の狭衣とぞかへす〳〵言はれ給ふ。寝ぬに明けぬといひ置きけむ人も、羨しきに、からうじて明けぬる心地すれば、東の渡殿の妻戸おし明け給へれば、雨すこし降りける名殘、菖蒲の雫所狭けれど、空はあま雲はれ渡りてほの〳〵と明け行く山際、春の曙ならねどをかしきに、花橘に宿かりけるにや、郭公ほのかに鳴き渡るも、音にあらはれにけりと聞き給ふ。夜もすが
ら歎きあかし
て郭公鳴く音をだ
にも聞く人もなしなど獨ごちてたよずみ給ふまよに、「身色如金山端嚴甚微妙」とゆるらかに打上げて讀み給へる、いみじう心細う尊きを、母宮、大臣など聞き給ひて、なほ樣々に餘なる有様か行出で給ひて、母など斯く夜深く起き給へる。五月の空には、恐ろしきもののあなるを」と宣ふまよに、鼻聲になり給ひぬなり。殿も起き給ひて、「堀なほこの頃ばかり、内裏にもな參り給うそ。けふより七日ばかりと、始めさする祈どもの程は、同じ心に佛をも念じ給ひてものし給へ」と聞え給ふに、戯の口ずさびも、こちたうむづかしうさへ思さるれば、「何方かまかり出でむ」と、申し給ひて對へわたり給ひぬ。その頃のことぐさには、唯此事を天の下に言ひのよしりけり。朝廷にも日記の御唐櫃あけさせ給ひて、天稚御子と作りかはし給へる文ども、書き置かせ給ひけり。その夜さぶらはざりける道の博士ども高きも卑しきも、この御文を見て涙を流しつゝめで惑ふを、此ごろの事にはしたり。暑さのわりなき程は、水こひ鳥にも劣らず、心ひとつに焦れ給ふを知る人もなし。晝つ
方源氏の宮の御方に參り給へれば、白き羅のひとへ著給ひて、いと赤き紙なる文を見給ふ。御色はひとへよりも白う透き給へるに、額の髮のゆら〳〵とかよりこぼれ給へる、裾はやがて後とひとしう引かれ行きて、こちたうたよなはりたる裾のそぎするゑ、幾年を限に生ひ行かむとすらむと、所狹げなるものから、たを〳〵とあてになまめかしう見え給ふ。隱なき御ひとへに、御ぐしのひま〳〵より見えたる御腰つき、かひななどの美しさは、人にも似給はねば、餘り思ひしみにけむ我が目からにや、とまもられて、例の胸はつぶ〳〵となり騷けど、よく忍び返して、つれなくもてななし給へり。「いと暑き程に、いかなる御文御覽ずるぞ」と聞え給へば、源齋院より繪ども給はせたる」とて、隈なき日のけしきに、華々と匂ひみち給へる御顏つきを、まばゆけに思して、少しうち赤みて、この御文に紛らはし給へる用意、氣色、眉など、言ひ盡すべうもあらぬめでたう見え給ふに、涙さへ落ちぬべう覺え給ふまぎらわしに、この繪どもを見給へば、在五中將の日記をいとめてたう書きたるなりけり、と見るに、あいなうひとつ心なるこゝちして、目とゞまる所々多かるに、え忍び給はで、狹「こはいかゞ御覽ずる」とてさし寄せ給ふまゝに、狹よしさ
らば昔の跡
をたづね見よわれのみま
よふ戀の道かはともいひやらず、涙のほろ〳〵と溢るゝをだに、あやしと思すに、御手をさへとらへて、袖の棚せきやらぬ氣色なるに、宮いとあさましう恐しうなり給ひて、やがてとらへ給へる御かひなに、俯し臥し給ひぬる氣色の、言ひ知らぬものにとらへられたらむやうに思ひ給へるも、いとゞ心騷ぎして、こゝら思ひ詰むる心のうちを、かたはしだにも打出づべうもなく、涙にのみおぼほれ給へり。狹「いはけなく侍りしより、志ことに思ひそめ奉りて、こゝらの年頃積りぬる心のうちは、あまり知らせ奉らでやみなむも、誰も後の世の爲まで、うしろめたう侍るべきにより、漏し侍りぬるこそあさましけれ。又いと斯うあるまじう見苦しきもの思ふ人のたぐひ、昔も侍りけるにやと見ゆるに、あまり疎ましけかくばかり
思ひこがれて
年經やと室の八島
のけぶりにも問へ片端だに洩しそめつれば、年を經て思ひこがれて、過し給へる心のうちを、聞え知らせ奉り給ふに、恐しき夢を見る心地し給ひて、戰かれ給ふを、狹「むけに御覽じ知らざらむ人のやうに、斯ばかりをだに恐しと思したる事」と泣く〳〵恨み聞え給ふほどに、人近く參る氣色なれば、少し退きて、狹「今よりはいかに憎ませ給はむずらむな。俄ならむ御心がはりは、なか〳〵人目あやしく侍らむ。思し疎むなよ。岩切り通し侍るとも、おとぎきもあるまじき事と、思ひ知りたれば、よも見苦しき心の程は御覽ぜられじ。餘りに思ひ侘び侍りなば、通はぬ里にぞ行き隱れ侍らむかし。さやうならむ折は、さぞかしと思召し出でさせ給へかしとてならむ」など、聞え知らせ給ふ事も思ひやるべし。されどいと近くしも侍はぬ人は、いつもけぢかき御中らひに、目も立たぬならむかし。「繪見侍らむ」とて人々近く參れば、宮は御こゝち例ならずと紛らはして、小き御几帳引き直して臥させ給ひぬれば、君も、顏の氣色や著からむと思せば、立ちたまひぬるに、宮は
今ぞよろづに思しつゞくる。かゝる心おはしける人を、露知らで、誰よりもなつかしく思ひて、明暮さしむかひて過しけるよ、と疎ましう恐しきにも、然るべき人々の御あたりならでおひいでけるを、哀に思し知られて、やがて臥し暮し給へるを、御乳母たちなど、例ならぬ御氣色はいかなる事ぞ、と怪しがるにも、誰もかゝる御心をも知らぬよ。かやうに常にあらば恥かしうもあるべきかな、と思すに、ありてうき世はと今日ぞ思し知られける。中將の君も、言出でそめて後は、いとゞ忍び難き心の亂れまさりて、つく〳〵と詠め臥し給へるに、殿の御方より、「參り給へ」とあれば、何となくこゝちの惱ましきに、もの憂けけれど、然聞き給はばまた驚き騷ぎ給はむも聞きにくければ、裝束しどけなげに參り給へり。鬢のわたりもいたううち解けて、ないがしろなる御うちとけ姿の、麗しきより給へるを、例のうち笑まれて見奉り給ふ。輿夜さり、中宮のいで給はむに參り給へ。上へも、ひと日餘り取籠めたりと仰せられき」と宣ひて、源「源氏の宮の御事を、春宮、かく心もとながらさせ給ふにいたく侘びさせ奉る、と恨みさせ給ふに、涼しうなりてさもやと思ひ立つを、右の大殿の、唯獨かしづかるゝ女の、十にだにならばと心もとながる、幸うじてこの八月に參らせむと氣色とらるゝを、制すべきにもあらず、きしろひ給はむも便なけれど、冬つ方、さらずば年返りて、など思ふは如何あるべからむ。春宮も急がせ給ひ、内裏にもさこそあらめと御氣色あれど、何かは、人のいつしかと思ひ急がれむを、とゞめむもいとほしかるべし」など聞え合せ給ふを、つひの事ぞかし、さこそはあらめ、と思ひながらも、胸は塞がりまさりて、氣色もかはらむと思へど、つれなくもてなして、狹「人の事を延べさせ給はむいとほしうや侍らむ。此御事は、いつも心のどかにあへ侍りなむ。權中納言の身に添ふ影にて騷ぐなれば、煩はしさに斯く急がるゝよとぞ聞き侍る」と申し給へば、堀「こゝにもさ思ふなり。右の大殿の祕するらむ女、此御方にえこそ並ばざらめ。孫王だち、鼻高にきら〳〵しき樣にやあらむとぞ推し量らるゝよや。母乳母より外にあたりにも寄せず、際もなくこそかしづくなれ。みづから悔ゆる宮腹の女の樣にやあらむ」とて笑ひ給へば、かの思ひかけざりし宵の火影は、いとしも玉の疵は見えざりしかど、鼻高はよく言ひあて給へりと思ふに、少し微笑まれぬる氣色を、しるく見給ひて、堀「若かりし時垣間見を常にせしかば、さも樣々なる人をあまた見しかな。人はいと有り難きものぞかし。思ふやうなる人にあふ事は難きわざなりや。故院の、他事はいみじう思しめしながら、此方は生憎に制しさいなみて、たやすくもありかせ給はざりしかど、賢う盜みまぎれ出でて、至らぬ隈こそなかりしか。かく樣々えさらぬ人數多ものし給ふに壓消たれて、哀と思ひしわたりもありしかど、かひなくこそ歇みにしか」など、昔の事ども思し出でたり。堀「若くよりなほやむごとなき方に定まりぬるは、重りかによき事なり。獨あるは、おのづから然もあらぬ心もあくがれて、輕々しく惡き事ぞ」など宣ひて、堀「かの御氣色ありし笛の祿は、いと忝き事にこそ。その後、内々にも案内聞えさせぬはいと便なき事なり。吉き日して侍從の內侍の許などに、ほのめかし給へかし」など、
宣へば、あなむづかしや、あり果つべくも覺えぬ世に、さやうに定まりるて、いかに侘しからむも、聞くにさへぞあつかはしき夜の衣なりける。狹「御氣色忝かりきといひながら、さばかりの御事を承りて、聞えさせ出でむや。なか〳〵無禮げに侍らむ」とて、すさまじげなる御氣色なれば、心に入らぬ事なめりと思すも、上の思さむ事いとほしくて、堀「忽にこそ言はれざらめ。さ宣はせてむを知らず顏ならむは、ひが〳〵しかるべきわざかな」と、例ならずものしげなる御氣色なれば、煩はしくて立ち給ひぬ。ほかかざま
に藻鹽のけ
ぶりなびかめや浦風荒
く波はよるとも狹、などいなぶちに口吟び給ひて、母宮の御前に參り給へれば、母「暑けにや、この頃こそ痛う痩せて見え給へ」とて、心苦しげに思したるけしき、飽くまでらうたけに見え給ふを、殿のさばかり隈なく見集め給ひけむに、親と聞えながらも、すぐれたる御覽はことわりぞかしと見奉り給ふ。狹「夏痩はえせものの事にとかや。かたへ涼しき風に從はむも惡かるべき事かは。などかうしも言ひそめけむ。渡守にや問はまし」とて笑み給へる、匂さとこぼるゝ心地し給へるを、めづらしかからむ人のやうに若き人々見奉る。中務といふ人「道のはてなるゝと歎きし人の有りしこそ、理に憎からぬ」と獨りごちつを、しり目に見おこせ給ひて、狹「如何にとかや。殘りゆかしき獨言かな」と宣ふを、「あな侘し。聞えけるにや」と侘ぶるさまも憎からず見渡し給ふ。狹「殿の女二の宮に、御文奉れと宣へるこそ、唯さばかりのなほざりごとに、大宮聞き給ひて、目ざましきあるまじき事と、むづかしさは、餘り思ひしみにけむ我が目からにや、とまもられて、例のり給ひけるものを、さやうにほのめかし出でて、はしたなめられ奉らむこそ、唯なるよりは心やましりは心やましきかりぬべけれ。唯さばかりの御氣色にて、其夜の面目は限なかりきかし。中々なる事いひ出でて、上もあざれたりとぞ思されむ。數ならぬ者は、すき〳〵しき事好まで、然りぬべからむ蔭の小草の、露より外に知る人もなきなどを尋ね出でて、よすがともなれかし。さらずば又、幾世もあるまじからむ世に、絆なからむかし」とて涙ぐみ給へるを、母宮御覽じて、御顏の色も違ひて、母たはぶれにも、ゆゑしき事な宣ひそ。いみじき事なりとも、わが御心にこそあらめ。ものうく覺え給はむを、あながちにも何かは。まいて母宮の然宣はむには、あるまじき事にこそは。一日三位の物語せし序に、笛の音のめでたかりしにめでて、二の宮の事をほのめかしゝは、いかゞ思ふらむ、この頃さかりにをかしげにおはするを、行末のたのもし人に讓らむ、など上の宣はせける、と語りしは、かたじけなく、聞き過してやとこそありしか」と宣ふ。斯くたゞに宣はば、唯さばかりのなほざりごただに、大宮聞き給ひて、目ざましくあるまじき事と、むづかいかゞはせむと、うち歎かれて立ち給ひぬ。暮れぬれば內裏へ參り給ふついでに、狹「まこと彼の蓬がもとは、いづれぞ」と問はせ給へば、見おきし隨身、「こゝもとに侍る。そこと申しさぶらひしかば、又の日見給へしかば、おろしこめて人も侍はざりしあやしさに、側の人に問ひ候ひしかば、筑紫へまかりにける長門守といふ人の家にさぶらひける、妻の同胞どもなむ、宮仕人にて數多侍ふなる。中務の宮の姬君の乳母にても侍るなり」と申せば、さやうの者の來集りたる折のしわざにや、少將の乳母とかやいひて、大納言の五節に、出でたりしざれものにや、など思しやらるゝよ。
中宮出でさせ給ひぬれば、皇子さへうち具し奉らせ給ひて、いと公しく、きら〳〵しき御有樣なり。內裏の御つかひ日毎に參りなどして、殿も、かゝる程は此方がちにぞおはします。宮の御有樣かたちなど、あらまほしうけ高う、恥かしげにてものし給ふ。太政大臣の御方は、中の兄にて、もとがしはにおはすれど、かゝるあつかひぐさも持ち給はねばにや、我が御有樣ひとつを華やかに、今めかしうもてなし給ひて、我はと誇りかにおし立ちたる御心おきてにぞおはしける。人よりはいかで、と持て出でたる御物好などして、いとわらよかに、憎からぬ御心おきてなるべし。かく樣々にもてかしづき給ふ御さまとゞもをぞ、明暮羨しく思したる。中將の君は、ありし室の八島の後は、宮のこよなく伏し目になり給へるも、いとつらう心憂きに、いかにせましとのみ歎きまさるを、我が心にも慰め侘び給ひて、自らもやや紛るゝよと、忍びありきどもに心入れたまへど、ほかかなりし御手あたりに似るものなきにや、嫉捨山にのみぞ思さるゝよ。春宮に參り給へれば、春「入りぬる磯なるが心憂き事」と
恨みさせ給へば、狹「亂りごゝちの例ならずのみ侍りて、暑き程は、いとゞ宮仕怠り侍るなり」と啓し給へば、春「何心地にか常に惡しかるべきぞ。思ひ給ふ事ぞあらむ。わが心には隔てず宣へ」と、近うむつれかゝらさせ給へば、狹「心地の惡しきかるばかりは、何事をか思ひ侍らむ。此御覽ぜよ。かく痩せ侍るは、死ぬべきなめり」とて、さし出で給へる腕などの白く美しげなるさま、女もえかゝらじかしと見え給ふ。源氏の宮は斯くやおはすらむ、とあぢきなくよそへられ給ひて、切に引寄せさせ給ふを、狹「あなむづかし。暑く侍るに」とひこじらひひ給へる御あはひ、いとをかし。春「斯く痩せそこなはるばかり思ふらむ事こそ心なりたれ。仲澄の侍從が眞似し給へるなゝめりな。人も然ぞ語りし。大臣も斯かれればつれなきなゝめりと、今こそ思ひ合せらるれ」と、まめやかに宣はするを、人の問ふまでにねりぬるよと、いとゞ苦しけれど、つれなき樣にて、然らぬすき〳〵しさをだに好み侍らぬに、などありがたき戀の山にしも惑ひ侍らむ」と、なほ言少ななる氣色やしるからむ。春「あなうたて、ある樣あるべし」と宣はするも、狹「御心習なめり」とて笑ひ給ふ。我が心しどろもどろになりにけり袖よりほかに涙もるまでとぞ思ひつゞけらる。春「心習はげに然もやあらむ。まことならぬ妹を持たらねば」など、言ひ戲れさせ給ひて、宣耀殿に渡らせ給ひぬれば、今宵はかひもあらまじきなゝめり、とすさまじく退で給ひぬ。黃昏時の程に、二條大宮の程に遇ひたる女車、牛の牽きかけなどして、遠き所に歸ると見ゆるに、物見少しあきたるより、圓頭のふと見ゆるは、此御車を見るなるべし。はやく遣り過ぎぬるを、あやし、僻目かと覺す程に、供なる童の持たる物やしるからむ、此御ともの人見つけて、がや〳〵と追ひとゞむるに、え逃げて引止められぬ。御隨身のいたく咎めかよりて、隨身「下簾懸け給へるは、やむごとなき僧にこそはおはすらめ。さはありとも、暫しおしとゞめで、あやにくに遣りちがふるは誰そ〳〵」と荒らかに問へば、「仁和寺の何がし阿闍梨の御車にて、母上の物に籠りて出で給ふなり」とわなゝきいふ童のあれば、隨身「いでさは尼君か見む」とてすだれ引上ぐるに、法師走りおりて顏を隱して逃ぐるを、隨身「この尼君はなど逃ぐるぞ」と、追ひて走りのゝしるを、御車をとゞめて、狹「斯くなせそ」と制させさせ給へば、牛飼童を捕へて、隨身「何者ぞ、何者ぞ」と問へば、堀「仁和寺に何がし威儀師と申す人なり。年頃懸想じ給へる人の、太秦に日頃籠り給へるが出で給ふを、盜み給ふなり。法師だてら、かく强ちなるわざをし給へば、佛の惡み給ひて、かゝる目を見せさせ給ふなりかし。押留めてしめやかにも遣らせ給はで、年頃の思ひかなひて急ぎ給ふ程に、女車とぞ御覽ずらむ、唯疾くやれ、とせめ給へば、師には從へといふ法文を、僧のあたりに年經侍りぬるしるしに聞き習ひて、走らせ侍りつるなり。今よりは更に〳〵この師には從ひ使はれじ」と、おどろ〳〵しう悲しと思ひたる、をかしうなりて許してけり。君に、隨身「しか〳〵なむ申しつる。車には誠に女のおはするなめり。人も皆逃げ侍りぬ。かくて打捨てゝは、いとほしうこそ侍るべけれ」と申せば、狹「何しにかゝるわざをしつる。常に制する事を聞かで、徃くゝらむ所は何處に
かあらむ。いかでか然ては捨てむ。その童に問ひて送れ」と宣へば、隨身「童の罷りつらむ方も知り侍らず。今、さりとも、車取りに、ありつる法師まうで來なむ。このわたりに隱れてぞさぶらふらむ。御松明まゐらで暗うなり侍りぬ」とて、隨身「御車つかまつれ」といへど、盜まれたらむは如何樣なる人ならむ、心ならぬ事ならば、いかばかり侘しかるらむ。暗き道の空にさへさすらふよ。かくて捨てゝは、ありつる法師本意のまゝにや將て行かむ。さらぬにても、今宵かくてあらば、いかなる心地せむ。など思すに、いと裟うち被きて走りつる足もと思し出づるもをかしく、道の程手や觸れつらむと、心づきなくゆゑしきに、飛鳥井に宿取らせむとも、語らひにくゝ思さるれど、猶いかなる人のかゝる目は見るぞとゆかしければ、引き返し、あの車に乗り移りて見給へば、いとたどたどしき程なれど、衣引きかづきて泣き伏したる人ありけり。狹「あないとほし。いかなる人の、かゝる道の空にたゞよひ給ふぞ。いかなる事ありとも、ひとりうち捨てゝ、心憂く逃げぬる人は、つらくは思さずや。吉野の山にとは思はざりけるにこそ。見捨てて罷りなば、今宵今少しおそろしき事もありなむ。又ありつゝる頭つきも、まろ去ぬと見分けもこそすれ。實に御心ならでかゝる事ものし給ふならば、おはし所敎へ給へ。送り聞きもこそすれ。なほ本意もあり、あの人とわたらむと思さば、退りなむ」と宣ふ聲けはひの、聞きならはずあてにめでたきは、然ばかりにやと見え給ふを、誰にかと、覺えなく恥かしきもこそすれ。けれど、かく宣ふに聞えずば、ゆに捨ててこそおはせめ、さらば有りつゝるゆゑよしきものの來て將て行かむ事、と思ふに悲しければ、ほの〳〵覺ゆるまゝに聞えむと思へど、唯わなゝかれて、とみに物も言出でられず、唯泣きにのみ泣きまさるけはひなど、餘所に思ひつるよりはあてにらうたければ、苦しうなり給ひて、狭「さらばまかりぬべきなめりな。御心ならぬ事と聞きつれば、然もやといとほしさになむ、何か泣き給ふ。この邊りにぞものすらむ。よも見捨て聞えじ」と氣色を見むとて宣へば、おはしぬべきなめりといと侘しきに、言ひ出でむ所の樣の恥かしさ、またははか〳〵しうも覺えぬに、泣聲はましていとわりなけれど、玄堀川といづくとよかや、大納言と聞ゆる人のむかひに、竹多かる所とぞ覺ゆるを、さていかに」と言ふけはひいとらうたげに、見まさりしぬべき人になやと、こよなく心とまりて、いき所を問ひ聞きて送らむと思しつれど、心やすけなる里のわたりと聞き給ふも、樣かはりてなく〳〵ゆかしければ、見おかまほしくや思すらむ、けれど、下り給はで、やがておしあてにおはしぬ。堀川のおもてに、半蔀長々として、入る門いぶせゝ、暑けなる所なりけり。戸を忍びやかに叩けば、人出で來て問ふなりけり。狹「さていかゞ言ふべき」と問ひ給へど、泣くより外の事なくて、ものも言はねば、おしあてに「太秦より出でさせ給へる」と、いはせ給へれば、「今まで出でさせ給はすとて、覺束ながらさせ給へる」とて開けたれば、蚊遣火さ我が心
かねてや空に
みちぬらむ行方知ら
ぬ宿のかやり火へ煙りてわりなげなり。狹、と宣ふけはひ、やう〳〵もの覺え行くまゝに、めでたく恥かしげなるにぞ、覺えなくあ
さましき有樣を見給ふも、誰にかあらむ、いかにしても、ありつるものに見えじと思ひつるまゝに、かゝるふせやの下をさへ、敎へ奉りつるも、いかに思すらむ、と今ぞあさましく恥しきつまとゝなるべし。押開けて「こゝに」といへば、車さしよせたるに、五十ばかりなる御許の、しな〳〵しからぬ樣したる、火をいと明く燈して、老女などいと遲くおはしつる。御車の遲かりつるか。太輔の君や參り給へる」とて、寄り來たる火影すがたの見知らず怪しきも、疎ましく覺え給ひて、狹「覺なき人來たりとて打ちもこそすれ。疾くおり給へ」とて、おろし給へど、火さへあかくて、かたはらいたくわりなきに、とみに動かれぬを、引起したまへれば、衣などいとあざやかならぬ薄色のなよゝかなるに、髮はつや〳〵としとをりて、いとわりなく恥かしと思ひたる氣色など、なべての樣にはあらす、唯いとをかしき人樣にぞありける。あやしう思の外なるわざかな、誰ならむ、見でやみなましかば、いかに口惜しからまし、と思ふものから、さるべきにや、かゝるうちつけ心などはなかりつるものを、いでや、疎ましかりつる頭つきに馴れつらむかし、と思へば、なほ心づきなけれど、狭「かゝる道行く人を、おろかにはえ思し捨てじな。ありつる人に思ひおとし給ふよ」と宣ふに、いと恥かしくて下りなむとすれば、ひかへて、狭「など答をだにし給はぬ。道のしるべを嬉しと思さましかば、留れとは宣ひなまし。あな心憂」とゆゆし給はねば、女、とまれとも
えこそ言はれ
ね飛鳥井に宿りは
つべき蔭しなければといふさまぞ、なほその水影見ではえ止むまじう思されける。飛鳥井
にかけ見ま
ほしき宿りしてみまくさ
がくれ人やとがめむ狭「車まつほど、人に見せで置き給へよ」とおり給ひぬるを、そあな苦し。びんなきものを」と苦しげに思ひたれど、誠に御車の後れたりける、待ち給ふとて、やがてその端つ方に引きとゞめ給へるに、月は華やかにさし出でたり。女いとはしたなしと思ひたるものか、いたく消え入りたるもの恥にもあらす、唯いとなつかしうをかしき樣のもてなしなど、あやしきまでらうたけなり。家の人々、如何なる事ぞとあやしがり立ち騷ぎたり。御車ゐて參りたるにやと聞き給へど、かばかりにて立ち出づべき心地もし給はねば、ありつる祈りの師や入りこむ、ともの恐しなから、とかく語らひ給ふ。女、誰とだに知らぬをわりなしと思ひたり。君は思はずなりける契の程も、淺からず哀に思さるること限りなし。ものぎたなく疑はしかりつる祈りの師の心清さも、見あらばしては、我が宿世のありてさる心もつきけるにや、とまで淺からず思さる。かねていみじう心を盡し、よひ曉の露けさも知らぬ顏に、紛れありき給ふ夜な〳〵多く積りにけり。この女は師の中納言といひける人の女なりけり。親達皆亡せにければ、めのと、主計頭などいふものの妻にて、なま徳ありけるが、又なきものに思ひかしづきて、年頃ありけるを、男亡せて後は、わりなき有樣にて過しければ、この仁和寺の祈の師を語らひて、これに君の事をも知り扱はせければ、おほけなき心ありけるものにて、人知れず思ふ心つきて、かよるわざはしたるなりけり。車なども又借る人なくて、太秦に往來の便を喜
びて、盜みもて行くなりけり。ありつる牛飼、そこに來ても語りければ、乳母「いとあさましかりける事かな。誰といふ人、さるわざをし給ひつらむ。若君いかになり給ひつらむ。いきて見よ」などいひ騷ぎける程に、かくておはしたるなりけり。その後威儀師は音もせねば、理にいとほしくて、人遣りたれど、返事をだにもせねば、思ひ歎く事限りなし。乳母「この人かくてやみ侍りなば、御前の御あつかひも、いかでかはし侍らむ。ゆゑしきわざかな。早く、源氏の宮の内裏參とて、やむごとなき人々の參り集ひ給ふなるに、參り給ひね。己は何地もく〳〵罷りなむ。此のおはする人は誰ぞとよ。怪しくいたう忍び給ふは、御前には知らせ給へりや」といへば、鰐「知らず。よろづ唯心より外にあさましき有樣なれば」とて、うち泣き給ふを、さすがに哀と見て我もうち泣きぬ。又或る人々、「一日も、御門をむごに叩かせ給ひしに、開くる人もなかりしかば、おはしまして、すを厭ひまゐらするすか。別當殿の御子とは知らぬか。いたう悔り奉らば、看督長などゝて來て、この門開けさせむ、などいひければ、少將殿こそおはすなれ」といへば、乳母「稀稀ある女どもも、この頃はおぢてまうで來ず、いたうわりなきや。あてにやむごとなく東の方へ人のさそひ侍るにや罷りなまし、と思ひ侍るを、誰に見讓りてかと思ふも絆にめでたしとても、この君にはいかゞはせむ。年老いて侍れば、行末の事も思ひ侍らず、てぞおはしますや」と言へば、うち泣きて、姫「誰を賴みてかは。いづくなりともおはせむ所へこそは」と宣ふも、哀に心苦しければ、まことに知る人もなくて便なきに思ひ侘びて、陸奧國の奧の將軍といふものの妻になりてやいなまし、と思ふなりけり。君は見なれ給ふまゝに、哀さまさりつゝ、なほざりごとにはあらず契り語らひ給ひぬべし。さるはこれに劣るべき人も見給はず、我心も、勝れてこの事のめでたしなど、わざと御心とまりぬべき故もなけれど、唯そゞろに見ではえあるまじういとほしく、心にかゝらぬ隙なく、我ながら物狂ほしきまでに覺ゆるを、これや實に宿世といふものならむ、かくの覺えば、宿世口惜しくもあるべきかな、と日に添へてえさり難う、淺からずのかの上、迎へ取りてつれ〳〵の慰めにせむとなむ宣ふとぞありし。さやうの料にやあらむ。御供の人々は、「まだかゝる事はなかりつるものを、いかばかりなる吉祥天女ならむ。さるはいと物けなき氣色なるを」と、各言ひ合すべし。かく言ふ程に、このめのと、出立いとすがやかなる氣色にて、乳母「見おき奉るべきにもあらず。さりとてまた、かゝる人さへおはしますめれば、いかでかは具し奉らむ。いかにして過し給はむとすらむ」と、言ひ續けてうちひそみ泣くを、姫「暫しの程だに、おはせざらむ世にはあるべき心地もせぬを、失ひてこそ、いづくへも」など言ひもやらず、心苦しげなる氣色なれば、乳母「さらば、出で立ち給ふべきにこそあんなれ。御志ありげなる人を見捨て奉り給ひて、あさましき有樣に引き具せられ給はむも、いとあるまじき事と思ひ給ふれど、かく宣はすれせば、唯出立ちに出立つを見るに、さらば今幾日にこそなど、人知れずかぞへらるゝに、いと心細けれど、誰とだに知らせ給はぬ氣色も、さすがに賴みかくべくもあらぬに、かくこそなどほのめかし聞えむも、御心のうちを知
らねばつよましくて、唯何となく思ひ亂れたる氣色なるを、なほがく覺束なき有樣の憑みがたく、つらきにやと、心苦しけれど、またわが行くへをも蠆の子とだに名のらねば、心くらべにて、唯哀に覺え給ふまゝに、いひ慰めつゝこの世のみならぬ契をぞかはし給ひける。かゝる程に、夏も過ぎ秋にもなりぬ。
源氏の宮は、古き跡尋ね給へりしのち、さやかにも見合せ給はず、ことの外なる御氣色を、さればよとつらく心憂きに、「今はた同じ難波なる」と、ひたぶる心も出で來て、然るべき隙を見給へど、人目こそかはる事なけれ、あさましく憂かりける御心ばへのうとましう思されて、またいかでかさる耳だに聞かじと、用意し給へば、岩間の水のつぶ〳〵と聞え給ふべき人間の程だにぞ、更にありがたかりける。晝つ方參り給へれば、大宮もこなたにおはしまして、諸共に碁うたせ給ふなりけり。狹「とく參りて、見證仕うまつるべかりけり」とて、近やかにゐ給へるに、ちひさき御几帳なども押し遣られて、常よりはもはれ〳〵しければ、宮はいとはしたなしと思せど、母宮の見給へば、例のやうにもえ背き給はず、御顏はいとあかくなりて、碁も打ちさして、碁盤に少し傾きかゝりて、御扇をわざとならず紛らはし給へる御かたはらめ、御額つき、御髮のかゝりなど、今始めたる事にはあらねど、うち見奉るごとに、なほ類あらじと見え給ふ、御有樣の美しさは、千夜を一夜にまもり聞ゆとも、厭くよ有るまじく覺ゆるにも、飛鳥井のやどりは、戲にてもあさましく覺え給ふに、いとゞしき涙こぼれ給ひぬべければ、紛らはしに、狭「さて誰か先をば」など聞え給へど、見つけ奉り給ひて、例のまづこと事おほしたたらねば、大宮もなほとも聞え給はで、大宮「昨夜内裏より度々尋ねさせ給ひしは、いづくにもなし給ひしぞ。なほかの侍從の内侍のもとに、消息ものし給はぬは、ひが〳〵しき事とのし給ひしぞ。唯何事も御心にまかせてと思ふに、いさやいかなるべき事にかゝ」と打歎かせ給へるも、人の親けなく若うをかしき御有樣なり。其の御いらへは如何にとも聞え給はで、狭「殿の例ならぬ御氣色なりつるは、この勘當にこそ侍りけれ。東院の西の對の御しつらひは、何事にかゝ」と聞え給へば、大宮「故后宮にありける母君のむすめは、かこつべきゆゑやありけむ、母うせて後いと哀にてなど聞き給ひけるを、かの上、迎へ取りてつれ〳〵の慰にせむとなむ宣ふとぞありし。さやうの料にやあらむ。
男子のいとあやしきもあんなれど、宮の少將に似たりとて、かの宮の子にしたまふとなむ聞きし。其もさるべき樣やありけむ」など宣はすれば、狹「それも殿の御子にてあれな。某には似ぬにやあらむ、同胞あまた持たる人こそさうらやましけれ。偲ぶべき人だに心苦しげなる御樣なれば、大宮、「例のゆゑしき事に口慣れ給へるこそ心憂けれ」とて、いと忌々しくとおぼしけるを、かばかりの事をだに、かく思したるよ。行末はかゝぐしかるまじき心のうちを御覽ぜさせたらば、ましていかに、など思ひつゞけらるゝに、涙もこぼれぬべし。ちひさき几帳に宮はまぎれ入り給ひぬれば、すさまじくて、端つ方に人々と物語し給ふに、御前の木立木暗くあつかはしげなる中に、蟬のあやにくに鳴き出でたるを見いだし給ひて、聲立て
て鳴かぬばか
りぞもの思ふ身はうつ
せみにをとりやはする狹、など口ずさびに言紛らはして、狹「蟬黃葉に鳴いて漢宮秋なり」と、忍びやかにうち誦し
給ふ御聲、珍しげなき事なれど、若き人々は死にかへりめでたしと思ひたる、ことわりなり。さばかりあたりまで匂ひみちて、向ひ奉る人は物思も忘るゝ樣なる愛敬などを、ひとへに誇かにもてなし給はで、いたく靜まりて、心地よげならず、思ふ事ありげに、殘り多かる御氣色にて、折々はもの思はしげに心細げなる口ずさびなどのみし給へば、荒き夷も泣きぬべき御樣なり。日の暮れ行くまゝに、ひもとき渡す花の色々をかしう見わたさるゝに、袖より外におきわたす露もけにたまらぬにやと眺め出して、とみにも立ち給はず。蟲の聲々野もせの心地して、かしがましきまでみだれ合ひたるを、我だにと、もどかしう思されけり。月出でて更け行く氣色に、かの程なき軒にながむらむ有樣も、ふと思ひ出でられ給ふ。おぼろけならぬ覺なるべし。おはして見給へば、おぼし遣りつるもしるく、蔀などもいまだおろさで、はしつ方にぞ眺め臥しける。來ざらましかばと哀にて、袖うちかはし細やかに語らひ給ふに、晝の御有樣思ひ出でらるゝに、よろづにこよなき目うつしなどには、なにの慰むべきぞと思ひ出でられながら、わざとけだかく誠しきよりは、中々樣かはりたる打解などより始め、物はかなげにらうたくじからぬもてなしなどの、怪しきまでらうたく、見ではえ有るまじく思せば、思ふ事かなふまじくば有りはてじと思ふ世に、絆とまでやならむと思ひつづけらるゝにも、例のもろき涙はまづ知るを、いかで心得らむと、常よりも物歎かしげなる氣色の哀なれば、狹「久しう世にえ在るまじき心地のすれば、世の人などのやうなる心ばへなども、ことに無くて過しつるを、如何なりける契にか、はかなく見そめ聞えで後は、見捨てむ事の哀に覺え給ふを、然らばいかでかは思すべき。そをだに後のと誰言ひけむな。逢ふには替へまほしかりけるものを一とて押拭ひ給へる袖の少し濡れたるなど、さやかなる月影に、これはなほ音に聞き渡る人にこそおはすめれ、我が身の程を思ふにも、なほ憑むべき御有樣かは、かやうに思し捨てざらむ程に、雁の羽風にまよひなむこそ心にくからめ、と思へば、けに涙とりあへず溢れぬるもはしたなくて、顔をふところに入るゝまゝに、飛花が
つみかつ見る
だにもあるものをあさかの
沼に水や絶えなむ物はかなげに言ひなしたるけはひなど、若びたるものから、いとらうたし。年經と
もおもふこゝろ
しふかければあさかの沼
に水は絶えせじかくいと浮きたる事と思ひ給ふとも、長らへてば心の程も今見給ひてむ。ならはぬなほざり言などは、人にいふものとも知らざりけり。心より外の事おのづからあるとも、私の志はかはらじとなむ思ふ」など、心深げに語らひ給ふまゝに、いと悲しくなりまさりて、なほ斯くなむとやほのめかして御氣色を見まし、と思ふも、思立つ方の事とても、少し人々しき樣にだにあらず、中々思しやらむにもあさましう恥がしければ、唯行方なくてやみなむと思ひどる方は強きものから、あさましかりける心の程かなと、暫しはいかに思し出でむずらむ、と思ふに、せきやる方なき袖のしがらみを、君は唯ひとへに、若びたる樣に、我行方なきもてなしなどを、つらき方に思ひたる心地給ひて、「一とかへる山の椎柴」とのみ契り給ひけり。
誠やかの太政大臣の御方には、此姫君迎へ取り給ひて、西の對の玉を磨けるにしつらひする給ひて見給ふに、あてやかにて然てもありぬべき樣なれば、年頃の本意かなひて、晴々ともてかしづき給ふ樣、世づかぬまで見ゆ。殿の内にも世の人も、いみじかりける幸かなとめでけり。年は二十にぞなり給ひけれど、いたくおほどき過ぎて、餘りいはけなく物はかなき樣にて、けにおぼろけに思ひうしろむ人のはかなくしき無くばうしろめたげにぞおはしける。心に思ひ餘る事ありとも、色に出し給ふべうもあらず、この外にあさましき事なりとも、人だにもてはなさば、おのづから忍び過ぐすべくおはするを、よき女のかしづかれ給ひたるは斯くこそおはすべけれと見ゆるものから、あまりうもれ給へる氣色などは、かく華々ともてなされ給へる御有樣にはたがひて、行末やいかで見なされたまはむと心苦しかりける。又無きものに思ひかしづかれたりし親の御もとにてだに、かくはるけ所なかりし御心ばへの、まいて俄に母にもおくれ、かなしくせし乳母も、打續き失せにしかば、心の中にはいと悲しかりけるに、まめやかに思ふ人だに添はで、斯く知らぬ所に迎へられて、ありつかず、晴々しうもてなされ給ふに、いと我にもあらぬ心地して、ほれ惑ひ給へり。亡せにし母の生親族の、高きまじらひして、人數ならで世にあり佗ぶる、さすがに故づき物見知り顔にて、かたはらいたき物好去らずと覺ゆるありけり。伯母の尼君、かよる人よび取りて添へたる、けに故々しげにて母代にしたり。上時々見給ふに、いでやともししく見給へど、細なる御心ざまにはあらで、流石におほどかにて、人の有樣などはいとうも見知り給はず、心をやりて上ばかりはかしづき給ふに、此の御母代ぞ、惡しくせばかたはらいたき事もありぬばかりける。心に任せたるつくり親どもしたてたる若人の、思ひやりすくなき限、數も知らず集め侍はせて、夜となれば、殿上人、諸大夫まで出し合せてさわぐ氣色ども、いと今めかし。君は唯赤兒の襁褓につゝまれたる心地して、あるにもあらず任せられ給へる、しつらひ有樣などのめでたく、同じ我身とも覺えぬを、人知れぬ心のうちには、母や乳母などにこれを見せたらましかば、いかで人なみくになさむと明暮いひ思ひたりしものを、よしなき人に任せられて、心に思ふ事も言はまほしき事もつゝましく恥かしうて、闇にむかひたるやうに覺ゆる事と思ひつづけては、忍びてうち泣き給ひけり。されど唯見るには、現し心もなき樣にてぞおはしましける。九月朔日の頃なほしものののあるに、中將の君中納言になり給ひにけり。大殿これをも忌々しげに思したれど、さのみやとて、次第のまゝにあがり給ふなるべし。よろこび申に内裏、春宮などに參り給ふとて、つくろひ立てて、まづ殿の御方に參り給へるに、かたち有樣など、官位に添へてゆゝしきにのみ光りまさり給ふを、こといみもあへ給はぬ氣色にて、立ち居つくろひ給ふ氣色ぞ、理にも過ぎてかたじけなく哀なりける。太政大臣の御方に參り給へるついでに、この今姫君の住み給ふ西の對の前を過ぎ給ふまゝに、如何樣にかと氣色もゆかしければ、渡殿より少しのぞき給へば、御簾所々おし張りて、人人數多けはひしてこぼれ出でたり。かの后宮の人々も數多なむわたり參りける、と人の語りしも心恥かしう、まだ見給はぬあたりなれば、用意して歩み出で給へれば、人々見
つけて入り騒ぐけはひども、いとももの騒がしきを、あやしと見給ふに、几帳ども奥より取り出でて、がはくそよくと立て渡し、裾うち廣げ、紐どものよらはれたるを、と引きかく引き、廿人ばかり立ちさまよひ、つくろひ騒ぐ衣の音、几帳などの音に、ものも聞えず、あわただしく見つかぬ心地し給へど、今やそゝぎやむと、物言はでつくゝとる給へば、辛うじて几帳立てて後、各衣の裾、袖口、わらはべの汗衫の裾などの、みだりがはしくなりたるを繕ひ居て、こゝかしこよりおし出で渡して、やうくのどまるにやと覺ゆる程に、几帳のほころびをはらくゝと解き騒ぐ音もしるくて、一つ綻びより五六人顔をならべて、まづ我見むまづ我見むと爭ひたるけはひどもの、忍ぶるからにいとかしがまし。辛うじて見えたるにやあらむ、女房「誠にめでたかりけり。あな物狂はしや。日頃見給ふる殿上人などは、唯土なりけり」とさゝめき合へる、いとをかしう覺えて、狹「こゝの御簾の前は今迄うひくしう侍りけるも、咎めさせ給ふべくやと恨みまるらす」となど宣ふ御けはひ、けにおぼろけの人は、ふと答へにくげに恥かしげなればにや、そこらはしきくと聞ゆる人、御いらへ聞ゆるは無くて、女房「そどや、まつは不用なり。君のたまへくゝ」とつきしろひさゝめき、立ちて逃ぐるあるべし。女の一人「あなわりな。ものに狂ふ君かな。まろはまして不用なり」とてそゝばしるなれば、衣の裾を引きとどむるにや、倒れぬ。ぎふくと殊更めき笑ひ入りつゝ、しはぶきし入るもあり。あるはまた、「あなかまや。あなかまや。さばかり恥かしき御有樣に、なべての程と思ひ給ふか」なども、制するなり。樣々あやしきこゝちし給ひて、尻目恥かしげに見入れつゝ、長押におしかゝりて居給へる氣色、この御簾の前にはあはれぞありける。なほ唯消入りく扇などうちならしつゝ笑ひそほるゝけはひども、物狂ほしければ、狹「こは如何にとよ。琉球の島の人とも覺え侍るかな」とて、少しほゝ笑み給ふ氣色など、御簾のうち恥しげなり。奥より人寄り來て、「几帳の前なる人に、唯恨歌をはゝとよみかけよ」とさゝめくなれば、女君ぞながめ聲はよき。まろは更にくと笑ひ入れば、「あなまばゆの色好や」とて、肩のわたりを扇していたく打つなれば、「たうしは君なし」とてつむなるべし。
「あしうしてけり。いたしくゝ。そこははなてくゝ」と忍びあへぬ聲、いづくならむとをかしきに、死ぬべければ、立ち退きなむとする程に、おとなしき聲の高やかにしたるがほなる出で來て、母代「いでやさぶらふ人々がらこそ、よき人はをかしき名も取らせ給ふわざなれ。かばかりにては若人達さぶらひ給はでありぬべし」と、さすがに忍びく、憎みわたしてさし寄りて聞ゆ。母代「めづらしき御聲こそ。思し違へたるにや」とて、母代吉野川
なにかは渡
る妹脊山たゞのめな
らぬなみのながれてとけに母と詠みかくるけはひ、舌疾にのど乾きたるを、若びやさしだちて言ひなす。これぞこの母代なるべきと聞き給ふ。恨むるに
淺さぞまさる
吉野川ふかき心は
汲みて知らなむ覺束なきこゝちし侍りつるに、嬉しき御けはひと思ひ給へるに、物をこそあしざまに申しない給ひぬべかりけれ」と宣へば、さわやかにうち笑ひて、母代「さらば、今よりのはざんを、まめやかに勤めさせ給へかし。若き人々の思ひ咽ぶめれば、犬もときどきやと高やかに言ふ。いとあやしきたとひなり。「まめやかには、面伏にや思さるゝとて、今まで參らざりつるを、けふはかはるしるしも御覽ぜられむとてなり。御前にかくと聞えさせ給へ。此御簾の前はならひ侍らねば、はしたなく思ひ侍れど、格勤の薄さに、今日ばかりはなぐさめ侍るを、今より後ぞうらみ聞ゆべき」とて立ち給ふに、荻のうは風のあらゝかに吹きこしたるに、俄に御簾を高く吹上げて、几帳も倒れぬれど、とみに引きなほす人も無し。女房「あなわびし。あれを見給へ、あれを見給へ」と言ひつゝ、我も衣を引きかづきつゝ、一つにまろがれ合ひたる程に、のどくと見入れ給へば、香染に鈍色のひとへ、紅のはかまの黄ばみたるを著て晝寢したる、人々のさわぐに驚きて、あうなく起きあがりたるに、いとよく見合せて、あさましきにや、頓にうちそむきなどもせず、あきれたるけはひ、顔はいとをかしげなり。心なの樣やと見えながら、女房の有樣どもよりは、こよなく見つべかりけりと思ひまし給ひつ。かの兄のかこちける故にや、少將にぞいとよく似たりける。殿の御子とは言ふべくもあらずありけりと見るに、たどならずや思ひ給ふらむ。樣のものと、怪しの心ばへやと、我ながら心づきなし。母代からうじて几帳おこしつれば、立ち退き給ひぬ。又の日、殿の御前にて、昨日の事どもなど申し給ふついでに、堀「かの東院には物したりきや。西の對に住むなる人をこそまだとぶらはね。いかやうなる氣色が見ゆる」と宣ふ。内々の有樣のいとあやしきを、子ながらもいかで見給ふらむと恥かしう思すなるべし。几帳の綻びあらそひし透影ども、思ひ出でられていとをかしきを、念ずる氣色やしるく見給ふらむ、うち笑ひて、堀「よしなきものあつかひ好み給ふ程に、誰が爲にも中々なる事やとこそ見ゆれ。年頃も斯くいふものありとは聞きしかど、覺えぬ事なれば、かやうの人少きくさはひにも取出でぬものを、何の便にかくまでもありそめにけるにかと、ありつかずや」と呻き給ふも、けにとは聞けど、あさましと、あきれたりし顔は、流石憎むべうもあらざりつれば、狹「つれくに思されむに、他人よりはなどてかあしうも侍らむ。たしかなる名ざしにて、とかくさすらへむも、いとほしう侍るべし」とぞ宣ふ。堀「いさ
や、かく言ひそめけむも覺えなくぞあるや。夜目に見しかば、宮の中將にこそいとよく似たりしか。兄の痴者あんなり。それもかの宮の御子とぞいふなる。これもさなるべし」など宣ふ。まことかの飛鳥井には乳母皆出立ちて、君をさへ引き具せむもいと心苦しう、さりとて留むべきならねば、さすがに思ひ歎くに、人知れぬ音のみなかれて、誰を頼みてかは立ちもとまらむ、山より深き谷に入らむもさてこそはなど思ひ侍るも、わが心と思ひはなれ聞えむ事は忍びがたくあはれに覺ゆるも、且はこゝとをこがましき心と思ひたる氣色の、いといとほしきを見るに、乳母「さらば何かは下らさせ給はむ。京にもたよりなくて獨留らさせ給はむこそ、うしろめたなうも侍らめ。また我もいかにとも思しめさめ。女は千人の親乳母益なし。御夫のおはせぬ程なり。まいて斯くやむごとなく物たのもしき人にもおはすなり。御志いとねんごろなるを、引き離れて、かよる東路に立添ひ給はむ、いとあるまじうかたじけなし」など、流石にあるべき事をばいひながら、いかに思ひ構ふる事かあらむ、この人のおはする宵暁の門も心安からず、鍵失ひがちにもてなしつぶやくけはひ、御供の人々聞きて、目ざましうあさましきに、踏み毀ちて入りなまほしき折々ありけり。殿にも忍びて、從者「誰と思ふにか斯くなむ」と申せば、女の氣色の怪しうのみあるは、この見し火影の女の、ありし法師に取らせむとてするなめり、さやうの事に思ひむすほゝれたるなめりと心得給ふ。いと心づきなくゆゑしけれど、女君のありさまの怪しくのみ見ゆるは、いでやさらばとて歇むべくも思されねば、いかにせまし、殿にさぶらふ人々のつらにてやあらさせましと思へど、人知れず思ふあたりの聞き給はむに、戲にても心とどむる人ありと、いかで聞かれ奉らじ、と思ふ心し深ければ、さもえあるまじ、さらでは流石に、こゝかしことあつかひ給はむもいかにぞや、と思されつゝ、今おのづから我と知りなばえ厭はじ、隱ろへぬべき所もありぬべくば、有樣に從ひて、と思すなるべし。女君にも、狹「老人の憎むなるべしな。理なりや。たのもしかなりし法の師を引きたがへて、かく物はかなき身の程なれば。おとなしの里尋ね出でたらば、いざ給へよ。煩はしき人のさすがあれば、しばし人に知らせじと思ふ程に、かく覺束なくあだなるものに思したるもことわりなり。我は、何事にてかは、あながちに知られじとは思ひ給ふべき。いひ知らぬ賤の女なりとも、これより變る心あるまじきを、なほ賴む心のあるまじきなめり」と恨み給へば、さそふ水だにあらましかばと、物哀に思ひて、この別當の少將と思はせ給へるなめり、せいすべき人ありなど宣はば、と思ふにも、假初にうち賴みて、行くべきかたを思ひ止らむ事はあるまじう覺えながら、いとかくめでたき御有樣にて、なつかしう哀に語らひ給ふを、行く方の目安からむにてだに、いかでかは哀ならざらむ。森の空蟬とて涙こぼれぬべきを、紛らはしたる氣色、いとらうたげなり。かくいふ程に、この女君などにもあらずなりけり。うちはへて物をのみ思ひて、ありし樣にもあらぬ氣色なるを、誰も唯この御出立を思ひなげき給へるを見るに、しるき事どもありて、乳母も見知りて、乳母「あないとはしや。斯くさへなり給へるものを、いか
がせさせ給はむする。君になほ聞え合せ奉り給ひて、御氣色にこそ從ひ給はめ。斯くなり給へると聞き給ひてば、よもあだくゝしくも思ひ給はじ」といへど、堀「いかなりとも賴むべき有樣ならばこそあらめ。見えぬ山路のみこそよからめ」といふものから、けに斯くさへなりにけるを、露知らせでやみなむ事、などいみじう覺ゆれど、かけても況て言ひ出づべきにあらねば、日を數へつゝ泣き歎くより外の事なし。この殿の御乳母、大貳の北の方にてあるなりけり。子ども數多ある中に、式部の大輔にて、來年官得べきが、かやうの人などの中には、心ばへかたちめやすくて、すきくしう色好むありけり。如何なりともかたち勝れたらむ人を見むとて、妻もなくて過すに、此女君太秦にこもりけるを覗きて見て、思ふ樣なりければ、消息などしけれど、自らは聞き入れぬに、この乳母は、いと耳つきに覺えけれど、唯今かく賴む僧のいひ契りたれば、え否むまじうて、忽のうけはせねど、「官など得て下り給はむ程には、さもや」など契りけるに、かく事ども違ひて、身は便なし、生公達のいたう隱ろへて、夜々時々おはするを、いとふさはしからねば、東男につきてや去なましと、威すなりけり。されど、この式部大輔、「親のともに筑紫へ下るに、思ふ樣ならむ人をなむ率て行かむとする」と言ひ遣せたるに、いと思ふ樣なる心地して、一別當の御子少將の通ひてあるなれど、乳母うけひかずなむむづかる」と言ふ人のありけるを、乳母思ふやうにめでたく覺えて、消息したりけるに、寺にてはあるまじきさまを聞えしを、乳母「實にさも思さば、しばし君には聞かせ奉らで、くだり給はむ程に迎へ奉り給へ」といひければ、いみじう喜びて、さやうの細公達にかけめにておはせむよりは、唯試み給へ。おとどの御幸にてこそおはせめ」など、ことよく語らふ。出立のものなど、けによげにおこすれば、心ゆきはてて、上下の人求めなどしけるに、式部大輔のもとよりは、式部下も近うなりけりけるを、さば違へ給ふな」と、日に千度言ひおこすれば、乳母「あなまがくし。世にたがへ侍らじ。その曉に御車を給へ。然りけなうて、ふとわたし奉らむ」といひやりて、心のうちには皆いでたちたり。君には、乳母「出立はとまりぬ。たどならず
さへおはしますに、いと心苦しうて、此度は言放ちてやりつるなり。今はとかくおはしまさむを見てぞ、何方へもまかるべきなめり」と、心少しくおち居ぬ。うちはへ心地さへあしかりつるも、惜しからぬ身は、疾う如何にもなりなばやと急がれつるを、斯くなりにけりと聞きあらまして、哀なりける契かなと思ひ知られて、憂き身とのみ思ひ入られつるを、少しいたはしう思ひなるも哀なり。野分だちて風の音あらゝかに、窓うつ雨も物恐しう聞ゆる宵のまぎれに、例のいと忍びてまぎれ入り給へり。いつもなえくとやつれなし給へるに、雨にさへいたうそほぢて、匂ばかりはいと處せきまでくゆり滿ちたるを、隣の山賤どももあやしがりけり。狹「かやうの有樣はまだ習はざりつるを、人やりならぬわざかな」とて、濡れたる御衣解きちらして、狹「ひまなくうち重ねても、心より外に隔つる夜なのわりなきを、さは思ひ給ふや。かばかり人に心とむるものとこそ、習はざりつれ」など盡きせず語らひ給ひて、あひ見て
は袖ぬれまさ
るさよ衣一夜ばかり
もへだてずもがなわりなき心いられななどは、いつ習ひけるぞとよ」と宣へば、姫隔つれば
袖ほしわぶる
さよ衣つひには身さへ
朽ちゃはてなむと言ふも物はかなげなり。狹「よし見給へよ。世のはかなさなどこそかうしろめたけれ、名殘なき心などは、如何なる人のつかふわざにか」など宣ふを、さしもあらじなど、かどかどしき樣にもあらず、心のうちには如何ならむ。目のまへはたど同じ心なる樣にもてなして、かく確にいひ知らせ給はぬをも、とやかうやと強ちにも尋ね知らず、また我が身の行方も、さりとて言はぬものから、なよくとらうたげにて靡き聞えたる樣、あやしう誠にらうたげなるを、見つくまゝに、限りなき人々の御有樣にも劣るまじくて、忘るべきものとも思されけり。例の夜深く歸り給ひて、わが御方に臥し給ひて少しまどろみ給へる夢に、この女のわが傍にあると思ふに、腹の例ならずふくらかなるを、狹「こは如何なるぞ。かよる事のありけるを、など今まで知らせ給はざりける。かよる契もありければ、何か行末をも疑ひ給ふ」とて、夢のうちにも哀と思ふに、この女、行くへな
く身こそなり
なめこの世をば跡なき
水を尋ねても見よといふと思すに、殿の御方より、「今日明日はかたき御物忌なりけるを、忘れさせ給ひにけり。あなかしこ、外よりの御文など取り入れさせ給ふな」など宣はせたるに、ふと覺めて胸さわけば、抑へて、「承りぬ」とは聞え給へど、心騒ぎせられて、あやし、いかに見つるぞ、まことに例ならぬ事やあらむと、今ぞ思ひあはする事もありける。心細げなりつるは如何なるにか、など常よりも覺束なくゆかしきに、夜さりもえおはすまじきなれば、こまかに御文をぞ書き給ふ。常よりも今も見てしがとなむ、夜さりも、物忌なれば、えものすまじきにや。飛鳥川
あす渡らむ
とおもふにも今日のひ
るまはなほぞ戀しき誠、疾く語りあはすべき夢をこそ見られ。心もとなく。
などこまかなれど、返事には唯、姫わたらなむ
水まさりなば
飛鳥川あすは淵瀬
となりもこそすれ筆づかひ文字樣など、わざとよしとなけれど、なつかしうをかしき樣に見ゆるは、思ひなしにや。彼處には、筑紫の人、「曉になむ。夢々たがへ給ふな」といひければ、乳母「唯曉に、然りけなくて車をふと寄せ給へ。たがふといふ事はあなゆよし」と言ひにやりて、女君のひとり眺め臥し給へる所に來て、乳母「明日のまたつとめて、この西に井ぼるとて、家あるじ外へ渡りけり。いかでせさせ給はむする。車の事を誰にいはまし。君、かやうの折にこそ、威儀師は思ひ出でらるれ。斯くのみ世の中に便なきにこそ、思はぬ山なくわりなけれ。いみじう思ふとも、やもめは思ふ事のかなはぬにぞ口惜しきや。かよれば、えせ宮仕人は、忍び語らひ人はまうくるぞかし。まことく、この隣の駿河の妻君こそ、物のなさけありて、言はむ事聞かむと言ひしか。言ひにやらむ。さてこの藏人の少將殿のの御乳母の家借りて、しばし渡し奉らむ、なんでふ事か侍らむな。年頃いみじき知る人なり。この御事の後、中々いとつゝましうて音づれぬを、かくとや聞き給ふらむ。さるにては惡しきかるべき事かは」と言ひ散らして立ちぬるを、堀「あな見苦し。ありきも懲りにしかば、土忌までもありなむ。まいて、その知らぬ人の許には、いかでか」と宣へば、乳母「あなまがくしや。たどなる人だに土忌まぬや侍る。まいて斯くおはします人は、あな恐ろしあな恐ろし」といふ。よろづよりは、かの少將殿と思ひて、いかなる僻事言はむとすらむ、夜なの月影も常に前わたりし給ふ光に見合すれば、紛れ給ふべくもあらぬものを、と思へど、とやかうやとこの事をいひはむ主にも、よき事と思ひたらぬ氣色なるには、いとつゝましければ、如何なるひが事どもをし出でむずらむ、と思ひつゞくるにも、もとより、ものはかなく怪しかりける身の有樣思ひ知られて、斯くまでもさすが、見え奉る契は淺からず、我ながら、思ひ知らるゝを、此事誠にさもあらば、さりとも宣ひ契るありさまも、さりとも空言にはあらずや。
など思ふに、わが身少し痛はしうなりにたるを、此賴もなし人や如何もてなし果てむとすらむ、源氏の宮の御方へと思ひしも、かやうの人に見え奉らむが恥かしさに、心強きやうにてやみにしを、けにかく思はゞなる樣にて見え奉りけり、今はまいて、何處にも何處にも、さやうの筋など思立つべきもあらずかし、など言ひの果ては、うしろめたうぞ思ひ續けらるゝに、枕も浮きぬばかりになりぬ。乳母又來て、萬のもの取りしたゝめ、然るべきものは塗籠に置きなどしつゝ、乳母「京の内には一夜ばかりと思ふまじきものぞ。況てこの井は五六日にもなりぬべかめり。筒など立てむ程までこそはおはしませめ。車も有りがたきに、たまく歩かせ給ふも、かくうるさがらせ給ふめるに」などいふめれば、君、「此宣ひつる所か。さらばなほ往くまじとこそ思へ。知らぬ所にいかでか然てはあらむ」と宣へば、乳母「さ思しめさば、常磐殿に渡らせ給へ」といふは、故中納言の領ぜし西山のあたりなりけり。乳母「いさ又、それも久しう土を忌まじと思しめさば、御心なり。己が申さむ事ははかくしからじ。とかうおはしさむ折の御有樣も、流石にそれまで生きて侍らば、あやしの女の身こそは見奉らめと思ふ給ふに、忌々しきぞや。然らぬだにこそ、子生むには土用といふものは必ず出で來れ。御忌の方にさへあるよ。この賴もしき人の御心ばへ、さやうの程とても、かひなくしうもてなしあつかひ給ふべきにこそ見え給はね。いひ思へば、苦にてぞ侍らむ。かやうの君だちは、親などの居立ち賴もしきあたりをだに、少しもうしろみやめばうち捨て給うつ。いでやまして何の數とかは思ひ給はむ。あなをこがましや。又御志あらば所かはるとも、おはせざるべき事かは。戀こそ路の」とさすがに打笑ひていふ。かく外へ往きにくさするも、この人によりてと思ふぞかしと思へば、弊その事にはあらず、あやしき有樣なれば、ありきも物憂く覺ゆるを、いさや、いとど物懲して」と宣へば、乳母「さてそれも惡しうや侍りける。それによりてこそかよる御幸も御覽ずれ。かしこは中々、若き人のおはし通はむををかしき所なれば、打忍びて、二三日も居給ふやうもありなむ。何がしそれがしとどめて侍れば、御使にもそこくと敎へ侍りなむ。おはしましたらむにも、よくよく案内申せよといひおき侍りぬ」などぞ、留むる下司ども呼びたてていふも、かたはらいたければ、堀「さままで尋ねる人もあらじ」といとど覺束なきものに宣ふ。けに行方なくば、昔物語などのやうに、殊更びてや思さむ、誠にかくと聞えればや、と思ふに、姫かはらじと
いひし椎柴
待ち見ばや常磐の
もりに秋や見ゆるととかへる山のとありし月影は、この世の外になりぬとも、忘れ給ふべくもなきを、いかになしつるぞよと、あやしくもの心細く、火をつくと眺めて涙ぐみ給へるまみの氣色、いとどらうたげなるを、乳母さすがに打見おこせつゝ、心も知らぬ人にうちまかせ聞えて、遙なる程に出で立ち給ふは、くちをしき樣かな、と涙ぐまれけり。曉に車の音して門叩くなれば、乳母「いであはれ、人の爲に誠心なりける駿河殿の聲かな。あまり疾うさへ車を賜へるよ」とて、引き入れさするを、聞くにも胸うち騒ぎて、飛鳥川を心もとなきに宣はせたりつるは、夜さりなどは例のものし給はむに、如何樣にいひてか歸り給はむなど、なほ懶きも、うたてある心かなと、乳母のものいひも心恥かし
ながら、覺束なくてもし給はむは、心より外なる身のあやしさを、まづ思ひつづけられて動かれぬを、妻戸おし明けて、乳母「さらば疾う渡らせ給ひね。人の急ぎ歸らむに、久しうならむもいとほし」といひて、鮮なる衣もて來て打著せ、櫛の笥やうのもの車に取入れなどして、唯急ぎに急ぎて、乳母「遅しく」と押出づるやうにすれば、我にもあらでゐざり出づるに、何と思ひわく事はなけれど、心さわぎして胸つとふたがりたる心地す。鷄も今ぞ鳴くなる。天の戸
をやすらひにこ
そ出でしかとゆふつけど
りよ問はば答へよなほ唯今になどは聞えまほしきに、とみにも乗りやらず、涙せきあへぬ氣色を、況て如何にと道の程の有樣思ひやらる。乳母又人一人ばかゐぞ、後に乗りぬる。門引入るゝより、胡籤など負ひたるもの、見も知らぬ姿どもしたるもの數知らず多く、火は晝のやうにともして、「明けはてぬさきに」などいふ氣色も、あやしく物恐ろしきに、こはいかなる事ぞと唯かきくらす心地すれば、衣を引きかづきて臥したるに、かの「行き方知らぬ」とありしを、聞きはじめしより、月頃いひ契り給ひつる言葉、けはひ、有様思ひ出でられて、わが身いかになりつるにかと思ふだにいみじきに、淀といふ所に行きつきぬれば、舟に載せむとのよし知り合ひたるに、さればこそ常磐にあらざりけりと思ふに、物も覺えねど目は見ゆるにや、岸に舟ども寄せて乗せ移さむとて、二十ばかりの男の、きたなげなしとや言ふべからむ、つきぐしうそぞろかなる容貌など、いとどいみじう思ふ事なげに、心ゆきたる氣色にもてなして、男「大貳殿は、今鳥飼といふ所わたりまではおはしましぬらむな。中納言殿の御物忌かたかりつれば、とみにえ出でて、後れ奉りぬるなり。御氣色よろしからざりつれば、暇もえ申し出づまじきなめりと思ひつるに、高名の馬をこそ賜はせたなれ」など言ひて、送の人々なるべし、同じ程のものども、「江口の逍遙この度は不用なめり。大貳殿いそぎ給ふ」などほこりかに打ち笑ひたるを、何者ならむ、行幸賀茂の祭などに、別當の後にや、恐ろしげなる物さけつと在る者こそ、かよる容貌はしたれ、と見るだに疎ましげなるに、車に寄り來て、「御舟に奉りね」とて、かき抱きて乗せ移す程の心地、いかばかりかはありけむ。乳母の心ゆきて、ものいひ笑わらひなどするを聞くに、ねたう悲しとも世の常なり。いかなる者の何處の世界に率て行くにかあらむと、すべて言ひやるべき方ぞなきに、ただやがて起き走りて河に陷りなばやと思へど、唯頭をだにさし出でず、引きかつきて臥したり。男添ひ臥して、えも言はぬ事どもを慰むれば、いとど泣きまさりて、生憎なる氣色なれば、式部「さ宣ふともたけき事おはせじと思へば、をこがましや。何がしの少將の蔭妻にて、道行き人ごとに心をつくし、胸をこがし給はむやは。あやしくとも、またなくかしづき奉らむを取所におぼせかし。なま心えぬ夢とありしはいかになりけるにかと、聞きだに合せで獸みぬるいぶせさよ、ただな公達は、中々いと心地あしきものぞ。殿のおはしまさむ限は、何がしらをば、えこそ其の公達は、侮り給はざらめ。さばかりの少將には、ならむと思はばなりぬべし。よし見たまへよ。來年ばかり、かへり殿上して五位の藏人になりて、その主といづれか勝りけるとなりいでて見せ奉らむ。口惜しう本意なしとおぼすとも、今はいふかひなければ、唯お
いらかにもてなして、いとしなくしかからぬ様にても、御心に飽かぬ事なく、安らかにて過ぐさせ給へ。公達ならずとて、おのれをばわろき者と人にも思はれたらねば、まだこそ女に憎みならはされね。御前よりは勝りてやむごとなき人たち、我もくと宣ひつれど、太秦にて見奉りそめてしより、思ひしみし心直りがたくて、かく面目なき目を見る侍るにこそ。おとどこそ、なほこれ申し直し給へ」など言ひあだへつつ、かづきたる衣を、切に引き除けて顔を見るに、ほのかなりしよりも近勝して、いとどうたてげにをかしげなれば、思ふ様に嬉しくて、いかでとく思ひ慰めて、あかぬ事なくかしづきて見むと思ひけり。おとど、つれなくなりし名残なく、そのあたりのものども、もて扱ひたる心地嬉しう思ふ様なるに、「女君の御有様の、いとあきたく生憎けなるを、いかに見奉らむ。さばかり我もくと婿にほしがりし人を捨てて、かよる御氣色は幸とこそ覺ゆれ。物のさまたげのし奉るなめり。あらみさきといふものはなたぬ人は、斯くよかるべき事は、悪しうなむ覺ゆる」と、人々言ひ合せて歎くを聞きて、式部「おとどだにさし出で給へや。かくまで心憂き御心ならむと思はざりしが、本意なきやうにはいかでか思さどらむ。さりともいと怪しや」とて、ものうけなる氣色なり。皮籠やうのもの開けさせて、人々のえさせたりつる扇、薫物などやうのもの、取り出でて、式部「はかくしかからねど、ある人々にものし給へ。かよる人おはすべしとも知らせざりしに、いかでか聞きけむ、忍びて人率て行くなりとて、それがし、かれがし」などいひて、取りちらす中に、女の装束の心ことなるがあるを、式部「これは、まろが中納言殿の、誰と知らねど、率て行くなる人に必ず著せよ、とて賜はせたりつる。御志のまに奉り給へ。御涙にいたうしをるるなめり」などいふを、乳母「げになべてならぬ色あひにこそ侍るめれ」など愛でるたり。式部「又この御扇持給へりつるを、新しきよりはとて申し取りたる、目恥かしき人にもこそあれ、いたう馴れたりと惜ませ給ひつ。されど紀念に見よとて賜はせたるぞ。はかなくうち持たせ給へる、かやうの物どもさへぞ、なべての人には似させ給はぬや」といふを聞くにも、これはさば、この太秦にて聞きしものにこそあれ、他人にだにあらで、あな心憂の有様やと思ふに、悲しければ泣き入りたるに、この御扇をさしよせて、式部「これ御覽ぜよや。いかにして一文字も見ばや見ばやと、高きも短きも心をつくして騒ぐ御手よ。これ見給はば、まろがにくさも慰み給ひなむ」といふは、誠にわが見し同ものにやとゆかしきに、人目も知らず起きあがりて見つべき心地すれど、顔などの明らかく見えぬべければ、なほ泣き臥したるを、式部「わが君をこそかやうに戀ひ悲しめ。その青びれ男によりて、命絶えぬべくも見え給ふこそ、かへりては心づきなけれ。何事をいとさまで思ひ給ふぞ。まろが顔はこよなくよきぞ。見給へく」とあだへて、衣をせちに引きあけむとするに、姫「神佛、かよる目見せ給はで、疾く失ひ給ひてよ」と泣きこがる様の、餘にうたてあれば、むづかりて立ちぬるまに、この扇を取りて見れば、ただ一夜持給へりしなりけり。移香のなつかしさは、打ちかはし給へりし匂もかはらで、眞名假名など書きまぜ給へるを見れば、「渡る舟人かぢをたえ」など、かへすく書かれたるは、その折はわれと知りて書き給へるにはあらじなれど、唯今わが見付けたるは、
ことしもこそあれと、いかでか悲しと覺えざらむ、顔にあてて泣かる様、繪も皆おちぬべし。かぢを絶
え命も絶ゆ
と知らせばやなみだの海
にしづむ舟人添へてける扇の風をしるべにて返る浪にや身をたぐへましなど思ひ續けらるも、物覺ゆるにやと我ながら心憂し。今朝又御文ありつらむかし、いかにいひてか返しつらむ、又いかに待ち聞きて思しつらむ、飛鳥川とありし折、かよらびものと思ひかけざりきかし。姫海までは思ひや入りし飛鳥川ひるまをまてと頼めしものを心えぬ夢とありしはいかなりけるにかと、聞きだに合せで獸みぬるいぶせさよ、ただならぬ事を、いかで知らせ奉らじと、などて思ひけむ、さりとも今少し哀とおぼし出でましと思へど、又うち返し、思ふにかなはで命長らへば、行末に聞き合せ給ふやうもありて、さてこそあれと聞かれ奉らむも、今少し心うかりなむかし、などて、さし離れたるあたりにだにあらで、かく親くよろづ聞き合せぬべき縁にしもありけむ、遠き程まで行き著きて、この有様を見あつかはれぬ前に、如何にしても死ぬるわざもがな、と思へば、かく五六日にもなれど、水をだに取り寄せず。乳母來つよろづに言へど、いとかく憂かりける心を知らで、年頃親の同じ心に頼み過しけるさへ心憂く覺ゆれば、頭もたげ見合せむもつらう悲しくて、聞きも入れず、唯引きかつきて臥したり。男も暫は、いかでか、心ならぬ事なれば、びなしと思さどらむ、さのみもあらじ、と思ふ程に、斯くいたあさましうて、命絶えぬべき様なれば、かくまで思ふべき事かと、いと怪しく心づきなくさへ覺えて、あやにく心もつきまさりて、とかく引き動かし恨むれば、思ひ侘びて、蛭おしはかり給ふるやうに、いとかく思ふべき身の程ありさまならねば、びなしなどにはあらず。心地の例ならずのみ元よりありしが、いとどまさりて、昨日今日は長らふべき心もせぬなり。今はいかになりとも御心にこそあらめ。いとかく覺ゆる程を過し給へ。人の近きもいと苦しう覺ゆるは、如何なるべきにか」と泣くけはひなど、げにいと頼み少けに消え入りぬべき様なれば、ただならぬ人は、心地など常に悪しうするとかや。さやうにて斯かるにや。いとどかく物など食はでは、かやうの事もあししかむなるとかや。いと恐しきわざかなと、流石にいとほしくて、いたくも生憎だたず。くだる僧どもに祈せさせなど、萬にもてあつかひつつ、這寄りては、とざまかうざまに言ひ恨むるを聞くたび毎に、いかにせまし、かく憂きを知らぬ命ながさにて、つひに如何ならむと思ふに、すべさ方なけれは、この海にや陷りなましと思ひなりぬ。京には、終夜おほつかなく思ひ明し給ひて、又の日いつしか御文遣したるに、門鎖して人の音もせねば、怪しうて、なほ叩けば、いみじげなる下司の出で來たるに問へば、下「知らず。昨夕この殿にはやどり侍りしなり。筑紫の豊後といふ人の、このたちぬる月に、この殿を買ひ給ひてしなり、今日明日ぞわたりる給はむずる。それや、おはし所は知り給ふらむ。おのれはただ人なり。今宵居よとありしかば、まうで來しなり」といへば、侶「隠すめりな。今さてくやまむやは」など威しおきて、隣の人々に問へど、た
しかに言ふ人もなければ、参りてしかくなむと申せば、いとあさましく、あへなしとも世の常なり。如何にも、乳母がしつる事にこそあらめ、みづからの心には、何事のつらさにかは、忽に行きかくれむとも思はむ、いみじくとも、わが心とさやうにはあらじと見えし心ざまを、今まで斯くて置きたりつるけぞかし、唯ありし法師の取りかへしつるならむ、如何ばかりねたしと思ふらむと、知らぬにはあらざりつれど、もて騒がむも流石にいかにぞや覺えて、斯くなしつるも、あまりなる我が心のたいぐしさぞかし、「あすは淵瀬に」とありしも、かよるけしき見てや言ひたりけむ、など思ひつどけらるるに、いみじうくち惜し。何ごとも類あり難くめでたかりしにはあらで、唯なつかしうあはれと覺えつつれば、たちまちに見じとまでは思はざりつ、我がかく行方なくなしつるよ、と思すに、胸ふたがりて、つくくと詠めくらし給ふ。まことしくやむごとなき際にはあらざらめ、さる方下草の露のかことも慰めつべかけけるを、まことに恐しげならむ者の馴れ寄らむありさま、いかばかり思ひ惑ふらむ、と妬うもゆかしうも、さまざま思しやるに、戀しく思ひ出でられ給ひて、終夜まどろまれ給はず。狭しきたへの枕もうきてながれぬる君なき床のあきの寝ざめに何事よりもかの夢の覺束なさを、いかなる事ぞと聞きあきらめで獸みぬるは、いといぶせく覺束なさなども世の常なり。いつれにても、はかくしき人にはあらじを、誠にさる事もあらば、なれ顔にもてなさむこそ心苦しうかたじけなけれ、まして年月経て鏡の影もかはらぬ様にて、言ひしらぬものの中に生ひ出でたらむよ、いでや、斯かればこそよからぬ振舞はすまじきものなれ、少し人數なる者の、かく跡はかなき様やある、何しにか、あながちに思ひ數まふべき、さる事もあらじ、と強ひて淺きかたざまに思ひなせど、萬よりもこの覺束なき方の事は胸ふたがりて、東のかたへなど聞かし、もし然もあらば、伏屋にや生ひいでむ、などなほ心にかよりて、わが御宿世の程くち惜しうおぼさる。その原と
人もこそ聞
けばよき木のなどか伏
屋に生ひ始めけむ常よりも、心地よげならぬ御ことぐさに目馴れにたる中にも、この秋は蟲の音しげき淺茅が原にことならず、泣き暮し給ひても、晝はおのづからまぎれ給ふ。心のつまとか言ひふるしたる夕暮の空霧りわたりて、ありか定めたる雲のたよすまひ、うらやましう眺めやり給へり。西の山もとは、げに思ふ事なき人だに、もの哀なりぬべきに、雁さへ雲井遙に鳴き渡りつつ、涙の露も、さかり過ぎたる萩の上に、玉とおき渡しつつ、鳴弱りたる蟲の聲々さへ、常よりも哀なるに、御前近き透垣のつらなる吳竹を、吹き靡かしたるこがらしの音さへ、身にしみて心細く聞ゆれば、すだれを少し巻き揚げ給へるに、木木の梢も色づき渡りて、ざと吹き入れたり。せく袖に
もりて涙やそ
めつらむこずゑ色ます秋
の夕ぐれ夕暮の
露吹き結
ぶこがらしや身にしむ秋
の戀のつまなるなど、さまく戀ひわび給ひて、涙をおしのごひ給へる手つきの美しさは、唯かばかりを幸にて、この世の思ひいでにしつべしとぞ見えける。雨さへ少し降りて、いとど霧
深く見えたる空の景色は、誠にももの見知らむ人に見せまほしげなり。狭「又これ涼風暮雨の天」と口ずさみ給へるなどを、かの常磐の森に秋待たむといひし人に見せたらば、ましていかに、はやき瀨に沈み果てむと、理なりかし。かの舟には、日數の積るまに、心地も誠にあるかなきかになり行くを、かくて死なば、空しき骸をこれかれ見扱はむも、いみじうくち惜しくねたうて、なほいかで海に入らむと思ひて、さるべき隙を見るに、さすがに人目しげくて日頃にのみなり行くに、この大輔萬に恨みつつ、衣の關を恨み侘ぶれど、同じ様をのみなごやかに言へば、さすがに情だつ心にて、いと弱げなる様を心苦しう思ひつつ、近くもえ寄らざりけり。かよる程に、大貳の舟に、やむごとなき人の、なべての女房には似ぬがまじりたるに、心かけて語らひありきけり。宵過ぐるまで見えぬ程を嬉しと思ふ程に、かよる事を乳母いとやすからず腹立しきにも、君のかく臥し入り給へればぞかし、例の様にておはせましかば、かよる事無からまし、と思ふにも、いとど心憂くつらう覺え給へば、乳母「己が身をとざまかうざまにもせため給ふよ。かよる人の、ものいたく思ふは忌み侍るなり。平にて命あらば、忘れがたう思すらむ人にも逢ひ見させ給ひてむ。いと心幼くいふかひなき人の御心は、いかなる人かある」など、いみじき事をいひ聞かすれど、この大輔が見えぬ折の出で來たるを、わが思ふ事はなりぬべきなめりと、思ふより外の事もなければ、いでアナ哀なるに任せては見で、あながちに身をもてなして、かく憂目をば見するぞかし、身を投げたる跡に、乳母いかなる有様にて長らへむとすらむ、と流石に哀にはかなく覺え給へば、いとど音のみ泣き、答もえし給はねば、うちむづかりて立ちぬる間に、頭をもたげてつくくと沖の方を見やれば、空はいさよかなる浮雲もなくて、月のさやかに澄み渡りたるに、海の面は來し方行く末も見えず、遙々と見渡されたるに、寄せかへる波ばかり見えて、舟の遙に漕がれ行くが、心細き聲して、「蟲明の瀬戸へ今宵」と歌ふもいと哀に聞ゆ。流れて逢
ふ瀨ありや
と身をなげてむしあけの
瀬戸に待ち試みむとて、袖を顔におしあてて、とみにも動かれぬ程に、人や見つけむとしづ心なけれは、泣く泣く單袴ばかりを著て、髪かいこしなどするに、ありし御扇の、枕がみにありけるが手に障りたるも、心騒せられて、まづ取りて見れば、涙に曇りてはかくしうも見えず、墨ばかりぞつやくとしで、唯今書き給へる様なるに、さしむかひたる面影さへふと思ひ出でらるるに、この世にて又見奉るまじきぞかし、唯今斯くなりぬるとも知り給はで、何處にいかにしてかおはすらむ。寝やし給ひぬらむ、さりとも寝覺には思しいづらむか、などより外は、又なき心まどひなり。硯をせがいに取り出でて、この御扇にもの書かむとするに、目も霧りふたがりて、手もわなきて頰にも書かれず。はやき瀨
の底のもくづ
となりききと扇の風よ
吹きも傳へよえも書きはてず、人のけはひすれば、疾う陷りなむとて海をのぞく、いみじう恐しとぞ。
物おもひの花のみ咲きまさりて、汀がくれの冬草は、何れともなく、あるにもあらぬ中に、尾花がもとの思草は、なほよすがと思さるるを、むけに霜にうづもれ果てぬるは、いと心ほそくおぼし侘びて、たづぬべき
草の原さへ
霜がれてたれに問はま
し道しばの露ありとも、事々しうまことしき様に思ふべき程にはあらざりしかど、飽かぬ別は何にも勝ればにや、木草につけても忘れがたうのみ思さる。かのくだりし式部大輔は、肥前守の弟ぞかし。三郎は藏人にもいまだならず、雜色にてぞある。兄の藏人になりて、暇なくなりし後は、御身に添ふかげにて、忍の御ありきには離れねば、飛鳥井にも唯ひとりのみぞ、御供には参りありきける。兄にもしかくこそもど、忍び給ふ事なれば、何にかは言ひ聞かせむ。又彼も、其處々々なる人こそ懸想すれ、筑紫へもるて行かむずる、なども言はざりけるなるべし。君のかくのみ歎き給ふ氣色を見て、賢しき道季は、人知れずこの人を尋ねけり。物詣をして、神佛にも、この人の行方聞きつけさせ給へ、と申しありきけり。大貳道よりまろらせたる文に、「某が妻の俄になくなりて侍れば、その事どもにより、肥前になむ留りてさぶらふ。ものの始めにかく忌々しき事を、歎き思う給ふる」など申したるを、堀川「誰ともなくて、俄にいみじう忍びてゐて行くと聞きしなり。哀なりける事かな」と大殿も宣はするに、中納言殿ひとり例の詠める給へる所に、道季参りて、道あやしき事をこそ承りつれ。道成が妻は海に身をなげて候ふなりけり。乳母なるものの泣くく言ひつどけて申ける事ども承れば、唯この行方なくなり給ひにし人とこそ覺えさぶらへ。今思ひ給へ合すれば、太秦にて見し人をなむ尋ね出でたるなどこそ語りさぶらひしは、もしさる事や侍りけむ。かくおはしまし通ふ所とは、かけても知り侍らざりけるなめり。誠にそれならば」など申すを、狭「實に然もやありけむ。知りながらも、さやうの者は然のみこそもあれ」とて、物しげに言少なる御氣色を、いとほしく、誠にしも無からむものゆゑ、急ぎ聞えさせつらむ、といとほしかりけり。御心の中には、實さもあらば、中々行方なく思ひつるよりも、心憂くもあるべさかな、一夜二夜にもあらず程経にしを、さはいへど、りとも知らず聞かぬやうはあらじを、太秦にて見そめなどして、乳母と内々語らひおきて取りたるならむかし。流石にあざれて、さやうのわざも爲つべき者ぞかし、かの祈の師にとりかへされたると思ひしは、中々よかりしものを、ねたく目ざましくもかへすがへす、あるべさかな、いかでこの事疾く聞き定めむ、と今すこし覺束なさも目ざましさも増りて、おぼし歎かれるほど、この道季が前にても、この事とかくも絶えて宣はせざりけり。年返りて、中納言、大納言にて大將かけ給ひつ。かくつかさくらる年の數添ひ給ふまに、何事も際ことなる光を添へ給へば、世の人もあまりゆよしう見奉りあつかへば、ま
いて母宮大殿などは、五月の夜の事などを、おぼし忘るよ世なく、胸をつぶし給ひける。内裏には女二宮の盛にとよのはせ給へるを見奉らせ給ひて、中々見奉る人なからむもくちをしう見えさせ給ふ。母宮の御方ざまとても、露ばかりたのもしき人もものし給はず、故御息所の御はらからにこそおはすれは、源氏の宮の御あたりをこそはまつはし給へるに、中宮参らせ給ひて後は、かくあたり苦しく時めき華やぎ給ふに、あるにもあらずおぼしたれて、心細げなる有様を、きしろはしくくせくしき御心にはあらねど、あまり打解けむつび給はむもつよましう思されて、狩場の小野になり行き給ふを、殿の御心いとひろ有りがたうものし給ひて、さるべき折々などは、こまやかにあつかひ聞え給ひける。帝はなほかの宮の御後見に、大將を宣はせ契りてしかば、内々にも、もしさやうにや爪かすとおぼしめせど音なきは、ものうき事や、とおぼしめせば、その後は御氣色もなけれど、殿に御對面のついでに、帝「かの笛の祿はすげなげなむめりと見れど、世もいとはかなくのみ覺ゆるに、たのもしき人なかむめる有様の心苦しきを、又誰にかはと覺ゆれば、唯知らず顔にてあづけてむとなむ思ひなりぬる」と宣はするを、内々の御氣色ものうけなるを見給へば、如何なるべき事にかと、心苦しうおぼさるれど、かく宣はするはおもだたしう嬉しくて、かしこまり給ひて、堀川「ものうくなどは、いかでか思ふやうは待らむ。喜びかしこまってこそ侍れ。これに過ぎたる面目さぶらふべき様なし。たど疾く仰言に從ふべきなり」と奏し給ひける。帝「さらば卯月ばかりに」などぞ宣はするを、かへすく喜びかしこまり申し給ひながら、かの御心のかひぐしげならぬを、いかど思ひ給はむと、心苦しきまで覺え給ひけり。まかで給ひて、大將に、堀川「しかぐ上の宣はせつるを、前々もうけひかぬ氣色とは見えながらも、いかでか然は奏せむとするとは思ひつれは、さるべさ様に申しつるを、如何はせむ。少々心に入らぬ事なりとも、並々の人にもあらばこそは聞き入れても過さめ、いかにもかう召し寄せらるる面目の程もおろかならず、程もやうく近くなりぬなり。聞かせ給ふ所など憚りてこそ、今より申し給はめ。わたくしの御心のとかくあらむを、制しいふべきにもあらず。まづ如何にもく、思ひおきてつる年頃の本意なる、かく思し宣はする御心もかたじけなし。僻心など聞かせ参らせ給はむ、いとかたはらいたかるべし。はやく、よき日して、御文などこそものし給はめ。心に入らぬ事とて、聞きすぐして獸むべきならず」など宣ふものから、少しもいかにぞや思ひ給はむ事をば、帝の御事なりとも、なま心やましく、わが御心にもおぼされて、うち歎かれ給ひぬる御氣色の、例の人の親げなく哀に見え給へば、それより勝りておぼえ給はむ事をも、えぞいなび給ふまじきや。狭「何事にか物憂く思ひ給はむ。唯かく心に任せてならひ給ひて、苦しき事どもやなど思ひ給へれば、今しばしはさらでもと思ひ給へるにこそ。さてかの大宮の、あるまじき事にかけはなれて宣ふと聞き侍るぞ、いとむづかしく覺え侍りぬべき」など申し給へば、堀川「そは高きも卑しきも、女はさぞ心も口もたてたるやうなれど、上への御心にこそあらめ。大宮も、中宮の御方様を、便なきことに宣へるにこそあらめ。さしもあるまじき事とおぼすべさにもあらず。今始めて、
其許の御世よりみかどの御女え奉りそめたるかは。有りがたくめでたき身の幸と思ふべきならず。身のくち惜しくなりにけるばかりこそ、めざましきものに人の宣はむよ。何事につけても、中々めやすき御行末にこそあらめ。上はかしこう思しおきつるにこそあらめ。さし並べたらむにかたはらいたけならむは、いとうら出にくかりぬべきに、この宮は、さてもなどてかはと見ゆればこそ、宣はせけれ」とて、いとめでたく美しと思したる氣色の、あはれげなるを見給ふにも、思す様にて見え奉らまほしけれど、われも人もさまくに定りゐて、今はと思ひはなれて世にありなむや、とかへすく思ふにきたる様にながらへむ程に、え忍び過すまじう覺えば、身を捨てむさまにいとやすく、さばかり心苦しからむ御有様を見奉りそめて、如何にいみじきほどしと覺えむ、母宮のさればよと思ひなげき給はむ心のうち思ひつどけらるるに、なほく如何様にしてこの事おぼしとまるわざもがなと、人知れず歎かれ給ふ。
内裏にさぶらふ中納言の内侍は、大貳のめのとの同胞ぞかし。皇太后にも睦じきゆかりにて、幼くよりさぶらへは、宮達の御有様なども見奉りて、物語のついでにも時々聞えさせしを、大將も耳とどめ給ひしかど、かよる御氣色と見給ひて後は、中々わづらはしくなりて、同じ百しきの内ながら、弘徽殿にはことに参りなどそし給はぬを、大貳の乳母くだりて後は、同じ心にこそなど、常に聞えさすれは、局のあたりに立寄りなどし給ふ折もありけり。内「聞えさすべき事」など度々申せは、局に立ちより給ひて、案内し給ふに、「宮の御琴の緒いたうゆるびけるを、盤渉調にしらべて、わざとならず忍びやかにて、絶え絶えに聞えたる御爪音、なべてのには似ずなつかしくをかしきは、宮達のなるべしと、過ぎがたくて、南の戸口のかたに寄りて聞き給へば、妻戸細めにあきて、火の光ほのかに見ゆ。寄りてやをら開くれど、とがむる人なし。火桶に火などおこしおきて、夜居の僧のあからさまに出でたる跡と見ゆ。やをら入りて、火をあふぎ消ちて、障子口まで寄り給へど、宮も上に昇り給ひて、夜も更けにけれはにや、人の音もせずしめくとして、琴の音ばかりぞ時々聞ゆる。もし見えぬべしやと、なほもあらで、障子より通りて、あまたは宮達の御方なるべし、帳の前に二所臥し給へり。ほのかなる火の影に、いづれがいつれともとみにわかれ給はず。奥の方に琴をまさぐりつつ、かたはら臥し給へる御髪のかより、なべてならず見え給ふなり。二の宮におはすらむと、目とまり給ふ。前近く人二三人ばかり候ひて物いふを、聞き給ふに、わが御上なりけり。或女「さても珍かなりし世の事どもかな。音にきよし天稚御子とかや、見てしがな」或女「うるはしくよかりしかたちかな。この世の人とも覺えざりき」などいへば、又或る人、「されど大將の、笛もてならやみて、いかにせましと思ひやすらひ給へりし火影の匂愛敬に、似たるものなかりき。中務の宮の姫君に語り聞えさせしかば、そのまよに畫い給へりし、御子の御かたちは、繪にもうるはしく清らなれば、似たりき。大將の御有様ぞ、筆及ぶべくもあらずとて、果は破り給ひにき」など語れば、この三の宮にやと見え給ふ、少し起きあがりて、三宮「その繪はなど見せぬ。心憂かりけり」など怨み給ふ氣色、幼びて美しげに見え給ふ。或女「繪は、御覽ぜさせむとせしかど、散らさじとてかくし給ひしかば、くち惜しくてこそ。かの姫君こそ、大將の御具にもしつべけれ。心ばへもやうくじくこそおはすれ」など、口々に物語などすれど、今一所、御物も宣はず、琴を手まさぐりにして、人々もの言ひ笑ふを見給へり。口つき、まみなどより始め、ほのかなる火のかげなればにや、げにこれこそ類なき御かたちなめれと、餘所に聞き奉りつるよりは、こよなく心とどまりて、とみにも立ち出でられぬ程に、出でたりけるよるの僧参りて、妻戸あらよかにかけつる音すれば、いとわりなくて、出でずなりぬべきにやと、なほ見立ち給へば、この宮の物語しつる人、この「蓬が門」とありし歌語たり出でて、或女姫君の御乳母子の小宰相といふが、しかく聞えたりし」など語るにも、誰ならむと思ひしを、さればよ、など聞き給ふもをかし。少しおとなしかりつる人、「例のみだり心地あしうなりにたるか
な。今宵はよもおこらじとこそ思ひつれ。あやしきわざかな。夜ごとにさへなりぬるにや、大宮のおはしまさぬ程にだにさぶらはで。いさとく、御傍にさぶらはせ給へ」など、いひおきて下るよは、御乳母なるべし。物言ひつる人も、「いたく更けさぶらひぬ。御帳に入らせ給ひね」と聞えさすれど、うたよねに皆臥し給ひぬ。琴ひき給へるは、やがて枕にて顔引きふし給へる容體など、心苦しげにらうたき御氣色なれば、見奉りおきて出でむは口惜しく覺えなりぬるも、さばかり、御簾の外をだにわづらはしき御あたりと思しつるには、違ひたる御心のにくさなりかし。斯うなむけぢかき程にて見奉りつる、とばかりは、かの御耳に聞え知らせざらむも、あまりうもれいたき心地して、やをら入りて、奥の御座にすこし引入れ奉り給ふに、思しもあへず、女二「こは誰ぞ」と言はれ給ふに、狭死にかへりまつに命ぞ絶えぬべき中々何にたのめそめけむと宣ふけはひ、なべてならぬを、いみじき御心惑の中にも、聞きや知らせ給ふらむ、いとど恥かしくいみじきに、物も覺えさせ給はず、唯引きかつきて泣き給ふけはひも、いとど近うまさりして、そこらはぶき給ふ年頃の心の程よりは、斯ばかりにて立ち退かむとも思されねば、かの夜半の身のしろ衣も、さりとも思しかへさむやはと、いと頼もしきに、こけも心の亂れまさりつつ、狭「大宮の御氣色もつよましく承れば、御文などをだにえ聞えさせねば、人づてならで聞え知らせむとてなん、心のどかにおぼしめせ。御けしきとらでは、さりともなめけなる心のおぼけなきは、よもつかひ侍らじ。よし御覽ぜよ」など聞え給ふ。げにうとましき様にもあらねど、かばかりも知らぬ人にけぢかく見えさせ給ふは、あさましく恥かしうおぼしめされて、唯ひとへ御衣にまとわれ給へど、いたく綻びてあえかにをかしげなる御身なり。肌つきなど、げに是こそあるべき程なれと、限なき御有様もことわりと、美しう覺えたまふにも、まづかの室の八島の煙立ちそめし日の御腕は、様ことに思ひ出でられ給うて、かばかりもいかにしつるぞ、もし氣色見る人もあらば、いとどのがれ所なく、召寄せたらむ時、いかなる心地して、命待つまの程は、なほさやうなる事なくてこそあらめ、又かう心苦しき御有様に、人知れぬ物思を添へ奉らむも、いと心苦しうあるまじき事と、かへすく思ひ取りながら、いとかばかりにては、後行末のたどりも、さすがに心強うえおぼしたどるまじう、亂れたるやうにて、消え入りぬべうおぼしまどひたる御有様の心苦しさも、いかどなりけむ。これやさは免れがたき契の程ならむと思ふも、様々におろかなるべき志とは覺えぬにしも胸さわぎて、思ふまよにえ見奉らざらむ事のなつかしう、さりとて今も、ひとかたにしも上の御氣色にしたがふべきこよちもせずなど、いとど亂れまさりぬる心の中、なほく我ながらもどかしう悔しきに、この御氣色さへいとみしきを、とかくなくさめ奉りて、我も涙をながし添へ給ひつつ、狭「思ひぐまなきやうに上の聞かせ給はむにより、御ゆるしなからむ程は、おほろけならで見奉り、御文などだにありがたくぞ侍るべき。中納言のすけしでぞ、思ひあまる折々聞えさすべき。なほあが君、おほつかなき御文などだにありがたくぞ侍るべき様にもてなさせ給ふなよ。さりとて今いく日もへだたり侍らじなど、思ひなくさめてなむ」と、いみじき事どもを聞えさせ給へど、中納言にさへいひ知らせむ程の、恥かしきさ
心うさを思し入るに、いとど唯今亡くなりぬる身ともがなとおぼされて、やすき事とは、身も浮きぬばかりにながれたる御涙、いと心ぐるしくわりなきに、左近の陣の時申すも、明けぬなりと聞ゆれば、いとど頬はしさも斜ならず、かたくの心のみ亂れて、いかなるべき身の有様にかと、かへすく物なけかしき、いとどやる方なくて、起きもあがらね給はず。さりとてかづら木の神の、一方にあらはれぬべき心地もせぬにや。岩橋を
よるべだにもわ
たらばや絕えまやおかむ
かつら木の神と、よろづになぐさめ聞えさせ給ふ程に、よべの戸の鳴るは、僧の出づるにやと聞ゆれば、やをら立ち出づるもうしろめたく心ぐるしきに、なぞや斯く思ひやりなくあやしき身なりけむ、楨の戸の思ひかけずやすかりしも、よべは嬉しかりしに、物思添へて立ち出づるは恨めしきまでおぼされて、押閉て給ふ。悔しくも
あけてけるかな
楨の戸をやすらひにこ
そあるべかりけれ
とまで思されけり。そのすなはち母宮上より下りさせ給ひて、やがてこの御傍にうち臥させ給ひて、御格子ども參りなどして、起きさせ給へるに、姫宮の御跡の方に、ふところ紙のやうなる物の落ちたるを、あやしう何ぞと取りて御覽ずれば、白き色紙などいへど、なべて見ゆる樣にはあらぬが、すこししぼみてしみ深く、うつりがなども、世の常の人とは覺えぬを、誰かはここに落すべきとおぼしはますに、御胸ふたがりて、心騷ぎも世の常ならず。姫君の御殿籠りたる樣なるを、見奉り給へば、夜もすがら泣きあかし給ひける御衣の氣色、いとしほどけけて、引きかづかせ給ひける御髪もいたう濡れたるを、さればよ、人の入り來りけるにこそ、あな心憂や、誰なりつらむ、かばかりの御身の程にかよる例あらむや、左大將のなべてならぬ有樣を、上の行末の御後見にと宣はするだに、いでや宮達は何となくて過し給へるこそよけれ、かろくしき御有樣におもひよそへられ給はむ事、あるまじき事とこそ思ひつれ、こは如何なる事ならむ、さりとも、しるべする人ありつらむ、などあさましくいみじけれど、人に問ひ案内し給ふべきにしあらねば、唯心ひとつにおぼし碎くさま、唯かた時の程だにいみじけなり。物にすこしきはたけきまで、すくよかにけだかく重りかなる御心にて、わが御宿世いとくち惜しう思しつづけらるゝに、人目もえつゝみあへず涙こぼれて、せきかねさせ給へるけはひを、宮御殿籠りたるやうなれど聞かせ給ふに、やがてきえ入るやうにぞ思さるゝ。大將は中宮の御方にて、夜あかし給ひて、つとめて御前に參り給へれば、御硯あけさせ給ひて文書かせ給ふなるべし。狭「よろしき紙やさぶらふ。筆のおろし賜はらむ」と申し給へば、御厨子あけさせ給ひて、唐の淺綠世の常ならぬを硯に具して賜はすとて、中宮上の、今よりさばかりうしろめたかるべき御心と、宣はするやう「あゝめるを」とて、うち笑はせ給へる匂も、かばかりなる事のかたきぞかしと見奉り給ふ。ほゝゑみて、狭「大方今より硯にも向ひ候ふまじきにや。わりなき仰せごとかんな。ゆたのたゆたに」と口ずさびて、見まゐらせ給へるまみの恥かしげさは、けにおぼろけならぬ御すさびもことわりぞかしと見え給へり。御帳の側に引きかくして書き給ふも、心ぐるしかりつる御氣色は、おもかけに立ちて、垣ほに生ふるにもおとらねど、もし見る人あらむにと、つよましさのわりなくて、書きもやられ給はねど、さりとて、これさへおほつかなくて苦しかりぬべければ、人やりならず歎くゝ、よろづにあらぬ樣に書きなして。狭うたゝねを
中々夢と
思はゞやさめてあはする
人もありやとなどやうにて引きかくして、やがて弘徽殿におはしぬ。中納言のすけの局に立ちより給ひて、おとなひ給へば、さり「けさの御供にさぶらひて、風の起り侍りにけるにや、みだりごこち例ならで、え起きあがり侍らで」とて、けにうちとけたる寢くたれ姿にて出で來たり。狭「よべも尋ね聞えさせしかども、本意なくてこそは歸り侍りにしか。遠き人のかはりには、たのみ聞えたれど、その後しもなかくに見放ち給へれ」と宣へば、さり「ひゝと日上の御前に宣はする事の侍りしを、告げまゐらせむとて、御消息聞えさせて侍りしなり。かの御事はいと近うなりにて侍るを、などかくおぼしめし立ちけも見えさせたま
はね。萬思ふさまに侍るべき事とこそ」と聞ゆれば、狭「いさや、世の中にありはつまじき夢を見しかば、物のみ心細くて、さやうの事も思ひ絶えて侍るに、並々ならざらむ事は、人の御爲いとほしかりぬべき事を思ふなり。あやしくゝながらも、長らへて仕うまつり果てよとこそおぼしめすらめ。かすまむ空の名殘ばかりにては心苦しくやと、人知れぬ心のうちには思へど、とかく申す事もなきを、殿などはいかに心得させ給へるにか、物憂がるなゝめりとて、さいなむこそわりなけれ」とて涙ぐみ給へるを、けに如何なれば、かくのみ思し宣はすらむ、と心苦しくて、われも涙落ちぬ。さり「いでや、いみじき事といふとも、唯わが御心にこそ侍らめ。さらば殿にもさやうに聞え給へかし。大宮は、あだなる御心ありとて、いみじくうしろめたけに聞えさせ給ふ」と聞ゆれば、狭「あやしのあだ名や。木の丸殿を聞きたがへさせ給へるにや。この御事もいかにぞや。世の人の心ならば、行末までの人の御上もたどらで、時の間にも見奉らむを嬉しくこそ思はめ。法師などだにかよる心はかたきにや。若無比丘と佛の切に戒め給へるよ。けにとこそ思ひ合せらるれ」とて笑み給へる御顔の、近くてはいとゞわかく美しげにて、あやしげなるわが顔にもうつりやすらむと覺ゆる御匂、けに如何ならむあやまちをだにし給ふべきに、かうおぼしつゝみ、行末の短からむ事をさへ宣ふも、けに世の人の聞ゆらむやうに、變化のものにやとぞ覺え給ふ。さり「いとあまりなる聖詞な宣はせそ、さしも聞え侍らぬ事どもも侍るなり。宮の御有様はしも、ほのかに見奉らせ給ひてば、えさしも心清からずや、とこそ思ひ給ふれ」とてわらへば、狭「切にかくいいひ威し給へば、心がはりこそし侍りぬべけれ。外道のむすめにも、佛ははかられ給はずりけるものを」とて、ありつる文、懷より取り出でてとらせ給ふ。狭「あなかしこ、宮などの御覽ぜむに、取り出で給ふなよ。事々しきさまにいひなすなる手も、見おとさせ給はむいと恥かしきかりぬべし。かの御目ひとつには、鴆といふ鳥の跡もむけに御覽ぜざらむは、餘りおほつかなくかりぬべければ」と宣ふを、さり「それは中々、參らすともかひある事は侍らじかし。大宮の御前などに取り出でて侍らむも、便なげにはよも、とこそ思ひ給へらるれ。上の御前なども、あやしく今まで音なきは、物憂きにや、などこそ仰せらるなれば、少し散らして侍らむもなどか」と聞ゆれば、狭「あなわびし。あが君あが君、さる事し給ふな。唯一所に御覽ぜさせ給ひて、やがて破り給へ」ととまめやかにわび給ふも、あまりあやしと思ふに、狭「誠にく常に宣ふありさま、少し氣近くて見せ給へ。さてや、けにこの世にとまる心もいでできけると、今宵なども、便なかるまじくば」など、例ならず心に入れて宣ふを、辛うじてめやすき御心かなと嬉しけれど、さり「いであなうたて。まだしきに目ならし聞え給はむこそあぢきなう侍らめ。おぼろけにては、さやうの御かいまみなど侍るべき御有様かは」と、事の外にいふもをこがましけれど、この人にもさやかなるけしき忽ちに見せて、かくあながちなる關守を破らむも、わづらはしく覺え給へば、こまかにも語らはぬものから、美しかりつる御けはひありさまは、面影に覺えぬにしもあらで、狭「あなわりなの事や。なほ然りぬべきひまあらば」など宣ひても、歎かしきものから、狭あふ坂を
なほ行き返
りまどへとや關の戸ざ
しもかたからなくに
と口ずさびて立ち給ひぬるを、あやしと心も得ねば、御返も聞えあへずなりぬ。この御文を引きかくして御前に參りたれば、宮は起きさせ給ひにけり。二の宮は、御帳の内にて未だ御殿ごもりわたりける、御帳のかたびら少し結ひあけて、大宮床におしかよりておはしますを、御帳のほころびより見參らすれば、男の疊紙をうち返しうち返し御覽じて、御袖を顔におしあてて、いみじう泣かせ給ふ。あないみじ、如何なる事ぞと思ひつゞくるに、などこの御文の、今朝しも急ぎておぼし立ちつらむ、と思ふに、ありつる關の戸ざし今思ひ合するに、心一つにいとおぼつかなく、この御文いみじうゆかしけれど、いかでかは開けむとする、けにこれをば大方に取り出でてはいと便なかりけり、もし然る事もあらば、我がしたるとこそ、誰もおぼしめさめ、など思ふに、いと煩はしくなりて、取も出でず、なほ隱しもちて、大宮もよろづに紛らはさせ給ひて、大宮よべまではさる氣色も、ものせさせ給はずりしかば、上にも上りにしを、俄にいかなる御心地にか」と、なほ歎き給ひて、まづわが方に渡らせ給ひぬる。大宮「いつもく何事にてか夜々苦しうすらむ。よろしくば上れ」など宣ひて、今ぞ御かたに渡らせ給ひぬる。中納言の佐近う參りて、「如何におぼしめさるゝぞ」など聞えさすれど物も宣はず、唯御枕のしたは、螢も釣するばかりにぞ流れ出でて臥させ給へる。唯然なりやと心得はてぬるに、むけに知る人なくては、いかでかさる事あらむ。又さるにては、この御文を賜ふべき事かは、いかなりつる事にか、と我も胸ふたがりて、覺束なくあさましければ、とばかり物も言はれで、つくゝと見奉るに、大宮の御心のうちぞいとほしき。この御方人におぼし宣ふは、かならずおぼし疑ふらむかし、とあぢきなく苦しけれど、とてもかくても、今はいとゞ免れがたき御中にこそは、つひには聞かせ給ひてむ、と思ふぞ賴もしかりける。此御文、いかにも引籠めてやむべきならねば、さり「今朝大將殿の參らせよとて、これを心づかひにてもものし給へれば、えこそ否び侍らざりつれ。又大宮なども、ことの外にはよも見なしなどは仰せられじ、と思ひたまふれば」とてうちおくを、宮はあるかなきかの御心地にも、これをさへ散らして、大宮の見給はむ事、とおぼすに、いとゞ死にはつる心地せさせ給へば、引き隱してよと言はまほしけれど、殘りなく言ひ知らせつらむも恥かしくて、え然も宣はず、いとゞせきやる方もなげなる御氣色なるを、理かな、よき人と申す中にも、心ふかけなる御有樣に、いちじるきしるしをさへ落しおき給ひて大宮の、いかなりつる事ぞと思しあわて給へる御氣色は、いかばかりかはおぼさるらむ、と心苦しき事限りなし。この御文を大宮に御覽ぜさせたらばしも、誰ならむと行方なくおぼしこがるゝ事はあらじかし、同じくば淡々しからぬ樣にてこそは、など思さむ事はくち惜しからめ、と思へど、あなかしこあなかしこと宣はせつる御氣色も、猶思すやうある事にこそあゝめれ、など一かたにしも寄る心ならねば、わが過のやうにいと歎かしくて、つくゝと見奉る。大將は、出で給ひて起臥おぼしつゞくるに、かけても思ひよらず、かごとばかりを聞くだにも、むづかしう煩はしかりつる御あたりに、いかに尋ねよりつる夢の浮橋ぞと、現の事とだに思されず、心ながら、かう遁れがたかりけりとても、ひとへにさらばと世に
從ひて定めむことは、なほいとくち惜しかりぬべし。さりとて又荻の上の露ばかりにては、いかでかは、などおぼしつゞくるに、人やりならず涙もこぼれて心苦しきに、いとゞ物思はしさぞ、信太の杜の千枝は物にもあらずなり給ひにけり。日ひと日なけき暮し給ふにも、わが心はかへすゝもどかしう、心づきなきものから、いといみじかりつる御氣色は、いかゞ人も見奉りつらむと、覺束なさもゆかしさもやる方なけれど、中納言のすけの許に、文かき給ふ。狭今朝のものはいかゞしなし給へる。今日は誠に一つ心にかけて暮し侍りつれば、などてかは、その光もかたうは、など賴もしきを、いかゞ。しるし見せ給はすば、かひなくこそ侍るべけれ。と宣へるを、つれなの御心構へと思ふも、憎くはあらでうち笑まれけり。御返には、すけ「今朝のは、參らせ侍りけれど、いさや心え侍らぬ事どもに思ひ亂れてなむ。うしろめたき御心の程こそ、懈怠なからむ御行ひのしるしも、かひなくやと見え侍れ。さても、戀の道
知らずといひ
し人やさはあふさかまで
も尋ね入りけむとあるを、獨笑せられ給ふものから、狭「いと罪えがましき事の樣かな」と、ひとりごち返して、狭「當來せざゝの轉ほうりんのえん」と、うち誦じ給ふ御聲のいとおもしろう。如何なる事のありけるにかと思ふもわづらはしくて、なほなどもえ言ひやり給はぬものから、日の暮るゝまゝに心は空にて、雲のはたてに物思はしさも、まめやかに理なけれど、如何にせまし、一方に思ひそめにし事は、月日に添へていと有り難けになりゆくめれど、さりとては如何はせむと、思ひなるべき心地もせず、この御事は萬にめやすかるべき事と、月頃思はざりつるにはあらねど、今はいとゞ、斯ばかりにてやみなば、忝き方も心苦しさも、なべてなる樣に思ひ過して、やみぬべき心地もせねど、さりとて今ゆくりなく定まり居給はむ事の、くち惜しうおぼさるゝは、かへすゝわが心づきなかるべき心のすさみ、いとゞ物懲しはて給ふべし。
さてもかの安積の沼の水絶えなむ事を、忍びあへざりし哀は、更に忘れ給はず、思ひよそへむ事あらぬ人の御有樣などにつけても、すこし下れる際など、自ら見つくし給ふ度ごとに、まづ思し出でられぬ折なし。道季が思ひよりし事ののちは、底の藻屑まで尋ねまほしき御心絕えざるべし。狭おもひやる
心ぞいとゞ迷
ひぬる海山とだに知
らぬわかれに思ひ出づるは、中々こよなう目ざましかりける道芝の露の名殘なゝめりかし。逢坂山のさねかづらは、人知れぬ御心ばかりにはおぼし絕えず、ありしやうにひたすら、如何樣にして免るゝわざもがなとはおぼされず、いかにせましと歎かれ給ふに、中納言のすけ、かの落しおき給ひし懷紙の事を聞えいでたるに、胸つぶれ給ひて、心おくれていとほしかりける事かな、さばかり氣色とり給ひては、脫れ難き事にや、などなほ煩はしくて、思ふまよにもえ責め給はず、唯ありし樣にて、わりなき際などに見る夢のたどちに惑ひ給ふ折々、ほのかなる度毎には、いとゞ心苦しう思しわびたる樣など、唯世のつねの人にてだに疎に思ふべきこゝちも給はず。まいて何事にてかは、少しもなのめには思ひ聞ゆべきぞ、と思しながら、御文なども、おのづから落ち散らむ事つゝましくて、おぼろけならでは參らせ給はず。音をだに高く泣かぬ歎を、夜もまどろむ事なく、この頃はおぼしあかし給ひて、狭人知ら
ばけちもしつべ
き思ひさへあと枕とも
せむる頃かなと人やりならぬなけきを添へ給ひける。女宮も、ありしのち、起上りて母宮にも明かに見あはせ奉り給はず、物をのみ思しくづほれて臥し沈み給へるを、大宮もことわりにいみじく思しながら、思はずにくち惜しかりける御宿世も心憂く、など思されて、いたうも慰め給はず、見入れぬ樣にて過ぐさせ給ふを、さぶらふ人々などもあやしと見奉るに、上の御前ぞ、如何なれば斯くのみはと、怪しがらせ給ひける。童御急ぎもいと近くなりぬるを、思しいそがぬ事」など、大宮をもいとものしげに聞えさせ給ふも、御胸騷ぎまさりて、あないみじや、さばかり恥かしけなる人に、心おかれ給ふやうにや、とおぼすに、如何樣にして、この事免るゝわざもがな、誰とだに知らばや、斯かりとても、如何はせむとて、世のつねのなま上達部殿上人などを、思ひゆるすべきには非ずかし、いでや、かばかりの人の、かく行方なくあさましき宿世ある樣やある、あな心憂、とおぼすに、涙ぞほろゝとこぼれ給ふを、かく例ならぬ御有樣を、おぼし歎きたると、上は御覽じて、かく月頃になるまで、見入れ奉らざりける事、などおぼし騷ぎたり。この事の後には、おのづから氣色見ゆる事もやと、目をつけさせ給へれど、かごとばかりも、そのしるしと見ゆる反故の端だにおち散らぬは、なほいかなりし事ぞと、おぼつかなくゆかしきに、三月ばかりよりは、まことしく苦しげにし給ひて、日にそへて、賴もしげなき樣にならせ給へど、よろづも忘れて、いかなるべき御有樣にかと思し歎くに、帝まいて いみじき御思におはしまさば、唯この御方にのみおはしまし暮して、おぼしめし歎かせ給ふ事限りなしと聞き給へど、いとゞかの人知れぬ御心の中は言ふ方なけれど、いづれのひまかは、御消息をだに聞え給はむ。や
うやう暑き程にさへなるまゝに、消え入りぬべき御有樣を、誰もく歎かせ給ふこと限りなし。常よりもあつき晝つ方、御帳のかたびら少し結ひあけて、床の上にて、日の御座ばかりを敷きて紅の羅のひとへ、すゞしの御袴ばかりを奉りて、腕を枕にて寢入らせ給へるに、御髪の久しく梳りなどもせさせ給はねど、露ばかりまよふ筋なく、つやゝとしてうちやられたるに、こぼれかゝらせ給へる色合つらつきなどの、かく久しき御惱に、露ばかりも衰へず、いとゞなまめかしく見えさせ給ふ。大宮もつくゝと見奉らせ給ふに、腕たゆきも知らせ給はぬにこそと、心苦しう悲しくて、涙のみほろゝとこぼれさせ給ふ。うち身じろきて、いと苦しと思されたるを、近う寄りてうち煽がせ給ふに、ひとへの御衣の胸少しあきたるより、御乳の例ならず黒う見ゆるに、心騷ぎしながら目とゞめさせ給へど、かくれなき御單衣にて、いと著るかりけり。如何なる事ならむと、なほ覺束なかりつるを、こは如何なる事ぞと、目もくれ惑ひて物も思されず、誠に憂かりける御有樣かな、如何樣にしない奉るべきぞと、おぼし碎くること限りなし。月頃は、乳母たちにも、かよる事のあるは如何なる事ぞなど宣はず、御心一つにおぼし歎きつるを、かよる事のありけるを、今は我一人しては、もて隱すべきにもあらずりけり、又この人々の中に知りたるもあらむ、さりとも、斯くおはするまでその氣色知る人なきやうはあらじ、など思しなりて、出雲、大和などいふ御乳母達を、忍びたる方に召しよせて、とみにもえ宣ひ出でず、咽せかへらせ給へるを、如何なる事ぞと皆思ひ騷ぐ。辛うじて、母宮「かよる事のおはしけるを、誰も知らぬ樣はあらじ。などか今まで知らせざりける。いかなりし事ぞなどだに知りてしがな」と宣はせやらぬを、うち聞く心地いかゞはありけむ。ある限りあきれ惑ひて、ものもえ申さず、頭を集めへて泣くより外の事なし。乳母等「月頃も、あやしう心得ぬ御有樣を、御もののけにやなど見奉り泣くより外に、又いかにもいかにも見奉り知る事も候はず。例せさせ給ふ事も、常にさのみおはしまさせば、あやしと見驚くべきにも侍らでこそ。さりとも、事のありさまは知る人侍らむかし。
昔物語にも、心をさなき侍り人につけてこそ、かよる事も侍りけれ。うちかはり、誰も見奉らぬ折も侍らぬを、なほ何時の際にか、さる事のおはしさぶ御諦目にやさぶらふらむ」と言へば、母宮「いでや、何か、誰もむけに知らぬやうはあらじ。とてもかくても同じ憂さとは言ひながら、その人とだに知らぬよ。かばかりの御身の程に、かよる事の類あらじかし。さぶらふ人々の程にてだに、いと斯う淡々しく、飛びかふ蟲鳥のやうに、ゆきずりの宿世ある人やはありけむ、唯さばかりの夢にてだにあらで、こは如何にすべき忘れがたみぞ」と押當てさせ給へる袖の雫、ことわりに、いみじとも世の常なかりける。乳母等「今はいかで、上の見つけさせ給はぬさきに出だし奉りてむ。神事などもしけう侍るめるに、いとゞおそろしく侍り」と聞ゆれば、母宮「さても終には如何すべからむ」と、世の例になり給ひぬべき御有樣を見奉りはてぬさきに、わが身いかで世になくなりなむと、片時の程に思ひくだけさせ給へる樣、けに誰もくはかくしき事あらじかしと見え給へり。
かく言ひさゝめく程に、「筵道參れ」など言ふは、渡らせ給ふべしと聞き給ふに、今少し心地もまどふに、渡らせ給ひて見聞えさせ給へば、いとかういみじき事までは、おぼしよらぬにや、いと心苦しげにて、暑さをもてあつかひ給へる氣色なるも、いとうしろめたけれど、少しあつき御單衣などに引きかへて、又、母宮「いとあさましき御事もありけるを、思しもよらぬにや。心して上にも見え奉り給へ」と聞え給ふに、宮又いかなる事ぞと、やがて消えはつる心地して、たけき事とは引きかづきて泣き給へるに、上渡らせ給ひて、「今の程はいかにぞ。暑ささへあやにくなる年かな。いとゞいかに苦しくおぼさるらむ」とて寄らせ給へるに、かくいみじげなる御氣色なるに、母宮もいみじう泣き給へる樣なれば、いとゞおどろかせ給ひて、「今朝の程に、苦しげさこそ增さらせ給ひにけれ。など斯くとも宣はざりつらむ。祈りなどをも、思ひよらぬ事なくすれども、しるしもなくて、かく增るさまにのみなり給ふは、いかなるべき御事にか」といみじくおぼし歎きて、帝しう落ち給ひなむ事」とて、搔き出でてうちやらせ給へるに、まよふ筋なくて、袿のすそばかりにやと見ゆるすそのかしさなど、けに類なしなどは之をいふべきにやと見えさせ給へり。帝「長さなどは、これこそ並ての事なれ。筋のをかしさ、つやゝさがりばなどは、類あらじかし」とて、いとめでたうかなしと見奉らせ給へるを御覽ずるにも、大宮は心さわぎのみせさせ給ひて、あはれ、かばかり思したる御心にも、何時かよる事を聞かせ給ひて、おぼし疎まれ給はむとすらむと、唯よろしき人の上にてだに、かばかり憂き事やはあるべき、と思さるゝに、涙も包みあへずこぼれさせ給へど、例の袖をおしあてて物宣はぬを、唯この御心地の事とのみ心得させ給へれば、帝「さりとも、何でふ事かおはせむ。こゝらの祈のしるし、ものし給はざらむやは」とて、我もうち泣かせたまひぬ。母宮「かうのみ、日に添へて賴もしげなくなり給へるを、心やすき所にて、御祈などもせばやと思ひ給へる。かばかりまでものし給へるを、もどかしなど思ふ人も侍らむかし」と聞え給へど、帝「いさや、かくてだに夜の間の覺束なさを、まいて見奉らざらむがいいとゐぶせきに、賴もしき人さへなく、心細かりぬべき事」など宣はすれど、母宮「けに、さりとても、かう賴もしげなうなり行く御有樣を、さのみやは」と聞えさせ給へに、さるべき宮づかさなど召して、御祈の事など細かに掟てさせて、出でさせ給ふべきにもなりぬ。かへすゝも覺束なかるべき事を、思召し宣はせて、殿にも聞えさせ給ひければ、さらぬ折々、はかなき事の折々、まづとぶらひ申し給へど、いと心苦しき御事と驚き給ひて、さまざまの御祈始めさせ、萬にぞあつかひ聞え給ひける。斯くいとおもくなりて出でさせ給ひぬるを、大將殿聞き給ふに、人知れずおぼし歎く事おろかならず。内侍のすけにも、常にあひ給ひつゝ、さるべき際あらば少し氣近くて見奉らむと、なほざりの氣色にはあらず責め渡り給へど、すけ「今はあるにもあらぬ樣にならせ給へど、夜晝大宮添ひおはしますには、いかでかは。さらば覺束なき事をさへおぼいたゝめるに、さやうにほのめかさせ給へかし」と聞えさするを、さすがに明かにもあらず言ひなしつゝ、思ひ歎き給へる氣色はおろかならぬを、いとあやしと思ひけり。
明日はありとも思ふべうもあらぬ世に、今一度見奉らでや、と思すはいと忍び難きに、涙はせきもあへずこぼれながら、言にいでていみじや悲しやとも泣きこがれ給はずながら、いと心深けに思し亂れたる氣色など、おろかにはあらぬ御心にこそはと見るも、心えねば、さり「この御心地も、物思ひに斯くまでもならせ給ひぬるにこそ侍るめれ。唯人知れぬ御事にてだに、さばかり心深き御心ばへに、おろかに思さるべきにもあらぬを、まいて大宮のおぼし歎くめる御心を御覽ずるに、いかでかはおろかに思召されむ。いでや、いとけしからぬ御心遣ひぞと思ひ侍れば、いと心憂くぞ侍るや。唯御文などをや散らしてましと思ひ給ふるを」と言へば、狭「我さへかくのたまふこそ心憂けれ。誰が上をも知らぬやうに、ひとへにな憎み給ひそ。いとわりなし」とて、ありのまゝには知らせじと思すなるべし。狭「あが君、なほこの文ちらさむ事な好み給ひそとよ。何事を知らせ奉るべきぞ。あやしかりけむしるしを思し疑ふにこそあらめ。其がいとほしきぞ。なほざりの垣間見は、あながちに便なかるべしとも思はで、近き程に參り寄りたりしに落ちけむよ。
誰がならむと、覺束なくおぼすらむよりも、かくと聞かせ給はど、今少し心づきなしとこそおぼしめさめ。行末の賴みあぢきなき事にや。さらずとも、岩にも松は生ふなるものを」とて、なほ我とは知られ奉らじと思したれば、いかにあやしく心得ぬ御心かなと覺えけり。宮は、久しく御覽ぜざりつる故郷に、立ち出でさせ給へるに、いとゞ荒れまさりて、物古りにける山の景色ももの恐しげにて、池の水も水草ゐて昔のかけもとまらぬに、蛙の聲ばかり賴もしきしるべにて、言訪ひまゐる人もなきまゝに、起き臥しつくゝとおぼし歎く事限りなし。月日の過ぐるまゝには、いかさまにして憂き名をもてかくして、明暮さぶらふ人々にも、この氣色を見せ知らせぬわざもがな、と思すに、わが御心地もいと惱しくなりて、橘などをだに見入れさせ給はず、唯同じさまにて臥し沈ませ給へるを、姫宮も見奉らせ給ふに、憂き身一つの故に、かくさへならせ給ひぬると思すに、いかでかは世のつねの心地せさせ給はむ、今日明日にて先さき立ち聞えて、恥かしくいみじからむ有樣を見え奉らぬわざもがな、とおぼせば、いとゞ沈み入らせ給ひて、けにいと賴もしげなき御有樣どもなれば、さぶらふ人々も、一所の御事をだに思ひ歎くに、又かくさへおはします事と、歎かしきものから、出雲の乳母など心かしこき人にて、姫宮の御爲、聞きにくき事世に漏り出でむよりは」など言合せて、「大宮の、今はとおぼし絕えて、とがめさせ給はざりけるなむ、出でさせ給ひて、いちじるき御有樣に見なし參らせつる」など内裏にも奏してければ、けに思ひかけずもありける御事かな、とばかりぞ聞かせ給ひける。なべての人の事も、とゞまりて程經させ給ひにければ、何事にかおぼしも咎めむ。老子は人の大事なる事と聞かせ給へど、さてけに苦しうさせ給ふ、とぞ聞かせ給ひける。世の中の人も、あやしう、ありくて中々珍しき御事かなとぞ聞き驚きける。今年ぞ四十五六になり給へば、などかはさしも給はざらむ。まいて御みめなどは三十ばかりにて、いと清けにおはしましける。我先さきにと、いづれも同じさまにて、賴もしげなき御有樣なれば、明暮見奉る人々だに何事かは思はむ。内裏などに、かくと聞かせ給ひてけるを、同じくは、けにいかで著からぬ樣にもてなして、この御うき名をかくすわざもがな、と大宮はおぼし念ずるけにや、唯同じさまにて夏秋も過ぎつゝ、冬の初にもなりぬれば、たしかなる事は知らねど、ありし懷紙の程をおぼしめし出でて、乳母達にもさやうに言ひ知らせ給ひければ、ものとひ何やかやと、心知るどちはやすき空なく、胸心をつぶしつゝ、疎き人々をば、ゐづれの御前にも近うは參らせず、唯この事助け給へと佛神を念じ奉る。姫宮は、大方の御心地などは、中々この程となりては、いと苦しくも覺えさせ給はねど、御身の、ありしにもあらぬ所せくなり行くまゝに、恥かしういみじからむ程の有様を、つひに如何にもてなさむと思すに、いといみじきに、人々の、やすけなく兎や角やといひ構ふる有様どもの、あさましさなどをさへ、世の言草にいひ傳へ、うへ聞かせ給はむ、など人知れずおぼさるゝに、唯斯くながら今のまゝに消え入りなばや、とおぼし入るるけにや、つねよりもい
と惱ましく暮れ行くを、羊の歩みのこゝちして、さすがに物心細く思さるゝを、木のした掬ふ風の音、いとゞ身にしむやうなるに、頭もたげて、見出し給へれば、色々に散りまがひて、梢あらはになりにけり。冬一吹きはらふ四方の木がらし心あらばうき名をかくすくまもあらせよとて、いと弱げに泣入り給へるを、大宮は少し寢入らせ給へれど、心とけてまどろむともなけれど、聞かせ給ふに、我もいとゞ消え入る心地して、あはれいかなる人、いとかばかりものを思はせ奉りて、知らず顔にて過すらむ、昔の世に何の契にて、かよる御事をも知らぬにや、身は徒になるも、いかなる武夫なりとも、少し哀とだに問ひ聞えば、さりとも忍びあへぬ氣色もりいてぬ樣あらじやは、とてあさましくつらく思さるゝ折しも、前の聲いとおどろおどろしくて參り給ふ人あり。かよる御心地の程とて、さるべき大夫宮づかさなどより外には、殊に參りとぶらふ人もなく心細きに、侍ふ人も立騷ぎて、御隨身の聲遣も、帝のあたりことぐしきを、人々はし近くて、「誰ならむ、珍しくもあるかな」など、言ひて見るに、東の對につゞきたる渡殿より、歩み出で給へるを見れば、左大將殿におはしけり。宮のさぶらひして、「中納言の内侍やさぶらひ給ふ」と尋ねたまへるを、大宮聞かせ給ひて、いと心ぼそくかすかなる御里居の程にも、大殿の御心の哀にまめやかなるを、おろかならず思し知らるれば、近き御簾の前に齒さし出でて、こなたにと聞えさせ給へり。參りて居給ふ有樣、うちふるまひ給ふ用意などより始め、例のあなめでたとのみ見えさせ給ふに、うち匂ひたる御薫も、あやしきまで人には似ずぞ見え給ふ。いろゝの紅葉がさねのうへに、紅の撓ちたるが色もつややもなべてならず、溢るばかりなるに、龍膽の織物の御指貫の、枝ざし花の匂、唯今折りて見るやうに織り浮されたる、目もかゞやくばかり見ゆるは、かつは著なし給へる人がらなるべし。立田姫の人わきなどしたるにはあらじと見ゆる。もてなしけはひは、飽くまで氣高う恥かしげになまめかしくて、御顔はこまかに美しげにらうゝしく、愛敬づき給へるにほひは、誠にはなぐと、あたりまで匂ひみち給へるなど、所かへて見奉るは、又光ことにめでたく見え給ふに、かばかり思ふ事しげき宮の内の人、名殘なくうち笑まれける。中納言の佐召して、御心地どもの有樣などこまかに聞ゆれば、狭「大臣は、常に參るべきやうに宣はすれど、いかなるにか、心地例ならず思ひ給へられて、志の程よりも怠り侍りけるを、内裏にて承りつれば、賴もしげなき樣になむとて、いみじうおぼしめし歎かせ給へるに、驚きながらなむ。大宮の御心地はことわりなる御事におはしますなれば、慰め所も侍るを、姫宮の御心地こそ、聞えさせやる方なく侍れ。上もいみじう歎き聞えさせ給ふめる」など宣へば、すけ「私にのみはいかでかは」とて、參りて大宮に啓すれば、いと苦しくて物も言はれ給はねど、かく參り給へるもおろかならず思しめされて、母宮「先さきにとは急がれ侍れど、いかなるにか、かくのみ露に爭ふさまにて、今まで長らへ侍るにも、有りがたき御心ばへを、知らず顔にて過ぎ侍りぬべきをなむ、思ひ殘し侍りぬるには、もはやうがとは必尋ねさせ給へ、と聞えさせまほしかりつるに、
嬉しく立ちよらせ給へる」なども、はかくしくつゞけやらせ給はぬを、承る心地もいとゞ堪へ難きに、傳へ聞き給ふは袖にもあまり給ひぬべし。かたみに苦しき御心地どもに、けにいかに思さるらむ、さばかり心苦しくあえかなる御有樣に、心地の日頃わづらひ給ひて、打臥し給へらむ有樣など思ひやらるゝに、やがてこの御簾の内にも這ひ入りぬべく、ゆかしう哀に覺え給へど、心にもあらず、狭「小野のしゝの原」と、口ずさびて、涙ぐみ給へるけしき、言ひ知らずなつかしう哀なるを、けに大空も思ふ心を見知るにや、俄に曇りてしぐるゝに、木枯のあらくしく吹きまよふにつけても、色々の紅葉散りかよひつゝ、いたく濡れ給へど、みだれたる扇のかくれなきをさしかくして、狭人知れ
ずおさふる袖
もしぼるまで時雨とと
もにふる涙かな聞きわくべうもなくひとりごち給ふを、中納言の佐の耳くせに、さり心からいつも時雨のもる山に濡るゝは人のさもとこそ見れといふを、出雲の乳母少し近く居て聞くに、耳とまりけり。語らはまほしき事ども、數知らねども、人近なるけはひなれば、言少にて、泣くゝ立ち給ひぬるを、あかずのみ思ひきこゆるに、名殘の匂は、なほくゆり滿ちたる心地するを、若き人々はせちにぞ聞ゆるを、さし歩み給へる腰つき、指貫の裾など、たをくとなまめかしきに、風に吹き赤められ給へるつらつきぞ、紅葉の錦にもやゝ立ちまさりたるにほひにて、冠の纓の風にしたがひて吹きかけられ給へるなど、あまり人の心をみだるゝつまとまり給へるも、忌しうやと見え給ひけり。日の暮るゝまゝに、大宮もいと苦しうさせ給ひて思されければ、これや限りならむ、つひにこの事をもて隱さでやみぬること、限りあらむ命の程もくち惜しう、消えかへりつゝ、あるかなきかの御有樣にて、夜中にもなりぬ。姫宮は、片時の程も先だち聞えずやなりなむと、泣焦れさせ給ふさま、誠に限りなゝめりと見え給へど、見奉る人々の心地、ゆゝしういみじ。内裏より御使參りちがひ、大殿よりも立歸り、あはれに聞えさせ給ふ。騷がしきまぎれに、姫宮まづ消え入らせ給ふにやと見ゆるに、御乳母たち泣き惑ひて抱へ奉りたるに、乳兒のうち啼き給へるは、今少し心まどひして、うとき人々は寄らず、ただ大宮のせさせ給へると知らせたり。後の御事など、こゝら立て重ねつる大願のしるしにや、いと疾うなりはてぬれば、心地少し靜めて、あるにもあらで臥させ給へる大宮を、子持のやうによろづにし臥させ奉りて、姫宮をば、苦しうさせ給ふとて、いと奥深うおはしませて、御乳母達ばかりぞ參り寄りける。兒の御ありさま更にもいはず、世に珍しきさまなる男にてぞおはしける。内裏の御使などかへり參りて、かくと奏すれば、平かにさせ給ひてけるを、嬉しく聞かせ給ひて、御佩刀など、例の作法どもありけり。後は知らず、唯今は先、月頃思ひくゞほれつる胸どもあきて嬉しくいみじきに、大宮も、こよなく力出できたる心地させ給へど、めづらしき人まづ見奉らせ給ふに、唯大將の御おなじ顔にて、誠に美しき御さまなるを、こは何處なりし人ぞ、あなあさましと思さるゝに、涙のほろゝとこぼれかゝり給ふも、かばかり憂くゆゝしく、月頃思はせ給へる人ともおぼされず、いまくしく切に笑ひかゝらせ給ふにも、かよる人の有樣を見
ず知らず顔にて過すらむ人よと、つらう心憂く思されけり。母宮雲井ま
で生ひのぼら
なむたねまきし人もたづ
ねぬ嶺の若松と宣はする氣色も、いと哀げなり。出雲の乳母、かのありし日の御口ずさみを語り聞えさせて、出雲「この御顔のたがふ所なきに、いとゞこそ思ひ給へ合すれ」と啓すれば、中納言の佐がしわざにや、さらば、他人よりも目やすかりぬべきものを、つれなき氣色ならむは、賴むべき程にはあらぬにこそはあらめ、上の御氣色などをも、ことにうけひかぬにやなど聞きつるは、斯うにこゝろはありけれど、この御事をも知りたらむを、かよる心構へなどを、いかに聞くらむ、とおぼすに、心いと恥かしう思しながら、行末に宮たちにておはせむも、むけにこゝとの外にならざりけりと思しつゞくるに、月頃は嬉しと思ひつる御あたりとも覺えず、たがふ所なきかほつきに、つらく心憂くぞ思しなりぬる。中納言の佐の、あやしくゝと月頃目とまる事、耳に立つ事多かりつれど、わが心のくせにやと思ひ消ちつるを、この嶺の若松の御獨言をほの聞きけるに、いとゞさればよゝと思ひ合せて、哀なりける御宿世を、いかなる事におぼし定めて、かく忍び過させ給ふらむ、かばかり美しき人の御有樣を、おほやけものになし奉り給はむずるよ。大殿の、言ひしらぬ賤の男のもとにも、この御子と名のらむは、いかばかり嬉しからむ、と明暮のたまはずすなるものを、まいていかにおぼし喜ばまし、大殿もかくと知り給ひなましかば、さりともえ忍びあへ給はざらましものを、くち惜しき事なりや、とかへすゞ歎かれけり。御湯よりのぼりて臥し給へる御顔、唯かの御子の程と覺え給へるを見るにも、大貳の乳母にこれを見せたらば、いかに言知らずかなしがりうつくしみ奉らむ、と見るに、我だにいみじうらうたく覺え給ひて、いかでとく見せ奉らむと思ひあまりて、出雲の乳母にぞ、母宮「空目かとよ。唯その御顔とこそ見えさせ給へれ」といふを、いでや知らぬ樣はあらじとつらければ、出雲「さしも見えさせ給はす。よき人どちはよしなきだに似るものなれば、まいて同じ御ゆかりなればにこそは。されどこれは、今より樣ことに、王氣づかせ給へる御氣色にぞ」と答ふるもをかしかりけり。
七日も過ぎぬれば、姫宮は、心より外に生き留りぬるをくち惜しう恥かしと思せど、けに限りあるわざにや、やうくさわやかになりて、今は斯うにこそはと、流れての名のうしろめたさをのみ思すに、大宮の、この御産屋の程は、こよなうよろしき樣にならせ給へりつれば、日頃よろづに思ひ屈したりつる人々も、うち休みて心ゆるびしたる夕暮の程に、たゞはかなう消え入らせ給ひぬるを、けに見奉らむとおぼし念じけるにこそは、と悲しういみじきに、姫宮は更におくれ奉らじと思しまどへる、けに心にかなはぬ事なりければ。内裏にもきかせ給ひて、人より先に參り給ひて、あまたの宮達おはしまさせば、睦まじうやむごとなき方には思ひ聞えさせ給へるを、何ばかりの程の御齡にもあらでかく別れさせたまひぬるを、いかでかはよろしくもおぼしめされむ、姫宮さへ留らせ給ふべうもおはしまさゞなるを、いと心苦しくて、帝「一人の御事をのみやは思召さるべき。今いくばくも侍るまじきを、今一度見むとも思さぬにや。幼き人々のとまりて侍らむも、なほ諸共にこそ御覽じあつかはめ」と返すゞ恨み聞えさせ給ひて、慰め申せとも、さるべき人々など奉らせ給へれど、我故つひに斯くなり給ひぬるに、片時にても長らへて、獨惑ひ給ふらむ道の行くへも知らざらむは、いみじう悲しかるべきを思しこがるれど、けに憂きに堪へたる御身にや、煙の雲となり給ふにも、つひに立ち後れ給ひて、七日々々のはて方にも、やうくなりぬ。御とぶらひに大將の參り給へるに、中納言の佐對面して、かの「嶺の若松」とありし獨言を語り出でたるに、御顔いみじう赤くなりて、あさましういみじと思したり。狭「など今まで心憂く告げ給はざりつらむ、おのづから何事につけても氣色は見給へらむものを。かくなむと聞かましかば、いとかく餘所の物にはなし奉らざらまし」と哀れにくち惜しと思したれば、いでや、いとけしからず心憂き御心から、誰が御ためもいとほしう侍るにこそ。誠に物おもひに死するものとは、この御有樣にてぞ見侍りぬる。姫宮も更に留らせ給ふべうもおはしまさゞめり。まめやかに心憂き心にぞおはします」とてうち泣けば、狭「他人のいはむ樣にも宣ふかな」とて、狭「けに身の程知らぬ心の程の、おほけなさこそ罪には侍れ。それも、ことの外に人も宣はずときかましかば、身を無もなすとも、人をばいたづらになし奉るべき事かは。思ひぐまなき樣なる心いられの心づきなさは、みづからだに思ひ知られたれば、まいて内裏などの聞しめさむ所の無禮げなれば、御ゆるしなからむ程はと思ひ侍りつるぞかし。その程も、時々聞ゆゝにしたひ給はましかば、見知る事もありなまし。餘所の人のやうに情なくぞおはする」と、唯恨みに恨み給へば、すけ「おのれつらくてとは誠にこそ侍りけれ。過ぎにし方かやうに恨みさせ給はましかば」とて、うち笑ひぬれば、いみじうもの哀とおぼしたる氣色にて、ことに物も宣はず、涙ぐみ給へれば、なほいと疎なる御心にはあらぬなるべしと心苦しくて、すけ「大宮さへ斯くならせ給ひぬれば、いとゞ何事にかは、内裏にはおぼしはらせ給はむ。御心地だに少しよろしくならせ給ひなば、同じ心に若宮をも見奉らせ給はむ」と聞
え慰むれど、狭「いでや、それにつけてもくち惜しう、中々にこそあるべけれ」とて、いみじう思し入りたり。はかなく月日も過ぎて、御四十九日なども果てぬれば、内裏よりは、「とく參らせ給へ」とのみ、うしろめたがり聞え給へど、同じ樣に打臥し聞え給ひて參り給はましかば、何事も心より外なる樣にて心憂く恥かしき有樣も、もて隱され奉らましを、何事に思ひ慰めてかは、憂きを知らぬさまにて、恥に死にせぬ身を長らへむ、など思し沈めば、起きだにあがらせ給はぬに、大將の御事も、年かへらむ儘にと急がせ給ひて、乳母達のもとに用意すべき事どもなど仰せられたるを、嬉しき事に誰も思ひそゞろ聞かせ給ふにも、おほつかなき事をさへおぼしこがれて絶えはて給ひにし、蟹の刈るてふ心づきなさは、世に知らずつらう心憂しと、人知れずおぼし知るに、心よりほかならむ藻鹽の煙は、あさましかりし幻のしるべならでは、又夢にだにいかで見じ、とおぼさるゝを、いかにしてさるべき事のなからむ前に命絶えずば、身をあらぬ樣になして、さばかり思ひつよ消え給ひにし御身の苦しさなどを、知らず顔にてはいかで過ぐさむ。身の上より外に、この世に思しむすぼほるゝ事はなかりしものを、などつくゝと過ぐる日數ごとに思しつゞくれど、流石にわが御心一つにては、すべもなきやうもなく、人に宣はせむも、唯今はよき事といふべきならねば、唯たけき事とは、御湯などをだに見いれ給はで、さばかり思し入りたりし身を、今までおくらかし給へるが心憂き事と、哀ともおぼしいでて、今日明日迎へさせ給へとのみ思しこがるればにや、けに日に添へて賴もしげなき樣にぞなり給ひける。内裏よりは、帝「今一度見むとは思されぬか」と、かつ恨み慰め聞え給ふ事、日に幾度といふ事なく、御使立ちかはりつゝ參れど、何のかひもなくて、限りとおぼさるゝ夕つかた、内裏より參りたる少將の内侍を召し寄せて、さかしき樣にやと、恥かしく思さるれど、聞きに紛らはして、玄上「日頃はよろしくもやと待ちつるに、今日などは留るべき心地もせぬを、佛の御しるしもやと試みまほしくなむ。如何なりともしばし見むとおぼしめさば、今宵の程にもと奏して、案内言はむ」と宣はすれば、泣くゝ參りて、斯くなむと奏すれば、とばかり物もえ宣はせず。帝「限りに見なし聞えさすとも、さばかり惜しげなる御髪を、いかでかいふかひなくなし奉らむ」とて、あるまじき事に思しめされて、帝「かはらぬ樣にて見えむとこそ思さめ。いと心憂き事」とのみ聞えさせ給へれば、けに然ぞおぼしめさるらむかし、さらば如何は、などくち惜しうおぼし入るに、又の日などは、誠に消えはてさせ給ふさまながらも、女少し哀と思ふ人あらば、斯うながらは、然りとも見ましや」と稀々は息の下に宣はするを、乳母達などは、「きろゝとなし奉りても、時の間の御命をたすけ奉りて見奉らむ」と、臥しまろび泣きこがれて、度々斯くなむと内裏へ奏してければ、けに限りあらむ御命の程を、切にやつし難う思ひ聞えて、かの本意をたがへむも、後の世のため如何、とおぼしなりて、この宮の御叔父の横川の僧都に仰せごとあれば、承り給ひて、その作法どもして、鉦うちならし給へるを、聞く人々泣き合ひたる樣、大宮の失せ給へりしよりも、中々心あわたゞしういみじけなり。乳母達の、「なし奉りても、平かにだにおはしまさば」と賢しういひつれど、
御髪かき出でて削ぐを見るは、唯の人だに目も昏れまどふを、まして明けくれ撫でつくろひ奉りたるかひありて、かばかりの類あらじと見えさせ給ふを、かくしなし奉るは、なかく空しきさまに見奉りたらむにも勝りて、心もをさめられあへず臥しまろぶ樣なるを、何の勞なき僧都の御心地にも、ことわりに悲しく思されて、涙おし拭ひつゝ、頓にもえ削ぎやり給はざりけり。内裏にも、斯くなむときかせ給ふに、ひとへに空しく聞きなさせたまはむにも劣らず、飽かずくち惜しくぞ思されける。されど、けに忌む事のしるしにや、かくて後はやうく消え入り給ふ事など、よろしくならせ給へど、わが御心地にも、今はいかでしばし長らへて行きもせばやと、こよなく思し強りつゝ、御湯などばかり強にして召しなどすれば、あるか無きかなる御樣ながらも、過ぎさせ給ひけり。大將かゝる事を聞き給ふに、くち惜しく悲しとも世のつねなり。ことの外に心づきなうなどおぼえ給はむだに、人の御程、事のありさまなどを聞きおほさむに、いかでか疎におもほされむ。まいて然までおろかに、いでやと思ひ聞え宣ふにもあらず、あながちなる心のすさびに、あまたの人を徒になし聞えつるは、人にこそ宣はね、一方ならず、いかでかは世の常におぼされむ。人知れず思ふこと叶ひなばなど、世のけしき見はつる程は、忍びくにも見奉りてむなど、あまり心のどかに思ひつる程に、けに人はいかにおろかにつらきものと思しつらむ、夜目にもしるく、さばかりをかしげなりし御有樣、髪の手あたりなども今も思ひ出でられて、惜しう悲しきに、今一度かはらぬ御有樣を、などてあながちにても見奉らすならにけむ、とくち惜しきに、臥しまろび泣きこがれ給へどかひなし。過ぎにし方いとかばかり覺えましかば、誰が爲にも目やすからましと思ふには、さしも忍び所なき人だにも、哀なるべきわざなるを、まいてつくゝと思ひゞ聞え給ふに、何事を飽かず思ひて、かくしなし奉りて、さばかり美しかりし人を、餘所のものになしつるぞ、と思ひつゞけ給ふに、苦しう悲しとは之を言ふにや、と思ひつゞけらるゝに、袖の氷解けずあかし給ふ夜なくは、今始めて別れ奉りたらむ床の心地して、寂
しさも戀しさも類なかりけり。けにすさまじきものにいひおきたる師走の月も、見る人からにや、宵過ぎて出づる影さやかに澄み渡りて、雪少し降りたる空の景色の冴え渡りたるも、いひ知らず心細けなるに、小夜千鳥さへ妻呼び渡るに、貫之が「妹がり行けば」とよみけむも羨ましく、ながめ佗び給ふに、心もあくがれ惑ひて、例の御乳母子の道季ばかり御供にて、かの宮におはしたれば、御門なども、わざとしたよむる人もなきにや、入りて見渡し給ふに、時わかぬみ山木どもの、木ぐらく物深きを尋ね寄るにや、四方の嵐も外よりは物恐ろしけに吹きまよひて、雪もかきくらし降り積る庭の面は、人のけはひもせねば、わざともえ驚かし給はで、中門につゞきたる廊の前に、つくゝとながめ居給へり。見奉りそめし夜の有樣よりうち始め、あさましうはかなかりける契の程は、わが御心にだに思ひ過ぎ難きを、まいて世をおぼし離れぬるも理ぞかし、あはれ如何ばかり物をおぼしつらむ、今とて、ひとへに世をえ思し離れじかし、などいはけなからむ人の御有樣につけても、わが身を憂しとおぼし忘る事はあらじかし、あはれただ今も寢覺めてや思し出づらむ、又いとかばかり思ひ歎くも夢にや見給ふらむ、さまで思ふらむなど知り給はじかし、など思ひつゞけ給ふに、袖も絞るばかりになりぬ。池に立ちゐる鴛の音なひも同じ心に思されて、狭我ばかり
思ひしもせじ
冬の夜につがはぬ鴛
鴦のうき寢なりともといふも、聞く人なければ、くち惜しさに、もし寢覺したる人やあると、試に近う寄りて聞き給へど、音する人もなくて、格子どもの風に吹き鳴らさるゝぞ、心ときめきせらるゝよ。かひなくとも、近き御けはひをだに聞かまほしく、若宮の御事もいかゞ思したる事と、御氣色もゆかしきを、今宵過ぐさむ事の心もとなければ、しるべする人もなくてむけに覺束なきを、いづれともなからむ御中に入り立ちて、玉藻苅るあま尋ねむも今更にいかゞ、とつゝましけれど、唯斯うながらは立歸るべき心地もし給はねば、とかう探り給ふに、離るゝ所もありけり。風のまよひに、やをらおしあけて見給ふに、御殿油ほのかにて、もの見分くべうもなけれど、然にやと見ゆる方樣に傳ひより給ふ匂の、人よりは殊に、さと匂ひたるを、思しやりつるも著く、姫宮は、いつもとけて寢させ給ふ事なかりければ、あやしと思して少し見やり給へるに、あさましく思ひかけざりし夜な夜なにかはらねば、その折よりも今少し心騷がせられて、萎えたる御ひとへを奉りて、御帳の後にすべりおり給ふも、わだくと戰かれて、頓にも動かれ給はざりけり。男君もさなゝめりと覺ゆる御けはひに、われもえ忍びあへず引きとゞむと思へど、あまたある御衣どもの上重ばかりぞ殘りたる。くち惜し心憂しとも、よのつねの事をこそ言へ、いとかばかりまで、見ま憂きものにおぼし置かれにけると思へば、身より外につらき人なう、悔しくいみじきに、御衾も衣もさながらおしやられて、ありながらの匂ばかりとまりたるに、終宵泣き明したまひける涙に浮きたる枕の探りつけられたるなど、いと斯ばかり覺え給ふ事はなかりつるを、悲しなども世のつねなり。蠅も釣するばかりになりにけるも、唯わが身の上にこそはあらめ、こゝらの月頃を、知らず顔にて、心解けて明す夜な夜なもありけるは、我ながらだに恨めしくいみじきが、唯斯うながら死ぬるわざもが
なと思されて、この留めおき給へる御衣を引きかつぎて、よゝとぞ泣かれ給ふ。狭かたしきに
いく夜なくゝ
を明すらむ寢ざめの床
の枕うくまでといとゞ流し添へ給ふけはひのいみじきを、遠くもえのき給はず、轉びいで給へれど、唯御帳のかたびらに纏はれて、探りやつけられむと思すに恐ろしくて、わだくと震はれながら、近き程の御けはひに、いとゞ催さるゝつらさにや、薄き御衣ひとへは、やがて絞るばかりに濡れにけり。夜もやうく明けやしぬらむと思ふまで、起き出づべき心地もし給はねど、若宮の寢おびれ給ひて、俄に泣き給ふに、人々も起くるけはひして、「風の荒きに御殿油も消えにけり。紙燭持て參れ」などいふなるにも、唯斯うにて、伏籠の少將の樣になりなまほしけれど、かひなきものから、隱れ居ていかに佗しいみじと思すらむとおしはかるも、今は更に、唯居るにも御心に違はぬをだに、人知れぬ志には、と切に思ひおこして立ち出で給ふに、奥のかたには三の宮臥し給へるなるべし。御髪の手あたりつやゝかに長う探られて、今ぞうち身じろき給ふ氣色なるを、昔の心ならましかど、總角もいかゞならましと、流石に美かりし御火影は思しいでらるれど、今はかやうのかた誠に戀りはてぬる心地し給ひて、風の音にまぎらはして出で給ひぬるに、若宮の御聲のなほ聞えて、とみにもえ立ち退き給はず。狭知らざり
しあしのまよひ
の鶴のねを雲の上に
や聞きわたるべきとて誠に過ぎ難けれど、咎むべき人目もなき所といひながら、あまり長居せば、さばかり有りがたうめでたかりける御心の深さも、今更にあさはかにや見なされ給はむ、とあぢきなけれど、明けぐれの程に出で給ひぬれど、かの御枕の雫のみ心にかゝりて寢られ給はねば、御手水召して行ひつゝまぎらはし給ふ。源氏の宮の御方にも常よりは疾く人々起きたる聲して、終夜積りたる雪見るなるべし。タイみ給ふまゝに、渡殿の外より見通し給へば、若きさぶらひどもの汚げなき、色々の狩衣指貫など淸げにて、五六人雪まろばしするを見るとて、宿直姿なる童、若き人々など、出で居たる姿ども、いづれとなくをかしげにて、「踏まゝく惜しきものを」などいへば、御簾の内なる人、「同じくは富士の山にこそ作らめ」など言へば、「越の白山にこそあゝめれ」といふなり。御前には起きさせ給うてにやとゆかしければ、隅の間の御障子の細目に開きたるより、やをら見奉り給へば、母屋の軒端なる御几帳どももおしやられて、常よりも晴々しくて、そばの柱のつらに脇息におしかゝりて見出させ給へり。皇太后宮の御かたみの色にやつれさせ給へる頃にて、この頃の枯野の色したる御衣どもの、濃く薄くすきゝなるに、同じ色の撓ちたるわれもかうの織物のかさなりたるなど、他人の著たらば物すさまじかりぬべきを、春の花、秋の紅葉よりも、なかくなまめかしう見ゆるは、人柄なゝめりかし。わざと引きもつくろはせ給はぬ寢くたれの御髪のこぼれかゝりたる肩の邊など、樣殊に見えさせ給ふ。人々の遊びそぼるゝを御覽じて、笑ひなどせさせ給へる愛敬など、曇りなき雪の光にもてはやされ給ひて、俄にあたりまで光るやうに見えさせ給ふ。なほいみじと言へど斯ばかりなる人はあらじかしと、見奉る度毎には、一方の心惑ひのみせらるれば、あまたの人をも徒になしつるぞかし、終にはわが身も
ほからしき事もあるまじきぞかし、と思へば、涙は例のこぼれ給ひぬ。富士の山いと大きに作り立て煙立てたるは、けにいとをかしう見やられ給ふ。宮、源氏いつまでか消えずもあらむあは雪の烟は富士の山と見ゆともと宣はすれば、御前なる人々心々に言ふ事もあるべし。つくゝと見奉るにも、なかなか心のみ騒ぎまさりて、いとかくしも作りおき聞えさせけむ結の神さへ恨めしければ、やをら立ち退き給ひて、狭燃えわた
るわが身ぞ富
士の山よたゞゆきつ
もれども烟立ちつゝなど思ひつゞくる程は、行も懈怠するは、思へばいと心憂くて、狭「南無平等大會一乘妙法」と忍びやかに宣へる、なべてならず尊く聞ゆゝに、人々、「この渡殿の御障子より御覽じけるにこそあゝめれ。あさましげなる朝顔を」と侘び合ひたり。おとなしき人々は「烟も今はといふべくもあらず、をかしき御けはひかな」とめで聞えて、御心のうちは知る人なし。春宮の御つかひ參りぬと聞き給へれば、例の心やましくて、御前に參りて見給へば、母宮もこの御方にて御文御覽ず、御使はやがて宮の亮なりけり。女房の袖口なべてならず、出居つゝ物いふめり。御文は氷襲の唐の薄葉にて、雪いたう積り、えもいはずしみ氷りたる吳竹の枝につけさせ給へり。大宮、「いとをかしき御文かな。かやうの折は御みづからも聞えさせたまへかし」と宣はするを、大將は、などかく切に聞えさせ給ふらむと、ふさはしからず聞き給ひて、うち見やり奉り給へば、いとつゝましくて思しもかけねば、母宮、「珍らしげなき古めかしさは、いかに見所なうおぼさるらむ」など、もてなやませ給へど、大將の君、「しやうゝの人恥かしげなる御手ぞかし。今日はまいて見所待ちむかし」と、ゆかしげに思したれば、母宮「いとあるまじき事におぼしたるに、いとゞかう申し給ふ」と、笑はせ給ひて、やがて母宮「この御かへりは數へ聞えさせ給へ」とて、御文も賜はせたれば見給ふ。春たのめつゝ
いく世へぬらむ
竹の葉にふる白雪の
消えかへりつゝ硯の水もいたう氷りけると見えて、筆がれに書きなされたる文字樣などこそ、細にをかしげならねど、筆のながれなどは、いとあてにをかしき御手なりかしと見給ふ。狭「けにいとほしく候ふめるを、聞えそこなひてはくち惜しくや」とて、うちおき給へば、源「まいて損はぬやうはあらじ」と宣はすれど、狭「さりとては」とて、末の世も
なにたのむらむ
竹の葉にかゝれる雪の
消えもはてぬでと書かせ奉らせ給へば、いと苦しとおぼしながらも、「いかゞ」などもえ聞えさせ給はで、うちそばみて書かせ給ふ手つきなどの美しげさ類なし。雪の光に朝日さへさし添ひて、御かたち有樣けざやかに見え給へど、例の心の中はしづめがたうわりなし。御使かへりて、ふまぎれに、御硯の筆を取りて、ありつる御文のはしに、手習し給ふやうにて、狭そよさらに
賴むにもあらぬ
小笹さへ末葉の雪の
消えも果てぬよ「短き蘆のふしの間も」など、書きすさみて見給ふにも、我ながらこよなく見所あるを、何事にもおよぶまではなかりける身ながら、今一きはおとり聞えさせけむ、さきの世の
行の程、くち惜しき中にも、心にまかせて書きかはし、終にはとおぼしたる氣色の羨ましさは、妬かりけり。狭「理といひながら、斯ばかりの事さへも、こよなく候ふものかな。いかど御覽ずる」とて參らせ給ふを、近くさぶらふ人々、「いとしたり顔なる御氣色かな」とて笑へば、我もうちほゝ笑みつゝ、狭「誠にもえ候ふまじや。いかにくゝ」と切に申し給へば、見るともなくてうちそばみて置かせ給へるは、狭「あなおほつかなのわざや」とて、引き破り給ふを、大納言の君といふ人、「賜はせよ。見くらべ侍らむ」と聞ゆれば、狭「いでや、すけなげなめれば、まいてはかゞしう見ない給はじ」とて、こまぐゝと破り給ひつ。斯うのみ、ひとへに明けくれ見奉り給ふまゝに、心肝をのみくだきつゝ、言ひ知らぬ言の葉けしきをも、一所の御目にも耳にも見知らせ聞え給へど、その氣色を夢にも思ひ寄るべくもあらずもてなし給へり。流石に、あながちなる樣にて見奉らむとおぼさば、はるべきもあらず。されど殿などのおぼさむ事も、いとうたて思ひやり山のしけり難かるべきにもあらず。
なき心地のみして、思ふまゝにも亂れ給はぬまゝに、唯心一つにのみ碎けつゝ、つれなく過し給ふなるべし。ありし寢覺の床のうき枕の後は、片つ方の物思ひもまさりて、あはれにいみじくのみ思ひやられ給ひつゝ、いかでかはり給へらむ樣をだに、近き程にて、今一たび見奉らむ、あさましういぶせき心のうちも、人傳ならで聞え知らせむ、などぞ心にかゝり給へれば、中納言のすけにもこまやかに語らひありき給ふさま、過ぎにし方かよらましかばと、恨めしげに覺え給へど、すけ「いでや、爲こそ人の」と、心憂がるを狭「例の心憂く餘所人のやうに宣ふにこそ。大貳が心ならましかば」と恨めしげに宣ふも、けにと思ひ知らるゝ。筑紫へくだりにし式部大輔は、ことし三河になるべきぞかし。正月にのぼりたり。かのおほつかなく聞きし人の事、誠にやと、聞かまほしく思すに、參りて、道の程のありさま、國の事など聞えさす。國々の野山、浦々磯々の、をかしかりしところぐなど、海の底まで殘りなく語り聞えさせて、道盛「あさましき道の空にて、俄に悲しき目を見給へしかば、萬かひなく候ひて、やがてまかりのぼりなむと、思う給へしかども、大貳の切にいざなひ侍りてなむ。今日だに慰む方なく思う給ふれば、つかさ賜はらむ事も、物憂くなりて候ふ」など、涙ぐみて聞えさすれば、狭「さては、いとゞゆかぬ三河の八橋は、だに、くもでに覺えさぶらふに、都離れても何しにかは」と物思ひ入りたる氣色も如何あらむ。さても、如何なる心にて、俄に然はありけるにか」と宣へば、道盛「さらでそれと知らざりけるにても、なま心づきなく思されて、いたくもあひしらひ給はねど見そめし有様より始め、道盛「乳母の、心あはせて盜ませし程、道すがら泣きこがれ、心強く近うも寄せず、限のさまになりにしかば、心のどかに思ひ給へて、寄りもつかず、うちたゆみて侍りし程に、唐泊と申す所にて、消え失せにし有様、海におち入りたるをなむ見給へし。扇を取らせてなむ候ひしに、しかゞなむ汚して候ひし。いかに思ひけるにか、たどにも侍らで、七月八月ばかりに侍りけるは、何がしの少將にや侍りけむ」と、語るを聞き給ふに、さは誠なりけりと思すに、氣色も變ろらむかしと覺ゆるまで、いみじく覺ゆれど、つれなくもてなし給ひて、狭「けに、おぼけなく心深かりける人かな。かへりては疎ましきまでこそ覺ゆれ」など言少にて入り給ひぬ。折しも心づきなかりし物忌よ、夢物語の序には、おのづから問ひ合せてましを、若宮の御樣にて、美しうてあらましかば、人知れぬ樣にてはあらさせず、大殿には預け奉りてまし、とおぼすに、くち惜しう悲しき事限りなし。樣々につけつゝ、斯かりける人々を徒になしてけるも、昔の世の契、心憂くおぼしつゞけられて、いとゞ袖のひまなし。露ばかり、それと知りてしたる事にはあらねど、人しもこそあれ、かよる過をして、わが心をかうまで惑はすも、罪重き心地して、過ぎにし方のやうにも、隔なくはえ思すまじかりけり。又の日、道季して、「そのありけむ扇おこせよ。傳へよとありけむもいとゆかしくなむ」と宣はせたれば、すなはち持て參りて、道盛「これは長き世のかたみと思ふ給ふれば、返して賜はらむ」と申すを、例のつれなくもてなし給ひて、狭「聞くやうなる疎々しさなら
ば、かたみなど強に倨ばでもありなむかし。せめてあらぬ樣にいひなさるゝ程の、そらごとか」など宣へば、いみじき誓言どもを立てて、道盛「生けて見むと思はばと泣き侘び候ひしかば、すべて唯まろねにてこそ、夜晝あつかひてさぶらひしか」と、せめてあいがふも怪しけれど、いたうもあひしらひ給はず、人々まかでなどして、日も暮れぬるに、この扇の疾くゆかしければ、はしつ方に出でて、色しるく、あるかなきかなるを、たどり見給へば、たどる所なき水莖の跡は、やがてさしむかひたる心地して、今はとて陪りけむ程の有樣など、唯今見る心地して、悲しなども世の常なり。姫「さそふ水だに」と涙ぐみたりし氣色も面影に思し出でらるゝに、かよるあとを傳へに見てやむべき事とは、契り思はざりきかし、と思しつゞくるに、いとゞ忍びがたくいみじくて、やがてその同じ水脈にも、流れ出でぬべく思さる。狭からどまり
底のみくづと
ながれしを瀨々の岩
波たづねてしがなかひなくとも、かのあとの白波をだに見るわざもがなと思せど、都のうちの御ありきをだにも、御心に任せ給はず、所せくわりなき御もてなしなれば、まいて思しかくべき事にもあらねば、いとくち惜しく思しつゞけらるゝに、かの光源氏の、須磨の浦にしほたれ侘び給ひけむ住居さへぞ、羨ましく思されける。狭あさりする
蠅ともがなや
わたつ海の底の玉藻
もかづき見るべくなげの哀をかけむ人にてだに、この御扇を見給はむは、淺からるべくも思さぬに、限りなき御歎の森のしげさに、何事も思ひ消ち給へれば、やごとなからぬ程の事は、まいて思し消ちしにこそはありしか、忘るゝよとなければ、いとすなはちのやうなる心惑ひは、おぼしのどめてありつるを、今宵はよもすがら泣きあかし給ひて、つとめても、いつしかと見給ふに、顔にあてて泣き入りし涙の跡はいとしるく、繪ども洗はれ落ちたるを、又われもいとゞ流し添へ給ふ。狭涙川
ながるゝあとは
それながらしがらみとむる
おもかげぞ無き
など書きつけて、この扇は返し給はず。式部大輔は、この度のぼりては、ありし樣にも思したらず、ものしげなる御氣色なれば、あやしう心得ずもと思ひ歎きける。誠かの若宮の御五十日にもなりぬるを、斯かる程とてもいかでかはとて、内裏よりぞよろづ思し扱ひける。類なき御美しさと聞かせ給へば、かへる序にいつしか見奉らせ給はむとて、その夜、内裏にも、女三の宮ぞ具し奉らせ給ひて入り給ひけるを、御覽ずるにつけても、あまた引具し奉らせ給はましものをとおぼしめすに、「なきが多くも」とはげにこれにやと、言忌もしあへさせ給はず。若宮を見奉らせ給ふに、いと斯うまでは思召されざりつるに、いとあまりなる御顔つきの、行末おしはかられて、かゝる兒もありけりと、ゆかしきまで御覽ぜらる。中宮の若宮の御美しさを、類なきものに思ひ聞えさせ給へるに、かく樣殊にめづらしき御有樣なれば、いと哀なる私物に思しめすも、わが御世も今日明日とのみうしろめたく覺えさせ給ふには、この御方樣と見おかせ給ふべきよすがもなく、心細き御有様なるを、二の宮思しおきてしありさまにて、大將に打具してものし給はましかば、やがて譲らせ給ひてましなど、かへすがへすくち惜しき事を歎かせ給ひて、三の宮の御事をやや尚さやうにも言はまし、などぞ懲りずまにおぼしよりける。時なりて餅參らせ給ふに、目覺しく御殿油のあかきに見合せ聞えさせ給ひて、物語高やかにしつゝ、うち笑はせ給へる御顔の匂ひ愛敬の、ゆかしきまで美しうて、左大將の御顔にたがふ所なく似させ給へるに、ことの外なるべき御中ならねばこそはと御覽じなすも、飽かず美しうおぼされて、帝「大將の聲しつるは」と、召寄せて、帝「この御顔つきはいかど見給ふ。大臣の、そこをのみ類なき光と思ひ給へるに、かく違はぬ樣なる人もいで來けるものを」とて、さし寄せ聞え給へるに、ふと見合せて笑み給へるは、誠に似奉りたらむわが顔、常の御心おごりよりも増りて、いみじうおぼし知らるゝものから、何となく涙こぼるれば、かしこまりたるさまに紛らはして侍ひ給ふ。うち御覽じくらべて、帝「武藏野のもとの根ざしは、かくしも尋ねぬもあるものを、あやしきまで、違ふ所なくもおはするかかな」と宣ふに、いとど、聞かせ給ひたる事もやといとわりなければ、立退きたまひぬれど、まことに、「袖のなかにや」と、飽かず美しき御顔つきを、わがものにて明暮見ましものを、とおぼすに、くち惜しういみじとも世のつねなり。事ども果てて人々皆まかでたまへど、例の御癖なれば、ありつる御面影のみこひしくて、立ちも出でられ給はず、よろづに、何につけても袖に涙のかゝりける御身の物思はしさを、契恨めしく思しつづけられて、やがてあかし給ひてける。此後は常にゆかしく思ひ聞えさせ給へど、いかでかは思ふまゝにも見奉り給はむ。人知れずいとど物哀に思し餘りては、言知らぬ事どもを、こまごまと書き續けつゝ、中納言の佐していみじう忍びつゝ參らせ給へど、まいて今更に御返など書き交させ給ふべきならねば、そのしるし露ばかりもなし。かゝる事見ず知らざらむ所もがなと、此人のゆかりと思召せば、すけをさへ物しう思したれば、いと苦しくて、斯くなむと聞えさすれど、理ぞかしとは思ひ知られ給へど、知らぬ涙は人惡くこぼれ給ひつゝ、いかにしても近き程にて、ひたすらにつらきものに思ししみけむ罪の重さも、聞え知らするわざもがな、
とぞ語らひ給ひける。一方こそかく思ひの外になり給はめ、この底の藻屑だにあらましかば、悔らしきわたくし物にて、常に抱きうつくしみてましものをを、いふかひなきわざなりや、いかなる樣にてもありと聞かましかば、忍草ひとりをば、物ねぢけたりともいかどはせむ、尋ねとるやうもありなましを、ひたすらさしも思ひなりけむよ、時々もほの見しに、思ひとる方は少なく、ものはかなげに若びたる人ざまなりしかば、世にながらへて聞えむ事の、いみじう覺えけるにこそは、と思しつづくるにも、疎ましかりける心の程とは覺えず、わが爲の哀はいとど深うのみおぼされつゝ、此方彼方この頃はいとどかわく世なき、御袖の隙無さなめり。その夏頃より帝御心地例ならず思されて、いかで靜なるさまになりて、行をのどかにせばやと思召して、嵯峨野のわたりに、嚴しき御堂など作らせ給へり。世を知らせ給ひて二十年にもならせ給ひぬ。一の御子おはしまさば、あかぬ事なき御身なれど、世をおぼしめし捨ててむ事を、大殿などはいとくち惜しく惜み聞えさせ給ひけり。さるべき御中といひながら、いと有りがたうなつかしき御心ばへ有樣なれば、千年もかはらで見奉らまほしきも理なりかし。されども七月よりは、まことしう惱しげにて、物心細げなる御氣色を、中宮はいと忍びがたげにおぼし歎きたるも、いと心苦しくて、限あらむ御別れの程も、引きとどめられさせ給ひぬべう思召さるれば、まいて少しもうつし心通はせ給はむ日までは、片時も立退き聞えさせ給ひぬべくもあらねど、公わたくしにつけてもよろづにたのもしき御行末に、かう今日とも知らぬ有樣にて、さのみ思ひはなれ聞えじとて も、いかどは、さてこそは、限りのわかれの程も少し面馴れ給はめ、などせめて思しすてて、御出家の本意遂げさせ給ひぬべき御心まうけなどせさせ給ふを、宮は年頃の御ならひの名殘なう、悲しういみじくおぼしめされて、嵯峨の宮にも諸共に渡らせ給ふべき樣にぞ思しめし急ぎける。萬よりも女宮たちの御事をぞ、哀にうしろめたう思ひ聞えさせ給ひて、大殿にもかへすがへす聞えさせおかせ給ひける。帝「二の宮の、今はひとへに此世の事思し捨ててけるも、思へば中々いとよかりけり。齋院もおとなびて、年頃誰にも目ならし給はぬならひに、さしも世の中かはるけぢめも知られ給はじかし。三の宮などこそいと心苦しきを、さ思ひ初めし志も侍り、なほ大將に、若宮をもろともに思ひうしろむべき樣になむ、あづけむと思ひ侍る。今より樣殊なる生ひさきは、いとゆかしげなるを、何となき生孫王にていと寄なからむよりは、唯わがものに思ひてものせよかし。思ふ心ことなめる一人住なめりと煩はしけれど、そのうちくゝの志をば知らず、かゝる遺言を、さりともことの外にはたがへ給はじと、ひとへに頼むなり」など宣はせてうち泣かせ給ふを、大臣はいみじう哀に見奉り給ひて、堀川「一日にても、世の中に立ちとまり候はむ限は、いづれの御事をも、いかでかは見はなち聞えさせむ。女子も持ち侍らず、あやしき窓の内ののかしづきものにも、命の限は仕うまつり侍りなむ。大將の朝臣はいかに侍るべきにか、明暮おもひあくがれたる樣にて、いとひがくしき怪しき心ざまにのみ侍れば、うちくゝにも思ひ給へ歎くを役にてなむ。さりとも、かかる仰せごと承りなば、いかでかおろかには」など、互に哀なる事も、たのもしげに
聞えさせ給ふ。うちかはりかくのみ宣はするを、我さへ聞き忍びつゝさのみ過し給はむも、あるまじき事なれば、大將の御氣色も知らず顔にて、嵯峨野の御わたりの此方に、三の宮迎へ聞えさせてむとおぼし立ちて、齋院のおはしましつる方を、いとど磨き添へさせ給ふを、大將、かのありし夜目にもしるく、こよなく劣り給へりしものを、さばかり飽かぬ事なく、何事もこれこそは、道理のまゝの限なる人の御有樣なめれと、心のうちにもおろかに思ひ聞ゆべき事もなかりしをだに、心深く染みにし方のなのめならぬ目うつしには、我ながらもあさましく、情なき心ばへを見え奉りて、さばかり契りことに哀なりける人をも、雲のよそに見なして、くやしく悲しと明暮思ひこがるゝこゝろのうちをだに、夢ばかりいひ知らせ奉らでやみぬべきこの世の悲しさは、何れの折にか胸少しひまありて、さやうに世の常のありさまをして聞え奉らむ、さし離れたるあたりにだにあらで、袖にそよめくばかりにて、心より外に我も人も、さぞかしと見聞かれ奉らむよなど、思しつづくるに、凡て今ぞ世に見えぬ山路も、求め出づべき月日來にける心地し給ひける。心より外に、この世にかはらぬ樣ながらも長らふとも、さてこそあゝなれとも、ありか定めては聞かれ奉らじ、若宮をば、けにさやうに得奉らばや、など、この御事にのみぞ樣々に、うき世も偏にえおぼし捨つまじかりける。八月十餘日になれば、嵯峨の院の御堂いそぎ造り出でさせ給ひて、おりさせ給ふまゝに御髪おろさせ給ふ。悲しなど今始めたらぬ事なれど、あやしき人の上にてだに、なほ見るも聞くも心騷がぬやうはなきを、まいて中宮などの思したる樣の心苦しきを、大殿は聞え慰めさせ給ふ。春宮の居させ給ふなどは、限なくめでたき御有樣なれど、みづからの御心の中には、かはりたる御すみかのみ、あはれに思ひやり聞えさせ給ひけり。かやうの事どもさしあひつゝ、三の宮御わたりも延びぬるを、大將は人知れずいと嬉しとおぼしけり。嵯峨の院には、御心地もよろしくならせ給ひて、宮達迎へ奉らせ給ひて見奉らせ給ふに、かたみに、いと悲しくおぼしめされけり。中にも入道の宮は、樣々おほしつづくる事さへ多かる御身の有樣なれば、御袖もえ引きはなたぬ御氣色哀なり。いづれも、「今はかくて見奉らむをだに慰に」と思し宣はすも理に心苦しけれど、さのみ引きつづきたらむも、思ひ入りし樣には違ひてや、とおぼしめせば、あるべき樣など聞えさせ給ひて、入道の宮ばかりぞ、とまらせ給ふ。嵯峨野をやがて御前の庭にて、大井川も程なく見やらるゝに、小倉の山の篠薄もほのかに見えて、鹿の音と同じ心に泣きつくし給ひつゝ、行ひ給へるさま、げに後の世はたのもしげなり。院もやうやう御心地よろしくならせ給ひて、宵曉の念佛、懈怠なく行ひつとめさせ給ひつゝ、後の世もかならず同じ所にと、語らひ聞えさせ給へる、哀にたのもしげなり。京には、大嘗會など近うなりぬれば、源氏の宮は女御代し給ひて、やがて參り給ふべしとあるを、今始めて聞ゆる事にはあらねど、大將の御心のうち思ひやるべし。今はかうにこそはと數へられて、我身もうき世を思ひはなれぬる日數も、殘なきやうに思さるゝには、流石なる事多くて、年頃よろづに有りがたく思ひ忍びまぎらはしつる心の中も、ややもせば我身も人の御身もいかならむと亂れまさりて、「敷島のやまとにはあらぬ」と立
居におぼし侘びけり。されどかけても知る人なき御心のうちなれば、誰も急ぎ立たせ給へり。年頃おぼし掟てつる事なれば、何事も斜ならむやは、常の事に事を添へて、今行末のためしにもなるばかりと、御心とどめておぼし掟てたるは、げにいとめでたき御心急ぎなり。九月も晦日になりぬれば、唯今日明日ばかりこそは、といとど吹き添ふ木枯も、身にしみまさりて物心ぼそく詠め臥し給へるに、寢殿の方に宮の琴の聲の忍びやかに聞ゆるに、いと忍びがたくて、笛を同じ聲に吹き合せつゝ、參らせ給へれば、大方はいと物騷がしいそがしげなる頃なれど、この御方にはのどくゝとして、なべてならぬ人々五六人ばかり御前に近くて、廂の御座におはしまして、若き人々童べなど、池の舟に乗りて漕ぎ歸り遊ぶを御覽ずるなりけり。我も勾欄におしかゝりて、笛を吹きつゝそのかし聞えさせ給へど、源氏「同じ筋を習ひしかど、ことの外に劣りたらむ」と、なかゝゝ耳ならさせ給はじとにや、彈きすさびさせ給ひて、源氏「さらばこれを同じくば」とて、大納言の君して琴をさしやらせ給へれば、常よりも心やすく引きよせ給ふまゝに、忍ぶるを
音に立てよ
とや今宵さは秋のし
らべの聲のかぎりにと言はるゝを、人もこそ耳とどむれ、げにうつし心もなくなりぬるにやと、我ながらもどかしくて、言ひまぎらはして、琴を手まさぐりにし給ひつゝ、空をつくづくと眺め入り給へるに、霧りふたがりて月もさやかならぬしも、いとどもの哀なるに、かの天くだり給ひし御子の御かたちけはひ、ふと思ひ出でられて、いみじう戀しきに、なぞやうき世にとまりけむ事ぞ、いとどくやしきや、又やと、試みまほしけれど、簾よりだにこそ歸るなれ、本意の儘に見置き聞えさせで、雲路にまじらむもなほ心やましければ、御簾を引きあげ給ひて、長押におしかかりて、狭「この御琴は、彈かせ給ふばかり、なつかしうはいかでか、なほ參らせむ」とて、切に奉り給ひて、琵琶をひき寄せて、「衣がへ」を一わたりおとして、「萩が花ずり」と、うたひすさびて、少し心に入れて彈き給へる、例のいひしらず心細く哀なるに、かきかへさるゝ撥の音、面白う愛敬づきて、雲井遙に響きのほろ心地するを、隠簔の中納言の二の舞にやならむと、むづかしければ、撥つい挿し給へるを、人々も宮も飽かず思しめしたり。夕霧絶間なきに、時雨だちて折々うちくらがりたる空のけしき、ものむづかしければ、「入らせ給ひて御格子まろれ」などあれど、つくづくと眺め給ひて、狭「宮漏正に長し、空階に雨したよる」と、忍びやかに誦し給へる御聲、つねの事なれど、なほ聞く毎にめづらしくめでたければ、若き人々などは奥へもえ入りはてず、めで入りて、群れ居つゝ、「この頃こそ、いみじう物おぼしたる氣色なれ。何事ならむ」などもいひ合すべし。かくいふ程に、一條院の、日頃例ならぬ樣におぼしめされけれど、折ふし便なけれど、風にやなど忍び過させ給へるを、折々御胸をさへ惱ませ給ひて、俄に限のさまに見えさせ給ふに、内裏のおぼしめし歎く樣世の常ならず。されど、物のはじめに、かゝる折行幸はいかど、など誰も制し聞えさせ給へば、おぼつかなき事をさへに思召すに、程もなく亡せさせ給ひぬれれば、あへなしとも世の常なり。内裏には、見奉らせ給はざりつる事を
さへ、あかず悲しともよのつねなり。更になべての世の別れともおぼしめされざりけり世の中の御いそぎもみな打歇みて、なべて黒み渡りぬるもいとほしげなり。皇太后宮の齋院の御代には、一條院の后宮の姫宮ぞ居させ給ひにしか。大膳に渡らせ給ひにしを、歸らせ給ひて齋宮もおりさせ給ひぬるかはりに、居させ給ふべき女宮達、此頃おはしまさどりけり。源氏宮の御内裏參りや如何なるべき事にかと、世の人人やうやういひ出づるを、殿にも聞かせ給ひて、堀川「あなあぢきなや。まだ二葉よりただ人にならせ給ひにしかば、今更に神も公も知り聞えさせ給ふべきにあらず」とて思しもかけたらず。侍ふ人々も、内裏わたりの今めかしさを、いつしかと心もとながり思ふべし。宮の御かたち、この頃はいとどさかりに整ほりまさらせ給ひて、誠にひかるとは之をいふべきにやと見えさせ給ふを、帝と申すとも、かゝる人世にはおはしましけりと、さはいふとも御目は驚かせ給ひなむかしと、見奉る限は言合せつゝ心もとながるに、宮の御夢に、あやしう心えず物恐しきさまに、うち頰り見えさせ給ふを、如何になりぬべきにかと、人知れず心細くおぼしめさるれど、斯うこそなど、母宮にも聞えさせ給はで過させ給ふに、殿のうちに夥しきもののさとしのあるを、ものとはせ給へば、源氏の宮の御年あたらせ給ひて重くつつませ給ふべき由を、あまた申したるを、いとおそろしう思しめし驚きて、さまゞゝの御祈ども、心ことにはじめなどせさせ給ふに、殿の御夢にも、賀茂よりとて、禰宜とおぼしき人參りて、榊にさしたる文を、源氏の宮の御方に參らするを、あけて御覽ずれば、神代よ
りしめ引きそ
めしさかき葉を我より
ほかにたれか折るべきよし、試み給へ。さてはいと便なかりなむ。と確に書かれたりと見給ひて、打驚き給へる心地、いと物恐しく思されて、母宮大將などに語り聞えさせ給ふを、聞き給ふ心地、なかゝゝ心やすく、嬉しくぞなり給ひぬる年頃も、とやかくやと、身一つを思ひ砕けながら、流石にわが物にひき忍び取隠し聞えて、ひたすら深き山里などに、もてさすらはむも、あるかひなかるべし、さりとて親たちの思しよらぬ有樣にて、ほのかに見奉りそめても、中々なる心惑は、彌増りにこそはあらめ、さらばさてもあれとは、必ず思しゆるさぬやうは、世にあらじ、さりとも御心の中どもには、思はずにもあるかなと、事に觸れつゝ明暮おぼし亂れむが、いといとほしう心苦しきぞかし、など思ひ歎かれ給へるを、げに神代より筋殊なりける御宿世なりければ、今は中々心やすくて、明暮妬う心やましき心の中はあらじ、と胸あきぬる心地し給ひながら、いかに定めていかに歎くにか、あらばあふ世の限だになく、こゝらの年頃わが思ひくだけつる筋は、遙なるにこそは、とうち思ふは、又樣異にいみじき心の中なり。内裏の御夢などにも、さだかに御覽ずる事ありておぼし驚くに、大殿に語り合せ聞え給ひて、御心の中どもはいとくちをしけれど、御占などあるに、公を始め奉り、殿の御ためにも、行末遠くめでたかるべき樣にのみ占ひ申しかれば、とかう誰もおほし定むべき事ならで、定りたまひぬるを、世の中には、思ひかけずあさましき事にぞいひける。齋宮には、嵯峨野の宮ぞゐさせ給ひにけるも、大將の御心の、よのつねの樣ならま
しかば、齋宮、齋院、世に絶え給ひてやあらましとぞ人知れず思しける。鈴鹿川の浪のよそになり給ひぬれば、さばかりの御心には何とおぼさるまじけれど、かうと聞き給ふはただならず、終にいかなる宿世のあるにか、斯うまでも、目やすかるべき事どもは、樣々もてはなれ行くよ、もし唐國の中將のやうに、子持聖やまうけんとすらむと、我ながら、まれゝゝ獨笑みせられ給ひけり。三月になりぬれば、くだりにし大貳の家に、齋院のわたらせ給ふべき事など、今ひきかへて急がせ給ふ。母宮はいにしへの御有樣などおぼし出づるに、今さへ神の齋垣に立ち添はせ給はむことは、いとくちをしく思されて、かつ見るだにあかぬ御有樣を、いかに覺束なき月日、おのづから隔らむと思し歎きたまへるを、院は、いかでか然はとのみ、恨めしげに恨み聞えさせたまへるを、理に心苦しくて、母宮「尼にならざらむかぎりは、いかでか覺束なき程にはなし侍らむ。行末の事を思ふこそこち惜しうは」など、聞え慰めさせ給ひながらも、今はとならむ命の程も見奉るまじきぞかしと思すは、いと忍びがたう、今よりおぼされけり。大將は、御内裏參りの今日明日にたりたりしに、思しとまりし一節こそ、神の御方樣うれしう思されしかど、樣異に定まりはて給ひぬれば、なほむげに、注連の外にかけはなれ果てぬるぞかしと思ひとぢむゝ、いとやらむ方なかりける。思ひあまる折々は、けぢかき程にて、心の中をもうちかすめ、忍ばぬ涙をもらし出づるに、慰むとはなかりつれど、萬にありがたき御有樣に目なるゝに、多くの物思ひのまぎれともなりつるを、時々など參りて、いと神々しく餘所々々しからむ御もてなしにては、いかでかは限あらむ命も長らへやるべからむ、といみじう心細くて、この頃は唯この御方に居暮し給ひつゝ、人間にはいひ知らぬ御氣色などの漏り出づるを御覽ずるままに、いと疎ましく心憂きにも、神の齋垣にのみいそがれ給ふ。露ばかりも知らぬさまに、もてなさせ給へる、あまりいとつらう思ひあまり給ひて、狭「こゝらの年頃思ひくだくる心のうちをを、つれなく思ひ返して、いかでけざやかに思ふさまに見奉り過さむと、わが身にもかへてこそ念じ過し侍りつるを、などかむげに見ず知らざらむ人のやうに、思召したるにか。むげにさばかりの事、思し知るまじき程にもおはしまさぬを、一と、過ぎにし方くやしきさまを、忍びやり給はで、淡神山の
椎柴がくれ
忍べばぞゆふをもかゝる
賀茂のみづがきさりともおぼし知らむとこそ思ひ侍りつるを、あさましかりける御心ばへにこそ、身も徒になりぬべけれ」とて、せきもやらぬ涙に、いと恐しうわりなしとおぼして、うち泣き給へるけはひなどの近勝には、いとど來じ方行末のたどりも失せて、狭「今は斯うだに聞えじと、いく返り思ひ念じ侍りつれど、物思ふに魂もあくがるゝとは誠にこそ。今は現し心もなき心地して、今更にいとどおぼしめし疎まれにけるにこそ。いでや、今はとてもかくても、同じ樣にて世に侍るべきにもあらねば、見えぬ山路にも諸共にや、とこそ思ひなりて侍れ」とさへ宣ふに、いとどゆゝしうおぼし惑はれて、御汗も涙も一つに流れまさりて、たけき事とは、源氏「いとかく侘しき目な見せ給ひそ」とおぼし入りたる御氣色の心苦しさは、神もいかでかおろかに御覽ぜられむと見ゆるしるしにや、夜
さりのおもの參らせに人々參れば、流石につれなくもてなし て、泣くゝゝ立退き給ふ心地、心に籠めて過ぎしはものにもあらざりけり。いとかばかりの心地ながらは、過ぐすべき樣もなきに、我ながら慰め兼ね給ひて、大津の王子の心の中をさへぞおぼしやるに、秋の月は程なくこそ慰め給へれ、これは御命の限にさへ、「いけるわが身」と、いひ顔なる行末は、なほためしなくぞ思ひこがれ給ふ。今片つ方の、侘しき床に惑はし給ひし夜のつらさも戀しさも、思へば心づからのわざとはいひながら、いとさしも思し離れにしも、唯かゝる方につけて物を思ふべかりける、前の世の契にこそはゞ、かの道芝の露も、この列に思ひ出づべきにはあらねど、見るめなぎさには思ひやはかけしなど、物思の序にはなほおぼし出でらるゝにや、その扇を取り出でて見給ふも、げにぞ千年の形見なりけるも、中々のもよほしなり。いづれも限だになき御物思は、いとど口惜しく慰め所だになし。狭我が
戀の一かた
ならず悲しきは逢ふを
かぎりのたのみだになし「行くへも知らず」と詠みけむさへ、羨しう思されけり。齋院の御わたりの日に なりぬれば、つとめてより上達部親王達より始め、世にある限の人參りあつまりて、いとど物騷がし。女房などもある限り參り集ひたるかたち有様、きぬの色擣目かさなりも、なべてならずめでたく群れ居たるは、いづれとなくあなめでたと見えて、内裏わたりの御まじらひの程、いかにもめでたからましと見えて、くち惜しう見渡さるゝに、御前に櫻の織物の御衣どもの、表少し匂ひて、裏は色々にうち重ねたるうへに、紅の擣ちたる櫻萌黄の細長、山吹の二重織物の小袿などの、所せうもの硬々しけなるを、如何なるにか、たをゝゝとあてになまめかしく著なさせ給ひて、人々の參り集りたるを、御几帳のほころびよりのぞかせたまひなどする御有様かたちなど、なほ世の常の事をこそいへ、誠にゆかしきまで見えさせ給ふを、神もいかどは見はなち聞えさせ給はむと見れば、まいて大將の御心の中はことわりなり。心地もいとどあやしう、現心もなき樣なれば、起きあがるべくも思されねど、さて臥したれば、誰もさすがに萬をすてて思し騷がむもむづかしければ、われにもあらず落つる涙を、のごひ隠しつゝありきたまふ氣色、一乗の門をだに 見捨てては行きはなれがたき御樣なれど、院は唯、いかでもかゝる事見ざらむ所もがなと急がれさせ給へば、みたらし川に禊せさせ給はむ事をのみ、心もとなく思さる。時なりて御車寄せつれば、又も見奉るまじき人のやうに、限の心地し給ひて、あまた立ち重りたる御几帳に紛れ寄りて、御衣の裾を引きとめ給へり。いとど重くて、とみにもえ動かれさせ給はねに、あやしと見かへらせ給へれば、やがて引かれて、心にもあらず近う引き寄せられ給へるに、狭今日やさばかけはなれぬるゆふだすきなどそのかみに別れざりけむとて、扇をもたげ給へるに、御手をとらへて泣き給ふ樣、いみじげなり。よし御覽ぜよ。この同じさまにてや世に過し侍りける。とかう見奉りはつるまでと、あながちに念じ過し侍りつるを、又御覽ぜられぬやうも侍らむを、この世の思出にもし侍るばかり哀とだに宣はせよ」とむせ返り給ふを、げにいみじき心惑と見ゆるを、さりとも今よ
りは、かゝる心も見じとするぞかしとおぼすは、前々のやうなる御心騷にはあらねど、いとかう氣近きほどにては、いとど言ひ出でさせ給ふべき言の葉も覺え給はねば、唯、かでか、斯う疎ましき心をやめて、いにしへの樣に、隔なく思ひかはして見聞えばや、と例の神の御しるしを念ぜさせ給ふに、殿の御聲にて、「いづら、遲しや。大將はなど見え給はぬ」と宣はすれば、立退き給ふこと誠にわれにもあらず、死に果てぬるをとおぼされながら、なほさすがに心づよく御供に參り給ひぬ。例の作法の事ども思ひやるべし。宮司參りて御祓仕うまつりて、榊青やかにさしつるに、いと神々しげなるを見るに、も、心惑して、うち休まむとも覺えず。やがて見えぬ山路へもあくがれなまほしきに、堀川「いづくにか。大將の宿直所に、常にさぶらはれむこそよからめ」など殿の宣はするを聞くにも、かゝる心の中は知り給はであるべきものとおぼしたるこそ、哀いかばかり思し惑はむとすらむ、限あらむ御命などもいかど、と思ひつどけ給ふには、又引き返しやつしがたし。一方ならず悲しくて、狭「心こそ野にも山にも」と言はれ給ふは、いかなるべき御有樣にか、その後は、今日や明日やとのみ、人知れず山のあなたに御心はあくがれて、いづくも心のどかにはおはせず、殿にても、常に居させ給ひし御かたを見給ふに、ゆかしきまで戀しう悲しくのみおぼさるれば、内裏にも更に參り寄り給はず、院に參り給ひても、こよなくけ遠くて、わざとさしいて見えさせ給はむとしも思召したらず、御几帳引寄せなどしておはしませば、こよなく思し疎みたるなめりとつらくゝち惜しき心の中をば、神もいかに御覽ずらむ、斯うのみおぼえば、わが身はかくゝしかからじ、と自らだに理におぼされて、いと心細し。大宮は、その儘におはしまして、とみにもえ歸らせ給はぬを、殿は、さのみもいかどはと、いざなひ聞えさせ給ふを、院はいと心ぼそげにおぼしめして、更にゆるし聞えさせ給はぬ程に、唯つねに院がちにおはしまさば、上達部殿上人など、唯あけくれ大宮一條わたりを行き返りつゝ、そのわたり物騷がしきまでなりにけり。かゝる御いそぎなどに添へても、母宮などは、大將の御ひとり住を思しなげかぬ折なし。
この頃となりて物思はしげなる御氣色にていくたく痩せ給へる、如何なるにかと見驚かせ給ひて、常よりも御祈どもこちたくせさせ給ふ。母宮「かくのみあくがれ給へれば、物心細くおぼさるらむ。なほ然るべからむ樣におとなしう思ひ定め給へ。かくのみ物憂がり給ふ程に、いと目やすかりつる事どもも違ひはてぬれば、あやしきわざかな」と母宮も聞えてなげかせ給へば、うちほゝ笑みて、狭「昔の世にも契りける人の侍らざりけるにこそ。今さりとも、蓬莱の山も尋ねこゝろみ侍らむ」と宣へば、母宮「いで、常にたはぶれにのみ言ひない給ふこそ見苦しけれ。かばかりになりぬる人の、かう物はかなく漂ひたるやはあるとよ。今はいとゞこの院の御ありさまの心細さに、一所にもあらねば、いたうしろめたうおぼえ給ふや。三の宮の御事のくち惜しきかはりに、前齋院はいかどおほすらむ」と宣へば、狭「さのみ樣のものといとはれ奉らむこそ、世のおとぎきも恥しう侍るべけれ。餘にやむごとなからぬ人は侍りなむや」と申し給へば、母宮「げにこそ、みな心にくき御宿世どもなりけれ。母宮の御物言のなどさしもと聞きしにこそたがひ給はざりけれ、目やすく」など宣はするにも、若宮の御美しき有樣は、まづ思ひ出でられ給ひて、聞かせ奉りたらば如何ばかりおぼさむと、わが御心にも是ばかりはくやしう哀におぼされて、戀しく覺えさせ給ふ折々は、常に參り給ひつつ見奉り給ふに、日に添へては光るやうにのみなりまさり給ふ。若宮はこよなく見つき給ひてなれ睦び給ふに、いとど哀にて、見奉り給ふ度ごとに涙もこぼれぬべきを、あまりなりと人や見むと、紛らはし給ふもわりなし。乳母達などは、なつかしき樣に語らひ給へば、皆たのみ聞えたる樣にぞほのめかし聞えける。かの院にもかくと聞かせ給ひて、いと嬉しうおぼしめしけり。女宮達にも、睦じう思し宣はすべきさまにぞ、聞え知らせ給ひける。入道宮は嵯峨にのみおはしまして、この若宮の御事も更に知り聞えさせ給はねば、唯三の宮のみぞ、あはれには思ひ聞えさせ給へるを、秋は外へ渡らせ給ひぬべければ、いと心苦しう、狭「斯くてはいかでかおはしまさむ。迎へ奉りて殿にあづけ奉りてむ」と宣ふを、院はなほ、「前齋院のひとり心ぼそくて殘り給へるに、同じくはさてもやがてものし給はむは、めやすかりなむかしとなむ思したる」と聞え給へど、世はいと有りがたくのみ覺えまさり給ひて、いかならむ隙にもと、心ばかりは西の山もとにあくがれはてにたれば、まいていとしも勝れてと聞かざりし御有樣の、やうやう盛過ぎたまへらむは更にゆかしからぬに、御後見たちは、げにさもあらせ奉らばやと思ひよりて、參り給ふ度毎には、もしさやうなる事や申させ給ふと、心づかひして待ち渡るに、唯いとすくよかにて、若宮のやうやうありき給ふ美しさの、見る度ごとに、この世のものとも見えたまはず美しきを、これやさば、此世のほだしにと佛などのしおき給へる事にや、と思し知られて、悲しういみじう覺え給ふ。見奉る人々も、かゝる御氣色を嬉しく賴もしきものに思ひ聞えたり。かくのみ世の中をかりそめに思しながらも、げに朧げならぬ御祈のしるしなるべし。かくのみ物むづかしきを慰めがてら、弘法大師の御すみか見奉りて、なほこの世脱れなば、彌勒の御世にだに、少し思ふ事なき身とならばや、など思し立てて、さるべき人々
の親しき、御供に候ふべきよしなど、忍びて宣はす。寺の僧どもに賜はすべき法服ども、あまた設けさせ給ひける。明日ばかりと思す日、殿の御前にて、狭「亂れ心地の、例ならず思う給へらるゝを、もしさてもや直り侍ると、高野粉川などに詣でむとなむ思ひ給ふ。俄なるやうに候へど、明日など日よろしく侍るなれば、忍びてとなむ思ひ侍る」と申し給へば、我もさのみ例ならぬ御氣色と御覽ずるに、俄なる御出立は、如何におぼすにかと、御胸騷がせ給ひて、まづ唯御涙のこぼれ落ちぬるは、いかにおも召すにかと心苦しうて、狭「かねてより事々しくなり侍らば、殿上人なども我もゝゝと出でたち侍らむに、世のいそぎになりて、物騷がしくなり侍らば、所にたがひてむづかしう候ひぬべければ、一夜ばかりさぶらふべき」と聞えさせ給へば、堀川「同じ都の内にもあらず。大事にこそあむなれ。はかゝゝしき人も具せで、忽にはいかに思立ち給ふぞ」とて、いとうしろめたげに思したれど、又御心より外にとまり給はむをも如何思ひ給はむ、と心苦しければ、えとどめ聞え給はで、然るべき人々のうしろめたかるまじきをぞ、數多まゐるべきよし仰せられける。紀伊守には、船のまうけ、心ことに設くべきさまなど仰せらるれど、かねてさやうの事もみな宣はせてければ、心もとなき事なし。今日になりてぞ、斯くとあまた人々きゝて、我もゝゝと出立ち參らむとさわけど、狭「俄にはいかでか。殊更に忍びてなむ。精進などせざらむ人は便なく」など宣ふを、「かねて仰せごとなかりける事」とくちをしがり歎けど、これだに、いと思はすに人がちにむづかしとおぼせど、殿のあながちに添へさせ給ふ人々は、えとどめ給はざるべし。中務の宮の少將といひしは、今は三位中將、この頃の殿上人の中には、何事にもすぐれて世の人にも知られたる、中宮の御叔父の式部卿の宮の御ゆかりに、この御方々にも、人よりはむつまじう馴れ聞え給ひて、大將の御有樣をも、なづさはまほしう思ひ聞えたるなどばかりぞ、擇り捨て給はざりける。霜月の十餘日なれば、紅葉も散りはてて、山も見所なく、雪かきくらし降りつゝ、物心細くて、いとど思ふ事つもりぬべし。吉野川のわたり、船いとをかしき樣にて數多さぶらはせければ、乗り給ひて漕ぎ行くに、岩波高く寄せかくれど、汀は氷いたくとぢこめて、淺瀬は船もえ行きやらず棹さしわづらふるを見給うて、よし野川
あさ瀬しら
波たどりわびわたらぬ中
となりしものを思しよそふる事やあるらむ。妹背山の近きは、なほ過ぎがたき御心を酌むにや、御船も出で行きやらず。わきかへり
氷のしたにむ
せびつゝさもわびさするよ
し野川かなうへはつれなく」など口ずさびつゝ、辛うじて漲り渡るに、かの底の水屑も思し出でられて、唯かばかりの深きにだに思ひ入りがたけなるに、いかばかり思ひてなど、さし對ひたりしありさまの物深くなどは無う哀れけなりしを、さしも思ひ沈みけむよなど、疎ましき方にはおぼされず、唯今見るこゝちし給ひて涙のこぼるゝを、まぎらはして、頬杖をつきて、つくづくと底深くながめ入り給へるままに、より始め、御數珠にもてはやされたる腕つきなどの、世に人のなべてもたらぬものにもあらねど、めづらしく美しけなり。
くまなさ水の上に、いとど光ことに見え給ふ。うき船の
たよりに行かむ
わたつ海のそこと敎へよ
跡のしらなみあはれ」とひとりごち給ひて、狭「是人命終當生忉利天上」とうちあけ給へるは、四方の山の鳥獸も耳たつらむかしと尊くいみじきに、三位中將物めでする人にて、涙をほろほろとぞ溢しける。まうで著き給へれば、御前の松山の氣色、谷の下水の流など、唯石山とぞ覺ゆる。寺の堂僧修行者どもの、よろしきもいやしき程のなども、あまた籠りたり。心細げにうち行ひつとめたるけはひども、何事を思ふらむと羨ましげなり。うちもまどろまれ給はず、夜もすがら行ひあかし給ふも、一方にもあらず、心の中はみだれぬべくて、いとかう思ふ事かなふまじくば、ひたすら此世を思ひ離るゝしるべし給へ、など思し入りつゝ、狭「藥王汝當知如是諸人等」といふわたりを、心細くうちあげつゝ讀み給ふに、太山嵐さへ荒々しく吹き迷ひつゝ、わが御心の中にも心細く悲しき事限なし。狭「我爾時爲現清淨光明身」など、心にまかせてよみ流し給へるに、聞く限の人々、何事も聞き知らぬ怪しき修行者まで涙を流したり。釋迦佛の説き給ひけむ其庭にだに、笑ひまぎらはしけむ提婆達多、外道などいふらむ者だに、今宵の御聲には、皆圍繞すらむと覺ゆるに、まいて身をつゞめてとある御誓は、違ふべきならねば、御燈のいと仄かなるに、御前の暗がりたるに、普賢の御光いとけざやかに見え給ひて、程なく失せ給ひぬる、尊く悲しとも愚なりや。恒順衆生の御願もいとど賴もしきく、人天涅槃の上大をかいせむ事も疑なく、この世も後の世も人にはことなりける身ながら、心の中の物思はしさは、人よりけに口惜しかりける契と思ひ知らる。さらば、これや實に、何事も人より少ししまさりたりけるものに、思はれたりけるかはりならむと、我ながら思ひ知られ給ふ。いとど心も澄み渡りて、うち休まむとも思されねば、やがて、「作禮而去」までとほし果て給ふに、御堂の内しづくゝとして長閑なるに、行ひの聲もやめ、各所作どもうち忘れつゝ、聞き入たるに、曉がたにもなりぬ。千手陀羅尼忍びやかに讀み給ひて、時々眠り給へる程を、うちゃすみ給ふと思ふにや、三昧堂の方に、千手經をぞ、いみじく功いりたる聲の尊きにて讀むなる。「菩提の因とならむ」といふ所、中にも耳止り給ふに、中將いみじく哀がりて、いかやうなる僧ぞと、見せにやり給へば、狭「片眼あしき僧の、いみじく哀げなるに候ふ」と申せば、呼びにやらせ給へり。曉月夜のさやかなるに、紙衣のいと薄きに、麻裳裾といふものを著て、うちさらぼひたる程、さすがにいと疎ましけなる程とは見えで、わりなく寒げに哀げなり。中將、「いみじく哀なりつる御聲を聞き過されでなむ。今少し讀み給へ」といへど、僧「かやうの御前などにて聞かせ給ふべくも候はぬものを」といへども、忍びやかに讀みたる、奥の方になるまゝに尊く哀なり。大將殿は、すこし奥のかたに入りて聞き給ふ。ひさうまにの天は、如何にしてさしもかたはになりにけむ、何事も前の世の宿世などいふらむ事は誠にや、わが身には、隨身自在陀羅尼といふ御誓違ひぬかし、など、かう淺ましきかたはにさへ、我御身を思しよそへらる。狭「この御寺に住み給ふか」など問はせ給へば、僧「かくて百日ばかりと思ひて候ふなり。親などいふもの、
昔は候ひしかど、死に侍りし後、唯かやうにいきよる山の末、鳥の聲も聞えぬ木の空洞などにて、苔の筵を敷き松の葉を食べて、虎狼といふものを、友と見ならひて過し候ふ」と聞ゆれば、人々いみじう哀がりて、「さても親は何人とか聞えし。いつまでか斯くては」とせめて問はれて、僧「師の平中納言といふ人侍りけり。幼くてかたはものになり侍りにければ、法師になして、比叡の山に行ひしてあらせむ、など申しゝ程に、うち續き筑紫にて親達かくれ侍りて後は、安樂寺といふ所になむまかりて侍りし。妹一人、乳母などいふ者候ひしかど、行方も知らずなり侍りにしを、比叡の山拜み奉らむの心深くて、一年なむ、長門守の北の方は離れぬゆかりと聞き侍りて、それにつきて都の方にまうで來しなり。さてなん、妹などの事ほのぐゝ承りしに、中々夢のやうに哀なる事ども侍りしかば、夜をだに明かさで、土佐の室戸といふ所に、この二三年侍りつる」といふに、さらばこの底の藻屑のゆかりなりけりと、いみじう哀にて、大將殿さし出で給ひて、近う召し寄せて、狭「さてその人はいかど聞きない給ひし。こゝにも仄かに聞きし人の事なれば、耳とどまりて」など宣ふ御容の、いひ知らず清らに見え給ふを、さる山伏の眼にもめでたくて、うち畏まりて、僧「その人とばかりは見給ひしかど、身を厭ふ心深くて、見給ひしかば、髪なども削ぎやつし侍りてなむ」とて、人々の聞くに殘りなくば言はじと流石に思ひたる氣色を、我もゆかしういみじといひながら、中將の向ひ居たれば、唯、如何にもくゝ、海には落ち入らずなりけるなゝめり、と聞き給ふに、あさましう嬉しく心安くて、狭「あり所は知り給ふらむな。幼き人や具したりし」と、せめてゆかしう思されて、忍びて問ひ給へど、その事は聞えはてず、僧「中々覺束なくて別れ候ひにし。年頃よりも哀なる事多くてなむ」とばかり言ひ消ちて、僧「懈怠になり候ひぬ。一とて立つ。透影隱もなくて、風止るべき樣にもあらぬを、いと哀と御覽じて、あまた持たせ給へる法服ども、事々しきやうなれば、わが著給ひたる白き御衣の、なつかしう著なし給へる移香所せきまで薰みちたるをぬぎ給ひて、狭「山おろしもいと荒けなけなゝめりと思ひ給へば、僧もの覺えて後、木の葉より外に身にも寄せならひ侍らねば、かゝるものは苔の衣に重ね候はむもいと辱く侍るべし」とて、更に手も觸れぬを、猶、狭「あが君くゝ、又對面するまでの紀念にもし給へ。世を背きなむの本意いと深くて、いと年頃になりぬるを、ほだしなどの強ちなるも無きものから、さりぬべき所などなきを、朧氣ならず思ひ定むる程に、月日のみ過ぎ行くを、然るべきにや、弟子にもし給へと聞えまほしくなむ。されどこの度は、うちつけに物騷しきやうなれば、よろづ心にこめてなむ。京にはものし給ひなむや。いつまで斯くてはおはすべきぞ」など宣へば、僧「都の方は、今は見給ふべしと思ひ給へでなむ。殘りの日數今いくばくも候はず。此程過してば、竹生島になむ又暫し候ふべき」といふも、いと行方なきやうにて、惑はしてむは中々年頃よりもいみじかるべければ、狭「さらば唯、今しばしそのわたりにものし給へ。後夜の程過してぞ出で侍るべき。それに聞えさせむ」と語らひ給ふ樣のなつかしさは、けに然ばかりなほゝゝしき心にもえ立ちやらず。僧「出でさせ給はむに、かの御堂の方に尋ねさせ給へ」とて去ぬる名殘も、胸ひしげたるやうにて、いとおぼつかな
う、殘りゆかしとも世の常なれば、佛にも、狭「この行方たしかに聞かせ給へ」と、數珠おしすり給ふ。しるし如何とぞ。
み山の里の寂しさは、けに男鹿の跡よりほかの通路も稀なりけるを、夜の程にいとど閉ぢ重ねてける氷の楔は、足もいみじく堪へ難くて、歩みもやられ給はず。そこひも知らずふかき谷より生ひ出でたる木どもの根の、苔がちにうちものふりたる氣色、枝さしなど疎ましげなるに、苦しうて寄り居させ給へる御顔の色合氣色など、山の中にも目とどめ奉るものやあらむと、ゆゝしきまで見え奉り給ふ。谷ふかみ
たつをだまきは
われなれやおもふ心の朽
ちてやみぬる例の事に觸れて、まづ思し出でらるゝに、これより山深くも入りなまほしきに、うしろめたくわりなしと思したりし御氣色どもの、思ひ出でられて、いつしかと思すらむに、行方なく聞きなし給ひて、いかばかり思し歎かむ、と思ひやらるゝあらましごとに、あぢきなく涙も落ちぬべきに、又うち添へて、思はずに憂しと思したりし折々の御氣色はおしあけ方の月ならねど、よろづにすぐれて戀しく思ひいでられ給ふに、いとど道も見えぬまでかきくらさせ給ふ。戀しさも
つらさも同じ
ほだしにて泣くゝゝもな
ほ歸る山かなと、ことごとなき御心のうちながら、辛うじて、下山に歩み盡き給へるにぞ、いつしかと奉らせ給へる御迎の人々、參り集りたるさるべき若上達部殿上人など、おくらかさせ給ひてける怨めしさのかはりに、われもゝゝと競ひ出でて、吉野の川の所もなきまで、心慌ただしなくなれれど、ありし山伏今朝尋ねさせ給へば、もの騷がしくて、え逢ひ給はずなりぬれば、必ず尋ねて參りあへとて、道季を止め給へる、待ち給ふとてやすらひ給ふに、辛うじて問ひ給ふに、道季「此頃候ひける所も取拂ひて、紙障子に、よべの御衣をなむ掛けて候ひつる。こもりて侍る僧どもに問ひ候ひつれば、妹の月ごろわづらひ侍りけるが、限になりたるよし、告げにおこせて侍れば、夜の間候はむ、もし死なば後のあつかひも見讓るべき人もなきを、如何すべからむ、よろしけならばやがて歸りなむ。
と申して、夜中にまかり出でにける。その徃き所などは、知りたりと申す人さぶらはず、一と申すに、くち惜しなども世の常なりや。よべ、など今少し問はずなりにけむ、曉に召せといひしかば、心安くて、行もまぎれがまし。人目もいかど、など心長閑に思ひしも悔しく、いみじとも世の常の事をこそいへ、いとど都の方のものうさもわりなけれど、人々「出でさせ給ひしのち、殿は物などすべで御覽じいれず、夜など、露ばかりも御殿籠らで、覺束ながりあかさせ給ひける」と口々語り申しつゝ、疾くゝゝと急がし聞えさすれば、心にもあらず棚無小舟に漕ぎ歸り給ふ程、胸の關路は隙なし。笛など持たせたる若き人々ありて、折に合ひたる音ふきならしたる、水の上にては、いとど面白くをかし。又權の雫のしほどけさも知らず顔に、手づから漕ぎ歸りつゝ、聲をかしうて、「あれ妹背の山か、さばれ」と謠ひたる樣どもは、各誇かに思ふ事無けなるは、なほ我ばかり物思はしきは無きなゝめりと、羨しく思ひわたされ給ふ。行き歸
りこゝろまどは
す妹背山おもひはな
るゝ道を知らばやよぐ方のなかりけるも、契心憂くながめ入りて、舟のはたに寄りかゝりつゝ、眠り給へる御まみの氣色なまめかしう見え給ふを、もの好ましき若君達などは、めでたうのみ見奉り給ひて、物心細げなる御氣色を、なほ如何なる御心の中にかと、安の河原の千鳥にも問はまほしかりける。殿には、ゆゝしきまで戀ひ聞えさせ給ひければ、うち見つけ奉らせ給へる嬉しさの限なきにも、止めがたけなる涙の氣色も見奉らせ給ふに、戲にも、わが思ひよる筋はあるまじきかなと思し知らるべし。雪やけに足も腫れてなやましう思さるれば、ゆでつくろひなどして、あるきなどもし給はず。けざやかならし佛の御契の面影戀しく思ひ出でられ給ふにも、なほいかで此世を、樣あしからぬやうにて厭ひはなれなむ、と心の中ばかりは、ありしよりけにあくがれ勝りて、行に心を入れ給へれど、齋院ばかりには、え覺束なき程にもなし給はず。さるは隔なく見奉る事さへあり難くなりにたれば、この世の厭しさも催され給ふなるべし。
思ひ侘
びつゝにこの世
は捨てつとも逢はぬ
歎は身をも離れじあな心うや、この心ながらは、後の世もいかどとうしろめたし。さても哀なりし阿私仙をさへまどはしてし口惜しさも、思ひやる方なきまゝに、かへり來てやあると、粉川に人度々つかはせど、無しとのみ言ひつゝ歸り參れば、妹のはかなくなりけるにやと思すも、なかゝゝなる稻淵の瀧なり。ありなしの
魂の行方
に惑はさで夢にも告
げよありしまほろし池の玉藻と見なし給ひけむ帝の思も、中々目の前にいふかひなくて、忘草もやうゝゝしけさまさりけむを、されば、さまぐゝ夢うつゝとも定めがたう、心をのみ動かし給ふ。けにいかなる昔の契にかとぞ思し知らるゝ。さらばありし曉、その夕べにや消え果てにけむ、とおぼせば、誰ともなけれど、その程よりむつまじう思す僧どもにいひつけ給ひて、七日々々まで、とぶらひをぞいみじう忍びてせさせ給ひける。いかなるにても、この忍草のありなしをだに、聞くわざもがな、と御心に離るゝ折もなし。
まこと齋宮は寮へ渡り給ひしかば、若宮はいとど人少にもの寂しうてものし給ふを、大將は心苦しく思ひ聞え給へど、前齋院の一人住の心細きにより、嵯峨の院の、なほさながら思ひうしろみ給へと宣はすれば、大殿へもえわたし聞え給はで、常に自ら渡り給ふ。夜などもとまり給ふ夜なゝゝおほかり。若宮も見つき聞えさせ給ひて、いみじうまとはし聞えさせ給ふを、いかでかは疎には思ひ聞えさせ給ふはむ、やうゝゝ住吉の里にもなりぬべかゝめり。いづれも、この女宮達をば妹のやうにあつかひ聞えさせ給ふにも、入道の宮の厭ひすて給ひしつらさも、飽かずくち惜しう思しけり。ありし雪の夜の枕の雫は、忘れがたう悲しう思ひいで給へる。今はいかやうにか思しめしなりたるも、如何樣にしてか、今一度け近きほどの御けはひを聞くわざもがな、と思ひ侘びては、中納言のすけをのみぞ怨み給へど、かひなき由のみ聞ゆれば、いと心憂し。夢のやうなりし夜な夜な、泣き給ふよりほかの御けはひは聞かで斂みき、一くだりの御返しなど、はた見すべのもとに枝さし添へじと、切に思ひ離れし折こそ、これを強ひて怨めしかるべきものとも思はざりしか、萬にとり所なく、悔しき事のみ盡きせぬまゝに、今更に日に二たび三たび、藻鹽草かきつめつゝ怨み聞え給ふさま、あまの濱屋に餘りぬべし。されど見るべきものとも思したらずとのみ聞くは、過ぎぬる方の報にやと、つらく心憂し。限なき御身の程といひながらも、わが身はなどて、さばかりの哀をもかけられ奉るまじきぞ、と淺からぬ御契の程も思し知るまじくやはと心憂ければ、をがみわたすにても止みぬべきれど、月日の過ぐるまゝに、珍しき樣におよずけ給ふ若宮の御樣を、さすがに餘所のものと見なし給はず、かく契深くてわがものにあづかり聞え給へるなどは、いかでかは世の常と思しなさむ。是より外のうき世の慰めはあるまじかりける身にこそ、と思ひ知られ給ふ、哀も悔しさも世の常ならず。大殿も常に渡り給ひつゝ、見奉りうつくしみ聞え給ふ樣は、疎ならぬにつけても、ありのまゝに聞え給はば、如何にとや思さるゝ。宮の荒れたる所々つくろはせなどせさせ給ひて、さるべき家司など別ちなさせ給ひつゝ、古宮にさぶらひし人々、かたへは嵯峨の院の齋宮などに別れにしのこりは、さながら寂しからぬ樣にして候せ給ふ。雪降りて物心細げなる夕つ方、大將殿内裏より出で給ふまゝに、いかに物心細げなる故郷に、をさなき人、何心なくまぎれ給ふらむと、思ひやらせ給へば、其方樣にものし給へるに、思しやりつるも著く、山里の心地して人目も稀なるに、若宮の御乳母たちばかり、はしつ方にうち眺めける程なり。今ぞひき返されたる御座どもなほしなどして、打解けたる姿どもを、かたはらいたげに思ひたるもをかし。若宮は寢起きてむづかり給ひけるに、かく渡り給ひければ、喜びてむつれ聞え給ふ。いみじう哀にて、狭「參らざらましかば、いかに口惜しからまし」とて打涙ぐみ給へる氣色など、なほざりの志とは見えず、いみじう哀と思ひ給へるを、見奉る乳母たちなどは、かよる人ものし給はざらましかば、限なき宮仕といふとも、此頃はいかに心細く、よるかたなき心地せまし、と殿の御志をうれしと思ひけり。乳母「見えさせ給はぬほどは、つれゝゝげに思して、いみじ
う戀ひ聞え給へるこそ、心苦しう。院のさばかり疎ならず思ひ聞えさせ給ふをば、怖ぢ奉らせ給ひて」など聞ゆれば、狭「院の御志に劣るべくも侍らぬものを。なほ幼き人は、中々おとなびさせ給ふまゝに、思し召し知るにこそ」など宣ひて、はしつ方なる御座にうち臥し給へれば、若宮も御懐に入り給ひて、何とはかゝゝしうも聞えぬ事を、聞え戯れ給ふ御あはひ、いとかよらね見ならば、かたはらいたくやあらまし、と見えさせ給へり。白き唐の御衣どものなべてならぬに、同じ樣なる紅のかさなりたる、常の事ぞかし。されど夕映にや、なべてならずめでたく見ゆ。霰のいとおどろゝゝしう降りたるに、怖ぢ給ひて、衣を引き被きて、身にかいつき給へる、いみじうらうたくおほえ給へば、狭「參らざらましかば、誰がふところにか入らせ給はまし。かく怖しき雨も降らぬ、大殿など具して常に侍る所に出で給ひね」と宣へば、うちうなづきて、若宮「大臣はよしな。嵯峨の院こそ頭はきらゝゝとして恐しげなれ」と、まづおとしめ聞えさせ給ふぞをかしきや。狭「姫君も、髪は短くて、帽子けにぞおはしますらむな」と宣へば、頭うちふりて、若宮「いな、然れどそれは善きぞ」と宣ふ。幼き御目にも然ぞ見え給ふらむかし、中々さま變りて、いとどいかに美しけにおはすらむかし、とおしはからるゝも、罪深うおぼえながら、なほゆかしきにぞ、胸うち騷ぎて物哀なれば、枕がみなる笛を取りて吹きすさびつゝ、狭「宮の、とくおよずけさせ給へかし。をしへ奉らむ。いかに美しう吹き給はむ」と宣へば、ふと起き出で給ひて、さかさまに取りて、美しき御口にあてて、笛の音のやうに聲を細く出して、さて、若宮「おのが吹くに似たるは」と宣へば、いひ知らず美しうおぼえ給ふにも、つれなく思ひ捨てて知らぬ顔に見はなち給へる御心の中は、なほ我があやまちと言ひながら、涙こぼれぬ。うき節は
さもこそあらめ
ねに立つるこの笛竹
は悲しからずやさても如何樣にか思したらむと、御心の中もゆかしく悲しき慰には、懐に引き入れ奉りたるも、いとつめたき御身形の美しさなどの、唯かやうにこそと思ひ出でられて、いみじう悲しきにも、けに疎なるべきかたみにはあらずありけり。目ざしなる御髪を切にかゝきやりつゝ、遊びむつれ給ふにぞ、憂き涙はこぼれながら、うち笑はれなどし給ふ。硯引きよせて手習などし給ふに、御殿油まゐるまで、懐よりも出で給はで、火近く取りよせ奉り給ふに、やがて晝の空の景色より始めて、しつらひ有樣なども違はで、わが日一日眺め暮したりたる樣などを、おもふ處なく繪に畫き給ひて、若宮の笛吹き給へる傍に、ありつる御ひとりごとも書きつけ給ひて、塵つもり
古き枕をか
たみにて見るもかなしき
床のうへかなとて、泣き給へる所もあり。嵯峨の院へ奉り給ふ。内侍侍ふ頃なればなるべし。若宮の御方ざまにつけて、今は何方にも、疎々しからず聞えかはし給へど、中々入道の宮には猶え聞え給はぬを、院は、「御返など、時々は人傳ならで宣はせよ。かよる方樣につけても、この人をなむ誰が御爲にも賴む」など、常に聞えさせ給ひけり。宮は念誦堂におはしますに、例のもて參りて、ひろげて參らせたるを、誰がぞとて目止めさせ給へるに、御心得させ給へるにや、御顔の色移ひまさらせ給ひて、御經に紛らかさせ給へ
るさまなど、明暮ゆかしがり聞えさせ給ふめる人に見せ奉らまほしきに、いでや、過ぎぬる方の怪しく思はずなりしぞかし、何事のさはあるべきぞ、と思ひ續くる。斯うのみつもる御文の數も、さだかに御覽じ續けねば、なかゝゝ何とも知らせ給はぬに、床の上のかたみなどは、殘りなう聞きあらはし給ひてけりと思すに、なべての人、も皆斯くのみこそはあらめ、されど餘所の人は、何しにかは斯うもいひ聞かせむ、中納言などを、其折は知らぬとこそは思ひしか、などおぼすに、其折の御心惑におとらず恥かしういみじきにも、身ひとつにだにあらず。強ちなりし御心構の程を、院も聞かせ給ふ樣もあらむかしと、他人よりも御心の中はいといとほしう、この世もかの世も、唯憂き身ひとつのゆかりに塞れ給ひぬるぞかし、と思しやらるゝ御心のうちなどは、長らふるもあさましくのみぞおぼし知られながら、けにかう死にせぬ例もありけるを、こよなかりける御心の深さかな、と羨しう、亡き影の見給ふらむも、つきせず恥かしうぞ思されける。憂き事
も堪へぬ命
もありし世にまだ長ら
ふる身をいかにせむなど思しつゞくれば、今はいみじき事をつくし給ふとも、つらきをあらぬには、なし難けなり。今はなほかやうの事も、いとどかたはなるを、見ぬわざもがなと、あらぬ所のなきも、われしうおぼし亂れながらも、言に出でてこそ宣はせねど、いと苦しき御氣色を見れば、いかどは聞えむ。中納言「常よりは御覽じつ」とばかりなる返事を、憂きものに思ししめられける、わが心の恨めしさを、今はいかどはせむと思ししづめず、若宮の御うつくしさの斜ならずおよずけ給ふ事、くやしう悲しう思さるべし。まことかの、大殿の御方にかしづかれ給ふ今姫君は、廿歲にもやゝあまり給ふまゝに、いとをかしげにねびまさり給ふを、母上いとはなやかに物好し給ふ御本性にて、齋宮の御有樣を見奉り給ふもうらやましう、行末の心ぼそさも、年月添へておほし知らるれば、この君をかうまで取り寄せつとならば、同じくば人なみゝゝにもてなして、かく樣にもてかしづき給ふ御方々の、くさはひにもせむかし、など、切に人に劣らじの御心おきてにて、内裏參の事など思し寄りにけり。殿にも斯くなど聞き給へば、まことの御子とも覺されねど、けにこの御爲には、さあらずとも同じ事ななれば、などかは、然もありぬべうは、惡しかるべき事ならねど、母は內裏にも御覽ぜしものを、いでや、御心の中もいとほしうやあらむ、あながちなる事とや、世の人も言ひもどかむ、など思ふをばさるものにて、時々見給ふに、いかになどや、さやうの御交らひまでは、思しかくべうこそあらざらめ。堀川「中々なる事などもあらば、たどなるよりは、かたはら痛うこそは侍らめ。唯大將だに平らかにて侍らば、自ら誰が御行末にも仕うまつりてむ、同じ御心に思し賴みてを、ものし給へ」と聞え給へば、唯一人の御ゆかりよりほかに、思しあつかはじとにこそはあらめなど、怨しうおぼされて、后の宮と聞えさせしは、尼にならせ給ひて女院とこそ聞えさせすれ、御はらからといふ中にも、いと懇なる御中なれば、いかなる事なりとも、御心に任せぬやうはあるまじければ、洞院「この人の事をかくなむ思ひ侍る、心細きを、おなじうはとなむ思ひ給ふる。たちまちの徒然のまぎれにも、さまぐゝ羨し
き慰に」など聞えさせ給ひければ、內裏の渡らせ給へるついでに、しかぐゝなむと奏せさせたまひける。帝「齋院の御事のいと口惜しうなりにしを、かごとはかりも、そのゆかりぞ聞えさせ給ひける。御心の中には、おとどの思しやりしももろく、ねぢけがましき生出などを、いとめやすき事とも急ぎ思しめされざりけり。かやうの御氣色と御覽じ知るもいとほしければ、肩故院の御事の後は、よろづ物にのみ思し召して、かやうの事を、唯今は物憂げになむ。猶大臣の奏し給ふはむぞよかるべき」など宣はせけるを、洞院「殊更に大臣の方ざまならでもと、思ひ侍るなる。御心にこそ侍らめ」など、度々聞えさせ給ひけれど、いと苦しう覺えさせ給ひて、例のわたらせ給ふるに、帝「今おとどの氣色見てこそは。思ふかた異にもあらむを、進み出ではしたなうや」など宣はせて、御心にも入らぬ事と御覽ずれど、かく怨み聞え給へば、唯思し立つべきさまにぞ聞えさせ給ひける。いたうおし立ち物花やかなる御心にて、少しは御心のかぬ事なりとも、女院もかく思しはなたぬゆかりにもあり、我もてなしがしづきて候はせば、えおろかにも思さじを、大臣もさ宣ふとも、いづれの御事にも、え思しおとさじ、と思ひ立ち給ひて、殿にもいたうも聞え合せ給はず、御心一つに急ぎ立ちて、二月ばかりにと 思しけり。つれゝゝなる晝つ方、大將殿わたり給ふべく聞え給へれば、參り給へり。をさなくより、いづれの御方にも隔なう、殿のならはし聞え給ひつれば、女房なども見え奉らぬはなき中にも、この御方はみづからもわららかに愛敬づき給へる御心ざまにて、わざと隔て奉り給ふこともなかりけり。紅のきぬどもあまたが上に、櫻のかた紋なるを著給へる御容、はなぐゝと清げにて、見るかひある御もてなし有樣なり。洞院「年のつもり侍るまゝには、世の中もいと心細くのみ侍るにも、後の世の爲までも賴み聞えさせてこそ、中宮の御方には、明暮へだてなくものし給ふなれど、此方にはいと戀しき程にのみなさせ給へば、思ひ侘びて聞えさせつるなり。この世は實に、斯うても過ぎ侍りぬべし。後の世のためを思ひ侍るにも、いとくち惜しうのみ侍れば、この姫君の御有樣をも、いかでなど思ふ事侍りしかど、同じ心に思ひあつかふ人なき事は叶ふまじけに侍りしを、女院に、內裏の度々聞えさせ給ひければ、いかにもかの御ことを否び聞えさせむが、辱さに、いかにせましと思ひ侍るめれど、いさや、今はいとほけゝゝしうなり給ひにける人ばかり賴みてはいかどなど、心ひとつなるやうに侍るを、聞えさせむとてなん。內裏わたりの御有樣などは、さりともえ御覽じ放たじとなむ、賴みきこえて」など宣へば、狭「いづれの御事をも思ひわき聞えさせ侍らねど、何となう身のいそがしう侍る程に、怠り侍るにこそ。中宮の御方などには、おなじ百敷にて、自ら覺束なからぬ心地し侍るを、けにさやうにしておはしませば、同じ事にこそは。かよりける御いそぎをも承らざりけること」など聞えたまふ。洞院「今樣の人は、幼うよりあるべかしうこそあれ。これはいかなるにか、あまり心もとなき御有樣なゝめるぞ、さやうの御交らひには、かひなき樣にやと見え侍るを、さるべき事など敎へ聞えむ人もがな、と言ひしを聞きて、この御後見の、琵琶をかしう彈く人ありとて、此頃習はし聞ゆるを、同じくは、いかでまことしく、人の聞き
かせ給ふばかりも、とこそ思ひ侍れ。此頃ばかり、御暇のひまゝゝに、このひがごともも直させ給ひてむや」と聞え給へば、狭「人の師などすばかりにては、直さるばかりの僻ごとには、よも侍らじものを」とてうち笑ひ給へる愛敬、こぼるゝなどは、是をいふにやと見えたるを、うちまもり給ひて、洞院「何事も、御有樣ばかりはいとありがたうこそ。などて唯世の常のさまにても、かやうの人を一人まうけ侍らざりしに、今こそいと心憂く侍れば、かくあながちなる事をし程は、斯うしも覺え侍らざりしに、も思ひ立ち侍るぞや」など宣ふ。淺綠なる空の景色いといみじう霞みわたりたるに、この音も榮えぬべき程なゝめるを、渡り給ひて少しも聞きならし給へかしと聞えよ」と宣ふに、かばかりまで思し立ちにけるはけにめやすきほどの御有樣にこそはなり給ひけれ、けにさまぐゝのもの思に、心も盡き果てて、憎からざりし風の迷の後も、え氣色見ぬぞかしと、なまゆかしければ、狭「やがてかの御方に參り侍らむ」とて立ち給ひぬ。
例の御簾の許にて、狭「人や侍ひ給ふ」とおとなひ給へば、蚊の聲ばかりにて、「内にこそ」といふまゝに、走りて隱るゝ音す。上の御おきてならめりと聞き給へば、御簾を引きあけてのぞき給へるに、人々あまたありけるが走り重りて、衣の裾を各踏まへつゝ、すぎすぎに倒れ臥したるは、牧の馬の心地ぞしたる。几帳なども倒れなどして、いとゞ物騒がしければ、つく〳〵と見入れて頓にも入り給はぬに、姫君も、端つ方におはしけるなるべし、今ぞ立ちて入り給ふ。色々の衣どもに、濃き擣ちたる櫻の小袿著給へるうしろで、いとをかしげなり。髪は少し色にて、こちたうはあらず、さばらかなるさがりばなど、あてやかになまめかしき様にて、小袿とひとしうぞ見ゆる。うち見かへりて、顔いと赤うなりながら、頓にも居ず、あきれたる顔、さるかたに美しげなる様ぞし給へる。さはいへど、重りかならぬならひの立ち走りやすなるこそはと、この身の程にては、それを罪とも見なされ給はざりけり。辛うじて母屋の柱のつらに居給ひぬれど、扇などの行方も知り給はず、唯うち伏し給へる髪のかゝり、つらつきなど、少しくけぢかくては、今少し目止らぬにしもあらず。狭「疎々しくのみ思したるがつれなしさに、常にもえ参らぬを、又疎なるにやおぼしなすらむと、心ときめくばかりは絶え侍らず」など聞え給ふを、言ふべき事も覺えず恥かしげに、汗のみ流れて佗しきに、始めおはしそめたりし日、人々いらへ遅く聞えたりとて、母代が腹立ち罵りて、人々をはしたなく言ひしを思し出づるに、又如何に言はれむとおぼすに、身もわなゝかれて、いとゞ更に物も言ひ出づべうもなければ、かの母詠みかけたりし歌をこそは、母上聞きてほめ給ひしかと、まれまれ思ひ出でて、いたうおびれしどけなき聲にて、今姫「吉野川何かは渡る」と一文字も違へず言ひ出で給へるを、げに人の忘れぬふしやよみ出でたりけむと聞き給ふも、これより後、よきもあしきも數多見聞くを、さしも御心にも耳にも止らぬを、いつぞやかよることの聞えしと、おぼし出でたるはをかしきに、その折のいらへは、又いかゞありけむと、忘れにかけるぞいと口惜しきや。ほゝ笑み給へる氣色は、いひ知らず恥かしげにて、吉野川
かへす〳〵も
渡れとや渡るより又
渡れとや瀬に入立つもことに咎め顔ならざゝめるは心やすけれど、ひとはたりも心劣ぞし給ひぬる。母代局なるに、かくなむと人の告げければ、急ぎのぼりて、姫君の居給へるうしろの方の几帳おろしたる所に居たり。さなゝめりと見給ひて、狭「いづら、琵琶承れと上の宣はせつるは」と宣へば、母代「いでや、人のなべて聞き知らせ給ふべくも侍らぬ、筋ことにこそ侍るめれ」と、いみじうしたり顔なる氣色ことにて、琵琶をとりよせて姫君に奉るまゝに、母代「まづ猿をつなげ」とさゝめくしも、例のあらはにぞ聞ゆる。教へられて、いとしどけなう、ゆる〳〵とぞつなぎ給ふ。又さし寄りて、母代「その次には、かなでをかなでを」と、肘して突くめれば、今姫「いたち笛吹く、さるかなづ」と、弾き給ふを、母代「いと面白うめでたう思ふに、え堪へず心もすすみ立ちて、末に待ち取りて、扇うちならして、母代「いなごまろは拍子打つ、きり〳〵すは」など、細目開けて首筋引立ててをれかへり〳〵弾く側顔の、御簾に透きて見ゆるは、をかしなども世の常の事をこそいへ、明暮ものむづかしき心の中、けふぞ皆忘れぬるに、思ふ儘にも、伏しまろびえ笑は
す、念ずるぞいと佗しかりける。ふたかへりばかり弾き給ふに、いとわりなき聲をおとしあげ、唱歌するに囃されて、かき返しかき返し、同じ「いなごまろ」にて、時もやゝかはるは、いとすべなきまでおぼえ給ふ。御後見のいとさかしく、かたはらいたき様したるもてなしに、よからずあやしき若きものどもの集りて、人にうちはやりありつかぬなめり。自らの御有様も、唯おびれて、うちさとび給へるにこそは、など世の常におもひつるを、いとことの外におはしけるかな、又これを内裏に参らせむなどまで、思し寄りつらむ上の御心ぞ、今少しあさましきや、年頃もいかにぞやある御心とは見つれど、あまりかど過ぎて、何事ももて出でて、好ましき所などはすゝみ給へる、と見つるは、そらごとにこそありけれ、かうまで心おくれ、思ひやりなきわざし出で給ふべしとは、思はざりける我心さへ、口惜しきまでぞ思ひ知られ給ひぬる。あな恥かしや、見るに唯國王とて、あざやかにそば〳〵しうもおはしまさず、さばかりなまめかしう恥かしげなる御有様に、このわたりよりとて御覽ぜられ給へむよ、げにひとへには思召すべにきもあらねど、大臣などの見る〳〵、出し立てけむよと思召され給はむ、いと名だたしう憂き事にこそはあらめ、など思すに、いかさまにてか、この事今日明日の程に止むるわざもがな、とあぢきなきもの歎きへ添ひぬる心地し給ひてけり。まことにうへの御心、もとより、こまやかに人のありさまなど知り給ふ事もなく、唯ひとへに人に劣らじの御心華かにておはして、女院の御方ざまも賴もしきを、中宮の御有様に、やゝ立ち勝りてもてなしかづきて、われも出入り見あつかはむと思し立ちてしかば、少々のかたはなる事も、見とがめられ給はぬなるべし。時々うちわたり見奉り給ふには、唯いとおれ〳〵しう、物つゝましげなる様にて、居給へるかたちなどは美しけれど、内々のかたくなしき御有様など、見咎め給はぬなるべし。けしからず聲高になどやうに見え給はば、かうしもえおぼし立ちじを、もとよりいと言ふかひなきやうにおはせしを、いとゞ母上におくれ給ひて、程もなく、知らぬ人の御あたりに、ありつかず引き別れて、はな〳〵ともてかしづかれ給ふに、われかの心地もせずほれ惑ひ給へるに、此御後見さへ、心にまかせで、いと荒々しう責めおどし聞ゆれば、いみじう怖ぢ勝りて、うつし心もなき様に、月日に添へてなり給ふなゝめり。持ち給へりける扇の、うち置かれたるが、手習せられたるは手づからのしわざにやとゆかしうて、取り見給へば、まだはか〳〵しうも續かぬ文字どもの、いと幼くあさましき様なるは、何と見解くべうもあらぬを、切にまもれば、「天地を袋に縫ひて」とあるは、母代が習はし聞えたる祝ひごとなゝめりと見ゆるに、繪に苗代し、荒田うちなどしたる所に、「母もなく乳母もなくて、春のあら田をうち返しうち返し、返す〳〵も物をこそ思へ」とあるめり。又、「柳櫻をより合せ、うせざゝめれば、亂れぬめり」とあるは、歌にやとて切に読み續くれど、一つにはあまり二つには足らぬを、怪しくゝと思せば、さすがに繪の心どもなゝめりと見ゆるにぞ、さばわが詠み出で給へるなりけり、三十一字とだに知り給はで、何しにかは扇の繪の歌よまむとは思し寄るらむ、とをかしきに、書様さへうらうへ上下等しうて、一つに足らぬ歌を、やがて扇のひまもなく書きなされたる文字様、ゑり深うわけ置かれたるなど、すべて斯かるはまだ見
ざりつるを、様變りてうちおき難うぞおぼされける。母代うち見おこせて、母代「きらきらしく遊ばしつべう侍るめり。今様の手は、草がちに濃く薄き墨つき粉はして、うちよろぼひて侍りつる。これ、強き文字づかひ昔やうに侍る。さは見知らせ給へりや」といふにぞ、え堪へで打笑はせ給ひぬる。狭「さやうの事もはか〳〵しう見知り侍らねど、げにかくこそはと、わが御心の程見えて、習はし聞えさせ給ひければ、琵琶もなほせなど上の宣はせつるを、中々ゆがみぬべうぞ侍りける」と宣へば、母代「いでや、然まで事思ふに、母代「まことや、思ひかけぬ人の御文をもちて侍りしかな」と言へば、狭「朧氣にては散らさぬものを、世に侍らじ」と宣へば、母代「げに世の常の御事とは見え侍らざりき」と思はせて、心だつが憎ければ、狭「空言しける人なゝなり。さやうの事はまだならはず」など殊の外に宣ふを、いと高らかにうち笑ひて、母代「げふの畫間はなほぞ戀しき」など、やさしだちたる心づきなさぞ堪へ難けれど、狭「まいて然まではいつ習ひにける戀の道にかは。猶たしかに宣へ」とあるにぞ、母代「大宮のわたりにて御秣がくれせさせ給はざりきや。萬おしはからるゝ御口淸さかな。いとよう知りて侍るものを」といふにぞ耳、とゞまりて、何となう胸騒ぎて、狭「更に覺えぬぞとよ。たしかに唯宣へ。何のたよりぞ」と今少し近づき給へば、母代「いで、さらばこそ。殊の外に宣はせつれども」とて、母代「この御前の御母、故平中納言の妹にはおはせすや。その御姉は女院に中納言とて候ひ給ひしを、長門の前司何がしの朝臣に盗まれ給へりしぞかし。守うせ侍りにしゝのち、尼になりて常磐といふ所にぞ侍る。中納言の女は乳母のもとに心細げにてなむと聞かせ給ひて、召しよかど乳母、心かしこき様にもてなさむとて、参らせざりし程に、御覽ずる様も侍りけるとかや。前の別當左兵衛督の少將となむ名告せ給ひけるを、さやうの生公達の陰妻にて盆なしとて、三河の守何がしにつけて筑紫へ出し立てて侍りける。女は本意なきものに思ひ歎きて、海の底にも入りなむとて逃げて侍りけるを、かの長門の尼君の、不意に尋ね取りて常磐に置きたり。明暮物を思ひ歎きて、尼になりて侍りけれど、先つ頃つひに亡くこそはなり侍りにけれ。かたちなどは御覽じけむな。さばかりなるは自らもや侍らむ。唯人様などこそ、怪しきまで有り難うをかしきまで見え給ひしか」などいふは、如何なる夢語ぞと、心もことに騷げど、狭「今更にこそおぼえね、聞き違へ給ひつる事ならむ」とて、濃かに語らふべき人様にもあらねば、唯かの常磐といふ所を尋ねむと思して立ち給ひぬ。世にありと聞くとも、今は其人をとかく思ひ尋ねむも、いとねぢけがましきを、ひたすら亡くなりにけむは、中々心安くめやすきに、唯かのしのぶ草の行方のいみじう聞かまほしきにより、いとゞ御心地も靜かならで、道季を呼び給ひて、よろづにぞ語らひ給ふ。所の程などはいとしるかりければ、黄昏時の程に、いと忍びて京を出で給うて、雙の岡のわたりにてぞ馬に乗り給ひて、かばかりの程ながら許多の年頃おぼつかなくて過しけるも、淺ましくいみじきに、あり〳〵てなき跡をしも、誰に逢ひ見るべきにかとおぼすは、くち惜しう悲しとも、世の常なり。月もおそく出でて、空も霞み渡りたれば、雲の
たゝずまひだにはか〳〵しうも見えず、道の空もたど〳〵しう、習はぬ御心地にいとゞ心細くわりなし。なき人の
けぶりはそれと
見えねどもなべて雲井
の睦まじきかな霞まむ空を見るべきものとは思はず、程なくあり〳〵て立昇りけむなき空は、恨めしさも悲しさも様々に、中々なる心地しぬべけれど、跡の白波をだにゆかしがり給ひしかば、まして眞木柱のよすがもいかでかはとゝ思すなるべし。近うなるまゝに、風につきて念佛の聲々仄かに聞ゆるは、その人の名殘にこそはと聞きつけ給へる、かの「底のみくづ」と書きつけたりし扇見つけ給へりしに盡きはてぬと思されし涙も、殘りある心地ぞし給ふや。おはし著きたれば、門などもなくて、唯釘ぬきといふものをぞしたりける。道季を入れて、若しありし山伏やあると尋ねさせ給へば、しばしありて、「とく唯入らせ給へ」とあれば、しるべするまゝに入り給へり。少し離れたる所の、紙障子などばかりにて、あら〳〵しき假初の居どころと見えたり。おまし敷きなど經營し騒ぐ姿、見給ひしよりは少し例の人に似たり。狭「夢のやうなりし對面の後、よろづに尋ね聞えしかば、行方なうまどはし給ひてしかど、おぼろけならぬ志の程には、げにこそ端山のしけりもさはる所なきわざに侍りけれ。今朝、思ひかけず、このわたりにや通ひ給ふらむといふ人の侍りつれば、喜びながらなむ。この世とのみは契り聞えざりしを、心憂く」など怨み給へば、眞聞えさせし妹のわづらひ侍りける、限になりて侍りける、今一度逢ひ見むと消息せさせてさぶらひしを、必ずあひ訪はむと思ひ給ひてまかり出でし程に、案内も取り申さでなむ。終に亡くなり侍りしかば、念佛も眞心に仕う奉りて、後の世の弔をだにと思ひ給うて、かく籠り侍るも、明日なむ四十九日になり侍る」と言ふを聞き給ふに、涙とりあへずこぼれ給ひぬ。狭「粉川にて思ひかけざりし御物語の殘を、こまかに承らまほしかりしかど、よからぬ事どもを、なべての人にも聞かせじ、と思ひ給へし程に、淺ましうなか〳〵なりつる心の中を、又今宵遂にかひなく聞きなし侍るも、唯さばかりにてこそやみ侍りぬべかりけれ」とて、おしあて給ひつる袖の雫、疎ならず見奉るに、思ひかけぬ心地する、さる様こそはあらめと思ふに、斯うまで尋ねられ奉るべかりけるにては、げに口惜しうもありける命の程かなと、然る山伏の心地にも、今ぞいと口惜しく悲しかりける。僧「都の内は、またかへり見るべきものとも思ひ給へざりしに、この人の終に逢ふべき契や侍りけむ。故なにがしの朝臣の女房のまかり上りしに、切にいざなひ侍りてしかば、かよる序に比叡の山拝み奉らむの志にて、まかり登りし道に、思ひかけず見つけて侍りし有様など、取り申すもいと氣疎き心ばへの程と、聞かせ給ひぬべけれど、ひたすら身をなきものになし侍らむと思ひ入り侍りし海の底をも妨げて、この山里に尼になりて過させ侍りつるを、こゝかしこ修行の程に委しき有様もえ承らざりしに、いみじう物をのみ思ひ侍りつれば、病のつきて遂にかくなりぬ」といふさま、いとすく〳〵しうて、委しき有様など問ふべき様にもあらねば、狭「さてその筑前の尼君はこゝにか」と問ひ給へば、僧「しか侍る。明暮戀ひ歎きて、いとゞほれほれしき様にぞなりて侍れど、彼に何事も仰せ給へ」とて、僧「かくと案内傳へ侍らむ」と
て立ちぬ。佛するゝ奉りたる方に、御座などひきつくろひてぞ對面したる。げに年經にけるけはひしるけれど、故なき様にはあらで、尼思ひ給へかけぬまほろしにやと、いとゞ亂心地にも靜め難う」とうちわなゝく。狭「魂の在處はこゝにこそ尋ね參り來つれ。こまかならむ御物語に少しもや慰むと、試みまほしう」などうち始め、この年頃さまざまに思ひ慰む世なう、歎き過しつる有様などを、夥しからぬものから、少しづゝ洩しいで給へる氣色など、いと忍び難げにせきやり給はぬを、さらばこの御心に、いとかうこそ思され給へりけれ、げに海の底に思ひ入りても、なほあまりあるわざかな、と聞くまゝに、短かりける命の程、今しもぞいとゞ悲しくゝち惜しかりける。まして聞く人は絞るばかりになりにけり。狭「さても、その幼かりけむ人は侍るや」と宣ふに、尼様々にかひなく聞えむもいとほしければ、あが君や、すべて聞えさせむ方こそ侍らね。斯かりける御事をさへ、かく跡はかなくはしなし侍らざらまし。如何なる事ぞなど、常に夥しかりし心おきてをも問ひ侍りしかど、かけてかやうなる事とは仄めかし侍らざりしよ。もと心はかなく、いふかひなかりける心の程かなと、今宵こそ承りあきらめ侍りぬれ兵衛督のしるべきゆかりとばかりぞ、ほの聞き侍りしかど、かの自らは更に殊の外に思ひて、數ならぬ身の程にたぐひ給はむも、いと辱なきものになむ思ひたまへりしかば、然らば斯うにこそ侍りけれ。世に知らぬ御美しさを聞かせ給ひて、一品の宮のいみじうゆかしがらせ給ひしかば、百日の折に參らせ奉りたりしを、やがて止め給ひて、乳母たちなど數多してあほしかかしづく様などは、今自ら聞かせ給ひてむ。いと哀に戀しきものに思ひ聞え給ひながらも、かよる山がつの垣根に生ひいで給はむもいとくち惜しきを、如何はせむなどぞ思いたりし。宮にも、中々なる知る人などやいで來て、知り顔にいはむも忍ばせ給ふなゝめり」などいふを聞くにも、さらに思ひ慰む方なく、よろづいとかひなき中にも、なほこの忍ぶの露は、斯うてやむべき心地もし給はず。御前わたりにこそ、美しさに罪ゆるしても思すらめ、侍ふ人々などは、いかに侮らはしく思ふらむ、幼き程こそさ言ふ〳〵もあらめ、物の心知りおとなび行かむまゝに、その數多侍ふめる中納言、宰相の君などの列までこそあらめ、さりとて今は、斯うこそありけれなど聞えいでむも、人のまどふなる道といひながら、なほ如何にぞやおほゆれば、遠山鳥にてやみぬべき事にこそは、と思しつゞくるに、亡きものにおぼしつゝる年頃より、今少し御心の中いとあはれなり。狭「いさや、さま〳〵聞えむ方こそなけれ」とて打泣き給ふに、まことにわが過の心地して、いとくち惜しう歎かしければ、尼今自ら、さるべき御中には、覺束なからぬさまにもならせ給はなむ。なべての様にももてなさせ給はざらなれば、行末賴もしう侍る。自らも、今は參らで久しうなり侍りぬれど、この御有様によりてぞ、時々も立ち出でぬべく侍る」などいふ程に、後夜の念佛も始めつゝなり。尼君には、狭「かひなき世のかたみにも誰かはと、今よりは賴み聞えてなむ。宮の邊に、かくなむとゆめ〳〵な聞え給うそ。かまへてなほ見せ給へ」などぞ語らひおき給ひける。明けぬさきにといそぎ出で給ふとて、遣戸を押し開け給へれば、曉かけて出づる月影ほのかに霞
み渡りて、四方の山邊心細げに見渡されたるに、近き寺々の鐘の聲々も聞えつゝ、いづくに誦むにか、經の聲もほのかに聞ゆなり。所の様もをかしう心細くなりけるを、物思はしくて眺め過しける心の中おぼしやるに、いといみじう哀なれば、とばかり眺め入て、とみにも出でやられ給はぬに、唯この佛の御後の障子のつらに、若き人々物語するを聞き給へば、出で給ひぬと思ふなるべし。人々「あな口惜し。今少しとく尋ねておはせで」「をかしの御匂や。猶とまりて枕にもうつりにたり。かよる人を、この邊に時々にて、も待ちつけ侍りておはせば、如何にめでたからまし。いみじかりける御心惑は、げに身を投げ給ひけむも理ぞかし、やむごとなき人々だに、いかで〳〵と思はれ給ふに、露ばかり心止め給はで、心盡し給ふ人々多かりとか」「姫君の美しさに、なべての兒とも覺え給はざりしは、斯くにこそおはしけれ。年經にける名殘をだに、さばかり忍び難けなりつる御けはひを、この曉までの命だにおはせざりつらむ。いみじかりける幸を、口惜しき事なりや」といへば、今一人出で來て、「三河守の妻にておはせましよりは、これこそめでたけれ。まろはかくて死なばや」などもいふなり。いと若き聲にて、「今こそ思ひ合せらるれ。明日下り給はむとて、夜さりまかりたりしかば、乳母のおとゞがさゞめきがちにて言ひしを」など語る。かの「常磐の森に」と宣ひし曉に、車にもえ乗りやり給はで、「木綿鬘鳥も」とありし様など見ける事どもを語るに、いとゞ哀のみ勝り給へど、よろづいとかひなし。秋の色
はさもこそあら
め賴めしを待たぬ命
のつらくもあるかななどおぼし續くるに、念佛の回向果つ方は、唯打聞く人だに哀なるを、まいて御袖もえひき放ち給はざるべし。「云何女身即得成佛」などいふわたりを、いと密に口すさび給へるが、はな聲なりしも今少し哀にめでたきを、聲しつる人々、「いまだ出で給はざりけるものを。聞きやし給ひつらむ」といふ。明けぬる由申せば、出で給ふとても、山伏にあひ給ひて、狭「人知れず思ひ立つ方の心深きを、佛の導き給ふにやと、賴み聞えてなむ」など語らひ給ふさま、いと悲しければ、われも打泣かれて、僧「さのみ思し取りてけるを、いかでか御心に違ふことは侍らむ。さるべくこそ、釋迦佛も三途をも出で給ひにけれ。前の世の契おはしますらむ」とて、明けゆく光に、目もあやにめでたき御容をうちまほりつゝ、僧「げにこの五濁惡世には餘らせ給ひけり。いかにして假にも宿らせ給ひにけむと、うち歎くめり」とぞ聞えさする。狭「さて此後は、何處にかおはすべき」と宣へば、僧「この尼君の最期に逢ひ侍らむずれば、遠き修行などえ仕うまつるまじければ、和泉の嶽、竹生島などにぞ、今年明年は侍ふべき」などいふも羨しく、打添ひぬべうぞ思さるる。されど、明うなりぬべしと急がし立てられ給ひて歸り給ひぬ。かの、人知れずおきて給ひし七日々々の果にもなりぬれば、忍びたれど又々添へさせ給ふ事ども疎ならず、常磐へも、さるべき人々に宣はせて、僧どもの布施、かづけ物、誦經の料など、なべてならぬ様にてぞ數多遣しける。その後は、尼君に、まめやかなる様に思しやりつゝ、絕えず訪はせ給へば、かたじけなき御志を見るまゝに、短かりける命をいとゞ悲しう、姫君をかく思はぬ方にしなし聞えたるも、いと悔しう思へど、今は引きかくし紛らはし
聞ゆべき隙も忽にはあり難く、もてかしづかれ給へば、すべき方なきなるべし。二月には、今姫君の内裏參あるべければ、おほき大殿、腰いたきまで出入り急ぎ給ふを、殿の内の人も、「幸おはしける君かな。今こそその人の御むすめなども言はれ給へ。いと物げなき母の局より生ひ立ちしさま」など、めでたきにつけても、世の人の物言は聞きにくきものにて、この頃のあつかひぐさにこそいひ罵りけれ。大殿のみぞ、更にいと見苦しき事に思して、殊に口入れ給はで、夜晝言ひくねられ給ふ。大將殿も、かの「吉野川」の後は淺ましく、帝の渡らせ給はむ度毎に、よみかけ奉り給はむずらむと、かたはらいたう佗しき事限なし。琵琶の音も、母代が唱歌してはやし聞えさせむさま思ひやられ給ひて、獨笑せられ給ひて、いみじき物思にぞなりにける。如何なるわざをして、この事思ひ止めさせ奉らむと、まめやかにわりなく思し歎くしるしにや、母上の御兄宰相の中將、はなれぬ中にて、自ら見給ひて、なつかしき御容貌に思ふ心つきて、ほのめかし給ひけるを、上も聞き給ひながら、かく思し立ちぬるも、いとねたう心やましきを帝も大殿も、いとしもうけひき給はぬ氣色などを見知れば、後の罪もあへらじとや思ふらむ、明後日ばかりになりて寢給へる所に、入り臥し給ひにけり。唯兒などの様にておはする、さまかはりて中々美しう覺え給ふに、かねて思ひしよりも、忍び隠さむ程も苦しかりぬべきを、如何にせまし、と思ひなりぬるけはひなどや著かりけむ、近う臥したる母代驚きあひて、ふと聞きつけて、母代「いなや、こゝに男のけはひこそすれ。空耳か。いで〳〵、今日明日帝の君のうつくしみ愛し給ふべきあが佛を、いかなる盗人の如何にしつるぞや」といひて、火も消えにければ探り寄りたるに、鳥帽子も手に當りぬ。さればこそと心地も惑ひて、母代「人々紙燭さして參り給へ。こゝにいと怪しきしれものあり」と高やかにいふに、寢たる人驚き騒ぎぬ。母代「さて〳〵。先上の御前に申さむ」とて立走りて、足音いとおどろ〳〵し。近うだに寄らず、道中より、母代「ものけたまはる。姫君の御前に、男入り臥して侍り。如何仕うまつらむとする」といふ。夜聲のいと高きに、うち聞き給へるぞ、げに淺ましきや。近う寄り來て忍びやかにだに言へかしといみじければ、急ぎ起き給ひて、洞院「あなかま、あなかま」と言ふ〳〵、如何なる事ぞとわたりて見給へば、消えたる火どもまだ燈しつけぬなるべし、帳のかたびらを裏げつゝ、紙燭手毎にさして、まづ〳〵此頃參り集りたる女房の限、二十餘人ばかり重りて居て、見あざみたり。洞院「あな物ぐるほし。忍びやかにてこそ出し遣りてめ。などかく見苦しう集りたるぞ」と宣ふも、聞き入るゝ人なけれは、御供に參りたる宰相の君といふ人して、人々除け、紙燭ども消たせなどし給ふまぎれにぞ、男君帳の内よりいと忍びて出づるを、母代おひつきて、袖を控へて、母代「誰ぞ、名のりせよ。さらずば、天が下に出しやらで、辛き目を見せむ」と、叱りかゝる氣色いとほしければ、浦通ふ
みるめは常に
變らじを螢の刈るてふ
なのりせずともといふ聲をも、心まどひて聞知らず。「浦通ふ」とあるがほの〳〵聞ゆるにぞ、西の國の受領にやと心得て、いとゞ悲しう心憂ければ、つい居て、母代「あな悲しの受領宿世や」と、足摺といふ事をして泣く聲いみじければ、上いと淺ましう思されて、今ぞ近う寄りおは
したる。洞院「あなかま、給へ。如何なるにても、かよる事は忍びやかにもてなししてこそあらめ、世の音聞のいみじきをだに、もて隠し給へかし」と、いみじう制し給へば、走り來て、又君の臥し給へる所に寄り來て、床より荒かに引きおとしつゝ、母代「こゝらの寶をつくして、上の思し急ぐ幸を、心として焼き失ひほろぼし給ふにこそあゝめれな、今いくばくの日數の心もとなさに、受領男は急ぎし給ふぞや。下臈の身の物の用なきだに、名の惜しければ、若うよりひたすら、ものしたゝかなる男はまうけ侍らぬものを。いづちも〳〵も早亡せ給へ。恥知り給はぬかな」と、顔にあてて爪彈をしかくる様、いとおどろ〳〵しけなるに、髪をふりかけて泣き給へる灯影、いと心苦しければ、上「いでや、さばれ然るべきにこそおはすらめ。唯まろが、切に、かよる方様の宿世のなかりけるを、あながちに思ひ立ちて人笑へになりぬるのみこそは心憂けれ。殿のうけひき給はざりつる事を、いかに聞き給はむと思ふこそ、萬よりはねたう恥かしけれ」とて、いとものゝしと思したるも理なり。受領とさへ見顯はして、さわやかに言ひ續けたるを、かかる人とはいかでかは知り給はむ、まことに斯くゆゝしく思さるれば、ことにものも宣はで歸り給ひぬる御氣色を見るに、いとゞ腹立ち勝りて、母代「早う〳〵尼法師になり給ひね。誰々にても、いかでかは見合せ奉り給はむ。その受領の北の方にて居給ふらむ後見、更に〳〵えし侍らじ。同じ様にて又殿の内にもえおはせじ。さても〳〵、などか、入り來りつらむ折に、聲高らかに打泣き給はざりし。心やすくひれ臥し給ひたりつらむ事よ」とて、額髪をひきあげて、母代「いで〳〵」とにがみかゝる顔氣色、やよもせば食ひかきぬべし。切に心地のおぼゆべかゝめれば、又立走り、北面に行きて、母代「誰も〳〵、むけに知る人なくて入り來る人あらじ。いみじき盗人といへども、たよりを尋ねてこそ入るなれ。誰ぞとよ」と、ある限の人々を言ひ責むれば、各えも言はぬ誓言立てつゝいひ誓ひ、泣き腹立つ様どもも、聞きにくゝよゆし。かく言ひ合へるを、姫君聞き給ふに、生ける心地もせずいみじきに、心より外の事だにあるに、尼になれといふをだに聽かずば、遂にいかゞしなされむ、と思せばおそろしきに、人の思ふらむ事の恥かしさなどにはあらで、尼になりなむと思ひ給ひて、櫛の筥なる鋏を取り出でて、髪かい越しして見給ふに、常よりも此頃つくろはれてをかしげなるが、さすがに惜しう悲しけれど、昔物語にも憂き事あるには然こそはしたりけれなどほの聞きしも思ひ出でらるれば、泣く泣く、こゝかしこしどけなく削ぎおとして、泣き居給へるに、母代又せために寄來たるに、見附けて、跡まくらも知らずかき臥し、「いかにせむ、いかにせむ」とまどひ、死入りて泣き入りて臥せり。上聞き給ひて、洞院「尼になれ尼になれと責むればこそはあらめ。とてもかくても、よからぬ人と見る〳〵、かよる事を思ひ始めけるまろこそ、かへす〳〵恥かしけれ」と宣ふを、大臣聞き給ひて、「いで、さればこそ、はか〳〵しき事はあらじと思ひ侍りし。世の音聞も、たゞならむよりは誰が爲も恥かしうもあるかな。内裏にいか聞かせ給はむとすらむ。よくぞ此事に一言もわが口入れそめざりける。母代が足ずり、理なより」とて笑ひ給ふを、上は、げにねたう、腹立たしうも恥かしうも、方々におぼし歎く事限なし。大將殿は、いで、さればこそと、辛うじて思ふ事かなひぬる心地
し給ふものから、あまりいと品定まりたる響の君ぞ、いと名だたしく思さるゝよ。憎からざりし顔つきは、さすがに哀にも思されけり。内裏には更に御心もゆかざりし事なれば、何とも御耳にも止らせ給はざりけり。
月日過ぐれど、故院に、淺ましく覺束ななかゝら別れ聞えさせ給ひにし事を、飽かず思召さるれば、帝「その御代には、女院の姫宮などを目がれず見奉らむ」と宣はせて、藤壺に御しつらひせさせ給ひて、常におはしませさせ給ひけり。姫宮をも一品になし奉らせ給ふ。大將、かく御内裏ずみにも、かの忍草は具してやおはすらむとゆかしければ、人知れず、然るべき折々は、そのわたりを仄み寄り給ひつゝ、氣色を見給ひけり。早うも、少將の命婦とてしたしう候ふを、語らひ給ひて、御文を時々奉らせ給ふ。御けはひもほのかに聞き給ひしを、賀茂の川波に立ち別れ給ひにし程に、わざと聞え給ふ事は絶えにしぞかし。今はおなじ百敷になり給ひて、覺束なからぬ程に、ことゝひ寄り給ひつゝ、猶その御心絕えぬさまにぞほのめかし給ひける。里におはしする折も、若宮のおはする一條の宮は、たゞ這ひ渡る程なれば、つれ〳〵に思さるゝ折々は、御文も聞え給ふなるべし自らも、さるべき宵々は渡り給ひつゝ、命婦と語らひ給ふ折もありけり。その序にも、狭「さる人や」など、たゞ大方なる様にて問ひ給ふに、誰とたしかには言はねど、世に知らず美しき由を語り聞ゆるに、いとゆかしうあはれにて、この御あたりの立聞きかいま見も心に入りたり。もし見つくる人もあらば、宮の御爲、あぢきなき事や出來むと、煩はしき方も無きにしもあらず。常磐の尼君のむすめ小宰相とて候ふを、思ふ事も語らはまほしけれど、さすがに何となくて言ひ寄らむも、さやうの懸想など、おしなべては習ひ給はね心地に、人も怪しと思はむとつゝましくて、え言ひ寄り給はざりけり。忍びたる所より夜深く歸り給ふついでに、やがて一條の宮へおはするに、この宮の御門いととく開きて、いづれの殿上人の車にか、夜もすがら立ちあかしけると見ゆるは、如何なる人の局より出づる人ならむ、と見入れ給ふ。院はよべ内裏に入らせ給ひにしを、宮もや參り給ひにけむ、さらば忍草も人少にてや、と思しやるに、いと過ぎ難くて、例のやをら入り給ひぬ。常に立聞き給ふ戸口に入り給へれば、局に急ぎ下りける女房の、押しも閉てずなりけるにや、いと廣うあきたるを、人起きにけりと見給ふに煩はしけれど、宮などおはせぬ程にて、人少ならば、かき抱きてや出でぬべき、と思して入り給ひぬ、御前の方を見入れ給へれば、御殿油消えがてにまだたきて、奥は暗うて物も見えず。こゝかしこに人々あまた寢たりと見ゆれど、幼き人はいづれとも見えず、臥したらむ所も知らねば、たどり寄らむ方もなくて、唯つく〳〵と見入れらるゝにも、弘徽殿の南の戸口は、まづぞ思ひ出でられ給ふ。思ふまゝなるは、わが爲にも人の御爲にも、あぢきなういとほしく悔しくもあるわざぞかし、と幾許の年の積りならねど、思ひ知られ給ふ事多かれば、煩はしく、やをら出で給ふに、ありつる車の人にや、烏帽子直衣なる人の、ふとさしあひたるに、出でどころの便ななければ、袖して顔を隠して、馬道の口に隠れ給ひぬれど、闇はあやなき御匂より始めて、なべての人にまがふべき御有様ならねば、斯うにこそありけれと見はてて、見ぬ顔にて過ぎぬるも、太政大臣の御子の權大納言なりけり。早うより思ふ心ありて、御乳母子の中納言の君といふに、志あり顔に見せ
つゝ通ひけるに、今となりては仄めかし出でつゝ責め渡るを、いと珍らかに淺ましき心地して、今はをさ〳〵對面する事も物憂くのみ思ふに、よべ院も内裏に入らせ給ひて、宮はとまらせ給ひて、母の内侍の乳母も風に煩ひて、參上らずなりしにしかば、内侍「代には御かたはらにゐて參り給へ」といひしを、權大「かく人少なる程にて、近きわたりにしるべせよ」と、よき折と伺ひて、生憎に取籠めて責めあかしつれば、御側にもえ參らずなりしなりけり。世の中思ふまゝに誇りかにもてなして、ものいひなども少し憚なき人様なるを、見や知られぬらむ、さらば、あぢきなくいとほしかるべきわざかな、と大將は苦しう思したり。その後、中納言の君に、大納言あひて、しか〳〵確に見し事と、ありし曉の有様を語りて、權大「いでや、かゝれば、さしも殊の外にも宣ふなりけり。然はありとも、親王達をも何とも思ひ聞えぬ人にこそあゝめれ。あなをこがましや。見むかし。内裏や院など聞かせ給ひてば、更によよもまめやかに御覽ぜられじ。いかに口淸くあらがひ逃れむとすらむものを、御後見たちの、かたちけはひにはかられ給ひて、かよるわざはし給ふにこそあゝめれ」など宣ふに、いとあさましくなりぬ。中納「早うこそ、さやうの御氣色見えしかど、あるべき事にもあらずとて、聞え放たせ給ひしかば、さて歎み給ひし事を、まして内裏の御氣色に從ひて、今日明日にも世を背きなむとこそおぼしめしたれ。いとゆゝしき事かな。かけてかゝる事な宣ひそ。實事しう言ひなす人こそあれ」などけざやかに言ふを、權大「さらば、我是知り給はぬなより。今自ら聞き給ひてむ。世にある事は暫しこそ隠はあれ。少しにぶ〳〵しき事を見たらばこそあらめ、口淸くも宣ふものかな」などいふ様の、戲事の氣色にはあらねば、げに人も、なからむ事を斯くのみ宣はむやは、唯一夜迄はかくは言はざりしを、如何なりける事ならむ、と怪しう思ひて、母の内侍の乳母に、かくこそ宣ひしかと、忍びて言へば、内侍「少將の命婦の、いつぞや、如何なるにか、この頃立ち返り宣ふ事どももこそあれ、と言ひしかど、あなくるし、嵯峨院の宮達をうちかはり預けさせ給へど、聞入れ給はぬに、まいて盛過ぎさせ給ひぬ。あな恥かし、おほろけの人見え給ひぬべくやは、とてやみにしを、少將の命婦の局になむ、時々立ち寄り給ふと聞きしを、人の言ひなすらむ。すべて高きも短きも、侍ふ人々につけて、斯る事も出來るなり。又まねびをだにしなし給うそ」と、むづかられて歎みぬるに、大將の思しやりしもしく、大納言は、いとけざやかに、出でおはせしを見てしかば、ことに憚もなく、心やましき方さへ添ひていふを、聞き繼ぐ人はあまたになりつゝ、内裏わたりにも聞え、院の邊にもやう〳〵言ひ出でければ、近う侍ふ人々は、「あさましきことかな。かよる物まねびなせそ」と、互にいひ諫めけれど、まことならぬ事も、唯片端出でくれば、まことしうのみ言ひなす人多かる世のさがにて、「その夜の曉に、さていで給ひし事、御車そこ〳〵にこそ立てたりしか。夜深う其の間の御格子、つま戸の開きたりしは、然にこそありけれ」など、折々の立聞き、垣間見の程をほの見ける人々も、その折は何と目も止め給はざりしを、かよる事出來て後は、忍びつゝ各言出しなどしてさゝめくもあるべし。ましてなべての世には、年經にける様を、つき〳〵しう言ひなす
を、女院も聞かせ給ひて、内侍の乳母を召して、女院「かく、いとあさましき事を、世の中にいふなるは、いかなる事ぞ。むげに無き事をば、人のいふ事にもあらぬを」と宣はするに、いとあさましくなりて、この權大納言の宣ひける事をぞ語り聞ゆるに、いで、さればこそ、少將の命婦のしわざにや、と思しよせ給ふに、いと心憂く胸ふたがりて思し歎くに、その後とても、いちじるき御氣色もなきは、如何ばかりなめけなる心の程ぞなどさへ、さま〳〵安からぬ御心のうちなり。少將の命婦、かよる事を聞くに、あやまちは無けれど、はかなき御文の傳も、さすがに年經ぬれば、いと苦しうて、をさ〳〵御前わたりにもさし出でぬに、内裏にもきかせ給ひて、なま煩はしきに、帝「その人知らぬやうはあらじ」など、仰せられければ、いとあさましく思ひ歎きて籠りゐたり。宮もいと若き御程にもおはしませねば、かよる事を聞かせ給ふに、いかゞ疎に思し歎かせ給はざらむ。糺の神も引きかけて、さだ〳〵とあきらめさせ給ふべきならねば、院にもさやかに見合せ奉り給はず、おぼし亂れたるをも、唯ひとへに思はずに、心憂くのみ見奉らせ給ふのみぞわりなきや。大將は、斯くなむと聞き給ふに、さればよ、すべて良からぬわが心の、何事にも後悔しきぞかし、といといとほしう思されて、少將の命婦の許へ、こまやかに書き給ひて、「御前わたりには、いとゞ如何にはしたなう侍らむと、つゝましう思ひ給へど、この度ばかりはあへなむとて」とあるを、わが許なるも取り具して、内侍の乳母に忍びて見せて泣く〳〵誓ひ聞かすれば、女院の御前にもて參りて、少將のいふ事啓すれど、如何なるとても、かく輕々しうよろしからぬ御名の流れぬるを思召し亂れて、ものも宣はず。文はさすがにゆかしうや思さるらむ、取りて御覽ずれば、思ひやる
わがたましひや
通ふらむ身は餘所
ながら著たる濡衣とある、書きざま手などはしも、げに親王たちなどの御あたりならでは、散らさむは口惜しかりぬべかめり、と御覽ずるにも、如何なる心にてかく濡衣にしもなしたらむとさへ、なほ涙のみこぼれさせ給ふ程いといとほしう、聞えさせやらむかたなし。
大殿にも細々と聞えさする人ありければ、年頃もこの御事を深う思ひて、いとひが〳〵しきまで、思し離るゝ事もあろなりけり、と思すに、いとゞらうたう美しとおもひ聞えさせ給ひて、大將に、狭「かく世の中には殘なく聞ゆるまで、知らせ給はざりける事」と、打笑みて宣ふ御かほの氣色、いと嬉しと思したるを見給ふに、宮の御爲いとほしう、みづからの爲には、まことしくも取りなされば、いと煩はしく便なかるべき事なれば、いたうまめだちて、狭「少將の命婦といふ人は、早うより知りて侍りつるを、内裏わたりにて、時々立ちより侍るを、言ひなす人の侍るにや。かけてあるまじき事を、内裏などにも聞かせ給はば、便なうかたはらいたき事にこそ」とて、いとまめやかに苦しと思いたれば、堀川「何かは、さまで便なかるべき事かは。帝の御むすめ、今も昔も得奉る事世の常の事なり。われらより劣りたる人だに、當代の帝の御聟になりたるためしいと多かり。まいて、更によも便なき事とも思召さじ。斯くのみよるべなくて過し給ふ、いと心苦しきに、誠にさやうにもものし給はば、内裏にも院にも奏してむ。あるまじき事と思召すとも、わが申さむ事更に否びさせ給はじ」と宣ふを、狭「故院も、すべてさやうに思ひ聞えさせ給はざりければ、女院も今更によき事とも思召さじ。いとおとなしき程にもならせ給ひにたれば、何事にか、さやうに強なる心などつかひ侍らむ。すべてあるまじき事に侍る。今自ら宿世などいふものある人も侍らむ。かくてもよに侍らじ」など、いと侘しきまゝに、けざやかに聞えさせ給ひてやみぬるを、かくても、「いみじう忍びて、御文だにおほろけならでは難ければ、唯人知れぬ様にてやみなむと思したるなゝめりと、女院はいみじく思し歎かせ給ふ」と細々と申す人のありければ、さればこそ、この御事をさへ、唯かやうに紛らはして歎みなむと思ふ給へる、いとあさましき御心の程なゝめり、といとほしがり歎き給ふ事限なし。堀川「わが進み申さゞらむに、彼よりいかでか、かよりけり然は、とも宣はせむ。無き事にても、かばかり人に名を立て奉りて、音なくてやまむは、いとゞ不便なる事なり。うけひき給はぬまでも、我この事を女院に申さむ。さのみ心に任せて見るべき事ならず」など、まことしうむづかり給ひて、參り給ひて、然るべき人して、いと忍びて、「唯あづかり聞えむ」と度々啓し給へば、さればこそ、自らは人目を切につゝみ給うて、大臣してかく申させ給ふなりけり、と心得果てさせ給ひぬれど、「如何はせむ、さらば」などは、いかでかは宣はせむ。もとよりかやうの筋には思ひ聞えざりしを、今はいとゞ盛も過ぎさせ給ひにたり、みづからの御本意深きさまに、今日明日にもと思したゝめるを、かよる御名の隠れなくなりぬるを、いみじくおぼし歎かる。さりとても又確ならぬ事によりて、我さへうちまかせ聞えむも、なほつゝましく心苦し。又斯く人のあながちにいふ程を過ぐしても、さばかりこそは歎み給ひにしかなど、世の例にいひ流され給はむさまなどを、さま〳〵に、鈎するあまにも劣らず、しほたれ過し給ひにけり。内裏にも大臣、序つくり出でて、ほのめかし奏し給ひければ、人の物言はまことなりけりと思して、遠山鳥にては取所なきを、げに然もなどかは、と思しめすに、さばかり若くめでたき有様を、おとなしき程の衰も恥かしうやあらむ、限なき御事といふとも、心
ゆかず思はれて、うちまもられ給はむこそ、いといとほしかりぬべけれ、嵯峨の入道の宮又なくめでたく聞えしをだに、齊院にはおとり給ひてあらむかし、この御有様に劣らざらむを、わが妻に見定めてこそ、とて今まで斯くはあるとこそは、あなかたはらいた、と思召されながら、然はいかがは宣はむ。又さき〳〵の事を聞かせ給へば、かの心に少しも物憂からむ事をば、更にすゝみ言はざなるものを、大臣のかく方々に懇にいふは、かの自らの氣色にしたかふにこそあらめ、と推しはかられ給ふぞたのもしう思召されける。女院にもかくなむと聞えあはせ給ひて、免れぬ御宿世やありけむ、誰もいとつゝましう思されながら、人のかく懇にいふ折に、思ひよわりぬる様にもてなしてむと思しなりぬる。大殿は限りなく嬉しと、年頃の本意は叶ひにたりとおぼし悦びたるを、大將の思し歎く様ぞいみじかりける。嵯峨の院の、昔より殿の御志に劣らず、あはれに辱かりしをだに、この方様には、見知らぬ様にてやみにしものを。げにその折は、思ふ心一つによりてぞかし、今は然りとても、心より外に世に長らへてむ限り、かよる獨ずみにてもあり果てぬやうもありなむを、されど、かく心より外に、なげの哀もかゝる人のあらむ折にや、その心もたがはむ、來む世のあまととなりても、更にかづかではやむまじき御有様に、少しもよからざらむ人をば、夢にも見まうければ、然ばかりはかなき世に、自ら歎く〳〵も、過ぎなまほしく、あるまじかりける事と、片つ方の御契を見果てて後は、かく心よりほかに、世に長らふるにては、然てこそあらまし、されど今は、かたがた世にな在りそと、佛などの示し給ふなゝめりと見えつれば、ひとへに思ひ立つ事一つより外の心なきものを、かの辛きものと思し果てて背き棄て給ひにし御心にも、いかなる心にて、かく世づかぬ獨ずみにて過ぎたるぞ、たゞに聞かれ奉らむと、すべて何事も露ばかり心に飽かぬ所ありて、この人々に少しも劣り聞えたらむは、見ず聞かじ、かく歎く〳〵も、はかなき世のもとの雫の程は、自ら過ぎなむ、とのみ思ひ取り給へるに、かく芹つみし世の人にも問はまほしき御心のうち、いふかたなかりけり。心にかゝりて、ゆかしく哀に思されし忍ぶ草も、露知らまほしからず恨めしくなり給ひて、その渡りかき絕え、あながちなりし夜な〳〵の立聞も、例の癖なれば悔しくわりなし。六月十日、宵のいと暑き晝つかた、一條の宮にて、若宮具し奉りて、はしつ方に涼み給ふに、俄にかき曇りて、村雨のおどろ〳〵しきに、柏木の下風涼しく吹入れたれば、御簾少し上げて見出し給へるに、楢柏はげにいたくもり煩ふも目止りて、柏木の
葉守の神
になどてわが雨もらさじ
とちぎらざりけむ雨風につけても悔しき事がちなる慰めに、若宮を見奉る度ごとに、さておはしまさましかばと思されぬ折はなかりつるを、いとゞこの頃は、御心にかけぬひまなく、哀に悔しき御心のうちなり、いとあつかはしげなりつる前栽どもの、雨に心地よげに思へる中に、大和撫子のしをれたる氣色中にもらうたげなるを、一枝折らせ給うて、嵯峨の院に參らせ給ふ。戀ひわび
て涙にぬるゝ
古里の草葉にまじ
るやまと撫でしことあるを御覽ぜさすれど、例のかひあらむや。
一品の宮の御事は八月十日のほどと定まりぬ。さばかりの御程に思し急がせ給へば、世の中ゆずりて、いとめでたくあらまほしき御事に、世の人さへ思ひたり。かよる御事によりて今まで怪しかりつる御獨ずみなりなど、疎きも親しきも思ひあはせ、つき〳〵しうぞ言ひなしかる。自らの御心には、いといみじうのみ思し歎かれて、一條の宮にのみ籠り居給ひて、若宮と起臥し語らひ聞え給ひて、叶はざりける世の中を、恨めしく思すまゝに、唯今しばし變らぬ様にておはせましかば、かよることを人も思し寄らましや、などおぼすに、わが過とも思されず、辛さの數も多く、況てかよる事を聞き給ひて、如何様にか思したるらむ、唯今もさしむかひ聞えさせて、言ひなやましつゝ見奉るわざもがなと、あくがれ增りてわりなけれは、言合せてだに慰まむとにや、中納言のすけ尋ねさせ給へば、齋宮にぞ侍らひける。車遣して、狭「かならず聞えさすべき事ある」と宣ひたりければ、若宮も久しく見奉らぬにと思ひて參りたり。待ち給ふとて、はしつ方にぞ寄り臥し給ひたりける。狭「やよやいかにと、思ひわびて聞えつるなり」と宣ひて、若宮を抱き奉りて、明暮の御有様、物いひの美しさなどを、泣きみ笑ひみ語り給ふ。狭「かる人おはせざらましかば、何事によりて今まで侍らまし。長らへても、げに心より外に、ものむづかしき事もありぬべけれは、今ぞまことに世にあらじと思ひ果てぬるを、唯この御有様にこそ思ひわづらひぬれ」とて泣き給ふさまいと心苦しけなり。さけ「過ぎ嬉しうこそ侍れ。げに又かよる事の侍るばかりければ、過ぎにし方は、怪しう心苦しき事も侍りしにこそ」と聞ゆるを、狭「他人よりは、さりとも同じ心にやとてこそ聞えつれ、心憂くも宣ふかな。いでや、今は聞えじ、藻にすむ蟲なれば」とて、思ひ亂れ給へるけしき、今少しいとほしげに增り給ふと見るも、例の御癖ぞかしと、なま憎かりけり「さてもかやうの事ども聞かせ給ふらむな。いつか嵯峨へ參り給へりし」と宣へば、すけ「先つ頃參りて侍りき。何事もなく、すべて聞きやせさせ給ふらめど、更にしるき事も侍らばこそあらめ。よき人と申すなかにも、あさましくおはしますなり。されどはかなき御手習にこそは、御心の中をも見奉りあきらめ侍りしかば、今はたゞ佛に向ひ奉らせせ給うてのみ暮させ給へば、世の中のよしなし物語も、御前にて申す人も侍らず」など語るも、げにかの見奉りそめし夜の事どもなど思ひ出でられ給ひて、琴の音より外のさしいらへ無かりしぞかし。あるべきかぎり美しうめでたかりし御有様けはひなど唯今の心地して、いふかひなく悲しく思さる。いと斯くのみ物のおぼゆれば、狭「よし見給へ。つひには斯くてもえ侍るまじきを、唯今一度みづから聞えまほしき事のあるを、その明暮向ひ居させ給ふらむ佛の御前にしるべし給へ。それをだに此世の思出にし侍らむ」と語らひ給ふを、すけ「げにあるまじき事と、切にはらふべき御なかの契とは見奉らねど、昔物語の姫君のやうに、媒の人のいふに從ひて澁々にあるざり出でさせ給ふべきにもあらず。その佛の御前にも、ゆくりなくはいかでかと、恐しうぞ侍るや。中々見奉り參らせ給はば、御心こそ亂れ增らせ給はめ。有難く見はなたせ聞えたると覺え侍りし過ぎに
し方に侍れば、今は何か、返事もかひ侍らじものから」と見るまゝの事を聞ゆれば、狭「あな心憂の御物いひや。方々に、むけに言ふかひなき心の程とこそ思ひ侍れ。それもげに理なりや。げにさこそ思し憚らるゝ御様なれど、いとさまで收めやらぬ心の程と見給ふらむこそ恥かしけれ。おろかにて見放ち聞ゆべくも思はざりしかども、いとかく生けるわが身といひ顔なりける宿世にてありける事も、自らの罪に、われさへ常になし給ふは心憂きなり」とて、いとつらしと思したれば、すけ「いやで、この外に、たど〳〵しげに聞え侍りし關の戸ざしも、しるべなくて、たどらぬ人も侍りければ、いとうしろめたう。まめやかに、過ぎにし方いと斯ばかりなる御心ならましかば、如何にめやす侍らまし」と、いへば、いたくまめだちて、狭「斯くな常に言ひむかへなし給うそ。時々はわれだに哀と宣へ。昔も、心には罪ありきとも覺えざりき。唯物を思ふべかりける契のみこそは、自らの過なりけれ」など、夜もすがら打ちもまどろまず、歎きあかしたまひて、やがて嵯峨の院へ贈り給ふとて、御文書かき給ふに、まだいと暗ければ、御簾を少し捲きあけ給へるに、御前近き透垣のつらなる萩の葉の露の、いたう亂れて折れかへりたるを吹きこす凩に、はら〳〵と亂れ落つる露の白玉、げに袖にはたまらぬと思されて、とばかりながめ入りて、押拭ひつゝ、えぞ書きもやり給はぬ。細やかなる端つ方に、狭此心は聞かせ給ふ事も侍らむものを、などか、折れかへ
りおきふしわぶ
るした萩の末越す風
を人のとへかしなどやうにて、狭「この御返、露も見せ給はずば、苦しう思さずとも、又對面せじ。唯こればかりをなむ御志に見るべき」など宣ふを、すけ「いと侘しきわざかな。さらばこれや限に侍るべからむ」と、侘ぶ〳〵車に乗りぬ。嵯峨にはいと疾く參りたれど、後夜起の御行のまゝに御堂におはしまさば、かひなきまでもえ御覽ぜさせぬに、晝つ方になりて、齋宮より奉らせ給へる御返聞えさせ給ふとて、御硯召寄せたるついでに、取出でてひろげて打置きたり。今更にかよる物の常に見ゆるを、人もあらば如何にと、いみじう思召さるれど、さわやかに物もえ宣はせねば唯御顔の色いとほしげにて、御覽ずる様もなけれど、夜もすがら宣ひつる事ども、思したりつる様など、所々を少しづゝ聞えさせて、若宮の御うつくしさに、よろづを思ひ慰め給ふさま、あはれも淺からず聞えさせて、すけ「御返事見ずは世にもあらじ、など侍りつるを、前々も聞えさせ出でて、かやうにも傳へほのめかし申すも、あるまじき様に、かたはらいたく、返す〳〵も思ひ給へ知りながら、院の御前にも、流石にこの御事をば、行末までさし放ちてはあるまじき様に思召し宣すめれば、若宮の御方様にことよせては、などかは殊の外にと思ひ給へ侍りてなむ。今は如何様にも、それによるべき御事ならねば、心やすく」など申せば、いとゞ御顔の色移ろひまさりて、寄り臥させ給ひぬれば、「この御かへり、なほ」と聞えさせむもかたはらいたくて立ちぬ。宮つく〳〵と思し續くる事多かる中にも、この「末越す風」のけしきは、過ぎにし其頃もかやうにこそはと、少し御目の止らぬにしもあらで、筆のついでにのすさびに、この御文のかたはらに、女二夢かとよ
見しにも似たる
つらさかな憂きは例も
あらじと思ふに
「起き臥しわぶる」とある所に、女二下萩の
露きえ侘し
夜な〳〵もとふべきもの
と待たれやはせし女二憂き身
には秋も知
らるゝ荻原やすゑ越
すかぜの音ならねどもなど、おなじ上に書きけがし給ひて。細やかに破りて、すけの參りたるに、「捨てよ」とて賜はせたるを、かくれに持て行きて見れば、物書かせ給ひたりけりと見るに、うしろめたき様にはありとも、いとほしく宣へるに、これを面隠にせむと思ひて、すけかよる物をなむ思ひかけぬ所にて見つけて侍りつるを、奉るもおぼろけならぬ御志に侍る。さば今は思し慰めよ。など聞えさせたり。一條の宮には、殿より、「今日よき日なり。一品の宮に御文奉り給へ」と宣へど、今朝のまゝに眺め入り給ひて、佐の許より如何いはむと待ち給ふに、辛うじて、かく破反故をえ給ひて、切に續ぎつゝ見づゞけ給へる心地、げに今少し御心のうち亂れまさりて、引き被きてぞ泣き臥し給ひける。此後はいとゞ如何様にして遁るるわざもがなと、多くの願をさへぞ、人知れず立てさせ給へど、しるしも無くてその程と聞く日も近うなれど、さりとて、此事により山林に入りにけりと、言ひ流されむ世の音聞もいと物狂ほし、人の御爲も、むけにいとほしかりぬべければ、ひたすら思ふまゝにもえなり給はで、まことにうつし心もなきやうにぞ思されける。その夜になりて、大殿母宮など、立ち居おほし營みて、いだし奉らせ給ふ様思ひやるべし。常の御匂ひも人に似給はぬを、晝より様々の香ども取出でて、これはかれはと伏籠あまたして焚きしめらるゝ、おどろ〳〵しきまでくゆり滿ちたるを、「いづら、これをや、彼をや奉るべき」とて、數多取出でて、「時なりぬ」とあれば、魂も眞にあくがれ出でにけるにや、心もほれ惑ひて、とみにもえ起きあがり給はねば、殿渡り給ひて、堀川「いかに思さるゝぞ。いといみじきわざかな」と、經營し給ふさまのわりなきに、げにいと淺ましきわざかな、いかでかくしも思はじ、と萬に思ひ念じて、裝束など形のやうにして御前に參り給へるを、いと嬉しと思して、萬につくろひ立てて出し奉らせ給へど、狭「心地もまことに惱ましきかな。旅所にて斯う苦しくばいかゞせむ」とて、まみなどもいたう泣き給へりと見ゆるを、母宮はいと心苦しう、斯うまで思したる事を、我さへ何しにながちに聞えつらむ、と胸ふたがりて思さるれど、今宵になりては、實にすべき方もなければ、歎く〳〵出で給ひぬる後に、火をつく〳〵と眺めて、人やりならずうしろめたう思しやりたり。御前なりつる人々も、女房「いとほしかりつる御氣色かな。男の御身も、え心にまかせ給はぬものなりけり。斯うのみ思したらば、女宮の御爲こそ心苦しけれ。何の物語ぞや。かよる事のあるよ」といへば、女房「それのみぞ多かる。蘆火たく屋の親の心こそ憎けれ。少將も餘りなれども、男親に從ひたるぞとよ」などいふを、母宮聞き給ひて、物語にてだに、さばかり心づきなき事を、今はさばかりになりぬる御有様を、いとかく切に思ひ歎かするも、人はいかに思ふらむ、など思しけり。待ち聞え給へる宮の御有様、世の常ならむやは。三十歳にも餘らせ給ひぬれば、おとなしう、飽かぬところなく、ねびとゝのほらせ給ひて、恥かしげにけだかう心にくき御有様など、唯ほの見聞
き奉り、思ひやがしに違はず。如何様にしてあかし暮さむと、獨寢のあかし難かりつるのみ戀しくて、「うきはためしも」とありし御手習の、心にかゝよりて思ひ出でられ給うて、枕の濡れぬるぞゆゝしきや。世はいとあり難うこそありけれ、思ふ事一つによりて、何事を飽かずと思ひ聞えて、つらきものに思ひはてられ奉りて、すぎ給ひけむ、その報は必ずわが身にありなむと思ひつゝ、唯今宵の内にもかはりぬる心地し給ふ。惱ましきにことつけて、いと夜深く出で給ふ。一條の宮におはしぬ。まだ夜深うて起きたる人もなけれは、格子を一間手づからあけ給ひて、やがてながめ臥し給へるに、雁の數多列ねて鳴き渡るは、狭「たが玉章を」とひひとりごちて、狭「せいたいの紙の色紙」と、誦じ給へる御聲など、げに帝の御妹と言ふとも、世の常ならむは飽かずおぼされむも理なる御樣なり。聞かせば
や常世はな
れし雁がねの思の外
に戀ひてなく音をなど獨ごち給ふを、聞く人だになきぞいとかひなき。硯引きよせて御文書かき給ふを、今朝のにやと見れど、嵯峨の院へなるべし。入道の宮は、御持佛堂の妻戸押開けさせ給ひて、峰の朝霧の晴間なきをながめやらせ給ひて行はせ給ふに、院も後夜の御念佛のついでには、必ず渡らせ給へば、阿彌陀の大咒讀ませ給へるいと尊く聞ゆる。御前の花ども露に亂れ合ひたるなど、人も疾くおきてつくろひなどするに、中門のかたに人のけはひのするを見やれば、何の尉などにやあらむ、太刀佩きたる人の、こゝかしこさし覗きつゝ、人案内すると見ゆれば、御簾など下して問はすれば、使「大將殿の御使、内侍のすけの御局に案内し侍る」といふを、院も聞かせ給ひて、嵯峨「思ひかけずをかしき程の使かな。よべは一品の宮に參ると聞きしをまづ急がれつらむもをかしうこそ」とて、やがて召入るゝを、すけ今ぞ聞きつけて、こまかなる事もやとわびしければ、惑ひ出でて、局の方より尋ぬれば、「早く御前に召しつれば參らせつ」といふを、胸つぶれて聞き居たるに、院の御手づから引きあけさせ給ひで、嵯峨「見る度ごと、さもめでたうなりゆく手かな。あやしうこの世の人とはおぼえずのみ、何事もねび行くこそ、餘りゆゝしけれ」と、めでさせ給ひて、讀ませ給ふを聞けば思ひきや
葎のかどを行
き過ぎて草の枕に
たび寢せむとはとばかりありけるは、かやうにも取出でよと、おぼしけるにやと聞くも、なほ心ある人の御しわざはかよるぞかしと、胸落ち居ぬ。今朝は他事思ひ紛はしたりつらむものを如何ばかり疾く急き起きて書きつるならむと見ゆる心の、たゞなるよりはをかしう思されて、嵯峨「はたなき事につけても人に情を見せ、哀をかけられむと、なりたる人なりけりや。かく急ぎものしつらむものを」ともてはやさせ給ひて、嵯峨「この御返事は、珍しけなき内侍が言ひたらむよりは、今少し心を動かすばかり、御手づから宣はせよ。何事も折からになむ侍る」とて、御硯などまかながひ聞えさせ給へど、今朝しも思ひ知り顔に見せむも恥かしうおぼしやらる。院はさも思したどらで、心強きやうに思しめしたしたれば、女二「かやうにをかしき程の事は、見苦しうや」とて聽かせ給はねば、聞え煩はせ給うて、御みづから書かせ給ふ。
嵯峨故里は
淺茅が原
となりはてて蟲のね繁
き秋にやあらまし今こそ嬉しう。と、あるを見給ひて、まことにありしながらの御身にはなささまほしう、思ひこがれ給ふ程に、秋の日もはかなう暮れにけり。殿より、「今日の御使は、いかなれば今までは奉り給はぬぞ」と、聞えさせ給ふも聞きにくければ、渡り給ひぬ。御使は、内裏へも殿上人の數にて候ふ左衞門の權佐といふをぞ奉り給ひける。まだ知ら
ぬ曉露にお
きわびて八重たつ霧
にまよひぬるかななどやうにことなしびならむかし。院は、めでたき書樣などを御覽ずるにも、思ひかけざりし事かなと、なほ御胸つぶるべし。母女院「この御返は、かばかり聞えさせ給はむに、さだ過ぎたらむはかたはなるべけれはなむ、殊更ばかり」と聞え給へば、なか〳〵いはけなからぬ御程に、萬いとつゝましけに、いとほしき御氣色なれど、筆紙などなべてならぬを、御几帳の内にさし入れ給ひて、母「なほ〳〵」と聞えさせ給へば、思しわびて、ただ引結びておかせ給へるを、包みて出させ給ひぬ。御使には、例の事なれば、世の常ならぬ女の裝束に、細長などにこそはあらめ、しがらみかゝるさを鹿の心地して、御前に參りたるもいとをかしくて、思ふさまなる御心どもなり。御返いかならむと、これさへ見劣りせむと侘しかりぬべければ、とみにも開け給はぬを、いと心もとなしと、母宮思したれば、ひろげ給へるに、物も書かれざりけり。古代の懸想文の返事は、伊勢がかよる事をしける、げになか〳〵ならむよりはいとよしかなしと、これにてぞ思ひ勝し聞えさせ給ひける。されど、「あなおぼつかな」とて、うち置き給へるを、宮は、「忌みもこそすれ、ことになきわざもし給へるかな」とて、ものしげに思したり。三日の夜の事、例の事なれば思ひやるべし。さばかりの御中におぼし急がむことの、何事も斜ならむやは。四日のつとめては、心のどかにてものし給ふを、男の御有様ぞいとまばゆかりける。唯みすの外にて見奉るだに恥かしく、いかなる人、彼に見え奉らむと覺えつるを、あたり苦しきまで光りかゞやくやうに見え給へば、さぶらふ人々はいとわりなく、顔の置かむ方なき心地するに、まいて宮は、こよなき御衰の程をおぼし知れば、唯御衣にまとはれて臥し暮らさせ給ふを、いたうもあらはし聞え給はす、夜な〳〵の御手あたりには違はずやと、恥かしげなる尻目に、時々見奉り給ひつゝ、かねては、されど如何はせむ、忍草を近くて見むを取所にて、思はずなる世をも過すばかりと思ひその慰もまた見給はぬほどなればにや、かなはざりける世の中をつらう心憂くぞおぼえ給ふ。さばかりあかぬ所なく、らうたげに美しかりし御色様をだに、なほ室の八島には立ち並び給はざらむと、切におとしめ思ひやり聞え給ひし御目のならひに、理ぞかしと、まづうち思ひ出でられさせ給ふも、いとわびしうて、「垣ほに生ふる」とぞ言はれ給ひぬべき。いとさばかりの宿世こそ難からめ、などこの嵯峨野の花は、餘所の物になしはて聞えけむ。何事かは斜にいでやゝと思ふ事のありし、と思ひ出でられ給ふにも、さはいへどけ近き程のあはれは、こよなく忍びどころ多かるにや、涙もこぼれぬるを、見咎
むる人もやと苦しきに、心安く泣き暮しつる來し方いと戀しく、いつまでいと斯うのみ思ひて過さむとすらむと、さすがに行末とほき心地ぞし給ひける。かへすぐ〳〵も、いと侘しうおほされける年頃の本意遂げつべきなゝめりと、今朝の間に多くの事を思ひつゞけて、かたはらに臥し給へるも、いとすさまじげなり。日頃の過ぐる儘には、人目もえつゝみあふまじく、有り經べきこよちもち給はねば、殿の御しつらひも、なほさながらおかせ給ひて、さぶらふ人々もおなじ様にて、夜も常にとまりなどし給ふを、殿は、「いとあるまじき事なり。たとひ心にあはすとも、むげにいはけなく、心の儘なるべき心つかふべき程にもおはせず」など、むづからせ給へば、狭「いでや、さは思ひし事ぞかし。いつまで斯くさいなまれれむとすらむ。悔しとおぼす折もありなむかし」と、せめてむづかしき折々はうちむづかり給ひて、いと近き一條の宮に隱れるて慰め給ひにける。まれ〳〵のどかにおはする折も、殊の外に若くめでたき御様の恥かしさに思しつゝみて、女宮は更に晝はわたり給はず、恥ぢ聞え給ふを、「なほ」とも聞え給はず、唯かしこまり從ひ聞えたる様にて、つれ〳〵なる折々は、をかしき人々の數多さぶらふを召し出でて、琴琵琶彈きあはせて遊び給ふ。さてやがて夜などあかし給ふを、かたはらいたくわりなしと思ふ人もあるべし。女宮も、限なくあてなる御心といへども、さきの世より結ぶの神のしおき給へる御契なればにや、かる〳〵しき御名を流し給へる始より、見ま憂くつらき人と、おぼし結ぼほるゝ程に、いとゞ中の疎くのみなりまさらせ給へど、見知り顔にも恨み聞え給はず。心づくろひもあまり苦しき折は、今日今日とのみ、山のあなたの家居も出立ち給へど、明暮他事なき御祈のしるしにや、心は空ながらも長らへ給ふまゝに、唯、狭「寄すればなびく蘆の根」とのみ言ぐさになり給へるを、母宮は御目にかけて、いとゆゝしくうしろめたく思さるれば、殿の一つ心に、あながちに聞え給はざりけり。ありし天稚御子におくれ給ひけむ悔しさも、この頃ぞ思ひ出で給ふ。ありし様にてや試みましともおぼえ給ひけり。普賢の御光も忘れ難きを、いかでとくかの誦經を人知れずおぼしけり。
晝つ方、内裏よりまかで給へるに、一品の宮に參り給へれば、辛うじて女宮こなたにおはしましけり。うちそばみて臥し給へるを、まづさし寄りて、狭「あなめづらし。己が妻と聞えさせむぞなめけにや」とて、打笑み給へるにほひも愛敬も、あたり苦しければにや、いとど顏を隠してそむかせ給へば、狭「あないぶせのわざや。時々は内外はゆるさせ給へ」とて、例ならずひきあらはし聞え給へば、げに御年もさばかりにこそと見えて、痩々にあてやかにて、まみいと恥かしげに、らうたくしく清げにぞおはしける。御髪のかよりたる程、さばらかに清らにて、たけ三尺ばかりにや餘り給ひつらむと見ゆる、末など細らせ給へり。香染の御衣どもに、青き濃き薄きわれもかうの織物奉りたるも、いとどにほひなく、すさまじき心地したるにも、ありし雪のあしたに、齋院の、枯野がさね、奉りし御寢くたれ姿ぞ思ひ出でられ給ふ。花やかなる色合よりも珍しうも見えしかなと、まづ思ひ出でられ給ふ。武藏野
の霜枯に
見しわれもかう秋しも
おとろ匂なりけりおなじ色とも見えぬは、くちをしき事かな、と心の中におぼし續くるをも、人聞かざりし所にて心に任せたりし獨言さへ、口ふたがりぬるを、なほいと侘しう思ひあまり給ひて、狭「冬深き霜枯の雪のあしたこそ、この色はをかしけれ。この頃は餘りおとなしくこそありけれ」と宣ふを、あなあぢきなの事どもやと耳とまり給ひて、引きかづかせ給ひぬるもいとほしく、心とけなる御氣色に、何しに聞えつらむと、なほ煩はしければ、いとど言少にて、つくづくと長め臥し給へる御心のうち、いと物すさまじ。女院のおはします方に、幼き人々のけはひどもして、走り遊びなどするを、然にやと耳とどまりて聞き給ふもゆかしければ、宮に、狭「をさなき人のものし給ふと聞き侍りしは、など見え給はぬ。この足音はそれにや。つれづくなるに、こなたに渡し給へ」と宣へば、一品「いつの程にか然までは」と答へ給ふ。狭「幼き人は必ず程ある事かは。御心ならひに疎々しくもてなさせ給ふめり。如何なるものをさなき人のゆかしく侍るを、唯見せ給へ」と聞え給へば、一品「いさや、馴れぬるは悔しきとや聞けば」とて、扇のそばよりまれまれほのかに見おこせ給へる目尻、らうたくしけに煩はし。狭「あなうたてや。いと輕々しき事をも知らせ給へるかな。八重立つ山のなどこそいひ侍るなれ。あな心憂」など、うちなよび給へるかたちけはひなどは、心あらむ女、高きもみじかきも、いかどは見知り聞え給はざらむ例の姫宮は院の御方におはします。つれづくなる晝つかた、をさなき人々の音のせし障子のもとに寄り給ひて、ほのかなる穴よりのぞき給へば、八つ九つ十ばかりなる、又それよりもをさなきなど、次々にていと數多がなかに、蘇枋の織物の細長著て、髪は肩の程よりも過ぎて、若宮の御程なるやそれならむと見ゆるに、物言ひてうち笑みなどしたる口つきの愛敬、いとをかしう美しけれど、若宮の御けだかさには劣りたるまみの、いとわらふかにてらうたけなるは、唯かの夜なくの月影に變らざりけりと見るに、涙もこぼれて、細き穴よりいとど見えずなりぬ。飛鳥井姫君「まろは宮の御前に參らばや。なでふ知らぬ人のあるぞとよ」とうちむづかり給へば、十ばかりなる兒の、「唯おはせませかし
帝には見え奉らずやありし。ましてこれは今少し下衆にてこそあななれ」といへば、又、其宮の御前の御男子ぞ。されば姫君の御父にこそあななれ」とさかしく言ひて、「いざ行きてのぞかむ。かたちのめでたくおはするぞ。されば姉は、見え奉るこそ死ぬばかりはづかしけれと言ふや」など言ひて、抜足に寄り來て、障子をはなちていさよか開くるを、此方より廣く開けてさし出でたまへるに、ある限あきれて立てる氣色どもいとをかし。姫君をかき抱きて此方に入り給ひぬ。ちかくて見給ふに、たどその人と見給ふに、涙こぼれぬ。忍ぶ草
見るに心は
なぐさまで忘れがたみに
漏る涙かなとて、顔に袖をおしあてて、いみじう泣き給ふを、いとあやしう恥かしと思ひたるものから、打泣きなどもし給はず、顔も赤うなり、汗もうちあえて、いかにぞや思ひ給へるけはひなど、かばかりの程ながら、いとかう似たるものなりけりと、あはれなる事限なし。狭「放ち給はでおほすべき人ぞ。こなたに常に渡り給へ。をかしき遊び物ども奉らむ」と宣へば、うちうなづき給へるなども、今より様ことにらうたけなる事などは、唯その人とおぼゆべきなめりと、ゆよしきまで見え給ふを、思はずにおぼさるる御あたりも如何はせむ。年頃行方もなく思ひなしつる人を、かばかり見るに勝ることは何事かはあらむ、斯からざらましかば、いかでかは見まし、今は唯この人に慰めて長らふべきにや、とこよなく思ひ慰められ給ひけり。諸共に添ひ臥し給ひて、狭「雛もち給へりや。恥ぢ給はでこなたに遊び給はば、いみじく作りて奉りてむかし。若宮の多く持ち給へる遊びものども取りて奉らむ」など宣ひて、様々をかしき繪など畫きちらし給ひて奉り給へる。もとよりいとなつかしき御心にて、うち笑ひ、ものなど宣へるも、あさましきまでうつし取り給へるは、なかくななる心まどひなり。人の侮らはしく思ふらむに、かくとや宮に聞えてまし、と思せど、物語も打解けては聞えにくけなる御有様なれば、何かは、さらずとも、今は我が斯くてあれば、いとよくもてなしてむ、と思す。女なるしも、かく物けなき様なるこそこちをしけれ、などか今少し、人も漏り聞かむに人人しきわたりに、かよる事なかりけむ、何ばかり勝れたることも見えざりしかけのこ草の、種をしもとどめけむよ、など數ならず思し出づるにしも、いとど昔の秋のみ戀しく、なり給ふ。萬に唯、かやうの方に思ふ事叶はざりける宿世かな、とぞくち惜しきや。涙のごひ隠して、宮の御方に、狭「などか渡らせ給はぬ。つれづくに侘びて、をさなき人を語らひてなむ、慰め侍る」と聞えさせ給へど、われもかうの恥かしかりしに、いとど向ひにくゝおぼされて渡り給はず。ありつるをさなき人々參りて、斯うくと語り申せば、一品「さばかり心の隈多けなる人に、をさなき人をしも見せつらむよ。いかにして誰が率ていきつるぞ」とて、ものしけに宣はすれば、子供「誰か率て奉らむ。この子どもの騷がしうて、御障子をあけたる」など、乳母かやと聞ゆる人ぞ參りて、乳母「今は渡らせ給へ。人に知られぬ御ありきこそ、あやしう」などおとなふなれば、聞きつけて去いなまほしけに思ひたれば、抱き給ひて、聲する方の障子のもとに寄り給ひて、狭「いみじう疎々しう誰ももてなし給へど、この心はいと美しう相思しつべかめれば、はしたな
う、ありつかぬ心地し侍れど、今よりは慰みぬべうこそ」とて、さし出で給へる様の、いとまばゆければ、扇をさし隠してゐたる様などめやすければ、狭「何とか召す」と宣へば、姫宮「母とこそは」といらへ給へるが、いとうつくしうて、狭「今よりは、さらば母をこそ頼み聞えめ。猶あひおぼせ」と數へ奉りて、引きたてて退き給ひぬ。「忘れがたみに」とありし御ひひとりごとを、宮の御乳母子の中將といふ人、御障子のつらにていとよく聞きけり。宮の御前にこまくと語り聞えさせすれば、さらばこの兒は、何がしの少將のと聞きしは、あらざりけるにこそはと、これに因りてこのわたりには尋ね寄りにけるにや、いみじう物思ひたる様なるも、この事にこそあななれ、など心得させ給ふにも、いと侮らはしく思しつるゆかりなれど、唯うつくしかりつる人によりてこそ、徒然なるに、をかしきさまに生し立てて持たらむと、思しかしづきつれ、かくばかり見えま憂くつらき人と思ひつるに、いとどこれがゆかりばかりにて、心は空ながら見え過ぎさむこそ、などおほすに、人わろくいとくちをしき身の宿世かなと、いとどおぼし歎きけり。その後は、姫君をも制せさせ給はず、常に渡らせ給ひて、わが御身はありしよりもけに、疎々しくなりまさり給ふ。まれまれ見え奉り給ふ宵々も、またいと氣遠くもてなして、いとわりなき事のまさりゆけど、内裏などの聞きおほしめさむ事を思すにより、宮のおぼし寄るもしるく、唯この忍ぶの露にかよりて、見知らぬさまにてぞ過ぎ給ひける。姫君は、いみじうなれ睦び聞え給ひて、唯この御方にのみおはすれば、抱きうつくしみ給ふ。狭「年の積るまに、かよる人の無きこそ徒然なるべけれ。心にまかする事などのやうに、殿などの、今まで見せぬ事とさいなみ給ふこそわりなけれ。まことに持たるまじきにや。こかしこ、例の人のやうならましかば、自らかこち出づる人もやあらまし。今はいかどせむ。姫君をこそ頼み聞ゆべかめれ」とつれなく宣ふを、あながちに隠すべき事かは、聞かまほしきにはあらねど、萬に隈ありけなる心の程かな、まいて、いかになどおぼしやらるる心の中も恥かしう、いつまでと假初にのみおぼされて、如何様にして、なほ思立ちにし有様にもなりしがな、と思しけり。
霜月ばかりには、若宮の御袴著の事おぼし立てて、大殿にも急がせ給ふに、この姫君も同じ程にこそあららめ、とおぼせば、この序に著せばやとおぼして、宮に、狭「この君はいくつぞ。袴著はまだしきか。さらば若宮の御事、殿のおぼし立つが羨ましきに、わたくしの急し侍らばやと思ふを、さかしらにや。又知るべき人は侍らぬか」と宣ふ。いと心づきなしと思して、思ふより
また思ふべき
人やあると心に心と
はば知りなむとて少しほと笑み給へるは、聞き給へるにこそはあらめ、常磐の尼君が、聞えてけるなとめりかし、と思せど、やがてこれに書きつく。思ふより
又は心のあ
らばこそとひもとはずも知
りて惑はめ心得ぬ事どもかな」とてやみ給ひぬる氣色、殘りおほけに恥しけなるも、いと見ま憂くおぼさるれば、げにおなじ心にて、かよるついでに、いかに著せまほしからむ、唯うちまかせて、さやうに渡したらむついでに、然てもあれかし。これがゆかりにて、あながちに念じ過さむも、いと人悪くおぼゆるを、這ふ木數多になりぬれば、なかく思ひし本意のまゝになりて、いかに嬉しからむ、年月を添へては罪のみこそ積らめ、かくて見過しても、何ばかりの目やすかるべきぞ、などおぼしなりて、院にも、かうにこそありけれども聞えさせ給はず、唯、一宮若宮のついでにおなじ所にても」と聞えさせ給へば、女院「ついでならずとも、さばかりの事はことにても難くやは。たちまちに、知らぬ人に何かは任せ給はむ」と宣へば、一宮「されど、わざとは事々しう思ひ立つべきにあらぬを、何かは、たどにてだに、いみじうゆかしがり給ふを、かよるついでにとと思ふにこそあらめ」とて、なほ渡さむと思したれば、女院「さる様こそは」とて、その御心まうけさせさせ給ひけり。大將殿は、ありし後は、煩はしければ又もえ聞え給はず、人知れずくち惜しくおぼしけるに、明日になりてぞ、一品「姫君は今宵や渡し給はむ」と聞え給ふに、日頃さも宣はせざりつれば、狭「俄にはいかでか」と宣へば、一品「こよに皆思ひまうけたれど、こゝにてはわざと思ひ立たむもうるさきに、げに序よく侍りなむとこそ、院も宣はすれ」と辛うじて言續けて宣はするも、聞き給へるなりけりとおぼせば、あまえて、序ならずとも、年返りて二月ばかりにて侍りなむ。かうしも見聞ゆれば、自ら一人こそおなじ心に聞えさせすれ。外へは、たちまちに、さらずとも侍りなむ」と聞え給ふを、又いかに思ひ給ふにかとおぼせば、返すくもえ宣はで、一品「心もとなけに思ひたるものを、院の御方にても、忍びやかにてもありなむ」と獨りごたせ給へば、狭「さもなどか。わざとだにこそ、院の御前にて、女子は手觸れさぶらひ奉らまほしけれ。かしこにては誰かは」とこそ、ことなしびにと言ひなし給ふに、げにおぼし立ちたる事どももかひなかるべきを、うちつけの便ならずとも、難かるべきならねば、今は我しも思ひあつかふべきにあらず。さこそことなしびに言ひなすとも、いかばかりもてなさまほしからむものを、引き忍びたらむも、なほあぢきなからむ、などおぼせば、院に、内々の事は聞えさせ給はず、狭「かくまで思ひ立ちぬとならば」など宣はせて、御腰結に、みづからの代りにとて、大殿に聞えさせ給へば、渡り給ひてぞ著せ奉り給ひける。大將も若宮の御むかへに、晝
より御暇なけれど、あまり見入れざらむも人目あやしければ、同じ様にぞ扱ひもてなし給ひける。その程の有様思ひやるべし。おとなしうしたてられ給へるうつくしさを見給ふにも、人知れず哀なる御心のうちなり。若宮は、やがてそのつとめてぞ渡し奉り給ひける。御供には乳母たち二人、女房廿人ぞ參りける。紅どもに、りんだうの表著、菊の唐衣おしわたして著たり。御しつらひなど、なべてならずめでたき事更なりや。よろづよりも若宮の御うつくしさを、上は、餘所に聞き給ひしよりももうつくしう、有りがたう見奉り給ふに、類なきものに思ひ聞え給ふ。大將の御兒生にたがふ所なく似させ給へるぞ、げに前の世より契ありける御中やと、うつくしう辱く、あはれにおぼさる。大將の出入り給ふに、御指貫の裾にまとはれて、抱かれむとのみし給ふを、いと悲しげに思ひ聞え給へる氣色なども、近くて御覽すれば、猶如何なりし事ぞとまで思されけり。暮れぬれば、みこ達左右の大臣を始め奉りて、世にある人、高きも下れるも、參らぬ人誰かはあらむ。御前の御しつらひ有様などは思ひやるべし。たちあかしの晝よりもあかきに、若宮の御直衣などあざやかにしたてられ給へる、おとなしき御様のゆよしさを、誰もく涙を流して見奉るに、大將の御心のうちは、いとどかき昏され給ふもいまくしく、せきわび給ひぬ。その夜の事も書きつづけまほしけれど、なかくにもやとて漏しつ。その後は、若宮をば母宮、見奉らでは片時もいかでかはと、様悪しきまで御目放ちがたう思ひ聞え給うて、更に返し渡し奉り給はず。前齋院の御つれづくも心苦しう、大將は推しはかり聞えさせ給へば、狭「いかでか」などおぼし宣へど、大殿も、「大人びさせ給ふままに、餘所々にでは、おのづから心より外に、疎にもありぬべし。又いとつれづくなる慰にも」など宣ひて、ゆるし給はねば、いとほしさに、かくて後ぞ、いとねんごろに參り仕うまつり給へば、御後見達も、まめやかに有難かりける御心かなと、嬉しう聞ゆるにつけても、などか、今少し思ひなき中らひにても、見あつかひ聞え給ふまじき、と思ひけり。大將の御心にも、同じうき世の有様ならば、さてこそあるベかりけれ、こまかなる、御かたちなどや如何ならむ、大方の御有様は、いとあてにけ高きものから、筋ことなる御有様どもを、など今ぞおぼし寄りける。黄昏時のたどくしき程に參り給ひて、狭「若宮さへうつろはし奉りて、いとどまぎれ難からむ御徒然を、推しはかり奉りながら、御殿居も、心より外にこそ怠り侍れ」など聞え給ふを、女房達「今はまいて、かく定まり給ひぬるを、あまり若々しう、おぼし知らぬさまなるも、かへりて様にあはぬやうにや。嵯峨の院も、さこそいづれをも聞えさせ給ふめれ」と、集りて聞えさすれど、いかにも思しわくにはあらで、唯世に知らず恥かしげなる人にいかでか、といとつゝましう思されて、わざとは宣はせねど、け近き程に參り給ひつる折々は、げに餘りならむもいかどと、いとほしき御心ざまも御覽じ知らるれば、ほのかなれど、さにやともり聞ゆる御けはひ、唯入道の宮の同じさまにやと覺ゆるに、ものあはれにおぼし出でられ給ふ。さこそはおながちなる心も遣はざらめ、もて離れたりける御宿世どもかな、心ゆかずながらも、今
日まで見奉る人はなくやはありける、遁れ難かりければこそ、思ひかけざりし濡衣さへ乾しわびて、誰もくかくおぼしなりしにしか、過ぎにしかたの隠蓑を、見あらはす人のなかりしこそ、さるはかの心おくれたりしふところ紙のついで、もて騒がれぬばかりけるものを、よしやそは、然るべき長き世の物思となりぬべかりける宿世にてやみぬとも、この御あひずみの程に、などかは空言などいふ人はなかりけるぞ、と過ぎぬるかた悔しき御癖は、さしもあるまじき事さへ取り返しうち歎かれておなじくば
著せよなあま
の濡衣よそふるうらに
にくからおやと何となくいひ消ち給へるは、人聞き知るべうもあらねど、院は少し心得させ給ふらむ。されど聞き知り顔ならむもつゝましければ、いとど奥深うならせ給ひぬるも、飽かずおほさるべし。誠かの常磐の尼君の女は、長門のにはあらざりければにや、小宰相とて、心ばへ容などなべての若き人よりは目やすかりければ、昔の友とおぼし睦ぶる方もこよなくて、事に觸れつゝよそひ見せつゝ、なつかしう語らひ給ふを、姫君をおもひ聞ゆる方様には、いかがはおろかに思ひ聞えむ、過ぎにし人の事なども、いとど耳とまり給ふばかり、聞えさする折々などのあるを、忍びあへぬ氣色にて、おなじ心に語らひ給ふを、おのづから氣色見る人は、安からず言ひさよめくを、何方ざまにつけても、おなじ心なりけりと、宮は心づきなく思召さるれど、かよるかたの物憎みして見えむもいと恥かしく、わが心の中には事違ひたるべし。唯今日明日にても、女院の見奉らせせ給はむなりなむ後にこそは、身をも如何にもなしてめ、と思しとりて、いかにも見入れさせ給ふ事なくて、たど明暮行よりほかのことなし。夜もわたらせ給ふ事なければ、唯山鳥の様にてぞ明し暮し給ひける。
あらぬ所とおぼし慰み給ひし一條の宮にも、若宮のおはしまさねば、隠れ所なくて、若宮にことづけ給ひて、殿がちにのみなり給ふを、内裏に聞かせ給はむこと、いみじう便なき事に、大殿の聞えさせ給へば、大方世になありそと思したると、むづかしければ、齋院に參りて隠れる給へり。常の冬よりも、雪霰がちにて晴間なき空のけしきも、いと異に亂れまさり給ひぬべし。御前の方を見やり給へば、ちひさき几帳を引きよせ給へれば、はかくしくも見えねど、御衣の袖口などは隠れもなし。蘇枋の御衣どものいと濃きより薄く匂ひたる上に、唐の浮線綾の、白きやうなる籬の菊の枝ざしより始め、うつろひたるにも、色々に織り浮かされたるも、例の事ぞかし。されど人からには、げになべてならずあなめでたと見え、御髪の、肩の程よりこぼれ出でたる、御額髪の、袖口まで、ゆるくゝと引かれ出でたるも、さまことに見ゆるに、御衣の裾にもたまりゆきたる裾の削ぎ末など、繪に畫きたるやうなるも、斯うしもなきを、萬に口惜しき目うつりの、いとどしきなめりかし。いとど外様にも見やられ給はず、つくづくとまもり聞え給ふ御心のうち、いと口惜しく、憂き身の宿世思し知るべし。殘なくさし向ひ聞えし折、何事思ひけむと、過ぎにし方さへ戀しく思ひ出で給ふに、御懐に寢たりける猫の、起き出でて、はしざまに出づる綱に引かれて、御几帳のかたびらの引き上げられたるより見合せ給ふに、御顔いと赤うなりながら、わざとひき入りなども給はず、御扇にまぎらはして少しかたぶき給へる御かんざし、御髪のかよりより始め、久しう見奉らざりつるけにや、猶様殊にめでたき御ありさまかなと思ふに、心憂の身の有様や、などか、いとかばばかりの事こそかたからめ、少しもなずらふばかりの、よせ見るまじき、もの思ひ知らず、いはけなかりしそのかみより、何事も斜ならむ人をば見じ、唯この御有様に劣る宿世あらば、世にもあらじ、と安き空なく思ひくだけし心の中は、など露ばかりも叶ふ事のなかりけむ、いでや、わが心の、萬にいふかひなく、男々しき心のなくて、親にもひどへに任せられ奉りて、心づからいとかう憂き世にも長らふるぞかし、と思ひつどくる、身より外につらき人なくて、例の脆き涙のみぞ、理知らぬものなりける。紛らはしに扇をうち鳴らして、猫を、狭「こちくゝ」と宣ふに、寄り來て、らうたけなる聲にてうち啼きつゝなづさふ移香も、身に添へまほしくなつかしければ、袖より隔てなく入れ給へるを、喜びてむつるよ、いと美しうらうたし。くねくしく侘しき目を見るよりは斯くてこそあるべけれ、とおぼされて、狭「この猫は暫しあづけさせ給へかし。人肌につくるよりは」と宣ふを、宣旨といふ人打笑ひて、宣「今さへはなでふ人肌をば尋ねさせ給ふはと、おとなしき御扱をさへこそせさせ給ふなるに、猫は所せうこそはおぼえ侍らめ」と聞ゆれば、狭「更なりや、岩間をくどる水だにも漏るまじければ」とて、うち笑ひ給ふものから、いとかよる心のうちも、今は知らせ給はねば、思ひ直りて、いつしかと給ふものから、あるべかしきゆかり睦をさへして、もてあつかふと思召すらむかし、おなじ様ながらだ
に見え奉らじと、聞え知らせ奉らじものを、と恥かしういみじとも世の常なり。御前なる人々の、繪など畫きちらしたる筆ども見ゆるを、とり給ひて、紙のはしに、かつ見れ
どあるはあるに
もあらぬ身を人の人
とや思ひなすらむ手すさびのやうに、片假名に書き給ひて、懐なる猫の頸綱に結びつけて、人少し立退きたるに、狭「あな寢ぎたなや。今は起きて參りね」とおしいで給へれば、聞き知りがほに、外様へもいかず、參りて睦れまゐらするぞいと羨しきや。年の果になりては、彼常磐の事の果せさせ給ひけり。御志のしるしには今は何事をかは、とおぼせば、經佛の御飾なべてならず。まことに目の中に佛道なりぬべき様に思しおきてたり。その日は、いみじう忍びてみづからおはしぬ。講師は山の座主なりけり、講僧は六十人、七僧なども、なべてならぬをぞせさせ給ひける。常の法の詞といへども、一乘の法文勝るよわざにや、願文の心ばへ泣くゝ読み給へるも、涙流さぬ人なきに、いとど大將殿は、直衣の袖もえ引き放ち給はず、さるは人目もあまり心弱くやとつゝみ給へど、唯うち聞く物語、古き歌などだに、わが思ふすぢなるは、こよなく目とまりて哀なるわざなればなるべし。見奉る限の人々、僧なども、誰ならむ、いと斯ばかり思されけりけるは、げにいと口惜しかりける命の程かな、と見驚かぬ人なし。さまよくいとたふとき事どもは多かれど、なかくえまねばねば、いとかひなし。事果てて僧どもなども皆まかでぬれど、みづからは留り給ひて、尼君に逢ひ給ひて、姫君の御有様など語り給ひて、盡きせずあはれと思したり。入相の鐘の音ほのかに聞えたる夕暮の空の氣色も、所のさま言ひ知らず心細けなるを、すだれ捲上げてつくづくと眺め給ひつゝ、行ひすまし給へるけはひ、いみじうあはれなり。曉近く成りぬらへとおぼゆるまで居明したまひて、あまり苦しければ、やがて端つ方にうちまどろみ給むるに、唯ありしながらの様にて、傍に居てかく言ふ。亡靈暗
きより暗き
にまよふ死出のやまと
ふにぞかよる光をも見るといふ様のらうたけさも珍しうて、もの言はむと思ふ程に、ふとさめて見あけたれば、はるくと見え渡されて、月のみぞ仄に、うつりける雲のはたてまで、殘りなくさやかに澄み渡りたる空のけしき、唯の寢覺だに物心細かりぬべき程なるを、ありつる面影は唯うつゝに覺え給ひて、見まはされ給ふを、人々はみな遠く退きつゝ、いとよく寢たり。獨りつくづくと空をながめ給ひつゝ、泣く泣く越ゆらむ死出の山路まで思しやらるよに、かの芳野の山本恨めしげなりし様などの、何となくなつかしうをかしかりしも、唯その折の心地し給ひて、おくれじと
契りしちの死
出の山みつせ川に
や待ちわたるらむと思しやるにも、枕は浮きぬべけれど、起き給ひて經をぞよみ給ふ。「皆如金色從阿鼻獄」といふわたりを心細けによみ流し給へる、いひ知らず悲しきに、寢たりける人も驚きけるにや、こよかしこに、鼻うちかむものあり。佛だに現はれ給へりし御聲なれば、人はまして忍び難かりけり。明けぬれば、所々に誦經などしにつかはして、今日は歸りなむとし給ふ。昨日しつらひ
に、よろづ取拵はれたるを見給へば、常に居たりける柱に物ぞ書かれたりける。賴めこし
いづら常磐
の森やこれ人だのめな
る名にこそありけれ言の葉
をなほやたのま
むはし鷹のとかへる山
はもみぢしぬともなどぞあるは、かの「しひしば」とありしを忘れざりけると見給ふは、いかどは哀に思さざらむ。こよちなど苦しう覺えける折の手まさぐりにや、臥しながら書きたりと見えて、下の方に、その文字とも、はかくしう見えぬさまにて、なほたのむ
常磐の森
のまきばしら忘れなはて
そ朽ちはしぬともとあるにも、夢の面影さへ立添ひて、更にえぞおぼしすまざりける。寄り居
けむあともかな
しきまきばしら涙浮木
になりぞしぬべきとて、とみにもえ立ちも退き給はねに、殿より尋ねて奉らせ給へる人々參りて、人「昨日の今宵など、おはしまし所知らせ給はで、夜もすがらおぼし騒がせ給へる事」など申せば、狭「あへなむ。さて懲りさせ給へかし、餘りむづかしう宣はするに」とはつぶやき給ひながら、今日さへ音なくて暮し給ふべきならねば、出で給ふにも、眞木柱はいと顧みがちに思されけり。年返りぬれば、今年は齋院渡らせ給ふべしとて、本院造り磨かせ給ふに、大宮わたりの賤が垣根まで、心ことに思ひまうけて、おなじ板檜垣などいへど、ほどくゝにつけて用意加へたるは、げに情こよなし。今年の賀茂の祭は、今より様ことに、世の中ゆすりて思ひ營むは、いかなるべきにか。その日は一條の大路、わたり給ふべききはの高き賤しき家々の内、思ひいそぎたる牛車、隨身、小舍人、雜色の姿も、馬鞍、うす大きくち、馬添の裝束飾を、いかで世に珍しく人にすぐれてと思し營むをばさるものにて、さるべき宮々、又人數に少しも我はと思ひ給ふ所には、たちあがる人々は、物見給ふべきいだし車の袖口、わらはべの姿、けいし、葵の飾をさへ、めづらしうと心を盡し給ふさまども、中のしなの程だに、一條の大路にさし出づべき所もなくやと聞ゆるに、遠き田舍の民どもも、苗代水の行末を知らず、早苗引き植うる田子の蓑裾どもも、みな川上にささらすを役にして、物見む事をいとなみけり。まして都の内の賤の男は、道大路の行かひにも、明暮の身のいとなみの苦しげさに添へて、いひ數き思ひまうくるなり姿は、いかならむとすらむと心もとなし。殿の中にも、いつしかとこの御營をこそは思しまうけしに、限あれば、はえなき御有様さうくしき事をば、人々もつれくに思ひたるに、この折にこそは、物の清らを盡して、神さびにける様にはあらず、めづらしう人の見思ひつべからむ様に、と思しおきつれど、何事も限ある事なれば、白銀黄金をうちかさね、高麗もろこしの錦をたち重ねとも、目なれぬやうはあるまじきぞくち惜しかりける。世の人の、いと事々しう言ひ思ふらむしるしには、いだし車の數など例にはまさりたらむを見よかしとて、やがて女房のさぶらふ限を、引き續くべうぞおほしおきてける。やむごとなき人々十人ばかりは、今四十人、わらは八人乘るべき車は、所々にすきとほり女別當などのおなじ絲毛にて、隠れなうめでたうして參らすべきよし、受領どものあたりて、我もくと心を盡し
たる、げに如何にめでたかりけむ。狭、近衛づかさの使の、年に一度駕出でたるをだに、その日の見物にはそれにまさる事やはある。かばかり挑みかはして駕出でたらむ透車に、なまよろしからむ頭つき、さまかたちにて乗りたらむは、まばゆかりぬべきわざかな」と、今より大將殿の明暮言ひはやし給ふに、若き人々はまめやかに侘びまどふぞ、理なるや。さるべき人々の女どちの、心のまよにかしづき立てて、親兄などにだに、絶々にさしむかふ事もせず、帳の内、母屋にだに、ちひさき帳を身放たずなど習ひたるは、唯簾上けて、晝なかに一條わたらむだに、いと侘しかりぬべきわざなるを、まして扇などさへ隠れなくのみしなされたれば、まめやかに泣きぬばかりなる氣色どもぞ多かりける。御禊の日にちもなりぬれば、つとめてより大殿立ち居急がせ給ひて、堀川「人の上にて見るだに、日のいたう暮るよは心もとなきに、遅しく」とのよしり給へば、常より殊に事ども疾く成りて、出し車ども寄せて載せさせ給ふ。わりなしと思ふくるざり出でたる人々のかたち有様、げに年頃みそぢ餘り具したらむを尋ねさせ給へるしるしは、こよなく見ゆれば、心ことに世に聞ゆる透車のすきかけ、心やすく御覽じ渡す。衣の色ぞことに珍しからねど、長き世のためしとおぼしめすにや、松の深綠を、いくつともなくうち重ねたる多さはこちたし。おなじ色のさうかんの表著、藤の浮線綾の唐衣に、「松にとのみも」と縫ひものにしたり。裳は青き海部の浮線綾に沈の岩たてて、黄金のいさごに白かねの波よせて、ひたれる松の深綠の心ばへをぞ縫ひものにしたりけり。わらはは、おなじ色にて、うへの袴、汗衫など、女房の裳唐衣などの同じ心にてぞありける。言葉に書き續けたるはいと見所なう、これやいみじかりけるとて、もどき笑はれぬべけれど、その折車引きつどけられたりしは、なほ常よりは見所こよなしとぞありし。何色も、いひ續けたるよりは、そめがら清けにあるぞかし。おなじき綾織物、禕物などいへど、清らはこのとの外に、おなじ者のしわざとも見えずとこそはあれば、かく書き續けたるよりは、見るはめでたくこそはありけめと思ひやるべし。御車はからののか、例よりは小さくて、珍しう美しき様こよなし。殿、大將殿、御几帳の左右をおさへて立ちたまへるに、上の萬につくろひつゝ載せ奉り給ふにも、猶やよましげにおぼしめして、頓にもえ奉りやらぬを、大將殿、帳のそばより少しのぞき給へれば、唐撫子の三重の織物に、同じ色の三重の小袴著させ給ひて、笄子さよせ給へる元結に、御額髪のうち添ひてなよくゝと引かれ行きけるは、いとどもてはやされて、なまめかしうめでたう見えさせ給ふにも、心まどひは先づして、なほかくまで見なし奉りつるよ、あなくち惜し、と覺ゆるを、神もいかに御覽ずらむ、いでや、かうのみ流石に立ちも離たず覺えば、更にはかくしか らじとぞ、自らだにことわられ給ふ。御車引き出づれば、上も物御覽じて、やがて本院へ渡らせ給へば、又御車よせて奉りぬ。かねて聞きしにたがはず、一條の大路つゆの隙なく、河原まで立ち重りたり。車桟敷の數のおほきなど、すべて徒歩の人かしらさし出づべうもなきに、かしこく身のならむ様も知らず、おなじ上にかさなりたる様いと侘しげなり。さるべきところくの桟敷の有
様、物見車の袖口などまで、げにかねて聞きしにたがはず、目もかどやく事のみ多かり。まして御供の人々、例の數よりも多かり。おのく出し立て急ぎつらむ家の内、げに如何なりつらむと見えて、めでたき年のみそぎの有様なり。河原におはしまし著きたる有様など、例の作法にも事添ひて、長き世のためしにもと、何事もめでたう見所多かり。宮司參りて、御祓仕うまつるは、いと神々しう物恐しう聞ゆれど、大將はひるの御有様のみ心にかよりて、狭みそぎする
八百萬代
の神も聞け我こそ
したに思ひそめしかなどおぼすは、うしろめたき御兄の心ばへなりかし。歸らせ給ひてはいと苦しきに、誰も皆やすみ過して、又の日疾く起きさせ給ひて、めづらしき院の有様を御覽じ渡すに、いと狭うて、はるよ方なきこよちせさせ給ふも、見ならはぬ様にいぶせうぞ御覽ぜらるよ。今は斯うてこそはと、行末遠く覺えさせ給ふにも、廣うおもしろかりつる殿の内の池、山、木立のけしき、又は見るべきやうもなきぞかしと、戀しう思し出でらるよに、御前に流れたるは、有栖川となむいふと聞かせ給ふにも、齋院おのれのみ流れやはせむ有栖川岩もるあるじ今は絶えせじなど契り深く御覽じやりて、東面の母屋の中柱に寄居させ給へるやうだい、御髪のあまりなどは、繪に少し疊き似せても、人に見せまほしき。折しも、大將殿、上の御はします北の對の南の戸口より、すみの間の妻戸のみすを引きあけて參らせ給へるに、御障子の開きたるより見通し參らせ給へる、なほいと忍びがたくて、榊をいさよか折り給ひて、少しおよびて參らせ給ふ。狭榊葉に
かよる心をい
かにせむおぼよばぬ枝に
おもひ絕ゆれど見だにかへらせ給はねぞ、いみじう恨めしきや。祭の日の事どもなど、例の作法なり。近衛づかさの使は、おほき大臣の御孫の少將ぞかし。權大納言の御子よ、いと若う美しき御さまにて參りたまへるに、やがて内裏の文つけさせ給へりければ、南のすみの間の戸口より取り入るよ袖口思ひやるべし。上御覽ずれば、帝我身に
ぞあふひは餘
所になりける神のしる
しに人はかざせど葵がさねの紙の、なべてならぬ色膚など、さらなる事なり。今日は御返あるべきならねば、御使も立ち給ひぬ。出し車ども、けふは春夏秋冬の花のいろく、霜がれの雪の下草までの數を盡して、十二月まで色を盡させ給へる、表著、裳、唐衣などまで、その色に從ひつゝ、高麗もろこしの錦を盡し、瑠璃をのべ、しろかねこがねの置口をし、蒔繪、螺鈿をし、繪をかきなど、すべてまねび盡すべき様もなかりけり。この世の人の著るべき物にもあらずぞしなさせ給へりける。御輿の駕輿丁のなり姿まで、世の例にも、まことに書き置かまほしげなり。渡らせ給ふほどは、そこら廣き大路、世にも知らず芳しきに、われはと思ひたる數多の車どもの、榻おろさせて過ぎ給ふは、なほいとけだかし。御社に參り著かせ給ふ有様など、例の事にて思ひやるべし。殿もやがてとまらせ給ひぬれば、いづれの上達部殿上人かは、おほろけの身の大事なからむは歸り給ふべき、若上
達部などは、土のうへに、かたの様なる御座ばかりにて、よもすがら女房達と物語しつゝ、明くるも知らぬさまなるに、京には音もなかりつる郭公も、齋垣のわたりには聲馴れにけり。若き人々の耳とどめぬはいかでかはあらむ、内にも外にも言ひかはす事どもあるべし。されど、ひとり二人か事ならばこそ書きもとどめよ、皆ながらはうるさければ止めつ。吹き渡したる川風のおとなひも、今少し物心細く、草の枕は、いとど露ばかりもまどろまれぬに、唯こよもとに寝たる聲して、うちしはぶくなり。大將殿御前近くさぶらひ給ひければ、狭思ふ事
なるともなしに
ほとよぎす賀茂の瑞
垣たづね來にけりと獨ごち給ふを、女別當、語らはば
神も聞きて
むほとよぎす思はむかぎ
り聲な惜みそと明け離るよ山際なども、外には似ずをかしきを、若き人々は、をかしう思ふ事限なし。
萬はさすがに例なからむ事はいかどと恐しさに、古き跡を尋ねさせたまへば、おはしまし所の、唯かりそめに物はかなき御屏風などばかりを、おはします御あたりにて、あらはなるに、風さへほかにも似ず物さわがしうて、倒れさわぐを起しあつかふを、大將殿はのぞき給ひつゝ、狭「いとあらはなるわざかな。おはしまし所ばかりは、なほ例にも違へばや。齋院こそ、なまよろしうおはしまさむは惡しかりぬべけれ」とて、つくろひありき給へば、大人しき人々、「かやうのさだ過ぎたる樣などにては、さし出でにくよ侍りけり。萬の人に唯向ひたるやうなれば、この若き人々だに、何しに車おりつらむとわび惑ひけり」と聞ゆれば、狭「そは、車にてもおなじごと隠れなかめり、されど、いとうつつけにわび恨みかくる人々もあめれば、たど心安くおぼせ。杜の下草こそからきわざなめれ」とほゝゑみて見おこせ給へる御まみの恥かしげさには、何事かはまさらむとぞ見えたる。例ならず花々しき所にては、いとどけざくと光るやうに見えさせ給へるに、例の過しがたうて、御几帳など引きつくろひ給ふまよに、狭見るたび
に心惑はす
かざしかな名をだに今
はかけじとぞおもふとて御衣の袖を唯すこし引き動かし給へれば、思しもかけず少し見かへらせ給ひつる御顔の、隈なき所にては、いとど千歳を經てまもるとも飽く世あるまじう、なのめなる所だに無き心ぞいと悲しかりける。物見るとて、人々もみな端つ方なる程なるべし、け近きもさすがに物恐ろしければ立退き給ふぞ、いとくち惜しきや。いでや、かくぞと見定め奉りし折など、身をあらぬ様になして消え失せましかば、斯うのみぞ心盡しに侘しからで、今はやうく思ひ忘れもしなましものを、なほ斯くてもあり果つまじかりけりとぞおぼしなりぬる。事果てぬれば、狭「かのありし御返り聞えさせ給へ」とそよのかし聞えさせ給へど、齋院「いみじく苦しければとて、やがて臥させ給へれば、母宮おほつかながらむやは」とて、上ぞ聞えさせ給ふ。母宮よそにやは思ひなるべきもろかづら同じかざしはかけも離れずかづらに著けさせ給へり。御覽ずるにもなほ口惜しき御心のうち絶えず。女御御息所あまたさぶらひ給へど、いづれもすぐれて時めき給ふもなし。なほ古くよりさぶらひ給ひて、宣耀殿ぞ取りわき給へるざまにものし給へど、皇子のいかにもくおはしまさねば、今まで后にも居給はぬなるべし。御年もやうく三十に餘らせ給ふに女宮たちだにおはしまさぬを明暮の御歎にて、嵯峨院の若宮を、などかあづかり聞えざりけむ。さりとも大將の、わが物に思ひ聞えたるも羨ましく、げに中々の國王よりはめでたき人の、よすがとなり給へる、げにいとあらまほしけれど、自らのありさまもただ人にて見るは、いと心苦しうあたらしき心地するに、又おなじ様にて立ち添ひ給へらむよりは、など宣はせけるを、嵯峨の院にも聞かせ給ひて、嵯峨「齋院の御あつかひにとおぼしてここ讓り聞えしか。その本意たがひにしかば、今はげに然らでもありぬべかりしがど、いづれの御爲にもあり難き心の程を、今はと改めむも輕々しきやうにぞありぬ
のもてなしにより給ふべきにもあらず。さらで、なま宮腹にてうしろむる人なからむよりは、大將に任せたらむに、あしうもあらじ」などぞ宣はせける。男皇子おはしまさぬ事を、世の人ども心もとなき事にいひ思ひて、女ども持ち給へる人などは參らせ集め給ふを、大殿はいとうらやましう、今更に堀川「かよる人の少なうおはしける事」と歎き給へば、大將は、前齋院の御事を聞え出で給ひて、狭「昔より嵯峨の院の御志あり難うおぼえ給ひしかど、様々かひなきやうに御覽ぜられてやみ侍りぬる代に、おなじうはさやうにても、かひなかりける心の程を見え奉らまほしう」など聞えさせ給ふを、げに若宮の御有様などを見奉り給ふにもありがたき御心ばへぞかしと、かかる御おとな心を、うつくしう思ひ聞え給へば、堀川「我もいとつれづれなるに、齋院のさておはしましよと思ひなして、あつかひ聞えむ」と宣ひて、嵯峨の院にも、堀川「かやうになむ大將のすよめ侍る」など、聞えさせ給ふを、いかでかおろかにおぼし喜ばむ。御後見なくては、さやうの御交ひあるべきならねば、よろづ心苦しく見置き聞えさせ給へるを、かうまで思ひ寄り給はむ大將の御心ぞ、行くへまでいと賴もしくおぼしめさるる。心ゆかざりつる御後見どもも、かよる心にてけざやかにて過し給ふにこそ、入道の宮思はずにならせ給ひしに、よりつき喜び顔に、おなじ枝のゆかりに木傳ひては見え奉らじ、と心深うおぼすにこそありけれ、と心ゆきたる人多かり。自らの御心にこそ、年頃罪深きさまなりつるをいかで、と思しつる本意深けれど、よき人の御身はなかくゝよろづまかせ難かりければ、心より外にてまわり給ひぬ。御局はやがて昔の弘徽殿なり。帝もかねては、大將の思ひ放ち給へる親心いかなるにかと、人わろく思しめされしかと、さはいへど、なべてならず心憎き御有様などは、ことに優れ給へれば、いとやむごとなくあらまほしき御覽なり。嵯峨の院にも、唯大殿に任せ聞え給へれば、まことの御女のやうにあつかひ聞え給へり。大將殿などにも、みづから獨こそよなうけ遠き御もてなしなれ、女房などはえ恥ぢ聞えず、一つなるやうにて、かの「やすらひにこそ」と悔しがり給ひし樋の戸もつゝましからず、出で入りたまふもあはれに思し出でらるるやうに、御前のしつらひも、夢路に惑ひたまひしおまし所も變らで、御几帳ばかり隔てて居給へる、御衣の裾などのほのく見えたるも、あやしうなべてならず、け高うなまめかしき心地ぞし給へるを見るにも、思ひ出でらるよ事多くて、狭「このおまし所を見侍るにこそ、實に夢のこよちし侍る。まして思ぼし出づる事も侍らむかし」とて、狭飽かざり
し跡や通ふ
といそのかみふる野の道
を尋ねてぞ見る人聞きつくべうもあらず紛らはし給ひて、あはれと思ひ給へる氣色、なほいかなりし事ぞやと思さるれど、弘徽いそのかみ
ふるのの道を
尋ねても見しにもあら
ぬ跡ぞ悲しきとて打泣き給ふにやと聞ゆる御けはひ、ほのかなれど、唯入道の宮と覺え給へり。一品の宮の御おなじ程と聞きしかど、これはこよなく若うたをややかにもやと推量られ給ふにも、悔しき事多かれど、今はかひなきものから、少しも思ぼし隔てられじと思ひ給へば、
まめやかにねんごろなる御心ばへをのみぞ見え奉り給へば、有り難うあはれなるものにぞ思ひ聞え給ひける。程なくただならぬ様に惱み給ふを、もしさにやと人々も見奉れど、あまり嬉しき事は、言ひだにこそ出でられざりけれ。殿にも申す人もなきに、上の御前ぞ常にさにやと案内し尋ねさせ給ふを、御後見など、けざやかにもえ申しやらす、さのみもいかどとて、殿にかくねむと聞えさすれば、驚き給ひて、二月もやよ過ぎにければ奏せさせ給ふ。上の御こよち、嬉しともおろかなり。のちの男女にておはしまさむは知らず、いかにもいかにも、まだ御覽じ知らぬ事なれば、珍しう思ぼしめす事限なし。おとど、大將など、かひがひしき御有様を嬉しくおぼしけり。大方の世にも、今より様殊にいひ思ひ聞えたるにつけても、大將は、若宮のたど人ゐてまじらひ給はむを心苦しうぞ、人知れず思ぼしける。入道の宮を、院のとりわき思ひかしき御覽えなどはおはしなましものを、と思すにも、なほ我ながら罪さりどころなき心地するに、われはつれなう、世の常の有様にさへ定まり居て聞き奉るは、いかでなほ口惜しうあるまじきこよちするを、なほいかで、いみじう胸いたき心のうちを、少し聞え知らせて、思ふ本意とけてやみなむ、と思ひ續くるに、又なほ忍ぶもぢずりは、かこち聞えさせつべく思ひ出でられ給ふもわりなしや。狭あくがるよ
わがたましひも
返りなむ思ふあたりに
むすびとどめばなど手習に書きすさびて、添ひふし給へるに、宮の中將參り給へるに、紫苑色の御衣の色にて、ながめふし給へる様の、いふ方なうめでたう見え給ふにも、人知れず思ひあつかはるよ人の御事、まづ思ひ出でられて、この人の御あたりの塵ともなさまほしう、この中將たましひの通ふあたりにあらずとも結びやせまししたまへの妻と書きつけたれば、狭「人のまねびし事を、筆のすさびに」とまぎらはし給ひて、何やかやと世の物語をし給ふついでにも、あやな長かるまじきこよちのみするを、心より外に知らず顔にて過すさまなど、げに物心細けにおぼしたる氣色などい、すどろになつかしういみじうのみ覺え給へば、中將「嫉妬ならぬ月の光はあり難うこそ侍れ。思召すだに隔てずば、慰め參らせてむかし。いふとも人に」などいふさまも、なべての人よりはをかしきに、かの身によそへられたりけむ妹の姫君も、いかやうにやと思ひやられ給ひてゆかしき御心たえず。狭「いみじう事あり顔にもいひなし給へるかな。この心得給へる方ざまにはあらで、見給ふやうに、事にふれて世のいとはしき癖のつきけるが、我ながらもあはれなるぞや。げに羈絆などのあながちなるなどがあらば、少しもや思ひ慰まれまし。身に添ふ影より外に、こととふ人のなけらばにやと、試みまほしうも侍れど、いさや、長からざらむものゆゑに、なかくゝならむほだしなどの有らむこそいとほしかるべけれ。餘りことぐゝしう頬はしき事などはなくて、うち頼み心苦しけならむ人などをみば
誠に少しは命も惜しかりぬべきわざぞかし」など宣ふ氣色も、少し心得る事あれど、いでや、めでたきにつけても、思し數まへられでは、いかなる物思ひのたねとかはならむ、と思へばくち惜しかりけり。中將の扇に、秋の野を畫きて、風いたう吹かせたるに、本あらの小萩の露重げなるを、しがらみ伏するさを鹿の氣色もをかしう畫きなしたるを見給ひて、「聲の秋風は月のみつこと頻りなり」とかき給へるは、様ことにちひさくて、狭わがかたに
なびけよ秋の
はなすすき心をよする風
はなくとも狭心にはし
めゆひおきし萩
のえをしがらみふする鹿
やなくらむいつしか妹が」と書きすさび給ひて、さまくゝの御才といへど目も及ばぬに、これは、すこし物見知らむ女などの、目とどめぬはあらじかしと見えたり。中將招くとも
靡くなよゆめ
しのすき秋風吹かぬ
野邊も見えぬに中將おしなべて
しめ結ひ渡
す秋の野に小萩の
露もかけじとぞ思ふなど書きて見せ奉れば、狭「あぢきなきさかしらかな」と笑ひ給ひて、狭「色どる風は」と口ずさび給へる愛敬、なほくゝこの御あたりの塵ともならまほしげなり。狭「まめやかには、昔より頼み聞えたるをも知り給はぬこそ心憂けれ。竹のなかも尋ねて世に暫しば定にては、いとむとくにこそは侍らめ」などいふ程に、さるべき人々あまた參り給へれば、物むづかしき紛らはしにて、文作りなどして、夜もすがら遊びあかし給ひけり。一三日ばかりありて、かの中將の許に、狭 うちつけなる様に思すべけれど、かの聞えし竹取の翁を語ひ給ひてむや。野邊の小萩もさていかど。頼み聞えてなむ。これもさかしらまぜ給はで。とて、中にあるには、狭一方に
思ひみだるよ
しのすすき風のたよりに
ほのめかしきやとある、返事はなくて、中將竹取にはほのめかし侍りしかど、いとあり難けにこそ。中なるには、思ひ落されさせ給へるにや、扇もちらし侍りしかど、吹きまよ
ふ風のけしき
も知らぬかな萩のした
なる蔭の小草は口惜しげなるさまにこそ。これも一つ方につゝみ侍りて。とあるを、げに少しいはけなき程にやと思しやる。九月には、嵯峨の院の入道の宮の作らせ給へる、法華の曼陀羅供養ぜさせ給ひて、やがて八講行はせ給ふ。その程は殿も日々に參らせ給へば、ましてさらぬ上達部殿上人など參らぬなし。朝夕に替る講師どものえりすぐらせ給へる、おのく年頃心を盡しける實の學問の程、見ゆべき、たびなれば、心を盡したるしるしありて、尊くめでたきに、問者どもの劣らじと爭ふ口強さどももおもしろく、聞き所あること限なし。宵暁の懺法などにも、聲すぐれたるを擇らせ給へれば、哀れにたふとし。西方念佛の折は、蓮の花の色々散りまがひたるに、名香のくゆりあひたるは、極樂もかくやと推しはからる。宮いとどまほろしの世をそむき棄てさせ給へるのみ、嬉しく思ぼしめされて、御心のうち涼
しう、一心に行はせ給ふに、大將日々に參り給ひて、人よりけに濡らしそへ給ひつゝ、忍びあへ給はぬ袖のけしきぞ、澄みがたう思しわびける。若宮もこの頃はわたし聞えさせ給へれば、内外まぎれ歩かせ給ふは、げにいとどしき心のもよほしなり。この程の有様、をかしきも算きも、こまかならば夢のしるべのまねしたるになりぬべければ、皆漏らしつ。果の日は十三日なれば、月の光さへ隈なくて、兜率天までいとやすく澄みのぼり給ひぬべかめり。嵯峨野の花やうくさかり過ぎて、女郎花色變り、尾花の袖も白みわたりつゝ、心細げにうち招きたるに、露は重げにきらくゝと置きわたりたるは、如意寶珠かと見えわたされたるに、蟲の聲々さまくゝにて、懺法阿彌陀經にうち添へたるは、伽陵頻伽の聲にも劣らず、たふとくあはれに聞ゆ。事果てて、僧どもも人々も皆まかり出でて殘りなく、人目かれぬるこよちするに、大將はえまかで給はず。川霧さへ麓をこめて、道妨げに立ち渡りたるに、堰せきに漏りわづらふ水のおとなひも、いとどむせ返り、物の悲しければ、やがて川の上に作りかけたる釣殿に、つくくゝとながめ入り給ひて、狭大井川
せきはさこそ
と年經ぬれ忘れずな
がら變りける世になどひとりごち給ひて、狭「我所有福業今世若過世及見佛功徳盡廻向佛道」と、うちあげて讀み給へる、日頃聞き給へるさまくゝの尊さにも似ず、身にしむ心地ぞしける。この御聲をきよて、若宮の出でむと騒ぎ給へば、宰相の乳母いだき奉りて、そなたの渡殿に參りたり。乳母「今は御殿ごもりねと聞ゆれど、御聲を聞かせ給ひて、暗う侍るにも障らせ給はざめり」と言へば、立ちよりて、狭「今宵はまかで侍るぞ。宮の御前に御殿ごもれよ。明日參らむ」と宣ふを、若宮「宮は佛の御前にて經よみ給ふなり。例もいだき給はぬぞ。唯いざ二人ねむ」と宣ふを、いとかなしう哀れにて、狭「あな心憂の事や」と語らひ給ふついでに、狭「みそかに、宮のおはする御堂の妻戸放ち給へ。佛の御前のゆかしきにのぞかむ」と宣へば、若宮「何のゆかしきぞとよ。不動尊の恐しげなるに食はれむとや」とおどし給ふ氣色、わが恐ろしと思しけると見ゆるぞいとをかしきや。狭「されば、みそかに、知らせでのぞかむと思ふぞ」と宣へば、若宮「格子もおろさでこそありつれ。いざ見せむ」とさよめき給ふつくしさぞ、世の常ならぬ。狭「それはなほ不動尊見つけ給ひてむ。西の妻戸を放たせ給へ。さて、人に斯うとな宣ひそ」と、おとなしう語らはれて入り給ひぬるも、いかなる事し給はむとあやふけれど、西おもては月も暗ければ、やをら入りて戸のもとに立ち給へり。宮、この程は、佛の御前にのみさぶらひ給ひて、百萬遍滿て給ふなりけり。御格子もいまだまゐるで、みあかしのほのかなる方に、御几帳おしやりて、障子より少しのぞきて、脇息におしかよリて、小倉の山も殘りなき月の光をながめやりて、行はせ給ふ御すがた、肩つきなど、人よりは細くちひさやかにて、御髮のゆらくゝとこぼれかよリたる裾のけぢめ見えぬほどの月影は、いひしらず美しうらうたげに見えさせ給へるに、數珠の、脇息に時々引き鳴らされたるなど、今宵始めたる事ならねど、なほ飽かずくち惜しう見えさせ給へるを、まして明暮のかしがり給ふ人に見せ奉らばやと、中納言のすけは見奉る程なりけり。人々も出で給ひぬると思召しつ
るに、ありつる御經の聲にぞ例の胸つぶれて、御格子もまろらせ給ひてけり。いつも、わざと召さぬかぎりは、近う參る人もなけれは、御障子のうしろに、中納言のすけのみぞさぶらふに、若宮おはしてそよきありき給ふを、すけ「まだ御殿ごもらざりけり。大將殿は出でさせ給ひぬるか」と聞ゆれば、乳母「慕ひ聞えさせ給ひて、まだえ御殿ごもらぬに侍るめり」といへば、すけ「あな心苦しの事や。などかはとまり給はざなりぬらむ」とて、抱き奉れば、若宮「今宵は宮の御まへに御殿ごもれ、つとめて迎へに來むといひつるやし」と語り給へば、すけ「さて例ならずなつきまろらせ給へるなりけり」とて笑へど、宮は見もおこせ給はぬず。このかしこ紛れありき給ひて、心やすきかけがねにや、はなちおき給ひてけるを、誰かは知らむ。戸のやをら開くおとして、ざと匂ひ入りたる追風も、まぎるべうもあらぬに、唯何とも思ひあへず見やり給へれば、冠の影ふと見ゆるに、物も覺えさせ給はず、佛の障子口に入りて引き立てさせ給ひぬるも、手のみわなよかれて、頭にぞ立てられぬ。かのありし寢覺の床に、ぬらし添へ給ひし濡衣おぼしいでられて、今宵さへ然だにあらば、やがて斯くながら伏籠の少將の様にもなりなむと、心惑も世の常ならぬに、御衣の裾も殘りなう引入れさせ給ひてける御心の疾さも、限なく恨めしう悲しきに、この障子もひき破りつべう覺ゆれど、胸のみ騒ぎてとみにぞ動かれぬ。宮はかしこう入り果ててたてさせ給へるに、わだくゝと震はれて、遠くもえ遁れ給はず、あなたは塗籠と見れば心安くて、隔などもやぶり給はず、唯さながら寄り居給ひて、とばかり物も宣はず、涙のみせきやるかたなければ、押へてためらひ侘び給へり。狭「これより隔なうとまでも思ひ給へかけずなむ。唯かばかりにても今一度聞えさせてこそはと、憂きを知らぬさまにて過し侍りつるを、唯心安く思ぼしめせ。身に從はぬ心の悔しさも、こよらの年頃皆思う給へ知りわたれば、又思召し疎まるるばかりの心の程は、よもつかひ侍らじ」とて、かの思ひかけざりし眞木の戸の心ばへよりうちはじめ、今宵まで思ひ歎く心の中を、泣くくゝしめくゝといひ續け給へる、まねび盡すべうもあらず。狭「かばかり物思ふ人の生けるためしには、げにしつべう聞ゆる中にも、故宮の、嶺の若松と人知れず思ぼし祝ひけむと、ほの聞きて傳ふる人のありしを、聞きつけたりし心の中を、えも言ひやり給はねぞ。かくればとはまことにや。恥かしさもおなじ淚に流れ出でぬべし。又思ひ侘びて、かしこう尋ね參りたりし雪の夜の、枕の下の釣舟に思ひこがれて立ち歸りしに、聞きつけたりし鶴の一聲の後は、いかさまにして、雲井の餘所にはなさじと思ひししるしにや、今はうき世のほだしにて、かくかけとどめられ侍る程に、心より外なる事も侍りて、見しにも似たる、ありし反故を見侍りしは、人やりならず生ける心地も少し待らねど、その後にも唯かやうにもやと、待つに心をかけ侍りつれば、今ぞ心のうち少し涼しうなりて、年頃の本意も遂け侍りぬべかめる」など、すべてまねびやるべくもあらぬ事どもを言ひもやらすむせ返り給ふには、過ぎにし方の憂きもつらさも忘られて、千世ふる末もかたぶきぬべし。されど宮は、夢にだにかばかりのけぢかき程にては又聞かじとおぼされしに、いと物おそろしうて、いかにもくゝ、え動かれさせたまはぬ
を、男君、これより隔なき程などまでは、おぼしも寄らざりつれば、これをこの世の思出にて歇みぬべけれど、うち身じろき給ふ氣色だになきは、あさましう覺束なきに、思ひ侘び侘び給ひて、障子を探り給へば、かけられにけり。いとど恨めしう心憂きに、思ひ侘びて、たよう紙さし入れて、障子のかけがねを探り給ふに、離れぬるやうなれば、狭「唯少しあけて、聞えさする事どもは聞かせ給はねにや。いかにもくゝ、御けはひを聞き侍らば、少しも慰みぬべきを、あさましうも侍るかな。いと斯くてはなかかく過も失つこそすべ。狭藻刈舟
なほにごり江
に漕ぎかへりうらみま
ほしき里のあまかないかにもくゝ宣はせよ」とて、御手を引きよせ給へるに、いかに死にせぬ歎きしたまひつる、今宵ぞいかどと覺えぬる。袖ぬらすといふ物語の、承香殿の女御も、あはれなる心ばへを、見つけ給ひたりければにや、「ねにさはる」とも言ひ出で給ひけむ。これは唯、女二のこりなくうきめかづきし里のあまを今くり返しなに恨むらむとぞはつかしに思ひ續けられ給へど、唯一言葉もいらへざらむ前に疾く死なばやと思すに、まことに消え入り給ひぬべき御けはひの、あるか無きかなるなど、唯昔ながらにて、いひ知らず心ぐるしげに、らうたげなる御有様のなのめならず過ぎにし方は、心に深く思ししみたる方のありしかばこそよろづ思ぼし懼るかた多くてやみにしか、今となりては逢ふは限なき御心の中を、かくあながちに近づきより給へる、なかくゝに心惑も世の常ならねど、あながちに心づよう思ぼし返して、とかうも聞え惱し給はぬに、唯御髪のかぎり所せかりしを、いとふさやかに手にさはりたるぞ、なほいみじき心騷ぎなりける。よろづ盛惜しげなる御身の有様を、やつしすてさせ奉りて、我は知らず顔に、今はと思ひ定めたる様をさへ聞かれ奉りたるよなほ同じさまにて世にありと聞え奉るは憂き事かな、とおぼし續くるに、餘所にてこよら思ひ歎きつるは數にもあらざりけり。我この御身の程にて思はむになかくゝいひ知らず憂かるべきわざかな、とわが心にだに思ひ知らるよに、悔しう悲しうて聲も立てつべし。狭八千返
りくひまの水
もかひなきによし見よ
おなじ影や見ゆると唯今宵ばかりこそは、かうまでも聞えさせめ」とて泣き給ふさま、人の御袖さへしぼるばかりになりぬるに、この御氣色もいといみじげにて、御衣のうへまでとほり出で、汗もこちたきに、狭「何事も皆ことわりに思ひ給へ知りたる身の、あやまちとは言ひながら、又斯うむげに思し捨てらるべき契の程には侍らぬを」と言ひいで給ふも、中々つらきふししげき心地し給ふに、唯いひやらむ方なく悔しう悲しければ、心やすきまよには、淚のみこそ蠶も飰するばかりになりゆく。中納言のすけ、いとかよる御氣色を、心苦しう思ひあかすに、院の後夜起の程にもなりぬけり。うち行はせ給ひつゝ、例のこなた様にぞたよずませ給ふなる。宮あるかなきかなる御心にも、いとどいみじげに思し惑ひたるけに今更に便なき事と思へば、立出でぬべきにしも、いとど今は世にあるべき心地もし給はぬに、これやかぎりと思ひ閉め給ふにぞ、なほ世の常ならぬ御心惑ひなりける。
後の世
の逢ふせを待
たむわたり川わかるよ
ほどは限なりともとて、御袖は頓にもゆるし給はず、さくりもよよとは、これを言ふにやと見ゆるに、院もいと近くおはしまさせば、心にもあらず引きすべして、立出で給ふ。魂はやがてあくがれ出でぬるこよちして、よべ入りし妻戸を押し開け給へれば、入方の月隈なくさし入りて、一方にありか定めたる雲のたよずまひ、言ひ知らず心細げなるに、まことに心は空になり果てぬ。狭待て暫
し山の端分
くる月だにうき世に
暫しとどめざらなむ誘はば」などながめ入りて、とみにもえ立退き給はぬ程に、月も入り果てて、霧のまよひたどくしき程にぞ、辛うじて出で給ひぬる。世にあるべき程は、げに心より外にすぐさるよわざにや、引き返さるよ心地はしながら、殿にぞ歸り給ひぬる。年頃は、心づからの物思ひにこそ安からざりつれ、誠しう人恨めしとも、あながちにあはれ悲しとも、おぼし知らむことは、何事にかはあらむ、今宵は、あはれなりつる御髮の、手あたりのみ心にかよリ給へり。唯思ふ方一つの口惜しういみじきのみにもあらず、情なきものに思し出でられでやみぬるを、今ははるけやらむ方なきかはりには、又わが身も誰故かばかりそむき難き身を背きすてむとだに、わが心一つ思ひ慰め、かの御心にはいみじう聞え知らすとも、それを誠とも思ぼさじ、かよりける心を、あはれと今は思ひ返し給ふべきにもあらず、唯やつし難き身をたちまちに剃りすてて、佛はあはれとおぼしめして、かの 一きは憂しつらしと思ひ入り給ひにけむ人の、惡業の離れ給ふべきしるべとは、必ずなりなむかし、と偏にぞ思立ち給ひぬるにも、いひ知らず物のみかなしければ、慰に、かたはらなる琵琶を引きよせて、わざとならず彈きすさびつゝ、「あさんづのはし」と諧ひ給へる聲など、我ながらも、げにおぼろけならず、やつし難うおぼし知らるゝべし。殿も御目さまし給ひて、堀川「大將はこよにこそありけれ。よべは嵯峨の院にいとほしき宮の御事をいとまるべしと聞きしを、などか斯うとも言はざりけるならむ。いとほしき宮の御事を言へば、忍びかくるよこそあやしけれ。世を心にあかず思ひたるを、思へばあぢきなしや」
とて、人やりならずうち歎きつゝ涙落し給ふを、上も、母宮なほいたうな宣ひそ。斯うのみあらば、世にもえあり果つまじと、内々にも言ふなり。この外なる心づかひなどは、よも物せじなど、二所していひ歎かせ給ふ。つとめては、いと疾く、嵯峨の院に人奉り給ふ。狭 なかくなりし心惑ののち、やがて出立ち侍りつる。見えぬ山路も、なほいつしかと語らひ侍りし人に、言ひ置くべき事ども侍りければ、心弱くとまり侍りて、今朝は悔しき事いとど數添ひ侍りにけり。などやうに、細にて、狭 命さへつきせすものを思ふかな別れしほどに絶えも果てなのでとあるを、例の廣げて人間に參らすれど、今更にあまごろものつまばかりも手馴れ給はじ。いとあさましう憂き身の、今まで長らへてける事とおほしめすに、佛もつらう悲しうおほされて、唯、疾く迎へ給へ。かよる目な見せ給うそ、と一つ心におほし入りて、外ざまにも向かせ給はねば、いとかひなし。大將殿も、一方に思ひ立ち給ひぬれば、萬いとかりそめにのみ思されて常はさしも目とまらざりし木草につけても、あはれのみまさり給ふ。まして殿、上などのおぼし惑はむ有様などは、おろかに思しおかるべきにもあらねど、「もとの雫」はいつとておなじ事なれば、五濁惡世を疾く免れて、かの契り給ひし阿私仙人につかへむ事をのみ、人知れずおぼし立ちながらも、霜月にもなりぬれば、齋院のあやえの程いとど見すて難くて、御神樂の夜にもなりぬ。例の上達部殿上人など參り集ひて、御前の庭火おどろ〳〵しうて、晝よりもさやかなり。御几帳のかたびらども、菊の二重織物の色々、うつろひたる枝ざしも、誠に咲ける籬と見えたり。女房の袖口どもは、紅葉重の擣ちたるどもに同じ色の二重織物のうはぎ、りんだうの唐衣の、地は薄きに紋はいと濃く織り浮かされたる、夜目おどろ〳〵しう淸らに見えたり。さま〳〵のものの音ども吹き合せて、笏のおとも、こなたかなた打鳴らしたるなど、外の遊には似ず、そぞろ寒く聞ゆるに、簾筵のすぐれて響き出でたるは、なほいとおもしろし。人長、「其駒」舞ひて、脱ぎかけたる火影、いとまばゆげなるを、つれなう才の男ども召しいづれば、若き殿上人などはいとまばゆげに思ひて、いとうるはしうて歸るもあり、又うちすがひて愛敬づきもてなすなどもありつゝ、樣々をかしうもありける。更け行くままに雪折々ふりつゝ、木枯荒々しう吹きしきたる、庭火もいたうまよひて吹きかけらるゝを、拂ひ侘びつゝ、煙の中よりにがみ出でたる、主殿司のものの顔ども、いとをかしく見やられ給ふにも、例のおぼろけに
消つとも消
ゆる思かは煙のしたに
くゆり侘びつゝなど、思ひ續けられ給ふに、今日明日と思立ちたる心の中には、いとどあるまじき事と思ひ離れ給へど、それにつけてもなほ安からず覺え給ふも、我ながら心憂し。曉になりて、事ども皆はてぬる。さるべき上達部など、うけばりて遊び給ふさまは、さはいへどなまめかしうをかしきに、大將の「明星」謠ひ給へる扇の音なひも、なべてならず面白きを、神も耳とどめ給ふらむと聞ゆるに、うち添ふる聲々ぞ、心おくれたる
樣なりける。明くるまで遊びてまかで給ふに、取りあへたるに従ひつゝ、細長小袿ども押し出でさせ給へる、皆被け渡させ給ひけり。かやうなる夜のまぎれどもさへ過ぎぬれば、忍びて竹生島に參り給はむ事を、人知れずおぼし設くるにも、若宮の日を經てまつはしまさり給へるぞ、いといみじきほどだしに思されけれど、殿も上も、我よりおろかに、思ひ給ふべくもあらざらめれば、さりともとぞ心やすきを、さすがなる忍草ぞ、なか〳〵く尋ねより給ひてしも、宮おぼし隔てたるさまに見奉り給へば、いとど跡絶えなむ後はいかなる樣にてか、など心苦しきを、思し餘りて、母宮にぞ、其處々々にありしなど、委しくはあらねど、かよるよすがの限にはあらざる思召すべき樣を、ほのめかし申し給ひける。上いみじう聞き驚き給ひて、かく隔て過し給ひける事と、恨み宣はすれど、狭「必ずさるやう侍りて、忽にかのわたりにも何かは、と思ひ給へれば、」など聞えさせ給へど、取りもあへず涙をさへ落して、ゆかしういみじとおぼしたれば、狭「今さりぬべからむ序に」などぞ申し給ひける。一品の宮には、この頃例ならず心のどかに居給ひて、思ふさまになり果てば、いかに思出なくあさまし、かりし心の程とおほし出でむと、流石にかたじけなき御身の程を、心苦しう思されながらも、駒のつまづくばかりはあらねば、唯、狭「數ならぬ身ながらも、長らへてだに御覽ぜられまほしきに、命さへ有り難う思ひ給へるこそ」など心細げにおぼしたるを、常のことぐさになりたる風の前の木の葉は、見果つまじき心ざまになれば、かやうに耳ならさするにこそは、と心得させ給へば、耳もとどめさせ給はず。曉に出で給はむとての暮方、齋院に參り給へれば、上もこの御方にて、琴の御琴彈かせ奉りて聞かせ給ふなりけり。御覽じつけて彈きやませ給ふを、狭「久しう承らぬに、なほ」と申し給へど、他事よりも挑ませ給ふ事なれば、聞き給ふには、例も彈かせ給はねば、いとくち惜しうおほさる。母宮「神のこの頃夢にうちはへて見え給へば、いと恐ろしうて、常よりも祈りどもせさせなどするを、かよる程は精進にてものし給へ。何がし僧都の今年までは京にも出づまじかなるを、山に七日ばかり籠り給ひて、心のどかに護身させ給へ」など宣はせて、いとどゆゝしう思したるを見奉り給ふに、今宵ばかりとは知り給はぬぞかし、明日の唯今などは、いかばかりおぼし惑はむ、と思ひ續けられ給ふに、御いらへも聞え給はず、涙こぼれぬべきも、心弱く口惜しき心かなと、つれなくもてなして、狭「いとよき事にこそ侍るなれ。いつを限にかは惜みとどめさせ給はむ。世皆不牢固とすゝめ給へるものを」と宣ふを、母宮「まろが侍らずなりなむ後の事は知らず、見奉らむ程ばかり、かよる事な戲にて宣ひそ、おほろの物語のやうならば限の道にも、え見すて給はじとこそ覺ゆれ」とて、うち涙ぐみ給へるままの、親とも覺え給はず若う美しげにて、いとかう思したるを見奉らずなりなむするぞかしと、今日は常よりも目とまり給ふ。暮れぬれば、對へ渡らせ給ひぬ。御送にさるべき人々も參りて、近うはことに人もなきに、獨居給ひて、つぶ〳〵くと聞えおかまほしき事どももあれど、なか〳〵にいみじうのみ思されて、唯、狭「世やつきぬらむ」とのみ口ずさびて、長押により居給へり。音無の
瀧は、漏り出でそめなば、せきとめむ方あるまじけれど、なほいと胸痛き心地すれば、狭「世を厭ふ心は程經侍りぬれど、誰もかうのみ、戲言をさへ忌々しきものにおほし宣はすれば、心より外ならむ命だに、かけとどめまほしく思ひつゝ、憂きを知らぬ樣にてにいかにと心細う思ひ給へらるゝを、心よりほかに思しめされむとすらむ。御前にこそ、今は限の川瀨も尋ねさせ給ふまじう侍れな。言の葉にとまる命も侍るとかや。つらきは道のしるべにて、終の世の爲には惡しうも侍らざりけり」など、事なしびには言ひなし給へど、常よりも如何に、けに思しなりたるぞと見ゆる御氣色を、院も思はずにおさましき御心ばへ御覽ぜし折こそ、いかで見え聞えじと、疎ましうゆゝしうおぼしめされしか、斯くならせ給ひて後は、思ふまゝの心の中をだに、もらし出で給ふ事はあり難うならせ給へれば、昔隔てなう思ひ聞えさせ給ひし名殘も變るべきならねば、大方については、おろかにも思ひ聞えさせ給はぬに、いとど誠にさやうにも思しならば、殿、上などのおほし惑はむ有様、限あらむ御命どももいかどと、あらましごとにだに、いといみじうゆゝしかるべきに、我も御涙落ちぬべけれど、いかにもいらへ聞えさせ給ふべき樣もなけれど、言はすと
も我心にも
かよらずや程しばらくに
思はましかばわざとならう言ひ消たせ給へる、けに藥師の法行はすとも、四十九日ありても生き返りぬべくぞ思さるゝよ。狭「誰によりてかは、かよる心もつきそめ侍りし。行きかへ
りたどひた道
にまどひつゝ身は中空
になりねとやさば忍ぶもぢ摺は猶かこち參らすべうこそ」とて、ほろ〳〵くとこぼしそめたまへる御涙は、かごとかましういみじきに、御送に參りつる人々歸り參りぬれば、さりげなくもて隱して、ながめいだし給へり。月出でにければ、なげきの蔭も、外よりはこよなく枝ざし繁ければ、心もとなげに、所々よりもりたる影、心苦しげなるに、はら〳〵くと吹き拂ふ木の下風のおとなひなども、例の所には似ず、神さび物心細げにて、心あらむ人々に、見せまほしき御前の庭の氣色を、いとどなべてならずながめ入り給へる氣色、いひ知らずあはれげなり。御前なる琴を引きよせ給ひて、黄鐘調に調べて、「仙遊霞」を彈き給へる、空に澄み昇りて、世に知らずあはれにおもしろし。院何よりも御心とどめさせ給へる事にて、常に聞えさせ給へど、あやにくに御耳ならさせ給はぬを、かく例ならず御心とどめさせ給へるさまなるも、嬉しくめでたしとおぼしめす事限なし。自らの御心にも、又しもやはと思へば、二返ばかり彈き給へるは、誠に昔ありけむやうに、現れ出づるものあらむと、聞く限の人々は涙もとどまらず。母上聞き給ふに、ありし文の折をおぼし出づるに、いとどゆゝしければ、惑ひ渡らせ給へり。流石になどもえ聞えさせ給はず、いとゆゝしう恐ろしうおぼされて、涙を流しつゝ近う居よらせ給ふ氣色いみじげなるに、けに風俄に荒々しう吹きて、村雨おどろ〳〵しう降りたる空の氣色、いかなるぞとものむづかしきに、神殿の内三度ばかりいと高うなりて、いひしらず芳しき匂、世の常の限にはあらず、さとくゆり出でたるに、誠にかしらの髮逆さまになる心地して、もの恐
ろしき事限なし。面白うめでたかりつる物の音皆さめて、聞く限の人々目を見かはして物も言はれずあきれたり。若き女房などは動きだにえせず、死入りたるやうにて、皆うつぶし臥したり。殿上にも、さるべき上達部などあまた侍ひ給ひければ、かよる物の音に聞きあざみ騒がぬ人なし。「さらば誠に天てる神も世におはするわざにこそありけれ。なべてならず有難き人の御ゆかりには、さま〳〵く珍らかなる事を、見る人も多くこそあれけれ」と聞きあざむに、御前にはた、然らぬだにわりなき御物怖に、いとど御心地もたがふまで思しめしたれば、上も渡らせ給ひて、さま〳〵く思しあわてたり。斯くのみはかなき事につけても、際殊におどろ〳〵しう、神佛も驚かせ給ふ氣色しるき御有様を、たび毎に、殿、上は御心を動し給ふ様、斜ならずいとほしげなり。我が御心地にも、かよるままに、この世はかりそめに物心細うのみ、思し離るゝなめりかし。大殿も神殿に參り給ひて、度々ふし拜みて、宮司めして、御はらへなどさせ給うてぞ、對へ渡らせたまひぬる。堀川「すべて〳〵く、今よりはこの御手すさび、あが君〳〵くとどめ給へ。かくのみ心を惑はし給ふは、かへりて不孝の中になり給ふらむ。いといましう恐ろし」とて、ゆゝしういみじと思したる御氣色ども、けにいと理なり。堀川「あやしうこの頃夢のさわがしうも靜かならざりつるは、かよる事のあるべかりければなり。法樂莊嚴のためとさへなり給へるも、いと餘にもあるかな」とて、空を仰ぎ給へる御氣色などを見給ふにも、思ひ立ち給ふ心の中をばいかに、と思すに、涙の落ちぬべく聞え給ふにも、はか〴〵しう御いらへも聞え給はず、心騒のみせられ給ふべし。曉に出立ち給ふべければ、狭「夜更けぬさきにまかり出でて、つとめて參らむ。今朝女院の、風起らせ給ひて例ならずおはしますとさぶらひつるも、訪らひ申さむ」とて立ち給へば、堀川「道の程も遠きに、今宵は何かは參り給ふと思ひつれど、院の然ものし給ふなれば、けに參り給はざらむも便なかりなむ」と、まれ〳〵く急ぎ給へるをめやすく思されて、えとどめ聞え給はず。堀川「ことにも、さらばつとめていと疾く參らむ。え承らで、今日も參らざりけるよし、かつ〳〵く啓し給へ」と宣へば、狭「わざとの心地には侍らぬなめり。何か、内裏にも奏するな、とこそ候ふなりつれ」とて、いで給へば、堀川御前は誰々かさぶらふ。それかれも參れ」など、いとうしろめたう思召したるを見給ふにも、いかでかは悲しからざらむ、涙のみ先立ち給へど、立歸り給ひて、狭「若宮は御殿ごもりぬるか」と聞え給へば、ねぶたげなる御氣色ながら、急ぎ出で給ひて、若宮「宮の姫君をのみ思ひて、常にまろをば抱かぬなめり」と恨み給へる御顔の美しさなども限なし。狭「あなゆゝしや。宮をこそまさりては思ひ聞ゆれ」とて抱き給へるにも、斯くなども言ひ知らせ奉るべきやうもなけれど、いとかひなし。今少し物の心知りたまふまで、え見ずなりぬるよ、斯くとも誰かはいひ聞かせ奉らむとする、顔などもはか〴〵しうえ覺え給はじかし、夢ばかりもおぼし出づとも、世の常のあはればかりをこそはかけ給はめ、と思ふに、いみじう悲しうて、袖も引き放たず泣き給へば、あやしと思しで、例のやうにも戲れ給はず、まめだちていたう靜り給へるを、見すてて得出で給ふまじけれど、
大白牛車をおほし退すまじう思ひとり給ひてしかば、よろづに慰めおき給ひて、立ち出で給ふこそち、おぼろけならず背き果てにける心の程かなと、われながら有難う思し知らるゝに、涙のみぞなほ心弱うこぼれける。なみだのみ
淀まぬ川と
ながれつゝわかるゝ道ぞ
行きもやられぬ何心なう恨み給へる面影は、この世のほかになるとも、身を離るゝ折あるまじう、引き返さるゝ心地し給ひけりとぞ。
「ひかり亡する心地こそせめ照る月の雲がくれゆくほどを知らずばさるは珍しき宿世もありて、思ふことなくもありなむものを、疾くこそたづねめ。昨日の琴の音のあはれなりしかば、かくも告げ知らするなり」と、日の装束うるはしくしていとやむごとなき氣色したる人の言ふと見給ひて、うちおどろき給へる殿の御心地、夢うつゝともおぼし分かれず。如何なるさまの事ぞと思ひつゞけたまふに、昨日の琴の音とあるは、ただ大將の御事ぞと心得給ふまゝに、ものもおぼえずおそはれ給へる御けしきのいみじきを、上もいかなる御事ぞと思し騒ぐに、とみにえぞ聞え給はぬ。とばかりありて、辛うじて、堀川「しか〳〵く夢ともなく見えつる。いかなる事ぞ」とかたり聞え給ふ。上の御心地、まいて世の常ならむやは。母宮「つねの事と言ひながら、昨日の氣色など猶あやしく目とまりしを、などてよべもとどめ聞えずなりけむ。常磐にて、例もせさせ給ふことどもの料とて、法服あまたまうけさせ給ふと、此日ごろ聞きつるも、さらばいかに思ひおきつることのありけるぞ」と、兩所しておぼし惑ふさま、片時だにいみじけなる。殿は切に思ひつよりたまひて、おき出で給へれど、さらばいかなる野山にか行きまじり給ひぬらむ、とおぼしやるに、立ち動くべき心地もしたまはねど、疾くたづねよと、賀茂の明神の敎へ給ひつるを慰にて、装束などしたまひて、まづ堀川の院へぞおはしける。かの御かたの御門より入りたまふに、馬どもに鞍おきて、たどいま人の出づべきにやと見えたり。大將殿もいと夜ぶかくといそぎ給ひて、出で給ふほどなりけり。殿の御車を俄に引き入れたるにおどろき給ひて、さし出で給へるを、うち見つけ給へるに、なか〳〵く今ぞ涙もとりあへずこぼれ給ひて、賀茂御社の御かたをふし拜みたまひて、直衣の袖をおしあて給へる御氣色など、あやしきを、如何なること聞き給ひて、かく夜中にもまどひわたりたまへらむ、と思すに、堀川「いでや、いと心憂かりける御心かな。數多あらむにてだに、すこしも取分けたらむ志のほどを見むには、いとかよる心のほどはつかはじを、まいてかばかり、思ひ紛らはすべき類だになく、一日かた時も、聞えぬ程は戀しくかなしきものに思ひ聞えたるを見つゝ、いかなる方に思し立て、世をそむき棄てむとはいで立ち給ひけるぞ。いとよし、己をこそ思し棄てめ、妻にて、又なくおぼしまぎるゝ方なくならひ給へる御心に、見給はずなり給ひなば、片時ながらへ給ふべしとや見給ふ。限あらむ命のほどをだに、かの見給はむ程は、かけとどめむとは思すまじうやはあるべき。佛も孝養をこそ重き事には宣ふめれ。かく不孝の御心にては、おぼし棄てつらむ道の妨にもこそなり給へ。なにごとも、皆さるべき昔の契にこそあらめ。かくなむ思ふと心うつくしう宣はば、あながちに制し聞ゆべきにもあらず。ただ我が身は、殘なき齢になりたるに、ふり捨てられ聞えたらむも、心ひとつの悲さはさるものにて、人の見聞かむ事も恥かしく、佛のおぼさむ事も、罪さりどころ無く、かなしかるべきを、ただ諸共にいかにもし給へ。佛のすゝめ給へるにもあらむ、如何なる方様に今一所の御ありさまこそ、後の世にも、
いとかよる御心の亂ながらは、おなじところに逢ひ見奉らむ事、かたかるべかめり」と、いみじき事どもを、泣く〳〵く言ひつゞけ給ふを、つく〳〵くと聞きたまふに、人知れぬ心の中を、如何にして見あらばし給ひけるぞ、と思すにも、けにこよらの年頃、この世もかの世も、露ばかりおもひ殘すことなく思し棄てつれど、ただ今いとかよる御心惑を見奉り給ふには、いとかばかりまで思ひあくがれにけむ心のほどぞ、我ながらつらくいたふかひなく、思し知られける。けにまいて上の御心の中思しやるは、今すこし心ぐるしくて、人やりならず袖もぬらし給ふもののかから、かくまで聞き給うてければ、まづ今しばしは不用なめりと思ひ給ふに、なほ思ふ事かなふまじき身にやと、中々、忽に思し立たざりつる過ぎぬるかたよりも、いみじく口惜しともかなしとも世のつねならねど、ただ心得ぬさまにもてなし給ひて、狭「女院の御心地、ことにもおはしまさず承りしかば、常磐と申す所に、懇にかたらひ侍るべき尼の、煩ふよし承りし、とぶらひ侍らむとて、今朝まかり出づるを、若いかなる方ざまに聞召したるにか。何事によりてか、忽にさまでも思ひ給へならむ」と、つれなう聞え給ふも、いとつらく心憂くて、袖をえ引きはなち給はぬを、且は、いでや、むけに後の世もかへりみず、つれなき心のほどと見給ふらむかし。浄藏浄眼の往反遊行し給ひけむを見給ひてよりこそ、妙莊嚴王も、心きよき三昧どもををつとめ給ひて、花徳菩薩ともなり給ひけれ、まことに、かよる序に我や先なりなまし、かばかりに思立ち給ひにければ、つひにはえ妨げ聞えじ、などは思しなりぬれど、例ならぬ狩装束にやつれ給ひて、いかにぞや思ひみだれ給へる御様の、ほのかなる空の光にゆゝしく見え給ふを、あさましき四方のあらしにたぐへ、こけの衣にやつし聞えてば、更に皆成佛道にも心ぎよからずやと、うちまもり給ふも、なほ昔の契知られけり。夜も明けぬるまで、うちもやすみ給はず、なほ思しむせびたる御氣色の、いと心苦しく、罪うらむかしと誠におぼえ給へば、思ひかけぬ様をのみ、かへす〳〵く聞え給ひ慰め給うて、れいの御方にわたし聞えなど、さりげなくもてしたまへど、御心のうちはいとど亂れまさりて、胸もつとふたがり給へり。あかうなりぬれば、殿は、上への御もとに、出で立ち給ひにける様など、こまかに書きて奉り給ひけるを御覽ずるには、いかでかは神の御心おろかには思ひ聞えさせ給はむ。院の御前ばかりには、此御夢をかたり申させ給ひけり。堀川「神殿に入らせ給ひて、いよ〳〵くかよる心思ひなほるべきさまに申させたまへ」など聞えさせ給ふ。さらば、かく思してや、琴の音も例ならず心とどめ給ひけむ、さもなり給ひなましかば、如何にあさましからまし、と思召す。殿には、思ひかけざりつる御夜中ありきよりはじめ、例ならぬ御氣色などを、心得ず如何なるにかと人々は思ふに、上などもわたらせ給ひて、やがて其日より、賀茂の御社にてはじめさせ給ふ御祈ども、いとこちたし。まゐらせ給ふべき日など、定めさせ給ふさまなど、何事のいかなるけることぞと、世の人も聞き驚きけり。大方の御祈ども、いつとめても、この御料とおぼしいたらぬ事なき中にも、取りわきおぼし賴ませ給へる御いのりの師どもに、くはしく宣はせつゝ、一心にいのり申すべきよし、泣く〳〵く宣へば、
みな驚きうよ、心をいたし祈り給ひながらも、又、かつはさるべきにてこそはかばかりめでたき御身ながら、いとさしも思さるらめ、佛はいかど御覽ずらむ、と哀にぞ思しける。その後は、いとど片時のほども、うしろめたく危きものに思ひ聞え給ひて、ありきなどもせさせ奉り給はず、ただ、堀川「今しばし待ち給へ。あなかしこ、おくらかし給ふな」と宣ふまゝに、涙をながし給へば、いと心苦しく、又世の人の聞きつたふらむ事の、かへりては心あさう、物狂ほしかりぬべければ、思ひかけざりし様をのみかへすがへす上にも聞え給ひて、いかでか物思のさまを見え奉らじと、萬にもてなし給へば、ゆに中々、過ぎにし方よりも、上ばかりははれ〳〵くしくなり給へれど、心のうちの口惜しさは、なほ得思しなほされず、いみじく思しなげかるゝ慰には、入道の宮にぞ、狭「後の世にさへ棄てられ奉るべき宿世にや、あさましう本意無きこよろの中」など、すこし漏し給うて、いそげども
行きもやられ
ぬうき島をいかでかあま
のこぎ離れけむいひしにかはる心の程を、いとどいかにと恥かしきまで、など書きつくし給へるを、例のほのうち見給うて、をゝしいかばかり
思ひこがれし
あまならでこのうき島を
誰かはなれむなど思しつゞけらるれど、はかなかりし筆のすさびも、見しやうに聞え給ひしのちは、うしろめたうて、御心のうちよりも漏し給はざりけり。一品宮に參り給はぬことをば、誰もいみじく聞え給ひしかど、この後は、さやうの事を、くるしく思しけるにやと、かけてもえきこえ出で給はず。晝のほどをだに、出で給ふをばいとうしろめたげに思ひきこえさせ給へれど、さのみ籠りゐ給ひたらむも、音聞き見ぐるしかるべければ、一品宮ばかりには參り給ひて、まぎらはしきありきも給はざりけり。されど世の中かくれなくて、おのづから聞く人々もありて、まことしく剃りやつし給へらむやうに、惜みかなしがり聞ゆれば、宮も聞かせ給ひて、いとど心憂く思召すことかぎりなし。思ふ筋ことなりける人を、おとぎなどの強ちに言ひつゝ、斯ばかりもあらずすれば思ひわびて、さまでも思ひなるにこそはあらぬと、いとど恥かしく見えにくゝおほさるれば、わたらせ給ふこともいと稀なるを、とやかくやと、なつかしく聞えあきらむべき方もなけれど、ただ心得ず見知らぬやうにて過し給ふに、あまりうちしきる獨寝は、いとど目もあはず思ひつゞけられ給ふことおほかる中にも、阿私仙の待遠に思ひおこすらむぞ、なほいと本意なき心地し給ひて、枕も浮きぬべき。このごろは
苔のさむしろ
片敷きて岩ねのまく
ら臥しよからましなど、やすげなく思しやらるゝ。晝はつれなしづくり給ふにこよなく紛るゝを、夜々ぞ、かくてのみは、ながらへむ事ありがたく思さるゝ。殿の御賀茂詣ちかくなりぬれば、舞人にさよれたる殿上のわか君達など、心ことに思ひいそぎたり。大將殿には、ありし御夢の事など、上ぞ委しくかたり聞え給ひける。けにさしも確に御覽じけむよ。しづめがたき心の中をおぼし咎めず、しひてうき世に在らせまほしくおぼすらむ神も、御心のありがたきものから、かた〳〵くにつらきかたにぞすゝ
み給ひけるる。まゐらせ給ふ日の事どもなど、推しはかるべし。いつ如何なりし御願ども來させ給ふにかと、御社の神人どもおどろくに、神もいとど御心ことにまもりはぐくまむと返す〳〵く申しあぐる聲引きの、いと賴もしげなれど、自らの御心の中には、かみもなほもとの心をかへりみよこの世とのみは思はざらなむ日ぐらし面白うめでたき事どもは、まねびつくすべうもあらず。かやうにいのり聞え給ふさま、過ぎぬる方よりもこちたし。宮に參りそめ給ひては、このおはし所も、わざとも無き様にもてなし聞え給ひて、稀々たちとまり給ふ夜な〳〵くをも、いさめ聞えさせたまへれど、今はいにしへの様にみがきたてて、明暮たど女の御身をおぼしかしづかむやうにて、父母「如何なるわざをして、この御心をおぼし直させむ。少しも心留め給へらむ、いとかばかり思ひ給へらむ人々もがな、限あれば、男はさてこそあくがるゝ心もとまるらめ。いとかばかり思ひまどへど、親をばほだしとも思はざりけり」と、いひ合せ給ひて、二所してたづね歎かせ給ふ様ども、いとあはれに苦しげなり。かよる事を、嵯峨の院にも聞かせ給ひて、いみじく恨みなげかせ給ふよし聞きたまひて、さればよ、いと聞きにくき事さへ出で來ぬる事、むづかしく思さるゝものから、なげかせ給ふなる様も辱くあはれなれば、殿に御いとま聞え給ひて、若宮具し奉り給ひて參り給へり。御覽ずるたびに、珍しき様にのみねびまさりたまふを、かよればいとあやふきぞかしとまもらせ給ふに、先御涙こぼれさせ給ひぬ。嵯峨「いはけなくものせられしより、大臣にも劣らず思ひそめてしを、今となりては、いと様々のほだしをさへ讓りてしがば、所せき齢の程をも、いかにして、やがてとこそ思ふを、いと本意無く、いとひ捨てらるゝ様に聞くも、いとたふとき事にはあれど、恨めしき方に」など宣はするも、けにいと辱けな給へかけさぶらはぬ事を、かく持騒がれて、山がへるなどいふ名もとまりさぶらはばはしたなき様にや思ひなり侍らむ」とすこしうち笑ひ給へる、愛敬はこぼれ給へり。狭「若宮の御ありさまを見奉り捨てて、限の道にもいかでか」など申し給ふ。おほやけ私の御物語、例のこまやかにて、日も暮れぬれば、出で給ふさまに、入道の宮の御方にまゐりたまへり。宮は御念誦堂におはしましければ、やがてそなたの御簾のまへに、近くさぶらひ給ふに、中納言のすけもさぶらふ程にて、宮「御ありきもいとどありがたげに、承るを、思ひかけぬ程には、いかでか一と聞ゆれば、狭「などてか常よりもかたく侍らむ。板田の橋よ、いかにとかや」とて、御簾をひきかづき給へば人々も皆すべり入りぬるに、御几帳も押しやりて見給へば、御經筥も開きたり法華經なるべし、卷々あまた軸のもとまで卷きよせられて、御數珠は脇息にうち懸けられて、しきみの香の香はなやかなるに、さま〳〵くのうつり香どもにはやされて、哀になつかしきに、ありし夜の手さぐりまづ思ひ出でられて、ただ今さしむかひ奉らまほしきに、例の涙こぼれぬべき氣色にて、つく〳〵くと見わたし給へるままなど、盡きせずものあはれと思したり。狭「年頃は萬に思ひたちながら、思ふこと一つにせかれつゝ過しよな、ありし夜ののちは、いと
どすゝむる心地して、ひとへに思ひなりしかど、憂きはかぎりも誠にあるまじきにや、今日までも同じ様にて、聞かれ奉るこそ恥かしけれ」とて、泣き給へば、「いでや、いと心憂き御心にこそ侍りけれ。若宮を思ひ聞えさせたまはば、さりとも、いと然までの事は、えおぼし寄らじとこそおもひ給へしか。行末はおのづから、かよる方様につけてもえさりがたくのみ聞えさせ給へるさまにて、侍りぬべかゝめるものを、いとど思はずに心憂しとこそは、人知れぬ御心にも思ひ聞えさせ給はめ」と、きこゆれば、狭「いでや、かひなき方様をばさるものにて、たださばかりだに思したると思はましかば、などてかは、忽にかうまでも思ひよらまし。いと聞きにくゝiひ定めらるゝも、いかに本意なく聞かせ給はむと思ふのみこそ、よろづにすぐれて口惜しく侍るべけれ。かよる方様にさへ、御心にたがふ宿世よ」など盡きせぬ御涙なり。薄香なる御あふぎのあるを、切におよびてとりよせ給へれば、なつかしき移香ばかりは昔にもかはらぬ心地するに、華やかならぬ下繪などの様變りたるは、なほいと哀に飽かず悲しく思されけり。
手になれ
し扇はそれと
見えながら涙にくもる
色ぞことなると片假名に書きつけて、もとの様におき給ひつ。まこと院の女御は、五節のほどに、堀川の院に出で給ひにきかし。齋院のおはしましよ方にぞおはしける。大殿のもてなししかしづき聞え給ふさまを、嵯峨の院にも、いかでかおろかには思ひ聞えさせ給はむ。まいて思ふさまにだにしいで給へらばと、何處にも何處へも、御祈どもとり〳〵くに、御心をつくさせ給へるさまなど、行末は知らず、ただ今はめやすく、取りはじめさせ給へる御宿世と見奉るにつけても、入道の宮を斯くしなし奉りけむ事と、大將殿はなほ心苦しうも、つらき方にも、こよろにはなれず思ひ聞え給ふまゝに、宇治の川長にさへぞなし奉り給へる。齋院は、女御の御母宮の、今はのきはまで、あはれなりし御消息なども、忘れがたう思ひ聞えさせ給へば若宮をかぎりなく思ひ聞えさせ給へるを、をさなき御心にも、取分けまつはし給へれど、限あれば、今は御あたり近くもえまゐりより給はぬ、口惜しうおぼしたり。この女御も、かく疎〳〵しからぬ御中らひに成り増り給ふを、うれしとおぼして、文なども時々はかよはせ給ひけり。御手などのなべてならぬにつけても、いかならむ世に隔なく見奉らむと昔の友には、餘所ながらも思ひきこえかはさせ給へり彌生の朔日頃、齋院の御前の櫻いみじきさかりなるを、つれ〳〵なる晝つ方、御髮あげの間にゐざり出でさせ給ひて、見いださせ給へるに、空の色あさみどりにて、うら〳〵くのどかなる野邊の霞は、御垣のうちまでつゞくめれど、なほこぼれたるにほひ所せげなるに、この對の御まへなる櫻のにほひえならぬかたはらに、榊の青やかにもてはやしたるなど、外の木だちには似ず様かはりて、をかしく御覽ぜらるゝにつけても、明暮御覽じなれし故郷の八重櫻いかならむと思召しやりて、一重をだに今は見るまじきぞかしと、花の上にはなほ日惜しき御心の中なり。ひとへづつ
にほひおこせよ
八重櫻こち吹く風
のたより過ぐさずなど、思召すも待遠なれば、女御殿に聞えさせ給ふ時知ら
ぬさか木のえ
だにをりかへてよそにも花
を思ひやるかな榊の枝につけさせ給へり。おぼしやるも著く殿の櫻は、峯つゞきもかうやと見えて、散るもさかりなるも様々めでたきを、女御は惱ましき御心地のまぎらはしにも、ながめいださせ給ひける程に、このかはらぬ色めづらしう思されて、過ぎにし方いとど戀しく思し出でさせ給ひけり。さか木葉
になほをりか
へよさくら花又そのか
みの我身と思はむなべてならぬ枝に、さしかへてぞ奉らさせ給ひける。大殿、内裏より出で給ふまゝに、まづ此方に參り給ひて、ちかき御几帳のもとにて、上の御せうそこなど聞えさせ給ふに、ありつるさか木の御前なるを見給ひて、堀川「そのかみの心地し侍る枝ざしは、思しめし出づる事も侍りけるにや」と、きこえさせ給へば、女御「齋院より賜はせたりつる」と宣へば、堀川「さて如何様にか」と、ゆかしがり聞え給へば、ありつる文をさし出させ給へるを、とりて見給ふまゝに、堀川「あなをかしげの御手や」とうち笑みつゝ、うち返し〳〵
見給へるけしき、おぼろけならむは恥かしげなるを、めでたしとおほしたる様ぞ斜ならぬ。堀川「けに思ひかけざりし御住居どもなりかし。あまたの中に、高き八重のをば、をさなくより我がことと取りわかせ給ひて、しづ心なげにおぼし扱ふめりしを、いかにゆかしくおぼし出づらむ。何ごとも、世の中ばかり思はずなるものは侍らざりけり。まいてこれより年つもりぬる人、如何なることを見侍らぬらむ。何ごとも見る人なくて、過ぎ給ひなむは、かへりて口惜しき様にものし給ひしかば、思ひたつ事侍りしかど、かく引きかへ、しめの外になり給ひにしも、これこそはあるべき事と思ひ給へながら、なほしばしは本意無き心地し侍りきかし。されど昨日今日思ひ給ふるには、いとめやすき御宿世とぞ思ひ給へる。女は高きもいやしきも、ただ一筋によりてこそ、心よりほかに人にもどかれ言はれ、さるまじき心の程をも、見え知られ侍るかし。我がこよろと、あはあはしく身をほだす心なけれど、おのづからそれに隨ひて、あらず侍る人なくなりぬれば、身を心にまかせぬやうにて、はて〳〵は思ひ歎きあつかふめるに、命のかぎりは、とかく亂るゝ心地なくて、心のどかにてすぐし給ふべかめれば、世に侍らずなりなむ後も、あながちにうしろめたき事も侍らざりけり。ただ佛の御かたざまを背き給へるのみぞ、後の世のため口惜しき事に侍り。それも女の御身は、齋宮齋院にさだまり給はずとも三千大千世界を照す玉の行くへ知らずば、佛になり給はむことかたくこそ侍らめ。さるは三十二相も、いとよく具り給ひて、ほとけの御意も用くはへたまひつべき様ぞ見え給へる」など宣ふほどに、大將殿參り給へれば、このふみ見せ奉り給ひて堀川「ただいま、この御手ばかり書く人は誰かある。式部卿宮の上こそ名高くものせらるれど、文字やうのこまやかにをかしげなる様などは、なほすぐれてこそ見ゆるは、思ひなしにや、いかど」とさゝめき給ふに、まいて、何ごともたぐひなき物に、思ひしめ聞え給へる御目には、珍しく様ことにのみおぼえ給へば、うちも置かれずまもりたまへり。狭「今も昔も、かばかりなるは難くやさぶらふらむ」とばかり申させ給へど、わがものと見ずなりぬる口惜しさは先胸さわげば、まゐらせ給ひつ。女御は、わが御身の行末心ぼそく思さるゝまゝに、殿の宣ふ事どものみ、耳に留り給ひて、この御有様をうらやましくぞ思されける。狭「此花奉らせ給ひつらむや。いかやうにか」と、ゆかしげに聞えさせ給へど、かはらぬ色のあはれのみ心にかゝりて、女御「花の色はいかど聞えさせ侍らむ」と、しどけなげに言ひまぎらはし給へる御けはひのをかしさを、昔の御名殘かはらぬ御心にいておはします。御几帳より、琴のつまばかりさし出でて、櫻もえぎの三重の御衣どもに、くれなゐの擣ちたるかば、櫻のふたへおりものの小袿など、かさなりたる御袖ばかりぞ見ゆる。狭「女御殿の御前に、ゆかしげに聞えさせ給へりつれば」とて、まゐらせ給ふを、見苦しかりけることを見給ひけるにやと、中々知らぬ人よりも恥かしくおぼしめすに、御顔いとあかくなりて、御扇をさしやりて花を入れさせ給ふとて、すこし傾かせ給へるに、はら〳〵くとこぼれかゝれる御額髮のかゝり、御つらつきなど、久しく見奉ら
ざりつるけにや、様殊なる御にほひにこそならさせ給ひにけれと、頓に花もうちおかれず、つく〳〵くとまもられて、涙のこぼれぬべきを、人々のおやしくや見むと思ふに、しひて侘しければ、ありつる女御殿の御かへりの、硯のうへにうち置れたるを、とりて見給へど、いとどかくけぢかき程の心の中は、なほさらにまぎれがたし。文字様など、わざと上手めかしくはなけれど、すみつき筆のながれも、あやしくなべてならずなまめかしき、文字様などは、すぐれ給へるものを、先ぞおもひ出でられ給ふ。何ごとも此の御有様は、こよなうおとり給へりしだに、かやうに斜ならぬさまに、もてなさせ給ひけるものを、とおぼすに、わがあやまちの心ぐるしさも、おろかならずおぼし知るべし。狭「齋宮の御手など、いづれかすぐれて侍らね」と申し給へば、齋院「いづれもをかしげにこそ見ゆめれ」とぞ宣はするにも、あぢきなく、狭「あはれ」とひとりごちて、とりわきて、なべてならぬ様にかしづき聞えさせ給へりしものを、それしも、この世をかひなき様になり給へるこそあはれなれ。後の世はしも、すぐれ給ひぬべかめり。心は先だちながらも、先の世のつとめからにや、すがやかに人の思ひたたざるすぢを、何ばかり深くしもおぼし取るらむ事ものし給はざりけむものを、限りなくおこなひつとめ給へるさまこそ、羨ましげに侍るめれ。山がへるとかや、いと聞きにくき名をさへとどめ侍りぬるよ。さても如何なりし夢ぞとだにこそ承らね。人こそもののあはれ知る事はかたく哀と御覽じ知らぬやうの侍らむ。つひにはおもふことなかるべき身ぞと、御覽じけるおとかや。帝にや、院などこそ皆おぼし合せたゝめれ。おのづから見聞く人あらば、如何ばかりをこがましく、ためしにもならせ給はむとあはれにぞ。さても心の中は思ふ事なくしも侍らじもののを、實に神の御心寄殊ならば、ことざまにてぞその御夢かなふには侍るべき」とて狭「はかなしや夢のわたりのうきはしをたのむ心の絶えもはてぬよ浮木にあはむことよりも、難き事どもかな」と、忍びて聞えたまへど、惱ましきさまにてもなさせ給ひて、寄り臥させ給ひぬれば、はしたなくて出で給へるに、東のすみの間に、花見るとて、人々あまた居たる所に寄り居給ひて、狭「君だちさへ、あまりに愼み給ひて、今は目も見入れ給はねば、いみじうつれ〳〵にこそなりにたれ」と宣へば新少將とておとなしき人、「ものにもがなやとこそ、皆思ひたるけしきどもに侍れば、まして何かは見入れまゐらする人も侍らむ」ときこゆれば、狭「心憂の事や。もの怖ろしからで過しゝ末の中頃、くやしうこそ思ひ出でらるれ」など、いづれとなく言ひたはぶれ給うてみかきもる
野邊のかす
みぢひまなくて折らで過
ぎ行くはな櫻かなわざと無くいひすさび給へば、少將花ざくら
野邊の霞
のひまなくに折らでは人
の過ぐるものかは
さまでは、なでふいさめ侍らむ」と聞ゆれば、うち笑ひ給ひて、狭「ひとりしも思しとがむるこそいとほしけれ、さらばいかどすべき。かの東の對に、むかしもさる事ありけるは」と宣へば、少將「逢ふにしかへば、ましてかばかりの身は、何か惜しう侍らむ。この世の面目にこそは」など、わらよかに戯れきこゆるを、若き人々は、あへなく汗あえてぞ聞きける。さきの聲あまたきこゆれば、誰ならむとおぼすに、かの物語あしかりし大納言は、この院の別當ぞかし、そのおとゝの新中納言の中將といひしも、今は宰相中將とぞいふかし、それより下の若君達など、鞠もたせて參りたるなりけり。狭「花のために情おくれたる事なれど、何となくこゝろゆきて、見所あることなり」など宣ひて、狭「いづら〳〵く」と宣へば、色々の姿ども脱ぎこぼして、足許したゝめつゝ、あまたうち連れて歩み出でたり。御簾の中よりわざとなく所々漏り出でたる袖口ども、例の事なれど、内裏わたりのこのもしく思したる御かた〳〵くよりも、なほこよなう心にくゝ、ゆゑふかく見えわたされば、心ことなる用意どもにて、花のしたにさまよふ姿ども、いづれとなくをかしき中に、宰相中將を、大將殿のしひてすゝめさせ給へば、宰「わか〳〵しきわざかな」とはすまへど、けに人よりは、をかしくなまめかしき様かたちにて、數もこよなう多くあぐるを、大將殿なども興じ給ひて、狭「やゝもすれば、おりたちぬべき心地こそすれ。若くてあらざりけむ」と宣へば、みすの内なる人々、「まめ人の大將などて今しばしは、花の散るも惜からじかし」など、口々いとたて奉らまほしげなるけはひどもなり。狭「そのいたう屈したる名ざしこそ、よそへつべかめれ。こよなく見くらべ給はむがねたければ」とて、うち笑み給へるあいぎやうは、花のにほひよりもこよなう勝りたまへり。花のいたう散りかゝるを見給ひて、狭「かうりたまかへりて、あとなるはふかし」と、忍びやかに口ずさび給ひて、勾欄におしかゝり給へるまみけしき、御聲などは、かの「櫻はよぎて」とて、花のしたにやすらひ給へりし御様を、その折はをかしと見しかど、この御ありさま、類なげにぞ、何事の折にも見ゆる。日暮れぬれば、皆のぼりぬるに、いつしかと夕月夜さし出でて、梢どもいと面白う見えわたされたり。さま〳〵の御琴ども、みすの中より出させ給へば、とりどりにゆづり給ひつゝ大將は手も觸れ給はぬを、大納言、「あるまじき事なり」とて、琴をせめて奉り給へば、狭「御前にては更にめづらしげなく、中々に侍り」と宣ひて、たど扇うちならして、しばし遊びて、人々まかで給ふに、織物のほそなが、小袿などやうの物ども、賜はせけり。大將も出で給ふに、日ごろかたらひ給ふことある人の參りあひて、「今宵なむさりぬべき」と聞ゆれば、さらば如何はせむ、いとかく物むづかしき心も、もし慰めやすると、そなた様へやらせ給ふ。うす霞にくもりたる月影、さやかにはあらぬしも、いとどもの心細げなる空の氣色を、道すがらながめ給ひても、思ひたちし本意は、やがてたがひて止
みぬべきにや、かのあきらかなるし佛は、さりともと賴もしかりしを、なぞやかくよしなしありきも、數つもれば、いと有るまじき事ぞかし、とおぼし出づれば、物すさまじうなりて、引きかへす心地し給へば、しばしおし留めさせ給へるに、築土所々くづれて、花のこずゑども、おもしろう見入らるゝ所あり。道季召して、狭「如何なる人のすみかぞ」と問ひたまへば、道季「故式部卿宮にさぶらふ。宰相中將も、こゝになむおはする」と申せば、いま少し御心とまりて、ちかく遣りよせて見給へば、門はさしてけり。風にしたがひて、柳の絲おきふし亂るゝに、花のこずゑも、見るまゝに殘すくなげになるは、いと見すてがたきに、琵琶筝の琴などひき合せてぞあそぶなる。有様もゆかしきわたりなれば、下り給ひて、くづれよりやをら入りて琴の聲する方にたづね寄り給へり。寝殿南おもてのはしがくしの間、一間ばかりをあけて、人はあるなるべし。ちかき透垣のつらに寄りて聞き給へば、琵琶はただこの御簾のもとにて彈くなりけり。筝の琴はおくの方にぞ聞ゆる。これや姫君ならむと、耳とどめ給へるに、入道の宮の御琴をたぐひなきものに思ひ聞ゆるを、これは今少しあいぎやうづき面白きかたはすぐれてや、とまで聞ゆるに、いとど御心とまりぬれど、心とけても彈き給はで止みぬるは中々なるに、萬いとゆかしうなりぬれど、少し物のけしき見ゆべきやうもなけれど、歸りいで給ふに西面のかたに、いとをさなき聲にて「有漏無漏法」と誦する聲の、いとうつくしう聞ゆれば、宰相の弟の法師になるべきありと聞きしなるべしと思す格子のひまより火の影見ゆる所を、なほもあらず、やをら立寄りてのぞき給へば、几帳どもあまた見ゆれど押遣られなどして、おくまで見とほされたり。帳の前に、脇息におしかゝりて經よむ人、三十には足らぬほどにやと見えて、いみじう氣高うあいぎやうづき、見まほしきさまなど、こゝら見つる人になずらふべくもなし。白き衣どもに、うす色などのいと鮮かにはあらぬを著て、顔などもつくろひたるは見えぬに、髮のかゝり色あひなど、まことしくをかしげなるを、これやさは姫君ならむと思すべけれど、さすがに聞く年のほどとはいふべくもあらず、もてなしなども、おとなしく安らかにて、この誦ずる兒の七つ八つばかりなるを、經讀みさしつゝ、いとうつくしと思ひて、うち笑み給へるけしきなどの、中將の母にやと見ゆるに、あまり若くをかしげなるを、いと怪しと見給ふ。わが御母上をこそ、類なくめでたき御ありさまと見奉り給へるに、さはかゝる人も、ある世にこそとおぼすにも、これに似給ひて、いま少しきびはに若からむ姫君の御有様は、わがおもふことの叶ふべきにや、と嬉しきをばさるものにて、此の見る人をも見さして、出づべき心地のし給はぬを、あり〳〵ていと頑しきわざかな、我が年の程より、もおとなしき宰相中將のありさまを、たど思ひあはせ給ふにぞ、いと似げなうあるまじき事かなと、獨笑せられ給ひけり。折り見ればや
朽木の櫻
ゆきかずらにあかぬにほひは
さかりなりやとひとりごちて出で給ふも、我ながら物狂ほしくぞ思し知らるゝ。こゝろざし給へる所は、致仕の大納言ときこゆる人、唯ひとりかしづき給へる御むすめ、限りなくをかしげにて、齋院になむ少し似奉り給へると、上の御方に古人にてさぶらふ右
近君といふ人語り聞えて彼處にも、さるたよりありて親しく通へば、ほのかに見せよと、語らひ給ふを、親たちに知られては、流石にありがたきに、今宵はさりぬべくやあらりつらむ。案内聞えさせたるなりけり。中宿に心とまり給ひて、いとどものうく思さるれど、唯こゝ許と申せば、なほ誠にやと見あらはさまほしき方あれば、え過ぎやり給はす。つたへの人のもとに、消息いひ入れ給へるに、「たど疾くいらせ給へ」と聞えたれば入り給ひぬ。人目なき方より、帳のうしろに導き入れて、火などおほつかなき程にはあらざすしなしたるに、ゆにをかしげなりなども言ひつべかりけれど、かけても思ひよそへ奉るべき方は、あるべくもなかりければ、いとすさまじうて出で給ひにけり。夜もすがら思はすにありがたかりつる佛は、わすれ給はずかく世づかぬ心の中をもゆに知らせぬが口惜しければ、なぐさめがてら、れいの姫君の御かたに聞え給ふやうなれど、ことざまの心も添ひたるべし。ちりまがふ
花に心をそ
へしよりひとかたならずも
の思ふかななどぞありける。をりしも宰相中將まゐり給へるを、さま〳〵く思し離れがたきゆかり懐しくて、常よりも細やかに語らひ給ふついでにも、琴の音聞きしさまはまほしけれども、思ひもかけぬ程のありきしけりと聞かれじ、いまより後も、さるべき隙あらば見定めて、まことしく思ひさだめむ、など思せば、言ひもいで給はず。中將のかたちいと清げなれど、火影には、流石に似ざりけりなど思し出でられて、うちまもり給ふも、いかでかは知らむ。狭「さても聞ゆる事は、聞き給はでやみぬべきか。むすび留めむとかや、ありし一言に、今までながらふるを、などかおなじくば助けはて給はぬ。先ことの宣旨がき、なか〳〵く心やましう腹立たしとよ。人の許さぬあたりに、身の程しらぬ文などの落ちちるは、をこがましき事と思ひにしかど、身の上になり侍れば、さりともえ思ひやゝむまじきわざなりけり」とて、いとつゝましと思したる氣色まことしう思しなければ、りけるにやと見るは、人知れず嬉しけれど、宰相「心一つにはえ任せ侍らねば、母に侍る人に、つねにかやうになどものし侍れど、あさましく古めかしき有様を、何ごとにつけてかは。思し數まふばかりはあらむ。さるもののからおのれ等をも思しうとみ、かはらむ御心も、かよる習に悔しくこそはあらめ、我が心にもつらき方に思ひなし聞えさせてむは、本意なくや」など、つゝましげにのみものし侍るめるを、さしもあらじなど、強ちにすゝめ侍らむ事もいさや御心の煩はしければこそ。宣旨がきは、仰せられぬさきに老人も行に暇なしとて、唯やがて聞えさせよとのみ、讓られ侍るぞや。今よりは更に更に」など聞えて、まめやかに、宰相「女子こそ人の持ち侍るまじかりけれ。親の心をみだり侍ることも、男子はさしも侍るまじかりけり。故宮のかくれ給ひし折、やがて容をかへて、都の外のすみかにと思ひたち侍りしかど、をさなく侍りし折柄、かよる容の人を、世に知らずおぢて、斯くなむと聞えて後は、立ちも離れず泣きくらして侍りしかば、する〳〵ともえ背きやらず。又いづくも同じ寂しさといひながらも、山のあなたの家居にも心苦しき様を引きこめむもいかどなど、思ひたゆたひ侍るを、今は又春宮に、故宮の
啓しおき給ひけることもあり。なほさやうなる谷の下水にはなさでをとのみ、中宮よりせめ宣はすれど、後見なき人のまじらひは、思ひたち難かるべきよしを、聞えさせながらも、ゆにさのみいひても遂にはいかどは、などやうに、たど此の有様を明暮のなげきにて、すが〳〵と此の世も背きやり侍らぬにこそ。いかにもいかにも見さだめてばやがてこもり居なむと、思ひおきたる所も侍るめり。さりとても、まして形のやうなるありさまに見おきてむ、心やすく、ふつと見はなつばかりの事は、いとあり難かるべければ、猶ながき世のほだしとはなるべきに侍るぞかし。男こそやすく侍れ。つかさ位などいふことも、めやすき様ならねども、唯おほやけの思し捨てぬ事ばかりをかしこきにて、おのづから過し侍りぬべかりけり。世の中に棄てられなば、出家をしても、此の世にこそ思ひいでなからめ、佛にならむ事思へばやすく侍るかし。女の、思ひかしづく人なくさるまじき有様をして、身を思ひむすぼほれむは、見侍らむも、いかばかりか易からざるべき」とて、果は涙ぐみぬるけしき、心ことに思ひおきてたる妹の君と見えてあはれなり。狭「春宮になど思しおきてむを、かけてだに、かく聞えさせむは、いと便なき事にこそ侍るなれ。さはありとも、その思したゝむ都の外にも、左様の御まじらひを見はなち聞えては、あり難くこそ侍らめ。かく眞心なる後見まうけ給ひては、後の世のつとめども、紛なくこそはものし給はめ。かの御ため目安しとまでこそおぼされざらめ、たださる方に、うしろめやすき方にはなどてかは、とこそは思ひ侍れど、その思し疑ふらむのちの悔しさなどは、いさや心をはかるものなれば、ならはぬ事なれば、などかさしもあらむとこそ思ひ侍れ。ひが〳〵くしきまで世を思ひすてて、聞きにくきまで、誰にも騒がれ奉るありさまなどは、聞き給ふらむな。まれ〳〵く、かう心に入れて聞えそめてむ事を、名殘なきこゝろのほどなど見え奉るやうは、いかでかあらむ。見ゆづる方なく、心苦しからむ御ありさまを見初めては、惜しからぬ命も、あやふくななどこそおぼえめ」と、こまやかに語らひ給へば、宰相「いでや、まいて宮へ參り給はむことは思ひかけ侍らざゝめり。あまり心やすげに宣はする御心も、數ならざらむ人は、まいてかどはと、いみじうつゝましく思ひたまへらるゝ」など、宮の御爲おろかなるを、ためしに言ひ出づるぞあぢきなきや。道芝の露は、そでにかけ給はぬ日なく、わすれ給はざりけるものを、まことありつる御かへりもて參りたるを、中將見て、中將「さりや。かくのみ暇なからむにはいかど」と、煩はしがるをもをかしくて、引きそばめて見給へ散る花
にさのみ心を
とゞめては春より後は
いかどたのまむとあるは、よべの火影なるべし。いとつゝましげにかゝへなどはせで、ひとゆきに、ひき渡されたる筆のながれ、文字やうなど、これを上手とはいふべきぞかしと見えて、いと口惜しく思さるゝ。中將ほの見て、「すかさせ給ふにこそ侍りけれ、いとふるめかしき宣旨がきは、又むづからせ給ひぬべかゝめり」といふも、いとしとたり顔なり。四月ついたちに、院の女御、いたくもなやみ給はで、女宮うみ奉り給へり。同じくば
などかと、嵯峨の院などには、いと口惜しく聞かせ給へど、内裏にはまだならはせ給はぬ事なれば、御佩刀やなにやとあつかはせ給ふも、めづらしう嬉しき事にぞおぼしめしたる。御湯殿の儀式ありさま、九日の夜までの御産養ども、書きつゞけずとも思ひやるべし。よろづ大殿、大將殿など、もてはやし、侍き聞えさせ給へるありさま、なのめならねば、思ふさまならぬ御事とも見えす、めでたき御宿世とのみ見ゆ。内裏には、心もとなくゆかしくおぼしめしつゝ「疾く〳〵く」とのみ宣はすれば、御五日ほどに參り給ひぬ。いつしかとめづらし人見奉らせ給ふに、目なれたらむ人の目にだに、かよる類はありがたくやと見ゆる、御うつくしさなれば、まいて、時のまも御目はなたせ給ふべくもおぼしめされず、御膝のうへにて、日ぐらしももり聞えさせ給ふほどに、ちうが添くめでたきに、まして、思ふさまにてものし給はましかばと、女御はあかずくち惜しくおぼしけり。もとよりだにはしき事どもをさへ、もてあつかはせ給へる御けしき、添くめでたきに、まして、思ひ取り分きたりし御おぼえなれば、唯この方にのみおはしますを、御方々にはやすからぬ事おぼすべし。今まで后の居給はざりつるに、女一の宮の御めづらしさに、今は誰かは思しきしろはむとて、遂に院の女御ゐ給ひぬ。うちつゞき、春日の神もいかどおぼさむと世の人々はなやめど、それによるべきならねば、やがて堀川の院に出で給ひぬ。御しつらひありさま引き返し、宮づかさども、様々になりなどして、めでたき御有様などもつねの事なれど、目近く見るには、なほ女子をかやうにて見ざらむは、生けるかひなくもあるべきかな、とぞ覺えける。春宮の御母宮をば、皇后宮と聞えさせける。七月すまひの頃ぞ、今の中宮、儀式ことにて參り給ひける。春宮には、御元服の夜參り給ひし右大將の御むすめ、麗景殿の女御ひとりぞさぶらひ給ふも、こよなうおとなび給ひて、あそび敵にはあはすやおぼさるらむ、大將殿のいたう賞め聞え給ふ姫君の御事を、今より御心に入れさせ給へど、まだいと待遠なる程と聞かせ給ふに、心もとなくおぼされける。式部卿宮の姫君を、故宮のかならす御覽ぜさせむと、申しおき給ひてしを、おとなびさせ給ふまゝに、おぼし忘れずながら、御心一つには、えおどろかさせ給はざりしに、この母宮も、「児顔の、世に知らず美しうものし給ひしをいかやうに生ひなり給ひぬらむ」など宣はせ出でて、宮にもそのかさせ給ひて、御ふみなどは、常に奉らせ給ふなりけり。かの宮にも、かよる御消息などを、ことの外にもて違へても、また賴もしくき御ゆかりなどもなき御身なれば、いかやうにかはもてなされ聞えむなど、思しながらも、さてはわが本意のむけにたがひ果てぬべきを、いかさまにかはと、思ひ亂れ給ひつゝおくりむかふる年月のみ過しつゝ、姫君もやう〳〵くさかりになり給ふまゝに、帝春宮と聞えさすとも、此御ありさまになすらへなるべきやうも見え給はぬを、宰相「大將殿、ほのめかし給うて程經ぬるに、たど見せ奉り給へ。その御様ばかりや似つかはしからむ」と、宰相中將つねに聞え給へど、さすがにわざと下り立たる御こゝろざしとは見えず、ともすれば、西の山もとに心かけたまひて、夜とともにあくがれ給へるを聞く〳〵、なほいと危くつゝましき心地してすごし給ふに其の年も過ぎて、夏のはじめにもなりぬ。
まだしきに五月雨がちにて、ものむづかしき晝つ方、大將殿、春宮の御方に參り給へれば、御手ならひなどせさせ給ひて、色々の紙なる文ども取りちらされたり。狭「などか、時々はかやうのものも見せさせ給はぬ。いとうるさき事どもには召しまつはして」と、怨じ聞え給へば、なま恥かしとおぼしたる御けしきにて、中々ふともえ取隱させ給はぬに、紫の紙のなべてならぬさましたる結びめなども、たど今のと見ゆるを、ゆかしがり申し給へば、え惜ませ給はで、春宮「式部卿の宮の姫君にきこえよと、大宮の宣ひしかば、宣旨がきをしへつるまゝに、書きて遣りつる」とて、賜はせたり。狭「如何にはか〳〵くしき事申しつらむ」とて、見給へば、妹のどかにもたのまざらなにはたづみ影見ゆべくもあらぬながめをとかや所々ほのかなる墨つきいたしからねど、母君の手にいとよく覺えて、思ひなしにや、いますこし若やかに、らうたげなる筋さへ添ひぬ。いままで見ざりけることさへくち惜しく、打ち置きがたう思さるゝこと限りなし。未だいとをさなげなる御手などもなかなか心やすきかたにても、理ぞかしと思すものから、狭「かばかり見所おほかるを、今まで見せ給はざりけるぞ恨めしき。これはいとをかしげに侍るものかな。むすめの手本に取らせまほしう侍れど、あは〳〵くしきやうに侍る」とてまゐらせ給ひつ。狭「斯く何事もめでたき人を御覽じ初めては、思しおとさむと思ひ給ふるこそ、いと辛かるべけれ」と啓し給へば、御顔うちあかめて、春宮「これは參らせむとも無かゝなるものを」とて、生苦しとおぼしたるを、あな幼の御心ざまやと、をかしく見奉り給ふ。引きそばみて書き給ふは、やがて此の宮へなるべし。いつまでと
知らぬながめに
はたづみうたかたあはで我ぞ
消ぬべきことわり知らぬをなぐさめ侘びてなむ。くちをしや
をだえのはしは
ふみみねど雲井にかよふ
あとぞひまなきなど書き給ふを、春宮「いづくへぞ。賜べ。見む」とは宣はすれど、打ちさくじり引き奪ひなどはし給はす。今よりいとうるはしくけだかき御心ばへなるに、此の殿をばいと打解け難く恥かしきものにぞ、思ひ聞えさせ給へる。いとすけなくて、狭「世の中ありにくくのみ思う給へらるれば、いかどはせむとて、生女のあはれに爲つべき案内し得て、かたらひ侍るぞ」と啓し給へば、いみじく笑はせ給ふ。かく參り給ふをり〳〵は、さるべき文ども取り出させ給ひつゝ返しどもなどの、しどけなくならはしきこえたる所々、なほし給ふ。心得ずおぼしたる文字など、こまかに知らせ奉りなどし給へば、今日もあまたの文ども取り散らしつゝ、おもしろうくうち誦じつゝ、ならはし聞えさせ給ふに、藏人まゐりて氣色立つは、ありつる返事にや、と思して立ち給へるに、それなりければ、かくれの方にて、引きひろげ給へるを、もの言ひさがなき權大納言、ふとさし覗き給へれば、引きかくし給ふを、例の眼の疾さは見てけり。權大「いでや、今さへ斯かればぞかしゝとうめきかゝるを狭「これはあやめ給ふべきにもあらず。娘のひとつ書きなれば、散らさじとて」と宣ふ。水あさみ
かくれもはてぬ
にほ鳥のしたにかよひし
そこも見しかば
物言ひのうしろやすさは、思し出づる事もあらむを、たどやは見させ給はぬ」と、むつれよりて、切にさがすを、さて言ひ出して、わびしき目は誰が見するぞと言はまほしき、狭「取りあつ
め又もなき名
をたてむとやうしろのを
かにかかりせしや君たどすの神にも、憂へ奉らまほしかりしものかな」とて、これは例の宣旨書と見給へば、あながちにもゆかしからで、こま〳〵くと引き破りてさしやり給へるを、ねたがり腹立つさまも、ひとへに華やかなるさまにて憎からず。庭たづみ見たまひて後は、いとど外ざまに聞きなし給はむ事口惜しきを、むつまじき御中にて、后宮などまことしく宣はせば、おもひつゝむ方おおからむ、我が方ざまには、よも思ひならじ、と思すぞくち惜しきを、いかやうに思したるよ、御氣色もゆかしければ、后宮の御かたに參り給ひて、物語などきこえ給ふついでに、御子のおとなしき御心づかせ給ひて、式部卿宮の姫君にきこえさせ給ふことなど啓し給へば、后「故宮の、唯この君のことのみ返す〳〵言ひおき給ひしかど、外ながらは、其の志のしるしも無きを、同じくばさやうにて、など聞ゆれど、かの母君、いかにも〳〵、後安からむ人に、親ざまにあづけて、われは跡たえたる住家に、籠り居む、と宣ふなれば、大方ならむまじらひはと聞くを、このふる人どもの、類なかりし見ざまを、如何に生ひなりてか、など語りきこえさせたれえば、わかき御こゝろには、ゆかしく思したるにこそあゝめれ、實にこそ、さばかりの兒は世にあらじと思ひ出でらるれ。いかでか唯迎取りてしがな」と、宣はするさまも、おもはぬ方に爲しきこえたらむは、人間もびんなく此の御心どものも、いかでおほさむ、といとほしかりぬべけれど、斯くのみ斜ならぬありさまを、むかしより聞き初めて、つひに見ずなりなむは、なほいと本意なかりぬべけれえば、かく懇におほしたることと見て後も、え思し絶えざりけり。ふみは、わざとの使たてまつり給はむも、きしろひ顔なるべければ、宰相中將のもとに、隙なく責めおこせ給ひつゝ、その中にぞ入れたまひける。春宮より御使まゐりぬと見置きたまひて、出でたまふまゝに、例のこまやかに怨み給へる中にて、くらべみよ
あさまの山の
煙にも誰かおもひのこ
がれまさるとさりとて類あらじとこそ思ひ給へらるゝを、今日ばかりは、なほ取りかへても賜はせよかし。とある御書様はしも、げに類なげなる聞えかはし給へらむも、似げなかるまじけれど、さし放ちがたき御かへりを、先と勧めつゝ、書かせ奉り給ふに、いかゞさま〳〵に聞こえたまはむとて、例の上にぞ書きたまふ。母おさましや
あさまの山の
けぶりにはたちならふべき
思ひとも見ずとぞありける。宰相の君は、なほ、宰相「さはれ、徒になし聞えつるとおぼしなして、かく誠しく宣ふをりに、許しきこえ給ひてよ。春宮にも、この殿のむすめとて、一品の宮に生ひいで給ふ姫君、今よりことに思ひきこえ給ふめる、今二三年過ぎば参り給ひなむとすなり。いみじくともきしろひ聞え給ひなむや、さやうの御まじらひは、あらぬまでも。上なき位にやなり給はむのたのみをかけてこそ、うち〳〵の苦しさをば慰めても過し給
はめ、思ひぐまなうては何のかしこかるべきぞ。又己がやうならむ上達部は、すきまなき様にても、猶口惜しき御有様にこそ侍らめ。この殿は、一品の宮おはするにても、うちうちの御心ざしなどを見侍るに、などかはとこそは見侍れ。餘所の思ひやりたるほどよりは、名殘なき物忘れなどし給ふべくもなき御心を、たど時々にててもうち通ひ給はむは、いけるかひあるべきわざかな」と聞え給ふを、實にさもやなどおぼし弱る。夏つ方より、母上なやましげにし給ふを、例も暑氣にさのみこそはと、見奉る人も自らもおぼしたるに、うらめづらしき風のけしき、待ちつけ給ひてしも、いとど苦しがりまさり給ひて、もの心細くおぼさるゝ儘に、たどひめ君の御事をおぼすより外の事なし。さるべき様に見奉るを、斯く我さへたちまちに亡くなりなば、いかにし給はむ、宰相もわが身ひとつだに人にまかせられたまへり、いみじく思ひきこえさせ給ふとも、いかどはし給はむと、思しつゞくるがいと悲しければ、一日にても我が見る世に、大將にやゆもあるを知り給はで、大將どののより、御心地のこととぶらひ聞え給ひて、狭「一かたになりなばさてもやむべきをなどふたみちに思ひなやますとあれど、苦しうし給ふほどにて、御かへりなし。日にそへて、いと弱くなりまさり給へど、たど此の御事を見おかむと、萬まぎらはして、忍び給ひて、事々しからねど、をかしき様にとおぼしおきつれど、なほえ待ちつけ給ふまじきにやと、限のさまに見え給へば、尼になり給ひぬ。いとど若ううつくしげなる御様を、さぶらふ人々も、さかりの御身をやつし給はむ心地して、飽かずかなしう思ふべし。姫君は、やがてわかれまでも思しよらぬにや、悲しさも類なげにおぼして、泣きしづみ給へるを見給ひても、まいて跡かたなく見ない給ひてむ後の御ありさま思しやるに、見すてがたき心地し給ふ。大將殿かくと聞き給ふにも、やつしがたかりしかたちおぼし出でられて、變らぬさまを又見ずなりぬることとくちをしう思しけり。宰相の御許に、あはれなる御とぶらひ、懇にきこえたまひて、例の御文もあれば、やがて取り具して、上の御方にまゐり給へり。忌むことのしるしにや、今日はすこし物おぼえ給ふさまなれば、かくなむと見せ奉り給ふ。尼「實に飽くまでなさけ有りぬべかりける御心様を、くちをしく見奉りおかずなりなむ事」など、弱げながら宣ふ。今一つの御文には狭「われのみぞ
憂きをも知
らず過しける思ふ人
だにそむきける世にとぞありける。かく常に宣ふを、聞えでのみあるも、物思ひ知らぬやうに思すらむかしと、姫君の、御かたはらに同じ様にてのみ臥ししづみ給へるを、たゞこの御かへり聞え給へ、うしろやすく見置きたてまつりて後、かたちをも變へ、かぎりの命も絶え果てむとこそ思ひ侍れど、かなはぬわざなりければ、つひに見奉りおく事もなくて止みぬべきを、思はずなる有様にて、人にもあはれくしき心の程を、知られ給はむよりは、侍らずなりぬとも、この人の御もてなしにしたがひ給へとぞ思ひ侍れば、斯く見侍る折に、うとうとしかからぬ様にも聞えならひ給へかしと思ふなり」と、御髪を掻きやりつゝ聞え知らせ給ふに、いとど涙のみながれ出でて、起きも上り給はねど、硯など取りよせ給ひ
て、頭もたげつゝ、たゞなほ」など聞え給へば、泣く〳〵起きあがり給へるつらつき、髪のかよりなどをはじめ、たゞ餘所の人にてだに、見そめててば、限の路のわかれも、え行きやるまじげなる様を、まいて如何ばかりかは、うしろめたう悲しとおぼえ給ひけむ。妹うきものと
今ぞ知りぬ
る限あれば思ひながら
もそむきぬる世を、などやうに、かたのやうにて出し給へれど、待ち見給ふところには、珍しきけにや、いとど見ではえ止むまじゝ、しづ心なきまで、御心にかよりまさりけり。又立ちかへり聞え給へれど、宰相「今朝はすこし隙あるさまに見え侍りつれど、なほさのみ難げにのみ見え侍れば、只今わたし侍る」など、宰相ぞ聞えさせ給ふめる。
龜山のふもとに、慈心寺などいふわたりに、故宮のいかめしき寺建てたまひて、ともすれば籠りつゝ、不断の念佛など行ひ給ふを、この秋は御心地くるしうて、えわたり給はざりつれえば、九月だにまぎれなく念佛もして、やがて消えもはてなむ、と思してわたり給ふなりけり。葛這ひかゝる松かけのけしきも、久しう見たまはざりつる程に、いとど寂しさまさりけり。いとど枯れ果てなむ頃ほひ、いかやうにながめくらし給はむと、見ずなりなむ世の事のみ心にかゝり給ひて、うしろめたういみじく思さるゝよに、いかでかくしも思はじ、さりとも、むげにいたづらになり給ふべき御有様にはあらぬものを、我が身のゆき惑はむ道のほだしは、いといみじかるべきを、とかつは思し慰めつゝ、四十九日ははじめ給ひて、日々に尊くあはれなることどもを聞き給ふまゝに、などて年頃も、たど疾くかやうになりて、罪をすこし失はざりつらむ、と悔しければ、苦しきもせちに念じつゝ行ひ給へど、露よりもさきにやと見ゆるをりがちになりまさり給ふ。大將は、日ごとに、いとねんごろに訪らひ聞えたまふを、ありがたく嬉しき御心と、よろこびきこえさせ給ふに、みづからも忍びてわたり給へり。宰相も、あからさまに京に出で給ひにけり。二十日なれば、月さへ遅く出づる頃にて、こと問ふべき垣根もおぼつかなけれえば、此處彼處たどすみつゝ見めぐり給ふに、いと大きななる堂どももあまたありて、三昧つとめ行ふけしき尊げにて、僧坊ども、あまたつゞきなどははせで、此處彼處竹の林ばかり、小暗うしなしつゝ、ながき世の住家と思ひたるも目とまりて、あはれに羨ましくおぼさる。山よりわづかに落ちくる水を、おの〳〵竹の筧どもを蜘蛛手にまかせやりつゝ待ち受ける様も、こほりの概かためたらむ頃ほひは如何と心ぼそげなる様かぎりなし。居給へるところと見ゆるは、寺よりは少し退きてぞありける。帯にせるほそ谷川の音さやかに流れて、おなじき岩のたどすまひも、心ある氣色しるく、時をりふしの花、紅葉の木どもも、かずを盡したると見えて、見どころ多くぞしなされたりける。されど淺茅がはらも殊に尋ぬる人もなかりけると見えて、心のまゝに、色をつくして亂れ合ひたる前栽どもに、露の白玉のみ處得て、蟲の音も、外よりは耳のいとま無かりけり。軒をあらそふ八重葎も、實に人こそ見えね、秋のけしきは疾く知られぬべかりけり。稲葉の風も、耳近くは聞きならひ給はぬに、いなおほせ鳥さへ音なふも、さま〳〵にさまかはりたる心地して、もの心細げなり。されど此處には人あるけしきもせで、九體の阿彌陀おはする御堂に、やがておはするなりけり。堂のかざりなど、極樂も斯くやとおもひ遣られて、いときらゝかに尊かりけるを、など今まで見ざりつらむとくちをし。坊どもに、小法師ばらの物誦じなどする聲ばかりは仄にきこえて、例ならずうづらふ人のあたりともおぼえず、しづかに心細げなり。懺法阿彌陀經などの聲ばかりぞきこゆる。人のこゝろする所に寄りて、道季、斯くなむと聞えさせすれば、おどろき給ひて、やがて、臥したまへる母屋の御簾の前にしとね打ち敷きて入れたてまつり給へり。月は無けれど星の光ばかりさやかなるに、軒ちかくて、いたくたど〳〵しき程にもあらねば、大方御容
體うちふるまひ給へるさまなど、あなめでたたと見え給へるに、風にしたがひて、くゆり入りたるにほひさへ、げにここはなべての人にはまさりけれ。よろづ思ひやり聞ゆるより、今少しめでたく恥かしげなる御ありさまを、さもやなど思ひ寄りけるに、負氣なくいとつゝましく覺えらるゝものから、また、かよらむ人をこそ、年に一夜の渡りにても、待ちつけて見るべかりけれ、見つる世に、などてはかゞくしき御有様にもてなし聞えずなりぬらむ、と苦しき御心地にも、いとど胸さわぎまさりて、せちに頭もたげて見やりたまふ。狭「日頃いかでと思ふ給へながら障ること侍りて、今までになし侍りぬるも、心のうちよりは疎かなるさまにやと、今宵も月も待たずいそぎ侍りて、あさましくたどたどしう思ひ給へられつる道の空を」など宣ふ聲けはひも、かぎりなき物に思ひきこえ給ふ。宰相の御有様などには、似るべくも無かりけるかな。人傳に聞え給はむもいとかたじけなき心地し給へば、切にためらひ給ひて、少しまろびよりて、母「たび〳〵訪は今日までながらへ侍りけるも嬉しく」と宣ふ御けはひ、いと弱げなるしも、見しおもかげにかはらず、若うをかしげなるを、いと斯からざりつらむほどを、聞かずなりにけるも悔しきに、つひに空しう聞きなしてむは惜しかるべき人様なれば、うちつけにあはれも淺からずぞ思さるゝよ。狭「經にける年のしるべには、是をはじめに思ひ給へらるべくも侍らざりつれど、有り〳〵て、斯う賴もしげなる御けはひをしも承るこそ、過ぎぬる方のくちをしさも恨めしさも、みづからのあやまち顔に思う給へらるれ」とて、打泣きたまへる氣色など、伏しまろび泣きなどはむ人よりも、淺からぬ心のほど見ゆるを、かばかりまでの心の程と知らましかばなど、うしろめたうかなしき人の御事は、先忍びがたうおぼえ給ひて、母あるはあるとも思う給はずながらも、いと斯う昨日今日とはおもひ侍らで、過し侍りける悔しさを、さま〳〵思ひたまへる中にも、露ばかり見ゆる方なき人のうしろめたさに、行きもやられ侍らぬを、かよる里も尋ねさせたまひぬべかりけるを、思ひきこえたりと、見置き侍りぬるこそ賴もしく、さるは、同じ煙にたぐひなまほし氣にぞ、思ひこがれ侍るめれば、いかど」ともつどけやらず、泣いたまふにやと聞ゆるけはひ、むげにたのもしげ無きを、聞く人もかなしきに、まいてかの御心の中おぼしやるぞ、さま〳〵いと忍びがたき。狭「ことわりの御事といひひながら、あまり然思し入りたるを、見奉りたまへれば、御心地もいとど苦しう思さるらむものを、なほ思しなぐさむべうこそ、人びとにも敎へ聞えさせ給はめ」など、おとなしうすくよかに聞えなし給へど、狭われもまた
ますだの池の
うきぬなははひとすぢにや
は苦しかりけると言ひ消ち給ふけはひは、なほ聞き知らむ人に聞かせまほしき、さまことなる御心の中をば、いかでか知り給はむ。母たえぬべき
心地のみす
るうきぬなははますだの池
もかひなかりけりとにや、絶え〳〵にていと心ぼそげなるは、なか〳〵見置きがたけれど、長居せむも、ことにや、苦しくやおぼされむとおぼせば、狭「今よりは、たど〳〵しからぬ心地し侍りぬべかゞ、常に」などきこえ置き給ひて出でたまふに、やがて此のつどきたる渡殿に、人
のけはひのするを、立止まりて聞き給へば、「いづら。御殿油まゐれ」などぞ言ふなる。火影に見し兒の聲にて、「客人は出でたまひぬ。今はわたらせたまへ、ひめ君の御前こそ」と言ふまゝに、この立ちたまへる妻戸を引き開けて入りぬるに、いと嬉しくて、やをら入りて見たまへば、佛の御前の御燈の光ばかりほのかにて、はか〳〵しうもの見えぬに、今ぞ小やかなるわらは、火とほして持て來たる。ことにしつらひも無くて、几帳ばかりある、引き寄せて臥したるは姫君ならむ、少し退きて、人二人ばかりぞ居たると見ゆるほどに、この戸のあきたるより、にはかに風あら〳〵しう吹きたるに、火の消えぬれば、「紙燭もて參りたまへ」などいふ。この渡殿は、人々のうち休むところにてあるに、知らぬ人の、け近うものし給へるが、つゝましさに、暫し寄り伏し給へるなるべし。人出で給ひぬと聞き給へば、渡り給ひなむとて、やをら起きあがりて、兒君を供にて、障子より、こなた様にゐざり出でたまふに、引きとどめ聞えたまへれば、思寄らずうち見かへりたまへるに、星の光に烏帽子のふと見えたるに、心惑したまひて、やがてうつぶし給ひて、音もしたまはぬを、この具したまへる兒君は、「疾く〳〵」と言ひ佇びて、さしよりて見るに、男の居たれえば、これもいみじく驚きたるけしきにて、立ちかへり入りぬれえば、障子も引き立てて、今少しちかう引き寄せたてまつり給ふに、月頃ものを思して有るか無きかなる心地には、息も絶えはてぬべき様に見え給ふを、狭「佛に怖じたてまつる方は、人よりもまさりて侍れえば、なめげなる心はよもつかひ侍らじ。心やすく思へ。たどかばかりの疎ましさは、上の御心も、ことの外には侍らず、とうけたまはりぬれば、さしもなどか思さむ」など、きこえ給ふほどに、兒君の告げけるにや、大人しき人のけはひにて、この障子を引き開けて、「こは誰がものし給ふぞ。佛の御前とは知り給はぬか。いと便無きわざかな」とて、探り寄れえば、うちわらひ給ひて、狭「佛のみちびき給ふ、障子口のたどみに、假初にぞ寄り臥したまへりける。この殿にておはしけりと思ふに、胸は落居ぬれど、劣り惡しく御心地もいかに、いとど思しめどはるらむ。とかく聞えさすべさき様もなければ、侍女「一所の御事を見たてまつりななげかせ給ふほどに、おなじ様にのみ沈ませ給ひて、さらに何事も聞きわかせ給ふべくもおはしまさど、めゐるものを」など歎くけせ給ひて、この御乳母やうの者にやとぞ聞ゆる。狭「たど斯ばかりにて侍らむは、御心地も何かは。歸らむにはいたく更けぬれば、月待つほど斯うて侍らむ。餘りなめげに侍り」ときこゆれえば、障子よりこなたに、女君を入れたてまつり給ひつ。當得みづの心地して、汗もこちたく流れ給へる、けはひ肌つきなどのうつくしさは、世に類無きものに思ひしめ聞えたまへる御有様に、おとり給ふまじかりけり、と思ひ合せ給ふに、いとど殘りかしうわりなし。年頃などで、心のどかにのみ思ひて過しつらむ、あながちに思ひ入れましかば、などことの外にしも人の思ひ給はまし。過ぎにし方もくやしきに、今宵の中に、この佛の御前をゐて出で給ひぬべけれど、片時の程だに、おぼつかなく思ひみだれ給はむ御有様も、如何にもこの御こゝろ見定めてこそは、
など萬はおぼしのどめて、たど來し方ゆくすゑの心の中など、なつかしくきこえ知らせ給ふにぞ、御心地はのどまりて、取りあへずこぼれ出づる涙も、堰きとどめ給へれど、時の間も立ちはなれたまはず、見奉りたまふにぞ、あながちなるさまにて、湯なども見入れ給へえば、いかにもものし給ふらむ、かよる事をも、いかにあさましく聞え給ふらむなど、思しやらるゝより外に、つゆばかり耳とどまるべきことぞ無かりける。ありあけの月も出でにけり。格子のひまなどより、所々漏り入りたるが、いとど心づくしなるに、思し佗びて、格子のもとのかきがねを放ちて、押し遣りたまへれば、殘無うさし入りたるを、女君いとどわびしくて引きかづきたまへるを、とかく引きあらはしつゝ見奉りたまの玉の姫君のやうなるかばねをの中にても、彼の御有様に、すこしもおぼえたる玉の光だにかよはえば、袖につゝみても見まほしく思し願ひつるに、かう音聞も物むづかしかるまじきわたりに、すこしの慰め所ありけるも、唯あながちなる心の中をあはれと見奉りて、かよる形代を、神の造り出で給へるにや、と思し寄るにも、あぢきなく涙ぞこぼるゝよ。狭「なけきわび
寝ぬ夜の空
に似たるかな心づく
しのありあけの月ときこえ給へど、答へきこえ給はぬぞ。いとくちをしかりける。如何にぞ。かばかりまで見たてまつり初めて、宿世などいふなるもののことざまになり給はゝいかどすべさき、なほ世にながらへむなど明日の淵瀬もうしろめたう思さるゝまゝに、あらましごとを、うち返しうち返しきこえたまふほどに、まことに明け行く氣色なれば、御伴の人々立ちさわぎつつ音なふなれど、狭「今より後のおぼつかなさは、なか〳〵わりなかるべきを、如何すべき。かばかりは、本意なく心憂かるべけれ。さらば、霧のまよひたど〳〵しきほどに、もろともにとこそ思ひ侍れ。いかに〳〵」ときこえ給へば、まことにさもやと、あさましくもろきものにとこそ思ひ侍れ。姫「あなおぼつかなのわざや。かはほりの宮にや」など、うち笑ひ給ふけはひも、いと聞かまほしくめでたきを、「いつしかかやうにて見奉らばや。この御心地のすこしよろしくだにならせ給へかし」など、ちかくうち臥したる御乳母などは言ひあはする。一扇をすこし鳴らし給へれば、參りたるに、狭「夜のほど御心地はいかゞ。夜もすがら念じあかし侍りつるしるしは、さりともこよなう侍らむかし」と宣へば、侍女「御心地は同じさまにぞ。このおはしましどころの見ぐるしさをぞ、苦しがり明かさせ給ひて」と聞ゆれば、狭「人々の惡しう聞えなしたるにこそあらめ。物狂ほしう思ひやり無き様に、聞かせ給ふらむこそ恥かしけれ」と宣ひて、狭「夜のほどもうしろめたけなりし御けはひの心苦しさに、宰相の御代とて、此御簾の前にて、明し侍りつるに、嶺の嵐もはげしくて、みだり心地もなやましければ、そなたにもえ參らで、急ぎばかり出でぬ、と聞えさせたまへ。今よりは入道もまめやかにつとめ侍るべければ、無量劫を經ても、さりとも願は叶ひ侍りなむ、と賴もしきを、私の御こゝろよせも、なほたすけ果てたまへ」など、なつかしく語らひたまへる御けはひ、外に見ない奉らむは、口惜しかりぬべかりけり。上はよべも聞きたまひしかゞ、何かはいとう
しろめたうあはれなる御有様を、すこしも氣近くて見たまひてえば、さりともあはれとは御心とどめ給はざらむやは、心より外にあはれくしきさまにてやなど、思し疑ふべきところならねば、など思ししながら、この月頃、あけくれ音のみ泣きしづみて、いみじう痩せそこなはれ、打ち解け給へるを、程なき軒の月かけもいかでありつらむ、すこしも斜ならむことは、いみじう恥かしげなる御有様にこそと、思しあかしつるに、かよる御消息も、近寄りし給はねにや、と胸うちさわぎて嬉しくおぼさるゝよぞ哀なるや。母「よべはいたく更け侍りにしを、あら〳〵しき風のけしきにつけても、道のほど後ろめたなう、思ひやり聞えさせしに、泊らせ給ひにけるも知らず、例よりもまどろみ入り侍りに、今よりは、さらば草の枕もこゝろよろし侍りぬべうこそは」と、聞えさせ給へるを、狭「とけて寝
ぬまろがまろ寝
の草枕一夜ばか
りもつゆけきものを外にもあらぬならはしも」と、すこしほゝ笑みたる聲にて、わざと御かへりともなく宣ふを、ひとり聞くは飽かずやおぼえけれど、まねび聞えければ、母君「草枕ひ
と夜ばかりの
まろねにて露のかごとを
かけむとや思ふとぞきこえ給へる。籬の霧のいとどひまなく立ちわたりて、月かけも中々曇らはしくなりぬれば、いとど立ち出でがたう思さるゝよに、道季御靴もて參りて、道季「霧はれ侍らば、京のうち見苦しくこそなりさぶらひぬべかりけれ。御車率てまゐるれとや仰せ遣はすべさき」と心もとなげに思ひ申さば、狭「くはや、いたうな憎みそ」とて立ち出で給ふまゝに、とはやすらひ給へど、露のいとしげき中を、指貫けしきばかり引き上げてあゆみ出で給ふを、人々はのぞきて見奉りつゝ愛でまどふ、理にぞありける。殿におはしつきてても、面影山は、まめやかに戀しう思ひ出でられ給へえば、まことしうむつまじき有様になりて、このまゝの心地せば、思ひはなるゝよかひなう棄てがたうもあにつく人出で來なば、かよる心地は止みなむと、常に宣はするを、あるまじきこととのみ聞きつれど、げにさもありぬべきことなりけり、とぞ思し知らるゝよ。やがて寢られ給はで、つとめてもいと疾く、御心地の覺束なさなど聞え給ひて、狭「さても今朝は、例ならぬ心地にまどひ侍りて、おもかげは
身をぞ離れ
ぬうちとけて寢ぬ夜の
夢は見るとなげけれど」などやうにきこえ給へる。御使かへり參りて、「たゞいまなむ亡せたまひぬるとて、のしり侍りつれば、御かへりもえ聞えさせで參りぬる」と申すを聞き給ふ御心地、いとあへなく、あさましとも世の常なり。げに頼ひては程經ぬれど、「露のかごとを」と、あざめ給へりつるも、只今の事ぞかし、など哀にははかなき世のありさまも、いとゞおぼし知られて、又いともろき涙かごとがましく漏り出でぬ。いと忽に、思ひ急ぐ一方にしもあらず、このほどは、あまた度行きかへるべき路と思ひつるを、忌の程などは、ふとしも通はゞずや、と思すも、誠にいとゞ心もとなくわりなし。花のたよりの火影よりは
じめ、昨夜のけはひの哀なるなども、おぼし出でらるゝよに、さらに餘所の事ともおぼえ給はず哀にて、中將の君の許に、こまやかに弔ひ聞え給ふ事おろかならず。御返は、宰相今はかひなき事をばさるものにて、後るまじきさまに侍る人を見給ひあつかひてなむ。打續きいみじき目を見侍らむ事の、心憂き事とあるを見給ふに、かよる中のかなしさは、何れもおろかなるべきにはあらぬ中にも、「おなじ煙にも」と宣ひし氣色は、なべての中とは見えざりしを、けに如何に思すらむと思ひやらるゝ氣色も、無下におぼつかなかったらましかば、いとさしも覺えざらましを、ほのかなりし手あたりけはひの、隈なかりし月影も、さしも心にとまりしは、物思ひの花の枝さし添ふべかりける宿世にや。これをさへかひなく聞きなして、如何なる心地せむと、此頃は他事なくぞ思し歎きける。狭越えもせ
ぬせきのこなた
にまどひしや逢坂山
のかぎりなるらむと思しつどくるもいとゆゝしう、いかで、さりとも神佛世におはせえば、さる日は見せ給はざらむと念ぜられ給ひて、例の細やかなるかたにおぼし賴む御祈の師どもに語らひ給ひて、祈どものどせさせ給ひけり。後の御事など、宰相の一人あつかひ給ふに、忍びたれど、山邊のおくりの人々多くたてまつり給へり。その程の御あつかひ、思し至らぬ事なく、細にとぶらひきこえ給ふを、宰相は、まことにありがたく思ひ知られ給ふ。日數の過ぐるまゝにも、有明の月かけは、面影に戀しくて、忍びありきもことにし給はず、流石にあやしう思さるれば、狭かたしきにかさねぬ衣うちかへしおもへば何を戀ふる心ぞなどきこえ給へど、宰相「更に日を待つさまにて」などのみきこえ給へば、おぼし佗びて、忌の程もえ待ちたまははず、忍びてわたり給へり。宰相の君對面し給ひても、盡きせぬあはれなる氣色にて、かよる中といひながらも、尋常にはあらざりつる志のほどをかたりつゝ、宰相「露ばかりはかゞくしうかひある様をだに見えで、おくれはべりぬる事」と言ひ續けて、いと忍びがたきなり。狭「いまはののとどめにしも參りて、哀れなりし御けはひをさへ聞き侍りしかば、その思さるらむにも、ことに劣るまじき心地し侍りてなむ、厭はしう思ひ侍りしことも、今はいかでながらへてなと思ひ給ふべきに、あらまし事も見え奉らで止みぬるこそ、いみじう本意なけれ。亡き御かけにも、かひ無きものには見えたてまつらじ、と思ひ侍るを、いと賴もしげなくのみ聞きたてまつるこそ、なほ世にわかゞくしきまで思ひ惑ひて侍る有様の、更にながらふべくも侍らざらめれば、はかなくしかからぬ身しも、かはらぬ様にぞ、さて何にかはし侍らむなど、思うたまへなりてなむ」とて、いたく思ひなげきたるを見給ふに、いとどうしろめたうゆゝしけれど、參りて自らなど宣ふべきにもあらざめれば、甲斐なくて、立ち煩ひてぞ歸り給ひける。三條わたりに、いと廣くおもしろき所、この御料とて、大歸心ことにつくり磨かせ給ふを、いでや何にかはせむと、御心にも入給はざりつるを、ありあけの月すませ給はむに、かひありぬべく見なしたまひて後、我が御心添へて、なべてならぬ様に急がせ給
ひけり。皇后宮などの聞かせたまはむ事のいとほしさぞ、苦しく思さるれど、さりとて今はゆづり聞えさせむことはあるまじければ、四十九日など過ぎなば、わたしきこえ給はむことを、思しいそぐに、女院、御物怪だちて、いたおもくわづらひ給へば、行幸などありて、大方の世の人だに、心のいとまなきころなれえば、まいて大將殿はあからさまにもえ立ち出で給はぬまゝに、山里のおぼつかなさを、いかに〳〵と、靜心なく思ひやり給ひて、狭「憂かりけ
るわが中山
のちぎりかな越えずば何
にあひ見初めけむ、餘りおぼつかなきもこゝろ憂く。昔の御事をおぼし出でば、かくやはもてなし給ふべき」など、恨みきこえ給へるを、宰相も、「實にいたあまり物おぼし知るまじき御程にもあらず。かばかり有難き御こゝろを、あながちに疎々しうもてなし奉らむことも、いとほし」など聞え給へど、萬とりまかなひつゝ、きこえ知らせ給ひし御有様のみ、おもかけに思え給ひて、一くだりも引きつどくべき心地もしたまはねば、いとど引きかづきて泣き伏したまへるを、誰もきこえわづらひぬ。かういふ〳〵も、名殘止れる心地する日數の程は、日々にあらはれ出でたまふ經ほとけなどを、かたみに見たてまつり、なぐさめ給ふを、その程も過ぎぬれば、御しつらひなども、例のやうにあきらかにもてなさるるにつけても、今ひとかけり。悲しさのかず添ふ心地したまひて、いとど危きまでなりまさり給ふを、宰相は、誰によそへてかと、悲しくいみじく、おもひほれ給へり。切に戀しくおぼえたまふ夕暮に、もしもや慰むと、うつくしう心ことにつくり置きたてまつり給ひて、つねにむかひ給ひつゝおこなひ給ひし十體の佛たち見たてまつり給ふにも、「藥師にはたど御事をのみ申す」と、つねに言ひ知らせたまひしを思し出づるに、甘露法藥のくすりも、今は何にかはすべき身にもあらぬを、たどおはしにけむかたへおくり給へかし、さばかりのことは、難くしもあらじ、光明不絶とかや宣へる誓ぞ、叶ひ難か。りける、など人知れず思しつどく。姫夢さむるあかつきがたを待ちし間に七七日にもやゝ過ぎにけりなどおぼしつどけらるゝ日數もあさましくて、袖をかほに押し当てて泣きたまふ。いとくろき御衣に、いとどもてはやされたる御頭つき髪のかよりなども、繪に畫き取りて人に見せまほしかりけり。大將殿は、三條にわたし奉り給はむ日など定め給ひて、今はたど迎へきこえてむと思すに、女院つひに亡せさせ給ひぬれば、いたど絶え籠りたまひぬるも、いたくちをしう侘しくおぼさるゝことかぎりなし。斯くのみおもふ日かずの過ぎつゝ、違ふやうにのみあるは、つひに如何なるべきにか、とおぼすも靜心なく、うしろめたなきまゝに、文ばかりは、日に二たび三たびも、打ち頻り聞えさせ給へど、御返りはつゆなかりける。宰相にも、本意なくて過ぐる日數を、心もとながり給ひて、狭「この御忌過して、むかへ聞えさせむ」など宣ひたれえば、實になににかは、今はまかせ聞えてこそは見めなど思せば、宰相「まづ今日明日例の所にわたり侍りて、有様にしたがひ侍りてこそは、左様にも」などぞきこえ給ひける。姫君は、ふる里に立ちかへり給はむ事ももの憂く、なほ今しばし
なごりのところにだに起き臥さまほしくおぼせど、宰相も、この春つ方より、按察使大納言の御あたりに通ひたまへる、めづらしき様の心地に、なやましげにし給ふを、かくたえこもりて過し給へるおぼつかなさも、何時しかとおぼせば、今さへかう靜心なくこよひ給はむも、いづかたも心ぐるしかるべけれえば、大納言殿の君をも、同じ所にて、ひなども、ありしながちなるに、ひとり立ち歸りたまへる心地のかなしさも、世の常ならむやは。明暮さしむかひ聞えたまへりしおもかげばかりは、身に添ひたるやうなれど、おきふしにつけて、物のみおそろしく、心ぼそき心地のみしたまひて、さらにえながらふまじく思いたるを、宰相もいとことわりに心ぐるしけれど、姫君まだわたり給はねば、夜などはとまり給ふことかかりけり。日ごろ降る雪、年の殘り少うなるまゝに、いたど降り重りつゝ、消えやるべくもあらずしみわたるを見出し給ひても、姫ことわりの
年のくれとは
見えながらつもるに消
えぬ雪もありけり、などやうに、はかなきことの葉をのみ、昔のかたみには思しなぐさめける。日の暮るゝまゝに、風の音なひもあらくて、横ざまに吹き入る霰の音も、もの怖ろしうなりぬれば、御格子どもいそぎまゐりて、女房どちさし集ひて、もの心細く思ふに、姫君は、沈で、たど一人の御蔭にてこそ、雨風のおともふせぎ給ひしか、言ひ知らず心細う思いたるもことわりて、宰相の君を誰もうらめしう思ひきこゆ。大將は、かく渡り給ひにけりと聞き給へど、日ついで悪しくて、あからさまにもえものし給はず、心もとなうおぼすに、院の御忌も果てて、よろしき日なりければ、風のまよひにわたり給ひにけり。とかく立ちやすらひたまへど、山里の御棲所にもことわりかはること無う、人目まれにて咎むる人もなし。雪ばかりあるじ顔に降りつみたる庭の面、はる〳〵と心細げなるを見わたし給ふに、わかき人の思ひはなるゝ方無う、ながめつくし給ふらむ心の中いかならむと、いと哀におしはかられ給ふ。御堂のあづかりだちたる僧の、御あかしの消えたる燈しつくとて、わづかに出來たるを呼びよせて、狭「宰相はおはせぬか」と問ひ給へば、僧「昨日出でさせ給ひしまゝにおはします。大納言殿の姫君などやうに、はかなきことの葉をのみ、昔のかたみには思しなぐさめける。日の暮るゝ、辨の君といふ人に對面せむといふ人なむあると、ものせよ」と宣へば、僧「姫君の御乳母のおとどにこそおはすなれ」とて、立ちぬるまゝに、僧の出でつる妻戸によりて引き給へば、かけざりけるにや、開きぬ。入りて見給へば、こゝにも念誦堂いと尊くしおかれて、行ひつとめ給ひける人の跡と見ゆ。それよりやがて火の光見ゆるかたへすく〳〵とおはすれど、殊更になよかにしなし給へる御衣の音なれえば、心あわたどしき風のまぎれにて、聞きつくる人もなし。母屋の中の戸よりとほりて、帳のそばなる屏風より覗き給へば、こなた枕にてよく見ゆ。火をつく〳〵とながめつゝ添臥し給へる、ふと見つけたるに、たどそれかとまで、思ひ出でられさせ給ふ。みたらし川のおもかけさへ立ち添ひて、心さわぎするに、北おもての方よ
り來て、辨「かの西の渡殿に、やむごとなき人のおはして、おとどに逢はむとなむ宣ふ」と、このせうしが只今いふは、誰にかあらむ。さるべき人こそおぼえね。もし大將殿のおはしましやとおもへど、昨日の御文にも、さも宣はせざりしものを。いかにもたづね侍らむ」とて立てば、またある人、「もし然にもこそあれ。この御殿油あかよりけきよせて、臥し給ひぬめり。辨「人々近うさぶらひ給へ」など言ひおきて、こなた様に來るまゝに、辨「人も久しうおはしまさぬこの御方にしも、おぼえなき匂こそすれ、あなむづかし。紙燭やさゝまし。いと暗し」とて、立歸りたれえば、わかき人々いみじう懼ぢ騷ぐをおとなしき人々は、「いとど、さばかり物恐ろしげにおぼしめしたるに、など斯う物狂ほしうおはさうずらむ。鬼は臭うこそあんなれ。佛の御かをもあらむ」といへば、また「かくれみのの中納言やおはすらむ」など、口々たはぶれに言ひなせど、君はまことに物恐ろしくて、顔ながらひきかづきて臥し給へり。めのと、紙燭さして來れえば、帳の内にやをら入り給ひぬれど、知る人もなし。おとど西おもてに行きて、「いづら」など尋ぬれど、いらへする人もなけれえば、歸り來て、辨「あやしきわざかな。ありつる僧も去にけり。また人もすべて無し。いかなる事ならむ。妻戸はいとひろく開きて、雪のみぞ降り入りたる、月はなけれど、外はいとあかくて、をかしき夜のさまかな、風はおこるともおとなもすきぬべかりけるものを、如何なる懸想人たづね來て、音無うは立ちかへりぬるならむ。くちをしきわざかな」といひて、皆笑ふに、帳のかたびらをやをらかよけて、狭「いと久しく待ちきこえつるに、音もしたまはで紙燭の見えつれえば、此方參るべかきかとてなん。まことは、身もみな凍みはてて、今宵はかへり侍るまじきを、疾く入らせ給ひね」とて、いと馴れがほに女君を引き入れたまへば、人々あさましくあきれたる心地して、物をだに言はれず、又とかく聞ゆともかひあるべきならねば、たどみづからの心さかしらにや、「宰相どののよ如何におぼさむと、いたほしきわざかな。いとかく心あわたどしく侍らすとも、今はこと様にととは聞えさせたまはず侍るめるものを」など、獨言てば、狭「宰相の許さどらむには、いかでか内外はし侍らむ。たど心やすく思ひ給へ」と、つれなく宣へば、又聞えさせむ方なくて、「あさましく打解け給へりつるものを」など、歎く歎く退きてうち臥しぬ。ありしまろ寝の、心づくしなりしを、今宵は心やすく、解き散らして打臥し給ふに、女君はいとど懼ぢまさり給ひて、心ぐるしげなる御さまに、おぼし煩らひぬ。されど今宵は、苔のさむしろも思しやられず、いた疾う明けぬる心地して、鳥の音のつらさも、今朝ぞ思し知られける。辨の乳母參りて、「明け侍りぬとは知らせ給はぬにや。いとはしたなき程になりぬと、なげく聲し侍る」と、聞えさすれば、狭「まださは深からむものを、葛城の神の、さかしらにや」とは宣へど、からうじて起き給ひて、指貫の腰引きゆひ給ふも、隔て多く、心細くおぼえ給ふも、いたかく様あしき心の程は何時のほどに習ひけるにかと、我ながらもどかしきまで思さる。狭解きわび
しわが下ひも
をむすぶ間はやがてたえ
ぬる心地こそすれ
あまりなる心いられも、如何ならむとゆゝしければ、言ひ消ち給へど、辨の乳母は、めでたしとぞ、聞きける。月ごろの御物思にいたどしき御心惑さへたぐひなくて、泣きあかし給へる涙の淵も、實に身をながさぬわざにや。いみじう心ぐるしう見おき難きを、暮るゝ待つ間のおぼつかなさもわりなかるべく、又さりとて、いつしか顯はれ出でて人にもてあつかはれむも、ならはぬ心地には、なほいかにぞやつゝましく思さるゝを、たど宰相にも知らせで渡してむ。明暮さしむかひて言ひ慰めまぎらはさば、おのづから心より外に、わすれ草生ふるやうもありなん、とおぼして、狭「その車こゝに寄せさせよ。心地のいみじく惱ましければ、出でぬなり」と宣へば、御格子一間ばかりあけて、御車寄せさす。二十餘日の月なれえば、月もまだいたあかきに、雪の光さへ隈なくて、晝のやうなるに、をとこ君、枕がみなる几帳をおし除けて見いだし給へれえば、いづれを梅とわくべくもあらず、降りかゝりたる枝ざしども、かのありし行きずりの梢にいたよくな似たるも、思ひの外に目とまりし火影、おぼし出でられて、いたみじくあはれなれえば、女君に琴の音きゝしさまなど、語りきこえ給ひて、狭「思はずにをかしかりし火影は、それにやと、思ひよそふるまでありがたうものし給ひししな。ほど〳〵思ひうつりぬべかりしを、思ひそめつること變らぬくせなれえば、かしこくぞ思ひしのびてやみにしか。あの梢どもは、その夜の心地してあはれなるを、なほ見給へ」と、切におこし聞え給うて、狭ゆきずりの
花のをりかと
見るからにすぎにし春
ぞいたど戀しき、給ひて、さま〳〵に恥かしくもありける事かなと聞き給ふに、姫よそながら散りけむ花にたぐひなでなど行き止る枝となりけむなど、心のうちにくち惜しうおぼさる。御車擡げたれえば、いた輕らかにかき抱きたてまつりて、乘せたてまつり給へるを、辨など、「いと俄にここそ侍るべけれ。暫しはかやうにてもおはしましなむものを。宰相殿もいかに怪しく思さむ」と聞えさすれば、狭「ならは、まづたど一人ばかり、疾く乘りたまへ」と急がし給へえば、いたど心あわたどしき心地して、とまる人々によろづは言ひおきて、ひきつくろひて參りぬ。殿におはして、まづ我下り給ひて、御几帳ども、取り出でなどして、例のおろしたてまつりたまひぬ。辨も下りぬれえば、道季に、狭「この人ありつかず思ふらむ。局などあらばかしうしつらへ」など宣はすれえば、道季「なにかと人なな招き給へりつゝ、今いとよくありつかせ給ひなむ」と宣ひて、實にいた思ふさまなる局し出でてするなど、扱ひありく。君は心やすく思ふさまにおぼされて、日たかくなるまで御殿籠りたるに、殿の御かたより、「たどいまわたらせ給へ」ときこえさせ給へるにぞ、辛うじて起きいで給へる。大貳のめのと參りて、大貳「昨夜もいづくにおはしますぞと問はせ給ふに、知り侍らぬ由申しはべりしを、わりなく侍りしか。今はまかせ給ひしこそ、そのわりなく侍りしか。なほ歩かせたまはむ所、知らせさせ給へ」と申せば、笑ひたまひて、狭「入りと入りぬる人まどふなる山道なれえば、知らせさせ給はむこと難くこそあらめ。おなじくば、隨身してをありき、
給へ」など言ひ戯れたまふ御けはひの、聞かまほしうめでたけれえば、辨のめのとも、獨り笑せられて、几帳のほころびより覗けば、紅の御衣どもの、綿すこしふくらかなるに、うす色の堅紋なるなど、重なりたるゐろあひ、なべてならず清らかに見ゆるに、昨夜の雪にところ〳〵かへり萎みたるさへ、こと更にかくてこそ著めと、なまめかしくめでたし。烏帽子の額もすこしあがり、鬢臺しどけなけにて、まだいた眠たげなるまみ、色のあはひなど、雪にいたどもてはやされ給ひて、あたりまでこぼるゝ心地する御匂ひ愛敬などを、大貳のめのとが、うちの御まかなひして、つゝましげならず、さしむかひ奉りて、打笑みつゝ見たてまつる氣色のめでたさこそは、けに思ふこと無けに生けるかひある人とぞ見ゆるや。御手水ばかりを召して、狭「まづ、召すにまろらむ」とて、裝束してけなけにして出でたまふを、大貳、「ぬり侍りぬ。まづなほ〳〵」ときこえさすれば、狭「今さへ餘りねぢけがましくならはし給ふぞ。心もとなくば、まづ代してよ」と宣へば、たる氣色も、けに氣高うめでたし。狭「かの聞えしわたりの故里に、ひとり立ちかへりて、心細げなれえば、今日やがて迎へたるぞ。問はせたまはざらむ限は、上などにもなにか申さるゝよ。宮のわたりにもいた折惡しきころなれえば、善きこととも宣はせじ。三條にわたるまででは、たど忍びやかにてと思ふなり。老人ひとりど具したるを、ありつくべき様に物せよ」と、宣ふを聞くほどは、たど打ち笑みて、大貳「殿うへも何しにかきこえさせ給はむ。如何にも如何にも、御心とどめさせたまはむ人をば、いかでか、とこそ宣はすれ。まいて、あな辱や、いかにおぼしめし喜ばせたまはむものを。あなうれしや、思ふことこそ無くなり侍りぬれ」ときこゆれえば、狭「こゝろ留まるなど、たちまちに定むべきならねど、心ぼそげなめる人なれえば、何かは、心やすからず物むづかしき世の中の慰にもとと思ふなり」と、かたらひおきてわたり給ひぬる間にぞ、大貳ちかくまゐり寄りて、御几帳のかたびら引揚げて見れえば、御ふすまの下にうづもれて、人おはすとも見えぬに、御髮ばかりぞ、こちたけにたゝよなはりゐて、いた所狹げなり。いで、よも何ごとも斜におはせむ人をかくまでもてなし給はじとは思ひつれど、うち見るはなほ驚かるれえば、寄りて引き延べて、すそうち遣りたるに、まことに、おくれたる筋なしとはこれをいふにやと見えて、取る手もすべるつや、筋の美しさなどの、齋院の御髮にいたよく似たまへり。長さどまだ少しおとりてやと見ゆるは、御年のほどに隨ひたまへるにやと見るに、かう驚ききこゆるけはひを聞きて、辨のめのとも寄りたれえば、大貳殿の御けしき、まだ見たてまつり知らぬさまに、見えさせ給へるがめづらしさに、おどろかれ侍りて、ちかう參り侍るに、理にこそと、この御髮ばかりに先思ひ給へなりぬ。世とともに世の中をたどよはせ給ひて、あけくれ、殿上の御前よりはじめまゐらせ、わたくしの心肝を惑はしはべりて、たど少のほだしに、思しとまりぬべからむ人を、見聞きいでばやと、唐國までも尋ねまほしげに思しさわぐめる、御祈のしるしにやと、かへす〳〵胸やすまる心地し侍りてなむ。まいて上の御前など聞かせ給はば、如何ばかりおぼし喜ばせ給はむもなどこそ宣はせ
つれ」など、君の御心のうかれ惑ひて、つゆばかり心とどめ給ふ人もなくてさわがれ給へる、年ごろの御物がたり、こまやかに語り出でて喜ぶに、實にかばかりまで思し留むること無かりつらむに、明日の淵瀬は知らず、今日ばかりにても、いかなる御宿世にてかは、人もかう見知りたまふばかりの御氣色にも、と嬉しさもおろかならねど、辨いと然ばかりならむ御心のうち、名残なきやうは有難くこそ侍るべかめれ。年頃もかやうなる御氣色とは、承りながら、きしのまゝたづね取るらむあまたの列にては本意なし、やとのみ、思しつゝむめりしほどに、あさましくうち捨てきこえさせ給ひてし後、いくらばかりの程をだにも經ず、あくがれ出でさせ給ひぬる、いかなる事にかと、ほれ〳〵しき心地し侍りてなむ。皇后宮よりも、きこえ給ふやうも侍りしを、かうわかぬ御事にししもものせさせ給ひて、つひに如何なること侍りて、みづからのあさましうもてなしきこえたるにかかなり侍らむと、安きそら侍らぬに、いたどこの御物語どもに、下づれたる心地し侍る」といふさまも、いたゝめやすき人様なり。大貳あなまが〳〵しや。おほろけにおぼしさだめたる御心には侍らじ。よし見たてまつり給へ。春宮にまるらせ給ひつらむに劣りたる御ありさまに、よももてない奉り給はじ」など、心をやりて言ひちらしつゝ、御髮をうちもおかずめで居たり。まこと宰相は、昨日はわたり給はすなりにしを、おぼつかなさに、文たてまつれ給ふほどに、大將殿より御文あるをまづ見たまへば、狭俄なるやうにとおもひ給へしかど、とみには日次もよろしからず侍りしかば、昨夜なむこの侍る所に渡しきこえさせてし。辨など、騷がれ聞えなむとて、いみじう懼ぢ侍りしかど、心やすくふみわけ給へる跡とも見え侍らざりし庭のけしき、見おきがたく思ひ給へられしかばなむ。勘當侍るまじうは、夕つかた立ち寄り給へ。みづから聞えむ。などやうにぞ宣ひける。さこそはと思ひつる事なれど、いた俄に輕々しきさまにて、わたり給ひにければ、くちをしく覺ゆれど、いでさばれ、なか〳〵任せたてまつりてむかし、内裏などに聞かせたまはむことも便なかるべけれえば、ことさらに忍びたる様にもてなさむとし給ふならむ、と思せば、返にも、宰相月頃わづらふこと侍りつる人の、この五六日は、いたうくるしがり侍れば、見たまへあつかひて、故郷もいたどあらし侍りつるに、立ち寄らせ給ひけるをなむ、おどろき思う給ふる。さても、などか御前には召すまじき。などきこえ給へり。辨のめのとの許にも、宰相「俄にわたり給ひにける。あさましく」など宣はせて、藤衣なれど、なべてならず清らなるどもたてまつれたまへり。姫君にも、辨「かうなむ文侍る」など聞えさせて、いたみじう泣きしづみ給へる、著かへさせ奉りなどす。我は今朝とりつくろひたりつれど、みつばよつばに輝くやうなる殿づくりの、しつらひ有様よりはじめ、さぶらふ人々のなりかたちなどの、おほろけの人さし出づべくもあらずめでたけれれば、我はただ、水鳥の汀に立ち出でたる心地して、いたわりなし。大殿のおはします方よりは別に、五間四面なり。寢殿、對、廊、渡殿など、みなこの御
かたの女房、曹司、さぶらひ、藏人所などにせさせ給へるなるべし、庭のまさごの白銀かと見えたるに、木草のたよずまひまでも、なべてならず見ゆる枝ざしに、吹きよる風の音なひも、面白くいみじうて、この世とはおぼえぬ松の木立ありさまを、御門の外より見いれて、も、この中あけくれさぶらふ人の、何事を思ふらむ、いかなる様なる人、かよる有様すらむ、など思ひやられしを、身の上になりて見出したるは、身をかへたる心地のみぞする。高きもくだれるも、天の下にすこし人なみ〳〵にかぞへ知らるゝ際の法師俗は、あけくれ立ち違ひつゝ、如何なるわざをして、いさよかも御覽じ入られららむと、心をつくして、朝夕のいたなみにまろり仕うまつりても、何ばかりのめでたき事にて、やむごとない事となく、ただ一言葉も、ものなど言ひ觸れたまふを、かしこく嬉しき事にて、日をくらし夜をあかし給ふにつけても、又いま少しこの御方に、參りようし給ふぞ理なるや。あそ給ふかた樣も、あけくれ向ひ見奉らまほしきものに思はれたまひて、もてかしづかれ、いつかれ給へる有様、いつくしうめでたきをばさるものにて、こゝら見る人の中にも、この御顔かたち、けはひ有様に、夢ばかりにても、うちなずらふべきが、この世に無かりけるよ、と明暮過ぐる日かずに添へつゝ見奉るたび毎に、わが君の御宿世は人にはまさり給へりけり、とのみ思ひ知らるゝに、見奉りて後は、夜のほどだに立ちかくれ給ふをゝもなく、まれ〳〵一品宮ばかりに打通ひまゐり給ふも、明しもはてぬに、晝間の程も暮しがたげなる御けしき見るに、月草に聞きたてまつりし御心の、うしろめたさなれど、思ひしよりも過ぎたる心地のみするに、人々の、過ぎにし方の物語などを聞くにぞ、なほいた危くも又賴もしくもありける。殿上は、御氣色のすこし世のつねなるを、たど御祈どもの叶ふなめりと、嬉しうのみおぼさるれえば、宮に夜むげにとまり給はぬことも、内々には歎きたまひつゝ、え申し給はぬに、若宮、「大將の御方には、齋院に似たてまつりたる人ぞある。宮の姫君にやあらむ。されば、まろをば、懷にもよろは寢させず」と、恨めしげにおぼして宣ふを、あやしあやしと聞き給ひて、大貳のまゐりたるに、上、「まことか。さる事や」と、問ひたまへば、はじめよりの事ども聞えさせて、大貳「問はせ給はざらむ限は、なにか申す善からぬこととこそ、さいなみ給はめ、と宣はすれえば、え聞えさせでなむ。宮には、いたど物憂げにおぼしめして、よしなし歩きなども、今はせさせ給はず、こよなう世づきたる御氣色に見えさせたまへば、うれしく見たてまつり侍るなり。御かたちなどこそ、あやしきまで似たてまつらさせ給へる」など語りて、いたよき御あはひに見えさせ給へば、聞き給ふ御けしきも、けにいた嬉しげな、數ならざらむ人のきり。母など、然宣ふとも、みづから一人には、今迄宣はざりける。數ならざらむ人のきはにてだに、すこしもあはれと思したらむは、疎にもえ思ふまじきを、まいて心ぐるしき御ことにこそあんなれ。俄にわたり給ひて、いかにつゝましくのみ思さるらむ」と、きこえあつかひ給ふほどに、殿わたり給ひて、「何事」と宣へば、母「しか〳〵の事あ
りけるを、今まで知らざりけるがあやしさ。かの御心ひとつに、思ひあつかひ給ふらむも、本意なきことや」と宣へば、いみじう聞きおどろき給ひて、堀川「すべて、大貳が心なむくち惜しきなり。みづからこそ、内裏に聞かせ給はむことなどによりて、然もつゝま給はめ、さりとても、それに從ひて、そこにさへ知らず顔つくりてあるべかは。その伴にあるらむ人も宰相も、如何にあやしく思の外なるやうに思ふらむ」とて、いみじうむづかり給ひて、さるべき人々召しつゝ、御しつらひ、物の具、調度なども、ひきかへ改むべきさまに宣はせなどして、思しおきて、もてかしづき聞えさせたまへる様、限りなきものに思ひきこえさせたまへる、齋院の御志におとり給ふべくもなかりけり。とまりし人々も、また然らぬも、心ことなるも、數知らずまゐりつどひ、宰相も思ふさまに、出で入り見たてまつり給ふに、宮おはして、かぎり無き内裏參に、おぼし立ちたらましも、え斯うしもや、と思ふ様に思さるゝにも、うしろめたくいみじきものに見おき奉りて、きゝはて給ひにし人の、御こゝろの中思しいづるは、いたくちをしう覺えたまひけり。大殿は、かくもてかしづき給ひても、一品宮にまゐり給ふことの難きを、いたかたじけなう、あるまじき事に思さるれば、さるべきをり〳〵に、御氣色とり給ひつゝ、なほ人目こよなかるまじき様にもてななし聞えたまふべく、をしへ聞え給ふ。人をみづからの御心にも、心にまかせては、えあるまじき身ぞかしと、みな思す事なれど、打聞くには、いでや、とてもかくても、身の苦しかるべき宿世ぞかし、とおぼすに、ものも申したまはず、かしこまりてまめだち給へるを、又さど思すらむかしと、見たてまつり給ふには、あぢきなや、斯うまでうつゝ人にて見るべかりし人かは、これよりあるまじき心をつかふとも、露ばかり心にものしくおもはむことを、言ふべきならず、など思せば、たどすこし物思なぐさめたる御けしきなるを、めでたく嬉しと誰もおぼして、かけてだに聞えたまはざりけり。されど、もとより通ひまゐり給ひし夜かずは、かくて後とても、かはること無うもてなし給へるを、たど常のことゝて、今はたどあてやかにて、見知らぬ様にもてなし給はば、なか〳〵に、心ぐるしう辱きかたには思ひきこえさせ給ふべきを、あさましうゆるぶ夜もなく、うとく恥かしうつらきものにのみ思して、はかなき言の葉のいらへも、まれ〳〵は思の外にとりなして、言ずくなに答へない給ひつゝ、恥かしげにらう〳〵しげなる御眼尻に、こゝろよからず見おこせ給へば、月日に添へて、頰はしさのみまされえば、かやうの事も、とやかくやと打語らひ、言ひもなぐさめ奉り給ふべうも無けれえば、唯かたみにおしこめて、谷のうもれ木にてぞすごし給ひける。女宮も、年頃は、あさましう見まうき心とおぼしながら、流石に、その事ととりたててなめけに見え聞ゆる事もなけれえば、たど心の癖にこそは、身こそつらけれ、と思し知りて、人のつらさは咎むまじきに思召しつるを、いたかう、まだ知らずめでたき御なからひの例に言ひたてらるゝ片つ方さへ、出で來にたれえば、いたど言ふかた無うのみおぼされて、やがてこの御はてのほどに、尼になりて見えずなりなばや、と人知れずおぼせど、それにつけても、人をも身をも恨み給ひて身を捨てつるためしに、いま行末までも言ひな
されむさまの、人わらはれに心憂かるべきを、またさりとて、つひには絶えはてむ有様、かはらぬ様にて見はてむも、今すこしをこがましく、わが心のうちも慰む所なかるべし、など思しなりて、薄墨染をば、やがてたち替ふまじくまうけさせ給ひて、わたり給へるをりも、すべて隠れつゝ、さらに見えたてまつり給はぬなりけり。過ぎにし方は、かやうなる夜なく〳〵も、さして心とまる方の無かりしかばこそ、姫君ふところに臥させたてまつり給ふ。またわかき人々と、はかなき物語などうちし給ひつゝ、まぎらはし明したまひしか、今はよろづに思しつゝめど、見まくほしさにはいざなはれ給ひて、さのみもえつくろひやり給はぬを、いたどあさましとのみ、御心にあまるをりは、二三日なども起きあがり給はす、泣きしづみ給へり。かやうにて年もかへりぬれれば、大將殿の御方には、女君の御姿などこそ、改るしるしもなけれど、とても花やかならねど、殿の御方に元よりさぶらひし人々は、衣の色ども、春の錦をたちかさねたり。さま〳〵祝ひ過しつゝ、はての十五日には、わかき人々、こゝかしこに群れ居つゝ、をかしげなる粥杖ひきかくしつゝ、かたみにうかどひ、また打たれじと用意したる、すまひ思はくどもも、おの〳〵をかしう見ゆるを、大將殿は見給ひて、狭「まろを集りて打て。さらばぞ誰も子はまうけむ。まことにしるしある事ならば、いたふとも念じてあらむ」など宣へば、みな打笑ひたるに、「いたど今は、さやうなるあぶれもの出來まじげなる世にこそ」とうちさゝめくもありけり。わか宮ど、ちひさき粥杖を、いたうつくしき御ふところより引き出でて、打たてまつり給へば、うちゑみ給ひて、狭「あな嬉しや。宮のあまりかたじけなくおぼえ給ふに、わたくしの子まうけつべかりけり」と、かひ〳〵しくよろこび申し給ふもをかし。やがて申し取り給ひて、ひき隠して、女君のおはする几帳のかみより、やをら覗きたまふを、をかしと誰も見たてまつりつゝ、忍びてわらへば、狭「あなかま、あなかま」と手かきたまふ。辨のめのとは、嬉しきながら、さすがに危げにおぼえて、顔うち赤めたるぞをかしかりける。新しき年の忌々かさねて、上にも、おなじ色の無紋の織物などかさなりたるも、いたこは〳〵しく榮なかるべきを、あくまで花やかにたを〳〵と、にほひおほく著なし給ひて、手ならひして添ひふし給へる御うしろでは、吹きよらむ風の心もうしろめたう、心苦しかりぬべう思さるれえば、この杖もさしよせ、狭「これ見たまへ。今まで子もたずとなげき給ひて、まろが腰打てとて、若宮にとらせ給へりけれえば、わびしう痛き目をこそ見つれ。まことならば御爲おそろしからなることを、むづかしきわざかな」と宣へば、御顔をいみじう赤くなして、いたどうつぶし給へるが、世に知らずうつくしげなるも、なほあさましきまで、思ふ人に似たまへりけるなど見給ふに、いたどあさからず、志もまさるものから、かばかりを慰にてやみねと、神佛のおきてたまはりけるにこそはと、片つ方のむねは、なほうち騒げば、女君の持ち給へる筆をとりて、狭たづね見
るしるしの杉
もまがひつゝなほ神山
に身やまどひなむ、など、人見るべうもあらず書き汚したまふ。女君の、眞字や假名や、さま〳〵うちとけ
て書い給へるすみつき、文字樣などの、まことしう勝れてをかしげなるを、うちかへしうちかへし見たまふにも、思ひし事は叶はぬにはあらずかし、この神山のまどひは、まめやかにはあるべかりし事かはと思しなす。御硯に、梅がさねの紙の、なべてならぬ、重ねておし卷かれたるがあるを、取りて見給へば、皇后の宮の文なり。皇后日ごろは、行方無うおぼつかなきことをおもひ侍りつゝるに、ひと日ちかきほどにと宰相のものせしかば、心やすくなりて侍れど、川ぞひ柳は、なほいかにぞや侍りとて、皇后おなじくば
木だかき枝
に木づたはでしづえの梅
に來居るうぐひすとあるを、うちほゝ笑みつゝ見給ひて、狭「この下枝は、他人の言はむやうに、いた辛きことも宣はせたるものかな。御返事は、如何きこえ給ひつる」ときこえ給へど、はか〳〵しういふべくもあらす、まめやかに、狭「春宮如何に安からずおぼすらむ。あさましき事なりや。あやまりても讓りたてまつらむこそ本意にて侍るべけれ。庭たづみ見つけたりし日なども、我がものに思いたりしものを。又こよなう取分き給へりしも、人知れずくち惜しき宿世のほどとは、おぼし知るらむかし。さはありとも、今は、何かはさも思す。さまでもかひ無からぬやうもありなん」など、細やかに打語らひきこえ給へる御あはひ、見るかひありてめでたき例にしつべし。かやうに、斜ならず見るかひある人を、朝夕に見なづさひたまふには、過ぎにし方の物なげかしさもわすれ給ひぬべけれど、若宮の夜の御懷あらそひの若々しさをなぐさめ給ふ度ごとに、まづかきくもり物哀なる心の中は、つゆばかり、ありしにかはる事なかりけり。とざまかうざまにつけつゝ、あさましう思はずなる心のほどを、見え奉りて止みぬるかな、一品宮にまゐり初めしころほひは、心のうちの焦れまどひしほどを、夢のうちにもかよふ魂あらば、おのづから知り給ひなむと賴まれしを、いたど、「見しにも似たる」とありし御手ならひは、いたほしく悲しかりしものから、又なべて、よづかぬ心のくせども思しやすらむと、思ふ方も慰められしを、この頃は、姨捨山の月にまふ事絶えざりけり。一品の宮に生ひ出で給ふ姫君、おとなび給ふまゝに、けになべての人のゆかりとは言ふはあらぬわが心にも、きこえやらむ方無くて、久しくさへきこえさせ給はぬも、また如何様にかおぼしならむと、人やりならず歎かしくて、御方に獨りながめ臥したまへる夕ぐれの空の氣色、とりあつめていと忍びがたきに、思しあまりて、例の心ときめきに、すこしほのめかし給へり。狭ながむらむ
ゆふべの空に
たなびかでおもひのほかに
烟たつ頃ときこえ給へり。されど、例の中納言のすけの、おぼせ書ばかりにて、かひ無きも常のことなて、目なれたまひぬべけれど、こはかゝるべき中のちぎりかは、などかは、我が心のつらきぞかしと、いひやるべき方無う、わりなき心ぐるしさなどは、たど昨日今日のことのやうに、かきくらされ給ふほどは、かよる獨居をしたまひつゝ、身をこがした
べくもあらず、大將殿にもうち覺えたてまつり給ひて、なのめに人の思ひきこゆべくもおはせぬ有様なれど、宮は心づきなきゆかりと思せば、心ひとつに任せて、あはれに思し扱ふべきこととも思さず、かばかりまでほのめき給ふも、たど此のゆかりと心得たまへば、世を背きなん後まで、名殘もとどめま憂きを、たどあらはして渡しやしてましと、思すをむ。知り給はす、何ごころ無き樣のうつくしさを、流石にあはれにも、人知れず思しけり。かやうなる内々の御けしきを、御乳母たちなどは見知りたれど、殿にも露きこえさすべ御樣にもあらず、はづかしげなる御けしきなれれば、たどあはれに心苦しき御ことを、おの〳〵言ひ合せつゝ過しける。大將殿も、すこしは心得そめたまひにし御氣色なれれば、實にいかにせましと思すをり〳〵はありながら、今更に如何にしてかは、外ざまへももてなし聞えたまはむ、おほかたの有様などは、とかく聞えあらはし給はねど、斜ならずもてなし思ひきこえさせ給へれば、かよりとて、口惜しう飽かぬことありぬべき御行末ならねど、へだてなき御なからひに、同じ心にもてかしづかれ給ふやう
には、いかでかはあらむ。互にこゝろの中ども、爽ならず思ひなし、心苦しく思さるゝよ、度ごとには、また昔もおほし出でぬをりなし。數ならぬ際と、侮らはしかりしかど、かかる人のたぐひもことに無かりければ、行末は、強ひてもえおとしめざらましものを、など、大方過ぎにしかたをわすれぬ御癖の涙もろさは、絶ゆべき世もなし。飽かぬことなくめでたき人を見たまひながらも、かやうなる心のうちども、絶えずならひにける忍びがたさの、物歎かしさなどは、おのづから漏り出でつゝ、ならはばとのみ思ひ聞えさせ給へるかひなく、姫君も、うちとけにくゝ、隔多かりぬべき御心と、人知れず見知られ給ひけり。大殿にも、姫君をゆかしく口惜しき事と、常に聞えさせ給へれど、猶なほあるやう侍れば、今は、つひには御覽じてむ」などのみ申しつゝぞ、過し給ひける。暑き程になりては、いとゞ思ふあたりの涼しきより外には、立ちはなれがたくて、起臥もろともに亂れすぐしたまふ程に、齋院にも、例ならずおほつかさき日數隔たりにけるを思し出でて、すゞしき夕風待ちつけてまゐり給へれば、人少にしづかなる心地して、御前に二三人さぶらひける人も、皆うち臥して寢入りたるに、やをらちかく參りよりて、御几帳のそばより見いれ給へば、御前にも御殿籠りたるなりけり。二藍の羅をたてまつりて、ひきかづかせ給へれば、御顔も身もつゆかくれ無きに、御髪は、ゆくへも知らず、つやゝゝとたゞなはり行きて、額がみのすこしかへりたる分目、かんざしなど、なかなかいとかう細には、久しう見たてまつり給はざりつれば、めづらしく嬉しくて、つくづくとまもりきこえさせ給ふに、昔よりなほ、おほろけならず思ひしみ聞えさせてしけにや、いと斯ばかりなるにほひは、更に並びきこえさすべき人こそなかりけれ、いでなほ、我が宿世の口惜しうもありけるかな、これを我がものと見奉らずなりけるよ、逢ふにしかへばとかや、いとがばかりなりけむ人をしも、言ひおかざりけむかし、この御身にかへむ命は、さらに惜からざりけるものを、心清う見ない奉りける我が心は、おほろけならず心づよくもありけるかな、今とても、人をも身をも一向なきものに思ひなさば、難うしもはあるべき、など月頃すこしおほし紛れつゝる心のうちも、かきくらし思しつゞけて、長押に寄りかゝりたまひて、つくゝゝと居給へるに、うち身じろきて見あはせ給へるも、あさましき寢ぎたなさを、いかに見たまひつらむ、と恥かしく思しめされて、御顔もいとあかうなり給ひて、やうゝゝ几帳にまぎれ入らせ給ひぬるも、いと口惜し。人々今ぞ起きつゝ、少しゐざり退きなどしつれば、狭「常よりもいと堪へ難きみだり心地に、まかり歩きもえし侍らで、久しくまゐり侍らでなむ。さるは一日もまゐり御覽ぜられぬは、いとくるしく思ひ給へらるゝにこそ。御前には、さしも思召いたらぬものを」となど申し給へば、齋院「例よりはあやしう程經つれど、御心地はえ知らざりけり。などか宮もひさしくは」と宣はするを、例よりは待遠におほしめしけるよ、かう心ことなる人のしるしとぞ、おほしつらむかし、と胸うち騷ぎ給ひて、苦しうおほさるゝぞあぢきなき。狭「宮は、いみじう參らまほしうし給へど、上の、やがて今日明日わたらせ給はむにもろともに、とのみ聞えさせ給へれば、今日も内裏よりやがてまゐり侍れば」など申し給ひて、狭「まことや人知れずこゝろひとつに思うたまへあまる事こそ侍りつれ
あらぶる神も、ことわり知り給ふわざに侍るなればにや、とは思う給へながら、なかなかなる形代をこそ見たまへしか。いでや、されど、しばし忘るゝ心は神もつき給はぬわざにや、今少しあやかりやすにぞなりて侍る。空目にやと、いかで、御鏡のかけに御覽じくらべさせむ」とて、うちほゝ笑みたまへる御氣色、大貳がいうとて、上の宣ひし人の事にや、と聞かせ給へど、御答も無ければ、うち泣きつゝ、狭おほか
たは身をやな
げまし見るからになぐさ
の濱も袖ぬらしけりとて、はては例の、忍びがたけに漏し出で給ふ涙の氣色に、またかきつくし心づき無う思しならて、なほ眠たげなる氣色にもてなして臥させ給ひぬるも、中々何しに聞えさせ出でつらむと、くやしう思す。
そのころ世の中いと騷がしうて、道大路にゆゝしきもの多く、やむごとなき人もあまた亡うなりなどし給へば、あはれにはかなき事を誰もおぼさる。帝も例ならず思されて、心得ぬさまの夢さわがしう見えさせ給へば、我が世の盡きぬるにやと、こゝろ細くおぼしめさるゝにも、次のおはしさまさぬことを、いかでか口惜しう思さゞらむ。大殿まゐり給へるに、御物語こまやかにきこえさせ給ひて、帝「命も宿世も盡きにたる心地するを、知らず顔にてのみ過して、此の世を別れざらむことの、罪ふかう口惜しかるべきを、大將のあづかりの若宮、たゞ人になさむの本意ふかしと聞きしかど、襤褸にくゝまれ給へる女帝にゆづりおき、もしくは、一世の源氏の位につくためしを尋ねて、年高うなり給へるおほいまうち君の、坊に居むよりは、あへなむとこそ思ふはいかゞ。さのみ言ひつゝなほ一日位を惜むとも、かぎりの命のほどは、心にもかなふべきならぬを見るをりに、なほ一日にても、心のどかなる様にもなりなまほしくなむ」と宣はするを、いかゞは、ふと善きこととしも思されむ、堀川「世の中の静かならぬ事は、おのづから然のみこそ侍れ。おの前の世の契のほども聞きいれさせたまふべきにも侍らず。思召さるらむこそ不便にさぶらふことなれど、そは御祈などさせさせ給ひて、なほ静かに、試みさせ給はむこそよく侍らめ。あまり物騷がしき様にさぶらひなむ」と奏し給ひても、實に坊に居たまふべき皇子のおはせぬは如何なることにか、と思しなげきけり。内々には、若宮の御宿世のいと辱かりける事と、もてかしづき聞えさせ給ふを、大將殿は、あるまじき事かなと聞きたまへど、いかでか然も聞えたまはむ、女帝も、かよる折や、昔も居たまひけむ、いかなるべき世にか、と人知れずおぼすにも、かの「峯のわか松」とかや、いはひ置きたまひけむ生先の、まことに叶ふべきやうもあらば、いかなる心地しなむ、さる事のあらばしも、まことに生けるかひありける身とは覺えなむかし、かのつれなき御心にも、さりとも如何でか、いとむけには思されむ、など心一つにおぼすにつけても、さしむかひて、とやかくと、互に心の中をも聞え合はする世なくて過ぎなむは、なほかへすゞ思ふにも言ふにもあまりて、くちをしう心憂くおぼされけり。中納言のすけ、大貳のめのとおなじ同胞といへど、おなじ身をわけたるやうに、かたみに思ひかはしたれば、この人の露ばかりも漏らしたることをば、心よりほかに散らすべきならねど、なき御かけの御覽ぜむこともあり、さばかりかくし忍ばせ給ひて過ぎさせ給ひしを、心よりほかに、わが心得知り初めし事だに、かたはらいたかりけり。また入道の宮、この御あたりには残り無く知り給ひたるらむと、さばかり思召しうたがひたるものを、末の世にもおのづから聞きあはせ給ひて、思ひの外なりけりと思召されめ、とてもかくても、今は若宮の御爲に、誰もおろかに思ひ聞えさせ給ふべくは無かりけり、とおもへば、大貳にも、この御事をかけても語らざりけり。夏深くなるまゝに、世の騷がしさもいやまさりにて、たかきも卑しきも、残る人すくなになりつゝ、月日天星のけしき、雲のたゝずまひも静かならず、あわたゞしきまゝに、
帝もいとゞなやましくのみなりまさらせ給へば、なほわが世は盡きぬるなめりと思召して、昔の一條院におり居させ給ふべき定になりぬ。年ごろも、次のおはしすまじきにやと、くち惜しきことに明暮おぼしめしつれど、さりともある様あらむなど、たのみ過させ給へるを、昨日今日となりては、なほいと本意無きことにおぼしめすこと限りなし。世の人も、「未ださかりの御齢なり。父帝だに、たゞ人になしきこえさせ給ひてし宮を、またとりかへし坊にすゑ給ひて、位を去らせたまふことは、あるまじきこと」と悩めど、大殿などは、「さばかりやむごとなくおはせし后腹に、なのめにだにあらぬさまにて生れ給ひしものを、あるまじき事ぞかし」など宣ふを、いとをこがましと大將は聞き給ふ。嵯峨の院にも、思しはなれにし方様のことなれど、斜にもいかでかは思されむ、命の長かりけるが嬉しき事とよろこばせ給ふに、齋宮もあやしうさとしがちにて、宮もなやましげにし給ふよしきこゆれば、嵯峨の院なども思しなげくに、天照神の御けはひ、いちじるくあらはれ出で給ひて、さだゝゝと宣はする事どもありけり。「大將は、かほかたち身の才よりはじめ、この世には過ぎて、たゞ人にはありがたけなる宿世ある様なゝめるを、公の知りたまはでなれば、世はあぢきなきなり。若宮は、その次々にてゆくすゑこそ知りたまはめ。親をたゞ人にて、帝に居たまはむことは、あるまじきことなりさらでは、おほやけの御爲いと悪しかりなむ。やがて一度にくらゐを譲り給ひてば、御命もながくなり給ひなむ。このよしを、夢の中にもたびゝ知らせてまつれど、なほ心得たまはぬにや」などやうに、さだゝゝと宣はすること多かりけれど、餘りうたてあれば漏らしつゝ。かよる由を、忍びて、内裏にも大殿にも奏せさせ給へるに、聞きおどろかせ給ふことかぎりなし。若宮の御ことをぞ、誰も心得ずあやしう思しける。大殿上ながらも、あまりに然るまじき程の事は行末も如何と、恐しきかたも、さまゞ心静かならずおぼさるれど、斯う聞きたまひて後は、思ひ寝にやあらむ、帝の御夢にも、殿の御夢にも、「疾く代りゐさせ給はゞ、悪しかりなむ一とのみ、うちしきり御覽ずれは、いと心あわたゞしく思召されて、先わが御子になさせ給ひて、八月にぞ御國ゆづりあるべき定になりぬ。近き世に、かよる例もことに無き事なり、公を謗りたてまつるべき様もなけれど、なほ如何なることかあらむ、と言ひなやむ人多かるに、道理をたどり知らぬなどは、高きもみじかきもたゞ、時々も見たてまつらむことの絶えぬる事と思ひなげくさま、世に亡くなり給ひつらむ人のやうに、あまりゆゝしきまでぞありける。自らの御心にもおぼしたちし方様、いとかけ離れはてて、今更にいとあわたゞしく、ありつかぬ心地ぞし給ふべければ、ふさはしからぬ身の宿世と、思し歎かるゝなかにも、齋院を見たてまつり給はむことの、今はあり難うなりぬべきくち惜しさは、今さらに言ひやるべき方なけれど、此の世に言ひあつかふらむ様に、實にえ有るまじきことなれば、いと斯うしも覺ゆるにやあらむ、またえ保つまじかりけるにやと、流石なるをこがましさを現はしはててむことよ、など方々にもさへ安からず、わりなき御心の中、來し方にもいやまさりになりたり
されど、帝の御心地まことしう重らせ給ひて、一條の院にわたらせ給ひぬれば、逃れたまふべき様も無うなりぬるに、思しわびて、今は御ありきもあるまじければ、齋院に、夕さりつかた忍びてまゐり給へり。常よりもあつさ所せき年にて、御前にもなやましく思召さるゝに、かろうじて夕風すゞしく吹き出でたれば、人々端に出で居つゝ、月の心もとなさを待ちわたるほどのたどたどしさに、紛らはさせ給ひて、少しゐざり出でさせ給へりけるなりけり。思ひかけず音無うて參らせ給へれば、ふともえ入り來させたまはぬ御けはひの、常よりは近かゝき心地するにも、いとゞこゝろの中はかき亂り、忍びがたし。狭「かやうにまゐり侍らむことも、今よりはあるまじきさまに承れば、今宵ばかりもなほ見たてまつりてこそはとて侍りなむ。また然らずとも、見奉らむこと、今宵ばかりこそは限にも侍らめ」と、えり知りたるに、まいてこの御有様は、おぼつかなくては實にすぐしがたう思ひ聞えさせたまふらむ、理ぞかし、など、あはれにぞ見たてまつる。御前にも、見るを逢ふにては止むべきものと思しめしつるを、思ふさまにうれしき御有様ながら、覺束なさは實に、とばかりは、耳とゞまらせ給へれど、例のごと、つゞけてあるべかしき御答も無ければ、わが御心のうちは、はるべき様も無し。あきらかならぬ空のけしきも、なほ心づくしに曇りたりつる村雲はれて、月影はなやかにさし出でたるに、御几帳にはづれて、けざやかに見えさせ給へる御髪のかより、つらつきなど、等覺の位にさだまるとも、見奉らざるなりなむことは口惜しからむべきを、まして元より、この世の榮耀はことに好まずなりにし御心なれば、いかでか斜には思されむ。あさましき御心のうちの、かけゝしき方ざまをば、今は如何なりとも思し寄るべきならねど、水の白波なる御有様を、雲のよそにのみ思ひやり聞えさせ給はむには、ながらへぬべからむ命の程なりとも如何、と思しつゞけて、月の顔のみ眺めさせ給ひけり。狭めぐりあはむ
かぎりだになき
別かな空行く月の
はてを知らねばとて、押當てたまへる袖のけしきも、かぎりある世の命ならぬは、實にとや思召さるらむ、餘りにまばゆければ、御几帳をひき寄せさせ給ひて、やをら入らせ給ふ紛らはしに、月だにも
よその村雲
へだてずば夜なゝ袖に
やどしても見むと、なほざりに言ひ捨てさせ給ふ慰めばかりも、實になかゝなるを、思ひ離れぬほどしともなりぬべし。さぶらふ人々などを、御覽ずることの絶えはてなむをあはれに思すに、頓にも出で給はす、はかなし事もなつかしう聞かまほしき御けはひにて、あはれに心細げなることなどを宣はすれば、見たてまつる人も、かう世にめづらしき御よろこびともおぼえず、袖も濡れわたりつゝ、月も入りがたになりにけり。今はかう輕々しき御歩行も、いとあるまじき事なれば、さのみあかさせ給はむと便なくて、出でさせたまひしに、まだ夜は深からむと
おぼしつれど、明けにけるなるべし、路のほどに、戀草つむべき料にやと見ゆるちから車どもも、數多おしやり續けつゝ行きちがふ。御車なども、いたうやつし給ひて、人少なればにや、はゞかる氣色も無く、近きほどに乗りながら過ぐるも、おそろしきまでに思さるれど、思ふ方ざまへと御覽ずれは、目とまりたまひて、なほ見おくらるゝに、何このすがたも見えず物狂ほしげなる様どもを、さしも思ひ知らぬに、安らかに乗りなして、このごろ童べの口の端にかけたる怪しの今様歌どもを、いとしらゝしき聲にて、うたひて過ぐる氣色、心をやりてないがしろに、思ふ事無げなるにつけても、七車つ
むともつきじ思
ふにもあまるわがこひ草
はとぞ思しける。かくて八月廿日、御國讓ありける。かねてより、珍しかるべき事に天の下言ひ古しつれど、今はとかはり居させ給ふほどの有様などは、なほ現とぞおぼえざりける。何事も、つ、出で入りもしたまひつる人々は、あさましくのみ思さるゝに、見なしにや、御かたち有様、かくては又様かはりて、めづらしき光さし添ひ給ひて、たゞ人にて過させ給ひけむこと辱くぞ見え給ひける。大殿も、關白をば左大臣にゆづりきこえさせ給ひて、おりゐるの帝の位にさだまり給ひて、堀川の院ときこえさす。母宮は、皇太后の宮とぞきこえさす。かう思しかけざりし御有様どもも、然るべきとは言ひながら、一條院の御志おろかなならずおぼし知らるれば、一品の宮をなほおろかに思ひきこえさせ給ふまじく、堀川の院にきこえさせ給ひつゝ、とゞまらせ給ふべくきこえさせ給へど、一品「心よりほかに、時々見え奉りしだに安からざりしを、今は、何しにかは、雲の上まで、人笑はれに、をこがましき有様をあらはし果てむ。うき世の中も、かよる序にこそは、思ひ離れめ」など宣はせて、まゐらせ給はむ事は思しもかけ給はねば、一條院聞かせたまひて、たゞいだしにいとあるまじく、なほくゝしき御心なり」とむづかり聞えさせたまひて、たゞいだし奉らせ給へば、いとむづかしく思し歎かれて、その夜にもなりぬるに、つらき所多くはなさじとやおぼしけむ、姫君をかはりに、乳母たちなど添へたてまつらせ給ひて、まゐらせ奉りてけり。侍ふ女房なども、はかゞしく知らねば、まいて殿人などは、とまらせ給ひぬるも、え知らざりけり。帝は、例の御けしきの煩らはしげなるを、いかんと思しながら、様かはりたる有様をいかゞ見給はむと、恥しき方にも、心ゆるびなう思ひ聞えさせ給ひつゝ、心殊にひきつくろひて待ち聞えさせ給へるに、「御心地例ならで留らせ給ひにける御かはりに、姫君なむ一所まゐらせたまひける」と奏するを聞かせ給ふに、いとあやしく、本意なき心地させさせ給へど、いでや、いと思はずに、かどゝしき御心ばへは、見ま憂くのみ覺えさせ給ひにけり。送りおかれ給ひつらむ御有様の、あはれにゆかしう思しやらるれば、やがて渡らせ給へり。雛すゑたる様に、小く美しげにて居給へるを、御覽じつけたる、まづかきくらさるゝ心地させさせ給ふ。狭「いかゞはせむ、か
たり、いとつれゝゝげなるべきを、こゝろやり所にも人の思ふばかりにもてなしてむ」など、御乳母たちにも宣はせて、いと心ぐるしげにぞ思ひ聞えさせ給へる。斯く宮のとまらせ給ひにける事を、一條院も聞かせ給ひてければ、一條「いともものしう、己はづなる御心」と、かへすゞ聞えさせ給ひけれど、いかにもゝ思し初めつることをば直らぬ御癖なれば、一品御心地いとなやましう思されて」などぞ、聞えさせ給ひける。内裏よりも、日を經てうらみ聞えさせたまへど、かやうにもてなさせ給ひて、をさゝ御返りも無かりけり。弘徽殿には、日々にわたらせ給ひつゝ、琴など敎へ奉らせたまふに、いと敏うつくしう彈きとらせたまひつゝ、何事もすぐれて、見所あるさまに生ひ出で給ひぬべきを、あはれにうつくしう思しめさるゝにつけても、あらましかば、心安きわたくしものにて、交らはましものをなど、わすれがたう思ひ出でさせ給ふ事、いや勝りなり。斯うのみ此の御參の、すがゝしからず、煩はしきつるにはゞからせ給ひて、かのなぐさの濱にも、今まで御覽ぜぬは、いとゞ御心も紛るゝかた無う、もの歎かしきを、今はさりとてもあらるべきことならねば、宰相中將にも、參らせ奉り給ふべきさまにのみ、宣はすれど、例ならず惱ましげにしたまへば、如何にと見たてまつり給ひて、さやうに奏し給ふを聞かせ給ひても、いとゞしづ心無う、おぼつかなく思召さるゝまゝに、とみに夜の大殿にも入らせたまはず、はかなき琴笛、さるべき文どもなど御覽じつゝ、こよ無う更して、御殿籠るやうなれど、心もゆかざりし道のほとりどもさへ思し出でられて、明しがたし。月いとあかき夜、端つ方におはしすに、限りなうさし出でたるを御覽ずるにも、かの「夜な夜な袖に」と宣ひし御けはひ、まづ思ひ出させ給ひて、いみじう戀しくおぼえさせ給ふに、月影も、やがてかき曇る心地させさせ給ひて、いとゞ心もそらになりぬ。狭戀ひて泣
く涙にくも
る月かげはやどる袖も
やぬるゝがほなるなどやうにて、殿上の童を齋院にたてまつらせ給へれば、實に雲の上はまいて如何にと思召しやらせたまひつる秋の月かけなれば、をかしき御消息なれば、待ち見たまはむ御けしき、恥かしくおぼしやらせ給へど、今は人傳に聞えさせ給はむもあるまじき事なれば、あはれそふ
秋の月かけ
そでならで大方にのみ
ながめやはするとばかり仄かなり。御つかひに、菊のふたへ織物の袿たまはせたるを、かづきながら參りたるかしらつきなど、月にはえて美しきに、めづらしき御移香さへ、なべてならぬ匂とばかりに、うちふをりたるぞ、いとゞ戀しくおぼえさせ給ひて、人目も知らず引きよせて、涙もおとしけつべくおぼしめさる。文のけしきなども、唯おほかたに思はせたるなつかしさをば、疎ならぬさまにいひなさせ給へる様なども、さし向ひきこえさせたる心地のみせさせ給ひて、いとゞ御殿籠るべうもなければ、狭「燕子樓の中」と、ひとりごたれ給ひつゝ、「丑四」と申す迄になりにけり。心やすかりし御ありさまにてだに、身を心ともせ
ぬ世のなげかしさを思しあつかひしに、今はいとゞ、様々につけて、たち舞ふべき心地ぞさせさせ給はざりける。かやうなる御氣色を、一品宮の御かたに心寄せまゐらする上人などは、つきゞしう見なし奉りつゝ、あはれげにかたり聞えさすれど、もとより物思はしげなりし人癖に、いとゞ宮の女御の參らねばにこそと、をこがましくぞきかせ給ひける。御使も絶えず參りつゝ、かくあさましく本意無きことをきこえさせ給へど、御物恨みのかぎりにもあらず、過ぎにし御有様どもの様に、いつとなく惱ましうおぼさるゝをりゝあれば、さればこそ、え長くしもあらじものをと心細くて、御かへりなどばかりは、なかゝなつかしげに聞えさせたまへど、參り思はむことはいとおぼし絶えて、様替へさせたまはむことぞ思しける。宮の女御の御心地、たゞならぬ様に、人々見奉り知りて、大宮にも啓してければ、こらせたまはぬに、かう目に近くあざやかなる御ことを、めづらしく嬉しく、いかでかは思召さゞらむ。この御事の後よりこそ、あさましく思し浮れたりし御けしきも少しなほり、かくありがたき御位にもさだまり給へるに、いとゞ疎ならざりける御宿世のほどさへ、見附くべきことと、院などの思しよろこびたる様ぞ、今よりいとこちたかりける内裏にもかくと奏せさせ給ひければ、「いとゆかしき事をさへ添へて、おぼつかなさ、理なくおぼしめせど、この月は忌むべしなどあれば、しのび過させたまひて、十月にぞ神事などしけれど、あながちなる間に參りたまへる。御つぼねは藤壺なり。墨染にやつれたまへりし御有様だに、みたらし川のかけにもならひ聞えさせ給ひぬべく、ありがたかりしを、紅葉の錦にたちかへて參りたまへれば、今一入の見どころも増りたまへるにおぼつかなくて過ぎさせたまひつらむ日數も、うらめしくぞおぼえさせ給ひける。かよるほどは、すこし御心も慰むやうなるに、又いかにぞや、唯それかとまで、覺えたてまつりたまへる御かたちけはひも、ふと思ひ出でられさせ給ふかたつかたは、先づ御胸ふたがりて、この世の中ながら見奉らずなるべしとは思ひかけざりしわざかな、と思しつゞくる程は、かばかり見れどもあかぬ御有様をさしおきて、つくゝと長め入らせ給ひても、狭かく戀ひむものと知りてやかねてより逢ふことたゆと見て歎きけむと思さるゝにつけても、くらべ苦しき心の中はなほいとわりなし。さるは様ことうち惱みたまへる氣色の、らうたけさなどにも、立ちならぶ人々あらましかば、如何に心より外にくるしくむづかしからまし。ことをぞいたくふるさずなりけるも、來し方さへうれしきまで、立ち離れず、起臥しかたらひ聞えさせ給へり。年ごろ、如何様にまれ、たまさかに通はし見奉るわざもがな、と思ひ願ひ給へる上達部御子たちなど、「かくおほやけ様にならせ給ひては、否び給はぬやうもありなむ。煩はしかりつる一品宮さへ、かく世を背き給ひぬべかゝなるは、あこの御宿世のめでたかる
き賜はる人々おほかかりけり。その中にも人知れぬさまにて絶えたまひにしも、又さまで はあらねど、さやかならし月影、もしは燈火の光などやうにても、すこし心にくきあたりどもは、おぼつかなきもなく、ゆかしき事なかりし御心のうちなれば、かくていつしかと、輕々しくそれをなど取分させ給ふべきならねば、唯狭「かくても、長くしもえ有るまじき有様なれば、何事もつゝましきを、今しばしもながらへて、左様にて」などいらへさせ給ふものから、人知れぬ心の中どもは、いと怨めしく思ひ出で給ふわたりもあらば見ざらまし、とさすがに心苦しく思しやらるゝ所々あれど、いでや此世もあの世も思ひし事は違ひはてぬるかはりには、斯うながらも、さやうに亂れがはしく心をわくる方だに無くて、今二三年だに過しては、いみじからむ絆どもをふり捨てて世をそむきなむ、と思しける。霜月には、五節などいふ事どもにより、女御まかで給ひぬべきを口惜しう思し侘びつゝ、狭「などかく安からぬ身となりけむ」とのみ、おなじことを宣はせつゝ、ゆるし難けなる御けしきなれど、實にかぎりある御事なれば、さのみもえ惜みはてさせ給はで、まかで給ひぬるなごりも、いとわりなきぞ、あまり紛るゝ方無きは、なぐさむかた無き事にこそ思し知られける。はかなく年もかへりて、賀茂のまつりの程にもなりぬれば、御禊の御前ども、使などさませ給ひ、過ぎにしかたの事どもおぼし出でられて、齋院のわたり、常よりもこひしく思しやられたまふに、おほゝかたの殿上人などの心得にしつゝ、あまた參らせし扇をば、さるものにて、みづからの御料などは、わが御こゝろ留めさせたまひつゝ奉らせ給ひしをのみ、持たせ給ひしかば、公しき繪所などにて、あらくゝしきにはあらず、さるべき藏人ども承りて、日毎にかはるべき女房の料どもなど、様々にせさせ給ひて、ふさま心ことに、めでたしなども世の常ならぬ様にしたてさせ給ひて、と御料なるは、別なるつゝみ紙に書附けさせ給ひても、院などもこそ御覽じつくれ、とおぼしかへせど、しどろもどろにや思しなりぬらむ、引きも替させ給はすなりぬ。御使は五位の藏人にやあらむ。思しやらせ給ひしたる、院のおはします頃なれば、御使かひゝしくもてはやさせ給ふ。扇どもの目も及ばぬを、あまり公しからぬものかなと愛でさせ給ふに、又別に心ことなるは御前のと見ゆるに、書附けられたる事ども御覽じつけたれば、いとかばかりおほくの年月を經て、おぼしこがれ給ふ御心とも知らせ給はねば、たゞおほゝかたの事を宣はせたるゝのみ御覽じて、御手をのみ、珍しからむ人のやうに、袖のいとまなく押拭ひつゝ愛で居させ給へり。齋院はなま苦しくおぼしめさるれど、堀川「御かへり疾くゝ」とのみ聞えさせ給へば、思しもあへず、たゞあふぎてふ
名をさへ今は
をしみつゝかはらば風の
つらくやあらましとあるを御覽じても、例の心をのみぞつくさせ給ふ。祭の日、近衛づかさの使のしたて
狭ひきつれて
今日はかざ
しとあふひさへおもひもか
けぬ注連の外かなとおぼしつゞけて、ながめさせ給へる御まみなどの、なほ國王と聞えさするにあまりて、氣だかくはなやかしく見えさせ給へり。斯くて藤壺の女御御氣色ありとて、院の中ところ無きまで、法師も俗も、世にあるかぎりは立ち込みて、ゆすり満ちたるに、内裏の御つかひ、雨のあしよりはしげけれど、行きかへるほども心もとなく、いかにゝと思召しやらせ給ふに、いと平かに男御子にて、など聞かせ給ふ御心地おろかならむやは。まいて目にちかく御覽じあつかひ聞えさせたまふ堀川の院の御氣色、理も過ぎて、かぎりなき女御の御幸と見えたり。一品宮の姫君の御ことだに世の人は知らねば、たゞこれをはじめたる事と思ふに、「いみじくと、若宮の御おぼえは今はいかにぞ。坊に居給はむ事も、さはいふともよこゝとの當代今上一の宮をば、おとし聞え給はじ」など、まだしきに、聞きにくゝ定め聞えさせ給ふを、をこがましきや。この宮の御うつくしさの、嵯峨の院には、實にいかゞときかせ給ふぞ、斜ならむにてだに、内々の事知らせ給はぬ御心どもには、實に行末も思ひおとし聞えさせ給ひ難けなる御けしきも、ことわりなる。たゞ大宮、院などの御膝の上に、とりかへとりかへ扱ひ聞えさせたまへる様、實に世の人の物いひも叶ひぬべきにやと見えたり。大貳の三位など内裏に參りつゝ、かよる御けしきになど奏するを聞かせ給ふにも、一の宮のをり、餘所のことにうち聞きて過しよに、まれゝ中納言のすけのほのめかし出でたりしより、淺ましくかなしく、うつし心も無くなりそめて、かの鶴の一聲聞きつけたるべかりしことかは。我が年ごろ、心ひとつにあはれに辱く心ぐるしき方にも、又あかずくち惜しき人の御ことの、年月經れど、すこしも思ひなほされぬこゝろの中のかはりにも、とりあつめて、今ゆくすゑいみじき人出で來とも、等しうだに思ふべくもあらぬものを、今より斯くさへ人のいふらむを、若し耳とゞめて、かのわたりにも聞き給ふやうもこそ、と心苦しう思しつゞくるをりしも、ひかるばかりなる御顔附にてさし出でで給へるを、ひきよせて奉りたまへば、ゆらゝと女のやうなる御髪の清らなるをかき撫でて、狭「堀川の院には、この宮をうつくしがりかしづき給ひて、宮をば久しく見たまはぬこそ心憂けれ。まろより外に限り無く思ひ聞ゆる人の無きこそあはれなれ」と宣はするを、年のほどよりもこよなく大人びしゞまり給へるけにや、けにとおぼすに、すこし涙ぐみて、まゆのあたりもうち赤みて、うつぶし給へる頭つき、髪のかゝより、額つきなどは、かの昔のほのかなりし火影にも、いとよく覺えたまへりかし、と御覽ずるに、我も涙こぼれさせ給ひぬ。かやうなる有様につけても、さりとも見なほしたまふ心のほどもありなましものを、行末はたかよる人もあれば、憂き世とのみおぼさるべくも無かりけるものを、いかにしなしてし我が心ぞ、と昨日今日のやうに、悔しくあはれなる事ぞなほ限なきを、御硯のあきたる筆を取らせ給ひて、悲しさも
あはれも君に
つきはててこはまた思ふ
ものと知らぬをと書かせ給ひて見せ奉りたまへば、さすがはうち笑み給ひて、若宮「これには必ずおと
り侍りなむかし」とて、うちそばみて書き給ふ手つきなど、女宮にぞせまほしき。若宮ことわりも
知らぬ涙や
いかならむ我より外の
人をおもはばと書き給へる御手のうつくしさを、理ぞかし、誰に似たまひてか、何事もなのめに、と御心にもことわられ給ふに、この「知らぬ涙」ぞあはれに思しめさるれど、嵯峨の院のおはせむほどは、この御心にも言ひ知らせたてまつらじ、と思すなるべし。さしも御心とまらぬわたりにだに、男御子うまれ給へるに行幸ある事は常のことなるに、これはまいて、大宮を見奉らせたまはむこともいと難ければ、さまゞに心もとながらせ給ひて、七日過ぐるまゝに行幸あり。ひさしく見たてまつらぬことをなげく人、たかきも下れるも數多ありて、この程にと立ち込みたる物見車ども、かち人ども、こちたきまで多かり。久しく御覽せざりつる賤の庵ども、もしは又、たまさかに立寄りたまひし妹がすみかのまきの戸ども、あはれに過ぎがたく見入れたまふに、故なからぬ氣色しるく、さばかりにやと見ゆる棧敷、車どものまへは、如何につらき心と見るらむと思すもくるしくて、尻目ばかりたゞならで過ぎさせ給ふを、實に「あるべきものを」と、なかなか飽かずくち惜しく思さるゝ人々ぞ多かりける。待ちつけ聞えさせ給へる院の中にも、上下めづらしき御行幸を見たてまつり喜ぶに、まいて大宮は、忌々しきまで涙もろくおはしす。何やかやと御物語しばしばかりにてぞ、若宮見奉りにはわたらせ給ひける。言ひ知らずうつくしき御顔つきなど、一の宮に違ひ聞えさせ給はず。おなじ様にてうち臥させたまへるは、「ものと知らず」とかや宣はせしかど、實にこれもおろかには思ふまじかりけりとぞ御覽じける。女御は、惱ましげなる御氣色にて、あえかに細り給へる、いとゞ心ぐるしく、あてにらうたけなる事まさり給ひて、見おき難く思しめさるれど、暮れぬればかへらせ給ひぬ。院のわかれ、家司どもなど、例の事なれば加階しけり。かく思ふ様にめでたき御ことを聞かせ給ふにも、一品宮は、物のみ思しなげくけにや、御心地もまことしう苦しがらせ給ひて、つひに尼にならせ給ひぬるを、一條の院にも内裏にも、かへすゞくち惜しくあはれに思召すに、いくらばかりの日かずも經で、亡せさせ給ひぬれば、いとあさましくかなしくおぼしめす中にも、内裏には心とけで過ぎたまひぬるを、心ぐるしく、かばかり短かりける御命のほどを、などてさしも見えたまふらむ、など例の過ぎにし方忍ぶ御くせなれば、常よりは異なる御涙もろさなり。されど宮の女御后になし聞えさせ給ひて御覽ずるには、さのみ心深き御こゝろといひながらも、様のものと、いかでか沈み入らせ給はむ。露ばかりわくる心なくて、この世には過ぎはてて後の世にもおなじ蓮にとり、言ひ契らせ給ひつゝ、明暮さしむかひて、たゞ人のやうにて過ぎさせたまふ御有様、古にたとしへなきも、たゞこの御幸の斜ならざりけることぞ、餘所の人言ひおもひける。月日もはかなく過ぎて、宮の御はてなど言ふことも過ぎて、又の年の秋冬は、大原野、春日、平野などの行幸あり。はじめてめづらしき御行幸なるに添へても、帝の御顔かたちありさま、此頃さかりにねび整ほりはてさせたまひて、少しも斜ならむことは、飽か
ずくち惜しかりぬべき御時なればにや、あながちに物好みする人のみおほくなりて、上達部殿上人などの、馬鞍のかざりも、舍人馬添のなりかたちなども、世にめづらしき様にもと、誰も思ひ營みたまへれば、見所はこよなきを、いかなる人か見ぬはあらむ。堀川の院に渡らせ給ひし程だに、立ち込みたりし物見車のこちたさなれば、まいて度毎にあかず見奉らまほしきまゝに、例にもたがひて、心あわたゞしき道大路のさまなり。賀茂の行幸は、九月晦日なれば、野邊の草どもも、みな枯々になりて、道芝の露ばかりぞ、見しにかはらぬ心地しける。心はゆかずながらも、あまたたび行きかへりしそのかみは、何事をかは思ひけむ、と戀しく思し出づるに、例のかきくらさるゝ御心のうちをも知らず、川渡らせたまふ程は、駕輿丁の聲々も聞きにくきに、身もなげつべき川の契りを、などかく言ふらむと聞かせ給ふ。狭思ふ事
成るともなし
にいくかへりうらみわたり
ぬ賀茂の川波なめげなる心のほどは、來しかた行末、こよなく覺ゆるを、露ばかりおほしとゞめず、斯うあるまじき様にさへ、しなさせ給へる神の御心は、思へばかたじけなく有難く思ひ知られたまふを、一方しも見がたうのみなり給ひにけるのみぞ、なほ更に恨めしくおぼえさせ給ふ。上の御社に御はらへ仕うまつるにも、過ぎにし年立て給へりし御願かなひ給ひて、今日まゐらせ給ひたるさま、今よりのち百二十年、代をたもたせ給ふべき有様など、聞きよく言ひつゞくるは、實に天照神たちも、耳立て給ふらむかしと聞えて頼もしく、さしも長うとは思しめさぬを、御心の中には嬉しかるべくぞ聞かせ給はざりける。狭八島も
る神も聞き
けむあひも見ぬこひまさ
りてふ禊やはせしそのかみ思ひしことは、みな違ひてこそあめれ、とぞ思召しける。十月かみの十日は、平野の行幸なりけり。この度は紅葉さかりにて、柞原をかしうわけ入らせ給ふに、山はみな紅なるを、見わたさせたまふは、北山のあたり報恩寺とか。袖濡す宰相の通ひ給ひし所などはをかしかりしも思し出でらるゝに、梢の色も心殊に見やらるゝに、煙もところゝに立ち、麓をこめたる霧の隔もたどゝしきは、中々いとゞ戀しきことおほく御覽じわたすに、齋院のわたりの紅葉も、いみじう盛りにて、いろゝの錦を引きちらしたる様に見えわたされたるに、峯の嵐あらゝしく時々吹きわたして、散りまがひたるなど、繪に書かまほしきを、さしも思ふあたりならずとも、心ばかりはあくがれぬべきを、いとゞ一方のみながめ入らせ給へり。狭神がきの
杉のこずゑに
あらねどもみぢの色もし
るく見えけりと御覽ずるにもかひなし。船岡の明暮さしむかひたりしを、めづらしき友とおぼし慰めて立歸らせたまふも、飽かずわりなくて、ひきよがぬわざもがな、たゞいま何事をして、如何様にてかおはしますらむ、など見奉らまほしう思召さるゝに、魂も早くあくがれぬらむとまでぞ、かへり見させ給ふ。狭あれと見る
身は船岡に
こがれつゝ思ふこゝろの
こはゆけるかはなどやうに、野山川のそこを御覽ずるにつけつゝも、おぼし染みにし方ざまのことは、さらに忘れさせたまはず、かつ見る人の御ありさまの、めでたく思ふさまに御覽ぜらるる
るにつけても、わが御宿世のめでたかりけるは、方々につけつゝ、斜ならずおぼし知らるゝものから、御心の中は、更にやすかるべくもなかりけり。弘徽殿にひとり住み給ふ姫君の御ことは、心苦しうおぼし扱ひつるに、宮亡せ給ひて後は、堀川院にも大宮も、つねに渡らせたまひつゝ見たてまつらせ給ふに、いとはかなう聞かせ給ひし道芝の露のかたみと、紛らはすべうもあらず、なまめかしうをかしげなり。御かたちは、背たりけむ母君の御様さへおぼしやられて、いとあはれにかたじけなう御覽ぜらるれば、今まで輕々しき御名ざしをも、あるまじき事なるを、一の宮の御元服あるべきに、やがて御襲著のことおぼし急がせ給ひけり。何事も、おほやけ様にあらず、堀川の院の御いそぎなれば、世の例にもすばかりなる御急ぎのありさまなり。常磐の尼君のむすめ、乳母たちより外には、宮の御もてなしの、いと侮らはしげに思しめしたりしかば、さぶらふ人々も、内々には、なま如何にぞや思ひたりしかど、今は上下さながらこの御方に參りあつまりて、いとやむごとなくて誠しき人々あまたさぶらふ。一條院にも、一の宮のあはれにおぼし扱ひたりしこと、御覽じ知りにしかば、かたみにも誰をかはとおぼしめして、かよる御いそぎをも、聞きはなたせ給はず、心殊なる御装束、扇、薫物などやうのものをぞ、御志のしるしことにて、奉らせ給ひける。その夜の有様、書きつゞけずとも思ひやるべし。二の宮の御袴著も今宵なりければ、萬さしあひて様々のめでたき事のみあまりなれば、少々にまねびたらむは、なかゝ損はるゝこともありなむかし。よろづの事清らなる中にも、さまゞおとなびさせ給へる御有様ども、なほすぐれて見どころ多く見えさせ給ひける。その中にも、一の宮の御あけまさりのゆゑしさは、なほ何處いかゞしりし人ぞと、胸うちさわぎて、あはれにあさからぬ御志すぐれたり。この道芝の露と數ならずおぼしあなづりし名残とも、見えぬ御ありさまを、今宵やがて一品になしたてまつらせたまひつゝ、思ひかけずあさましかりし道行きすがりに、心憂かりし法師の足許など、たゞ今の心地して、めづらかにも哀にも、おぼし出でらるゝこと多かるに、今宵の御有様を見給はぬくちをしさをぞ、なほえ飽かず思召さるゝ。「この世には」とかやありし夢さめて、もし如何様なることのありけるぞとはじめて心得がたう思ひまどひし曉よりうちはじめて、我がものと見るべきやうもなかりしにより、如何はせむに思ひよわりて、見奉りし人さへ一人にうちまかせて、我は亡せたまひぬるも、思へば様々にはかなう、あはれなる世なりや、など取りあつめ、涙こぼれぬべきを、忌々しうおぼしかへすべかゝめれど、何事のをりも、まづ心の中ものあはれなる事ぞ、絶ゆべくもあらぬ御様どもなり。一の宮をば兵部卿の宮とぞ聞ゆべきなゝめる。またの日ぞ嵯峨の院へはまゐり給へる。御前にて、萬につくろひ聞えさせたまへる御様のうつくしさ、更にねびゆかむ御末おしはかられて、あまりゆゑしきさままで御覽ぜらるゝを、さりともむげには、見はなち聞えたまは、はじと、たけう思さるゝものから、如何ばかりの心にて、年月ふれどかはらぬ御心のつらさなるらむ、と今日は今すこし恨めしさも類なければ、雲の通路あと絶えて後は、いとゞやるかた無き心のうちばかりに、細やかになりぬ。よべの有様ひとり見はべりしも
哀なること多くなどやうにて、狭年つもるしるし子となる今日よりはあはれを添へてうきは忘れねさりともと見え侍るありさまを、今日は御覽じ入れざらむも、あまり人目わかゝしう。など書かせたまひて、狭「例の忍びてを」と、聞えさせたまへば、ひきかくして、立ち給ひぬる名残も、涙ほろゝとこぼれて眺めさせたまふ。嵯峨の院にも待ちうけ奉らせ給ひて、いかゞは斜に見たてまつらせたまはむ。かくては、いとゞ内裏のうへに露ばかり遠ひきこえさせ給へる事なきを、あさましく、天照神のほのめかし給ひけむことも、あるやうありける事にこそ、と思しやる方様にも、故宮の御爲ぞいとほしかりける。例の作法に拜したてまつらせ給ひて、入道の宮の御方には、たゞ參りてさぶらひ給ふぞあはれなるや。忍びて、ありつる文まゐらせたまふを、かよることをほのゞ聞え出で、さゝめき怪しがる人々多くなりたたるに、いとゞ様々ものをおぼしなげくこといみじきに、今日の御様は、いとゞこと人とさへおぼえ給はぬ面影の、はづかしささへわりなくて、御覽ずべきやうもなきに、まして今日しもあはれ添へさせ給ふべきにもあらず。前々は、ひたぶるに責め聞えさせ給ひし御かへりも、今はかうのみ苦しけなる御けしきを見知りたまへば、なほともえ申したまはぬものから、今日ははかならずと宣はせつるものを、いかに本意なく思召さむ、と方々にくるしう思いたゐるを、出雲乳母ばかりぞ、見たてまつり知りたれば、人知れぬ涙どももおとしける。世の中いとらめしう思されて、内裏にかへりまゐり給へれば、藤壺にぞおはしましける。やがて其方に參りたまへれば、端つ方に出でさせたまひて、狭「さて院はいかゞ宣はせつる。宮の御前には、御覽じ入れさせ給ひつや」など宣はせて、つきせずうつくしと思ひ聞えさせ給へる様、院の思召したるよりは、こよなう勝らせ給へるを、物の心知り給へるまゝに、我が心もおろかならずおぼし知らるべし。御いらへ聞えさせ給ふさまも、程よりはおとなしく、今よりは、このわたりに馴らしきこえむも、恥かしく思召さるれば、例のやうに、内に入り給へとも宣はず、狭「ありつるものは、如何なりぬる」など、しのびてぞ聞えさせ給ふ。一宮まゐらせ侍りぬ」とばかりにて、かひゞしき御氣色もなかりけると見ゆるけしきも、常の事なれど、大方につけても、今はいと斯うしもひたやごもりに、情なくやはもてなし給ふべき、と人わろきまで、つらう思召さるゝに、いかで今よりだに、かばかりも聞えさせおどろかさじと、かへすゞ思しかたむれど、たゞ今もさしむかひ給へる御有様の斜ならぬ哀れのゆかしには、などかそれしも戀しく、いかゞ思しいで聞えさせ給はざらむ。とばかり物も宣はで、うち眺めさせたまひて、「なほたちかへる心かな」と、御心にもあらず忍びやかに、いはれさせ給ひぬるを、中宮はほの聞かせ給ひて、なほもて離れ給ひつゝる御中にはあらざりけりと、心得させ給ひて、藤壺立ちかへ
りしたはさわけ
どいにしへの野中の水
は水草ゐにけり「如何に契りし」など、手習に書きすさびさせたまへるに、近く寄らせ給へば、墨を黒う
ひきつけて、御座の下にさし入れさせ給ふを、狭「かばかりなる中らひにさへ、なほはかなき事につけても、へだて顔なる御心はあまりなるを、ならはし給ふなゝめりな」とて、ひき出でて御覽じて、ありつる忍びごとどもの、御耳止まる事や交りたりつらむ、あまり紛るゝ方ななれば、心のうちも見知られ奉るぞかし、と思し知らる。狭今さらに
えぞ戀ひざら
むくみも見ぬ野中の
水のゆくへ知らねばと書きつけさせ給ひて、狭「見とがむべき御筆のすさびにはあらざゝめれど、思ふわが心には、何ごとかはと、心ときめきして、書きて侍るぞ」とて見せたてまつらさせ給ふものから、かやうに人にも言はせたてまつり、我もはかなき口ずさびにあるべかりし人の御事かは、などおぼすに、我が過のいとほしさも、例の罪さり所なく、涙さへ落ちて、人にも咎められさせ給ひぬべきまぎらはしに、狭「嵯峨の院、あながちに思したりしあまりに、なべてならず思ひかしづき給へりし宮の御後見にとさへ思したりしかど、今まで世にあるべきものとも思はざりしかば、見知らぬさまにてやみにしこそ、思へばひがゝしけれ。昔よりして、今日今にも、この方ざまにつけては、生きながら佛になりぬべかりけるものを、見奉り初めしよりこそは、この世を捨てがたきものと思ひなりしか。あはれにあぢきなき事なりや。かよればこそ、佛も止々不須説と宣ひけれ」とてぞ涙ぐませ給ひぬる。兵部卿の宮は、月日のすぐるまゝに、上の御かたち有様にたがひ聞えさせ給ふところなく、めでたくおはすれば、春宮にまゐらせむとおぼしつる人々の御女ども、かよる御かたちありさまを、餘所にはいかゞ見たてまつらむと思しなりつゝ、内裏にもほのめかし申し給ふ。中にも、かの吉野川あまたたびいさめたまひし、今姫君の御よすがとなりたち給ひし宰相の中將は、このごろ一の大納言にて、春宮の大夫かけてものし給ひける。西國の受領とて、母代にいりもまれ給ひしかど、やがてそのあたりをとりはなちて、又類なくあはれなる志に、思ひかしづきこえ給ひしかば、頑しかりし御心も、自らもてかくされて、あまた年も過ぎにければ、いとをかしげなる御子ども多かる中に、大君すぐれ給へるを、大納言は、「いかにまれ、春宮に奉りて、かならず后にするゑてむ」と思し宣ふを、母君は、今姫君むかし本意たがひて、帝をもえ見たてまつらず、疎々しくなりししかはりに、この宮をだに、けぢかくてこそ在らせ奉らめ」と、からうじて御心づよう宣へば、稀々はかゝしく思しよらむことを違へ聞えじと、大納言も思ひよりたまへるにや、一品の宮の御方より、傳へ奏させたまひける。かの几帳のほころび爭ひしけはひどもも、唯昨日今日のことにのみ思ひ出づるを、我も人もかやうの事言ひかはすばかりの末々、あまりたち出で給ふまでなりにけるよ、とあはれにもをかしくもおほし出でらるゝ。心の限もてかしづかるらむ、姫君の有様などもいかならむ、大納言は、大方のおきてばかりこそあらめ、内々のこと、母君の敎のまゝにぞあらむかし、それを見ぐるしと思はむには、大納言まではありなむや、何事もあらゝしく心をやりて、うちはやりたる人からなればぞかし、と思しやらるゝに、ひとり笑せられさせ給ひて、かひ
がひしくぞいらへさせ給はざりける。狭「いと若きほどは、あまり定まり居むことはくるしうおぼえしを、いま今年來年過ぎなば、自らもえ斯くてもあるまじければ、さやうの程に、誰もゝ參らせ給へ」などぞ宣はせける。桐壺を、女宮の御しつらひのやうに、めでたく清らにさせ給ひて、女房など、かたち心勝れたるかぎり、數多さぶらはせ給ひてぞ、おはしまさせ給ひける。堀川院にも、上の早うおはしましゝ方に、おなじさまにて、出でさせたまふ折々は、もてかしづき聞えさせたまへる様、斜ならず。中宮もかの御志ありてつくらさせ給ひし三條殿に、今は出でさせ給へば、この院には、一品の宮のおはしまし所をぞ、かへすゞ磨きたてて、朝夕のいとなみには、この二所の御事をおぼしめしたり。さるは、わたくしの御心どもには、二の宮の御思ひには、並び給ふべき様もなけれど、兵部卿の宮の御ことを、内裏のなほ勝れておもひ聞えさせたまへれば、上へばかりは、おとさせ給ふことはなし。一品の宮もいまはおとなびさせ給ひにたるを、春宮は、昔よりの御志かはらず、いまは御使しげく參りつゝ、恨み聞えさせたまへれど、故宮の御有様などを、おぼし合するも、いでやなほ宮たちは、たゞ心にくゝてやみなむのみこそ、めやすかるべけれ、我が御心のほどよりは、我ながらくらべぐるしく、心ぐるしかりし心の中ぞかし、まいてかう長からざりける御命のほどにては、かやうに思ひ出でたてまつる人なくて過ぎ給ひなまし、如何にめでたからまし、とおぼしめせば、すがゝと思し立つべきさまにもあらざりけり。さるは御母方などにつけても、たのもししく思ひ後見たてまつり給ふべき人もなくて、ゆくすゑ心苦しかりぬべきさまなりと、明日の淵瀬を知らぬほどは、何かいいと忽ちにとしも急がせ給はむ。御乳母たち、さぶらふ人々よりはじめて、心ばせすぐれ、後安かりぬべきさまなどなるを、御あたり近くもさぶらはせ給ひなどして、大方いと氣高くもてかしづき聞えさせ給へる様、なべてならず。いとしもなかりし宮の御思なりしかど、とりむすめの御事をさへ、かくもてなし聞えさせ給ふことと、一條院をはじめ奉りて、世の人もありがたきことに聞えさせしかど、この御襲著のほどよりぞ、斯うにこそありけれなど、ことわりに思ひける。かのゆくへも知らず果も無くおぼし惑はせし三河守も、その後人知れぬ御心のうちばかりには、何しにかは思ふことの少しもたがはむ、年はいとわかくて、大貳にもなりにければ、やむごとなき妻ども、數多ひき具して、思ふ様にてくだれど、昔の事ども思ひ出でて物哀なるに、唐泊にてはた、言忌もしあへず打泣かれて、道成歸り來しかひこそなけれからどまりいづら昔の人の行方は、ものの折毎には、ありがたかりし様かたちなどを、うち解け語らふことだに無くてやみにしくち惜しさ、また人を徒になしてし罪ふかさなども忘れぬに、この御襲著のほどに上あひりてか、ゝ皆なべての世にも、然にこそありけれ、など言ひさだむるに、あさましかりける過も思ひあはせられて、今しも、心の中にかしこまり歎きつゝ、かけてだに思ひ出で忍ぶことをし、辱しと思ひなりにけり。
常磐の尼君は、亡せにしぞかし。心地かぎりに覺えける折、いと小さきをかしげなる小唐櫃を取り出でて、尼君「これ、あなかしこ、疎かにし給はで、忍びて宮に御覽ぜさせたまへ。御産衣、むかしの人の書きすさびたまへりし繪どもなどの、破り捨てむが惜かりしどもを、取り置きたりしなり。むげにその人の御有様とて、聞かせ給ふことなからむよりは、物の心知らせ給ひなむに御覽ぜさせむとおもひしぞ」とて、女にあづけたりけるを、亡せて四十九日など果ててまゐりたるに、御前に人がちにも無ければ、尼君のゆかしがり申し出でたるを、繪をなむいみじく畫きたまひしなど、さきゝも聞かせ給ひてあれをだに御かたみ見ばやなど、思しねがひつれば、いみじうゆかしと思したるも理なれば、御几帳近くひきよせなどして、取り出でたり。御産衣のありけるを先取りて御覽ずるに、我が著たりけむものとも思されず、物けなく哀げなるにつけても、かばかりの程を、ひき放ちてもてさすらはし給ひけむ程の、悲しさ怨しさも、言ひ知らず悲しく思さるゝに、飛鳥井人知れぬ入江のさはにしる人もなくゝきする鶴の毛衣とさへ、書きつけられたるを見つけ給へる、如何ばかりかは思さるゝつらむ。いと心ぐるしき御けしきを、中將は、何しに御覽ぜさせつらむ、今すこしおとなびさせ給ひて、物のあはれものどむばかりにてこそ、取り出づべかりけれ、とさへ思へど、我も忍ばれずかなしきこと多く、見どころある繪どももゆかしければ、片端づつひろぐる程に、音なくて、上のふとわたらせ給へば、何となく取入れて、中將は退きぬるに、近う物せさせたまひて、狭「いと徒然なりつれば、御琴もひかせ奉らむとて、參り來つるなり。いかかで同じくば、聞きどころあるばかり、敎へなし奉らむ」など宣はすれど、例ならぬ御氣色にてまぎらはさせ給へば、驚かせたまひて、狭「例ならず思さるゝかな」と聞えさせたまへど、御いらへも無くて、たゞうち臥させ給へるに、こぼれかゝりたる御髪のかゝより、顔やうなど、いとゞらうたげさ勝らせたまへるも、たゞ昔の人とおぼえさせ給へり。あまり怪しがらせたまふもかたはらいたければ、中將ぞ、「かの常磐にさぶらひし老人の、むかし見え侍りけるあやしの反故どもを取りおきて、さぶらひけるを、亡せ侍りし後、御覽ぜさせよといひ置き侍りしを、思うたまへ出でて、徒然のなぐさめに取り出でて侍りつる。あはれけなる事どもさぶらひけるにや」と奏すれば、狭「實にも思しぬべきことにこそは。昔の人のかはりには、笹のわき葉にてもたのむべきさまに言ひ契りしかひなく、限のほどをしも知られざりけるこそ本意なきことなれ。後にこそ、道季も言ひ出でたりしか。日ついでなど撰りけるとか。いま一度消息をだにせで、くち惜しきことなりや。そこのさぶらゐぬは、常の里がちに目なれて、とがめざりけるよ。この御有様も、いみしくゆかしげにものせしものを」など宣はせて、ありつる小唐櫃ひき寄せさせ給ひて、狭「これや昔のあとならむ。見ればはかなしとかや、光源氏の宣ひけるものを」とは宣はすれど、御覽ずるに、みづから書きあつめ給へる繪どもなりけり。世になべての人のすることとも見えず、有難かりける筆のたちどは、いづれも見どころありて
めでたき中にも、我が世にありけることども、月日たしかに記しつゝ日記して、さるべき所々は繪に畫きたまへり。我が時々も御覽じ初めしほどよりの事どもは、今すこし目のみ留らせたまひて、あはれに悲しくおぼしめさるゝこと限りなし。みづからの有様御かたちなども違ふことなくて、うち忍びつゝ立ち寄り給ひし夜なゝの月のひかり、風の音なび、宵曉の空のけしきなども、我が心にをかしくもあはれにも、目とまり心をしめ給ひけるをりゝを、書きあらばしたまへる、萬よりも、彼の心にもあらず筑紫へ下りたまひける程のありさまは、目のみ霧りふたがりて、はかゝゝしくだに御覽じやらず。歌どもは、扇にかゝれたりしなど、おなじことなればとゞめつ。常磐にかへりて、心地すこし落居るまゝに、思ひつゞくる事おほく、くち惜しかりける身の宿世いとかなし、我とはおどろかし奉るべきやうもなく、人は底の水屑とのみこそは聞きなし給はめ、いまは世にあるものとも思さじ、忘れ給ひぬらむかし、など思ひ給ひける程にや、故姫わすれずば
端山しけ山
わけは來で水のした
にや思ひいるらむこの宮うまれ給ひて後、いとゞ物思はしさまさりて、いといみじく、心地も生くべうも覺えざりければ、一品の宮にふたしたてまつりてむと、思ひなり給ひけるありさま、悲しともよのつねなり。御迎に、乳ある人など賜はせたれは、心地のくるしさを念じて、いだき取りたてまつるに、何心なくうち笑みつゝ物がたり高やかにし給ふを、顔に涙のとりもあへず、ほろゝとこぼれかゝれば、袖を顔にふたぎて、えだに見たてまつらぬに、尼君「御心地いとゞくるしきに、いと斯くな思し入りそ。平かにものしたまはば、忍びつゝは常に見たてまつり給ひてむ。行末長くこそ思さめ。なあゆゝし」とて抱き取り奉るを、「なほ暫しは」などもえ宣はず、故姫行末を
たのむともなき
いのちにてまだ岩根な
る松にわかるゝとあるを見給ひつらむ宮の御心地、けにいかばかりか思されつらむ、とおぼしめすに、また尼になり給ひにけるにも、言ひ契り給ひし事ども、まづ思ひ出でられ給ひて、いみじう泣き居へる所に、故姫おくれじとちぎらざりせば今はとてそむくも何かかならしましと、あるを御覽じ出づるまゝよ、さくりもよゝとかや、亂れがはしき涙の氣色を、中將が近くて聞くらむ事も、あまり心弱きやうなり。と思しつゝよめど、泣くよりほかの事なし。狭かすめよな
おもひ消えな
む烟にも立ちおくれて
はくゆるならまし狭おちたぎつ
涙の水脈
ははやけれど過ぎにしか
たにかへりやはするなど、書きつけさせたまひても、かへすゞかひなく思召さるゝことかぎりなけねば、宮には、狭「御覽ぜむ度毎に、なかゝ涙の催ともなりぬべく、またかの人のほだしにも、いとゞかゝりぬべきものにて侍るめるを、この一巻ばかりは、涼しき道のしるべにさせたまひそ」など、聞え慰めさせ給ひて、この繪ひとつを取らせ給ひて渡らせ給ひぬるを、宮は、心のどかに見ずなりぬる事と、あかずくち惜しう覺えさせたまひて、日
ぐらし、泣きくらさせ給ふさま、いと心苦しげなり。上はひと所おきふし御覽ずるに、海山なみ風のけしきよりはじめて、女のしわざとも見えず、書きすましたる筆のながれ、ひきこめて止みなむは口惜しう、をかしさもあはれさも、見知らむ人に見せまほしきを、齋院ばかりには、いみじく御覽ぜさせまほしけれど、自らならざらむかぎりは、さすがに目はなちがたきものを、心のどかにおきたらむも、明日もありとは思ふべくもあらぬ世に、見るほどの志には、これをだにも弔はむあるに任せてありぬべかりける身のほどを、たゞ我故こそは、この世をいとひ捨て、あの世の妨ともなるらめ、と思召せば、わが御許に殘しおかせ給ふもいとほしく思召されて、狭過ぎにけ
るかたを見る
だに悲しきに繪にかき
とめて別れぬるかななどおぼしめせど、ありし扇ばかりを殘させ給ひて、皆細々となして、經の紙に加へてすかせ給ひて、金泥の涅槃經、御手づから書かせ給ひけり。彼常磐をば、やがて寺になさせ給ひて、此御料の功徳は、そこにてぞ月日に添へて作りかさねさせ給ひける。嵯峨の院の御心地なやましく思し召されて程經にけれど、かくこそなども宣はず、うちはへたる御齋も、御散飯ばかりとらせたまひつゝ、風のいもひばかりにて、阿彌陀佛に向ひ聞えさせ給うて、たゞ疾くむかへさせ給へと念じ入らせ給へるに、此十餘日となりては、をさゝえ起き居させ給はざらさせ給ひにたるにぞ、誰も見たてまつり騒ぎける。一條院の后、兵部卿の宮なども、この頃は一所に集らせ給ひて、おぼし歎く様どもいと心ぐるしげなり。帝も元よりあるべきほどの御志ばかりはあらぬ御中なれば、おぼつかながり聞えさせ給ふを、院よりも、今一度の對面は必ずあるべき様に聞こえさせ給へれば、八月一日行幸あり。院いみじく思しよろこびて、あながちに起き居させ給ひて、御對面あり。見たてまつらせ給ひし頃よりも、いみじき御盛りにて、あるべを待ち侍りてなむ今日までも」など宣はするさまも實にいと賴もしげなく弱らせ給ひにけると、いと悲しく見たてまつらせ給ふ。狭「いと斯ばかりにならせ給ふまで、御祈なども更にせさせ給はず、音なくて過ぎさせ給ひつらむこそ、いと惡しきことに侍れ。すこしも例ならずおはしまさむ折などは、明暮つかうまつるべきものと思ふ給へし本意なく、今まで見たてまつらざりける事」とて、うち泣かせ給ふを、いと辱くあはれに思召さる。嵯峨「なにかと惜むべき齡にも侍らず。なからむ後に、このとまり給はむ宮達をとぶらふはなさせ給はむのみこそ、うれしきことに思ふ給ふべき。兵部卿の宮は、今はさりとも徒にはなさせ給はじと、御志の程も賴もしく思うたまへ侍れば、いと心やすくなりて侍り。入道の宮こそ、この世を別れむことも諸共にとおぼしねがひ、又自らも、とどめむことは心ぐるしき事に思ひたまへれど、つひにはその思も違ひぬべきに侍るめるを、おほし怠らず訪はせたまへ。公にならせ給ひては、なかゝかやうに、寂しきやどを思しやらむことは難くこそ侍れど、御心のほどを見おきて侍れば、賴もしくなむ。位を去らせ
たまひても、こゝを荒さで、かならず住みたまへ」など申し置かせたまへば、何事も、思しおきてむに違へさせ給ふまじき由を、聞えさせたまふに、暮れぬれば、歸らせたまひなむとて、入道の宮のおはします、中隔の障子口に寄らせたまひて、御扇をすこし鳴らさせ給へれば、中納言のすけ聞きつけて參りたるも、むかしの心地せさせたまひて、いとゞ物哀なり。狭「九重の宮づかへのむげにおろかなるも、この頃はいと理と見ゆる野邊の景色かな」と宣はせて、狭「かよる序などに、みづから聞えさせでは、また何時かは」と、例の心づくしなる御けしきも、めづらしくて參り聞えさせすれば、常よりも物おぼし亂るゝこゝろにて、女「何事をかは聞こゆべからむ」とて動かせ給はぬを、院も聞かせたまひて、嵯峨「みづからなほ聞えさせたまへ。人づてには有るまじきことなり」と御消息あれば、いと初々しくつゝましけれど、やがておはします所近きほどなれば、すこし寄らせたまへるを、然にやとおぼゆる御匂のうちかをりたるも、まだならはせ給はざりつることなれば、心騒してうれしきに、胸さへおどろゝしく鳴るも、人わろき御心なり。今はいかで、かけゝしき氣色も見えたてまつらで、たゞかよる方につけても、見直され奉るわざもがな、思ひいでもかひあるべき御樣にもあらぬを、など強ひておぼし慰めつゝ、この御心地のことなどを、すくよかに聞えなさせたまへば、げにかたはらいたく聞き苦しき事にはあらねど、はかゝしく答へ聞えさすべき事も覺えさせ給はねば、たゞうち歎かせ給へるも怪しく、なべてならず物哀げに、心苦しき御けはひ、なほ人よりはことに思さるゝを、斯くしなし奉りけむよと思しつゞくるにぞ、忍びかへさせたまひつる涙、もり出でさせ給ひぬる。狭「あさましく覺束なき御もてなしを思へば、すべて身より外につらき人なけれど、なほいかで疾く、あらぬ處もがなと願ひ侍るも、いざや、さてもかく憂きものに思しはてられながら、何處にもありがたくや。後の世も、いたづらとかやになし侍らむこそいみじけれ。死にもせじとか。實に身をこそ思ひ給へ侘びにたれ。消えはて
てかばねは灰
になりぬとも戀のけぶり
はたちも離れじと宣はするまゝに、御簾の内に半ばは入らせ給ひ、御衣のつまを引寄せて、泣き歎かせたまふ涙のしづくのところせきも、恐しくわりなきに、院の御方より、「道たどゝしからぬ程に歸らせ給ひね。みだり心地も、いまなむ消え侍るやうに思ひたまへらるゝ」と聞えさせ給へるを、聞かせたまふ御心地ども、さまゞ亂れて、ものも覺えさせ給はぬに、右大將參りたまひて、御輿寄せたるよし奏し給へば、出でさせ給ふ御心地、なかなかおぼつかなくて過ぎさせたまひし月頃よりも、飽かずあはれに思召されて、御輿にもたてまつりやらず。御前の花さかりに咲きみだれて、夕露重たげにて紐ときわたしたる色ゝ、いづれともなく見おきがたき中にも、女郎花の、人の見ることや苦しからむ、霧の絕間わりなげなる氣色にて、たち隱れたるは、なほいと過ぎがたく思召さる。狭たちかへり
折らで過ぎ
うき女郎花なほやす
らむ霧のまぎれにとながめ入らせたまへる御容貌の夕榮、なほいとかよるためしはあらじと見えさせ給へるに、世とともに物をおぼして過ぎたまひぬるこそ、如何なりける前の世の契にかと
こそ見え給へれ。
底本:有朋堂文庫『狭衣物語』武笠三校(有朋堂書店、大正15年[1926])。本文画像:所蔵機関の公開資料。
大正15年(1926)武笠三校『狭衣物語』(有朋堂文庫)の本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像と照合した独自編集本文です。底本の字句を残し、各頁上部の内容細目(梗概)・柱・振り仮名は転写していません。発音の読みと独自訳を添えています。